やがて飛空艇はハイスピードでロケット村に到着した。発射台のロケットが白煙を吐いて発射態勢を整えているのが遠目にも確認出来た。
真っ先に飛空艇から降りたシドは、一目散に村に向かって駆け出した。
「その発射待ったー！俺様を乗せろー！」
「おい！シド、待て！一人で突っ込むな！今この村は神羅でいっぱいなんだぞ！」
クラウド達は慌ててシドを追いかけた。
案の定、シドの前にタークスのルードが立ち塞がった。
「どけい！このツンツル頭！邪魔するない！」
「‥‥計画の邪魔をする者は、ただちに排除する。」
「あーっ！またあなた達ね！」
続いてイリーナが駆けつけて来た。ルードより一歩前に出てクラウド達と向かい合うと、ビシッと人差し指を突きつけた。
「いつもいつも私達タークスの仕事を増やしてくれちゃって！ホントいい迷惑なんだからね！あ、でもツォンさんを助けてくれたことはお礼言っておくわ。」
怒り出したかと思えば、急にペコッと頭を下げた。
「ね、ツォンはだいじょぶなの？」
エアリスは訊いた。仇敵とは言え彼の安否はずっと気にかかっていた。
「相当な深手だったけど、今は順調に回復中よ。応急処置がよかったんですって。職務への復帰はもう少し先になるだろうけど‥‥」
「いつもながら、誰彼相手かまわずおしゃべりだな、イリーナ、と。」
今度はレノが現れた。
「ツォンさんがいたら、またお小言もらうところだぞ、と。」
「は、はいっ。すみません！」
イリーナはフタをするように手で口を覆い、３歩後ろへ下がった。
「さてと、いつぞやの決着をつけたいと言うなら、こっちは臨むところだぞ、と。」
レノは両手をポケットに突っ込んだまま挑発的に言った。ルードが銃を抜き、イリーナは魔法を撃つ構えを取った。
「待て待て、勘違いするない。誰がロケット打ち上げの妨害に来たっと言ったよ？俺様はあいつに乗りに来たんでい。」
シドはタークスの後方に見える神羅２６号を指さした。
タークス３人組は不可解な言葉を聞いた、というようにシドを見つめ返した。
「俺様以外にあの神羅２６号を操縦出来るヤツはいねえ。それでも打ち上げをするってからには、大方操縦者不要のオートパイロットシステムを使う気なんだろ？だがなあ、飛空艇ならまだしもものが宇宙ロケットじゃそう簡単にはいかねえぞ。いくら懇切丁寧に進路をインプットしても、飛んでるうちに微妙なズレってのが生じるもんだ。せっかく飛ばしてもメテオの横を通り過ぎました〜、で終わる可能性の方が高いんでい。分かったら乗せやがれい！この俺様を！」
シドはレノ達が気圧されるほどの勢いで、一気にまくし立てた。
「話はまあ分かったぞ、と。だが、今回使うのはオートパイロットじゃないぞ、と。」
「オートパイロットシステムは故障で使えない‥‥」
「だから、ちゃんと操縦する人が乗ってるんだけど。」
「なにい？一体どこのどいつが乗り込んでるんでい？」
「確かシエラとかいう名前だったな、と。」
シドの体がたっぷり１０秒は硬直した。
「‥‥シ、シエラだと〜！？なんだそりゃ！？オートパイロットより始末が悪いじゃねえか！」
「シエラさん、ロケットの操縦なんて出来るの？」
エアリスの問いに対して、シドは大きく左右に頭を振った。
「あいつはただのメカニックだ！まともに動かせるはずねえだろ！車の運転とは訳が違うんでい！」
シドがタークスを押しのけて前に進もうとした時、村中に警報が鳴り響いた。
「なんなんだ、この音は？」
バレットは小うるさそうにすぐ横のスピーカーを見上げた。
「ロケットの打ち上げで非常事態が起こった時に鳴る警報でい。まさか、シエラの身に何か起こったってのか！？」
シドはうろたえた表情で発射台の方を見た。しかし、一見したところ神羅２６号にはなんの異変も見受けられなかった。
その時、レノのＰＨＳが鳴った。
「タークス、レノだぞ、と。‥‥何？そうか、分かった、と。」
「どうかしたんですか、レノ先輩？」
レノはＰＨＳを胸ポケットにしまい込みながら空を見上げた。
「ウェポンが現れたそうだ、と。現在このロケット村に接近中らしいぞ、と。」
「ウェポンだと〜！？こんな時になんてこったい！」
シドは今にもウェポンが現れるのではないかと、四方の空を見回した。
「とにかく発射台へ行こう、シド。ロケットの中の彼女をそのままにしてはおけないだろう。」
