７．彷徨えるガーデン
海に出たガーデンはその後本当の操縦不能となり、波まかせ風まかせで進んで行った。
マスター派学園長派に別れた闘争も、いつの間にか収まった。ガーデンがミサイル攻撃の標的となり、挙げ句の果てに動き出したのだから身内で争っている場合じゃない。
しかし、騒ぎが収まったのも束の間、一連の騒動の最中、訓練施設で放し飼いにしていたモンスターが逃げ出してしまい、ゼルや他の生徒達はその回収作業に追われることとなった。
部外者の俺は学生寮の一室を貸し与えられ、そこで休むように言われた。ベッドに倒れ込むと、瞬く間に睡魔が襲ってきた。最後にまともな睡眠をとったのは、デリングシティのホテルだったな――と思った次の瞬間には眠りに落ちていた。
目を覚ますと、まだ海の上だった。この様子では当分ウィンヒルに帰れそうもない。それにしても、ティンバーを目指して家を出た時には思いもしなかった。自分がこんな場所にいることになるなんて。
人生ってのは何があるか分からない。だから、おもしろいんだよな――。親父の言葉がふと頭を過ぎる。
「何があるか分からない‥‥か。」
本当にその通りだった。この先何が待っているのか、想像もつかない。
眠気は去ったものの、空腹感に耐えきれなくなった俺はベッドから這い出した。食事は学生食堂で取れると聞いていたので、行ってみることにした。
モンスターの回収も一段落したらしく、ガーデン内は平穏を取り戻していた。ゼルとシュウが食事をしており、俺を見ると手招きした。
「ようっ、眠り姫ならぬ眠りの君。丸１日も寝たあとじゃ、さぞかしハラも減ったろ？」
そんなに眠っていたとは。どおりで目覚めすっきりなはずだ。
２人の向かい側の席に座って食事を始めたものの、なんだか知らないがゼルはえらく憤慨の様子だった。
「聞いてくれよ。さっきマスターノーグに呼ばれて魔女暗殺ミッションの報告に行って来たんだけどよ、なんと魔女暗殺の指令はガルバディアガーデンのマスタードドンナの独断で、バラムガーデンはなんの関係もなかったってんだぜ。ドドンナはたまたまガルバディアガーデンにやって来た俺達に任務を押しつけて、もし暗殺が失敗した時は、バラムガーデンに責任を取らせるつもりだったんだ。俺達はダシにされたって訳だぜ。まったく！」
そして、魔女の報復を怖れたマスターノーグは、スケープゴートとして学園長とＳｅｅＤを差し出そうとしたらしい。それがあの騒ぎの発端だったのだ。身内を売ろうとしたマスターノーグは更迭されたとシュウは言った。
「これでなんとかいつものガーデンに戻ったな。しかし、さすがに疲れたぜ‥‥」
ゼルはパタンとテーブルに突っ伏し、そのまま寝てしまった。あれからずっとモンスターを追いかけ回していたのだから無理もない。
「こんなところで寝ちゃってしょうがないわね。まあいいわ。それより君、えっとスコール君だっけ？ゼルにも少し話を聞いたんだけど、キスティス達がガルバディアのミサイル基地に潜入したっていうのは本当なの？」
俺は頷いた。キスティスとセルフィ、そしてアーヴァインの３人があれからどうなったのか、ずっと気になっていた。ミサイルが飛んで来たということは、彼らの計画は失敗したようだが、果たして無事でいるのだろうか。
「大丈夫よ。キスティス達は優秀なＳｅｅＤだもの。きっと無事に戻って来るわ。」
シュウは励ますように俺の肩をポンと叩いて、食堂を出て行った。
ぐうぐう眠りこけているゼルを前に置いて食事をしていると、背後に人の気配を感じた。振り返ると、眼帯をした短い銀髪の女と、ごつい体つきの男の２人組が立っていた。
「お前のこと知ってるもんよ。ゼルと一緒に来たＳｅｅＤで、名前は確かスコールだもんよ。」
誰がＳｅｅＤだって？どこからそんな話が出てきたんだ。
「でもおかしいもんよ。ＳｅｅＤはバラムガーデン以外にはいないはずだもんよ。お前どこから来たもんよ？」
「‥‥レインズガーデンだ。あんた達こそ誰だ？」
説明が面倒なので適当に答えた。男は雷神と名乗り、女の方を自分の相棒の風神だと紹介した。２人とも風紀委員でサイファーの補佐をしていると言う。
「お前、デリングシティにいたって聞いたもんよ。サイファーに会わなかったもんよ？サイファー、元気してるもんよ？」
俺はやや間をおいて頷いた。魔女の三下をやったり尋問ごっこをしたりしているのだから、十分元気にやっていると言えるだろう。
「そうか‥‥。ずっと心配してたもんよ。懲罰房を抜け出してティンバーに行ったらしいことは分かってたけど、そのあとの行方が分からなくなってたもんよ。元気にしてるならいいんだもんよ‥‥」
雷神は心の底からサイファーの身を案じていたらしい。隣の風神も表情こそ平静を保っているが、ホッと安堵のため息をつくのが分かった。
