23.時間圧縮世界 〜 扉の前で

 魔女アデルはすでにこの世にない。アデルから魔女の力を強制的に継承させられた母レインもまた、その力をリノアに受け渡した。
 リノアはこれまでにイデアの力を受け継ぎ、そして母の力を介してアデルの力を母を介して受け継いだ。これでリノアは、おそらく世界でただ一人の魔女となった。
「魔女の力を一つに束ねること。見事に未来の魔女アルティミシアの狙いどおりか。思うつぼって訳だ。」
「お前の気持ちは分かるけどな、あちらさんの思惑に乗るのも作戦のうちなんだ。こらえろって。」
 親父は優しく諭すように言った。
 分かってはいるつもりだが、リノアの気持ちを考えるとそう単純には割り切れない。リノアは自分の魔女としての力を嫌っている。それなのに彼女は、今や唯一の魔女になってしまったのだ。
「あとはアルティミシアがリノアの中に入って来るのを待つだけね。」
 キスティスは言った。
「そうだね〜。でもどのくらいで来るのかな?」
 セルフィは腕を組んで首を傾げた。
「こればっかりは見当もつかないわね。とにかく今は待つしかないわ。アルティミシアが動くまで。」
 そうだ。リノアは再びアルティミシアを受け入れなくてはならないのだ。それが計画の要とはいえ、リノアにとって苦痛なことに違いはない。
 自分を見つめる俺の視線に気付いたリノアが振り向いた。俺の表情から何かを読み取ったのか、彼女は微笑んだ。
「私は大丈夫よ。もちろん全然平気と言ったらウソになるけど、でも大丈夫。アルティミシアが私の中に入って来ても、私は私でいられる自信がある。だって、決めたから。魔女の力や魔女である自分を、怖れたり否定したりしないって。スコールやみんながそばにいてくれるから、私は大丈夫。」
 リノアの目にはひとかけらの迷いもなかった。
「強くなったな、リノア。初めて出会った頃よりずっと。」
「そ、そうかな。だといいんだけど。スコールはちっとも変わらないよね。」
「成長が見られないってことか?」
「違う違う。スコールは元から変わる必要はなかったってこと。いつまでもそのままのスコールでいて欲しいな。」
「ん〜、だけどあともう少し社交的になってくれれば言うことなしかなあ。」
 エルオーネが俺達の背後から顔をのぞかせた。
「人見知りが激しいのと――」
「つっけんどんな態度と――」
「ぶっきらぼうな物言いと――」
「秘密癖が多いのを直せばさらによしっ。」
 ゼル達までが調子に乗って次々に言った。
「あははっ、それだとスコールじゃなくなっちゃうわね。」
 エルオーネはおかしそうに笑った。
「うるさいな。大体なんだよ、秘密癖ってのは。」
「だってスコール、隠し事多いじゃない〜。すっごく大切なことをギリギリまで話してくれなかったしね〜。」
 セルフィの言葉にキスティス達はうんうんと頷いた。
「ほほう〜?一体何を隠してたんだ、スコール?」
 親父は興味津々といった顔で話に加わってきた。
「例えばリノアが魔女だってことに気付いてたこととか、スコールのお父さんがエスタの大統領さんだったってこととか。あたし達、エスタに連れて来られるまで全然知らなかったんだよね〜。」
「スコール、お前そんな大切なことを友達に黙ってたのか。そりゃ〜いかんぞ。信用なくすっての。」
 親父は呆れたと言わんばかりに頭を振った。
「あのな‥‥もとはと言えば親父達だろっ。親父の仕事がエスタの大統領だってことは、周りには絶対に秘密だと言い含めたのは。しかもご丁寧に、家族サービス旅行で行った先でも偽名まで使わせてっ。」
「あ〜、そういえばそうだったっけ。でもまあ、やっぱエスタ大統領の家族がガルバディアに住んでるのが世間に知れたらいろいろと面倒だからな〜。しかも大統領職とティンマニ記者の二足のタビを履いてるなんてな。わははっ。」
「それを言うなら二足のワラジだ。」
 素早くキロスのツッコミが入る。
「あ、そうそうそれ。つーことだから、スコールの秘密癖は複雑な家庭事情のせいってことで許してくれよな。」
 親父はセルフィ達に向かってぴょこんと頭を下げた。
