５章・星と語り
コスモキャニオンの上空に飛空艇が現れたのは、夕暮れの頃だった。
村外れの空き地に飛空艇が着陸したことを、ブーゲンハーゲンは村人から聞いた。それから間もなくして、彼のいる天文台にレッドXIIIが仲間達を引き連れてやって来た。
「神羅の飛空艇を乗り回すとは、お前もなかなかに冒険を楽しんでおるようじゃな。」
レッドXIIIの顔を見るなり、ブーゲンハーゲンは愉快そうに言った。
「それどころじゃないんだよ、じっちゃん！クラウドが大変なんだ！」
レッドXIIIはこれまでの事情を手短に話した。話を聞く間、ブーゲンハーゲンは眉間に深いシワを寄せていた。
「なるほどのう。そんな経緯があったとはな。それであのメテオか。」
「メテオのことも大変だけど、今はクラウドだよ。オイラ達クラウドを探してるんだ。じっちゃんなら、何か手がかりになるようなことを知ってるかと思って来たんだよ。」
ブーゲンハーゲンは椅子に座って腕を組むと、しばしの間考え込んだ。レッドXIIIや他の仲間達は、食い入るようにその表情を見つめた。
「‥‥そうじゃのう、ひょっとしたら‥‥」
「何か思い当たることがあるの！？何！？早く教えてよ！」
「そう急かすな。お前の話では、大空洞からはライフストリームが噴き出していたと言ったな？それならクラウドは、あの場所にいるかもしれん。」
「あの場所って？」
今度はエアリスが訊いた。
「この地上には一ヶ所だけ、ライフストリームの噴き上げる場所がある。海底の地表すれすれにライフストリームが通り、その勢いが増した時だけ噴き上げるのじゃよ。もしクラウドが大空洞崩壊時にライフストリームに巻き込まれたとすれば、あるいはその場所から地上に戻っているかもしれん。確率としては非常に低いがな。どうじゃ、そこへ行ってみるか？」
「行く！少しでも可能性があるならどこへだって！」
「よし。では行くとするかの。」
ブーゲンハーゲンは立ち上がると、ドアへ向かった。
「待ってよ、じっちゃんも行く気なの？」
レッドXIIIは驚いて言った。
「ホーホーホウ。たまにはコスモキャニオンの外の空気を吸うのもよかろう。それに、空にあんな物騒なものが浮かんでいるとあってはわしもジッとしていられなくなった。しばらくお前達の旅に同行させてもらうとしようかの。それに実を言うとな、わしは一度飛空艇というものに乗ってみたかったのじゃよ。」
ブーゲンハーゲンはスキップを踏むような軽い足取りで、部屋から出て行った。
「いいのか？じいさん本気でついて来る気みたいだぜ。」
バレットはブーゲンハーゲンが出て行ったドアをあごでしゃくった。
「うーん、じっちゃん一度言い出したら聞かない人だからなあ。しょうがないよ。」
レッドXIIIは諦め気味にため息をついた。
半ば強引にハイウインドに乗り込んだブーゲンハーゲンは、物珍しげに飛空艇内のあちらこちらを見て回った。
「じっちゃん！見物はいいから例の場所を早く教えてよ！」
クルーの１人を質問攻めにしているブーゲンハーゲンの背中を、レッドXIIIは鼻先でもって小突いた。
「おお、すまんすまん。つい夢中になってな。進路は南、南端諸島の中にある小さな村ミディールじゃ。」
「そこがライフストリームの噴き上げる場所なの？」
エアリスが言うと、ブーゲンハーゲンは曖昧に頷いた。
「正確にはミディール沖の海底、ということなるかの。ただしライフストリームの噴き上げは、たびたび起こることではないのじゃよ。２、３年に一度あるかないかというところじゃ。」
エアリスの落胆した様子を見て、ブーゲンハーゲンは急いで言葉を続けた。
「しかし、大空洞でそれだけ活発なライフストリームの運動があったのなら、恐らくミディールにも影響が表れているはずじゃ。とにかく、行ってみることじゃよ。」
エアリス達はブーゲンハーゲンの言葉に、一縷の望みを託した。
ハイウインドは最高速度で南を目指し、驚異的な速さでミディールに到着した。
