Ｗｉｎｈｉｌｌ Ｂｌｏｏｍ FF８〜THE ANOTHER STORY〜
１．ウィンヒルの朝
おかしな夢を見た。目の前に魔女がいた。戦いのあとなのだろうか、その姿は傷だらけのボロボロで、今にも倒れそうだった。
「まだ‥‥まだ消える訳にはいかない‥‥。おのれ、おのれＳｅｅＤめ‥‥」
死にかけた魔女は、恨みの目で俺を見る――。
そこで目が覚めた。
ベッドから起き上がってみたものの、まだ頭がぼんやりしていた。なんなんだろう、今のは。
部屋のドアがノックされた。パッと開いたドアから顔を覗かせたのは、姉のエルオーネだった。
「おはよう、スコール。起きてる？」
エルオーネは小走りでやってくると、弾みをつけてポンとベッドの上に飛び乗った。
「ごめーん、スコール。私、またやっちゃったみたい。」
「またってことは、さっきのあれはやっぱりエルオーネの仕業だったんだな。夢にしてはおかしなな内容だと思った。」
「眠ってる時って勝手に力が働いちゃうのよね。コントロール出来ないっていうか、暴走するっていうか。」
「さらに不思議なことに、その影響を受けるはいつも俺なんだよな。」
「スコールって私の力を受け入れやすいのかもね。避雷針みたいな感じかなあ？」
「こっちはいい迷惑だ。でもさっきのヴィジョン‥‥あれもやっぱり過去なんだよな？」
エルオーネには不思議な力がある。人に過去の映像を見せる力だ。意識だけを過去に送り込み、そこで実際に起こったことを見せることが出来るのだ。
「だと思う。私が送り込めるのは過去だけだもの。でもさっきのヴィジョン、誰の過去だったか分からないの。私、自分の知ってる人の過去に自分の知ってる人の意識を送り込むことしか出来ないから、当然さっきのも私の知ってる人のはずなんだけど‥‥。おかしいなあ、こんなこと今までなかったんだけど。」
「もういいさ。どのみちあれは過去のことなんだ。いろいろ考えたって意味ないだろ。」
確かに気になる内容のヴィジョンではあったが、俺はすっぱり忘れることにした。エルオーネは随分気にしていたようだが、やがて原因究明を諦めた。朝食の用意が出来ているから早く降りてくるように、と言い残して出ていった。
のろのろとベッドから出た俺は、服を着替えて一階へ降りた。
俺の名前はスコール・レウァール。１７歳。ガルバディア国の片田舎ウィンヒルの村に住んでいる。母レインと姉エルオーネの３人暮らしだ。父は‥‥いることはいるが、一年のほとんどは不在だった。
実をいうと、エルオーネと俺は本当の姉弟じゃない。エルオーネは養女だった。だが、俺が産まれた時からずっと一緒だ。俺とエルオーネの間には、血の繋がり以上の深い絆がある。
俺達の住むこのウィンヒルは花の栽培が盛んで、母も花を育てることを生業にしている。この仕事をする前は、この村で小さなパブをやっていたらしいが、俺が産まれた頃から趣味の花づくりを本格的に始めた。
元々その方面での才能があったらしく、母の作る花はたちまち評判になり、ガルバディア国内だけでなく、隣国のドールやバラムからも受注がくるほどになっていた。レインズガーデンの花は今や多くの人に知られている。
妻と子供２人をウィンヒルに残し、一家の大黒柱はどこでどうしているのかというと、とある国でとある役職に就いている。
その国の名はエスタ。そして、役職名は大統領。
嘘みたいな話だが、俺の父親ラグナ・レウァールは東の大国エスタの大統領だ。
産まれも育ちもガルバディアの親父が、なぜよその国で大統領などという職に就いているのかというと、それには少し複雑な事情があった。
