翌朝、俺達は次の目的地デリングシティに向かうべく、ヴァンに乗り込んだ。
「ねえ、スコール。」
エンジンをかけようとした時、エルオーネは言った。
「スコールは夕べ早々と寝ちゃったから知らないだろうけど、昨日このティンバーで大統領拉致事件が起こったんだって。犯人はティンバー解放のレジスタンスで、結局事件は未遂に終わったらしいんだけど、犯人一味はまだ捕まってないそうよ。」
「それであの物々しさだったのか。それがどうかしたのか？」
「うん。それでね、後ろの荷台で花の影に隠れて乗っている人達が、その犯人さん達じゃないかなと思って。」
俺は慌てて振り返った。花の山の中から、二つの顔が覗いた。
「ども、指名手配の犯人一味で〜す。」
「お、お邪魔してるぜ。」
「なんだ、お前らは！」
「なんだと言われましても、見ての通りガルバディア兵の目から逃れるために身を隠してるところだよ〜。」
一人は俺と同年代の若い女で、妙な髪型をしていた。肩までの長さの髪が、異様なくらいに外に向かってくるんとはねている。
「別に怪しいモンじゃねえんだぜ。」
もう一人は、これも同じくらいの年齢の短く刈った金髪の男で、顔の横に入れ墨を彫っている。これで怪しい者じゃないなんてよく言えたものだ。
よく見てみると、乗り込んでいるのはその二人だけではなかった。その後ろにあと二人の人物がいる。両方ともやはり同年代の女で、一人は長い髪を結い上げた落ち着いた雰囲気の女。そしてもう一人は‥‥驚いた。あれは昨日会ったリノアだ。傍らには例の犬アンジェロもいる。
「勝手に乗り込んでしまってごめんなさい。とっさに逃げ込む場所がなかったの。お願いだから騒がないで。しばらくしたら私達は行きますから。」
まとめ髪の女が頼み込んで来た。冗談じゃない。ゴタゴタはごめんだ。
「いいわよ。好きなだけ隠れてて。」
さっさと出て行け、と言おうとした俺の機先を制してエルオーネは言った。
「エルオーネ！」
「いいじゃない、スコール。人助けだもの。」
人助けって、こいつらは軍のおたずね者なんだろ？エルオーネのヤツ、何を言い出すんだ。
「ありがと〜。えっと、エルオーネさんていうの？すっごく助かったよ〜。」
「恩に着るぜ、エルオーネ！」
髪ハネ女と入れ墨男は素直に喜んでいる。
「かくまうのはいいんだけど、あんまり長くはここにいられないの。私達、これから出発するところだから。あなた達はこれからどうするの？」
「問題はそれなんだよね〜。どうしよ〜？」
「街のあちこちにはガルバディア兵、駅は封鎖、街の出入りは検問。どうやってティンバーから脱出したもんかな。」
「ティンバーの外へ出たいの？それなら便乗して行く？私達も街を離れるところだったの。」
ヤツらは顔を輝かせた。エルオーネ‥‥人が良すぎるぞ。
だが、反対しても無駄だということは分かっていた。エルオーネはこう見えてかなり頑固者で、一度言い出したら聞かないのだ。
結局、指名手配犯御一行を乗せて俺達はティンバーを出た。街の出口で検問にあったが、商業者用パスを見せるとあっさり通してくれた。このパスを持っている限りかなり融通が利くのだ。
「このヴァンに逃げ込んで大正解だったな！まさに救いの神‥‥いや救いのヴァン様々だぜ！」
入れ墨男は遠ざかるティンバーの街を見ながら大はしゃぎだった。随分と騒がしいヤツだ。
「しかし、どうやってこれに乗り込んだんだ？鍵をこじ開けたのか？」
「鍵なんてかかってなかったぜ。なあ？」
「最初から開いてたよ〜。すっごい不用心。」
「そんなはずは‥‥あ。」
そうだ。一度閉めたはずが、あの犬を見つけてリノアルシェの花を取るために再度鍵を開け、そのまま閉め忘れたのだ。つまり、こいつらを呼び込んだのは俺のせいってことか。
