FF7星の願い（２）

　地下道の迷路を抜け出し地上に出た彼らは、狙いどおりシスター・レイの真下にあたる位置にいた。「ケット・シー、制御室はこいつの真上だと言っていたな。どうやって上まで上がればいいんだ？」「作業用エレベーターがありますんやけど‥‥やっぱ動かんみたいや。あとは非常階段しかありまへんな。」　ケット・シーは、シスター・レイの外側に張り付くようにして取り付けられた細い階段を指差した。「ねえ、オイラ達より先に誰かが階段を昇ってるよ。」　レッドXIIIの視線の先を追うと、階段のずっと上を駆け上がって行く複数の人影があった。「あいつら、タークスの連中じゃねえか！？何してやがんだ、こんなとこで！」「おそらく目的は我々と同じだろう。」　驚くバレットにヴィンセントは応えた。「彼らなら宝条をどついてシスター・レイの暴走を止めてくれるかもしれまへんけど‥‥」「早くあとを追った方がよさそうだな。なんだか嫌な感じがする。」　クラウドが階段に向かって駆け出すと、他の仲間達もそれに続いた。「今日の宝条はなんや得体の知れん感じがしますんや。あいつは普段からそうやけど、今日は特にヤバイ雰囲気ですわ。みなさん気いつけて下さい。」　ケット・シーはやや緊張気味の声で言ったが、それに対してバレットは鼻で笑った。「あんな青白い顔したひょろひょろ野郎なんざ、一発ブン殴ればすぐにのびちま――」　突然、頭上からすさまじい爆発音が響いた。非常階段が大きく揺れ、クラウド達は手すりにしがみつくか、その場に這いつくばった。「まさか、もうオーバーロードが！？」　クラウドは強張った表情でケット・シーを振り返った。「いえ、ちゃいます。ほんまもんはこんな程度では済みませんわ。これは何か全然別物の爆発です。おそらく宝条とタークスが上でハデにやらかしとるみたいですわ。」　クラウド達は最上階を仰ぎ見ながら、階段を昇る速度を速めた。その間も絶えず上からは、激しい戦闘を思わせる爆発音や銃声が鳴っていた。最後の階段を各々の武器を抜きながら駆け上がった。　最上階に着いた彼らの目にまず入ったのは、立ち昇る黒煙とその中に倒れたルードの姿だった。全身傷だらけで身動きしていない。　クラウドはルードに駆け寄り、その傍らに跪いた。「息はあるな。他の２人はどこだ？」「クラウド、あれ！」　ティファが指差した先に、残りのタークス２人の姿があった。　レノとイリーナの状態も、ルードのそれとあまり変わりなかった。傷付き今にも力尽きそうな様子で、懸命に何かと戦っていた。「な、なんだありゃ‥‥っ！」　２人が戦っている相手を見て、バレットは絶句した。　モンスターであることには間違いない。しかしその姿は、今までに見たことがないほど不気味でグロテスクなものだった。「あれも宝条が作り出したモンスターなのかよ。」「‥‥いや、違う。」　応えたヴィンセントの声には、不思議なほどの確信がこもっていた。　その真意を問い質そうとクラウドがヴィンセントの方を振り向いた時、眩い光とともに爆風が吹き荒れた。虚を突かれた彼らは風によってなぎ倒された。　急いで身を起こしたクラウドは、レノとイリーナの姿が消えたことに気付いた。「先輩！」　イリーナの悲鳴じみた声が響いた。彼女はシスター・レイの縁の部分で腹ばいになり、下を見下ろしていた。何かを懸命に引っ張り上げようとしている。　事態を察したクラウドが立ち上がりかけた時にはすでに、ヴィンセントは走り出していた。「先輩‥‥っ、離さないで下さいね‥‥私も絶対‥‥離しませんから‥‥っ！」「無理をするな、イリーナ、と。１人落ちれば済むところを２人落ちるのは利口なヤツのすることじゃないぞ、と。」