クラウドが言うと、シドはもう一度ロケットの方を見た。
「ったくシエラのヤツ、手間かけさせやがって！行くぞ、おめえら！俺様について来やがれい！」
シドは走り出した。他の仲間達もそのあとに続く。
しかし、ティファだけはくるりと回れ右をして、飛空艇の方へと戻って行った。
「おい、ティファ？どこに行くんだよ！」
バレットはティファの背中に向かって叫んだ。
「ウェポンの注意をそらすの。少しでも時間を稼ぐわ！」
「時間を稼ぐってお前‥‥。チッ、しょうがねえな。待てよ、俺も行くぜ！」
「ティファ？バレット？」
エアリスは反対方向へと走っていく２人に呼びかけた。同じようにティファ達の行動に気付いたヴィンセントが、彼らのあとを追いかけた。
「私も彼らに付き合う。ウェポンのことは我々にまかせて、早く発射台の方へ！」
「分かった。みんな、あまり無理しないでね！」
二手に別れ、彼らはそれぞれの方向へと走り出した。
発射台のそばまで来たところで、シドを呼び止める声がした。
「艇長！戻ってたのか！」
顔なじみのエンジニアが走り寄ってきた。
「おい！シエラがこいつに乗ってるってのは本当か！？」
「そうなんだよ、艇長。俺達も止めたんだけど、シエラのヤツ言うこと聞かないんだ。ちょうどオートパイロットが故障してたもんだから、パルマーのヤツ一も二もなくシエラの提案を受け入れやがった。」
「なにい？パルマーが打ち上げの指揮を執ってるのか！？あんなふとっちょ野郎に何が出来るってんだっ。」
発射台に隣接して取り付けられたロケットの乗り込み口へと通じる細い階段を駆け昇った。
乗り込み口の前に来たシドは、ロケットのハッチを開けようとした。しかしハッチは固く閉ざされビクともしない。クラウドとエアリスが手を貸し３人がかりで試したが、同じことだった。
「クソッ。やっぱり外からじゃ開かねえか。誰か管制塔へ行って、ハッチを開けるように言ってくれい！」
「オイラ行ってくる！」
「ほなボクも。パルマーがアホなことせんよう見張ってますわ。」
レッドXIIIとケット・シーが階段を駆け下りて行った。
「早くしてくれよ！グズグズしてるとウェポンが来ちまうぜ！」
シドは２人の背中に叫んだ。
飛空艇に戻ったティファ、バレット、ヴィンセントの３人はまずブリッジへと向かった。クルー達へ発進を指示すると、そのまま飛空艇の甲板へと出た。
「あれえ‥‥？みんなもう帰ってきたの？‥‥うぷっ。」
甲板にはユフィがいた。乗り物酔いがひどいため、そのまま飛空艇に居残っていたのである。
「なんだ、お前？医務室で寝てるんじゃなかったのかよ。」
バレットは大の字になって寝転がっているユフィを覗き込んだ。
「ここの方が風に当たって気持ちがいいそうじゃよ。それより、何かあったのか？」
ユフィの付き添いとしてそばについていたブーゲンハーゲンが訊いた。
「ウェポンが現れた。ここに近付いている。」
ヴィンセントが短く答えると、ブーゲンハーゲンは眉をひそめた。
「やっかいなことじゃな。」
「来たわ！あれよ！」
ティファは甲板の鉄柵に駆け寄って指さした。
ロケット村の遥か後方、ニブル山の空にウェポンがその巨体を現した。
飛空艇はすぐさま飛び立った。
「う〜っ。せっかく乗り物酔いが治りかけてたのに〜っ。」
ユフィは情けない声を上げた。
「さて、どうする？まともにやり合って勝てる相手ではない。」
ヴィンセントは銃に弾を込めながら言った。
「倒そうなんて思ってないわ。要はロケット村に近付けさせなければいいんだから。」
ティファは甲板に備え付けの内線電話を使って、ウェポンに接近するようブリッジに指示した。
「つまりは俺達が囮になって、奴の注意をこっちに向ければいいんだな。よっしゃ！」
ウェポンの頭上に差し掛かったところで、バレットは右腕の銃を乱射した。
しかし、蚊に刺されたほどにも感じていないらしく、ウェポンは飛空艇を見ようともしない。
「やはり銃くらいでは効かないか。」
同じく銃を構えていたヴィンセントだったが、それを見て銃口を降ろした。
続いてティファがファイガの魔法を放ったが、結果は同じだった。
「全然相手にされてないようだな、と。」
背後からいるはずのないレノの声が聞こえ、３人は一斉に振り向いた。そこにはレノだけでなく、タークスの他の２人、ルードとイリーナも一緒だった。
