「キィィッ！たった一人の小娘になにを手間取っているのよっ。」
魔法の届かない後方で、スカーレットは金切り声を上げた。
「し、しかし魔法攻撃が激しく近寄ることもままなりません。銃で応戦しようにも距離があるため、すべてシールドで防がれてしまいます。」
神羅兵の報告に、頭に血が昇ったスカーレットは声のトーンをさらに１オクターブ上げた。
「相手が魔法を使ってるならこっちも魔法で対抗すりゃいいでしょ！ハイデッカー、あんたのところの兵隊にはマテリア部隊もないのっ！」
「うるさいわっ！お前に言われなくてもとうにやっとる！」
怒鳴り返したハイデッカーの元に、新たな伝令の神羅兵がやって来た。
「マテリア部隊の魔法攻撃、すべて標的によって跳ね返されました！マテリア部隊、後方に下がります！」
「なにい！」
「どこまで生意気な小娘なのかしらっ。うちでさえ研究用のサンプルとして、２個しか所有していない反射マテリアを使ってるなんて！」
スカーレットはますますヒステリックになったが、エアリスの使用しているマテリアが、その内の１つだとは知る由もない。
「うぐぐ‥‥こうなったら最後の手段だ。神羅兵全員、防御マテリアのシェルを使用し突撃用意！接近戦に持ち込めば古代種の娘など恐るるに足りん！」
ハイデッカーは顔を真っ赤にして神羅兵達に命令を下した。
あちこちでシェルの魔法が使われていく様は、エアリスからもはっきりと見えた。どうやら魔法防御力を上げ、数にまかせて攻める構えらしい。
なりふり構わずかかって来られてはさすがに防ぎきれない。最後にもう一度連続魔法で足止めして退くしかないと思った時、ヘイストの効果が切れた。
せめてもう一度フレアをと核熱マテリアを使おうとしたが、これも連続魔法で精神力を消耗しすぎたせいで、しばらく時間を置かなければ使えそうもなかった。
「逃げるが勝ち、かな。」
くるりと回れ右をして駆け出そうとした時、背後で立て続けに爆発音が響いた。
ハイデッカー達からの攻撃かと身を硬くして振り返ると、彼らの頭上をかすめるようにして飛んでいく飛空艇の姿があった。
「ハイウインド！」
甲板からシドが手を振っていた。その手にダイナマイトを握っているのが見える。
シドはくわえタバコの火で４、５本のダイナマイトに点火すると、それらを無造作にバラまいた。ダイナマイトは神羅兵達の鼻先に落ち、彼らは慌てて後退していった。
「ハイデッカー！積年の恨みだ！」
「これでもくらいやがれ！」
ハイデッカーの元直属の部下だった飛空艇のクルー達は、怒りに燃える瞳でスパナやオイル缶や鍋などを投げ落とした。
もともとハイウインドに武器は積まれていないため、これが彼らの精一杯の攻撃だったが、それでも鍋が直撃すればそれなりのダメージである。
「くらえ！コショウ爆弾！」
クルーの１人がガラス瓶を投げ込んだ。神羅兵の頭に当たって砕けたそれは、その名のとおり辺り一面にコショウを撒き散らし、神羅兵達は一斉にクシャミを始めた。
「ここは俺様達にまかせろ姉ちゃん！早いとこクソガキのとこに行ってやれい！なんかやべーぞ！」
身を乗り出して怒鳴ったシドは、ウェポンの頭部を指差した。
エアリスはそれに頷くと、ウェポンの頸部を渡って行った。
ウェポンの顔部分に這い上がると、神羅兵と応戦中のユフィの姿が見えた。まだ他にも別働隊がいたらしく、相手は４、５人ほどだがユフィにしては珍しく苦戦していた。
ユフィの動きがやけに鈍いことに気付いたエアリスは、その原因にピンと来てすかさず治療マテリアを使った。
「エスナ！」
途端に元気になったユフィは、次々と神羅兵を叩き伏せた。
「ユフィ、だいじょぶ？」
「サンキューっ、エアリス！た〜すかったよっ。いきなり麻痺と毒と暗闇の状態異常くらっちゃってさ。でなけりゃこんなザコ相手に手こずったりしないのにっ。」
ユフィは悔しそうに頬をふくらませた。
「ごめん、せっかくエアリスが時間稼ぎしてくれたのに意味なくなっちゃった。」
「そんなの気にしないで。それに今は、シド達がハイデッカー達の足止めをしてくれてる。」
