9.ウィンヒルの危機

「やっと着いた〜!はるばる来たよウィンヒル〜!」
「お姉ちゃんの言っていた通り、一面の花畑ね。本当に綺麗なところだわ。」
「なんだか別世界って感じだな。こんなところに住んでるなんて、お姉ちゃんとスコールがうらやましいよ〜。」
 ウィンヒルを一望する丘に立ったセルフィ、キスティス、アーヴァインの3人。彼らはしばし、その色彩豊かな花世界の風景に見とれた。
「それにしても、セルフィの話に乗せられてここまで来てしまったけど、お姉ちゃんのところへ行ってどうするつもりなの?」
「だから言ったでしょ〜。ミサイル基地から命辛々逃げ出して来たけど、国境が封鎖されちゃってバラムに戻れません。帰る方法が見つかるまでしばらく置いて下さい、ってお願いするのよ〜。」
「でもいいのかしら。そんな図々しいことをお願いしても。」
「他に頼るところがないんだもん。しょうがないでしょ〜。本来ならガルバディアガーデンに行くべきなんだろうけど、あそこは完全に魔女の手に落ちちゃったらしいしね〜。」
「そうなんだよな。ガルバディアガーデン生の僕としては、ちょっと情けない気分だよ〜。」
「そうね‥‥そういう非常事態でもあることだし、仕方ないのかしらね。お姉ちゃんにはまた迷惑をかけることになるけど、行ってみましょうか。」
「とかなんとか言って、実はキスティスもお姉ちゃんに会いたかったんだよね。さっ、行こ行こ〜。」
「ところでさ〜、あそこでチョコボに餌あげてるのって、お姉ちゃんじゃないかな?」
「あっ、ホントだ〜!ヤッホー!お姉ちゃ〜ん!」
 丘を駆け下りて来る3人を、エルオーネは笑顔で迎えた。
 事情を聞いたエルオーネは、喜んで彼らを家に招き入れた。母のレインも快く彼らの滞在を歓迎した。
 ただしレインには、キスティス達の素性やガルバディアに来た目的などは伏せたままにしておいた。スコールのことと関連付けて、よけいな心配をかけないためだった。
「ちょっとママ先生のこと思い出しちゃった。」
 レインを見たセルフィがポツリと言った。他の2人も同じ気持ちで頷いた。
 その後、エルオーネの接続によりバラムガーデンが無事だったことを知った3人は、ホッと胸をなで下ろした。
「ミサイルの着弾誤差を最大値まで上げてきたから、直撃だけは避けられるだろうと思っていたけど、まさかガーデンが動き出して逃げるなんて思いもよらなかったわね。」
「ということは、バラムに戻れていたとしても、そこにガーデンはなかったってことなのね〜。海に出ちゃったらしいけど、今頃どこにいるんだろ?」
「これでますます、バラムガーデンに行くのが難しくなったみたいだな〜。逆に言えば、あっちにいるスコールもウィンヒルに戻れなくなってることか。お姉ちゃん、心配だろ?」
「スコールなら大丈夫。彼はSeeDじゃないけれど、とても強い子よ。たくさんの意味でね。」
「‥‥いいわね、そういうのって。家族の信頼というか絆というか、なんだかうらやましいわ。」
「血の繋がりがなくても、そういうものってあると思うのよ。そう、例えばあなた達の間にもね。」
 エルオーネは優しく微笑んだ。
 3人がウィンヒルでの居候生活を満喫するのも束の間、そのウィンヒルに不穏な影が忍び寄っていた。花畑から帰って来た村人から、丘の向こうに異様な物体が浮かんでいるという話を聞いた。
「それって、オカルトファンでよく特集になってる未確認飛行物体ってヤツじゃない〜?」
「セルフィ、そんな雑誌読んでるの?とにかく行ってみましょう。なんだか気になるわ。」
 目撃のあった丘へと登った4人は、話に聞いた通り、遠くに浮かぶ赤い物体を見つけた。
「遠すぎてよく分かんないけど、なんかどっかで見たことある感じ〜。」
「UFOではないようね。一体何かしら?」
 目を懲らして見ていると、アーヴァインが声を上げた。
「あ〜っ!そうだよ!あれはガルバディアガーデンだ!」
「ガルバディア‥‥ガーデン!?言われて見れば同じ形に見えるけど、まさか‥‥」
「ガルバディアガーデンならよく知ってる。間違いないよ〜!バラムガーデンが動き出した機能と同じものが、ガルバディアガーデンにもあったんだ!」
「なんだかこっちに近付いてるみたいだよ〜。あの中にはもしかしてママ先生‥‥魔女がいるんじゃ‥‥」
「でも、ウィンヒルへ何をしに?何のために?まさか私達を追って来たとも思えないわ。」
 3人の視線は、自然とエルオーネに集中した。エルオーネはジッと赤いガーデンを見つめている。
「‥‥多分、私を捜しているんだと思うわ。」
「どうしてお姉ちゃんを?」
「私ね、小さい頃から魔女には大モテなの。」
 エルオーネは冗談ともつかない言い方で、肩をすくめて見せた。
 ヴィジョンはそこで終わった。
 俺は飛び起きた。ウィンヒルに魔女が現れた!?