「私、利口じゃありません‥‥っ。だから、いつまで経っても半人前で‥‥だからっ、離しません！」　そう言ったものの、レノの腕をつかむイリーナの力は限界だった。　歯を食いしばり、それでも離すまいとする彼女の横からふいに伸びてきた手が、レノの腕をつかんだ。その手は易々とレノを引き上げた。「あなたは‥‥」「ヴァレンタイン‥‥と。」　ヴィンセントはレノとイリーナを一瞥しただけで何も言わず、２人がそれまで対峙していたモンスターに向き直った。「お前も哀れな男だな‥‥宝条。」「宝条？このモンスターがあの宝条なのか？」　クラウドは唖然として、彼らの前に立ち塞がる人ではありえない者を見上げた。「そうだ、と。俺達がここに来たときには、そいつは確かに宝条博士だった、と。それが突然モンスターに変身したんだ、と。」　レノはイリーナに支えられて立ち上がりながら言った。「ジェノバ細胞を自らの体に埋め込み改造を施した。そういうことなのだろう、宝条。お前の心には昔から怪物が住んでいたが、とうとうその身までも怪物と化したか。」「クックックッ‥‥。ずいぶんな言い様だな、古き友人よ。君と私は同じだよ。私を怪物と呼ぶのなら、君も同類だ。」　もはや人であったときの面影すらない宝条の顔が、醜く笑った。「ジェノバ細胞の力は素晴らしいな、ヴィンセント。もっと早くにこうするべきだったよ。人知を超えた力をこうも簡単に手に入れられるとは、実に素晴らしい‥‥。君も私に感謝していることだろう。君は私の最高傑作なのだからな。」　稲妻のようにヴィンセントの体の中を怒りの電流が走り抜けるのが、隣にいたクラウドにも感じられた。　だが、次に口を開いたヴィンセントの口調は、飽くまでも穏やかだった。「そうだな‥‥。感謝せねばならないだろう。この忌まわしき体はたくさんのことを教えてくれた。私の罪の深さ、罰の重さ、そして愚かしさを。私とお前は確かに同類だ。怪物であり、そして愚か者だ。」「ヴィンセント、それは違う。」　彼の言葉をクラウドが否定した。「あんたは奴と同類なんかじゃない。怪物でもない。あんたは俺達の仲間、ヴィンセント・ヴァレンタインだ。」　クラウドの顔を見たヴィンセントは、ややあってほんの微かな笑みを見せた。「これはこれは。私の最高傑作と失敗作の間にかくも麗しい友情が芽生えていようとはな。世の中は科学の力では予測出来ないことに満ち溢れている。」　さもおかしそうに笑う宝条を、クラウドは睨み付けた。「黙れ、宝条。俺達はお前にそんな名前で呼ばれる謂れはない。」「愚か者か‥‥。ククッ、類は友を呼ぶともいうな。君の仲間も実に愚かしい。」　宝条の体から触手が伸び、その先から陽炎のように揺らめく青白い炎が噴き出した。　目標はヴィンセント達ではなく、宝条の視界をかすめるようにシスター・レイの制御室に近付きつつあったティファ達だった。いち早くその攻撃に気付いた彼らは、四方に散ってそれを避けた。「‥‥危ない危ない。間一髪ね。」「モロバレでしたか。あいつ、後ろにも目玉がついとるみたいや。」　宝条がヴィンセント達に気をとれらている隙に、制御室へ潜り込もうとしたようだが失敗だった。「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。部外者は近付かないでほしいものだな。」　宝条は触手をスルスルと戻しながら不敵に笑った。「何言うてんねん。そういうお前も管轄外の部外者やないか。こんなアホなマネしてなんのつもりや。ミッドガルを粉々にしたいんか。」　宝条に向き直ったケット･シーは、今までにないほどの険しい表情をしていた。