「みんな、ルナティックパンドラが見えてきたぜ！」
操縦席のゼルが叫んだ。
不気味な光を放つ巨大な石柱が、エスタの荒野の真ん中にそびえ立っていた。だが正確には立っている訳ではなく、何かの力によってわずかばかり宙に浮いているようだ。
「そんじゃ、まずはラグナロクの主砲をどか〜んと一発お見舞いして、入り口を作らせてもらうとすっかな。」
親父は機関砲担当のセルフィに指示を出した。
「了解っ、ラグナパパさん。えへへ、あたしこういう大砲っていうの一度撃ってみたかったんだ〜。」
セルフィは腕まくりするマネをして発射準備にかかった。
「スタンバイ、ＯＫ〜。いつでも撃てま〜す。」
「よーしっ。スリー、ツー、ワン！撃てーーーーっ！」
激しい勢いで発射されたエネルギー弾が、ルナティックパンドラの側面に大穴を開けていく。ラグナロクはすぐさまその穴に向かって突っ込んだ。が、いくらも進まないうちに、今度は目に見えない何かにぶつかって侵入を妨げられた。
「バリア！？どうするよ、ラグナパパさん！？」
「んなもの気にすんな！行け行けっ！突っ切れーっ！」
親父は拍車をかけるようにゼルの背中をバシバシと叩いた。ラグナロクは出力全開で強引にバリアを突破し、さらにルナティックパンドラの外壁を突き崩して内部に強行着陸した。
「お〜、着いた着いた。どうだ見てみろ、バッチリうまくいったな！」
親父は上機嫌で振り返ったが、後部座席の俺達といえば突入の衝撃で投げ出されるわ、壁にぶつかるわ、床に転げるわで散々だった。
「な〜に寝っ転がってんだ、お前ら。ほらほら、とっとと降りるぞっ。」
倒れた俺達を飛び越え、親父は乗降口へと走って行った。
フラフラする頭を抱えながら、俺達も親父のあとを追って飛空艇の外へと出た。
機関砲とラグナロクが突っ込んだ衝撃で、辺りは瓦礫の山になっていた。これだけ派手に突入したのだから、当然ガルバディア兵達の熱烈な出迎えがあるものと予想していたが、人１人の姿も見あたらなかった。
「この近くにガルバディア兵はいないようね。ルナティックパンドラの最上部に近い部分に突入したせいか、あるいは兵士達はここよりもっと下層に配置されていたのかもしれないわ。」
辺りを慎重に見て回っていたキスティスは、状況をそう判断した。
「まさか飛空艇で突っ込んで来るとは思ってなかったんだろうな〜。でもまあ好都合だよ。雑魚を蹴散らす余計な労力を使わなくて済むしね。」
アーヴァインはライフルを肩に担いでのんびりと言った。
「あいにくだけど、俺たちゃ雑魚じゃないもんよ！」
「我等、強。」
どこかで聞いたことのある声がした。現れたのは、これもやはり見覚えのある２人組の男女だった。
「風神！雷神！なんでお前らがここに！？」
ゼルの言葉で思い出した。バラムガーデンの食堂で声をかけて来たあの２人組だった。
「俺たちゃサイファー派だもんよ。サイファーのそばにいるのは当然だもんよ。」
「そうか、あなた達ウィンヒル近郊でのガルバディアガーデンとの交戦時にサイファーと合流したのね。」
キスティスは言った。
「ねえねえ君達〜、サイファーが今何をしようとしてるのか分かってるの？とんでもない悪事の片棒を担ごうとしてるのよ〜？」
「それだけじゃない。スコール達のお母さんまでさらってるんだぜ〜？そんなのひどすぎるじゃないか。早く家族の元に返してやってくれよ。」
アーヴァインとセルフィの説得に風神も雷神も耳を貸す素振りはなく、断固として戦う構えを見せた。
「‥‥問答無用。我等、闘、サイファー為。無理矢理、奪。エルオーネ、リノア。」
「そうだもんよ！俺たちゃサイファー派、サイファーの為に戦うもんよ！だからその２人をよこすもんよ！」
相手に退く気はないらしい。戦うしかないと判断したゼル達は臨戦態勢に入った。
「おいおい、ちょっと待て。そこのデコボココンビ。」
親父はゼル達を制しておいて前に一歩進み出た。戦意がないことを示すため両手を上げている。
「お前、誰だもんよ？部外者は引っ込んでろだもんよ。」