「あーっ！お前ら、いつの間に乗り込みやがったんだ！？さてはこの飛空艇を奪い返しに来やがったな！」
バレットはタークスに向けて銃を構えた。
「飛空艇を取り戻したいのは山々だが、それは今回の仕事に含まれてないぞ、と。俺達の仕事はロケット打ち上げの妨げとなるものの排除、つまり、今はウェポンだぞ、と。」
「‥‥ウェポンを相手にするには、ヘリではやや頼りない。‥‥より安定感のある飛空艇の方が幾分マシだ。」
「という訳で便乗よっ。」
タークスの面々は言ったが、それでも彼らとバレット達の間の緊張感は消えなかった。
「一時休戦という訳か。いいだろう。」
ヴィンセントは警戒を解いて、視線をウェポンに戻した。彼の行動によって一時的にではあるが、敵対関係の図は崩れた。
「おい、言っとくがな、今だけだからな！」
人一倍神羅にいい感情を持っていないバレットは、一言言わずにはいられないようだった。
「分かってるってば。さてと、ちょっとどいてね。」
イリーナはバレット達を押しのけて、甲板の鉄柵に近付いた。そして持ち込んだロケットランチャーを肩に担ぐと、ウェポンに照準を合わせ発射した。そばにいたバレット達の鼓膜が破れそうな程の轟音が響いた。
ロケット弾はウェポンの頭頂部で爆発したが、やはり然したるダメージは与えられなかった。ウェポンは依然として突き進んでいた。
「先輩、やっぱりロケランも効きません。」
「だろうな、と。奴はキャノン砲を食らっても死ななかったんだ、と。この程度の攻撃じゃビクともするはずないな、と。」
「ウェポンは星が自ら生み出した古代のモンスターじゃからな。それこそメテオでもぶつけない限り死なないじゃろう。」
ブーゲンハーゲンは言った。
「はう‥‥。ウェポンてそんなに強いんだ〜‥‥。そう言えばアタシ、まだ奴の姿って見たことないや‥‥って、はれれ‥‥？星から生まれた‥‥古代のモンスター‥‥？」
仰向けに寝転がったまま、ユフィはぼんやりと呟いた。が、次の瞬間ガバッと跳ね起きた。
「あーっ！も、もしかしてもしかして！」
鉄柵に駆け寄り、身を乗り出してウェポンを見下ろした。
「ユフィ！落ちちゃうわよ！」
今にも鉄柵を乗り越えてしまいそうなユフィの体を、ティファは慌てて抱きとめた。
「あれ！あれあれあれだ〜！見つけた〜！」
ユフィは興奮気味にウェポンを指さす。
「あれって何？落ち着いて、ユフィ！」
「究極のマテリア、見つけた！」
「ええ！？」
「母さんの虎の巻に書いてあったんだよ！星より生まれた遥か古代のモンスター、その額にマテリアを持つ、って！実在するならそれが究極のマテリア『アルテマ』に違いないって！」
ティファ達はユフィがしきりに指さすウェポンの額部分を見た。確かに何か光るものが埋め込まれている。少し距離があるのでなんとも言えないが、マテリアと言われればそのようにも見えた。
「究極のマテリア『アルテマ』か。そういえばそんなマテリアの伝説を聞いたことがあるような気がするのう。」
隣で同じように覗き込んでいるブーゲンハーゲンが、興味深そうに髭をなでた。
「しかしマテリアにしちゃデカイような‥‥。ホントにあれがお前の探してる究極のマテリアってヤツなのかよ？」
バレットは半信半疑で訊いた。
「取ってみれば分かるってば！誰でもいいから早くアイツを倒して〜！」
オモチャをねだる子供のように、ユフィはジタバタと騒いだ。
事情を知らないタークスの３人は、なんの話だと言いたげに互いの顔を見合わせた。
その時、それまで飛空艇には目もくれなかったウェポンが、突然彼らの方を向いた。カッと口を開く。
「まずいぞ、と。奴の攻撃だぞ、と。」
どんな非常時でも、レノの口調は相変わらずだった。
現在の飛空艇はシドに代わって別のパイロットが操縦していたが、すでにウェポンの様子の変化に気付いていたらしく反応は早かった。
飛空艇はウェポンの口から吐き出されたレーザー光線を紙一重で避けた。長い射程の破壊光線はそのままロケット村をかすめた。
「あっぶないなあ。もうちょっとで村を破壊するところよ。」
イリーナは冷や汗をかかされたようで、ふうっと息をついた。ロケット村からわずかにそれた辺りは、まるで巨大なスコップで地面をすくいでもしたように黒く焦げて何もなくなっていた。
