オペレーションルームに集まったクラウド達は、これまでの状況を整理した。ユフィは医務室で眠ったままで、ケット・シーとはまだ連絡がとれていなかった。
「実際問題メテオがぶつかるまで、あとどれくらいの猶予があるんだ?」
 バレットは訊いた。誰もが深刻な顔をしているが、その質問の答えを知っている者はいない。
「はっきりどれくらいとは言えないけど、メテオがある一定の距離を越えたら、この星にぶつかるまでの時間はあっという間だろうってじっちゃんが言ってたよ。星の引力がメテオの落下速度をさらに速めるんだって。」
「つまり、もうグズグズしている暇はないということね。」
 レッドXIIIとティファは顔を見合わせて頷き合った。
「よし!そうとなりゃ今すぐセフィロスのところに乗り込もうぜ!奴をブッ倒してメテオを止めて、星を救うんだ!」
「ストーップ、そう熱くなるない大男。」
 勢いよく立ち上がったバレットの服のすそを、シドが引っ張って再び椅子に座らせた。
「今ハイウインドは、神羅兵どもと一戦やり合った時に受けた傷を修理中なんでい。」
 どうりで飛空艇は、いつまで経っても離陸しないはずだった。
「北の大空洞に乗り込むってんだろ?向こうじゃ何が起こるか分からねえんだ。万全の整備で行かねえとな。」
「修理にはどれくらいの時間がかかるんだ?」
 クラウドに問われ、シドはタバコに火を点ける間の時間考え込んだ。
「突貫工事で修理しても、今夜いっぱいはかかるだろな。」
「ほな出発は、明朝一番ちゅうことになりますな〜。」
 オペレーションルームの扉が開き、見慣れた白い巨体が入ってきた。
「やあやあ、皆さんお揃いですな。会議に遅れてすんまへん。」
 デブモーグリの頭上の定位置で、ケット・シーは普段どおりの陽気な笑顔を浮かべてぺこりと頭を下げた。
「無事だったんだな、ケット・シー。」
 クラウド達は喜びをもってケット・シーを迎えた。
「ご心配かけてえろうすんまへん。あれから神羅兵に取り押さえられて、独房に放り込まれてたんです。狭いし臭いしえらい目に遭いましたんやけど、ボクの部下達が助け出してくれました。実はボク、こう見えても割と人望あるんでっせ〜。」
 ケット・シーはくるくるとメガホンを回しながら、どことなく自慢気に言った。
「神羅の方はどんな様子なんだ?ルーファウス達がいなくなって混乱してるだろう。」
「そらもう社内は上を下への大騒ぎですわ。社長だけでなく最高幹部5人のうちの3人までが逝てもうたんですからなあ。残ったのはボクとパルマーだけやけど、あのアホは責任放り出してとっとと雲隠れしてしまいましたんや。それで当然みんなボクを頼りにする訳やけど、ボクにはまだやるべきことが残ってますからなあ。事後処理と最低限の指示だけして、あとはまかせて来ましたわ。神羅やミッドガルの街のことを考えるのは、星を救ってからの話ですわ。」
「そうか。とにかく戻ってきてくれて嬉しいよ、ケット・シー。」
 ケット・シーは照れくさそうに頭をかいた。
「すまなかったな、ケット・シー。お前の体をシスター・レイに置いてきちまってよ。戻ってくるの大変だったろ。」
 バレットが言うと、ケット・シーは腰に手を当てて大仰にしかめっ面を作って見せた。
「ホンマですよ〜。ヒトを粗大ゴミ扱いして、あんな場所に置いてけぼりやなんてカンベンしてほしいですわ。あそこからてくてく歩いて来るんも面倒やったから、3号機に乗り換えてしまいましたで。」
「結局置いてきたのかよっ。」
「はい、おニューの機体になりました。以後よろしゅうに〜。」
 恭しく礼をするケット・シーを見て、部屋の中に笑いが広がった。
「ケット・シーも戻ってこれで全員揃ったな。ユフィはまだ動けないようだけど――」
「ジャーン!スーパーウルトラグレートゴージャスマテリアハンターユフィ、ただいま復活!」
 オペレーションルームに飛び込んで来たユフィは、そのままジャンプしてテーブルの上に飛び乗った。
「ユフィ、もう起きて大丈夫なのか?」
