５．Ｄ地区収容所の囚人達
「‥‥いい？落ち着いて話すのよ。ヘンにふざけちゃダメよ。」
「分かってるって。ちゃんと話すよ。と、その前に、深呼吸。すー‥‥はー‥‥」
「ホントに大丈夫かなあ？足、つったりしないでよね。」
「これくらいのことでつるもん‥‥あ、やば。」
「もう！しっかりしてよ、ラグナ！ほら、ノックするわよ。」
「わあ、待て！まだ心の準備が〜っ！」
ノックされたドアの奥から、幼い声の返事が聞こえた。
「エルオーネ、ちょっといいかなあ？」
「なあに、レイン？それにラグナおじちゃんも？どうしたの？」
幼いエルオーネは無邪気に笑って振り向いた。
「あのね、今日はエルオーネに大事なお話があるの。‥‥ほら、ラグナ。」
「よ、よし。実はなエル、俺達、つまり俺とレインってことなんだけど、俺達、俺達実は、え〜とその‥‥」
「結婚することにしたの！」
「ええ〜！ホント！？ラグナおじちゃんがレインにプロポーズ出来たの！？すっご〜い！」
「‥‥なんか俺とレインが結婚するってことより、俺がレインにプロポーズ出来たってことに驚いてるみたいだよな。」
「おめでとう、ラグナおじちゃん！よかったね、レイン！」
「ありがとう、エルオーネ。それでね、ここからが大切なお話だからよく聞いてほしいの。」
「うん、なあに？」
「俺とレインは結婚する。ということはつまり、奥さんと旦那さんになる訳だ。夫と妻、夫婦ってやつになる訳だな。」
「うん。」
「結婚して夫婦になったら家族になる。家族は一人じゃ作れないから結婚する訳だけど、たった二人きりの家族ってのも寂しいよな。やっぱ人数は多い方が楽しいし。」
「‥‥？」
「ラグナ、エルオーネが訳分からないって顔してるわよ。」
「わはは、話してる俺も訳が分からなくなってたところだ。えーと早い話がだな、その、なんだ、エルが俺とレインの子供になってくれないかな〜って思ってるんだ。」
「‥‥え？」
「私達、エルオーネと本当の家族になりたいの。」
「今みたいに俺達のことをラグナおじちゃんとか、レインとかって呼ぶんじゃなくて‥‥お父さんお母さん、って呼ぶのはイヤかなあ？」
「‥‥」
エルオーネはジッとラグナの顔を見つめている。その目から見る見るうちに大粒の涙が溢れ出した。
「おわっ！？なんで泣くんだ、エル！？そ、そうか、分かったごめん。エルのお父さんとお母さんは、死んだお父さんとお母さん達だけだよな。俺なんかがエルのお父さんになるなんて迷惑もいいとこだよな。ごめんな、エル‥‥」
「違うわよ、ラグナ。エルオーネが泣いてるのは、そういうことじゃないよね？」
エルオーネは頷いた。涙が落ち、そして笑みがこぼれる。
「‥‥しい。嬉しい、嬉しい、嬉しい‥‥。ありがとう、ラグナおじちゃん。ありがとう、レイン。」
「それじゃオッケーてことなんだな、エル！？‥‥よかった〜、イヤがられたりしたらどうしようかと思ってた。」
「イヤじゃない。全然イヤじゃない。だって二人とも大大大好きだもん！」
エルオーネはラグナとレインの二人に抱きついた。
「俺もエルのことが大大大大だ〜い好きだ！」
「私だって大大大大大大大好きよっ。」
エルオーネはパッと顔を上げた。何か思いついたように目を輝かせている。
「私、弟がいいな！」
「は？」
「え？」
「家族は３人より４人の方がもっと楽しいよね！だから弟！ねっ！」
ラグナとレインは発する熱でお湯が沸きそうなほど、顔を赤くさせていた。
「えと、まあ、そ、そうだな。前向きに検討しよう。うん。」
途端にラグナは、足をひきつらせてしゃがみ込んだ。レインは慌ててその傍らに膝をついたが、やがてこらえきれずに笑い出した。
痛みや照れやおかしさが入り交じって涙目になったラグナは、床の上を転げ回っていた。
過去のヴィジョンはそこで消えた。
目を開ける。薄暗い殺風景な部屋の中だ。どこなんだ、ここは？
