１１．ガーデンの魔女
ガルバディアガーデンの建物の中は、思いのほか人気がなかった。バラムガーデン攻撃で皆出払っているようだ。
母を捜してガーデン内を走り回っているうちに飛び込んだ教室で、ガルバディアガーデンの生徒数人と出くわした。バトルになるかと身構えたが、相手に戦意はなかった。
「ガルバディアガーデンはこの戦いとはまったく無関係なんだよ。突然、軍隊が乗り込んで来て、ガーデンの建物を接収してしまったんだ。その時生徒や教官達はガーデンの外に追い出されたんだけど、僕らは取り残されちゃってね。仕方ないからここで大人しくしてたんだよ。」
「このガーデンには魔女が乗っているんだ。どこにいるか知らないか？」
「うーん、マスタールームかな。それくらいしか思いつかないけど。」
生徒からマスタールームの場所を聞いた俺達は教室を出た。
「魔女から直接訊き出すのね。お母さんの居場所を。」
廊下を走りながらリノアは言った。その通りだ。このだだっ広いガルバディアガーデンの中を捜し回っていてはキリがない。
すると、リノアは急に立ち止まった。
「‥‥ねえ、スコール。魔女に会う前に話しておきたいことがあるの。」
「話？今じゃないとダメなのか？」
一刻も早く先に進みたかったが、リノアのあまりに深刻な表情を見て俺も足を止めた。一体どうしたというんだ？
「もっと早くに言っておくべきだった。だけど、言い出せなくて‥‥。私、本当は‥‥」
「また会ったな。レインズガーデンのＳｅｅＤさんよ。」
その声の主が誰なのか、すぐに分かった。俺達の前にサイファーが立っていた。
「この先は魔女の聖域だ。入れるのは魔女の騎士だけなんだぜ。」
その魔女の騎士とやらが自分だと言いたい訳か。魔女の三下の間違いだろうに。
「よう、リノア。いつからガーデン生になったんだ？」
「サイファー‥‥あなたこそこんなところで何をやっているの？」
リノアが厳しい表情でサイファーを見る。２人は顔見知りだったのか？
「サイファー！てめえ！見つけたぞ、この野郎！」
バタバタという足音とともに駆けつけて来たのはゼル達だった。セルフィがサンダガの魔法を放つ。サイファーはひらりと飛び退いてそれを避けた。
「もうここまで来たのか。ガルバディア軍もだらしねえな。」
「散々好き放題にやってくれたわね、サイファー。世話になった母校に恩をあだで返すとはまさにこのことだわ。」
キスティスは彼女の得物であるムチを、サイファーに向かって突きつけた。
「世話になった恩なら返してるぜ。ママ先生にな。」
「あなた、そのことを知ってて‥‥！」
「お前達はママ先生には勝てねえよ。」
「勝つわよ、絶対〜！あたし達、勝たなきゃいけないんだもの！ママ先生のためにもね！」
「そうだよ。僕達は負けられないんだ！」
ＳｅｅＤ達はそれぞれの武器を構えた。
６対１。普通ならかなわないと思うはずだが、サイファーはまるで意に介した様子もなく、ガンブレードを振り上げ突っ込んで来た。
奴の自暴自棄とも思える特攻に、キスティス達は怯んだ。というより、元は幼なじみである彼と戦うことにためらいがあったのかもしれない。俺は前に出て、サイファーの攻撃を同じガンブレードで受け止めた。
「先に行け！今はこいつにかまってる場合じゃないだろう！」
「みんな行って！サイファーなら私とスコールでなんとかするから！」
ファイガを放ちながらリノアは叫んだ。サイファーは横に転がるようにして炎の魔法をかわした。
キスティス達は互いの顔を見合わせ、すぐに決断した。
「ありがと！リノア、スコール！それとサイファー、これオマケね〜！」