「やっぱりアイツが究極のマテリア持ってんだよ！アタシがマテリア取ってやる〜って言った途端に攻撃して来たじゃん！きっと、取られてたまるかって思ってんだよ！」
トンチンカンなユフィの見解だったが、飛空艇に対するウェポンの攻撃はそれだけで、その後も進路を変更することなくロケット村を目指した。
「どうあってもロケット村へ行きたいらしい。奴はあの村で何が行われているのか、分かっているとでもいうのか‥‥」
ヴィンセントはウェポンの不気味な躰体を見つめながら呟いた。
ジリジリとした気分で待つシド達の前で、音もなくハッチが開いた。中になだれ込んだ彼らは、コックピットを目指した。
「くぉら！シエラーっ！」
「艇長！？どうしてここに！？」
操縦席のシエラが驚いて振り向いた。
「そりゃ俺様の台詞でい！てめえこそこんなとこで何してやがる！」
シドは頭ごなしに怒鳴りつけた。狭いコックピット内で声が反響し、耳がキーンとなるくらいだったがおかまいなしに続けた。
「てめえはただのメカニックだろうが！ロケットを飛ばすなんざ自殺行為もいいとこだぜ！この大バカ野郎！」
「す、すみません。艇長‥‥」
シエラは視線を落としてうなだれた。
「シド、そんなにポンポン怒鳴らなくったっていいじゃない。シエラさんのことがすごく心配だったんだって、正直に言ったらいいのに。素直じゃないんだからなあ。」
エアリスはシドの屈折した態度に、困ったものだとばかりに頭を振った。
「な、何言ってやがる！いつ俺様がシエラのことが心配だなんて言ったよ！バカ言うない！」
シドは額に汗を浮かべて、さらに声を張り上げた。
「本当にすみません、艇長。でも‥‥」
シエラは顔を上げた。その表情はいつもの少しおどおどとした様子とは違い、確固とした信念の伺えるものだった。
「でも、この神羅２６号をオートパイロットで打ち上げるなんて、私には耐えられなかったんです。神羅２６号は艇長が乗ってこそ意味のあるものです。艇長を宇宙へ導くための乗り物なのに、肝心の艇長を乗せずに打ち上げるなんて、そんなこと絶対にしたくありませんでした。でも、艇長は不在なのに神羅の人達は打ち上げを強行しようとしました。だから‥‥せめて艇長の代わりに、私が神羅２６号に乗って宇宙へ行こうと思ったんです。私なんかじゃ艇長の代わりは務まらないってことは、十分承知しています。だけどそれでも、私はこうせずにはいられなかったんです‥‥」
シドは何かを言おうとするように口を開いたが、そのまま何も言わずにシエラに背を向けた。
「艇長‥‥？」
「ったく、ホントにバカ野郎だな。おめえは‥‥」
「はい‥‥分かってます。」
「それに、冗談じゃねえぞ。おめえなんぞに初めて宇宙へ行った人間、ていう称号を取られちまうなんてよ。悔しくて夜も眠れなくなっちまわあ。‥‥だけどよ、てめえのその気持ちだけは‥‥ちょっとばかし嬉しかったぜ。」
最後の方の言葉は、聞き取れるか聞き取れないかの微かなものだった。しかし、シエラは感激したように目を潤ませていた。
『うひょっ。シドちゃん帰ってきたの？』
管制塔からの通信が入った。声の主はパルマーだ。
『シドちゃんのお友達は乱暴だよ〜。いきなり飛び込んで来たかと思ったら、護衛の兵士達をブチのめしてここを占拠しちゃうん‥‥』
声が遠ざかった。マイクから引き離されたようでレッドXIIIらしき声が、「同じ目に遭いたくなかったら引っ込んでなよっ。」と、邪険にしているのが聞こえた。
『シドさん、聞こえますか？邪魔な神羅兵は片付けて、今ここに残ってるのはロケット村の技士さんとボクらだけです。管制塔は完全に掌握しましたで〜。』
通信の声がケット・シーに代わった。
「ようし、これでスムーズに打ち上げが出来そうだな。」
『やっぱりやるんですか？ウェポンが目と鼻の先まで来てるっちゅうのに。』
「あたりめーだろ。今飛ばずにいつ宇宙へ行けってんだ。このままウェポンに神羅２６号を踏み潰されるなんてのは、真っ平ごめんだからな。」
シドはコックピット内にいる他の３人に向き直った。
「てな訳で、打ち上げの仕切り直しだ。おめえらもとっとと降りな。」
「あんた一人で行くのか？」
クラウドが言うと、シドは呆れ返ったように首をのけぞらせた。
「目ん玉開けてよく見ろい。座席は一つっきゃねえだろが。神羅２６号は一人乗りなんでい。分かったら早く‥‥」