「そうだ。助けてもらっといてまだ自己紹介もしてなかったよな。俺の名前はゼル・ディン。バラムガーデンのＳｅｅＤだ。よろしくなっ。」
ＳｅｅＤ‥‥こいつらが？
「あたしはセルフィ・ティルミット。同じくバラムガーデンのＳｅｅＤ！よろしく〜。」
と、髪ハネ女。
「キスティス・トゥリープです。私も彼らと同じＳｅｅＤなの。助けてくれて本当に感謝しています。」
まとめ髪の女は礼儀正しく会釈した。
「みんなＳｅｅＤなのね。でも犯人はティンバーのレジスタンスって聞いてたけど？」
エルオーネの質問にゼルが答えた。
「正確には、レジスタンス『森のフクロウ』に雇われた俺達ＳｅｅＤが作戦を実行したんだ。これがまた大失敗だったんだけどな。」
大統領が乗った専用列車を強奪しようという派手な計画で、作戦実行はうまくいったらしいが、乗っていた大統領はダミーで、その列車自体がレジスタンスを陥れるための罠だったらしい。ＳｅｅＤといえど万能ではないってことか。
「そして、彼女がその森のフクロウのメンバーで、俺達の雇い主のリノアだ。」
初めてリノアがこっちを見た。今まで押し黙まったまま、まったく会話に入ってこなかった。
「‥‥リノア・ハーティリーよ。」
そっけない挨拶ですぐにまた横を向いてしまった。俺も愛想のいい方じゃないが、彼女はそれに輪をかけている。昨日初めて会った時は、もっと違う感じだったのだが。
「私はエルオーネ・レウァール。こっちは弟のスコール。みんなよろしくね。」
エルオーネの屈託のない明るい声が、気まずくなった雰囲気を和らげた。俺にはこういう芸当はとても真似出来ない。人なつっこいエルオーネはすぐにＳｅｅＤ達と打ち解けてしまった。
「ヴァンの車体にレインズガーデンと書いてあったから、あれっと思ったんだけど、やっぱりあのレインズガーデンだったんだ〜。ものすごくキレイだよね、ここの花って〜。」
「レインズガーデンといえば、花の写真集も出てるのよね。図書室で借りたことがあるわ。」
「わりい、俺、花なんてまるで興味ないから、レインズガーデンなんて名前初めて聞いた。でもこりゃマジに綺麗だよなっ。」
「ホント、キレイ〜。あれ？この花、リノアが持ってる花束と同じ花だよ〜。」
リノアルシェの花を見つけたセルフィが言った。リノアは曖昧に頷いた。
昨日俺が渡した花束は、今はセロファン紙できちんと包装されていた。ガルバディア兵から逃げる間もずっと持っていたのだろうか。なんだか不思議な気持ちがした。
３．寄り道ガルバディアガーデン
これからどうするかを話し合っていたＳｅｅＤ達は、ガルバディアガーデンへ向かうことを決めた。そこで今後の指示を仰ぐつもりらしい。
それを聞いたエルオーネは、ガルバディアガーデンまで送って行くと言い出した。デリングシティへの通り道ではあるが‥‥やれやれだ。
「あ、ティンマニだ〜。」
俺はギョッとした。セルフィにティンマニを見つけられてしまった。隠そうとしたが、もう遅い。
「そのティンマニって最新号？Ｌ・Ｌ・レオンハートの記事載ってるか？」
！
「うん、載ってる載ってる〜。おもしろいよね、この人の記事。いっつもおかしな冒険談書いてるもんね〜。」
セルフィとゼルは、一緒になって雑誌を読み始めた。
「２人ともＬ・Ｌ・レオンハートの記事ってよく読んでるの？」
エルオーネが嬉しそうに訊いた。
「うん。けっこう好きだよ〜。たまにしか載ってなくて残念だけどね〜。」
「この人の記事って最高だよな。前の『オーベール湖の謎』って話には大笑いしたぜ。」
「内容もおもしろいけど、Ｌ・Ｌ・レオンハートさんとそのご家族のキャラクターがまた楽しいのよね。」
キスティスまでもが話に加わってきた。なんてこった。ＳｅｅＤは揃いも揃ってティンマニの愛読者なのか？
「みんなＬ・Ｌ・レオンハートのファンなのね。」