ミディール村の前に着陸するや否や、飛空艇から飛び降りた彼らは村に駆け込んだ。二手に分かれ、情報を集めに走った。
「すみません！クラウド知りませんか！？金髪のツンツン頭で、魔晄の目をしてて、でっかい長剣背負ってたりするんだけど！」
エアリスは通りがかった村の女性をつかまえるなり、勢い込んで訊いた。その剣幕に相手の女性は、たじろいだように目をパチパチ瞬かせた。
「まあまあエアリスさん、落ち着いてや。すんまへん、ちょっとお聞きしたいんですけど、最近この辺りでライフストリームが噴き上げた〜、なんちゅうことはありまへんか？」
ケット・シーはケンカでも売るように詰め寄っているエアリスを引き離し、改めて尋ねた。しかし女性はケット・シーの姿を見て、ますます不審そうな目つきになった。無理もない。
「驚かせてすみません。私達、人を探してるんです。お願いします。教えて下さい。金髪で不思議な青い色の目をした若い男性を、見かけたことはありませんか？名前をクラウドというんですが。」
ティファは冷静な口調で三度質問した。ようやく女性は彼らが言わんとしていることを理解した。
「もしかして、一週間くらい前に村の浜辺に打ち上げられていた男の人のことかしら？」
「それだ、それ！」
「それや、大当たりや！」
「２人とも黙って！その人はどんな様子の人でしたか？」
ティファははやる気持ちを抑え、女性に訊いた。
「私もその人を見た訳じゃないけれど、聞いた話では金髪の若い男性だったらしいわよ。それに目の色が普通と違う感じだったって。もしかすると、あなた達が探している人と同じ人かもしれないわね。」
「その人は今どこに！？」
ティファは期待感を押さえきれなくなり、思わず大声になった。
「確か、村の診療所に担ぎ込まれ――」
女性の言葉を最後まで聞かず、彼らは走り出した。
村に一軒しかない診療所の場所はすぐに分かった。真っ先に診療所に辿り着いたティファは、勢いよく中に飛び込んだ。
「どうしたね、バタバタと。急患かね？」
診療所のドクターは彼らを見てのんびりと言った。
「あの、すみません！ここに私達の友人がお世話になっていると聞いて来たんです！」
ティファは乱れた呼吸を整えながら言った。
「友人？‥‥ああ、あの青年のことかな。そうか、君達は知り合いかね。よかったよ、身元不明でどうしたものかと思っていたんだ。」
「身元、不明‥‥？」
エアリスは嫌な胸騒ぎを覚えた。
ドクターに案内され、エアリス達は診察室の裏にある入院者用の部屋へと向かった。そこはベッドが二つ並んで置かれただけの小さな部屋だった。
その窓際に、車椅子に腰掛けた金色の髪の青年がいた。
「クラウド！やっぱりクラウドなのね！」
ティファは喜びにあふれた笑顔で、クラウドに駆け寄った。
「クラウドさん！ホンマに無事で何より‥‥クラウドさん？」
同じように駆け寄ろうとしたケット・シーは、クラウドの様子がおかしいことに気付いた。
クラウドの顔をのぞき込んだティファは、ハッと息を詰まらせた。
彼の目は、ティファがミッドガル七番街ステーションで再会した時と、まったく同じだった。濁ったガラス玉のように、光のない目。魂が抜け果てたような表情。
「‥‥う、ああ‥‥」
クラウドはわずかばかりうめいた。
「クラウド‥‥一体、どうしたの？」
「うあ‥‥ぐげ‥‥」
「ク、クラウドさん‥‥」
ティファとケット・シーは、クラウドのあまりの変貌に戸惑うばかりだった。
「‥‥」
エアリスは何も言わず、彼らの後ろでクラウドを見つめていた。
「彼は重度の魔晄中毒にかかっているんだよ。相当な濃度の魔晄エネルギーに長時間に渡ってさらされたようなんだ。命があっただけでも奇跡といえる。」
ドクターは沈鬱な表情で言った。
「そんな‥‥なんちゅうこっちゃ。」
ケット・シーはうなだれた。
「これほど重症の中毒患者を見たのは私も初めてだよ。恐らく彼は自分が誰なのか、どこにいるのかすら分かってないだろう。植物人間といってもいいくらいだ。」
