少し間を置いて、ゼルとアーヴァインも部屋にやって来た。
「俺達、ママ先生からいろいろな話を聞いてきたんだ。スコールも聞いてくれよ。」
優しい魔女だったママ先生ことイデアが、恐ろしい魔女の支配者イデアに変わった原因。そのすべては、未来の世界に存在するアルティミシアという魔女によるものだった。イデアはアルティミシアに体と心を乗っ取られ、彼女の意のままに操られていたらしい。
「でも、もう大丈夫だぜ。ママ先生はアルティミシアの呪縛から解放された。二度と恐怖の魔女になることはないんだ。」
「僕達との戦いが終わったあと、ママ先生は魔女の力を失ってしまったんだよ。アルティミシアの支配から逃れられたのは、そのおかげでもあるんだけどね〜。」
「魔女の力をなくした‥‥？」
気になる話だった。魔女の力は消えたりしない。魔女が魔女でなくなった時、その力は他の誰かに必ず受け継がれると聞いたことがある。イデアが魔女でなくなったのなら、どこかで新たな魔女が誕生したということだ。
「‥‥」
「スコール、どうかした〜？」
リノアの顔をジッと見つめていた俺を、横からセルフィが覗き込んだ。
「なんでもない。続きを話してくれ。」
「うん。ママ先生の話によるとね、お姉ちゃんを探していたのもアルティミシアだったんだって〜。でも、アルティミシアの最終目的はジカンアッシュク。」
「なんだって？」
「時間圧縮。時の流れを一つに凝縮する魔法らしいわ。詳しいことはママ先生にも分からないらしいの。もちろん、私達にもさっぱり見当がつかないわね。」
キスティスは肩をすくめた。
「そしてママ先生はこうも言ってたわ。魔女の力を失ってしまった自分は、もうアルティミシアの駒になり得ない。だからアルティミシアは、新しい手駒を探すだろうって。」
「その筆頭として挙げられるのが、あの悪名高いエスタの魔女アデルだぜ。今は行方不明だって話だけど、別に死んだ訳じゃねえみたいだし、今度はアデルを使ってアルティミシアがまた何かやらかすかもしれないって、ママ先生は心配してるんだ。」
「その心配なら必要ない。アデルのことは気にしなくていい。」
「なんでそんな風に断言出来るの〜？」
「本当に大丈夫なんだ。俺を信じてくれ。」
腑に落ちない様子の彼らだったが、それ以上は何も言わなかった。
「ママ先生のことはともかくこれで一安心だけど、今度はリノアがこんなことになってしまうなんてね‥‥」
「どうにかなんねえのかよ。なんか手を打たないとよ。」
「リノアをこのままにしてはおけないもんね〜。」
「そうは言ってもさ、原因も分からないんじゃ手の打ちようがないよ〜。」
リノアの枕元で、ゼル達はああでもないこうでもないと話し合っている。しかし、具体的な解決策は何一つ出て来ない。
俺は椅子に深く身を埋めた。知らず知らずのうちに大きなため息が出る。ひどく心細い気がした。無性にウィンヒルの花風景が見たかった。
‥‥こんな時に何をホームシックになってるんだ、俺は。リノアが大変だというのに、椅子に座り込んでため息をついてるだけなのか？
身を起こして座り直す。その時胸元で、カチャカチャと金属が触れ合う小さな音がした。
細いチェーンネックレスに下げられた認識票。親父が現役の軍人時代、いつも身に付けていたものだ。何年か前に古い道具箱の中から偶然見つけ出し、それを俺にくれた。
「お父さんはあの頃のピンチをすべて運とガッツで乗り切った。この薄っぺらい金属のプレートにはその時のパワーがしみ込んでる。最高のお守りだぞ。」
親父は笑いながらこれを俺の首にかけた。
しかしそのあと、「スコールばっかりズルイっ。」と大袈裟にすねて見せたエルオーネに、親父はデリングシティまで出かけて流行りのショールを買ってやるハメになったというおまけ付きだった。
俺は認識票を握りしめた。ここで座り込んでいても、話し合っていても、ため息をついていても、リノアにはなんの変化も起こりはしない。
俺はチェーンネックレスをはずし、リノアの首につけた。必ず、あんたを助ける。例えその結果、何が起ころうとも。