「そんなマネはボクが絶対許さへんで。都市開発部門統括の名にかけて、この街は絶対壊させへん！」「都市開発‥‥お前、リーブか。リーブ、君こそ管轄外の仕事をしているのではないのかね。諜報活動はタークスの仕事だろう。そんな愉快な人形を使ってスパイごっことは、都市開発部門はよほど暇を持て余しているようだ。」「やかましわ、アホっ。ボクがやっとるんはスパイごっこでもスパイでもない。ドアホをしばいて星を救う。ただそれだけのことや。今すぐシスター・レイを止めるんや、宝条。さもないと、あとで後悔するハメになっても知らんで！」　ケット・シーはメガホンを宝条に向かって突きつけた。「同僚の頼みには応えたいところだが、それは出来ない相談だ、リーブ。なにしろこれは、息子のためにやっていることなのだからな。」「息子‥‥やて？」「私はミッドガルに集まるすべての魔晄の力を、北の大空洞にいる我が息子セフィロスのもとへ送るのだ。その結果街一つが吹き飛ぼうが、それはそれで尊い犠牲というものではないかね。」　ケット･シーだけでなく、その場の誰もが宝条の言葉に驚かされた。ただ１人、ヴィンセントだけが動じた風もなかった。「ちょ、ちょい待ってや。今の最後の台詞もかなり頭にきたけど、その前の台詞‥‥セフィロスはホンマにお前の息子なんか？」「そうとも。私の子を身ごもった女をＪ－プロジェクトの実験体として提供した。その結果、生まれたのがセフィロスだ。無論、本人は私が父親だとは知らないがね。知ればひどく驚くに違いない。奴は私のことを蔑んでいたからな。」　宝条は何かを思い返すように低く笑い、そしてふとヴィンセントに目を向けた。「君のことを最高傑作と呼んだのは取り消そう、ヴィンセント。私の真の最高傑作はセフィロスだ。奴の前では人の力も科学の力も無力だ。奴はやがてこの星の神となる。それももう間もなくのことだ‥‥ククク。」　宝条は不定形にうごめく四肢をさらに膨張させていった。「さて、おしゃべりはここまでにしよう。魔晄エネルギーも良い具合に高まってきたようだ。あとはシスター・レイを照射するだけ。私に科学者として、親としての務めを果たさせてもらおうか。」「‥‥ふざけるなよ、このイカレ野郎！何が科学だ、何が親だ！てめえが言うな、クソッタレ！」　ダンッと足を踏み鳴らすようにして、一歩前に出たバレットは怒号した。「俺は科学って奴が大嫌いだった。科学が作った魔晄炉が、俺からたくさんのものを奪ったんだからな。けど、世の中にはその科学って力で、宇宙へ行く夢に心血を注いでいるヤツもいる。人のための街づくりに懸命になっているヤツもいる。てめえがやってることはなあ、そいつらの努力と情熱に泥を塗ってるのと同じなんだよ！」「バレットさん‥‥」　感動したように自分を見ているケット･シーに気付き、バレットは慌てて付け加えた。「べ、別にお前のことを言ってる訳じゃねえぞっ。」「素直じゃないね、バレット。」　レッドXIIIに言われ、真っ赤になっていきり立つバレットをティファが背中を叩いてなだめた。「と、ともかくだ、てめえの科学なんざ俺は認めねえ。それよりもっと認められねえのは、てめえが親を名乗ることだ！人の命を蔑ろにするてめえに、人の親を名乗る資格も、なる資格もねえ！」　怒鳴り終えたバレットは肩で息をしていた。「‥‥さて、言いたいことを言ってすっきりしたようだ。そろそろお開きにしてくれないか。いつまでも君達の相手をしていられるほど、私も暇ではないのでね。」「てっ、てめえ！人を見下すのもいい加減にしやがれ！」　つかみかからんばかりの勢いのバレットを、クラウドが止めた。