「部外者だあ〜？冗談じゃねえぞ。俺はエルオーネとスコールのお父さんでレインの旦那さんだ。これ以上の関係者があるかっ。やいっ、デコボココンビ。サーファー派だかなんだか知らねえが、要するにお前らはそいつの友達なんだろ？だったらなんで友達がバカやってんのを止めないんだ。」
リノアが親父の隣に並んだ。
「よく考えてみて。今のサイファーが本当に自分の意志で行動していると思う？本当にやりたいことをやっているように見える？あなた達ならその区別がつくはずよ。」
風神と雷神の様子が少しだけ変化した。戸惑いとともに、さっきまで張りつめていた戦意にかげりが見え始めた。
「サイファーって‥‥」
キスティスは構えていた得物の鞭を下ろして呟いた。
「小さい頃からワガママで自己中心的だったけど、何者にも曲げられない心の強さを持っていたわね。」
「ホンット、傍若無人なヤツだったよ〜。でも、ちょっとうらやましくもあったな。あれだけ自分、て言うものが出せることにね。」
「人の言いなりになるのが一番嫌いだったよね〜。ゴーイングマイウェイって感じで人の言うこと全然聞かないから、ママ先生にいつも怒られてたっけ。」
「だけど、どんなに叱られても絶対に泣かなかったよな。弱みを見せたり、弱音を吐いたりってことだけは絶対にしなかった。ヤな野郎だけど、そこんとこはちょっとだけ尊敬するぜ。」
サイファーの幼なじみである４人の口から出た言葉。その言葉には確かな重みが感じられた。
風神と雷神は互いの顔を見合わせた。すでに２人には戦う意思はないように見えた。
くるりと背を向けた彼らは、何も言わずに建物の奥へと走り去って行った。
「あっ！どこ行くんだ、こらっ！あいつらを追っかけるぞ！」
親父を先頭に俺達は風神雷神の２人を追って、ルナティックパンドラ内部へと入った。
その内部はかなり変わった構造をしていた。エスタのような高度な機械技術の粋を集めて造られたような場所もあれば、長らく人の手が入ることのなかったむきだしの自然の洞窟のような場所もある。
もっとも、このルナティックパンドラが古代セントラ文明の遺物であるからには、同じセントラ文明の流れを汲むエスタと技術的な部分で似ているのは、当然といえば当然のことかもしれない。
風神と雷神の２人を追って細長い架橋を渡り終えると、いきなり開けた場所に出た。そしてその奥に、サイファーがいた。
サイファーは大人数でなだれ込んで来た俺達を見ても、驚きも警戒する様子もなかった。
「団体さんのお着きか。お客さんの相手はお前らにまかせたはずだがな、風紀委員。案外頼りないヤツらだぜ。」
サイファーは俺達の顔を順々に眺めていき、その中でエルオーネに目を止めた。
「あんたがエルオーネか。リノアと一緒に来てくれるとは探す手間が省けたな。」
「お母さんはどこ？ここにいるんでしょう？」
「ああ、いるぜ。会いたいか？」
「会わせて。お願い。」
「お願いなんてすることないわ、お姉ちゃん。」
リノアはサイファーの視線からエルオーネを守るようにその前に立った。
「サイファー、私達はレインさんを返してもらいに来たの。それに、今あなたがやっていることもやめさせる。」
「俺がやっていること？さあて、今はいろいろやってるんでな。具体的に例を挙げてもらわないと分からねえな。」
「一言で言えば魔女の騎士ごっこだ。」
俺が言うと、サイファーはきょとんとした顔になり、それから笑い出した。
「あいにくだが魔女の騎士は廃業したぜ。今の俺は若き革命家ってとこだな。」
サイファーはガンブレードを構えた。
「戦う革命家、だな。」
「やめてよ、サイファー！」
そう叫んだのは、俺達の中の誰でもなかった。サイファーのそばにいた風神だった。
「もう、やめにしようよ、サイファー。」
「風神が普通にしゃべってる‥‥」
俺の後ろにいたキスティスの驚いたような呟きが聞こえた。
「俺も‥‥やめてほしいもんよ、サイファー。」
続いて雷神が言った。
「なんだよ、お前ら。こんな時になって裏切るのか？仲間だと思ってたのによ。」
