追っ手の兵士達を蹴散らしながら逃げる途中、みんなからこれまでの経緯を聞かされた。
 キスティス達は俺が監房から連れ出されたあと、急病を装って兵士を房の中に誘い込み、殴り倒して逃げ出した。そして、武器を奪い返すために兵士と戦っているところへ、エルオーネ達が現れ合流。
 エルオーネ達はというと、デリングシティでは混乱に乗じて逃走に成功、捕まった俺達がD地区収容所に送られたとの情報をつかみ、救い出そうと乗り込んで来たそうだ。
「デリングシティでのリノアはすっごくカッコよかったのよ。群がる兵士達を魔法でバッタバッタとなぎ倒し!ってね。うまく逃げられたのもリノアのおかげよ。本当にありがとう、リノア。」
 エルオーネに礼を言われたリノアはそっけなく頷いたが、それは照れ隠しのように見えた。
「ズタボロになっちまってるけど、とにかくスコールが無事でよかったぜ。お前にもしものことがあったら、お姉ちゃんに会わす顔がねえとこだからな。」
 ゼルはホッとため息をついた。
「それにしても何があったんだい?どうしてそんな目に?」
 アーヴァインに訊かれたが、俺にも何がなんだか分からない。尋問のことを話すと、彼らは互いに顔を見合わせた。
「サイファー‥‥一体何をしようとしてるんだろう?」
「あいつの行動はさっぱり分からねえぜ。魔女にノコノコついてったかと思えば、いつの間にかガルバディア軍の幹部におさまってやがるし、その次はSeeDの目的を教えろだって?寝ぼけてるとしか思えねえな。」
 俺はふと思い出した。
「もしかしてあいつ、お前達と同じ孤児院出身の奴か?」
「ああ、そうだぜ。ついでに言うとあいつもバラムガーデンの生徒だ。万年SeeD候補生なんだけどな。」
 どこかで聞いた名だと思っていたが、そういうことだったのか。バラムガーデンでは風紀委員長だったとゼルは教えてくれたが、あんな危ない奴が委員長とはどういう人選なんだか。
「奴の言うように、SeeDには何か隠された秘密でもあるのか?」
「SeeDはSeeD。バラムガーデンが誇る精鋭傭兵集団。‥‥だよな、キスティス?他になんかあったっけ?」
 ゼルに尋ねられたキスティスも、肩をすくめただけだった。
 D地区収容所の建物には特殊な機能が備わっていた。砂漠の砂の中に自由に潜行浮上が可能で、それゆえここからの脱走は不可能と言われていた。
「潜ってるのなら浮かび上がらせるまでね。」
 コントロール室を占拠した俺達は、機械を操作して収容所を浮上させた。
「ちょ、ちょっとみんな大変〜!」
 パネルを操作していたセルフィが声を上げた。コンピューターの端末から何か情報を引き出したらしい。
 その中身は、バラムガーデン及びトラビアガーデンに向けてミサイル攻撃を仕掛ける、というとんでもないものだった。つまりは魔女暗殺に対する報復措置だ。
「ちっくしょー!ふざけんじゃねえってんだ!」
 ゼルはパネルに拳を叩き込んだ。
 収容所を浮上させることに成功した俺達は、軍の車両を奪って屋外に飛び出した。途中、近くに隠してあった俺のヴァンに分乗し、二台連なって砂漠道路を疾走した。
 砂漠駅近くまで来たところで、何かが空に線を描きながら飛んでいくのが見えた。ミサイルの群れだった。
「あの方角だと、狙いはトラビア‥‥」
 ヴァンから降りたセルフィは、ぺたんと砂の道に座り込んだ。そう言えば、セルフィはトラビアからの転校生だと言っていた。ミサイルの向かう先にあるのは、彼女の母校なのだ。
「‥‥なんで、なんでこないなことになってしもたんやろ。みんな‥‥トラビアのみんな‥‥助けられへんかった。」
 セルフィの言葉がトラビア弁のそれに変わっていた。これが本来の彼女の話し方なのだろう。
「セルフィ‥‥」
 キスティスがそっと肩に手を置いた。セルフィはよろよろと立ち上がった。泣いているのではないかと思ったが、その目に涙はなく、強い意志の力が伺えた。
「‥‥次はバラムガーデンや。トラビアは助けられへんかったけど、せめてバラムだけは救わなあかんよね!」