セルフィは走り抜け様にサンダガを放った。サイファーがその攻撃を避け、立ち上がった時にはすでに彼らの姿はなかった。
「‥‥どうせあいつらはママ先生には勝てねえさ。むざむざやられに行ったようなもんだ。」
「俺はそうは思わない。」
セルフィ達の思いは強い。彼らならきっとやり遂げられる。
これでまた２対１になった訳だが、俺もこんなところでやられる訳にはいかない。
だが、そんな心配は無用だった。サイファーとの戦いは意外なほど早くケリがついた。結果から言えば、なんとか奴をねじ伏せることが出来た。
もっとも、１対１ならこうはいかなかっただろう。同じガンブレード使いとはいえ、相手は訓練を受けたＳｅｅＤ候補生。リノアの魔法がなければこうもすんなりとはいかなかった。
倒れているサイファーが悔しそうに言葉を吐く。よく聞こえなかったが、チクショウとかなんとか言っているようだ。
「ごめんね、サイファー‥‥」
リノアはサイファーの顔を覗き込みながら呟くように言った。
サイファーから母の居所を聞き出そうとしてみたが、その時にはすでに奴は気を失っていた。俺達はマスタールームに向かって走り出した。
「あんたとサイファーは‥‥」
「え？」
「いや、なんでもない。」
リノアとサイファーの関係を聞いてどうしようというんだ、俺は。どうだっていいことじゃないか。バカげた質問をするところだった。
「‥‥サイファーはね、ティンバーのレジスタンスとバラムガーデンの橋渡しをしてくれた人なの。私も恩をあだで返したことになるのかな。」
リノアは俺の聞きたいことをお見通しだった。
「そ、そうだったのか。でも今回のことは仕方ないだろう。」
「うん‥‥。でも、サイファーはどうしてこんなことを‥‥」
リノアはちらりと後ろを振り返った。確かに、奴が何を考えてこんなことをしでかしたのかは気になるが、今その原因を探るのは無理だろう。あるいは魔女に会えば、それが分かるかもしれない。
マスタールームに辿り着いてみると、そこに部屋はなかった。元は存在したはずのその部屋は無惨に破壊され、床は大きく抜け落ちていた。これは魔女とＳｅｅＤ達の戦いの痕跡なのだろうか。
「スコール、下！」
床下を覗き込んでいたリノアが声を上げた。
マスタールームの階下は講堂のような広いホールになっていて、そこで魔女とＳｅｅＤ達は戦っていた。激しい魔法の余波がここまで噴き上げて来る。俺達は一旦部屋を出て、下へ降りる道を探した。
その途中、ガルバディア兵と出くわしてしまい、それを蹴散らすのに手間取ったため、講堂に着くまで時間がかかった。
そして俺達が着いた時には、すでに戦いは決着を見ようとしていた。
傷だらけでボロボロになったＳｅｅＤ達。立っているのがやっとだと一目で分かる。その向こうには魔女。彼女もまた同じように満身創痍で、今にもくずおれそうなほどによろめいていた。
「ＳｅｅＤ‥‥なるほどな。大した‥‥もの‥‥だ。」
魔女が先に膝をついた。それに続くようにしてキスティス、ゼル、セルフィも倒れた。アーヴァインだけが、ライフル銃を支えにしてようやく立っていた。
魔女は敗れた。もう戦う力は残っていないだろう。
だが、魔女は顔を上げた。その眼が異様に光り輝いている。
「お前達、立派だよ。‥‥だが、私は負けぬ！ここで共に燃え尽きるのだ、ＳｅｅＤよ！」
魔女の周りに黒いオーラが立ちこめた。魔女は最後に残った魔力を振り絞り、最大限にまで高めた魔法を放った。
逃げる暇などなかった。魔女の執念ともいえる破壊の力に飲み込まれようとしたその時――
「やめてーっ！！」