サイファーはあからさまに不機嫌な表情になった。
「そんなことしないよ。あたし達はあんたの仲間だ。例え世界中の誰もがあんたの敵になったって、あたし達はそばにいるよ。だけど‥‥本当はずっと思ってた。やめてほしいって。でも、あんたのやりたいようにやらせてあげるのが、仲間のあたし達のするべきことだと思って黙ってた。でも、やっぱり違ったよ。さっきそいつらに言われてやっと気付いた。‥‥サイファー、あんた間違ってる。今のあんたは本当のあんたじゃない。何か得体の知れないものに操られて、いいように踊らされてるだけだ。」
サイファーはガンブレードの切っ先を下げると、風神と雷神に向き直った。
「それがお前達の答えなのか？」
「答えじゃないもんよ。お願いだもんよ。俺達からサイファーへの、初めてのお願いだもんよ‥‥」
風神と雷神は訴えかけるような眼差しでサイファーを見つめていた。その目には、友人として彼を心から大事に思う気持ちが溢れている。その思いはサイファーにも伝わっているだろうか。
「‥‥俺にどうしろってんだよ。クソっ、奴らに負けを認めろとでも言うのか！？」
サイファーは一度下げたガンブレードの切っ先を、再び俺達に向かって突きつけた。
その剣先を俺は真っ向から見据えた。
「負けとか勝ちとか、重要なのはそんなことじゃない。冷静になって考えてみろ。もともとこれは、あんたの戦いじゃなかったはずだ。いつの間にか自分の意志でもないのに巻き込まれて利用されて、あんたはここにいるだけだ。」
サイファーが一瞬怯んだように見えた。痛いところを突いていたのかもしれない。
「ガーデンに帰ろうぜ、サイファー。ここはサイファーのいるところじゃないよ〜。」
「トラブルメーカーのあなたがいないと、学園の中も火が消えたようよ。」
「どうせバカやるんなら、もっとお前らしいことしろよな！」
「そうだよ〜。なんならあたし達と一緒に、未来の魔女にケンカ売るってのもアリだよ〜。」
幼い日々を共に過ごした仲間達は、懸命にサイファーを説得しようとしていた。だが、それが逆に彼を追いつめることになった。
「うるせえ！俺は‥‥俺はもう後戻りは出来ねえんだよ！このまま走り続けるしかねえんだ！ゴールまでずっとな！ここで立ち止まったら、それこそ俺は俺じゃねえ！」
半ば自暴自棄になったサイファーは、ガンブレードを片手に俺達に向かって突っ込んで来た。
やはり戦って決着をつけるしかないのか。そう思いガンブレードを構えた時、
「口で言っても分からんヤツにはこれっきゃねえな。」
親父はおもむろに取り出したボール状のものを、サイファーに向かって投げつけた。
狙い違わずサイファーの顔面に命中したそれは、砕けて白い粉状のものをまき散らした。その途端、サイファーは前のめりに倒れ、そのままピクリとも動かなくなった。
「サイファー！？」
慌てた風神と雷神が駆け寄った。心配したゼル達もサイファーの周りに集まった。
「一体何をしたんだ、親父！？」
「な〜に、スリプル玉を使っただけさ。いつも護身用に持たされてるヤツなんだけど、見事に効いたみたいだな〜。オダイン作だっていうからあんまし信用してなかったんだけどな。」
親父は一丁上がりとばかりにパンパンと手をはたいた。
念のためにキロスがサイファーの様子を確かめた。死んだように眠っているが、命に別状はないということだった。
しかしまさか、こんな子供だましの手口でサイファーを黙らせることが出来るとは思わなかった。
「眠ってるだけなのね。よかった。」
「ん〜、けど凝縮された眠り粉をまともに浴びたワケだから、少なくとも２、３日は起きねえだろうな。しかも起きたあとはすんごい頭痛に悩まされるハズだぞ。」
心配そうにサイファーをのぞき込むリノアに、親父は苦笑いして言った。
「コイツにはいろいろとうちの家族がひどい目に遭わされたし、コテンパンにやっつけるつもりでいたんだけどな。見かけによらず意外と慕われてるみたいだし、根っからの悪人だったらこんなに思ってくれる友達がいるワケないもんな。ま、今回は若木のいたりってことで、特別に正座で説教３時間で許してやるか。」