「リノアをエルオーネのところへ連れて行こうと思う。」
みんなはポカンとして俺を見た。
「どういうこと〜？‥‥あっ。」
「そうか〜！」
「分かったぜ！」
「お姉ちゃんのあの力ね！」
何度となく体験してきたエルオーネの力で、あの時リノアの身に起こったことを確かめることが出来る。そしてうまくすれば、それを未然に防ぐことも可能なはずだ。
「そうと決まれば行こうぜ、お姉ちゃんのところへ！」
「善は急げだわ。行きましょう！」
「待てよ。あんた達まで一緒に行くつもりなのか？」
そう言った途端、一斉に非難めいた視線が俺に集中した。みんな恐いくらいの表情で睨んでいる。
「‥‥スコール、僕達をなんだと思ってるんだい？」
「友達が大変なことになってるのに、それを放り出すとでも思ってるの〜？」
「見損なうなよな！リノアは大切な仲間なんだぜ！」
「私達、みんなリノアのことが好きなのよ。彼女を助けたいと心から思ってるわ。」
クールでそっけなくて、人を寄せ付けないから誤解されやすい。人一倍他人のことを気遣っているのに、それを素直に表に出すことが出来ない。寂しがりやで誰かにそばにいて欲しいと思っていても、そんなことはないと強がって見せてしまう。強情で、どこかおっちょこちょいで、負けん気が強くて‥‥。
「リノアのそういうところ、みんなとっくに分かってるよ。スコールの方こそ気付くの遅すぎなんじゃない〜？」
彼らは笑っていた。俺は苦笑するしかなかった。
そして、嬉しかった。リノアのことをみんなが理解してくれていた。そのことが嬉しくてたまらなかった。なぜこんな気持ちになるのか、自分でも不思議だった。
「そんじゃ、とっとと行こうぜ！出発出発ーっ！」
「おいおいゼル〜、行き先も聞かないでどこに出発するつもりなんだい〜？」
ドアに向かって走り出したゼルを、アーヴァインが襟首をつかまえて引き留めた。セルフィとキスティスはそれを見て笑っている。
「ホント、慌て者〜。で、お姉ちゃん今どこにいるの？バラム？トラビア〜？」
「案外、灯台もと暗しでガルバディア国内のどこかじゃないかしら？」
「エスタだ。今エルオーネはエスタにいる。」
俺は寝ているリノアを抱き起こし、そのまま背中に背負った。さあ行こうとみんなを振り返った時、彼らの目は文字通り点になっていた。
「エスタぁーっ！？」
同時に叫ぶ。予想以上の反響に俺の方が驚かされた。そんなにビックリすること‥‥か、やっぱりな。
「本当かよ。お姉ちゃんがなんでそんなとこに‥‥。そもそもエスタっていやあ、１７年前に魔女戦争を一方的に終結させて以来、諸外国との国交を絶って沈黙を守ってるところだろ？そんな国にどうやって入るって言うんだよ？」
ゼルの言葉に他の全員が同感のようだった。
「方法はある。」
俺は確信を持って言った。その時俺の脳裏には、あの長い長い橋の光景が鮮やかに映っていた。
俺達は眠れるリノアと共にホライズンブリッジへ向かった。まっすぐに伸びた線路の上を、エスタに向かって歩く。
今俺は、昔親父が辿った道を歩いている。方向は逆だが、この突き動かされるような思いは同じなのかもしれない。
俺が産まれる時、親父がホライズンブリッジを渡って帰って来たことは、母やキロスから聞かされて知っていた。彼らが家に着いたのは、産声が上がるのとほぼ同時だったそうだ。
親父が産まれたばかりの俺を腕に抱き、そのまま眠り込んでしまったという話は今や我が家の語り草だ。
「しかし、これってけっこう大変な道のりだよな。お姉ちゃん達もやっぱりこの橋を歩いてエスタに行ったのか？」
ゼルに訊かれて、俺は曖昧に肩をすくめた。もちろんエスタに入る正式なルートはある。だが、いつもエスタから迎えが来て連れて行ってもらうばかりだったため、自力でエスタに行くとなると、親父が昔取ったこの方法しか思いつかなかったのだ。
「でも、なんかいいよな。こういうのってさ〜。」
アーヴァインがにこにこと笑いながら言う。
「うんうん〜。あたしもそう思う〜。」
セルフィがやはり笑顔でそれに頷く。ヴィジョンで見たキロス達と同じような会話を交わしている。