 目を丸くするクラウドに、ユフィはVサインを突きつけた。
「ったり前でしょ〜。このアタシがいつまでもベッドの中でへばってるワケないじゃん!」
「ふーん。で、乗り物酔いのときは?」
「うっさい、レッド。」
 ツッコミを入れたレッドXIIIの背後に飛び降りたユフィは、ぺーんっとその後頭部をはたいた。
「これでホントにみんなが揃ったね。」
 嬉しそうに言うエアリスと気持ちを同じくして、クラウドは揃った仲間達の顔を見回した。
「明日の朝、ハイウインドの修理が済み次第北の大空洞へ出発しよう。それでいいな?」
 クラウドの言葉に全員が頷いた。
 陽が沈み辺りが暗くなり始めた頃、突然レッドXIIIが焚き火をすると言い出した。
「なんで焚き火なのさ。ヤキイモでも焼こうっての?」
「さっき夕食食べたばかりなのにもう食べ物の話かい。ユフィ、食い意地張りすぎじゃないの。」
「まあまあ。事情はよく分からないけど、レッドXIIIがそうしたいのなら手伝うよ。」
 今にも取っ組み合いを始めそうな二人の間に入り、エアリスは笑って言った。
 飛空艇のそばに陣取った3人は、枯草や飛空艇の修理で出たガラクタなどを寄せ集め、小さな火を熾した。焚き火の準備をする間、他の仲間達も何事かと周りに集まって来た。
「コスモキャンドルとはいかないけど、今日はこれで我慢するしかないか。」
「どうしてコスモキャンドルなんだ?」
 クラウドが尋ねると、レッドXIIIは少し誇らしげに胸を張った。
「オイラ達戦士の一族は、大きな戦いの前には必ずコスモキャンドルの前で夜を明かすんだよ。戦いの勝利を祈り、そしてどんな状況に陥っても怖れず、諦めず、勇気をもって立ち向かうことを炎に誓うんだ。」
「そんなしきたりがあったのか。知らなかったよ。」
「これはその形ばかりの真似事だけどね。オイラ、どうしてもやっておきたかったんだ。」
「お、なんでいなんでい。みんなしてヤキイモ大会かあ?」
「って、シドまでユフィみたいなこと言うっ。」
 遅れてやって来たシドを、レッドXIIIは恨めしそうに睨んだ。
「んん?なんの話でい?おめえら、こんなところで何やってんだ?」
「あんたこそ、こんなところで油売ってていいのかよ。飛空艇の修理の方は大丈夫なのか?」
 バレットが言うと、シドは複雑な表情をしてこりこりとアゴをかいた。
「それがよ、クルーどもに『艇長は明日の大事な戦いが控えてるんだからさっさと休んで下さい!』って言われて追っ払われちまったんでい。」
「みんな、シドに負担をかけまいとがんばってくれてるんだよ。いい人達だね。」
「お、おう。まあなっ。」
 エアリスの言葉に、シドは自分が誉められたかのように照れた。
 結局、全員が焚き火を囲んで集まる形になった。
「いい夜ね‥‥。静かで、平和で‥‥」
 ティファは膝を抱きかかえ、揺らめく炎に見入った。
「静かでいい夜だけど、平和かどうかは微妙だなあ。」
 丸くなって寝そべったレッドXIIIは、目線だけをちらりと空に向けた。
「確かに上を見りゃ目障りなもんが浮かんでやがるが、下が静かなのはいいこったい。」
 シドはうーんと伸びをして、ごろんと寝っ転がった。
「実際には下界も静かとはいきまへんけどな。神羅が崩壊して、世間はてんやわんやですからなあ。」
 ケット・シーは小冊子のページを破りとっては丸め、炎の中に投げ込んでいた。傍らには同じような小冊子が積まれている。その正体は、飛空艇に保管されていた神羅関係のマニュアル本だった。今となってはすべて無用の物である。
「まあ、それだって時間が経てば収まってくるだろうよ。その世間を騒がせていたのは、いつも神羅だった訳だからな。」
 バレットもケット・シーと同じように、ページ破りをして焚き火にくべていた。
「しかし、不思議なものだな。神羅から追われる身であった我々が、神羅の膝元であるミッドガルの目と鼻の先で、こうして地面に座って火を囲み、話をしているとは。」
 岩に腰掛けたヴィンセントは、銃の手入れをしながらミッドガルの街の灯りに目を向けた。
