カーウェイ大佐の手回しによって、予め邸内の警備は手薄になっていた。おかげで俺達は誰にも見咎められることなく、リノアを見つけることが出来た。
リノアはバルコニー近くの部屋で倒れていた。外傷はなく、単に気を失っているだけだった。名前を呼んで体をゆすると目を開けた。
「‥‥あ、スコール？リノアルシェの花‥‥ありが‥‥と‥‥」
まだ少し意識朦朧としているようだ。
「おい、しっかりしろ。ここがどこだか分かるか？」
「‥‥え？ここって‥‥？」
リノアはガバッとはね起きた。途端に目眩がしたのか、またフラッと倒れそうになり慌てて支えた。
「大統領官邸‥‥。そうか私‥‥あ、スコール！？」
やっと現実を意識したらしい。あせったように俺の手を振り払って立ち上がった。
「ど、どうしてこんなところにいるの？」
「あんたを助けに来たんだよ。大丈夫か？どこも怪我はないか？」
「あの、えと、うん、大丈夫‥‥。でも私、一体どうしたんだろう？」
「多分、魔女の力で意識を奪われていたんだ。」
「魔女‥‥あっ。」
急に腰が抜けたようにぺたんと座り込んだ。今頃怖くなってきたのか、体が震えている。
「それにしても、なんだってこんなマネをしたんだ？単身魔女のところに乗り込むなんて無茶もいいところだ。」
呆れ果てて言うと、リノアは涙目のままキッと俺を睨み上げた。
「無茶でもなんでも私はこうしたかったの！私も‥‥みんなの力になりたかったのよ‥‥」
それでよけいにみんなの足を引っ張ってるどうするんだ、と思ったが、口には出さなかった。だがリノアは、俺の表情からその思考を読み取ったようだった。
「バカな奴だと思ってるのね。そう思ってくれていいわ。分かってもらおうとは思ってない。」
リノアは立ち上がろうとしたが、まだ足に力が入らないらしくよろけて床に手をついた。手を貸そうとしたが、見向きもされなかった。
気まずい雰囲気でいると、バルコニーで倒れたままのデリング大統領の様子を見に行っていたアーヴァインが戻って来た。
「大統領、思った通り死んでたよ。魔女ってやっぱり怖いよねえ。」
何を今更のんきなことを言ってるんだ、こいつ。
「あれ？そのブレスレット、もしかしてオダイングッズじゃない？」
アーヴァインはリノアが握りしめているブレスレットを見て言った。これを使って魔女の力を弱めようとした訳か。
オダイン博士が考案した特殊なアイテムの数々。それらはオダイングッズと呼ばれ、魔力を封じる力があると言われていた。
「残念だったね、リノア。もしかしたら効き目あったかもしれないのにさ。」
アーヴァインは慰めた。見た目通りのフェミニストだ。
「あんなイカレジジイが作った物なんか信用するな。」
「イカレジジイってオダイン博士のことかい？スコール、彼のこと知ってるの？‥‥っといけない。もうこんな時間だよ。」
腕時計を見たアーヴァインは急いで部屋から出た。リノアもそのあとを追う。どうしようか迷った俺は、二人のあとについて行った。
官邸の最上階に昇り、そこからさらに隠し階段を使って上に出た。そこは機械部屋だった。官邸には時報を知らせるギミック時計があるが、ここはまさにその時計の中だった。
アーヴァインは部屋の隅から布に巻かれた長い物を取り出した。中身は狙撃用ライフルだった。
「８時になると天井が開いて、このギミック時計がせり上がるんだ。その時間ぴったりに魔女は凱旋門を通る。その時凱旋門で待機してるチームが、門を降ろし魔女を閉じ込める。そして、俺がせり上がったギミック時計の上から魔女をバンッ！ていう寸法さ。ピースオブケーキだよ。」
アーヴァインは自信満々にウィンクした。