エスタという国は、１７年前までアデルという名の魔女が支配する恐ろしい軍事国家だった。魔女といえば、俺達が産まれる前に起こった魔女戦争でも知られているように、人々から恐怖の存在として忌み嫌われている者のことだ。
その魔女戦争のきっかけを作ったのも、他ならぬエスタだった。その勢いはすさまじく、当時のエスタなら世界征服も可能とさえ言われた。
エスタは世界侵攻を企てる一方で、魔女アデルの後継者探しも行っていた。ターゲットとされたのは幼い女の子ばかり。そして、その魔の手はウィンヒルにも及んだ。
エルオーネの実の両親はその時我が子を渡すまいと抵抗し、エスタ兵に殺された。エスタへ連れ去られることを免れたものの、孤児になってしまったエルオーネを引き取ったのが、一家の隣人だった母のレインだ。
それからしばらくは平和な日々が続いたが、再びエスタ兵が現れ、今度こそエルオーネは連れ去られてしまった。そのエルオーネを救い出すため、エスタを目指して旅立ったのが、当時の母やエルオーネと親しくしていた親父だった。
入国が困難と言われていたエスタに親友２人と共に潜り込んだ親父は、反アデル派のレジスタンスグループの協力を得て、無事エルオーネを取り戻した。
そして、力になってくれた反アデル派の人々への恩返しの意味合いで、親父は打倒アデルの作戦に加わり、トントン拍子でアデルを封印することに成功した。
まではよかったのだが、反アデル派を勝利に導いたとして親父は英雄に祭り上げられ、果てはエスタ大統領の職まで任されてしまった。以来１７年、レウァール政権はいまだに続いている。
当初親父は、俺達をエスタに呼び寄せて一緒に暮らすつもりだったらしいのだが、オダイン博士というイカレじいさんがエルオーネの不思議な力に異常なまでの興味を示し、「研究させるでおじゃる〜！」と騒いでやめず、子供を育てるには環境が良くないと判断、結果、単身赴任のような形で一人エスタに残った。
今の俺は、エルオーネと共に母の仕事を手伝っている。今日は他の町への配達の仕事が入っていた。
行き先はティンバーとガルバディア首都デリングシティ。ティンバーはともかく、デリングシティまでとなると往復に２、３日はかかる。長い仕事になりそうだった。
‥‥そしてそれは、本当に長い旅になった。
２．ティンバーの遭遇
配達用のヴァンに花を積み終わり、俺とエルオーネが出かけようした時、家の中から母が慌てたように飛び出して来た。
「スコール、忘れ物！」
母が渡してくれたのはバスケットに入った２人分の弁当と、薄く細長いケースだった。
「はい、護身用よ。道中どんなキケンがあるか分からないものね。それじゃ、いってらっしゃい！」
まるで危ないブツの運び屋になったような気分で、俺はヴァンをスタートさせた。
「鬼に金棒、スコールにガンブレード、だもんね。」
助手席のエルオーネはケースのフタを開け、中に入った一風変わったの剣を眺めた。
剣と銃を合体させたような武器ガンブレードは、その扱いが難しく今ではどこの軍隊でも使用していない。しかし俺は、この得物を使うのが得意だった。
子供の頃、納屋の奥底に埋もれていたこいつを引っ張りだし、おもちゃにして遊んでいたことがあった。そのうち誤って柄の部分のトリガーを引いてしまい、発射された弾が納屋の扉を派手に吹っ飛ばした。
音を聞いた母がまっさきに駆けつけ、そしてその時たまたま家にいた親父にこっぴどく叱られた。あの時の親父は、怒りながらも今にも泣きそうな顔をしていた。
そのあと、叱られてしゅんとしている俺のところに、エルオーネがやって来てこう言った。
「もし粉々になったのが納屋の扉じゃなくてスコールだったらと思うと、お父さんもお母さんも胸が張り裂けそうな気持ちになったはずだよ。その気持ち、分かるよね？」