エアリスに言われてはじめてユフィは、低空飛行でぐるぐる旋回しているハイウインドに気付いた。
「おっ、やるじゃんオヤジっ。」
「今のうちだよ、行こう！」
エアリスとユフィは額部分目指して走り出した。
ウェポンの目は閉じられていた。その片目はロケット村上空でのティファ達との戦いによって深手を負っていたはずだが、その時の傷は跡形もなかった。この驚異的な治癒能力もウェポンの恐るべき力の一つだろう。
ようやく目的地であるウェポンの額部分に辿り着いた２人は、足元に広がる赤く輝く巨大な結晶体を前にして足を止めた。
「これが究極のマテリアなの？ずいぶん‥‥」
「‥‥デカすぎるってのっ！」
それは人が悠に大の字になれるほどの大きさだった。
「こんなでっかいの、どうやって持って行けってんだよーっ！究極のマテリアって、デカさが究極って意味じゃないだろなっ。」
ユフィはダンダンッと地団太を踏んだ。
その途端、足元から微かな振動が這い登ってきた。
「んんっ、なんだこの揺れ？まさかアタシの足踏みで地震が起きた？」
「この振動‥‥。これ地震じゃない、ウェポンが動き始めてる！」
「ええええーーっ！！」
ユフィの叫び声に呼応するように、それまで閉じられていたウェポンの両目がカッと開いた。
「うわわわっ、い、生き返った〜っ！？」
「ウェポン、死んだんじゃなかったんだ‥‥あっ、まずいっ。ユフィ、ウェポンの頭に登って！」
「な、なんでさっ。」
「このままウェポンが起き上がったら、私達転がり落ちて地面に真っ逆さまだよ。頭のてっぺんに登ってしがみついて！」
「わ、分かったよ、でも‥‥くっそー悔しいなあ。目の前に究極のマテリアがあるっていうのにっ。」
ユフィは未練がましく足元のマテリアを見下ろし、それを渡ってウェポンの頭頂部に向かおうとした。
一歩足を乗せると、その感触はまるでゼリーでも踏んだような異様に柔らかいものだった。足が埋まりそうになり、慌てて身を引く。
「な、何これ‥‥？あ、そういうことか。」
「ユフィ、早く！」
振り返ったエアリスは、マテリアの奥をジッと覗き込んでいるユフィに気付いて急かした。ユフィはマテリアを迂回してエアリスのあとに続いた。
エアリス達が額部分から避難したあと、スカーレットとハイデッカーが神羅兵達を引き連れて現れた。
ハイウインドからの攻撃はなかなか壮絶だったようで、スカーレットは頭から小麦粉やジャムをかぶり、さらにハイデッカーはクルー達の集中砲火を浴びたのか、オイルや白色ペンキ、卵の黄身や殻、トイレットペーパー、インコの餌などにまみれていた。
「ガハハハ！あったぞ！あれが究極のマテリアとやらに違いない！」
「キャハハハ！なんて大きさなのかしら！ヒュージマテリアなんて比べ物にもならないわ！」
自分達の惨憺たる有様を気にした様子もなく、２人は勝ち誇ったように大笑いした。
「ハイデッカー統括、ここは一時撤収した方がよくはないでしょうか。さっきから様子が‥‥」
恐る恐る進言する神羅兵を、ハイデッカーは一喝した。
「なにを言っとる！こんなお宝をみすみす残して戻れるか！神羅兵は総員集結、これより究極のマテリアの確保にあた‥‥む？」
「あら？なんだかめまいがするわ。おかしいわね。体が傾く感じよ。」
「た、大変です！ウェポンが、ウェポンが動いています！」
「なんだと！」
「そんなバカな‥‥キャーーーーーッ！！」
超音波に近いスカーレットの悲鳴が響いた。
ウェポンは上半身をわずかに浮かすと背の羽を広げた。そして、そのまま一気に飛び上がるようにして直立の姿勢に直り、ゆっくりと地面に降り立った。
ウェポンの体の上にいたほとんどの神羅兵は、なすすべなく振り落とされた。それはビルに匹敵する高さから落ちたも同然だった。
何人かはかろうじてウェポンの体にしがみつくことに成功していた。ハイデッカーとスカーレットも悪運強くセミのようにへばりついていた。
「おのれウェポンめ！死んだフリをしておったとは！」
「古代の骨董モンスターのくせになんて生意気なの！」