だが、狙撃の時間が近付くにつれ、それまで陽気だったアーヴァインの雰囲気は急変した。押し黙ってしまい、みなぎる緊張感がこっちまで伝わってくる。集中力を高めているのか、目を閉じたままだ。
８時になった。周囲が途端に明るくなる。仕掛けが動き出し音楽を奏でる。天井が開き、俺達乗せたまま時計がせり上がっていく。
凱旋門が真正面に見えた。絶好の狙撃ポイントといえる位置だ。アーヴァインが銃を構え、そして――
「‥‥」
「‥‥」
いくら待っても引き金を引こうとしない。もう時間は来てるんじゃないのか？隣のリノアも不安げな表情でアーヴァインを見ている。
「まだ撃たなくていいのか？」
「‥‥」
「おい、アーヴァイ‥‥」
「ダメだ！出来ない‥‥」
なんだって？何をいきなり言い出すんだ。
「やっぱり、無理だ。なんとか、やってみようと、思ってがんばったけど、ダメ、だった。ごめん、僕、本番に、弱いんだ‥‥」
アーヴァインはライフルを床に置いて座り込んだ。
「あんた、ガルバディアガーデン一のスナイパーじゃなかったのか？」
「これでも、腕は、超一流、だよ。プロの兵士にだって、負けない。けど、この緊張感、とても、耐えられない‥‥」
「それでもＳｅｅＤか？そんなことでいいのか？」
「僕、まだＳｅｅＤ、じゃない。３ヶ月後に試験を、受けることに、なってた。」
こうしている間にも、刻々と時間は過ぎていく。凱旋門の辺りが騒がしくなっているのがここからでも分かる。門はまだ降りたままだが、再び開けられるのは時間の問題だろう。
作戦は失敗だな、と思い始めていると、リノアがアーヴァインに詰め寄った。
「アーヴァイン・キニアス！しっかりして！あなたがやらなきゃ凱旋門にいるキスティス達が危険になるのよ。それでもいいの？あなたの大切な仲間なんでしょう？」
アーヴァインはのろのろと顔を上げた。
「子供の頃からの友達でしょう？失ってもいいの？いやだよね、そんなの。」
「‥‥いやだよ。セフィやキスティ、ゼル‥‥小さい頃から一緒にいて、でも引き離されて、そしてやっとまた会えたんだ。」
「ずっと一緒にいたいよね。それなら、みんなを助けなきゃ。今それが出来るのはアーヴァインだけ。そうでしょ？」
アーヴァインの表情から臆病の色が消えた。リノアの顔を見て頷き、決然としてライフルを構え直す。数秒の内に狙いを定めたアーヴァインは、引き金を引いた。
弾は発射された。と、同時に魔女の周りにきらめく光が現れた。魔女はまったくの無傷だった。
「外れたの！？」
いや、狙いは合っていた。恐らく魔女の力で弾丸がはじき返されたのだ。こんな遠くから発射された銃弾を見切って防ぐなど、常人には到底不可能だ。
「なんだ‥‥あれ？何かこっちに来る！危ない！」
２発目を撃つべくスコープを覗いていたアーヴァインが、突然俺とリノアに覆い被さるようにして床に押し倒した。その直後、俺達の脇を凄まじい衝撃波が通り抜け、ギミック時計を破壊した。魔女が俺達に向けて魔法を放ったのだ。
「あんな所から魔法を撃つなんて‥‥」
リノアは呆然とした様子で、壊れた時計と凱旋門を交互に見た。
俺達をとっさにかばったアーヴァインは、肩に傷を負っていた。さっきの魔法をかすったようだ。
「行かなきゃ‥‥こうしちゃいられないよ。」
アーヴァインはライフルを支えにして立ち上がった。狙撃による魔女暗殺が失敗した場合は、凱旋門にいるチームが直接バトルに持ち込んでカタをつける手筈になっているらしい。しかし、魔女の力は予想以上のものだった。このままでは彼らに勝ち目はない。
「凱旋門へ行く気なの？でもそんな怪我で‥‥」