「やっぱりティファの言うとおり、平和になったってことじゃないの?一部の地域においては、だけどさ〜。」
 ユフィはさっきから何度となくアルテマを取り出しては焚き火の炎にかざし、眺めていた。
「俺も‥‥今、なんだかとても不思議な気分がしてるよ。」
 炎を見つめながら、クラウドは独白するような口調で言った。
「エアリス達と一緒にミッドガルを脱出した頃の俺は、セフィロスに操られた人形だった。やがて自分を見失い、一度は死んだも同然になった。けれど、こうして再びミッドガルに戻ってきた。今度は本当の自分、クラウド・ストライフとして。全部、みんなのおかげだ。」
「いきなりどうしたってんだよ。そのことについての礼ならもう聞いてるぜ。しんみりしてるんじゃねえよ。」
 茶化す風のバレットに、クラウドは苦笑した。
「どうしても言っておきたかったんだ。‥‥みんな、ありがとう。そして、無事でいてくれて本当によかった。今回のことだけじゃなく、これまでもいろんなたくさんの危険な目に遭ってきた。身近に死を感じることだって何度もあった。だけど、こうして誰一人欠けることなくここにいる。俺は、本当に――」
「はーい、ストップっ。な〜にシメに入っちゃってるのかな、クラウドっ。」
 最後まで言わせず、エアリスはクラウドの口に人差し指を押し当てた。
「決戦前夜だからって改まる必要はないんだよ。それともまさか、みんな揃って過ごせるのはこれで最後、なんて思ってるんじゃないよね。」
「いや、そういう訳じゃないけど‥‥」
「だったら、昔を振り返ってのスピーチはナシ。みんなへの感謝の言葉も今はナシ。私達にはまだやらなきゃいけないことがある。でも、それをやり遂げたからといって終わりがくる訳じゃない。むしろ、終わった時が始まりなんだと思うよ。」
「エアリスさんがええこと言わはったっ。ホンマにそうですわ。終わった時からまた始まるんや。」
 ケット・シーは握ったメガホンと手を打ち合わせて拍手した。
「ケット・シーは何を始めるつもりなの?」
 エアリスが尋ねると、ケット・シーは少し考える風を見せたあとミッドガルの方を向いた。
「全部のカタが付いたら、ボクはミッドガルのすべての魔晄炉を停止させるつもりです。魔晄の力がなくなれば、ミッドガルは街としての機能を失います。そういう街ですから。だからボクは、ミッドガルとは別の新しい街を創ろう思うてるんです。そして今度こそ、星にも人にも優しい街を創ってみせます。もちろん、そうカンタンなこっちゃないでしょうけど、志しは高く持つのがボクの信条ですからなあ。」
「お前なら絶対出来るぜ。がんばれよ!」
 バレットはケット・シーの背を叩いて励ました。
「おおきに。バレットさんはどないするんです?」
「俺か?俺はマリンとコレルの街に戻るつもりだ。コレルの復興を手伝って、それからもう一度、コレル炭坑を復活させるぜ。魔晄エネルギーを使わなくなるなら、また炭坑が必要とされるかもしれないからな。」
「そりゃいい考えだな。大男、おめえもたまには冴えてるじゃねえか。」
 シドはタバコの煙をふかしながらニヤリと笑った。
「たまには、は余計だっ。そういうあんたはこのあとどうするんだよ。」
「バッカ野郎、決まってんだろーが。俺様はもう一度宇宙へ行くぜ!そして今度は月へ降りてって、俺様の足跡を残してくるんでい!」
「ヒューッ、さっすがオヤジ!相変わらずバカなこと考えてるじゃんっ。月へ行ったらアタシに月の石のオミヤゲ頼むよ〜。」
 ユフィはやんややんやと囃し立てた。
「そういうおめえも相変わらずなこと考えてんだろ、クソガキ。」
「へっへー、まあねっ。アタシはマテリアハンター稼業に戻って新たな伝説のマテリア探しを始めるよ。次に狙うは幻の召喚マテリア『ナイツオブラウンド』!古の13人の偉大な騎士達の力を封じ込めたといわれるお宝中のお宝マテリアさ。くう〜っ、マテリアハンター魂に火が付くよっ。」
「そんな胡散臭そうな伝説どこから仕入れてくるんだい。」
 レッドXIIIは呆れ気味に鼻を鳴らした。