「お、おう!そうだぜ!これ以上ガルバディアの奴らの好き勝手にさせてたまるかってんだ!俺達のバラムガーデンを守ってみせるぜ!」
 ゼル達はその場で今後の作戦を立てた。チームを二つに分け、一つをバラムガーデンへ危険を知らせに行くチームとし、もう一つをミサイル基地に乗り込み発射を阻止するチームとした。
 ミサイル基地チームには、セルフィが率先して名乗りを上げた。基地を破壊せんばかりの意気込みだ。セルフィ率いるミサイル基地チームは、キスティスとアーヴァイン、ガーデンチームはゼルとリノアという組分けに決まった。
 ミサイル基地チームは奪った軍車両でそのまま基地へ、ガーデンチームは砂漠駅から列車に乗り、大陸横断鉄道を使ってバラムへ渡るつもりのようだ。
 話し合いがついた彼らは、少し離れて様子を見守っていた俺とエルオーネのところへ集まって来た。
「お姉ちゃん、スコール。寂しいけどここでお別れだね〜。」
「これ以上、無関係の2人を巻き込む訳にはいかないものね。」
「いろいろ世話になったな。感謝してるぜっ。」
「短い間だったけど楽しかったよ。お姉ちゃんとスコールのこと忘れないから。」
 とうとう別れの時が来た。始めはうっとうしく思っていた彼らだが、これで最後となると、少し、寂しい。
 考えてみれば、子供の少ないウィンヒルでは同年代の友達はほとんどいなくて、俺の遊び相手はいつもエルオーネだった。友達と呼ぶには短すぎる彼らとの付き合いだったが、それでも俺の中では、それに近い感情が芽生え始めていた気がする。
「みんな元気でね。バラムガーデンが無事なように私達も祈ってるから。そうだ、いずれ落ち着いたら、みんなでウィンヒルに遊びに来てね。」
 エルオーネと約束を交わし、彼らはそれぞれの目的地に向けて去って行った。
 最後にリノアが、俺達の前に立った。
「いろいろとありがとう‥‥お姉ちゃん。」
「ううん。こっちこそありがとう、リノア。元気でね。」
 リノアは小さく微笑んだ。一度だけ俺の方を見ると、パッと身を翻してゼルのあとを追いかけて行った。
 砂漠の道に、俺とエルオーネだけが残った。
「リノア達、ちゃんと大陸横断鉄道に乗れるかしら‥‥」
 エルオーネは独り言のように言った。
「デリングシティでは魔女暗殺事件が起きて、そのすぐあとにD地区収容所からの脱走騒動。国境が封鎖されてもおかしくない状況よね。無事にバラムに渡れるかなあ。」
「‥‥」
「でもガルバディアは商工業の保護に熱心だから、商業者用パスを持っていれば乗せてくれるかもしれないね。」
「エルオーネ‥‥」
「‥‥お母さんには私からうまく言っておくわ。あとのことは心配しないで。だから‥‥行って来なさい、スコール。」
 エルオーネは笑って、ポンと俺の背中を叩いた。やはりエルオーネにはかなわない。俺のことをいつでも分かってくれている。
「そういえば、収容所で見たヴィジョンはエルオーネがやったんだろ?なんであんな時に、俺を過去に送ったんだ?」
「ああ、あれね。実を言うと間違いなの。本当はスコール達の様子を知ろうと思って、リノアをスコールの中に送り込もうとしたんだけど、焦ってたものだから間違えてスコールをお父さんの中に、そしてリノアをお母さんの中に送っちゃったみたいなのね。」
「そうだったのか。‥‥って、まさか、リノア達にエルオーネの力のことを話したのか!?」
「うん。ゼル達もみんな知ってるわ。あの子達になら話してもいいと思ったの。」
 エルオーネはさらっと言って笑った。エルオーネの不思議な力のことは、今まで家族以外には決して話さなかったことだった。それだけ彼らのことを信用しているということなのだ。
 エルオーネはヴァンに乗り込んだ。収容所から連れ出したムンバも一緒だ。俺が頭をなでると、またも、「ラグナ!」を連呼した。
「ウィンヒルまで気を付けて帰れよ。エルオーネの運転は荒っぽいからな。」
「ふふっ、アーヴァインにもそう言われたわ。ハンドル握るとお姉ちゃん人格変わるって。スコールこそ気を付けてね。あまり無理しないでね。」
 エルオーネはヴァンの中から軽く手を振ると、砂漠道路を南に走り去って行った。