「スカーレット！お前のシスター・レイとやらはまったく効いておらんではないかっ！ジュノンからわざわざキャノン砲を運ばせて造ったのはただの巨大花火か！」
「なあんですってぇーっ！私のシスター・レイは完璧だったわ！リーブが悪いのよ！出力全開でガーッと行けと言ったのに、魔晄エネルギーの出し惜しみをするからよっ！」
ハイデッカーとスカーレットは互いに責任をなすり付け合い、わめき散らした。
自分達の目の前で地獄の釜の蓋が開こうとしていることに、２人はまったく気付いていなかった。ハイデッカーとスカーレットがしがみついている部分は、ウェポンの口にあたる部分だった。
ゆっくりとその口が開いていく。そこにはすべてをひと呑みにするかのような暗黒が広がっていた。
その深淵からひと筋の光が煌めいた。光は暗黒を押し出すように膨れ上がり、やがて破壊の渦となって外の世界へと放たれた。
ハイデッカーとスカーレットには驚きも、恐怖も、痛みも感じる暇はなかった。彼らが今までに積み重ねてきた凶行を思えば、それは優しすぎる死だった。
ウェポンが放ったレーザー光線は、まっすぐシスター・レイへと向かった。
「さようなら、諸君――」
勝利に酔うルーファウスの視界の端に、キラリと光るものが映った。光は急速に接近し、巨大な矢となって頭上を駆け抜けて行った。
「――何事だ！」
「ウェポンです！ウェポンからの攻撃です！」
シスター・レイをかすめたウェポンのレーザー光線は、神羅本社ビルの最上階部分を破壊した。
「奴は不死身か。ウェポンめ‥‥」
社長室のあったフロアが無残に燃え上がる様を見つめ、ルーファウスは歯軋りした。
その時、身近で爆発音が響いた。両脇にいた攻撃ヘリがエンジン部分から黒煙を吐き、見る見るうちに失速していった。下を見下ろすと、バレットとヴィンセントがそれぞれの銃を構えていた。
「‥‥機を逃したようだ。戻るぞ。」
バレット達の銃弾を避け、ルーファウスを乗せたヘリは速度を上げてシスター・レイの上空から離脱しようとした。
銃弾は届かなくなったが、彼は逃げおおせた訳ではなかった。
ウェポンからの第二射がすでに放たれていた。その射線上に、ヘリはぴったりと重なっていた。
迫り来る死の光を目前にした時でさえ、ルーファウスは口の端に笑みをたたえていた。
彼は何かを呟いた。その言葉を聞いた者は誰もなく、また言葉を発した本人も、二度とそれを語る機会はなかった。
ルーファウスのヘリがウェポンの破壊光線に飲み込まれる様を、クラウド達は無言で見つめていた。ヘリは爆発さえせず、光線が消えたあとには破片も残さず消滅していた。
セフィロスに次ぐ彼らの宿敵の最期を目にしても、クラウド達には快哉を上げる余裕などなかった。すぐさま反対の方角へと目を転じる。
遥か先にいるそれは、まぎれもなくウェポンだった。自分達の窮地を救い、そして再び死地に追いやろうとしている古の魔物。
「まだ生きてやがったのかよ！不死身か、あの野郎。」
ルーファウスと同じ感想をもらしたバレットは、冷や汗とも脂汗ともつかない汗をぬぐった。
「あいつを倒す方法なんて本当にあるの？」
レッドXIIIは誰にともなく言った。
「ねえ待って‥‥エアリスとユフィはウェポンの額にある究極のマテリアを取りに行ったのよ？２人はどうなったの‥‥」
ティファは全身から血の気が引いていくのを自覚した。
「エアリス‥‥」
クラウドは痛いほどに響く自分の鼓動を聞きながら、亡霊のように立つウェポンを凝視した。
その時、頭上から新たなヘリの爆音が聞こえてきた。
さらなる刺客かと身構える彼らの前で、ヘリの後部ドアが開いた。
「そんなところでいつまでグズグズしているつもりだ。ウェポンの格好の的だぞ。」
現れたのは意外な人物だった。
「ツォン！」
「ツォンさん！？」
クラウドとイリーナが同時に叫んだ。どちらも同じくらい、その声には驚きが顕わだった。
ツォンの乗ったヘリは、シスター・レイの上に軟着陸した。ヘリから降りたツォンは、乗り込むイリーナ達に手を貸した。
「早く乗れ。君達もだ。」