同意を求めるように、俺とエルオーネを見た。無論、俺達にも異議はなかった。
ところでまた言葉が違ってるぞと言いかけようとしたが、すでにキロスに先を越されていた。
「若気の至り、だ。それで、この子達はどうする？」
「そうだな。とりあえずラグナロクで待たせとくか。デコボココンビ君、爆睡中のサーフ君を連れて一足先に飛空艇に行っててくれな。」
「了解だもんよ。」
「承知。我等、行‥‥。分かった。そこで待つよ。」
風神達は素直に親父の指示に従った。２人共、サイファーの暴走を止めることが出来たことに、心から安心しているようだった。
「あっ、待て待て。行く前にレインの居場所教えろっ。あと、アデルもな。」
「魔女ならこの奥を進んだところにいるよ。でも、あんたの奥さんがどこにいるかはあたし達も知らないんだ。サイファーなら知ってたと思うんだけど‥‥」
問いただそうにも、サイファーはあと３日は目覚めない。
「ありゃ〜、失敗したなあ。眠らせる前に訊いとくんだったっ。」
親父はぽかっと自分の頭を殴った。
「でも多分この奥にいると思うよ。ここから先はサイファーしか入らない場所だから。」
「お、そうか。ありがとなっ。」
サイファーを運び出す風神と雷神を見送り、俺達はそこからさらに奥へと進んだ。
「エルオーネ。スコール。」
みんなと一緒に歩いていた俺とエルオーネを、親父は小声で呼び止めた。その声を聞きつけたキロスやリノア達も怪訝そうに振り返った。
「すまん、先に行っててくれ。すぐに追っかけるからさ。」
彼らを先に行かせ、親父は俺とエルオーネを呼び寄せた。
「なあに、お父さん？真面目な顔してどうしたの？」
エルオーネの言うとおり、親父の表情はやけに深刻だった。親父といえばふざけてるかとぼけてるかがほとんどなので、こんなに真剣な顔付きは滅多に見たことがない。
「この先にレインがいる。近くにいるって感じるんだ。もうすぐ会えるぞ。」
「うん。だから早く行こう。」
「ああ、分かってる。でも、いいかお前達。この先どんなことが起こっても、気だけはしっかり持ってるんだぞ。冷静に、落ち着いて、動かざること岩のごとし、だかんな。」
「岩じゃなくて山。一体どうしたっていうの？」
きっちりツッコミながらも、エルオーネは訳が分からないといった風に首を傾げた。
「いや、だからつまりな、心の準備だけはしっかりしとけって言いたかったんだ。いざって時に慌てふためかなくても済むようにな。」
俺とエルオーネは顔を見合わせた。いつになく真剣な表情で話す親父を見ていると、どうしようもなく不安な気分にさせられた。
「母さんの身に何か起きたってことか？まさか‥‥死‥‥」
「ぐおっ！？まさかーっ！そんなことがあってたまるか！ぜーったい！そんなことはない！縁起でもないこと言うな、スコール！」
親父は涙目になって怒鳴った。
「親父が訳の分からないことを言うからだろ。」
「あ‥‥あははは、わりい。不安がらせちまったか。心配するな。レインは生きてる。それは間違いない。レインが死んだら俺の心の半分も死ぬ。だから、絶対に無事でいる。」
親父は俺達を安心させるように笑った。
「ただな‥‥」
「ただ？」
「‥‥そうだよな。俺の思い過ごしかもしれないしな。大体、俺のカンなんてさーっぱり当たらないんで有名だし。うんうん、そうだそうだ。それに例えそうだったとしても大丈夫。お父さんがなんとかするっ。お前達はどーんと豪華客船にでも乗った気でいろよな。」
親父は１人で勝手に納得すると、すたすたと歩き出した。俺とエルオーネは訝しさを捨て切れないままあとを追いかけた。
親父がこの時何を考えていたのか、それはそのあとすぐに分かった。
２２．ルナティックパンドラの魔女
通路の奥からキロスの呼ぶ声がした。
「ラグナ君！来てくれ！」
俺達は同時に駆け出した。
キロス達はそこから先へと進んだ最も奥まった部屋にいた。その部屋の中央で、何かを取り囲むようにして集まっている。