以後俺は、納屋に入り込んで遊ぶことをしなくなった。だが、そんな苦い思い出があるにも関わらず、俺はその後もガンブレードにはひどく執着した。
家にあったガンブレードは、昔ガルバディア軍の兵士だった親父の物だった。俺はしつこく親父にその使い方を教わり、親父がいない時でも一人で練習した。その甲斐あって、今では親父も舌を巻くほどのガンブレード使いだ。
花屋のせがれが何をやっているんだか、と自分でも思う。いくらガンブレードをうまく使えるようになったって、その腕前をふるう機会なんてない。せいぜい近くの森をうろついているモンスターを、蹴散らすのが関の山だ。
俺が日々ガンブレードの練習に励んでいることについては、母も親父もエルオーネも何も言わない。家族は俺が本当は何をしたかったのか知っているのだ。
俺は、本当はＳｅｅＤになりたかった。ガーデンと呼ばれる兵士養成学校。ＳｅｅＤはそのガーデンが誇る精鋭の傭兵集団だ。
ガルバディア国内にもそのガーデンがあった。入学したいと言えば、両親は了解してくれたと思う。だが俺は、ウィンヒルに残ることを選んだ。今でもその選択は後悔していない。
そんなことを考えながらぼんやりと運転していると、エルオーネがおもむろにバッグの中から何やら取り出した。
「スコール、ほら、これ。」
エルオーネが差し出したそれを見て、俺はハンドルを切り損ねそうになった。危うく柵に突っ込むところだ。
「ティ、ティンマニ！？そんな物まで持ってきたのか、エルオーネ。」
「昨日届いた最新号よ。出先で読もうと思ったの。家の分はちゃんと置いてきたから大丈夫。」
「いや、そういうことじゃなくて‥‥」
俺は片手で顔を覆った。ティンバーマニアックス。この忌まわしの雑誌。
俺の親父は兵士時代からジャーナリストに憧れていて、たびたび文章を書いては雑誌に投稿していた。それがこのティンマニだ。
エスタの大統領に就任してからもその夢を捨てきれず、暇を見つけてはいまだに記事を書き続けている。今では不定期連載の枠までもらっているくらいで、その時のペンネームをＬ・Ｌ・レオンハートという。
Ｌ・Ｌはラグナ・レウァールのイニシャルなんだろうが、レオンハートの意味は不明だ。まあ親父のことだから、単に聞こえがかっこいいとかいう理由で付けてるに違いない。
親父が好きなことをするのに、ケチをつけるつもりはない。だが、問題はその内容だ。
エスタに行ったきりの親父は年に一度、数週間だけ帰って来る。それを家族サービスの日と呼び、俺達を連れて必ずどこかへ出かける。一年間会えなかった分を取り戻そうというつもりらしい。
これまでにいろいろな場所へ連れて行かれた。トラビアのシュミ族の村、セントラの謎の遺跡、サボテンダーアイランド‥‥。親父が連れて行く場所は、いつもこんな感じでへんてこな場所ばかりだった。
ちなみにこの間帰って来た時は、マンデービーチで伝説の大波ビッグマンデーに挑戦すると言い出し、張り切って海に飛び込んで行ったはいいが、波に飲まれて危うく溺れかけた。ライフガードに救助されなかったら、今頃エスタで国葬だ。いい加減自分の歳を考えてほしいものだ。
さらに親父は、この家族サービスの出来事をティンマニの記事にしていた。当然その中には、俺や母やエルオーネのことも出てくる。一応仮名にはなっているが、ネタにされるこっちはいい迷惑だ。しかも親父の記事は、読者に評判がいいと聞くからさらに頭が痛い。
「お父さんの記事、載ってるわよ。この間のマンデービーチのことが書いてあるわ。」
エルオーネは楽しそうにそのページを開いて見せた。ティンマニの記事にされることを嫌がっているのは実は俺１人で、エルオーネも母も親父の記事を楽しみにしているのだ。