「あ、気が付いた〜。」
「おい、大丈夫か？」
「具合はどう？痛いところはない？」
周りにはセルフィ、ゼル、キスティスがいた。みんな心配そうに俺を覗き込んでいる。
「ここは‥‥？」
「ディンゴー砂漠にあるＤ地区収容所よ。」
キスティスは言った。その名前だけは聞いたことがある。政治犯や反国家分子などを投獄する場所だ。ということは、あのあと俺達は揃って捕まったということか。当然といえば当然の結果だ。
だが、監房の中にいるのは、俺達４人だけだった。
「エルオーネ達は？」
「それが分からないのよ。でも多分捕まってはいないと思うわ。」
「うまく逃げてくれてるといいけどね〜。」
起き上がろうとしたが、体に力が入らない。しかし、魔女の魔法の直撃をくらって五体満足で済んだのだから、幸運だったといえるだろう。
「ごめんな、スコール。こんなことに巻き込んじまってよ。」
ゼルが申し訳なさそうに言った。俺はそれに首を振って応えた。こっちから首を突っ込んだのだ。謝られてはかえって恐縮する。
「で、これからどうする〜？」
セルフィが回復魔法ケアルをかけてくれた。俺が気を失っている間も、みんなで代わる代わるケアルをかけ続けていたらしい。
監房内には魔法を吸収する設備が備え付けられているらしく、効き目はわずかだったが、それでも少し楽になったような気がした。
「スコールが目を覚ましたんだ。あとはここを脱出するだけさ！」
「どうやって〜？」
「‥‥そいつは今考え中だぜ。さ〜て、どうすっかな？」
監房の扉が開いた。入って来たのは、二本足で歩く赤い毛並みの奇妙な獣だった。
「わっ！何これ〜！？」
セルフィが驚いて言った。ゼルやキスティスも警戒しているが、俺はこの獣のことを知っていた。
「こいつはムンバだ。大丈夫、大人しい生き物だから。」
「ゆるる、ゆるるる‥‥」
ムンバは俺達の食事を運んで来たようだった。
「むんば〜？聞いたことない動物だよ？」
「あまり知られてないのが普通だ。特定の場所にしかいないからな。」
「へえ〜。スコールって物知りなんだね。こりゃ物知りゼルも一本取られたね〜。」
セルフィが言うと、ゼルは胸を撃たれたようなゼスチャーをして、バタッと倒れて見せた。
俺がムンバを知っていたのは、以前にも会ったことがあったからだ。例の家族サービスで、トラビアの片隅にあるシュミ族の村へ行き、そこでこのムンバ達と出会った。
「それにしても‥‥あ〜あ。」
セルフィが大きなため息をついた。それを見てキスティスが苦笑する。
「セルフィ、ため息何回目？」
「ため息つきたくなるセルフィの気持ち、俺も分かるぜ。ホンットにあ〜あ、だよな。」
「ママ先生が‥‥魔女イデアだったなんて〜。」
「あんた達もそのことを知ってたのか？」
「あんた達もって、スコールこそなんで知ってるの〜？」
俺はアーヴァインから聞いたことを話した。セルフィ達は魔女と直接バトルすることで、彼女とママ先生が同一人物であることに気付いたらしい。
「あんなに優しかったママ先生がどうして〜？もう訳分かんないよ。」
捕らえられたことよりその事実の方が、彼らにはよっぽどショックだったに違いない。
再び扉が開き、今度は数人のガルバディア兵達が入って来た。
「尋問の時間だ。来い。」
俺はガルバディア兵達に引っ立てられた。
「待てよ！そいつは怪我人だぞ！それにスコールは民間人だ。何の関係もない人間なんだ。尋問なら俺が受けてやる！」
ゼルは兵士達に挑みかかったが、手錠をかけられているのをいいことに袋叩きにされただけだった。俺はそのまま監房の外へと引きずり出された。
連れて来られた場所は、尋問部屋というより拷問部屋と呼ぶにふさわしいところだった。俺は壁の機械に手足を固定され、磔の状態にされた。
「よう、また会えて嬉しいぜ。」
部屋の中に男が入って来た。長いコートをはおり、手にはガンブレードを持っている。
