ガルバディアガーデンとバラムガーデンの距離は、見る見るうちに縮まっていった。体当たりでもする気かと思っていると、本当にガーデンの横っ腹にぶつかってきた。
ガーデンはその衝撃で大きく揺れ、金属と金属がこすり合う嫌な音が響いた。
「戦いは避けられそうもないわね。」
シュウのその予測は正しいだろう。
「きっと向こうは部隊を組織して乗り込んで来るわ。こっちも迎え撃つ準備をしないと。戻って来たばかりで悪いけど、みんなの手を貸してね。ベテランのＳｅｅＤ達の半数がそれぞれ任務で出払ってるから、絶対的に人数が足りないのよ。」
シュウは学園長へ報告をするため、ガーデンの中へ駆け戻って行った。
ガーデン同士の戦いとは言っても、キスティス達の話では向こうに乗っているのはガーデン生ではなく、ガルバディア軍のプロの兵士達らしい。それに引き替え、こちらは訓練中の生徒がほとんどという状況で、シュウも言っていたように頼みの綱のＳｅｅＤも数がいない。かなり苦しい戦いになるだろうとは、誰の目にも明らかだった。
「そうだ。ドンパチが始まる前に、みんなに言っておかなきゃならないことがあるんだ。」
ゼルはキスティス、セルフィ、アーヴァインの３人を呼び寄せた。学園長に聞かされた例の話をするつもりなのだろう。俺とリノアはその場から離れた。
その間、バラムガーデンは速度を上げてウィンヒルから遠ざかりつつあった。村に戦闘の被害が及ぶことがないようにとの配慮なのだろう。少なくとも、これ以上ウィンヒルを危険にさらさずに済みそうだ。
「見てみたかったな‥‥」
手すりに寄りかかり、遠ざかるウィンヒルを見つめていたリノアが小さく呟いた。何を？と訊かなくても、俺にはリノアの見たかったものが自然と分かる気がした。
話を終えたゼル達が戻って来た。やはり他の３人も少なからずショックを受けているようだ。だが、それでも彼らは立ち止まることをしなかった。
「魔女を倒すためにＳｅｅＤが存在するのなら、その使命を果たすわ。」
その魔女が、幼い頃の母代わりの人でも？
「魔女がママ先生だからこそ放っておけないよな。」
母と戦えるのか？
「ママ先生は誰かに自分を止めて欲しくてＳｅｅＤを作った、そう思うんだ。」
母を倒せるのか？
「倒すんじゃなくって取り戻すの。あたし達のママ先生をねっ。」
彼らの心は決まっていた。
「‥‥みんな、本当にママ先生のことが好きなのね。例え魔女でも‥‥」
リノアの言葉に、彼らは頷いた。その時の表情は笑顔に近いものだった。
「リノア、スコール。私達に力を貸してくれるわよね？」
キスティスは俺の方を向いて言った。
「今さら言うまでもないが、俺はＳｅｅＤでもガーデン生でもないんだ。あまりあてにはしないでくれ。」
「え〜、そうかな〜？だってお姉ちゃん言ってたよ。スコールにガンブレード持たせたら、その辺のガルバディア兵なんて目じゃないって〜。」
「何かあった時は、スコールをビシバシ遠慮なく使ってくれってさ〜。」
‥‥ありがたい姉の言葉だ。エルオーネのヤツっ。
「お前がＳｅｅＤじゃなくったってそんなの関係ねえよ。ＭＤ層でモンスターを相手に一緒に戦った時にも思ったけど、お前の力は頼りになる。お姉ちゃんの言葉はまんざら大袈裟でもないと思うぜ。」
「そして、今あなたの力は私達に必要なのよ。」
「わ、分かった分かった。俺も母親を探さなきゃならないんだ。協力はする。」
ゼルとキスティスの懇願にたじろいだ俺は、くるりと背を向けた。面と向かって頼りになるだの必要だのと言われては、照れくさいことこの上ない。