「用済。移動。」
「分かったもんよ。それじゃだもんよ、スコール。」
妙なしゃべり方の２人組は行ってしまった。つくづくガーデンというところはヘンな人種の集まりだと思う。
一旦起きたゼルは、寝直してくると言って寮へ戻った。何もすることがない俺は、退屈しのぎにバラムガーデンの中をブラついてみることにした。同じガーデンでも、バラムとガルバディアではずいぶんと雰囲気が違っていた。
ガルバディアガーデンはいかにも兵士養成施設といった堅苦しい雰囲気だったが、このバラムガーデンには自由で開放的な空気が流れている。制服の生徒ばかりだったガルバディアと比べ、私服姿の生徒が多く目に付くのもそれを表している。
廊下を歩いていると、どこからかピアノの音が聞こえてきた。その聞き覚えのあるメロディーに誘われて、俺はドアの一つを開けた。
そこは音楽室で、広い部屋の中央にグランドピアノが置かれていた。そのピアノを誰かが弾いている。ピアノの影になっていて弾き手の顔は見えなかった。
優しい旋律が身を包む。美しい曲だがどこか切なげだ。この曲を俺はどこで聞いたんだろう。昔のレコード？そういえばそんな気もする。
ピアノに近付くと弾き手の正体が分かった。リノアだった。俺の気配に気付いたリノアは演奏を止めた。
「あっ‥‥」
リノアは椅子をはね飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。顔を赤くして俯いたかと思ったら、すぐに怒ったような表情になって俺のことを見た。どうやら邪魔をしてしまったらしい。怒鳴られないうちに退散した方がよさそうだ。
立ち去ろうと背を向けた時、リノアの腹立たしげな独り言が聞こえた。
「ああもうっ！私ったらまただわ。」
気になって振り返ると、リノアは自分で自分の頬をピシャッと叩いていた。
「待って、スコール！あの‥‥ありがとう。」
俺を呼び止めたリノアは小声で言った。しかし、ありがとうってなんのことだ？
「あ、そうじゃなくて、あの、ごめんなさい。」
今度は謝られてしまった。ますます訳が分からない。
「だから、そのつまり、ティンバーではありがとうって言いたかったの。アンジェロのこと‥‥」
アンジェロが教室の隅から出て来て、リノアの傍らに座った。愛犬の手当をしてやったことを言っているようだが、今頃になってなぜそんな話をするんだ？
「ずっと気になってたの。あの時はありがとうの一言も言わないで逃げ出してきちゃったから‥‥いつかきちんとお礼を言わなくちゃと思ってて‥‥」
「礼ならちゃんと言ってたじゃないか。」
「ウソっ。私、言ってない。」
「言ったよ。ありがとうって。」
「言ってないわよ。お礼が言えなかったこと、あのあとものすごく後悔したんだから。」
「言われた本人が言ってるんだ。確かに言った。」
「言ってないってば！」
礼を言った言わないで、いつの間にかケンカ腰になっていた。それに気付いた俺達は、同時に吹き出した。
「どっちでもいいさ。あんたの気持ちはよく分かったから。」
「‥‥でも本当にありがとう。おかげでアンジェロの怪我もすぐによくなったわ。」
アンジェロは俺の足元に寄って来ると、甘えるように頭をこすりつけた。
「ピアノ、うまいんだな。」
俺はアンジェロの頭をなでながら言った。
「母から教わったの。私の母は私が産まれる前はピアニストだったの。でも弾くだけじゃなくて、自分で作曲もしていたのよ。今弾いていた曲も母が作った曲なの。一番好きな曲だって言ってたわ。」
「そうだったのか。お母さんは今もピアノを弾いたり作曲したりしてるのか？」
「‥‥いいえ。お母さんは私が小さい頃に死んだから‥‥」
まずいことを聞いてしまった。フォローの言葉を探していると、リノアは気にしないでくれと言いたげに笑った。
「私、ピアノが大好き。ピアノを弾いてると、お母さんと話をしているような気がして、とても暖かい気持ちになるの。」
「‥‥そうか。あ、さっき弾いていた曲だけど、聞き覚えがあるんだ。なんて題名の曲――」
突然、ガーデン全体が激しく揺れた。俺達はとっさにグランドピアノにつかまった。地震のはずはない。ここは海の上なのだ。だとしたら‥‥
「何かにぶつかった？」
リノアは言った。恐らくその通りだろう。
８．白昼夢のＦ．Ｈ．
制御不能で海を漂っていたバラムガーデンは、フィッシャーマンズ・ホライズンと呼ばれる海の上に作られた街の岸壁に激突して止まった。
突然、ガーデンのような巨大な建物が現れて突っ込んできたのだから、街の人々はさぞかし驚いたに違いない。だが幸いなことに、激しい衝突の割には街とガーデン双方にそれほどの被害はなかった。
リノアと共に、ガーデン二階の展望デッキから生徒達に混じって外の様子を眺めていると、ゼルがやって来た。