リノアが魔女と俺達の間に立ちはだかった。彼女の体が白く発光し光を放つ。その光は襲い来る魔の力とぶつかり、激しくせめぎ合う。二つの力が放つ衝撃波が、俺達を吹き飛ばした。
そして、いきなり静けさが戻った。あとには壊れた講堂の残骸だけが残った。壁に叩きつけられた俺は、立ち上がろうともがきながらリノアの姿を探した。
魔女を含めた全員が無様に床に転がっている中、リノアだけが１人瓦礫の中に立っていた。
リノアはゆっくりと振り返り、手を差し伸べた。
その相手は俺じゃない。フラフラとおぼつかない足取りで、講堂の中へ入って来たサイファーに向かって差し出されたものだった。
次に起こった光景を、俺は我が目を疑うような気持ちで見ていた。リノアはサイファーの首に手を回して抱きつき、顔を近付けた。
やがて離れた２人は、一方は床に倒れ、もう一方は講堂を出て行った。倒れたのはリノア。そして、去ったのはサイファー。
‥‥一体、何が起こったというのだろう。俺には理解出来ない。まるで覚めない夢を見ているようだ。体がふわふわして実感がない。
そして俺は、意識を失った。
１２．ホライズンブリッジを越えて
「‥‥やっと‥‥半分くらい来た、かなあ‥‥？」
「いや、まだ３分の１というところだろう。」
「ええっ！‥‥うっそー。」
「‥‥」
「ペースが落ちている、とウォードは言いたげだぞ、ラグナ君。」
エスタとガルバディアとを結ぶ鉄道線ホライズンブリッジ。今は廃線となっているその長大な橋を渡る三人組がいた。先頭からキロス、ウォード、そして２人より遅れて歩くラグナ。
そのラグナがせかせかと早歩きになり、先の２人を追い抜いた。
「そんなに早く歩いては最後までもたないぞ。」
「このままじゃ間に合わねえだろっ。お前らも急げ！」
しかしその１０分後には、早くも元のペースに戻っていた。キロスが休息を取ろうと提案し、渋々ラグナは線路に腰を下ろした。
「君の突飛な行動にはこれまでいろいろと驚かされてきたが、今回も相当なものだな。」
キロスは皮肉っぽく笑って言った。
「仕方ねえだろ〜。こうでもしなきゃウィンヒルに帰れないんだからな。」
「だが大統領に就任したばかりの君が姿を消して、今頃エスタは大騒ぎになっているぞ。」
「‥‥う〜、やっぱ黙って出て来ちまったのはまずかったか。一応、すぐ戻るって置き手紙はしてきたんだけど。でもな〜、俺にだって譲れないもんてのがあるんだよ。」
「まあ、気持ちは分かるがな。君の子供が産まれるんだ。レインのそばについていてやりたいと思うのは当然だろうな。」
「だろ〜？なんでそれがエスタの連中には分かんねえのかな。」
「しかし、彼らの気持ちも分かる。アデルを封印することに成功したとはいえ、エスタ国内はまだ混乱している。そんな時に新大統領の君が不在では困るのだろう。それにアデル派の連中が、再び政権を覆すために君の命を狙っているとも聞くしな。」
「ええっ！？そうなのか？だから俺がウィンヒルに帰るって言った時、みんなあんなに反対してたのか。」
「‥‥」
「もっとも、そのことを知ったからといって、君が里帰りをやめるとは思えなかった、とウォードは言いたいようだ。私もそれに同感だな。」
「あったり前だ。何があっても俺はレインのところへ帰るんだかんなっ！よし、休憩終わり！行くぞ、キロス、ウォード！」
勢いよく立ち上がったラグナは、その途端立ちくらみでも起こしたようによろめいた。そのラグナをキロスが支えた。
「おい、大丈夫か？なんだか足元がおぼつかないな。エスタを出る前もバタバタしていて、ゆっくり寝ていないんだろう？」