「こんな奴に何を言っても無駄だ。人の心を持たない奴に、俺達の言葉が分かるはずもない。」　クラウドは長剣を構えた。「宝条は俺達で止める。ケット・シーはシスター・レイを頼む。」「よっしゃっ、まかしとき！」　走り出したケット・シーは、バレットの方を振り向いた。「バレットさん、一緒に来て下さい。ボク１人では手に余るかもしれへん。手伝ってほしいんです。」「お、俺かよっ。俺に機械の操作なんて出来る訳‥‥」「行って、バレット！時間がないのよ！」　ティファに押し出されるようにして、バレットはケット・シーのあとを追いかけた。　２人を通すまいと宝条が再び放った青い炎を、レッドXIIIがブリザガの魔法で相殺した。「お前の相手はオイラ達だって言ってるだろ！よそ見してるんじゃないよ！」　弾丸のように飛び出したレッドXIIIは軽く跳躍すると、鋭い爪を一閃させた。　同時にティファが逆サイドから連打と回し蹴りのコンボを叩き込む。「！？」　レッドXIIIとティファは同じ驚きの表情を浮かべてバックステップで下がった。「効かない。全然手応えがないよ。」「こっちもよ。まるでスポンジみたいだわ。」　制御室に駆け込む間際にバレットが銃を乱射したが、銃弾は吸い込まれるように宝条の体に溶け消えていった。「奴には一切物理的な攻撃は通じないぞ、と。」「魔法もよ。全部跳ね返されるわ。」　後ろに下がっていたレノとイリーナが、苦々しげに口を揃えた。「クァクァクァッ！どうだ、素晴らしいだろう！あらゆるダメージを受け付けないこの体！私を止められる者はもはや誰もいないのだ！」　高笑いする宝条を見上げ、クラウドは長剣の柄を握り直した。斬りもうと足を踏み出した時、スッとヴィンセントが前に出てそれをさえぎった。「お前を止めるのお前自身だ、宝条。」　銃を構えたヴィンセントは宝条の頭部に狙いを定めると、一発だけ銃声を轟かせた。　ヴィンセントが放った銃弾も、やはり宝条の体を傷付けることなく吸収されていった。しかし、それから１０秒と経たないうちに異変は現れた。　宝条の体の表皮が、まるで土壁が崩れるようにポロポロと剥がれ落ち始めた。「な、に‥‥っ！？」　宝条の顔から嘲笑が消え、初めて驚愕の色をのぞかせた。「こ、この反応は‥‥っ。」　小刻みな痙攣と膨張と収縮を繰り返す宝条の体は、もはや制御不能に見えた。表皮の剥離が収まると、次は霜に覆われるようにして白銀色にその色を転じていった。　何が起きているのか分からず戸惑うクラウド達の中で、ヴィンセントだけが感情のない瞳でそれを見つめていた。　急激な変化は始まった時のように唐突に終わり、宝条はその場に崩れ落ちるようにして倒れた。その時巻き上がった風で、ヴィンセントの長い髪が揺れた。　まだ身動きはしているが、宝条がもう虫の息であることは誰の目にも明らかだった。「ヴィン‥‥ト‥‥お前が、なぜ‥‥だ‥‥」「‥‥自分にはもう必要のないものだと、そうルクレツィアからの伝言だ。」「ルク‥‥レ‥‥ツィア。そ‥‥うか。ク、ククッ‥‥やはり、愚かだ‥‥お前も‥‥あの女も、私‥‥も‥‥」　宝条は自嘲ともいえる笑みをもらした。「生き‥‥地獄から、救われ‥‥最後の機会‥‥。それを‥‥自ら、捨て‥‥。永遠‥‥続く‥‥苦しみ‥‥中で、生き‥‥続ける‥‥か。愚か‥‥」　クラウドは長剣を振り上げると、宝条の顔めがけてそれを突き立てた。宝条はもう何も言わなかった。「生きていくことが、苦しくない奴なんていない。大切なのはそれをどう乗り越えて前に進んで行くかだと、俺はそう思う。」　宝条の死に様を見つめていたヴィンセントは目を上げた。そのまま視線は空を仰ぐ。「‥‥ああ。