「どうした？レインがいたのか！？」
「いや‥‥とにかく見てくれ。」
キロスが場所をあけ、親父はそれをのぞき込んだ。俺とエルオーネは親父の後ろからみんなが見ていたものを見た。
「‥‥アデル。」
親父は抑揚のない声で呟いた。
アデル。悪名高いエスタの魔女。あの忌まわしい魔女戦争を引き起こした張本人。
俺はアデルの姿を直接見たことはない。ルナサイドベースの監視モニターに映し出されたアデルセメタリーの中のアデルは、その姿をはっきりと見ることは出来なかったし、宇宙へ出てアデルセメタリーに近付くなんてことはもちろん許されなかった。
しかし、ルナゲートから程近い場所にある魔女記念館には、エスタで権力を振るっていた当時のアデルの写真や映像が展示してあり、それを見て彼女の容姿は知っていた。
だから、今目の前の床に倒れている人物がアデル本人であることは俺も、そしてエルオーネにもすぐに分かった。間違いなく、魔女アデルだった。
アデルは女にしては逞しい体つきをした魔女で、身長も俺を越すのではないかというほど大柄だった。しかし、今のアデルは見る影もなくやせ衰え、体も一回り以上小さくなっているように見えた。
「我々が発見した時には、もう息はなかった。」
すでにその生死を確かめていたキロスは、俺達が訊く前に答えた。
親父はアデルの傍らに屈み込み、自分の目でそれを確認した。頷いて立ち上がった時、その横顔には弔意ともとれる表情がのぞいていた。
「‥‥１７年間の長い付き合いだったな、アデル。俺とオダインに復讐出来なかったのはさぞかし悔しいだろうが、今は安らかに眠れよな。」
親父は短く黙祷を捧げ、その場から離れた。
「魔女アデルが死んだってことは‥‥一体どうなるんだ？」
「こんなことになるなんて予想もしていなかったわ。」
ゼルとキスティスは困惑気に顔を見合わせた。
「思いっきり肩すかしな気分だね〜。全身に入ってた気合いの力が抜けちゃってドッと疲れた〜。」
セルフィはコキコキと肩を回した。
「でもさ、なんか変じゃないか？どうしてアデルはいきなり死んじゃったわけ？アデルセメタリーの封印が解けて、これから復活しようとしてたんだろ〜？」
アーヴァインは腕を組み合わせ、しきりに首をひねっている。
「ねえ、スコール、あれ‥‥」
リノアは壁を指さした。その壁には巨大なオブジェが半ば溶け込むようにして埋め込まれていた。どこかで見たことのある形だと思ったが、それはアデルセメタリーの一部だった。
親父はアデルセメタリーに近付き、それを間近から見上げた。
「アデルはこの中にいた。それが今はそこの床の上に倒れている。」
親父の言葉の意図が分からず、俺は疑問符付きの視線を送った。
「多分、アデルは一度覚醒したんだ。そして、アデルセメタリーから出た。だけど、そのあとすぐに死んだ。‥‥魔女が死んでも、魔女の力はなくならない。その力は、必ず他の誰かに受け継がれる。」
「我々がアデルを生かしておいたのは、そのためだったからな。新たな魔女を生み出さないために。」
キロスは頷いて言った。
「でも、アデルは死んでしまった。彼女の魔女としての力は‥‥」
リノアは言いかけて俺を見た。言葉の続きをとても口に出せない、そんな風に見えた。
――足音がした。部屋の奥の暗がりから、一人の人物が現れた。
ゆっくりと、その人物は俺達の前に姿を現した。
「アデルは強い魔女だった。しかし、長きに渡る封印で、その身は衰えていた。もう、魔女としての力を行使する体力は残っていなかった。」
その声も、その姿も変わってはいない。あの日の朝、俺とエルオーネを送り出してくれた時のまま。
「アデルは自ら命を断ち、魔女としての力を次なる者へと手渡した。魔女は甦る。例え封印されようと、その力は不滅だ。魔女は死なない。姿を変えるだけだ。」
だが、その声には優しさのかけらも含まれてはいない。いつも愛情あふれる眼差しで見つめてくれたその目には、今は冷たい闇が広がるだけ。
「なぜなら、魔女は永遠なのだから。」
母は、笑った。
「ようこそ、お前達の死に場所へ。」