 笑って謝る親父を見ながら、俺の中で危険信号のランプが点滅した。今の会話の中に、重要なキーワードがいくつも飛び出してしまったような気が‥‥。
「ティンマニ記者ってなんのこと?」
 キスティスが首を傾げる。
「偽名ってなんだ?」
 続いてゼルの質問。
「家族サービス旅行って〜?」
 そしてアーヴァインの疑問。
 ‥‥まずい。これは非常にまずい。
「そか、お前さん達まだ聞いてねえんだな。ティンバーマニアックスって雑誌知ってるか?俺はな、何を隠そうそのティンマニに記事を書いてるんだぜ。L・L・レオンハートってペンネームでなっ。」
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥言った。とうとう言った。
 同時に、ワアーっ!という歓声が起こった。
「ホントに!?ラグナパパさんがあのL・L・レオンハートなの〜!?」
「すげえ!マジかよ!?」
「信じられないよ〜!」
「謎の記者レオンハートにこんなところで会えるなんて!」
 セルフィ達は親父を取り囲んだ。親父を見る目がスターを目の前にしたファンのそれに変わっている。
「あれ?ということは‥‥」
 ひとしきり騒いだあと、彼らは俺や母やエルオーネに目を向けた。
「レインママさんがもしかして‥‥」
「そうよ。私がずっこけ記者レオンハート妻のレニー。」
 母はニッコリと笑った。
「で、お姉ちゃんが‥‥」
「レオンハートの娘エリオン。改めてましてよろしくっ。」
 エルオーネはおどけた風にピッと指先で敬礼をした。
「そしてスコールが‥‥スカリー君?」
 セルフィに言われて、俺はがっくりとうなだれた。
「その名前で呼ぶのはやめてくれ。」
「すごい!本物のスカリー君だーっ!!」
 またしても歓声が上がった。親父がエスタ大統領と分かった時以上の騒ぎ様だ。みんな熱狂しているといってもいい。
 例の家族サービス旅行で使う偽名。それが母はレニー、エルオーネはエリオン、そして俺がスカリーだった。ティンマニの記事にはこの名前で載ることになる。
「スコールがあのスカリー君だったなんてな〜。世の中ってホント意外な驚きに満ち溢れてるよ〜。」
「お前ってタダ者じゃないとは思ってたけど、まさかレオンハート一家の一人だったなんてな。」
「どうりで初対面じゃない気がしたはずね。だって記事の写真で散々見てるんだもの。はっきりとは写ってないけど、雰囲気はそのままだわ。」
「すっごいよね〜。あ、それじゃこないだのティンマニ最新号で、溺れたレオンハートさんの代わりに伝説の大波ビッグマンデーに挑戦して、見事に制覇しちゃったのもスコールだったんだ〜。」
「そのとーりっ!大したもんだろ、うちのスカリー君はっ。」
 親父は俺の肩に手を回し、上機嫌で笑った。
 俺は片手で顔を覆い、深々とため息をついた。‥‥ティンマニのことだけは最後まで伏せておきたかったのに。
「レオンハート、じゃなかったラグナパパさん、あとで絶対サインくれよな!」
「あたしもあたしも〜。ちゃんと『セルフィさんへ』って書いてね〜。」
「出来たらご家族全員の分をいただけると嬉しいわ。」
「そりゃいいね。きっと将来プレミア付くぜ〜。」
 付くか、そんなものっ。まったく、こいつらがこうもミーハーだとは思わなかった。
 見ると、リノアもなんだかそわそわしている。おい、まさか‥‥。
「えと‥‥あのね、ティンマニってあちこちの国で売られていて人気もあるけど、地元のティンバーだとその人気の程は比較にならないくらい大きいのね。その中でもL・L・レオンハートは絶大な指示を受けていて熱狂的ファンも多いの。ファンクラブもあるくらいよ。それから‥‥私が所属しているレジスタンス組織の森のフクロウのメンバーにも、大のレオンハートファンて人は何人もいてね。あ、森のキツネのリーダーも一度でいいからレオンハートに会ってみたいって言ってたっけ。それで、あの‥‥‥‥私も、もらえるかな。サイン‥‥」
 リノアは真っ赤になって、最後は消え入るように言った。つられてこっちまでカーッと赤くなってしまった。