少し離れた場所でそれ見ていたクラウド達に、ツォンは有無を言わせぬ口調で言った。
「ここにいても、するべきことは何もない。むざむざウェポンの餌食になりたくなければ一緒に来るんだ。」
それでもためらいを見せる彼らの中で、まずヴィンセントがヘリに向かって歩き出した。
「行こう、クラウド。彼の言うとおり、ここにいても時間を浪費するだけだ。」
「‥‥ああ、確かにそうだ。みんな、あれに乗ろう。」
クラウドは仲間達を促してヘリに乗り込んだ。
「おい、あいつはどうするんだよ。置いてくのか。」
バレットは置き物のように動かなくなったケット･シーとデブモーグリを指差した。
「君達を乗せるだけですでに定員オーバーだ。トイザウルスは置いていくしかない。」
全員が乗ったことを確認し、助手席に乗り込んだツォンはパイロットに離陸を合図した。
ヘリが上昇するに従って、ケット･シーの姿が小さくなっていく。ぽつんと取り残されたその様は、見ているだけで胸が締め付けられる思いがした。
「リーブ統括のことなら大丈夫だ。彼は人望のある人だからな。」
痛ましげにそれを見つめているクラウド達に気付いて、ツォンは言った。
「ツォンさん、どうしてここに？退院はまだ先のはずでしょう？」
イリーナは驚きから覚めやらぬ様子で訊いた。
「こう周りが騒々しくては、おちおち病院のベッドで寝ていられないだろう。事実、来てみて正解だったな。」
「でも、まだ怪我も治りきってないんですよね。大丈夫なんですか？」
「無理をしなければ平気だ。それより‥‥」
ツォンは振り返り、部下のタークス達の姿をまじまじと見つめた。
「私の代わりに、今度はお前達が入院することになりそうだな。」
意外なことにその口調には、冗談めいたものが含まれていた。
「なぜ俺達を助けるようなマネをするんだ？俺達は神羅のお尋ね者なんじゃないのか。」
クラウドに問われたツォンは彼の顔を見返した。そして一瞬ヴィンセントに目を向けると、返される視線を避けるようにして再び前方を見据えた。
「神羅、か‥‥」
それきりそのあとの言葉は続かなかった。
「ツォンさん、どこへ向かいますか？」
パイロットに訊かれ、ツォンは物思いに沈みそうな心を振り払うように頭を振った。
「ウェポンへ向かってくれ。ただし、くれぐれも視界には入るな。奴の攻撃をくらえば、こんなヘリなどひとたまりもない。」
ミッドガル上空から離脱したヘリは、ウェポンの進路を大きく迂回しながら接近した。
進行中のウェポンはシスター・レイの攻撃を受ける前に比べるとそのスピードは格段に落ちていたが、着実にミッドガルに迫りつつあった。
「あ！」
仲間達の中で最も目のいいレッドXIIIが、最初にそれに気付いて声を上げた。
「どうした、レッドXIII。」
「いた！あそこ、エアリス達がいる！」
ヘリがウェポンに近付くにつれ、他の仲間達にも２人の姿を確認することが出来た。
「な、何やってんだ、あいつら！？」
バレットは仰天したように叫んだ。
「エアリスーーー！」
クラウドは開いたドアから身を乗り出すようにして名前を呼んだ。
ウェポンが起き上がる衝撃に耐えたエアリスとユフィは、振り落とされることを免れなんとか頭部にしがみついていた。
だが、これでひと安心とはとても言えない。復活したウェポンは、すでに二度もミッドガルに対してレーザー光線を放っていた。ミッドガルの運命もエアリスとユフィの運命も、まさに風前の灯と言えた。
この最悪の状況をどう打開すべきか、エアリスは懸命に考えを巡らせていた。しかし、思考は空転するばかりでまるで解決策を見出せなかった。
「こいつ、シスター・レイに撃たれる前より動きが鈍くなってるね。」
独り言のように呟いたユフィに、エアリスは頷いた。
「お得意のレーザー光線も二発撃ったきりだし、なんだか息切れしてる感じするね。シスター・レイのダメージはそれなりにあったってことかな。」
「光線はしばらく撃てない‥‥」
ユフィは自分の考えをまとめるように目を閉じた。数秒後、開いた瞳には強く光るものがあった。
「アタシ、行ってくる！」