 それを見送った俺は、ゼル達のあとを追って砂漠駅へと向かった。


6.バラムガーデン始動

 ゼルとリノアの2人と合流したあと、砂漠駅からティンバーへ向かい、そこから発車している大陸横断鉄道に乗った。エルオーネの予想通り乗車規制が敷かれていたが、パスのおかげでなんとか乗車を許可された。
「スコールがいてくれて助かったぜ!でも本当にいいのか?俺達といるとロクな目に遭わねえぜ?」
「そんなことは承知の上だ。」
「へへっ、やっぱヘンなヤツだな、お前。自分から危ないことに首突っ込みたがるなんてよ。」
 ゼルはなんだか嬉しそうだった。俺がついてきたことを迷惑がるのではないかと思っていたが、そんな様子は微塵もない。リノアの方は相変わらずの無関心だったが。
 バラムシティに到着した俺達は、そこからさらに東に位置するバラムガーデンへ向かった。
 バラムガーデンはまだ無事にそこに建っていた。ゼルは見るからにホッとした様子だった。
「でもまだ安心は出来ねえよな。いつミサイルが飛んでくるか分からないんだ。とにかく学園長にこのことを伝えて‥‥」
「そこの私服生徒!お前達はどっちだ!?」
 ガーデンの中に入ろうとした時、教官らしい人物に呼び止められた。
「は?なんのことっすか?」
「マスター派か学園長派かと訊いているんだ。どっちなんだ!?」
「なんのことか分からないんすけど‥‥」
 ゼルは当惑げに俺とリノアを見た。ガーデン生のゼルに分からないことが、部外者の俺達に分かるはずもない。
「先生!学園長が見つかったようです!」
 生徒の報告を受けた教官は、慌ただしくガーデンの中に駆け込んで行った。何がなんだか分からないまま、俺達もガーデンへと足を踏み入れた。
 ガーデン内はまるで戦場のような有様だった。あちこちでバトルが起きている。それも外部の人間とではない。同じガーデンの生徒同士、あるいは教官同士が戦っているのだ。まさかこれが、このガーデンの日常風景だなんて言わないだろうな。
「なんだよ、この騒ぎは!?どーなってんだあ!?」
 ゼルの反応からすると、これが異常事態なのは間違いないようだ。
「ゼル!?戻ってたのね!」
 女子生徒がゼルの姿を見つけて走って来た。
「シュウ先輩!これって一体どうなってんですか!?」
「どうもこうも、私にだってなぜ突然こんなことになったのか見当もつかないわ。でもとにかく、私達学園長派はシド学園長を守るために戦ってるの!」
「さっきの教官もそんなこと言ってたけど、なんなんですか?その学園長派だとかマスター派だとか。」
 シュウというSeeDは、現時点で分かっていることを教えてくれた。
 ガーデンの運営を財政面で管理しているマスターノーグという人物が、突如学園長を捕らえろという命令を出した。マスターに忠誠を誓う教師や生徒達がその命令に従い学園長捕獲に乗り出し、その一方で学園長を敬愛するグループはそれに反抗。いつの間にか、マスター派学園長派に分かれての学園紛争に発展していったということだった。
「まったく、バラムガーデン始まって以来の未曾有の大混乱よ。頭痛いったらないわ。」
「こんなバカ騒ぎすぐにやめさせて!もうすぐ本当の未曾有の大惨事になるかもしれないのよ!」
 リノアが苛立ちをあらわにして言った。ゼルが事情を話すと、シュウの顔色が見る間に変わった。
「分かったわ。私はみんなに危険を知らせて事態を収拾してみる。ゼルはそのことをシド学園長に伝えてちょうだい。学園長は学園長室にいるわ。実は最初から学園長はどこにも移動してなかったってわけ。灯台もと暗しね。」
 シュウと別れた俺達は、エレベーターで学園長室に上がった。シュウの言ったとおり、学園長は部屋の中にいた。
「どうしました、ゼル。血相を変えて。」
 シド学園長は人の良さそうな笑顔で俺達を迎えた。マスター派の連中が血眼になって自分を探していることなど、まるで気にしていない様子だ。
「学園長、実は大変なことが‥‥って、あーっ!」
 ゼルは学園長の顔を指さして叫んだ。どうしたというんだ?