何がだ？という意味の視線を向けると、２人はますます楽しそうに笑い合った。さっぱり訳が分からない。
橋の半分ほど来た辺りで、俺は来た道を振り返った。一刻も早くエスタに行きたいという思いは相変わらずだが、本当にこれでよかったのかという思いもまたあった。
「どうしたの、スコール？」
俺の挙動不審に気付いたキスティスが声をかけてきた。
正直俺は、母の行方が分からないまま勢いでここまで来てしまったことを少し後悔していた。今、こうしている間にも、母にどんな危険が及んでいるかもしれないというのに。
「親不孝者だな‥‥」
「‥‥今は出来ることを一つ一つやるしかないわ。大丈夫。きっと何もかもうまく行くわよ。」
「そうだぜ。くよくよしてたって始まらねえだろ。きっとおふくろさんは無事だ。心配すんなって。」
キスティスとゼルが揃って俺に励ましの言葉をかける。なぜ考えていることが分かったのかという驚きと、今までに感じたことのない嬉しさがこみ上げてきた。
――友達ってのは宝物と一緒なんだ。だから、人との出会いを大切にしろよ、スコール。
ああ、本当にその通りだよ、親父。
１３．エスタ入国
俺達はホライズンブリッジを渡り切った。だが、それだけではまだエスタには入れない。
「どこにあるんだい、エスタって国？辺りを見て来たけど、国どころか人の住んでそうな町も村も見えないぜ〜？」
「殺風景な岩山と荒野が広がってるだけだったけど〜？」
先行していたアーヴァインとセルフィの２人は戻って来た途端そう口を揃え、同じように首を傾げた。
「東の方角に塩の湖がなかったか？そこへ行こう。」
俺は仲間達を促して、大塩湖と呼ばれる塩の結晶で出来た湖へと入った。
「こんなところに何があるの〜？」
セルフィの問いかけを無視して、ひたすら奥を目指す。そして、このくらいかという見当を付けた辺りで立ち止まった。すぐそばに、巨大なモンスターの化石がある。間違いない。ここだ。
前方の何もない空間に手を伸ばす。何かに触れた。目には見えないその壁を上下左右に手探る。端から見れば、壁のパントマイムでもやっているように見えるだろう。
やがて、スイッチと思われる突起物を探し当てた。迷わずそれを押す。するとすぐ横の空間が、まるで切り取られたようにサッとなくなり、変わって通路の入り口が現れた。
「うわっ！なんだよこりゃ！？」
「すご〜いっ。どういう仕掛け〜？」
ゼルとセルフィが驚きの声を上げた。キスティスとアーヴァインも目を丸くしている。
「この通路を抜ければエスタはもうすぐだ。行こう。」
俺達はぽっかりと空いた薄暗い通路の中へと足を踏み入れた。
「何もないと思っていた風景の中に、エスタは隠されていたのね。誰も辿り着けないはずだわ。」
キスティスが驚嘆したように言った。
「これってまさに秘密の隠し通路だよな〜。でもスコール、なんでこんな場所知ってるんだい？」
長い通路を歩く間、アーヴァインがもっともな疑問を口にした。みんながそう思っていることだろう。黙っていてもすぐ分かることだし、そろそろ事情を打ち明けた方がいいのかもしれない。
俺は立ち止まり、彼らに向き直った。
「実は‥‥」
「そこの侵入者達！動くな！」
目の前にわらわらとエスタ兵が現れた。もう俺達の侵入に気付いたらしい。さすがに早い。
「早速のお出迎えかよ！」
ゼルは素早くファイティングポーズを取った。他のみんなも各々の武器を構える。それに呼応して、エスタ兵達も臨戦態勢に入る。
「みんな待て！抵抗するな。」
一触即発の両者の間に、俺は割って入った。
「聞いてくれ。俺達は怪しい者じゃない。俺の名前はスコール・レウァール。頼みがある。大統領補佐官のキロス・シーゲルか、ウォード・ザバックに伝えてくれ。スコールが来ていると。」
エスタ兵達がざわめいた。その中の指揮官らしい兵士が前に進み出た。
「レウァール？‥‥よし、いいだろう。至急大統領官邸と連絡を取ってみる。だが確認が済むまで、武器はこちらで預からせてもらう。」