「ユフィ？」
「究極のマテリアをいただいてくる！」
エアリスは目を見開いた。口を開こうとするエアリスを押し止めるようにして、ユフィは早口に言葉を続けた。
「さっき分かったんだよ、究極のマテリアの正体が。額のあのでっかい赤いヤツはマテリアじゃない。多分、魔晄エネルギーと同じようなものなんだと思う。究極のマテリアは魔晄エネルギーの膜に保護されて、あの中のずっと奥の方にあるんだよ。アタシ見たんだ、奥の深いところに一際赤く光る小さな塊があるのをさ。あれが究極のマテリア、アルテマに違いないよ。」
立ち上がったユフィは、用心しながら下を覗き込んだ。
「それと、これはアタシのカンなんだけど、もしかするとウェポンのエネルギーの源はアルテマなんじゃないかって思うんだ。ウェポンが動き始めたのとほとんど同じにアルテマが光り始めたんだ。アルテマがウェポンの体にある限り、こいつは倒せない。逆に言えば、アルテマを取ってしまえばウェポンは勝手に倒れる‥‥」
エアリスの方を振り向いたユフィはニカッと笑った。
「ま、全部アタシの想像だけどねっ。こうなったら思いつくこと、手当たり次第にやってみるっきゃないよね！」
エアリスもそれに応えて笑顔で頷いた。
「私はユフィのカンを信じるよ。オッケー、やろう！」
「ストップストップ。行くのはアタシだけだよ。エアリスはここにいてね。」
あとに続こうとするエアリスを、ユフィは両手を差し出して制した。
「でもユフィ――」
「キケンだから来るなって言ってるんじゃないよ。エアリスにはもしアタシが失敗した時、代わりにアルテマを手に入れて欲しいんだ。頼んでもいい？」
「もちろんっ。でもユフィが失敗するはずないから、私の出る幕なんてないんじゃないかな。」
「うん‥‥そうだよっ。マテリアハンターユフィに不可能はないってね！んじゃ、パパッと行っていただいてくるよ！」
Ｖサインをして見せたユフィは、ウェポンの頭を降りていった。
凹凸の激しいウェポンの表皮は、自然の崖を降りるよりずっと容易かった。ユフィは危なげなく額部分まで降りきった。
真横に赤い魔晄エネルギーの光を見ながら、ユフィは高ぶる鼓動を抑えるように深呼吸した。知らず震えているのは恐怖のせいではない。追い求め続けた究極のマテリアまで、手を伸ばせば届く距離にいるという緊張のためだった。
アルテマを包んでいるその赤い膜に手を触れた。軽く力を込めるだけで中へと入っていく。その手触りは液体とも気体ともいえない、今までに触れたことのない感触のものだった。
ユフィはもう一度深呼吸をして息を止め、勢いをつけて中へと飛び込んだ。
水の中を泳ぐような、それでいて空を飛んでいるような不思議な感覚がした。呼吸は出来ないだろうと覚悟していたが、普通に息も出来る。両腕を使ってかき分けて進み、最奥を目指した。
そして、見えた。血の色のように真紅に染まったマテリアが。
ユフィは微塵もためらうことなくマテリアに手を伸ばした――つもりだった。
しかし、手は動かなかった。それどころか体全部の自由が効かず、手足は鉛の重りでも付けられたようにまるで言うことを聞かなかった。
そして、苦しかった。息が出来ない訳ではない。体のどこかが痛む訳でもない。それなのに苦しくてたまらなかった。
今までに感じたことのない恐怖に見舞われ、ユフィはパニックに陥った。
――しっかりしなさい、ユフィノ！あなたなら絶対に出来るんだから！
ユフィの呪縛が、一瞬だけ解けた。
渾身の力を振り絞り、伸ばした手がしっかりとアルテマを捕らえた。
その途端誰かに腕を掴まれ、ぐいっと強引に引っ張られた。そのまま出口へ向かって連れ戻されていく。
「かあ、さん‥‥」
「おめでとう、ユフィ。とうとうやったね。」
ユフィの腕を抱きかかえて、エアリスは笑いかけた。
「エアリス‥‥来てくれたんだ。」
「上でぼーっと待ってても、私の見せ場がなくなっちゃいそうだったしね。」
いたずらっぽくウインクするエアリスを見て、ユフィはさっきまでの恐怖が嘘のように消えていくのを感じた。しかし、相変わらず苦しさだけは去らなかった。