「スコールのお母さんてさ、美人だよな〜。」
突然アーヴァインが言い出し、セルフィがその言葉に頷いた。
「スコールとはあんまり似てない気もしたけど、笑った顔はそっくりってお姉ちゃん言ってたね〜。でもあたし達、スコールの笑った顔ってまともに見たことないんだよね。ねえねえ、ちょっとニコッとして見せて〜？」
セルフィとアーヴァインが妙に期待した目で俺を見る。なんなんだ、まったく。
「リノアもよろしく頼むわね。」
キスティスの言葉にリノアが何か答えようとした時、ガーデン内に警報が鳴り響いた。お客さんが来たようだ。
バラムガーデンの横にピッタリと張り付いたガルバディアガーデンから、次々と兵士達が乗り込んで来た。ガーデンの中は瞬く間に戦場と化した。
ガルバディア軍の進入ポイントに迎撃部隊が配置され、そこが戦闘の最前線となった。俺達は正門前の広場に配置された。
モンスターとのバトルなら多少の場数は踏んでいるつもりだが、人を相手にするのは初めてと言っていい。それでもゼル達のサポートもあって、なんとかまともに戦うことが出来た。
特にリノアの魔法は効果絶大だった。お世辞抜きに彼女１人で５人分の戦力はあるかもしれない。
襲撃の第一波第二波をどうにかしのぎ、ガルバディア軍の攻勢も弱まって来たかに見えた頃、伝令のガーデン生がやって来た。そのガーデン生は今度は校庭側の部隊が危うくなっていると伝えた。それを受けて、セルフィとアーヴァイン、他数名の生徒達が加勢に向かった。
そのあと、さらに別の伝令係がやって来た。避難しようとしていた年少組の生徒達数名が、ガルバディア兵に追い込まれ教室に立てこもっているらしい。
「なんとか助けないと‥‥。でもこれ以上ここを手薄にする訳にはいかないし‥‥」
キスティスが迷っていると、リノアがその肩に手を置いた。
「私が行くわ。大丈夫、きっと子供達を助けるから。」
言うが早いか、リノアは身を翻して走って行った。
「リノア！いくらなんでも１人じゃ危険よ！って、ああ、もう行っちゃったっ。スコールお願い、一緒に行って！」
「早く追いかけろよ！リノアがやられちまったらどうすんだ！」
キスティスとゼルに急かされて、俺はリノアのあとを追って走り出した。
二階の教室に着くと、すでにガルバディア兵はリノアの魔法で蹴散らされていた。俺が来る必要はなかったようだ。
年少組の生徒を避難させていた女子生徒が、青冷めた顔付きでリノアに何事かを訴えていた。
「どうしよう、あの子が、マークがいないのよ！どこに行っちゃっのかしら‥‥」
女子生徒は今にも泣き出しそうに取り乱していた。
「落ち着いて。あなたがそんな顔してたら他の子供達が不安がるわ。マーク君なら私が探してあげるから、あなたは子供達を安全なところへ避難させて。いいわね？」
リノアの言葉で落ち着きを取り戻した女子生徒は、年少組の生徒達を連れてその場から避難していった。リノアは彼らを見送ったあと、マークという少年をを探すために廊下の奥へと進んで行った。彼女を１人残していく訳にもいかず、俺もそのあとに続いた。
「キスティス達のところへ戻らなくていいの？」
リノアは振り返りもせずに言った。
「あんたを１人にしていく訳にはいかないだろ。」
「付き合ってくれなくてもいいのよ。これは私が勝手にやってることなんだから。いざとなったら自分の身は自分で守れる。」
それはそうかもしれないが、やはり放ってはおけない。しかし、彼女はなぜいつもこうなんだろう。
「あんたはなぜ人を拒むんだ？」
「拒む？」
リノアは立ち止まった。