「たっ、大変や。ボク、他のみなさんを呼んできますわ。」
ケット・シーはあたふたと部屋の外へ駆け出して行った。
「嘘でしょ‥‥？こんな‥‥こんなことって‥‥」
ティファはクラウドの頬に手を触れた。暖かい。確かにクラウドは生きていた。
だが、これでは本当の意味で生きているとは言えない。今の彼は自らの意志も何もなく、ただ機械的に呼吸をしているに過ぎなかった。
ケット・シーに連れられて、他の仲間達も診療所に集まった。クラウドの容態を見るや、全員が言葉を失った。
ブーゲンハーゲンはクラウドと正面から向き合い、その目を見つめた。
「‥‥彼は‥‥クラウドはここにはおらんよ。彼は今、遠い所にいる。わしらの手の届かん遠い所に、たった一人でな。ここにいるのはただの抜け殻じゃよ。」
ブーゲンハーゲンは深いため息とともに、頭を振った。
「ちくしょう、なんてこったよ‥‥」
バレットは拳を握りしめた。
クラウドを一目見た時から、エアリスには分かっていた。彼はクラウドであってクラウドではない。本当のクラウドは、ここにはいない。
「‥‥クラウドは‥‥治るよね？」
ティファは仲間達を振り返った。
「生死さえ諦めていたクラウドが、こうして生きていたんだもの。やっと会えたのにこのままなんてことないよね？きっと、また元のクラウドに戻るよね？そうでしょ？」
ティファはすがりつくような目でエアリスを見た。
「もちろんだよ、ティファ。だいじょぶっ。」
エアリスはすぐさま頷いた。心の中にある動揺と不安は、微塵も表に出すことはなかった。
「そんな泣きそうな顔することないって、ティファ。エアリスがだいじょぶって言うんだから心配いらないよ。それともなんだったら、アタシが平手の５、６発かまして、今すぐクラウドの目を覚まさせてやってもいいよ。」
ユフィはレッドXIIIを相手に、往復ビンタの真似事をして見せた。
ティファは安心したように小さく微笑み、再びクラウドに向き直った。その時、クラウドの左手が握り拳を作っていることに気付いた。
「‥‥？」
その手に触れてみたが、固く握りしめられていて開くことは出来なかった。
その夜は、ティファとケット・シーがクラウドの付き添いとして診療所に残り、あとの者達は町の宿屋に部屋を取った。
夜半過ぎ、エアリスは一人宿屋を抜け出し、村の浜辺に出た。
波打ち際に立ち、海を見つめる。淡い月の光に照らされ、さざ波がキラキラと輝きを放っていた。
「何を考えておるのじゃな？」
振り返ると、ブーゲンハーゲンがやって来るところだった。
「‥‥クラウドのこと、じゃろうな。もちろん。」
「昼間はティファ達を心配させたくなかったから、だいじょぶ、なんて言ったけど‥‥」
エアリスは膝を抱えるようにしてしゃがみ込んだ。これから先、どうすればいいのか考えたくてここに来た。しかし、焦りと不安が募るばかりで、答えはまるで見い出せない。
ブーゲンハーゲンはエアリスの隣に立ち、一緒になって海を見つめた。
「クラウドはライフストリームの流れに乗って、ここまで流されて来たのじゃ。そして、このミディール沖の海底から外の世界に吐き出され、地上に戻って来た。本来、ライフストリームは生身の人間が立ち入るべき場所ではない。ライフストリームの持つ高密度に凝縮された膨大な量の知識と意識。それに触れて耐えられる者などおらん。逆に飲み込まれ、精神崩壊を起こすじゃろう。肉体ではなく心が死んでしまうのじゃ。」
「でも、クラウドの心は死んでなんかいない。ただ、ここにいないだけ。迎えが来るのをどこかで待ってる‥‥。そんな気がするの。」
「‥‥では、考えられることは一つじゃ。ライフストリームの中に今もなおいるのじゃ。クラウドの心だけが、置き忘れた思い出のようにな。」
「ライフストリームの中に‥‥。そんな場所にいるクラウドをどうやって‥‥」
エアリスは打ち寄せる波に手を浸した。心地良い冷たさだった。
その冷たさに、エアリスはピンと来るものを感じた。頭の片隅にありながら、ずっと忘れていたことを思い出した。