ユフィのそれは急性の魔晄中毒だとエアリスは思った。当然だった。ここはライフストリームの中と同じようなものなのだ。セトラである自分も、長く留まればどうなるか分からない。
ユフィは意識朦朧としているが、その手にはしっかりとアルテマを握り締めていた。一刻も早くここから出なければならなかったが、今のユフィにここを出てウェポンを再びよじ登ることは不可能だろう。
エアリスはユフィの肩を担いだまま、膜の外へと顔を出した。どう見回しても、脱出するには飛び降りる以外になさそうだった。
「エアリスーーー！」
唐突に聞こえた自分の名を呼ぶその声に、エアリスは希望を見出した。
「クラウド！」
エアリスは声の限りに叫んだ。
「ロープ！ロープ投げて！早くっ！」
ヘリの中ではそれを聞いたツォンが、ウインチ式のワイヤーロープの場所を指し示した。
仲間達が大慌てで引き出したワイヤーロープを、クラウドはエアリスに向けて放った。ロープを掴んだエアリスは、すぐさまユフィの体に巻きつけた。ほどけないようしっかりと固定する。
「ユフィ、がんばって。このロープを握っててね。」
エアリスはアルテマを持っていない方の手を、ロープに掴まらせた。
「ねえ、エアリス‥‥さっきアタシのこと、ユフィノって呼んだ？」
「ううん、呼んでないよ。その名前ってもしかして。」
「アタシの本当の名前‥‥ユフィノ・キサラギっていうんだ。それじゃやっぱり、あれは母さんの声だったんだ‥‥」
ユフィは眠るように目を閉じた。うっすらと微笑むその顔は、とても幸せそうだった。
「よかったね、ユフィ‥‥」
そっとユフィの髪をなでたエアリスは、すぐさまクラウド達にロープを引き上げるよう身振りで合図した。
ユフィを吊るしたロープがゆっくりと引き上げられていく。彼女の体がヘリの中に消えると、エアリスは心の底から安堵した。
その時、ウェポンの動きが止まった。それと同時にエアリスの周りから赤い色が消えた。取り巻いていた魔晄エネルギーは、水が蒸発するように消え失せた。
ユフィのカンは正しかった。アルテマこそがウェポンの心臓だったのだ。
ミッドガルまであと５０ｍ足らずというところで、ウェポンの進行は終わった。眼下に広がる都市を見ながら、エアリスは全身で息をついた。
不意にぐらりと体が揺れた。ゆっくりと足場が傾いていく。その意味を悟り、エアリスの頭の中は一瞬真っ白になった。
完全に動きを止めたウェポンは、バランスをなくし風に煽られるようにして横向きに倒れようとしていた。
ヘリからの助けのロープは間に合いそうもない。ユフィの体に括り付けたロープを、エアリスは必要以上に固く結んでいた。
せめて魔晄エネルギーが残っていれば、倒れる際の衝撃のクッション代わりになったかもしれないが、今となってはそれも無理だった。
絶体絶命ってこういうことを言うんだな――。
間近に迫る死の恐怖を忘れ、他人事のように思ったその時、エアリスは信じられない光景を見た。
クラウドがヘリから飛び降りたのである。
「――！？」
弧を描いて跳躍したクラウドは、ウェポンの頭に着地した。すぐさま額を滑り降り、エアリスのいる今は空洞となった額の穴の横で止まった。
「エアリス！」
穴の外からクラウドが片手を差し出す。エアリスは何も言わず、その手を握った。
エアリスを引き寄せ、しっかりと腕に抱いたクラウドは、ウェポンの表皮を蹴って再び飛んだ。
抱き合ったまま、２人は落下していった。ぐんぐん近くなる地面を、エアリスは瞬きもせず見つめ続けた。
「レビテト！」
クラウドがそう叫んだ瞬間、２人は地面から１ｍ足らずのところで宙にふわりと浮いていた。
一拍置くようにして、ウェポンの巨体が地面に倒れ伏す凄まじい地響きが起こった。小石まじりの土埃を身を寄せ合ってやり過ごす。
「大丈夫か、エアリス？」
「うん‥‥だけどものすごくビックリした〜。どうして私達浮いてるの？」
「これのおかげだ。」
クラウドは腕輪にはまったマテリアのひとつを見せた。