エルオーネはますます嬉しそうだ。サインをもらって来て上げようかなどと言い出すのではないかと、俺は気が気ではなかった。
「お父さんが聞いたら喜ぶわね。」
俺にだけ聞こえるように小声で言うと、ウィンクして見せた。俺はムスッと黙り込むしかなかった。
「そうそう、さっきからず〜っと思ってたんだけど、お姉ちゃん達とは前にどっかで会ってない？な〜んか見たことある気がするんだよね〜。」
「あ、俺もそう思った。なんとなく見覚えある感じなんだよな。」
「言われて見れば、初めて会った気がしないわね。なぜかしら？」
‥‥それはきっと、ティンマニの記事の中の俺達の写真を見たからに他ならない。記事の写真は顔がはっきり分からないように、遠くからの撮影だったり、ぼかしてあったりするものの、輪郭や雰囲気などは分かってしまうのだろう。
だから写真は撮るな、といつも言ってるのに。親父はその都度ヘラヘラ笑ってごまかして聞きやしない。
ガルバディアガーデンに着いてＳｅｅＤ達と別れたあと、俺はあからさまにホッとしていた。そんな俺を見て、エルオーネはおかしそうに笑っていた。
「さあ、先を急ぐぞ。今日中にデリングシティに入らないとな。」
「まだ時間はあるじゃない。ガーデンを少し見学して行かない？」
「見学？なんでそんなことしなきゃならないんだ。見て回りたいなら一人で行って来いよ。俺は車で寝てる。」
「一人で見たってつまらないわ。だからスコールも来て。ほらっ。」
エルオーネのガーデン見学に無理矢理付き合わされた。こんなところを見たいだなんて、エルオーネのやることは時々意味不明だ。
あちこち引っ張り回されて、再び元の場所に戻って来た。
「大きいところだったわね。それに生徒もたくさんいる。この中だけでウィンヒルの人口を軽く上回る数の人がいるみたい。」
「ガルバディアガーデンは一番大きなガーデンだからな。生徒数も三つのガーデンの中で最高だ。」
「ガーデンは三つあるの？」
「ああ。こことバラムガーデン、そしてトラビアガーデンだ。創立はバラムガーデンが一番早くて、三校の中のリーダー的なガーデンだ。ＳｅｅＤの資格試験もバラムガーデンでしか受けられないんだ。」
「そうなの。スコール、詳しいね。いろいろガーデンのこと調べたのね。ここに‥‥来たかったのよね。」
「‥‥」
「スコールがガーデンに入るのを諦めたのは、私とお母さんのためなんでしょ？自分がウィンヒルの家を出たら、女二人だけになってしまう。お父さんが家を留守にしている間、私達を守るのは自分の役目。そう思って残ってくれたのよね。ごめんね、スコールの夢を叶えて上げられなくて。」
悲しげな表情のエルオーネに、俺は首を振った。
「そんなことはない。俺の夢はＳｅｅＤになることだった。そして今俺は、自分をレインズガーデンのＳｅｅＤだと思ってる。それで十分さ。」
「スコール‥‥」
エルオーネは手を伸ばすと、俺の頭をクシャクシャとなでた。親父もよくこうやって頭をなでてくれた。その手つきと同じだ。
「やめろよ、子供じゃあるまいし。」
「姉が弟の頭をなでて何が悪いのよ。それに最近、私のことお姉ちゃんって呼ばなくなったわよね。何を照れてるんだか、この〜っ。」
エルオーネは逃げようとする俺の頭をつかまえて、さらにグシャグシャと髪をかき回した。
「仲いいな、ご姉弟っ。」
エルオーネに追いかけ回されていると声がした。ゼル、セルフィ、キスティスのＳｅｅＤ達だった。
「お姉ちゃん達まだいたんだ。もうとっくに出発しちゃったかと思ってた〜。」
「でも、お姉ちゃん達がいてくれてラッキーだったかもなっ。」
セルフィとゼルは顔を見合わせてニッと笑った。それにしても、すでにお姉ちゃん呼ばわりとは、こいつら相当エルオーネになついてしまったようだ。
「みんな揃ってどうしたの？」