そうだ。クラウドを救う方法を私は知ってる。でも、あんなことが本当に自分に出来るのか‥‥。
エアリスは心の迷いを打ち消すように、ザアッと手で波を払った。
「やる前からそんな弱気でどうする、エアリス！何がなんでもやらなきゃ！当たって砕けろって、こんな時にこそ使う言葉だよね！」
エアリスはすくっと勢いよく立ち上がった。
「何か希望が見えたようじゃな。元気が戻って何よりじゃよ。ホーホーホウ。」
ブーゲンハーゲンは楽しそうに笑った。
「うん。ブーゲンハーゲンさんのおかげ。ありがとっ。さってと、まずは手始めにシドを叩き起こさなきゃ！」
エアリスは慌ただしく宿屋の方へ駆け戻って行った。
「‥‥不思議な力に溢れた娘じゃな。負を正に、陰を陽に変える力を持っておる。あれが古代種という者なのか‥‥。いや、あれは彼女自身のものなのじゃな。古代種、セトラ、そんなものとは関係のない、１人の人間としての彼女自身の持つ力なんじゃ。」
ブーゲンハーゲンはその結論に満足したように頷き、エアリスのあとを追って浜辺を出ようと足を踏み出した。
「――クッ！」
ブーゲンハーゲンはその場に跪いた。苦しそうに胸を押さえる。
「‥‥わしに残された時間もあまりないようじゃのう。星の終わりを見ずに済むのだから、幸運なのかもれしん。それとも‥‥違う未来を見逃すことになるのかのう。ホーホーホウ。」
痛みがおさまるのを待って立ち上がり、ブーゲンハーゲンは何事もなかったように歩き出した。
朝になると、エアリスとシドの姿は宿屋から消えていた。
「エアリスとシドだけじゃなくて、じっちゃんまでいないみたい。どこ行っちゃったんだろ？」
レッドXIIIは首を傾げた。
「シドなら明け方前、突然部屋に入って来たエアリスとブーゲンハーゲン老に、寝ぼけ眼のままどこかへ連れていかれたぞ。」
シドと同室だったヴィンセントは言った。
「どこかってどこに？」
「さあ。それを尋ねる間もなく、エアリスはシドを引っ張って行ってしまったからな。」
それ以上のことは知らないと、ヴィンセントは小さく肩をすくめた。
村外れに待機していた飛空艇までがなくなっていることから、３人は飛空艇に乗ってどこかへ行ってしまったらしいと分かったが、その後しばらく彼らからはなんの連絡もなかった。
結局、飛空艇がミディールに戻って来たのは、それから二日も経ってのことだった。
「おらおらっ、ボサッとしてんじゃねえぞ、おめーら。行くぞっ。」
ミディールに残された仲間達がクラウドの病室に集まっていると、突然シドが現れてわめいた。
「シド！？あんた今までどこに行ってたんだ！？」
バレットは椅子から立ち上がった。
「詳しい話はあとあと。全員とっとと荷物まとめてハイウインドに乗り込みやがれいっ。」
「クラウドはどうするの？彼を残して行けないわ。」
ティファは言った。
「あったりめえだ。ツンツン頭を連れて行かなきゃ意味ねえぜ。」
シドは自らクラウドの車椅子を押して病室を出た。そのあとを仲間達が慌てて追う。
「どういうことなの？エアリスとブーゲンハーゲンさんは？今まで何をしていたの？」
ティファはシドと並んで一緒に車椅子を押しながら訊いた。
「詳しいことは姉ちゃんに聞いてくれ。実は俺様もよく事情は分かってねえんだ。」
彼らを飛空艇に押し込むと、シドは直ちに離陸させた。
「なあ、どこに行くつもりなのかそろそろ教えてくれよ。」
バレットは状況がつかめないことに、多少イライラしながら訊いた。
「行き先は古代種の都でい。一度行ったことあんだろ？」
「古代種の都っていうと、エアリスがホーリーを唱えた場所のことだよね？今更なんだってそんな場所に行く必要があるのさ？」
舵を握るシドの横から、ユフィが顔をのぞかせた。
「エアリスもじっちゃんもそこで待ってるってこと？二日間もそんなところで一体何してたんだよ？」
その反対側からレッドXIIIが顔を突き出した。