「だ〜いじょうぶだって、このくらい。ウィンヒルでレイン達が待ってんだぞ。グズグズしてられるかっての。それにしても、エルだけでも一足先にウィンヒルに送らせといてよかったな〜。子供にこの橋を渡らせるのは酷だもんな。」
エルオーネはすでに２週間前に、エスタ人の手によってウィンヒルへ送り届けられていた。その時に一緒に帰るつもりのラグナだったが、そういった諸々の事情でエスタを離れられなかったのだ。
両手を広げて大きく深呼吸したラグナは、海の向こうのウィンヒルに届くような大声で叫んだ。
「待ってろよー！愛しの我が妻、かわいいエル！そしてまだ見ぬ子よーっ！お父さんはぜーったい、お前達のところに帰るからなーっ！」
「他に人がいないからといって、よくそれだけ恥ずかしい台詞を叫べるものだ。」
呆れたような言葉とは裏腹に、キロスは微笑んでいた。その隣にいるウォードも同じ表情だった。
「しかし‥‥この感じ、なんだかいいな。そうは思わないか、ウォード。」
「‥‥」
ウォードは同意するように頷いた。すでに先を歩いているラグナが振り返って２人を呼ぶ。
彼らは再び、歩き始めた。
そして俺は、目を覚ました。頭がボーッとしていて、それが過去のヴィジョンだったと気付くのにしばらくかかった。
ベッドから起き上がる。ここはバラムガーデンの学生寮の一室で、休憩用として貸し与えられていた部屋だ。
魔女との戦いは終わった。敗れた彼女は、その瞬間からゼル達のママ先生に戻った。今は傷ついた体を癒すため、学園長室でシド学園長に見守られながら眠っている。
ガルバディア軍も程なく撤退していった。放棄されたガルバディアガーデンの中に、サイファーの姿はなかった。同じく母の姿も。再び連れ去られてしまったのだ。
そして、リノアは‥‥。
俺は部屋を出た。５つ隣の部屋へと向かう。そこにリノアがいる。
戦いが終わって気付くと、リノアは深い昏睡に陥っていた。名前を呼んでも揺さぶっても、目を覚まさなかった。その状態は今も続いている。
部屋のベッドに横たわったリノアの顔は青白く、まるで生気が感じられない。特に外傷はなく、何が原因でこうなったのか、誰にも分からなかった。
「リノア。」
やはり反応はない。俺はベッド横のパイプ椅子に座った。
一体、リノアの身に何が起こったんだろう。これは一時的なものなのか。それともずっとこのまま、目を覚まさないなんてこともあり得るんだろうか。
この現実が俺には信じられない。ほんの少し前に、リノアと言葉を交わした。一緒に戦って、プールに落ちて、ガルバディアガーデンの中を走った。そのリノアが、今はこんな風に横たわっている。
「リノア‥‥」
答えはないと分かっていても、呼びかけずにはいられなかった。何とかして目覚めさせたい。肩をつかんで揺さぶって、起きろと怒鳴りつけてでも目覚めさせてやりたい。
なぜ俺は、こんなに必死になっているんだろう。そして、その答えはすぐに出た。
リノアの声が聞きたかった。いつもの冷めた言葉でも怒った言葉でもいい。もう一度、彼女の声が聞きたかった。
自分でも驚くようなことだが、これが今の俺の正直な気持ちだ。
「スコール。」
背後から声がして、俺は思わず立ち上がった。振り返ると、セルフィとキスティスの２人がいた。
「どうしたの〜？何ドギマギしてるの〜？」
「別に‥‥」
顔がカーッと熱くなるのが自分でも分かった。慌てて顔を伏せて椅子に座り直す。２人に気付かれていないといいが。
「‥‥。あたし達、ママ先生のところに行って来たとこなの。ママ先生の意識が戻ったんだよ〜。」
「そうか。良かったな、セルフィ、キスティス。」
「でもリノアは相変わらずね。」
キスティスはリノアの額に手を当てた。冷たいわ、と小声で呟いた。