「大丈夫ですか?スコール君。」
 シド学園長が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。彼には何が起こったのか、さっぱり分からないだろう。
 意識をなくしていたリノアとゼルも、順々に起き上がった。
「ったく!あいつら抜け駆けだぜ!自分達だけウィンヒルに行って、おまけにお姉ちゃんの家に転がり込むなんてよ!」
 そういう問題じゃないだろう。俺が睨んでいると、ゼルは苦笑いした。
「わりいわりい。ついうらやましくてさ。でもマジで大変なことになったぜ。どうするよ、スコール?」
 どうするだって?ウィンヒルへ戻るに決まってる。何がなんでも帰らなければ。
 だが、どうやって帰るかが問題だ。ここはF.H.。海のド真ん中。まずは船を探して‥‥そうだ、釣りじいさんかドープ駅長に相談すれば、一艘くらい貸してもらえるかもしれない。
「シドさん、お願いがあります。このガーデンをウィンヒルへ向かわせて下さい。」
 頭の中でウィンヒルへ戻る算段をつけていると、リノアが学園長に頼み込んだ。
 事情を説明されても、まだすべてを把握出来ない様子の彼だったが、それでもウィンヒルへ行くことを約束してくれた。
「ガーデンは動けるんだもの。船を探すより、これに乗って行った方がずっと早いわ。」
 まるで俺の考えを読んだかのように、リノアは言った。
 F.H.の技術者達の腕は噂通りで、ガーデンの修理・改良は瞬く間に終わっていた。ガーデンは再び動き出した。
 行き先は俺の故郷、ウィンヒルの村。


10.ガーデンVSガーデン

 俺達は再び展望デッキに出ていた。俺は居ても立ってもいられない気持ちを押さえて、ひたすら海だけを見つめていた。ガーデンの速度がイライラするほど遅く感じられる。
「ママ先生‥‥魔女がお姉ちゃんを狙ってるってのはホントなのかよ?」
「その可能性はあると思う。」
 エスタの魔女アデルもエルオーネに執着していた。イデアがエルオーネに目をつけたとしても不思議じゃない。しかし、どこでエルオーネのことを知ったのだろう。
 ガーデンがウィンヒルの丘陵地帯に入る頃には、陽はもう山の影に落ちかけていた。すぐにもガルバディアガーデンと鉢合わせするかと思っていたが、付近にあの赤いガーデンの姿はなかった。
 代わりにキスティス、セルフィ、アーヴァインの3人を見つけた。彼らは村はずれの小高い丘の上で、存在をアピールするように飛んだり跳ねたりして大きく両手を振っていた。
 一時停止したガーデンに乗り込んで来た彼らと、一階ホールで合流した。
「よかったわ、来てくれて。待ってたのよ。」
「ヴィジョンを見たんだ。村は大丈夫なのか?母さんとエルオーネは?一緒じゃないのか!?」
「落ち着いて、スコール。今説明するから。」
 キスティスの話はこうだった。
 彼らがガルバディアガーデンを発見した直後、ガルバディア軍によるウィンヒルの制圧が始まった。村が軍の支配下におかれるまで、あっという間の出来事だった。だが制圧といっても、村の住人への外出禁止命令が出されたくらいで、人的物的被害はなかったらしい。
 ガルバディア軍の目的はやはりエルオーネだった。その命令を出したのはもちろん魔女に違いない。
「お姉ちゃんを守るためならいくらでも戦うけど、あまりに多勢に無勢。ここは逃げるしかないと思ったわ。そこへ彼が現れたのよ。」
「彼?」
「スコール、キロスって人を知ってるわよね。」
 俺は頷いた。キロスは親父の親友で、その付き合いも俺が産まれる前からというくらい長い。エルオーネがエスタにさらわれた時に、親父と共に救出に向かった友人2人のうちの1人が彼だ。
「キロスさんは、お姉ちゃんを魔女の手の届かない安全なところへ連れていくと言ったわ。お姉ちゃんもそれに同意した。お姉ちゃんはあとのことを私達に頼んで、彼と村を脱出したの。」
「でもバタバタしてたから、キロスさんの言う安全なところがどこなのか聞きそびれちゃったんだよね〜。スコール、どこだか分かる?」
 セルフィだけでなく、他のみんなもその場所について皆目見当がつかないようだったが、俺にはすぐに分かった。親父のいる場所、エスタだ。
「キロスが一緒ならエルオーネは大丈夫だ。心配ない。しかし、キロスがどうしてウィンヒルに来ていたんだ?こうなることを予測していたのか?」
「よくは知らないけど、何か荷物を受け取りに来たみたいなこと言ってたような〜?」
「荷物?‥‥ああ、アレか。」
「アレって?」
「いや、こっちの話だ。」
 俺は曖昧に言葉を濁した。キロスが受け取りに来たという荷物は、アレしか考えられない。ダンボール箱いっぱいに詰められたティンマニの最新号だ。親父の記事が載った号は、いつもこうしてエスタに送られていた。
 こんなにたくさんのティンマニをどうするのかと一度尋ねたことがあったが、どうやら街の公共施設などに配っているらしい。まったくもって、今のエスタは平和な国だと思う。