「俺のこと覚えてるよな。忘れたとは言わせないぜ。」
思い出した。凱旋門で会った映画かぶれの魔女の三下だ。
「そういえば、自己紹介はまだだったよな。俺の名前はサイファー・アルマシー。魔女の騎士だ。よっく覚えとけよ。とは言っても、会うのは今日が最後になるだろうけどな。」
サイファーはニヤッと笑った。会うのはこれで二度目だが、こいつのことはすでに虫が好かなかった。
だが、その名前には聞き覚えがある。どこで聞いたかは思い出せないが、魔女の騎士などと真顔で名乗るような奴とは絶対に知り合いじゃない。
「こっちの自己紹介は済んだぜ。お前の名前を聞かせてもらおうか。」
「‥‥スコールだ。」
俺はサイファーと対峙しているうちに、妙な違和感を感じ始めていた。こいつ、額に傷なんてあったか？
「スコールか。お前にはいろいろ訊きたいこともあるが、まずは凱旋門での礼をしとかなきゃな。」
サイファーはガンブレードを構えた。
「１ミリでも動かない方がいいぜ。死にたくなければな！」
ガンブレードが一閃した。額に鋭い痛みを感じた。血がパッと飛び散る。ガンブレードの切っ先が、俺の額を斬りつけていた。
「これでお合い子だな。」
サイファーは満足そうにガンブレードを肩に担いだ。
やはり奴の額の傷は、あの時俺がつけたものなのか。クソッ、上等だ。今度はもう一本線を増やしてバツ印にしてやる。
「さて、尋問タイムといくか。お前の所属ガーデンはどこだ？バラム以外のガーデンにＳｅｅＤはいないはずだぜ。」
「‥‥俺はＳｅｅＤじゃない。」
俺が否定すると、サイファーは鼻で笑った。
「よせよ。この期に及んでそんな見え透いた嘘を付くな。ＳｅｅＤでもないお前が、この俺に傷をつけることが出来る訳ないぜ。」
「それは単に、あんたが弱いだけだろう。一般人の俺にやられるんだからな。」
「そうかよ。飽くまでもシラを切るつもりだな。それならこれでどうだ。」
サイファーは機械のスイッチを入れた。体に高圧電流が走る。思わず息が止まりそうにな程の激痛だ。これはこういう装置だったのか。
「ほう、声を上げないのはさすがＳｅｅＤだな。」
サイファーはどうしても俺をＳｅｅＤにしたいらしい。ただの民間人に傷を負わされたとあっては、面子に関わるからだろう。ここで俺が本当にＳｅｅＤじゃないと分かれば、奴は赤っ恥もいいとこだ。しかし、そうなれば次はゼル達の中の誰かが拷問を受けることになる。出来る限り時間を稼がなければ。
「‥‥俺はレインズガーデンのＳｅｅＤだ。」
俺は口からでまかせを言った。
「レインズガーデン？なんだそりゃ？そんな名前のガーデン聞いたことねえな。適当なこと言ってるともっと痛い目見るぜ？」
「レインズガーデンは秘密裏に造られた組織だ。その存在は明らかにされていない。このことを知っているのは、ほんの一部の人間だけだ。」
自分でも驚く程、嘘八百がスラスラと出てくる。
「そんな隠されたガーデンがあったとはな。へっ、ガーデンの切り札という訳か。」
サイファーは俺の口から出まかせ話を信じ始めたようだ。
「それじゃレインズガーデンのＳｅｅＤさんよ、質問だ。魔女イデアが知りたがっていることがある。ＳｅｅＤの目的はなんだ？その発足の理由は？存在意義はなんだ？」
ＳｅｅＤの目的？発足の理由？存在意義？俺がＳｅｅＤに関して知っているのは、バラムガーデンが世界に誇る選り抜きの傭兵集団ということだけだ。それ以外に何かあるというのか？
俺の無言を黙秘と取ったサイファーは、再度電流を流した。
「クッ！‥‥」
「言う気になったか？」
「‥‥それが知りたきゃ‥‥あんたもＳｅｅＤになったらどうだ？」
「口の減らねえ奴だな。もっと刺激が足りないらしい。」
さっきよりさらに激しい電流が走った。気を失いかけるが、怒りでそれを堪える。絶対、あとで倍にして返す！