「了解りょーかいっ。サインならいっくらでも書いてやるぞ。レオンハート家全員分をセットで、さらにお友達やご近所へ配る分もなっ。」
「やりい!」
 誰が書くかそんなもの!と俺が抗議する間もなく、親父のとんでもない約束を真に受けたゼル達は、飛び跳ねんばかりに大喜びした。
「なんだか楽しいね、スコール。」
 俺の内心を見透かしているエルオーネは、おもしろがって言った。
「やめてくれ。いつだってそうだ。親父といるとロクな目にあわない。」
「そんなこと言って、大のお父さんっ子のクセに。」
「へえ〜、スコールってお父さんっ子なんだ〜。」
 セルフィが耳ざとく聞きつけた。
「誰がっ‥‥」
「そうそう、そうなんだよな〜。こいつちっちゃい頃からすっごい甘えん坊でさ。」
 否定しようとした俺を押しのけて、親父が割り込んできた。
「休暇が終わって俺がエスタに帰る日なんか、俺の足に泣いてしがみついて離れなかったもんな。お父さーん、行かないで〜ってな。」
「ふーん、そうなの〜。カワイイねえ〜。」
「だろ?カワイイだろ〜。あの時は俺も別れが辛くて泣きたかったなあ。」
 親父は懐かしそうな遠い目をしてしみじみと言った。
「今のスコールからは想像つかないよな〜。他にはどんなエピソードがあるんだい?」
 調子に乗ってアーヴァインが話を促した。
「まだまだあるぞ。コヨコヨ探しに行った時は傑作だったなあ。その時スコールとコヨコヨが一緒に写った写真があるんだけど、これがもうかわいくてかわいくてっ。」
「コヨコヨってもしかして、オカルトファンで有名な未確認飛行物体に乗ってる謎の生命体のことかよ!?すっげ〜!」
 ゼルは興奮気味に叫んだ。
「ぜひその写真を見てみたいわ。」
 キスティスも好奇心で目を輝かせている。
「オッケーオッケー。うちに来れば秘蔵のアルバムをありったけ見せてやるぞ〜!」
 俺は今すぐ親父をダンボール箱に詰めて、エスタに送り返したい衝動にかられた。それがダメならせめて粘着テープでヤツの口を塞がせてくれ。
 しかし親父に腹を立てる一方で、心の中は不思議な安心感に満たされていた。
 このあと命懸けの大仕事が待ちかまえていることなど嘘のように、今この場はホームパーティーのような和やかさと暖かさに包まれている。
 その時、リノアが俺の腕をつかんだ。
「スコール、来たわ‥‥」
 リノアは震える声で言った。
「私の中に、アルティミシアが来た。」


24.時間圧縮世界 〜 扉の中へ

 リノアは顔は真っ青だった。目を閉じ、歯を食いしばり、必死に何かを耐えていた。
 リノアの異変に気付いた親父達も周りに集まって来た。全員が心配そうな表情でリノアを見つめた。
 俺の左腕をつかむリノアの手に、右手を重ねた。するとリノアは、今度はその手を強く握ってきた。
 1分ほどそうしていただろうか、やがてリノアは大きく息を吐き、俯いていた顔を上げた。俺達を見ると、少し目を見開いた。
「あ‥‥ごめんなさい。大丈夫、私は大丈夫だから。心配しないで。」
 見守る俺達の表情があまりに不安げだったことに、逆にリノアの方が驚かされたようだ。
「リノアの中に今アルティミシアがいるの?」
 キスティスはなぜだか小声で訊いた。
「ええ、いるわ。確かに彼女よ。」
「平気なの、リノア?なんともない〜?」
 心配そうに尋ねるセルフィに、リノアは小さく笑って頷いた。
 その場がシンと静まり返った。いよいよだ。これから本当の勝負が始まる。
 親父は俺達に向き直った。
「これからエルがリノアをアルティミシアごと過去へ送る。その先でアルティミシアが何をする気かは知らねえが、その結果、時間圧縮って奴が起こるはずだ。エルオーネがリノアとアルティミシアを過去から連れ戻し、アルティミシアが自分の時代へと帰ったら‥‥あとはお前達の出番だ。」
 親父は俺とリノア、キスティス、ゼル、セルフィ、アーヴァインの顔を見つめた。
「ラグナ、どういうこと?これから何が起こるの?」
 人質の立場からようやく解放されたばかりで、まだ状況を完全には把握出来ていない母は戸惑ったように訊いた。
「悪い、レイン。あとで説明する。時間がねえんだ。今は俺を信じてくれ。」