私も、そう思う。」　ヴィンセントは大きく息を吸って、吐いた。「ねえ、ヴィンセント、今のはどうやったんだい？たった一発で宝条を倒すなんてさ。」　宝条の最期を確認していたレッドXIIIが、振り返って訊いた。「あの銃弾には、ジェノバ細胞を持つ者に死をもたらす薬品を詰めていた。宝条自身が開発し、それを死を望んでいたルクレツィアに渡したものだ。だがルクレツィアは生きることを選び、薬を私に預けた。」「そういうことか。だから宝条を止めるのは宝条自身なんだ。」「実を言えば、撃つギリギリまで迷った。これを使えば宝条を倒すことは容易くなるが、同時にセフィロスを倒す手段を失うことになるかもれしないと。だが‥‥」「その薬品の力でセフィロスを倒してしまったら、セフィロスの死の後押しをルクレツィアさんがしたことになる。そう考えたんじゃない？」　ティファに指摘され、ヴィンセントはぎこちなく頷いた。「やっぱり優しいね、ヴィンセントは。」「そんなことはない‥‥。それに、結局はルクレツィアから預かったもので、彼女の想い人である宝条を倒してしまった。」　ヴィンセントは手の中の銃に目を落とした。「ルクレツィアさんがその薬をあなたに渡したのは、過去と決別するって意味だったんじゃないかしら。ヴィンセントはもっと自分に自信を持っていいと思うけどな。」　ティファは困ったものだといわんばかりに肩をすくめて見せた。　ヴィンセントはそれを見て苦笑し、懐から空になった薬品の小瓶を取り出した。「‥‥そうだな。私もルクレツィアを見習って、くよくよといつまでも過去を振り返る自分と決別しなければならないな。」　小瓶をミッドガルの空に向かって放り投げたヴィンセントは、それを銃で撃ち砕いた。　キラキラと八番街に降り注ぐガラスの破片を見つめるその横顔は、何かから解放されたように晴れ晴れとしていた。「あっ、そうだ、シスター・レイ！」　思い出したレッドXIIIは声を上げ、制御室に向かって駆け出した。　他の仲間達がそれに続こうとした時、制御室からケット･シーとバレットが現れた。「あらら、もう宝条のドアホを倒したんですか～。ボクらの出る幕ありまへんでしたな。」「なんだよ、少しは見せ場残しといてくれればいいのによ。」「ケット・シー、バレット！シスター・レイは！？」　クラウドの問いかけに対し、ケット･シーは両手で大きな丸を作って見せた。。「あとちょいで危ないとこでしたけど、なんとか間に合いましたで。シスター･レイに集まっていた魔晄エネルギーもそれぞれの魔晄炉に還元中です。もう安心でっせ～。」　その言葉を聞いたクラウド達はほっと安堵した。「でもホンマ、めっちゃギリギリでしたわ。バレットさんの手助けがなかったら時間切れになってたとこです。」「俺はこいつに言われるままにボタン押してただけだぜ。全部ケット･シーのおかげだ。」　バレットは笑いながらケット･シーの小さな頭をぽんぽんと叩いた。「――ともかくは礼を言おう。よくやってくれた。」　この場にいる誰のものでもない声がした。　声の聞こえた頭上を振り仰ぐと、そこにはいつの間に現れたのか、１機のヘリがホバリングしていた。後部の開いたドアから乗っている人物の姿が見えた。「ルーファウス！」「まさかお前達が神羅を守るために戦ってくれるとはな。」　ルーファウスは風で乱れた髪をかき上げ、皮肉めいた笑みを見せた。「勘違いするな。俺達はこの街に住む人達の命を守っただけだ。あんた達神羅のためにやったんじゃない。」　クラウドはきっぱりと言い放った。「‥‥ほう。では、飽くまで神羅に対抗することはやめないということか。」「当たり前だ！