突如、ドーン！という爆発音が響いた。その振動でロケットが揺らぐほどの激しさだった。
「な、なんだあ！？」
『ウェポンからの攻撃や！危なかったで〜。すれすれで外れましたわ。』
「今すぐ打ち上げよう！シド！」
エアリスは勢い込んで言った。
「分かってらい。おめえらが降りたら‥‥」
「降りてる暇なんかないよ。そんなことしてる間に、次の攻撃がこのロケットに当たっちゃったらどうするの！」
「彼女の言うとおりです、艇長。一刻も無駄に出来ません。このまま打ち上げに入りましょう。」
シエラはエアリスの意見に賛成した。
「だ、だけどなあ‥‥」
シドがグズグズ迷っていると、クラウドが管制塔との通信を開いた。
「ケット・シー、ロケットの打ち上げ開始だ。今すぐに！」
『了解です〜！ほなちゃっちゃと行きますよ〜。ウェポン、依然として接近中ですから。』
「おいおいっ、おめえら‥‥。だあ〜！どうなっても知らねえからな！どっかそのへんにしっかりつかまってろい！」
シドはシエラに代わってパイロット席に座った。
「行きましょう、艇長！宇宙へ！」
シエラは笑顔で言った。
ウェポンはロケット村の目前まで迫っていた。その気になれば得意のレーザー光線で、一瞬にして村を破壊出来る距離である。
「発射準備完了。ロケット打ち上げ秒読み開始、６０秒前。」
管制官の一人が冷静な声でカウントダウンを始めた。
「あ〜、秒読みはこのわしがやるつもりだったのに‥‥」
部屋の隅に追いやられたパルマーがうらめしそうに言った。
「秒読みなんて誰がやったかて同じやろ。それに打ち上げの指揮をお前なんかにまかせといたら、何しでかすか分かったもんやない。転ばぬ先の杖や。」
ケット・シーにしては珍しくトゲのある言い方で冷ややかに言った。
「うひょ‥‥わし、宇宙開発部門統括なのにのけ者‥‥。ふんっ、いいもんね〜だ！」
すねていじけていたパルマーは手近なコンソールパネルに駆け寄ると、カチャカチャと何やら操作した。
「ああ！なんてことを！」
それを見た管制官の一人が仰天したように叫んだ。
どうしたんだとレッドXIIIが尋ねようとした時、バシュッという小さな発射音が聞こえた。打ち上げの模様が映し出されている映像スクリーンに目を向けると、ロケットから何か小さな球形状の物体が飛んでいくのが見えた。
「なんです、あれ？」
ケット・シーはその物体を指さしながら、隣の管制官を見た。
「た、大変だ‥‥あれは非常用脱出ポッドです。その人が今、手動でポッドを射出してしまったようです。あれがないと、艇長達は神羅２６号からの脱出が不可能に‥‥」
管制官は顔面蒼白だった。その場の他のスタッフ達も同じような表情をしている。
「わし、これでも宇宙開発部門統括だもんね。これくらいの操作は出来るんだぴょ〜ん。」
パルマーは一人得意満面な笑みを浮かべている。
「だぴょ〜ん、じゃない！なんてことするんだ、この脂身肉ダルマ！」
レッドXIIIはジャンプすると、パルマーに思い切り頭突きを食らわせた。目を回したパルマーはくるくるっと回転してその場に昏倒した。
「最初からこうしておけばよかったよ！」
「レッドXIII！そんな粗大ゴミさっさと窓から放り出してや！シドさん、シドさん、聞こえますか！？パルマーのアホがとんでもないことを‥‥」
ケット・シーは神羅２６号に向かって呼びかけた。
『シドさん、打ち上げ中止や！脱出手段もなしにロケット発射なんて出来ませんわ〜！』
脱出ポッドが飛び出したことは、当然ロケット内にいるシド達も気付いていた。
「くっそー！あのブクブク空気デブめ〜！広告バルーンにしてやる！」
シドは操縦席のパネルに拳を叩きつけた。
ロケット打ち上げの現場でそんな事態が起きているなど飛空艇上の者達は知る由もなく、彼らは目の前のウェポンのことで手一杯だった。
「なんとかしなくちゃ‥‥ウェポンを止めないと。」
ティファは焦る心を抑え、考えた。そして、くるりと向きを変えると飛空艇の中へ駆け込んで行き、すぐに戻って来た時にはその手に縄ばしごを持っていた。
床のフックに縄ばしごを固定したティファは、バレット達を振り返った。
「ウェポンにケンカ売ってくるわね！」
「は？何する気だ、ティ‥‥！」
言いかけたバレットは、心臓が止まりそうなほど驚いた。縄ばしごの端をつかんだティファは甲板の鉄柵に飛び乗ると、そのまま軽いステップを踏み出すようにして飛空艇から飛び降りた。