「ロマンを持てないヤツに未来の扉は開かないってね。あんたは何すんのさ、レッド。」
「オイラは世界を巡る旅を続けるよ。あちこちの土地へ行ってたくさんのものを見て、聞いて、学んだことを後の世に伝える。みんながいなくなったあとも、このミッドガルが草木に覆われるくらいの年月が経ったあとも、オイラはずっとこの星の行く末を見守っていくよ。」
「星の語り部、か。レッドXIIIも十分ロマンを持っていると私は思う。」
 ヴィンセントは今までに見せたことのない暖かな目をしていた。
「そんな風に言われると照れるな。ヴィンセントはこのあとのことは何か考えてるの?」
「私は宝条がしてきたことの後始末をしたいと思っている。彼が進めてきたJ−プロジェクトやセフィロス・コピー計画関連の資料や研究施設をすべて破壊する。誰かが二度と再び、命を弄ぶような研究に手を染めることがないように。」
「それはルクレツィアさんのためでもあるのね。」
 ティファはヴィンセントに微笑んだ。
「そうだな‥‥そうかもしれない。君はどうするんだ、ティファ。」
「私はミッドガル以外の各地に残された魔晄炉をすべて止めて、二度と稼動出来ないようにするわ。そのあとはまたここへ戻って来て、ケット・シーの新しい街づくりを手伝うのもいいなと思ってる。いろいろ辛いこともあったけれど、私にとってこの場所は第二の故郷だものね。」
「私もこの場所が好きだよ。だってお母さんが眠る土地でもあるんだから。」
 エアリスは乾いた地面を愛おしそうになでた。
「エアリス‥‥。エアリスはこのあと何かしたいことはあるの?」
「うーん、そうだなあ。カームの町に避難してるお母さんの無事を確かめたら、そのあとでもう一度アイシクルロッジへ行ってみたいかな。お父さんのお墓参りがしたいの。それから‥‥そうだ、あれも探しに行かないとね。」
「あれってなんだ?」
 クラウドは訊いた。
「私だけの約束の地。どこかに必ずあるはずなの。どんな場所だか、まだ全っ然見当も付かないんだけどね。クラウドはどうするの?」
「俺は‥‥まだ何も考えてなかったよ。みんなすごいな。いろんなことをちゃんと考えてて。」
「んじゃあさ、クラウド。アタシと一緒にマテリアハンターやろうよ。たっのしいよ〜っ。」
「どうせマテリアスリの片棒を担がされるだけでっせ。それより新しい街づくりを手伝って欲しいですわ〜。」
「コレルに来てくれよっ。一緒に炭坑掘ろうぜ!」
「何言ってやがんでい。これからの時代はやっぱ宇宙だろよ!」
 仲間達の熱烈な勧誘に、クラウドは困ったようでそれでいて嬉しそうな表情をしていた。
 その夜は結局、全員が焚き火の周りでザコ寝となった。戦士の一族のしきたりに従った訳ではないが、皆仲間と離れ難かったというのが本当のところかもしれない。
 夜明けの少し前に目を覚ましたクラウドは、焚き火の火が燃え尽きようとしているのと、エアリスの姿が見えないことに気付いた。
 飛空艇に戻ったのだろうかと思い、すぐにもしかしてと思い直した。
 寝ている仲間達を起こさないように立ち上がったクラウドは、ミッドガルの街に向かって歩き出した。
 クラウドが向かった先は、ミッドガル伍番街スラム。その街の片隅にある古びた教会だった。壊れて閉まらなくなった扉の隙間を抜けて中へ入ると、教会の奥の薄闇の中に佇む人影があった。
「エアリス。」
 背後から声をかけると、人影はキャッと短い悲鳴を上げて振り向いた。
「ク、クラウド?びっくりした〜。心臓が飛び出るかと思っちゃった。」
「ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなかったよ。いつもの女のカンでも、俺がここに来ることは予想出来なかったんだな。」
「さすがに予想つきませんでしたっ。クラウドこそ、私がここにいるってよく分かったね。」
「なんとなくここかなと思ったんだ。花畑の様子を見に来たんだろ?」
「うん。でもね、ちょっと途方に暮れてたところなの。」
「どうしたんだ?」