神羅は俺達が必ずブッ潰してやるんだからな！」　バレットは拳を振り上げた。「フフ‥‥そうか。いいだろう。」　ルーファウスはヘリのパイロットに向かって何かを合図するしぐさをした。　そこへさらに２機のヘリが加わった。それらには小型のロケット砲のようなものが搭載されていた。「これは我が神羅カンパニー兵器開発部門が開発した新兵器だ。小型のシスター･レイといったところだな。ようやくテストを終えたばかりのものだが、威力は抜群だ。これなら宝条を排除することも可能だろう。」「どんなに威力があっても、間に合ってないなら意味ないよ。」　レッドXIIIは呆れ口調で言った。「魔晄エネルギーの充填に時間がかかるのが難点でね。確かに間に合わなかったようだが、無駄にもならずに済むだろう。」　ロケット砲がかすかに振動し、その向きを変えた。自分達に照準が定められたことを、シスター･レイの上にいる全員が感じ取った。「宝条に引導を渡してくれたことには感謝する。しかし、君達の力は大きくなりすぎた。神羅にとっての後の憂いを絶つためにも、ここで消えてもらうとしよう。」「なんだと、てめえ！またそんな勝手なことぬかしやがって！もう勘弁ならねえ、降りて来やがれ！」　バレットはヘリに向かって右腕の銃を向けたが、ケット･シーがそれを制して前に出た。「社長！そんな危ないモンここで使うたら、シスター・レイにかて被害が出るんやないですかっ。オーバーロードは食い止めたけど、まだ魔晄エネルギーは飽和状態なんや。些細な刺激で誘爆を起こしかねんのやでっ。」「その心配は無用だ、リーブ。この新兵器の優れた点は、建造物には一切影響を及ぼさず生命体だけを一瞬で気化することにある。魔晄炉や市街戦を想定して開発されたものだか、まさにこういう状況下にうってつけの兵器という訳だな。」　ケット･シーは小さく舌打ちし、「キャハハの奴、いらんモン開発してからにアホンダラが。」と苛立たしげに悪態をついた。　ルーファウスはそんなケット・シーに冷たい視線を投げかけた。「リーブ、君の行動は神羅の利になればと今まで黙認してきた。だが、君はいささかクラウド達に肩入れが過ぎるようだな。よって、これよりその身柄を拘束し、統括職の任を解くこととする。」「なっ‥‥！あっ、コラ何すんねんアホっ、放さんかい‥‥っ」　その言葉を最後に、ケット･シーは唐突に動きを止めた。糸の切れた人形のように、デブモーグリから転がり落ちるところをクラウドが抱きとめた。「おいっ、ケット・シー！」「てめえ！こいつに何しやがった！」　バレットは怒りの形相で頭上のルーファウスに吠えかかった。「心配することはない。リーブは神羅にとって優秀な人材だ。しばらく頭を冷してもらうだけだ。それに君達がいなくなれば、彼も元の忠実な神羅社員に戻ってくれることだろう。」　話は終わりだとばかりにルーファウスは片手を上げた。今にも攻撃開始の合図を下そうとした時、「ここにも忠実な神羅社員が３名いるのを忘れてはいないか。」　ヴィンセントは満身創痍で座り込んでいるタークス３人組を見ながら言った。「彼らを私達の道連れにするつもりか。」　ルーファウスはタークス達に目を向けたが、そこにはなんの感情も浮かんでいなかった。「彼らは宝条の暴走を止める任を受け、それに失敗した。プロフェッショナルなら自己に課せられた使命に、それ相応の責任を負う覚悟があってしかるべきだと思うが。」　ルーファウスの抑揚のない言葉を聞きながら、レノ達は残った気力を振り絞るようにして立ち上がった。途中から意識を取り戻していたルードに、イリーナが肩を貸す。　だが、タークス達からの言葉はなかった。