リノアは止めようとしたが、アーヴァインはどうしても行く気だった。土壇場で臆病風に吹かれて狙撃をためらったことに、ひどく責任を感じているのかもしれない。
そんなアーヴァインの気持ちを察したのか、リノアはよろけそうに歩く彼に手を貸した。だが、大の男を支えるにはリノア一人では無理だった。すぐに二人して床に倒れた。
リノアが俺の方を見た。何も言わずすぐに視線を戻したが、その目が何を言いたいのかは分かった。
やれやれ‥‥やっぱり俺もお人好しの血を受け継いでるのかもな。
「官邸のそばにヴァンが止めてある。凱旋門までなら送ってやる。」
俺はリノアの反対側からアーヴァインを支えた。アーヴァインが感激した様子で、ありがとうと言う。リノアはやはり何も言わなかった。だが、一瞬俺を見た目は優しかった。
官邸を抜け出して通りに出ると、俺達の前にスッとヴァンがやって来て止まった。運転しているのはエルオーネだった。
「長いこと出て来ないから心配したわ。みんな無事‥‥じゃないみたいね。」
エルオーネはアーヴァインの怪我を見て顔を曇らせた。
アーヴァインの頼みを聞いたエルオーネは、すぐさま凱旋門に向けてヴァン走らせた。
「あの魔女は倒すべき存在‥‥。頭の中では分かっているつもりだった。でも、いざとなるとダメだった。セフィ達に何も教えずに、魔女を殺してしまってもいいのか、引き金を引く瞬間まで迷った‥‥」
アーヴァインはぽつりぽつりと呟いた。
「迷う？何を迷う必要があるんだ？アーヴァイン、あんたはあの魔女と何か関わりがあるのか？」
「‥‥あるよ。彼女はママ先生。僕の、いや僕達の母同然だった女性なんだ。」
「ママ先生‥‥？あっ。」
アーヴァイン達がデリングシティに向かう車中で、話していたことを思い出した。親をなくし孤児院に入った彼らを、愛情深く育ててくれた女性。その人のことを、アーヴァイン達はママ先生と呼んでいた。
「魔女イデアがあなた達のママ先生！？」
エルオーネやリノアも驚いている。
そうか。今ならアーヴァインが引き金を引けなかった理由が分かる。俺が母を殺そうとすることと同じなのだ。例え、どんなに恐ろしい存在になってしまったとしても、母を撃つことなんて俺には出来ない。
しかしそれでも、アーヴァインは引き金を引いた。どんなに苦しい選択だったか、想像に難くない。
凱旋門の周辺には、もうもうと白煙が立ちこめていた。あちこちで爆発音が聞こえる。どうやら凱旋門チームが派手に暴れているようだ。
その時、ガルバディア兵がヴァンの前に立ちふさがった。これより先の道は封鎖されていた。だがここで引き返す訳にはいかない。兵士の制止を振り切って強行突破した。
凱旋門の１０ｍほど手前で、エルオーネにヴァンを止めるように言った。
「あいつらを連れて来る。ここで待っててくれ。」
ついて来ようとするアーヴァインを押し止めて、俺はヴァンのドアを開けた。
ところが、俺より先にリノアが飛び出し、凱旋門へ向かって走り出した。
「おい待て！あんたはここに残ってくれ。」
俺はリノアの手をつかんで引き留めた。
「どうして？私も行くわ。キスティス達を助けたいもの。あの人達は、今では私にとっても大事な仲間なのよ。」
「ダメだ。ここにいてくれ。」
「女は足手まといだとでも言いたいの？バカにしないで。」
リノアは俺の手を振り払った。あからさまにケンカ腰だ。
「そんなことを言ってるんじゃない。こんな場所にエルオーネと怪我人だけを残しておけない。あんたは仮にもティンバーのレジスタンスだった人間だ。戦い方くらい知ってるんだろう？そのあんたに、二人の身の安全を頼むと言ってるんだ。」
「あ‥‥。そ、そうだったの。私、本当に‥‥」