「‥‥そうか。そうね、いつの間にかそうなってた。嫌われたくない、疎まれたくないってずっとそう思い続けて来たから‥‥だから、逃げてるのかもしれない。」
人を拒む一方で、彼女は人との繋がりを渇望しているようにも見える。それは俺の思い過ごしだろうか。
しばらく沈黙が続いた。ガーデンの内外で起こっている戦闘の音だけはやむことはなかった。
その時、廊下の奥から子供の泣き声が聞こえた。俺とはリノアは同時に走り出した。
年少組の男の子が向こうから走って来る。そしてその後ろには、ガルバディア兵達が続いていた。
「マークね！？こっちよ！」
マークはリノアの背後に回り込んだ。すかさずリノアは、追って来るガルバディア兵達に向かってファイガの魔法を放った。兵士達は爆発的な炎の勢いに吹き飛ばされた。
兵士達が倒れたと思ったのも束の間、すぐに新手が現れた。どうやらこの先に新たな進入口があるらしい。
俺達はその場で奴らを迎え撃った。だが、次から次へと兵士達が現れるため、マークを逃がすことも応援を呼びに行くことも出来ない。このままではジリ貧だ。
「ぼ、僕みんなを呼んで来るよ！」
俺達の後ろに隠れて半ベソをかいていたマークが言った。危ないからここにいて、と言うリノアにマークは首を振った。
「平気だよ！僕だってガーデン生だもん。出来るよ！」
「分かった、マーク。正門にいるゼル達に応援をよこすように伝えてくれ。頼んだぞ！」
「了解！」
マークは敬礼をすると、涙を拭きながら走って行った。
「あんな小さい子を行かせるなんて危険よ！」
「この先にガルバディア兵はいない。俺達が食い止めている限りは。だが、このままじゃ俺達もいずれやられる。そうなれば危険はガーデン全体に及ぶんだ。今はあの子に応援を呼んで来てもらう他にない。」
リノアはまだ何か言いたげだったが、やがて仕方なしに納得したらしく、目の前の敵に神経を集中させた。
その時、ガルバディア兵が何かを投げるのが見えた。俺達の足元に転がったそれは手榴弾だった。
俺は反射的にそれを蹴り返していた。投げた兵士の安全ピンを抜くタイミングが早かったらしく、手榴弾は爆発しないまま相手の元に戻った。
「た、退避ーっ！」
ガルバディア兵達が脱兎の勢いでその場から逃げ出した途端に、手榴弾は爆発した。
しかし、その手榴弾の爆発の威力は予想以上だった。廊下の床と壁にぽっかりと穴が空いた。どうやら兵士達が逃げる時に放り出した他の手榴弾と、誘爆を起こしたらしい。危うくこっちまで爆発に巻き込まれるところだった。
際どかったがこれで敵の足止めにはなった、と少し安心した気分になったところで、リノアの姿が見えないことに気付いた。
「リノア！？」
抜け落ちた廊下の穴の縁に、リノアは今にも落ちそうにしがみついていた。しかもここは、渡り廊下に当たる部分だったため、空いた穴からは地面が見えた。ただし、現在飛行中のガーデンにおいてはその地面は遥か下だ。
「だ、大丈夫よ。自分で這い上がれるから‥‥」
「いいから手を伸ばせ！今引き上げる！」
リノアを手をつかみ、引っ張り上げている最中にまたもガルバディア兵が現れた。廊下に大穴が空いて渡れないと分かると、兵士はロケットランチャーを取り出した。今の体勢では逃げようがなかった。
「ファイガ！」
するとリノアが、ぶら下がった中途半端な姿勢から魔法を放った。それにより兵士は吹き飛ばされたが、すでにロケット弾は発射されていた。
リノアの魔法で狙いが外れ直撃は免れたが、発射されたロケット弾は崩れかけていた廊下をさらに破壊し、俺の足場まで崩落させた。瓦礫とともに落ちるところを、寸でのところで剥き出しになった鉄骨をつかんだ。