すべてを受け入れたように、ただ黙然とその場に立っていた。　そんな彼らを見て、ヴィンセントは厳しい表情になった。「自らの死ですべての責任が取れると思っているのなら、それはただの欺瞞だ。逃げでしかない。‥‥君達は、私と同じ間違いは犯すな。」　レノ達はヴィンセントを見返した。その視線を受け止めたヴィンセントは表情を和らげると、諭すように頷いた。「彼らは間違ってなどいない。自己の立場をよくわきまえた立派な神羅社員だ。名誉の殉職として大々的な社葬を行うとしよう。」　ルーファウスは笑みを浮かべたまま、再度手を上げた。「さようなら、諸君――」　パラシュートで飛空艇から飛び降りたエアリスとユフィは、風に流されウェポンからかなり離れた地点に降り立った。「マテリアハンターユフィ参上！待ってろよーっ！究極のマテリアーっ！」　異様なほどのハイテンションでウェポンに向かって疾走するユフィの後ろを走りながら、エアリスは苦笑した。　辿り着いたウェポンは予想を遥かに上回る巨大さだった。横たわるその体は小高い丘を思わせるほどだ。いや、丘というより岩山といったほうがいいかもしれない。遠くから見た時は気付かなかったが、その表面はゴツゴツとしたウロコのようなものに覆われ、皮膚というよりそれ全体が鎧のようだった。「マテリアがあるのは額のはずなんだけど、ここってどの部分なんだろ。デカすぎて体の位置関係が分かんないよ。」「多分、足の部分なんじゃないかな。ウェポンは仰向けに倒れたはずだから、頭はミッドガルとは反対の方を向いてるはずだよ。」「なるほどっ。さっすがエアリス！」　エアリスとユフィはウェポンの体に沿って頭部を目指した。　額部分に辿り着くにはウェポンをよじ登るしかないが、いきなり頭部から登ることは難しく、登れそうな部分を探すのに手間取った。　結局、少し後戻りすると右腕部分から登り始めた。一旦登り始めると、ウェポンの胸部まで這い上がるのは造作もなかった。「よっし、ここまで来ればあとは額を目指すだけ――」「キャハハハハ！すごすぎるわ、こいつ！どこも捨てるところがないくらいの素材の宝庫よ！」「ガハハハハ！しかもこの量だ。武器も防具も作り放題だな！まさしく宝の山――む？」　そこにはすでに先客がいた。スカーレットとハイデッカーの高笑いコンビである。　こんなところで出会うとは思ってもみなかった両者は、見つめ合ったまましばし金縛り状態になった。「お前は古代種の娘！」「レポーターの小娘！」「ガハハ男！」「年増！」　金縛りが解けた途端一斉に叫んだが、一際ヒステリックになったのはスカーレットだった。「誰が年増ですってえーっ！キィィィイイ！あんた達がなんでこんなところにいるのよ！」「それはこっちのセリフだっての！ここで何してるのさっ。まさか、究極のマテリアを横取りするつもりっ！？」「究極の‥‥？」「マテリア‥‥」「ユフィ‥‥」　エアリスはふーっとため息をつき、ユフィはハッとして手で口を塞いだが、もう遅い。「ウルトラしまったーーーーっ！」「ふ～ん、究極のマテリアねえ。なかなか魅惑的な響きのマテリアじゃない。」「ウェポンに隠された真のお宝という訳だな。」　スカーレットとハイデッカーは底意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべた。「どこにあるのよ、そのマテリアは。おっしゃい！」「誰が言うもんかっ、あっかんべーっだ！」「フン、別に教えてもらわずとも結構だ。お前らをとっつかまえて、我々で探せば済むことだからな。」　ハイデッカーの背後から次々と神羅兵が現れた。「ファイガ！」「グラビガ！」　