そこへ兵士が入って来た。サイファーに何事かを耳打ちした。
「チッ、これからって時に。」
サイファーは舌打ちした。急用だったらしく、その兵士に尋問をまかせると部屋から出て行った。
兵士はサイファーと同じ質問を繰り返し、電流のスイッチに手を伸ばした。
「‥‥ＳｅｅＤの目的は‥‥世界中に花の種を蒔くこと。世界を花でいっぱいにすることだ‥‥」
こうなったら、あとはなるようになれだ。
「花でいっぱいにしてどうする？世界平和でも訴えるつもりか？バカバカしい。」
「違う‥‥。花を見ると人は優しい気持ちになる。そうして‥‥人々が戦意を喪失した国に‥‥攻め込むんだ。」
「なんと‥‥。これはサイファー様に報告だ！」
兵士は慌てたように部屋から飛び出して行った。
「‥‥なんて、そんな荒唐無稽な話がある訳‥‥ないだろ‥‥」
俺は一人笑みをもらし、そのまま気絶した。
どれくらい気を失っていたのだろうか、次に目を覚ました時には、誰かが頬をパチパチと叩いていた。
「スコール、起きて〜！しっかりして！」
俺の頬を叩いているのはセルフィだった。
「気が付いたか、スコール！しっかりしろよ、傷は浅いぞ！」
その隣にはゼル、後ろにキスティスが立っている。俺は拷問装置の戒めから解かれ、床に寝かされていた。みんな、あの監房から脱出して俺を助けに来てくれたのか。どうやって逃げ出したのかは知らないが、とにかく助かった。
「みんな、こっちよ！スコールは無事だわ！」
キスティスが部屋の外に向かって叫んだ。みんな？誰のことだ？
バタバタと駆け込んで来たのは、エルオーネ、アーヴァイン、リノアの３人だった。
「よかった。無事だったのね、スコー‥‥キャッ！」
エルオーネは俺の顔を見るなり、短い悲鳴をあげた。サイファーに斬られた傷で、顔が血だらけだったからだろう。
「大丈夫よ、お姉ちゃん。見た目程傷は深くないわ。もう血も止まってる。」
キスティスは冷静な声でエルオーネを落ち着かせ、すぐさま俺にケアルをかけた。痛みはなくなっても、しばらく傷は残るだろうと言った。
「スコール、大丈夫？まるでウォード２号になっちゃったね。」
一安心したエルオーネは、軽口を叩く余裕が出てきたようだ。
「ゆるる、ゆるる、ゆるるる‥‥」
ムンバが俺の顔を覗き込んだ。
「こいつがお前の居場所を嗅ぎ当ててくれたんだぜ。」
ゼルは赤い獣の頭をぽんとなでた。
「ラグナ！ラグナ！ラグナ！」
突然、ムンバは言った。
「らぐな、って何〜？」
セルフィはきょとんとしてムンバを見た。
「ムンバ語の一つじゃねえか？大丈夫？とかって意味のさ。」
ゼルが当てずっぽうを言うと、セルフィは、そっかー、と納得していた。
「すごいわね。この子もその言葉を覚えてるんだわ。ムンバ同士がテレパシーみたいな力で、意思のやり取りをしてるっていうのは本当なのね。」
エルオーネは感心したように言った。
ラグナとは、当然の事ながら俺達の親父のことだ。ずっと昔、言葉を持たないムンバ達に親父が自分の名前を教え込んだらしいのだが、いまだに彼らはそれを忘れないでいるらしい。
「それに、血で人を覚えるっていうのもね。あのね、この人はラグナじゃないの。似てるかもしれないけど、この人はスコールよ。ス・コー・ル。」
「ラグナ！ラグナ！」
「あはは、すっかり混同しちゃってるみたい。」
エルオーネはムンバの顔を両手で包み込んで、ごしごしとなでた。
「お姉ちゃん、ムンバと遊んでいる場合じゃないわ。こんな場所に長居は無用よ。」
キスティスは言った。同感だ。
回復魔法のおかげでなんとか立ち上がれるようにはなったが、まだ足下がおぼつかない俺を、ゼルとアーヴァインが両側から支えてくれた。この忌々しい収容所からの脱出だ。
もちろんムンバも一緒だ。ここでいいようにこき使われていたに違いないのだ。置いて行く訳にはいかない。