武器を取り上げられる間、不安げな表情をしている仲間達に、大丈夫だという意味を込めて頷いて見せた。
しばらくして戻って来た指揮官は、俺の前に立つと直立不動で敬礼した。
「あなた方を大統領官邸まで送り届けるようにとの命令を受けました。先程は失礼いたしました。ようこそ、エスタへ。歓迎いたします。」
彼の口調が１８０度変わったことに、ゼル達はぽかんと口を開いている。俺は面映ゆくて仕方なかった。
状況がいまだに掴めないゼル達は、しきりに事情を問いただそうとしていたが、エスタ市街に入った途端、周りの景色に目を奪われ黙り込んだ。
エスタは他国とは比較にならない程、科学技術が発達した都市だ。その景観もガルバディアやバラムのそれとはまるで違う。
遥か彼方まで立ち並ぶ高層建築物。都市を縦横無尽に走る透明色のパイプロード。その中を滑るように移動するプレートリフター。何度かこの都市を訪れている俺でさえ、この景色にはいつも圧倒される。
街の中心部にある大統領官邸に着いた俺達は、大統領執務室へ通されそこでしばらく待つようにと指示された。俺は長椅子にリノアを寝かせた。
「見て見て。こんな物が置いてあるよ〜。」
部屋の中を物珍しげに見回っていたセルフィが、とんでもない物を見つけた。ゼルが隣に立ってそれを覗き込む。
「なんだこりゃ？ティンバーマニアックスじゃねえか。」
「エスタの、それも大統領官邸にティンマニだって。ヘンなの〜。」
「国交を絶ってるくせに、他国の雑誌は輸入してんのか？おかしな国だな、エスタってよ。」
俺は内心ハラハラした気持ちで２人のやり取りを見ていた。頼むからその雑誌の話題から離れてくれ‥‥。
ところがアーヴァインまでが、ティンマニの話題に首を突っ込んだ。
「そういえば、スコールの家ってティンマニがいっぱいあったよね〜。もしかして定期購読してるのかい？」
「‥‥」
「どうしたの、スコール？なんだかしかめっ面してるわよ？」
キスティスが不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。俺は大きくため息をつきながら片手で顔を覆った。
数分後、部屋の扉が開いて色黒の男が入って来た。キロスだった。
「スコール、よくここまで来れたな。こちらから迎えを出そうと思っていたところだったのだが、知らせを聞いた時には驚いたよ。大塩湖の秘密通路を通って来たそうじゃないか。まるであの時のコースを逆に行くみたい――」
「キロス！エルオーネはどこにいる？今すぐ会いたいんだ！」
キロスと顔を合わせるなり、挨拶をすっ飛ばして訊いた。キロスはきょとんとして俺の顔を見返した。
「その額の傷はどうしたんだ？スカーフェイスだなんて、まるでウォード２号だな。」
キロスまでエルオーネと同じようなことを言っている。
「そんなことは今はどうでもいいんだ！」
「分かったよ。まあ落ち着け。一体どうしたと言うんだ、血相を変えて。そうだ、レインは？まだ行方が分からないのか？」
「それが‥‥」
「すみません、キロスさん。私達、レインさんを見つけ出すことが出来なかったんです。」
「ホントにごめんなさい。あたし達にまかせてって胸叩いて見せたのに‥‥」
「僕らの力が及ばず申し訳ありません。」
キスティス、セルフィ、アーヴァインはそれぞれに謝罪の言葉を口にした。
「そうか‥‥。いや、あの状況では仕方がないだろう。君達のせいじゃない。それに、君達が無事だったことだけでもよかった。」
キロスはキスティスの肩をポンと叩いた。
「それで、エルオーネに会いたいとはどういうことなんだ？」
俺はリノアのことを話した。興味深げに聞いていたキロスが眉をひそめた。
「話は分かったが、エルオーネは今ここにはいないぞ。」
「一緒にエスタに来たんじゃなかったのか？」
「来たことは来たが、すぐに上に上がってしまったんだ。」
「上？ルナサイドベースか！？どうして！？」
「大統領が上に行っている。例の点検だよ。エルオーネはそれを追いかけて行ったんだ。」
「アデルセメタリーか。よりによってこんな時に！クソっ！」