「バ、バカヤロー！何やってんだー！」
縄ばしごが伸びきった瞬間、ガクンという激しい衝撃が来たが、ティファはそれに耐えた。
ティファの目の前にウェポンの顔があった。狙い通りだ。
「あなたの相手はこっちよ！」
ティファはウェポンに向かって再度ファイガを放った。しかし今度は攻撃を左目に集中させた。
至近距離から巨大な炎の弾を目に受けたウェポンは、たまらず叫び声を上げた。痛みを振り払うかのように、激しく身をよじった。振り回したウェポンの腕がティファを叩き落とすより一瞬早く、バレットとヴィンセントが縄ばしごを引っ張り上げた。
「‥‥さすがのウェポンも目は弱点だったようだ。」
ルードは感心したように呟いたが、見ているだけではなかった。ティファが傷を負わせた左目に、すかさず銃弾を撃ち込む。それに呼応して、イリーナがロケット弾を発射し、レノが手榴弾を投げる。
「ったく、寿命が５年は縮んだぜ。」
バレットは縄ばしごを昇って来たティファに手を差し伸べた。
「これくらい平気よ。はしごにぶら下がるのは経験済みだしね。」
甲板に引き上げられたティファは、パンパンと手を払って余裕の笑顔を見せた。
「しかしこれで、ウェポンが頭にきたのは確かなようじゃな。」
動向を見守っていたブーゲンハーゲンの言葉どおり、ウェポンは進路を変え飛空艇の行く方へと追いかけて来た。
ティファのファイガにさらされた左目は焼けただれていた。しかし、無事な右目は怒りに満ちた光を帯びている。
再びウェポンは破壊光線を吐き出した。飛空艇をかすめた光線の熱気が肌で感じられた。
「来るよ来るよ〜っ！」
ユフィは乗り物酔いも忘れて叫んだ。
ウェポンの動きが速くなった。突進してくる。飛空艇は逃げの態勢に入り、上昇して加速した。
すると、ウェポンも飛んだ。ぐんぐんと飛空艇との距離を詰める。
飛空艇ハイウインドの速さは世界一とシドは豪語していたが、それは誇張ではない。この世でハイウインドより速い乗り物はない。しかし、ウェポンの飛行能力はそれを上回っていた。
「ヤバイぜっ、追いつかれる！」
バレットは速度を上げるよう内線電話に怒鳴った。
ブーゲンハーゲンを覗く甲板上の者達は、一斉に攻撃を開始した。迫り来るウェポンのその左目に攻撃を集中した。個々の攻撃力は小さくとも、それらが累積すればある程度のダメージとなる。
その駄目押しをしたのはヴィンセントだった。ヴィンセントは弾倉が空になった銃を投げ捨てると、モンスターへと変化した。しかし、その姿はいつものものとは違い、黒い翼の生えた人型に近いタイプのモンスターだった。悪魔が実際にいたらこんな姿だろうというような、不気味で忌まわしい形だ。
黒い翼のモンスター――ヴィンセントは飛んだ。そして、きりもみ状態のように激しく体をスピンさせ、そのままウェポンの左目に突っ込んだ。
ウェポンが一層激しく吠えた。悲鳴に似た叫び声だった。
ウェポンの体がぐらついた。しかしすぐさま態勢を立て直すと、飛空艇の脇をかすめ、南に向かって飛び去っていった。
「こら待てーっ！究極のマテリア置いてけー！」
逃げるウェポンの後ろ姿に、ユフィは拳を振り回して叫んだ。
ロケット打ち上げのカウントダウンは続いていた。
『発射３０秒前。どうする、艇長！？』
「どうするもこうするも‥‥シィーット！あの時と同じじゃねえか！」
シドは半狂乱になったように頭を掻きむしった。
「大丈夫です、艇長！このまま行きましょう！」
シエラは言った。
「何が大丈夫なんでい！脱出ポッドがなけりゃこいつと心中なんだぞ！」
「そんなことにはなりません。私を信じてください！」
シドとシエラの視線がぶつかった。シエラの目にはシドがたじろくほどの気迫があった。
「‥‥ようし、分かった、シエラ！こうなりゃヤケだ、やってやらあ！管制塔、こちら神羅２６号、予定どおり打ち上げてくれい！」
『了解、２６号。幸運を祈る！発射１０秒前、９、８、７‥‥』
５秒前。エンジン点火。ロケットが噴煙を吐き、激しい振動が地面を揺らす。
『‥‥３、２、１、神羅２６号発射！』
大地を揺るがす大轟音と共に、神羅２６号は発射台を離れた。地上の重力を振り切り、ゆっくりと空へ昇っていく。
管制塔ではケット・シーとレッドXIIIが祈るような気持ちで映像スクリーンを見つめていた。