「だって、周りが暗すぎて全然様子が分からないっ。」
 悔しそうに言うエアリスに、クラウドはぷっと吹き出した。
「ははっ、そりゃそうだろ。まだ日の出前なんだから。夜が明けるまで待つしかないな。」
「でも朝になったら出発だよね。その前に戻らなきゃと思って急いで来たんだけど、明るさのことまでは考えてなかったな〜。っていうか、そんなことここに来る前に気付けよっていうツッコミは受け付けないからね。」
「はいはい。」
 クラウドはまだくすくす笑いが消えなかった。
「もともとこの場所、普段からあまり陽が射さないところだから、夜明けになっても明るさはそれほど変わらないかなあ。クラウド、何か灯りになりそうなもの持ってない?」
「持ってないな。あ、そうだ。エアリスが持ってるじゃないか。灯りになるもの。」
「え?もしかして炎マテリアを使ってファイガとか?明るくなりそうだけど、そのあと教会も燃えてなくなっちゃうね。」
「違う違う、白マテリアだよ。あのマテリアは光を放つだろう?」
「あ〜、なるほどっ。でもあの光ってけっこう淡いんだけど、だいじょぶかな。」
 エアリスは髪の結び目からマテリアを取り出した。
 白マテリアは今はその光を失っていたが、両の手のひらに乗せてしばらく待つうちに、ぼんやりとした淡いグリーンの光を放ち始めた。
 光はだんだんとエアリスの手から腕へと広がり、やがては隣にいるクラウドの顔までも照らすようになった。
 エアリスは白マテリアを捧げ持ったまま、ゆっくりと跪いた。
 白マテリアの光は花畑を照らし出してくれたが、浮かび上がったその様子は無残なものだった。
 元から粗末な花畑ではあったが、今やその場所は瓦礫に埋まり、草花の影を見ることも出来なかった。
「‥‥ごめんね、みんな。私がそばにいなかったから、守ってあげられなかったね‥‥」
 エアリスは悲痛な表情で俯いた。
 クラウドは慰めの言葉が浮かばず、ただエアリスの肩に手を置くことしか出来なかった。しかし、伸ばしたその手を途中で止めた。
「エアリス‥‥あの時、言ってたよな。ここは特別な場所だし、花達はみんな強い。だから大丈夫だって。」
 物問いたげな様子で見守るエアリスの前で、クラウドは花畑を覆った木片や鉄屑などの瓦礫を次々と取り除いていった。
 やがて現れた地面の一部に、それを見つけた。本当に、本当に小さな草の芽達を。
「星は、まだ生きてる‥‥」
 ぐっと胸に込み上げるものを感じ、エアリスは思わず白マテリアを握り締めた。
 その途端、白マテリアから今までにない強く眩い光が溢れ出た。エアリスが握り締めているにも関わらず、その光は教会内をすべて照らす程だった。
 2人が驚きの声を上げる間もなく、白マテリアの光はすぐにもとの穏やかな明るさに戻った。
「‥‥なんだったんだ、今のは?」
「分からない‥‥だけど、なんだかとても励まされた気がする。」
 クラウドとエアリスは、自分達に語りかけるように光を放つ白マテリアを見つめた。
「この瓦礫を全部片付けてしまおう。そうすれば、草花達はもっと元気になるはずだ。」
「うん、そうだねっ。」
 再び笑顔を取り戻して、エアリスは立ち上がった。
 白マテリアの光を頼りに、二人は瓦礫を一つ一つ取り除いていった。その作業の途中で、エアリスは不意にくすくすと笑い出した。
「どうしたんだ?」
「今思い出したの。クラウドがさっき言ってた私のあの時の言葉って、クラウドがここに落ちてきた時に言った言葉だったんだよね。」
「そうだ。なんだ、忘れてたのか。」
「うん、すーーっかりっ。でね、あれが私とクラウドの二度目の出会いだったんだなと思ったら、急におかしくなってきちゃって。クラウドの登場の仕方ってとんでもなかったね。普通、屋根突き破って落ちて来ないよね〜。」
「仕方ないだろ。こっちだって好きで落ちた訳じゃない。」
 憮然として言うクラウドを見て、エアリスはますますおかしそうに笑った。
「でもね、こうも思ったの。もしあの時クラウドがここに落ちて来なかったら、私がミッドガルを出ることはなかっただろうなって。」