俺は怒りの持って行き場がないまま、ウロウロと歩き回った。仲間達と目が合うと、彼らは物問いたげな表情でこっちをジッと見ていた。
「‥‥あのさ、そろそろ事情を説明してくんねえかな？」
「エスタに入ってからというもの、僕達何がなんだかちんぷんかんぷんなんだよね〜。」
「スコールがエスタに入る隠し通路のことを知ってたのも驚いたし、そのあと連れて来られた場所がこの大統領官邸でしょ〜。おまけにキロスさんがエスタの大統領補佐官だったなんてね〜。」
「私達、すっかり話のカヤの外にいるみたいだわ。」
いい加減不満も限界らしく、口々に言った。
「スコール、ひょっとして彼らに何も話していないのか？」
キロスは呆れ顔で俺を見た。必要がなければずっと黙っていたいくらいだ、とはさすがに言えない。
やれやれしょうがないなという苦笑いを見せて、キロスはゼル達の方を向いた。
「なに、話は簡単だ。彼の父親がエスタ大統領だというだけのことだよ。これで納得しただろう？」
キロスは説明は極めて簡潔だった。俺はみんなの様子を伺った。奇妙な沈黙の時間が過ぎた。
そして、
「えええええええぇ〜っ！！」
と、絶叫の声。思った通りのリアクションだが、驚くのが当然だ。俺だってこれが自分のことじゃなかったら、とても信じられないだろう。
矢継ぎ早の質問が飛び出すだろうと思っていると、入り口のドアがバンッと開いてそれを妨げた。
「こりゃラグナーっ！今度という今度は頭に来たでおじゃるー！どういうことか説明しろでおじゃるー！」
独特のしゃべり方で怒鳴り込んで来たのは、あのオダインだった。
「大統領なら不在だ、オダイン博士。何をそう興奮している？」
「オダインが興奮するのは当たり前でおじゃる！あのスカタン大統領め、オダ研の予算増額請求をまたもや蹴ったでおじゃる！ゆるせんでおじゃるー！どこに隠れたでおじゃ‥‥ん？」
キロスに食ってかかっていたオダインは、長椅子に寝かされているリノアに気付いた。息がかかる程に近付き、ジロジロと無遠慮に眺め回す。
「ふむ〜、なんとも不思議な女の子でおじゃるな。この感じはまるで‥‥」
「リノアから離れろ！」
俺はオダインの肩をつかんで引き離した。
「こりゃ！邪魔するなでおじゃ‥‥んんっ？」
今度は俺の顔を凝視した。負けじと俺も相手を睨み返す。
「‥‥おじゃじゃっ！どっかで見た顔だと思えば、お前はラグナのとこのバカ息子でおじゃるな！しばらく見ないうちに図体でかくなりおって！何しに来たでおじゃる！」
「そんなことはあんたに関係ないだろう。用がないならさっさと出て行け。」
「相変わらず小生意気なガキでおじゃる。さてはまた、オダインに罠を仕掛けようとしているでおじゃるな？そんなことしても無駄でおじゃる！オダインは同じ手には二度と引っかからないでおじゃる！」
スタスタと出口に向かったオダインは、ドアを出る間際に振り返り、俺に向かってビシッと人差し指を突きつけた。
「来るなら来きてみろでおじゃる！オダインは受けて立つでおじゃるぞ！」
捨て台詞を残して部屋から出ていった。
「なんだ、あのじーさん？散々わめき散らして一体何しに来たんだ？」
ゼルは開けっ放しになったドアを見ながら呆気にとられて言った。
「あれが魔法研究の第一人者として有名なオダイン博士だよ。優秀な科学者なのだが、人格的にちょっとアレでね。」
キロスは肩をすくめた。ちょっとアレ、の程度で済むレベルじゃないぞ、あのジジイは。
「おじゃるの博士さんが言ってた罠ってなんのこと〜？」
セルフィが訊いた。その意味について理解しているキロスは、ニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
「ああ、Ｊ・Ｏ・Ｂ事件のことだよ。エスタの人間なら知らない者はないという――」
「今はそんな昔話をしてる場合じゃない、キロス！早くルナサイドベースへ行く手配をしてくれ！」
「君も上がるつもりなのか？」
俺は頷いた。当然だ。２人が上から降りて来るのを、悠長に待ってなんかいられない。