「上がれ‥‥」
レッドXIIIは呟いた。
同じ頃、ウェポンを撃退した飛空艇はロケット村に戻りつつあった。まだ村との距離はかなりあったが、それでも神羅２６号の打ち上げははっきりと見ることが出来た。
噴煙の白い帯を描きながら、ロケットは上昇していく。
「上がれ‥‥」
ティファは目でロケットを追いながら、胸の前で手を組み合わせた。
「上がって行けーっ！」
その隣でバレットは空に向かって拳を突き上げた。
「‥‥科学の力。人の力、か‥‥」
ブーゲンハーゲンは小さくなるロケットの機影を見上げて、目を細めた。
ロケットの搭乗者達は、全身に重くのしかかる重力にひたすら耐えていた。
やがて、ふいにＧの重石から解放された。ふわふわと異様に体が軽くなったような感覚がしたが、すぐに落ち着いた。宇宙での無重力状態を地上と同じ環境にする人工重力という装置が働いたようだった。
「ついに来たぜ‥‥宇宙に‥‥。星達の世界に‥‥」
シドは呟いた。感動のあまりそのあとの言葉が出てこない。ロケットの映像スクリーンには、どこまでも広がる大宇宙の光景が映し出されていた。
「おめでとうございます、艇長‥‥」
シエラはこの上なく優しい笑顔を浮かべて言った。
「へっ、よせやい。面と向かって言われると照れるぜ。でも、ありがとよ‥‥」
シドはポリポリと頭を掻いた。
「これが本物の宇宙なのか。ブーゲンハーゲンに見せてもらったホログラフィよりずっとずっと綺麗だ。」
クラウドは素直に感嘆の声を上げた。
「ホントだね。ホントに広いんだね、宇宙って‥‥」
４人はしばし、星の大海の美しさと広大さに魅了された。
「‥‥さてと、あとはどうやって帰るかだな。脱出ポッドはもうねえし‥‥」
パイロットとしての責任を忘れないシドは、すぐに現実に立ち戻った。
「脱出ポッドならありますよ、艇長。」
「あん？予備のポッドを積むスペースなんて、こいつにはねえはずだぞ。」
「同じポッドを二つ用意してある訳じゃありません。ここが予備のポッドになるんです。」
「ここってどこだ？」
「ここです。この操縦室自体が脱出ポッドとなるんです。」
シエラは両手を広げて操縦室内を指し示した。
「艇長には黙っていたんですが‥‥この操縦室を分離して脱出ポッド代わりになるように、ずっと前から私が改造していたんです。」
「なんで俺様に黙ってなんだ？」
「艇長に話したら、『んな余計なことすんない！脱出ポッドなんざ１個ありゃ十分でい！』と言われそうな気がしたものですから‥‥」
「あ、それってシドなら言いそうだね。」
「だな。」
顔を見合わせてエアリスとクラウドは頷いた。
「そこで納得すんない！でもよ、シエラ。俺様に隠れてまでなんでそんなめんどくせえことしたんだ？」
「それは‥‥艇長が宇宙に行った時、無事に戻って来て欲しかったからです。それ以外にどんな理由がありますか？」
シエラにまっすぐ見つめられ、シドは落ち着かなげに視線を彷徨わせた。そんなシドを、クラウドとエアリスはニヤニヤ笑いながら見ている。
「おめえらっ、気持ち悪い笑い方すんない！外に放り出すぞ！」
「照れるな照れるな。」
「こんなに思ってくれてる人がいて、シドはホント幸せだよね。」
「くっそ〜、やっぱりおめえらなんか連れて来るんじゃなかったぜい！」
シドは怒ったようにそっぽを向いた。
シエラの操作によって、神羅２６号から操縦室兼脱出ポッドが切り離された。
「操縦室の機能はそのまま使えますから、遠隔操作で神羅２６号の操縦が出来ます。」
「そりゃいい。それなら確実にメテオにぶつけられるな。」
シドは神羅２６号のコースをメテオに向かうように設定した。
「あばよ、神羅２６号。ほんのちょっとの間しか乗れなかったが、お前は本当にいい船だったぜ。」
シドは遠ざかるロケットに向かって敬礼を送った。
「さあて、ド派手に行けよ！２６号！」
しかし彼らはロケットがメテオに衝突する様を、のんびり見物している訳にはいかなかった。爆発に巻き込まれてしまえば、このちっぽけなポッドなどひとたまりもない。
４人を乗せた脱出ポッドは地上に戻るために、再度大気圏に突入した。
無人になったロケットは、忠実に与えられたコースを進んで行った。寸分の狂いもなく、メテオに横っ腹に激突した。
その爆発の光は、地上からもはっきり見ることが出来た。メテオの表面に幾筋ものヒビが走った。一瞬の間を置いて、それらが皆吹き飛んだ。