「‥‥逆にこうも言えるよ。もしあの時エアリスがここにいなかったら、俺がミッドガルに戻ってくることはなかっただろうな。」
 二人はしばし無言になり、互いの目と目を見つめ合った。
 周囲の闇の中で、淡いグリーンの光に包まれた二人は、この世界から切り取られた空間にいるようだった。
「エアリス‥‥」
「‥‥不思議。」
「え?」
「世の中ってホント不思議と驚きに満ち溢れてるねっ。たった22年生きてきただけで、こんなにたくさんの不思議や驚きに出会えるなんて思わなかったな〜。これからの20年、30年がますます楽しみだねっ。」
 エアリスは楽しそうに瓦礫の木片をえいやっと投げ飛ばした。
 そんなエアリスを呆気に取られたように見つめていたクラウドは、やがてそっと諦め気味のため息をついた。
「まあ‥‥それでこそエアリス、だな。」
 辺りが白々と朝の光に満たされ始めた頃、クラウドとエアリスは焚き火の場所へと戻って来た。すでに仲間達の姿はなく、二人は飛空艇の中へと入った。
「あっ、帰って来たよ!どこに行ってたんだい。急にいなくなるから心配したよ。」
 ブリッジで出迎えたレッドXIIIの声を聞きつけて、他の仲間達も集まってきた。
「すまない。エアリスの大事な用を手伝ってきたんだ。」
「大事な用って?」
「ミッドガルに残してきた友達のことが心配で様子を見に行ってきたの。でも、逆に私の方が勇気付けられちゃった。」
 エアリスとクラウドは顔を見合わせて笑った。
「ふーん。ま、とにかく姉ちゃんのダチが無事でよかったじゃねえか。おめえらの帰りを待つ間に飛空艇の方も修理が済んで、準備は万端整ってるぜ。どうするよ、ツンツン頭。」
 そう言いながらシドは、すでに飛空艇の舵を取るための所定の位置へ向かっていた。見れば他の仲間達も、それぞれにいつもの席や場所に陣取り始めている。
 展望窓の前に駆け寄ったエアリスは空を見上げた。やがてスッと上げた指先を北の方角に向ける。行き先は、ひとつだ。
 クラウドは頷いた。
「行こう。すべてを終わらせて、そして、また始めるために。」
 いつもと同じ安定したエンジン音を響かせて、飛空艇ハイウインドはミッドガルの地を飛び立った。
 朝焼けの空に消えていく飛空艇を、ミッドガルの街はずれから見送る4人の人影があった。ツォンをはじめとするタークスの面々である。
「行っちゃいましたね‥‥。先輩、彼らはどこへ行ったんですか?」
 イリーナは上司や同僚達を振り返って訊いた。
「セフィロスのいる北の大空洞だろうな、と。あいつらはセフィロスを倒して星を救う気でいるんだ、と。」
 レノは両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、飛空艇が飛び去った空に背を向けた。
「いいですね、彼らは‥‥。あの人達にはまだやるべきことが残されている。でも私達には、もう何もありません。神羅は崩壊し、タークスもその存在意義を失ってしまいました‥‥。私達はこれからどうすればいいんでしょう。これから、何をすればいいんでしょう。」
「‥‥神羅という存在も、タークスという存在もやがて無意味になる時が来る。その時、自らの進むべき道を見出せるかどうか、よく考えることだ‥‥」
 ルードが独り言のように言った言葉を、イリーナはどこかで訊いたセリフだと思った。
「‥‥ヴァレンタインの言ったとおりになった訳だ。」
 ルードはほんの微かな皮肉めいた笑みをもらした。
「彼がそんなことを言っていたのか‥‥」
 ツォンはすでに飛空艇の姿が消えた空に、もう一度目を向けた。
 あまりに長い時間ツォンが動かずにいるので、レノ達は訝しげに顔を見合わせた。
 イリーナが声をかけようとした時、ツォンは部下達の方を振り向いた。
「レノ、ルード、イリーナ。」
「はい。」
 3人は姿勢を正した。
「事実上、神羅は消滅した。その組織の一部であったタークスもまた同じだ。」
「はい‥‥」