ほぼ同時に魔法を放ったエアリスとユフィは、その効果を確かめることなく踵を返して駆け出した。「キィィっ！いきなり魔法を撃つなんて、この卑怯者ーっ！」「へーんだっ。この人数差で卑怯もへったくれもあるかってーの。先手必勝だよっ。」　重力魔法で身動きのとれなくなったスカーレット達を尻目に頭部を目指すが、いくらも行かないうちに新たな神羅兵の集団に出くわした。「ぞろぞろぞろぞろザコがうざったい！どけーっ！」「ファイガ！」　ユフィが円月輪を振り回して相手を怯ませ、その隙にエアリスが魔法を唱えてなぎ払った。　第二陣の包囲網を突破してウェポンの頸部まで来た時、エアリスは急に立ち止まった。「ユフィ、先に行って。私はここでハイデッカー達の足止めをしておくから。」「なに言ってんのさ、エアリスっ。いくらザコばかりでも、あんなたくさん一人で相手に出来る訳ないじゃん！」「でもここで食い止めておかないと、究極のマテリアを取る時狙い撃ちにされてしまうよ。だいじょぶ、無理はしない。時間を稼ぐだけだから。ね？］　エアリスは笑ってユフィの背中を押しやった。「分かったよ‥‥ありがとね、エアリス。あ、そうだ、これ。」　ユフィはウエストバッグから２個のマテリアを取り出すとエアリスに渡した。「マテリアハンターとっときのお宝マテリア、核熱マテリア『フレア』と時間マテリア『ヘイスト』！性能は使ってみてのお楽しみ～っ。」　ユフィは得意のＶサインを出してニンマリ笑った。「ふふ、なんだかすごそう。じゃあ遠慮なく使わせてもらうね。」　手を振りながら駆け出して行くユフィを見送って、エアリスは追っ手の来る方向に向き直った。「さあてエアリスさん、ひと暴れといきますかっ。」　防御マテリアを使いシールドの魔法をかけ、さらに反射マテリアによるリフレクの魔法をかけた。そして、その二つのマテリアを外し、新たにユフィからもらったマテリアと付け替えた。　まずヘイストの魔法を試してみる。ヘイストは自己強化の魔法のようだったが、なにが変わったのかは分からなかった。　エアリスはひとつ大きく深呼吸すると、敵を待った。　先頭の神羅兵の姿を見とめ、魔法の間合いに入ったところで先制の一発をお見舞いしてやろうと身構えた。しかし、おかしなことに神羅兵達は一向に近付いて来なかった。「なにモタモタしてるんだろ。油断させるつもり‥‥あっ。」　その時になって、ようやくヘイストの効果に気付いた。「あの人達が遅いんじゃない。私の動きが速くなってるんだ。時間マテリアってそういうことだったんだっ。」　エアリスは自ら距離を詰めると、２個目のお宝マテリアを使用した。「フレア！」　空間が一瞬にして収縮したかのような歪みが生じた。音までがそこに吸い込まれてしまったような静寂のあと、それが一気に弾けるように爆発した。ファイガなどのように炎で焼き払うといったレベルを超えた魔法だった。「‥‥ユフィのコレクションてとんでもないな。」　エアリスは腕輪にはまったマテリアをこわごわ見つめた。　しかし、威力に対して飛距離はあまりないらしく、神羅兵の本隊には届かなかった。だがそれでも、彼らの見たこともない魔法が目の前で炸裂したことで、その戦意と足並みを鈍らせるには十分だった。　再び距離をとったエアリスは、次々と威嚇の魔法を放った。普段なら発動まである程度の時間がかかる魔法が、ヘイストの効果で連続で発現する。　容赦なく降る魔法の雨に、神羅兵達は逃げ惑うばかりだった。「さあさあっ、勇気がある人はかかって来なさい！エアリスさんが星に還してあげるわよっ！」　仁王立ちになり、高笑いしそうな勢いで言い放つエアリスは、気分はすっかり魔王である。