右手で鉄骨をつかみ、左手は辛うじてリノアの手をつかんでいた。２人とも宙ぶらりんの状態だ。
腕力はあるつもりだが、いつまでもこの状態が持つとは思えない。このままでは落下は免れないだろう。
そして、さらに状況は悪化していた。ぶら下がった俺達のすぐ横に、ガルバディアガーデンが接近していた。兵士を送り込むだけでは飽き足らず、ガルバディアガーデンは再び体当たり攻撃を始めた。
ガーデンが激しく揺れるたびに、握った手に力が入らなくなる。
「離して。」
リノアは言った。離して？リノアの手を？冗談じゃない。
俺は無性に腹が立ってきた。自分が落ちて俺だけが助かればいいと思ってるのか？そんなことをされて俺が喜ぶとでも？見損なうな。
「離して、スコール。」
「‥‥離さないからな。」
「スコール‥‥」
「うるさい！俺は絶対に離さない！」
「もう！いいから離してってば！」
リノアは握った俺の手を、無理矢理離そうともがいた。離すまいとした俺は、その拍子に反対側の手を滑らせた。鉄骨を握っていた方の手を。
あっ、と思った時には２人とも落下していた。
地面に叩きつけられる衝撃を予想して、俺は身を固くした。が、待っていたのは固い地面ではなく、水しぶきだった。水？どうなってるんだ？
水中から浮かび上がった俺は、訳が分からないままひたすら息を吸い込んだ。隣にリノアが浮かび上がった。
「どうして‥‥離さな‥‥かったのよ！あなたまで‥‥落ちちゃったじゃ‥‥ない！」
リノアは何度も喘ぎながら、怒ったように言った。
ようやく俺は、そこがプールの中だと気付いた。それもバラムガーデンのではなく、ガルバディアガーデンのプールだ。ガルバディアガーデンが接近したおかげで、ちょうど真下にプールが来る位置になっていたらしい。
「下にプールがあるなんて一言も言わなかったじゃないか！」
「そんなの見れば分かるじゃない！」
「こっちは落ちないように必死につかまってたんだ。そんな余裕があるもんか！」
プールに浮いたまま睨み合っていた俺達は、同時にあることに気付いた。俺とリノアの手は、まだしっかりと握り合ったままだった。
慌ててその手を離す。恥ずかしいやら馬鹿馬鹿しいやらだ。
「スコール！リノア！生きてるかーっ！？」
頭上から声がした。俺達が落ちた廊下の穴から、ゼルが顔を覗かせていた。
俺は軽く手を挙げた。死んだと思われても無理はない。プールがなければ本当にそうなっていた。
「こっちが片付いたら俺達もガルバディアガーデンに乗り込むからな！それまでなんとか頑張ってろよ！っと、スコール、忘れもんだ！」
ゼルが何やら放り投げた。派手な水音を立てて落ちたのは、俺のガンブレードだった。
俺とリノアはプールから上がった。当然のことながら２人とも全身ずぶぬれだ。
長い髪を絞るようにして水気を切っていたリノアが、急にクスクスと笑い出した。
「何がおかしい。」
思わず刺々しい言い方になっていた。
「あ、違うの。さっきの兵下達‥‥自分達が投げた手榴弾が戻って来た時の慌てようったらなかったなって‥‥」
何を思い出し笑いしているのかと思えば、と少し呆れた気分になったが、やがてつられて俺も笑い出した。
そういえば、昔親父も同じ様なことをやったと言っていた。放り投げられた手榴弾をとっさにつかんで敵さんに投げ返したこともあるんだぜ、と自慢気に語っていたのを覚えている。思わぬところで実践してしまったようだ。
「行こう。ガルバディア兵が集まって来ないうちにな。」
俺とリノアはガルバディアガーデンの中へと入った。