「‥‥しかし、タークスが消えたからといって、私は自分自身をお払い箱にする気はない。もちろんお前達もだ。我々にはタークスとして活動する間に培った知識や技術、そういった一般人にはない力がある。そしてタークスが消えたあとも、我々のその力はまだ必要とされているんだ。」
 レノ達は、よく理解出来ないという困惑の表情を浮かべた。
「差し当たっては、神羅という中枢を失い混迷を極めているミッドガルシティの情報を統括し、デマや流言飛語を防いで人々がパニックに陥らないよう歯止めをかける。そして、組織として空中分解したミッドガル神羅軍の解体、及びその一部を都市自警団として再編成し、街の治安維持にあたる。」
 ますます唖然とする部下達を見て、ツォンはニヤリと笑った。
「これは元都市開発部門統括であるリーブ氏からリーブ氏個人として、元タークス主任ではなく私個人宛てに依頼されたものだ。リーブ氏曰く、『この大変な時期にタークス解散でハイさようなら、なんてのは許しまへんで!』だそうだ。自分が戻って来るまで、ミッドガルのことを頼むとも言われていた。」
 ツォンはおもむろに首のネクタイに手を伸ばすと、普段からきっちりと固く締めたそれをほどきにかかった。目を丸くする3人の前で、はずしたネクタイを街の外に向かって放り投げる。
「タークスは消えても、我々はここにいる。そして我々には、まだ出来ることがある。何も深く考える必要はない。ただそれだけの、単純な話だ。」
 ツォンはそう言って元部下達に笑いかけ、街に向かって歩き出した。
 残された3人の元タークス達は、互いの顔を見合わせた。
 まずはじめに、イリーナがネクタイをはずして空に向かって放り投げた。次いでレノが、いつも首にぶら下げただけのそれをはずして投げ捨てた。最後にルードがネクタイをほどき、それを丸めて無造作に放った。
「行くぞ。早く来い。」
 先を行くツォンが振り返って呼んだ。
「ツォンさん、そのあとはどうするんですか?」
 ツォンに追い付いたイリーナはその横に並んだ。
「そのあととは?」
「リーブ元統括達がセフィロスを倒して星を救って、世の中が平和になったあとのことですよ。私に一つ考えがあるんですっ。」
 イリーナは元気よく手を上げた。
「ほう、聞かせてくれ、イリーナ。」
「私達って手に職を持ってるのと同じですよね。だからそれを武器になんでも屋を開けると思うんです!」
「なんでも屋‥‥とはなんだ?」
「お客さんからの頼まれごとをなんでもやってあげるんですよ。私達にはいろんな技術があるからなんでも出来ると思うんです。もちろん、スパイとか暗殺とかいう仕事はもうナシですけどね。」
「おいおいイリーナ、と。まるでどっかの単細胞なソルジャーが考えそうな発想だな、と。」
 レノはからかうように言った。
「え〜、ダメですか?けっこういけると思うんだけどなあ。」
 しょんぼりするイリーナを見ながら、ツォンは楽しそうに笑った。
「いい考えだ。私とお前でなんでも屋を開業するか。」
 途端に、パッとイリーナの顔が輝いた。
「本当ですか!?じゃあ私、思いっきりがんばります!」
「ああ、期待しているよ。」
 後ろを歩いていたレノが、わざとらしく咳払いした。
「半人前のイリーナだけじゃ、なんでも屋のなんでも出来ますっていう看板は出せませんよ、と。もっと優秀な人材を確保しないとダメでしょう、と。」
 とんとんと指で自分の胸を叩いて見せる。
「‥‥常識はずれの従業員をフォローする、常識ある人間が必要ですね。」
 その隣でルードは、至極もっともだと言わんばかりに頷いた。
「そんなアピールしなくたって、もちろん先輩達も一緒にですよっ。やった、これで決まり!」
 イリーナはレノとルードの間に入り、二人の腕に自分の腕をからませた。
「それじゃ社長はツォンさん、副社長は私ってことでっ。」
「ハイハイ、俺達はヒラでけっこうですよ、と。」
 そのやりとりを聞いてさらに楽しげに笑うツォンを先頭に、彼らは彼らの道を歩いて行った。





BACK INDEX NEXT