「実はね、あたし達もデリングシティに行くことになったの。お姉ちゃん達と行き先が一緒なんだ〜。」
「という訳でよ、また乗せてくれ！お姉ちゃん！」
「もちろんオッケーよ。」
思った通りのエルオーネの返事だった。
「ありがとう、お姉ちゃん。でも弟さんは不満のようだけど？」
キスティスが俺の方をチラッと見た。
「スコールのことは気にしないで。この子人見知りなだけだから。」
エルオーネは俺の抗議の視線を意に介した風もなく、ＳｅｅＤ達と連れ立ってヴァンの方へと歩いていった。
「あ、実は俺達の他にあと二人いるんだよ。おい、こっちだぜ！」
ゼルに呼ばれてやって来たのは、リノアとそしてもう一人、こっちは初めて見るヤツだった。テンガロハットを被った長身長髪の男。こいつもＳｅｅＤなんだろうか。
「リノアも一緒なのね。こっちの人は？」
エルオーネが訊くと、長身男は帽子を取って会釈した。
「初めまして、僕‥‥俺はアーヴァイン・キニアス。ガルバディアガーデン一のスゴ腕スナイパーさ。どうぞよろしく。」
なんだかやけに軽薄そうな感じのヤツだ。ガーデンてのはいろんなのがいるんだな。
「エルオーネとスコールか。へ〜、君達姉弟なんだ。ところで前に一度会ってないかい？２人とも見覚えある気がするんだよね。」
「初対面だ。」
俺はすぐさま言った。この分だとティンマニは各ガーデンの図書室に置いてあるに違いない。
アーヴァインが加わり、俺達７人はガルバディアガーデンを出発した。いい加減ヴァンも満杯だ。
花で半分占領している後ろの荷台には、もう５人も乗り切れない。アンジェロを抱えているリノアを、前の座席の俺とエルオーネの間に座らせた。
「お姉ちゃんとスコールって、いつもこんな風に二人して花を運んで旅をしてるの〜？」
セルフィが花の間から顔を覗かせた。
「時々ね。でも二人であちこちへ出かけるのは楽しいわよ。」
「さっきも思ったけど、ホント二人仲いいよね〜。うらやましいな。あたし姉弟いないから、お姉ちゃんみたいなお姉ちゃん欲しかったよ〜。」
「セルフィは一人っ子なの？」
「ううん、あたしみなしごなの。だから孤児院で育ったんだ〜。」
「そうなの‥‥。大変だった？」
「ぜーんぜんっ。割と楽しくやってた‥‥と思うよ。実は小さい時のことってあんまり覚えてないんだけどね。海のそばにある孤児院で、近くの砂浜がすごくキレイだったな〜。」
「あら、セルフィって孤児院育ちだったの？初めて聞いたわ。」
キスティスが話に加わってきた。
「私も小さい頃は孤児院にいたのよ。途中で養父母に引き取られたんだけど、それまでは孤児院で暮らしていたの。私の孤児院も海の近くにあって、すぐそばには灯台が建っていたわ。」
「灯台？それならあたしの孤児院の近くにもあったよ〜。もう使われてなくて立ち入り禁止になってたの。でも一度、子供達何人かでこっそり忍び込んだことがあったようななかったような‥‥」
「それで入り込んだのがバレて、あとでママ先生に叱られたんじゃないか？」
そう言ったのはアーヴァインだった。
「そうそう！ママ先生がすごく怒ってて‥‥あれ？どうしてアーヴァインがそんなこと知ってるの〜？」
「ちょっと待って。今ママ先生って言った？私にもそんな風に呼んでいた人がいたわ。私の、いえ孤児院の子供達みんなの母代わりをしてくれた人‥‥」
「あれあれ！？それじゃもしかして、キスティスとあたしのいた孤児院て同じところなのかも〜！？」
「かも、じゃなくてそうなんだよ。ちなみに僕もそこにいたんだよ。海のそばの石造りの孤児院。下は白い砂浜が広がり、その先には古い灯台があった。」
意外な事実に驚きで目を丸くしているセルフィとキスティスをよそに、アーヴァインは淡々として落ち着き払って言った。なんだか話が妙な方向に転がり始めている気がする。