勘違いに気付いたリノアは、顔を赤らめて後ずさった。
「スコール！はいこれ！護身用よ！」
エルオーネが何かを投げてよこした。ガンブレードだ。なんとかうまい具合に柄の部分をつかんで受け取ることが出来たが、こんな物を放り投げるなんて、エルオーネは無茶をする。
「あの二人を頼む。」
「分かった。‥‥気を付けて。」
俺はガンブレードを手に走った。ずしりと重い。初めてこいつが役に立ちそうだ。
白煙で１ｍ先も分からないくらいだが、見当を付けて進むと、凱旋門の門と思われる鉄格子に突き当たった。間をすり抜けて中に入る。
「おっと、ここから先は立ち入り禁止だぜ。」
煙でよく見えないが、俺の前に長いコート姿の男が立っていた。
「誰だ？」
「誰だ、だと？俺のことを知らないなんて、お前相当の田舎モンだな。」
男のシルエットがやれやれと肩をすくめるのが分かった。
「あいにく煙でまったく顔が見えないんだがな。」
「そうかよ。じゃ、これでどうだ。」
男が何かを振り回した。その風圧で周囲の煙が吹き飛ばされた。男が手にしているのは俺の武器と同じ、ガンブレードだった。しかし、奴の顔にはまるで見覚えはない。年齢的には俺と同じくらいだ。誰なんだ、こいつ？
向こうもそう思っているらしく、首をひねっている。
「なんだ、お前？見たことない奴だな。バラムガーデンのＳｅｅＤじゃねえな。あいつらの仲間なら、てっきりバラムの奴だと思ってたぜ。」
あいつらとはゼル達のことを言ってるんだろう。ということはこいつ、バラムガーデンの関係者なのか？
「ゼル達はどこだ。」
「さあな。今頃あの世かもな。魔女にかかっちゃＳｅｅＤもおしまいさ。」
「そこをどけ。三下に用はない。」
「三‥‥下ぁ？こりゃ傑作だ。魔女の騎士たる俺様を三下呼ばわりとはな。」
「魔女の騎士‥‥って、あんた‥‥」
こんな時だというのに、俺は笑い出しそうになった。まさかと思うがこいつ、あの『魔女の騎士』の映画を観てそんなことを言ってるんじゃないだろうな？もしそうだとしたら、相当頭の中がおめでたい奴に違いない。
その昔、連れ去られたエルオーネを助けるためエスタへの潜入の道を捜していた親父達は、旅先で出会った低予算映画の監督からスカウトされ、何を血迷ったのか映画出演を引き受けてしまった。
路銀に困った挙げ句のことだったというが、身の程知らずというかなんというか。親父の逸話は数々あれど、これはその中でも１、２を争う笑い話だった。
その映画の中で親父が演じた役どころが、魔女の騎士、なのだ。
「俺が三下かどうか、確かめてみるか？さあ来な。」
男は右手のガンブレードを肩に担ぎ、左手で来いのジェスチャーをして見せた。
「こっちは急いでるんだ、邪魔するな！」
俺は男に向かって突進して斬りかかった。
男はガンブレードを肩に担ぐという、いわばスキだらけの体勢だったため、防御の動作が遅れた。男は地面に倒れた。
あまり手応え感じなかったということは、かすっただけなのだろう。とにかく、いつまでもこんな映画かぶれの奴なんかにかまっていられない。俺は男の上を飛び越えて、魔女が乗っていた装飾車によじ登った。
装飾車に作られた舞台の上で、魔女とＳｅｅＤ達は戦っていた。彼らの敗色濃厚の気配は、一目見ただけで分かった。
「ゼル！キスティス！セルフィ！こっちへ来い！」
「スコール！？なんでここに！？」
「ダメよ！危ない！」
「逃げてーっ！」
キスティス達が危険を知らせてくれたが、遅かった。俺に向かって冷徹なる魔の力が放たれていた。
激痛が全身を支配したと思った次の瞬間には、なんの感覚もなくなっていた。そして俺は、真っ暗闇の世界に落ちて行った。