「重力マテリア『レビテト』。一定時間、宙に浮くことの出来る魔法だ。緊急時の脱出用として、神羅のヘリには必ずこのマテリアが常備されているんだ。土壇場でこのマテリアのことを思い出せてよかったよ。」
レビテトの効果が切れ、クラウドとエアリスは地面に降り立った。
「さすがの私も今度ばかりはもうダメかと思っちゃった。ありがとう、クラウド。命の恩人だね。」
感謝の眼差しで見つめるエアリスに、クラウドは笑って首を振った。
「エアリスはその何倍も俺を助けてくれてるよ。」
エアリスは一瞬きょとんとした表情になったが、それはすぐに微笑みへと変わった。
ヘリが着陸し、仲間達が駆け寄って来た。
「お前らと付き合ってると心臓がもたねえぜっ。ハラハラさせやがってまったくよ！」
バレットは２人の背中をバンッと叩いた。
「私絶対、何秒か心臓止まってたと思うわ‥‥」
「オイラもだよ‥‥」
ティファはまだ顔色が蒼白で、レッドXIIIも毛並みが逆立ったままだった。
クラウドはそばに横たわるウェポンの遺骸に目を向けた。
「ウェポンはどうなったんだ？」
「もう起き上がることはないと思うよ。今度こそ二度と、ね。」
エアリスは確信を込めて言った。
頭上を影が横切り、見上げると飛空艇が着陸体勢に入るところだった。互いの身に起こった事情の説明は後回しにして、ひとまず飛空艇に引き上げることにした。
「エアリス。」
自分を呼び止める声に振り返ると、そこにいたのはツォンだった。
「ツォン‥‥」
それに気付いたクラウドが、守るようにエアリスの横に付き添った。ツォンはわずかばかり苦笑を浮かべたが、すぐに真顔に戻った。
「エアリス、神羅は終わった。」
「どういうこと？」
「ルーファウス神羅をはじめ、ハイデッカー、スカーレット、宝条の３人の最高幹部ももういない。事実上、神羅カンパニーは崩壊した。今さらこんなことを言えた義理ではないのは重々承知しているが‥‥長い間、神羅が君を辛い目に遭わせてきたことを心から詫びる。すまなかった。」
ツォンの目は飽くまでも真摯で、その言葉は口先だけのものではなかった。エアリスはその視線をしっかりと受け止めた。
「神羅が辛い目に遭わせたのは私だけじゃない。クラウドやティファやバレットや、他にもたくさんの人達にひどいことをしてきたよね。」
「ああ、そのとおりだ。だから私は――」
「でもね、今になって分かった気がするの。ツォンも辛かったんだなって。だから、ツォンが神羅の代わりに謝る必要なんてない。神羅が終わったのなら、ツォンも終わりにしていいんだと思うよ。」
エアリスの思いがけない言葉に、ツォンはどう返事をしていいのか分からず戸惑った風を見せた。
「じゃあね、ツォン。今度会う時は、笑って話が出来るようになるといいね。」
ツォンに小さく微笑みかけたエアリスは、飛空艇に向かって歩き出した。
「ありがとう、エアリス‥‥」
エアリスの耳には届かなかったツォンの呟きを、クラウドははっきりと聞いた。
「あいつ、エアリスのこと‥‥」
「ん？なあに？」
「いや、なんでもない。」
曖昧に首を振るクラウドを、エアリスは不思議そうに眺めた。
飛空艇の昇降口にヴィンセントが立っていた。
「ヴィンセント、ユフィは？」
「医務室に運ばせた。レッドXIIIがフルケアの魔法をかけていたから心配ないだろう。少し休めば回復するはずだ。」
エアリスの問いかけに応えながら、ヴィンセントは去っていくツォンの後ろ姿を目で追っていた。
「タークス達に話したい事があったんじゃないのか？」
彼のそんな視線に気付いてクラウドは言った。
「‥‥いや、私から言うことはもう何もない。あとは彼らが自身で考えるべきことだ。」
ヴィンセントはマントを翻すようにして背を向け、飛空艇の中へ戻って行った。
あとに続いて中に入ろうとしたクラウドは、立ち止まっているエアリスに気付いた。
「見て、クラウド。」
エアリスは空を見上げていた。その隣に並び同じように上を見たクラウドは、その意味を理解し呻いた。
「いつの間に、こんな‥‥」
「‥‥メテオがもうすぐ、墜ちる。」