 キロスがウィンヒルに来た用事はこんな他愛もないものだったが、とにかく彼がいてくれて助かったのは事実だ。
「母さんもキロスと一緒に行ったんだろう?」
 ところがキスティス達は、浮かない表情でお互いの顔を見合わせた。
「それが‥‥レインさん、行方不明なのよ。」
「なんだって!?どういうことだ!?」
「レインさん、今日は朝早くからガーデンに行くって家を出たんだけど――」
「ガーデンってなんだ?」
 口をはさんだゼルに、母が育てている花畑のことだと説明し、キスティスに話の先を促した。
「ガルバディア軍が現れてから、村人は家に戻って大人しくしてるよう命令が出されたのだけど、レインさんはいつまで経っても帰って来なかったわ。お姉ちゃんもキロスさんも、レインさんが戻るのを待って一緒に村を出るつもりだったらしいけど、兵士がそこまで迫っていてそれ以上の時間の猶予はなかったの。」
「だから、レインママさんのことはあたし達が引き受けるから〜ってことで、とにかくお姉ちゃんには先に村から脱出してもらったのよ〜。」
「それで、母さんの行方は分かったのか?」
「‥‥ごめんなさい、スコール。それがまだ見つかっていないの。」
「僕らもおたずね者の身分だから、うかつにガルバディア兵の前をウロウロ出来なかったんだよ。」
 キスティス達は申し訳なさそうに謝った。
 なんだか胸騒ぎがする。とても‥‥嫌な感じだ。魔女の目的はエルオーネ。しかし、エルオーネは見つからない。となると、魔女が次に打つ手は‥‥。
「それで、当のガルバディアガーデンはどこへ雲隠れしやがったんだ?」
 ゼルが訊いた。
「それがおかしいのよね〜。急に村から引き上げて行っちゃったの。だからあたし達も村を出られたんだけどね。」
「おいおい、ひょっとしてお姉ちゃんの脱出に気付いて、追いかけてったんじゃねえだろうな!?」
 ゼルの心配はもっともだったが、その杞憂に対してキスティスは首を振った。エルオーネ達は東の海のある方へ向かったが、ガルバディアガーデンは西の山岳方面へ向かったらしい。
 ここで話し合っていても埒があかない。ともかく村に戻って母の行方を探さなくては。
 しかし、出口へ向かって歩き出した俺を、キスティスが引き留めた。
「まだ話の続きがあるのよ、スコール。ガルバディア軍が引き上げたあと、村の人から気になることを聞いたの。レインさんらしき女の人が、ガルバディア兵に連れて行かれるのを見たって‥‥」
「!」
「そりゃどういうこったよ。ガルバディアの奴ら、なんだってスコールのおふくろさんを‥‥あっ、そうか。」
 ゼルが考えついたことは、多分俺が思っていることと同じだ。俺の母ということは、取りも直さずエルオーネにとっても母ということ。それを知っての上で連れ去ったのだとすれば、エルオーネを手に入れるための人質にする以外にない。
「ホントにごめん、スコール!あたし達がいながらこんなことになっちゃって‥‥」
 セルフィは頭を下げた。だがこれは、セルフィ達のせいじゃない。彼らに責任はない。肝心な時に村にいなかった俺が悪いのだ。家族を守るのは俺の役目と心に決めていたのに。
 俺は後悔と自身への怒りで、固く拳を握りしめた。
「‥‥ガルバディアガーデンがいなくなってから、まだそんなに時間は経ってない。そうよね、キスティス?」
 リノアに問われたキスティスは、質問の意図がつかめなかったようでぎこちなく頷いた。
「それなら今から追いかければ、ガルバディアガーデンを捕まえられるかもしれないわ。」
 そしてリノアは、まっすぐに俺の目を見た。まだ手はある、後悔するには早すぎる、と言われた気がした。
「追いかける必要はないみたいよ。」
 背後から声がした。吹き抜けホール中央にあるエレベーターのドアが開き、その中にシュウがいた。
「ハイ、キスティス。無事で何よりだわ。」
「シュウ!何かあったの?」
「巨大な赤い物体が急速に接近中。恐らくあれがガルバディアガーデンね。彼ら、去ったんじゃなくて、どこかにひそんでいたようよ。」
 展望デッキから肉眼で確認出来るらしい。俺達はエレベーターに乗り込み2階へ上がった。シュウの言った通り、どこからともなく現れた赤いガーデンは徐々にこちらに近付いていた。
「まさかあっちから来るなんてな。それともこのバラムガーデンにお姉ちゃんが隠れてるとでも思ってんのかな?」
「ちょっと違うような気がする〜。現れたタイミングからして、バラムガーデンがやって来るのを待ちかまえてたって感じだもん〜。」
「私もそう思うわ。相手の狙いは多分、バラムガーデンそのものね。」
「そうだな〜。ミサイル攻撃が失敗したから、今度は直接叩き潰しに来たってところかな。」




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