「運転も退屈してきたでしょ。記事の朗読してあげようか？」
「勘弁してくれ。」
速攻で断った。エルオーネはおかしそうに笑っている。俺をからかって遊んでいるようだ。
そうこうしているうちに、ティンバーに着いた。その日のティンバーは何やら物々しかった。やたらとガルバディア兵が目につく。
このティンバーは元々独立国だったのだが、数年前ガルバディアの武力制圧によって、現在はガルバディア領となっていた。だから兵士の数が多いのは当然かもしれないが、それにしても今日はやけに騒がしい。何かあったのか？
ティンバーの騒然とした雰囲気は気になったが、そこでの仕事は支障なく終わった。陽はもう傾きかけていた。
宿泊予定のホテルの前でエルオーネを降ろし、俺はヴァンをホテル裏の駐車場に移動させた。
ヴァンから降りた時、駐車場の片隅に座り込んでいる犬を見つけた。白得路の長い毛並みのその犬は、足に怪我をしていた。近寄ると、警戒するでもなくクゥーンと甘えた声で鳴いた。どこかの飼い犬らしい。
俺はヴァンに引き返し、中から小さな白い花を一束取って犬のところへ戻った。花の葉をちぎり、傷口に貼ってハンカチで巻いてやった。
「アンジェロ！」
声がして振り向くと、水色の服を着た俺と同じくらいの歳格好の女の子が、息せき切って走って来た。
「よかった、こんなところにいたのね。心配したんだから‥‥」
長い黒髪の女の子はホッとしたように座り込み、犬を抱きしめた。
「あんたの犬なのか？」
「‥‥ええ。はぐれてしまって探してたの。」
彼女は警戒するように俺を見た。犬を抱きかかえると、背を向けて逃げるように歩き出した。が、途中で何かに気付いたように立ち止まった。
「‥‥このハンカチ‥‥もしかしてあなたが？」
振り向いた彼女に頷いて見せると、険しかった表情が少し和らいだ。
「そうだったの‥‥。あの、私ったら‥‥」
「別にいいんだ。」
「あ、待って。」
その場を立ち去ろうとした俺を、彼女は呼び止めた。
「このハンカチ、あなたに返さないと‥‥」
「返す必要なんてない。気にしなくていい。‥‥そうだ。」
俺は手に持っていた小さな白い花束を差し出した。
「え‥‥？」
彼女は戸惑っている。しまった。いきなりこんなことをしたら誤解されるに決まってる。
「いや、その、別に深い意味はないんだ。ただこれは、そう、この花の葉は怪我によく効くんだ。だから今も傷口に貼ってやったんだけど、本当はすり潰したものの方がよく効くから、家に持って帰って使うといいと思っただけなんだ。」
思わず早口になってしまった。恥の上塗りのような気がする。案の定、相手はクスクスと笑っている。
「使わせてもらうね。」
「ああ。」
俺は自分で自分が腹立たしくなって無愛想に言った。
「この花‥‥ウィンヒル・リノアルシェね。」
「よく知ってるな。ウィンヒル地方にしか咲かない花だから、あまり知られてない花なのに。」
「だって私の名前、この花からとってつけられたんだもの。私、リノアって名前なの。」
彼女――リノアは白い花束に顔を埋めた。
「いい匂い‥‥。この匂い、すごく久しぶり。」
思い出に浸るようにリノアは目を閉じている。やがて目を開けた彼女は、俺と目が合うと小さく微笑んだ。
「私、もう行かないと‥‥」
歩き出したリノアは、再び立ち止まり振り向いた。
「‥‥名前、教えてくれる？あなたの名前。」
「スコールだ。」
「‥‥ありがとう、スコール。」
夕闇迫るティンバーの街並へ、リノアは消えていった。
しばらく俺は、その場にぼんやりと立っていた。まるで白昼夢でも見たような気分だ。ブンブンと頭を振る。
‥‥きっと長旅で疲れているに違いない。こういう時は早く寝るに限る。