「分かったわ。」
 母は頷いた。本当は訊きたいことが山ほどあるはずなのに、母は親父を信じてその不安を飲み込んだ。
 親父は母に小さく笑って見せると話を続けた。
「本当は俺もついて行きたいところなんだが、俺が行ったところで足手まといになるのがオチだからな。ここから先はお前らにまかせる。それからスコール――」
「俺は行く。」
 きっぱり言い放った俺に、親父は苦笑して軽く手を振った。
「分かってるって。今さら止めやしねえよ。だけど、くれぐれもSeeD諸君の足を引っ張るんじゃねえぞ。」
「その点なら大丈夫だよ、ラグナパパさん。スコールはただの民間人にしておくにはもったいないくらい強いしね〜。」
 アーヴァインは俺の肩に腕を回した。
「そのとおりだぜ!それにいざって時は、俺達が体張って守るから安心してくれよな!レオンハート家のスカリー君は絶対無事に帰すからさ!」
 反対側からはゼルが肩に腕を置き、俺の顔の前でアーヴァインと手と手を打ち合わせた。
「もちろんリノアもだよ〜。何があってもあたし達SeeDが必ず2人を守ってみせるからね〜。」
 セルフィはリノアの腕を取って組んだ。
「私達SeeDの誇りにかけて、2人は命に代えても守るわ。」
 キスティスは強い光を帯びた目をして言った。アーヴァイン、セルフィ、ゼルの目にも同じ様な光が宿っていた。
「あ〜、ちょーっと待った、SeeD諸君。お前らのプロ魂には心から敬服するけどな、そんな心構えじゃこのあとの作戦を実行に移すワケにはいかねえぞ。」
 親父は眉間にシワを寄せてキスティス達を睨んだ。彼らは困惑した表情で親父を見返した。
「そりゃもちろん、スコールには無事に戻ってほしいし、SeeDでもないのに魔女ってだけでこの危険な役目を買って出てくれたリノアにも、ケガ一つなく帰って来てほしい。だけど、それだけじゃダメだ。」
 そして親父は表情を和ませ、いつもの人の心を暖かくする笑顔に戻った。
「キスティス、ゼル、セルフィ、アーヴァイン。お前達もぜーっっっったい!無事に帰って来い!それを約束しないうちは行かせねえぞ。それに帰って来た時もしメンツが一人でも欠けてたら、ガーデンに今回の依頼料は1ギルも払わないかんな!いいか!」
「はい!了解しました!」
 ゼル達は親父に向かってSeeD式の敬礼をした。その表情はみな笑顔だった。
 俺は親父に対する感謝の気持ちでいっぱいになった。が、それも次の言葉を聞くまでだった。
「おっし!いい返事だ!あ、そうだ。ぜーんぶ片付いたらみんなでウィンヒルの俺んちに来い!パーッとハデに宴会やるぞーっ!余興は我が家の秘蔵アルバム&秘蔵フィルムを大公開!エルとスコールのラブリースナップも大放出だ〜!」
「はあ!?」
「やったぜ!いいぞ!約束だぜ!ラグナパパさん!」
「こりゃ楽しみだね〜。何がなんでもミッション成功させなくちゃ〜。」
「俄然やる気が出てきたわね。」
「よーしっ、がんばるぞ〜!」
 親父を囲んで彼らはオーッ!と快哉を上げた。俺はなんだか頭痛がしてきた。
 その俺の肩をウォードがポンと叩いた。隣のキロスも笑いをかみ殺したような顔をしている。
「‥‥」
「そうだな、ウォード。これがラグナ君流のやり方だ。スコール、君もいい加減に諦めた方がいい。」
「あいにく俺はキロス達ほど親父と付き合いが長くないからな。そこまで広い心にはなれない。」
 俺はヤケクソ気味に言った。
「スコール。」
 母がやって来て、俺の手を取って握りしめた。
「あなた達がこれから何をしようとしているのか私には分からないけど‥‥気を付けていってらっしゃい。信じて待ってるから。」
「分かったよ。ありがとう、母さん。」
「あ、そうだわ。ねえキロス、秘蔵フィルムエスタ編は今あなたが持ってるんだったかしら?あとで取りに行くわね。」
「母さん!?」
「あははっ。さてと、パーティーのメニューは何にしようかな〜。」
 まったく。似た者夫婦だこの2人はっ。



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