「い、今っ、今学園長の顔見た途端思い出した!ママ先生の旦那さんだ!パパ先生!」
「ははは、やっと思い出したんですか。ということは、ママ先生の正体もすでに知っているという訳ですね。」
「知ってますよ!なんで、なんで今まで黙ってたんすか!ひどいじゃないですか!」
 ゼルは学園長に食ってかかった。俺とリノアは話からすっかり置いてけぼりだ。
「まあまあ、そのことはあとでゆっくり説明しますよ。それより、何か起きたんじゃないのですか?」
 ゼルは何やら興奮して話をするどころじゃないようなので、俺が代わりに事情を説明した。その間学園長は、デスクの前を行ったり来たりして考え込んでいた。
「もしかしたら、ガーデンを守ることが出来るかもしれません。このガーデンの建物は元々は古代セントラ文明の遺物で、シェルターの役割を持っていたものだそうです。その名残りを残す機械が地下深くにあります。それを操作すれば、あるいは何かが起こるかもしれません。」
 学園長はゼルに地下のMD層と呼ばれる部分に行き、その機械を操作するように命じた。
「部外者の君達に頼むのは心苦しいのですが、出来ればゼルに協力してあげてくれませんか。ガーデン内は見ての通りの混乱で、人手が足りないのです。」
 言われなくてもそのつもりだった。俺達は学園長に教えられた入り口から地下のMD層へ潜った。
「さっきはどうしたんだっていうんだ?あの学園長がどうかしたのか?」
「パパ先生だったんだよ、シド学園長は。つまりママ先生と夫婦なんだ。もう俺、自分が信じらんねえ。なんでこれほどキレイさっぱり昔のことを忘れてるんだ?俺だけじゃない、キスティスやセルフィもだ。これってぜーったいおかしいよなっ!な!?」
 だからそれはG.F.の影響で‥‥いや、今はそんなことを説明している場合じゃない。目の前にある問題を片付けるのが先だ。
 MD層はモンスターの住処と化していたが、これらを排除しながらさらに奥へと進むと、学園長が言っていた機械の操作室に辿り着いた。
 そこでまた問題が持ち上がった。誰もこの機械の操作方法を知らない。‥‥ここまで来て、使い方が分からないじゃすまない。どうすればいいんだ。
「くそーっ、なんでもいいから動きやがれ、このっ!」
 ゼルはヤケクソになってでたらめに機械を操作した。壊さなきゃいいがと心配していると、地の底から地鳴りのようなものが伝わってきた。
 それから起きたことは、信じられないようなことの連続だった。俺達のいた操作室が丸ごとグングンと上昇し、気付いた時にはガーデンの一番上までせり上がっていた。
「君達一体どこから‥‥?」
 学園長が床下から顔を覗かせた。どうやら学園長室の上の部分にあたる場所らしい。どういう仕組みなんだかまるで分からない。さらに変化は続いた。ガーデンが地面から離れ、動き出したのだ。
「ウソだろーっ!?」
 ゼルの声は裏返っていた。
「これは‥‥驚きました。まさかガーデンにこんな機能が備わっていたなんて。」
 学園長も知らない驚くべきガーデンの秘密だった。
「ねえ、見て!あれ!」
 リノアが空を指さした。黒い粒のようなものがこちらに近付いて来るのが見えた。間違いない。ミサイル群だ。
「やべえ!早く逃げろ、ガーデン!」
 ゼルの願いが通じたのかは知らないが、ガーデンはミサイル着弾の爆発からギリギリのところで逃げおおせた。しかし、安心するのも束の間、目前にバラムシティが迫っていた。このままでは街に突っ込むことになる。
「ヤバイ!今度こそヤバイ!」
「方向を変えろ、ゼル!」
「出来りゃとっくにやってる!曲がれガーデン!こんちくしょ〜っ!」
「もしかすると、このスティックみたいなもので操縦するのかもしれないわ。」
 リノアがそれを動かすと、わずかにガーデンが方向を変え始めた。
「当たりだぜ、リノア!もっと左!左に旋回だ!」
 ガーデンは街をかすめ、その先の海へと乗り出した。俺達はぐったりとその場に座り込んだ。
「ひとまず危険は去ったようですね。みんなご苦労様です。」
 これだけの騒ぎだったというのに、学園長はまったく動じた風もなくにこやかに言った。




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