「Ｆ．Ｈ．の人達が街の壊れた部分を修理するついでに、ガーデンがちゃんと動くように直してしてくれるんだってよ。ありがたい話だよな。」
「Ｆ．Ｈ．はその昔、エスタを離れた技術者達が集まって出来た街だ。彼らならガーデンを修理するくらい朝飯前だろうな。」
「そ、そうなのか？お前よくそんなこと知ってんなあ。物知りゼルも形無しだぜ。」
ゼルはがっくりとうなだれたが、別に俺は物知りな訳じゃない。
Ｆ．Ｈ．には例の家族サービスで何度か来たことがあって、その時Ｆ．Ｈ．の生き字引といわれるじいさんから昔話を聞き、自然と覚えてしまっただけのことなのだ。
「そうだ、せっかくだから上陸してみようぜ！ずっとガーデンの中に閉じこめられて、息が詰まりそうになってたところだ。」
ゼルは早くも行く気で、くるりと向きを変えた。
「おっと、残念だけどそれは後回しにしてね。」
シュウが現れてゼルの襟首をつかんだ。
「学園長が呼んでるわ。あなた、まだ報告に行ってなかったでしょ。」
「あっ、やべ。そうだった。ぐっすり寝ちまってて報告のことすっかり忘れてたぜ。」
「学園長はあなた達２人の話も聞きたいそうよ。ゼルと一緒に学園長室に行ってくれないかしら。」
俺達３人は、連れ立って学園長室へと向かった。
シド学園長の前に立ったゼルは、一連の事件の詳細を報告した。さらに学園長は、デリングシティでのことはリノアから、Ｄ地区収容所でのことは俺からつぶさに話を聞いた。その中で特に、Ｄ地区収容所での俺に対するサイファーの尋問に関心を持ったようだ。
「ＳｅｅＤの目的、その存在意義、それらについて魔女が知りたがっているとサイファーは言ったのですね？」
俺が頷くと、学園長は後ろ手に組んでいた腕を前で組み直した。
「‥‥学園長、いやパパ先生。ママ先生は一体どうしちゃったってんですか？今のママ先生は、俺が知ってるママ先生と全然違います！」
「すみません、ゼル。私にも分からないんですよ。でもこれだけは言えます。今のイデアはイデアであって、イデアではない。なぜなら、ガーデンやＳｅｅＤを作ろうと最初に言い出したのは彼女なんですから。」
学園長は淡々とした口調で語りはじめた。
魔女と承知でイデアと結婚したこと。彼女と２人で孤児院を営み、ゼルら子供達の世話をしていたこと。ある日、イデアの口からガーデンやＳｅｅＤのアイデアが出たこと。資金集めに奔走しノーグという出資者を見つけ、ガーデン設立にこぎ着けたこと。そして、ＳｅｅＤという存在の真の目的。
「ＳｅｅＤは単なる戦闘精鋭集団ではありません。ＳｅｅＤは来るべき日、ある目的を成すために作られたのです。」
来るべき日？ある目的？
「魔女が世界を恐怖に陥れようとした時、ＳｅｅＤは魔女を倒します。そのために存在するのです。」
「魔女を倒すのがＳｅｅＤの本当の目的ってことですか？じゃ、じゃあママ先生は、自分を倒させるためにＳｅｅＤを作ったってんですか！？そんなバカな！」
ゼルは声を荒げた。
「‥‥ＳｅｅＤを作ろうとイデアが言った時、私もそのことが気になりました。イデアがＳｅｅＤの敵になりはしないかと。彼女はそんなことには決してならないと笑って言いました。」
シド学園長は、恐らくその時のイデアがしたように、寂しげに笑った。
「これから‥‥どうするんですか、シドさん？」
リノアは訊いた。
「ガーデンはガーデンの、ＳｅｅＤはＳｅｅＤの目的を果たすだけです。」
魔女を倒せ。つまりはそういうことだ。自分の妻である女性を、母代わりをしてくれた女性を倒せ、と。
そんな命令を下す彼の胸中はどんなだろう。とても想像出来ない。
「‥‥こんなこと、キスティス達が聞いたらなんて思うだろうな。あいつら、今頃どこにいるんだろう‥‥」
自分達に課せられた重い使命に、ゼルはかなりまいっているようだ。せめて同じ境遇のキスティスやセルフィ達がいれば、心の負担は少しは軽くなるのかもしれない。だが、部外者の俺やリノアでは、ゼルの支えにはなれない。
「ゼル‥‥」
リノアもかける言葉が見つからないようで、差し伸べかけた手が途中で止まった。
「‥‥あれっ。私、どうしちゃったんだろう。何か‥‥ヘンだわ‥‥」
リノアはその場に膝をついたかと思うと、そのままパタンと倒れた。それに驚く暇もなく、続いてゼルまでが意識を失って倒れた。
「ど、どうしたんですか２人とも！？イデアの話がそんなにショックでしたか！？」
学園長は慌てふためいているが、俺は２人の昏倒の原因に心当たりがあった。
その様子は、俺が何度となく経験しているエルオーネの接続と同じものだった。
「心配いらない。しばらくしたら意識を取り戻す‥‥から‥‥」
言い終わらないうちに、俺の意識も過去に飛ばされていた。