それを見た人々は、快哉を叫んだ。メテオは消滅する――誰もがそう思った。
だが、その喜びも次の瞬間にはあっけなく潰えた。爆発の閃光が消えると、そこには依然としてメテオの姿があった。
吹き飛んだのはメテオの表層だけだった。砕け散った表層部分が無数の衛星のように、メテオの周りを浮遊していた。
その姿はまるで、死神が大勢の魔物の軍勢を従えてこの地に降り立とうとするかに見えた。
「‥‥作戦は失敗だな、と。」
メテオを見上げたまま声も出ない一同の中で、ようやくレノが言った。
「ちっくしょー！」
バレットは甲板の鉄柵を蹴飛ばした。
「こんだけ苦労したのに失敗なんて〜っ。あ、なんか気が抜けたらまた乗り物酔いが‥‥うぷっ。」
ユフィはぺたんと座り込んだ。
「先輩、人の力でメテオを止めようなんてことが、そもそも無理なことだったんでしょうか‥‥」
イリーナは暗い表情でうつむいた。
「‥‥これ以上、我々に出来ることはもう何もない。」
ルードの声には悔しさが滲んでいた。
「そんなことないわ。私は‥‥まだ諦めない。」
ティファは言った。現実から目を背けるように、メテオから視線をそらした彼らの中で、ただ一人頭上の死神を睨み付けていた。
「まだ終わってないわ。メテオがこの星にぶつかるその時が来るまで、まだ終わりじゃない。そうでしょ？」
ティファの目に絶望の色はかけらもなかった。
「‥‥そうだな。自ら幕を引くにはまだ早すぎる。」
ヴィンセントはもう一度空を仰いだ。
「お、おう！そうだぜ！これくらいのことで根を上げてたまるか！それに今回の作戦は神羅のアホったれ共が考えたことだ。失敗して当然と考えなきゃな！」
バレットはタークスの面々を尻目に言った。
「アタシだって‥‥究極のマテリアを手に入れるまでは諦めたりしないよ〜だ‥‥うげっ。」
床にへたりこんだままのユフィも、弱々しいながらＶサインを出した。
「科学の力では及ばずとも、それとは別の人の力はまだ負けてはおらん。それを信じることじゃよ。」
ブーゲンハーゲンは彼らの気持ちがまだ前を向いていることを確認し、嬉しそうな笑みを浮かべた。
飛空艇は一旦ロケット村に降り、別行動だったケット・シーとレッドXIIIを収容した。それと入れ替わりに、タークス達が飛空艇から降りた。
「今度会う時は敵同士だ、と。それまでせいぜい長生きすることだな、と。」
捨て台詞を残し、彼らは立ち去って行った。飛空艇から出た彼らを、ヴィンセントが追いかけ呼び止めた。
「タークスの人間には信念がある。自らに課せられた使命に忠実であれという信念が。それを美徳と君達は信じているだろう。しかし‥‥」
タークスの３人は足を止め、ヴィンセントの方を振り向いた。
「他人から課せられた使命を全うすることより、自分がやるべきことを自分で決め、己の心に忠実に生きることが何より大事だ。‥‥昔、それに気付くのが遅れた私は、取り返しのつかない過ちを犯した。神羅という存在もタークスという存在も、やがて無意味になる時が来る。その時、自らの進むべき道を見い出すことが出来るか、よく考えることだ。」
ヴィンセントはそれだけ言うと、３人の顔をろくに見もせずに飛空艇へと引き返した。
「あんたは見つけたのか、と。自らの進むべき道とやらを、と。」
立ち止まったヴィンセントは、ややあってからタークス達に向き直った。
「私は‥‥ずっと見つけられなかった。あまりに長い時を無駄に費やした。だが今は、見つけた。この星を救い、それから‥‥」
言葉を途中で切り、再び歩き出した。
「‥‥コスモキャニオン。」
ルードは呟いた。ヴィンセントは怪訝そうに振り返った。
「そこにいるわ。彼女が。」
イリーナがルードの言葉を継いだ。
「なんだって‥‥？」
「タークスの情報収集能力を忘れてもらっちゃ困るな、と。それと、さっきの話は後輩に対する忠告だと思って、素直に受け取っておくぞ、と。じゃあな、先輩、と。」
レノは軽く手を振ると、ルード、イリーナと共にその場から去って行った。
「ヴィンセント、発進するわよ。早く乗って！」
飛空艇の昇降口からティファが呼んだ。
ヴィンセントが乗り込むと、飛空艇はすぐさま離陸した。
「‥‥ルクレツィア。」
独り言のような微かな呟きだったが、ティファの耳には届いていた。