「俺様もくわしいことは知らねえってさっきから言ってんだろーがっ！ギャーギャー騒いでねえでおとなしく待ってろい！」
質問攻めにされることが鬱陶しくなったシドは、大声を張り上げて仲間達を黙らせた。
その古代種の都にある水の祭壇で、エアリスは彼らが来るのを待っていた。
ここは彼女が危うく命を奪われそうになった因縁の場所だが、今はそんなことを思い出している暇はなかった。
彼女の心は水を打ったように静まり返っていた。ある種の瞑想状態といってもいい。
「彼らが来たようじゃな。」
祭壇の下で様子を見守っていたブーゲンハーゲンは、エアリスが作り上げた心の静寂を乱さぬよう静かに言った。
この祭壇の間に通じる唯一の道であるらせん階段を、車椅子ごとクラウドを運びながら一行が降りて来た。場のただならぬ雰囲気を感じ取った彼らは、それまでの会話をやめ、自然と沈黙した。
「エアリスは何をしてるの？また星と会話してるの？」
ティファは小声でブーゲンハーゲンに尋ねた。
「そうではない。本人に直接訊いてみるといい。彼女はお前さんとクラウドが来るのを待っておったのじゃ。」
「私とクラウドを？」
ブーゲンハーゲンに促され、ティファは祭壇の上に上がった。
「ティファ、来てくれたのね。待ってたんだよ。」
エアリスは笑みを浮かべて手招きし、ティファを自分と同じように床の上に座らせた。
「あまり時間がないから手短に言うね。私、クラウドを探しに行こうと思うの。」
「クラウドを探しに‥‥？」
ティファは意味が飲み込めず言葉を繰り返した。
「今のクラウドは、中身のないからっぽの抜け殻と同じ。彼の心、精神だけが別の場所にいるの。」
「別の場所ってどういうこと？」
「ライフストリーム。クラウドの心はその中で迷子になってる。それを探し出して連れ戻すの。私も彼と同じように、精神だけをライフストリームの中に飛び込ませてね。」
ティファの瞳がわずかに見開いた。当然の反応だ、とエアリスは思った。この方法を思いついた時、自分でも途方もないことだと思ったのだから。
「そんなことが‥‥本当に出来るの？」
「大昔のセトラの時代には、そういったことを行う技術が編み出されていたらしいの。以前、コスモキャニオンの長老さんのところで見た本にもそんなことが書いてあったし、古代種の神殿の泉に触れた時にも同じことを教えてもらった。でも、これが行われたのは本当に大昔のことだし、同じことが私にも出来るかどうか分からない。私一人だけなら当たって砕けろでなんとかなるかなとも思ったんだけど、クラウドを連れ戻すにはどうしてもティファの力が必要なの。と言うより、ティファでなければ出来ないことなの。」
「私が？」
「クラウドがライフストリームから抜け出せないのは、過去につかまってるせい。そして、その鎖を断ち切ることが出来るのは、彼と同じ過去を共有してるティファだけなの。だからお願い、ティファ。私と一緒に‥‥ライフストリームへ飛び込んでほしいの。」
エアリスはティファの目を真正面から見つめた。
予想もしていなかった事態に、ティファは戸惑いを隠せない様子だった。しかし、その決心は早かった。
「私に出来ることならなんでもするわ。やれというなら幽体離脱でもなんでも。」
「あははっ、ティファならそう言ってくれると思った。幽体離脱とはちょっと違うけど、これもまあ似たようなものかな。でも、こっちの方が遥かに危険だと思う。ライフストリームに飲み込まれて、私達まで帰って来れなくなる可能性もあるから。」
「精神だけとはいえ、ライフストリームに飛び込むんでしょう？多少の危険は覚悟の上よ。」
ティファの目に迷いはなかった。
「ありがと、ティファ。それじゃ、やろう。」
エアリスは細長いクリスタルのようなものを取り出し、祭壇の中央の小さな穴に差し込んだ。
「それは？」
「ライフストリームに入るための道を開く鍵、ってとこかな。シドやブーゲンハーゲンさんや飛空艇のクルーの人達まで総動員して、この古代種の都を隅から隅までひっくり返してようやく見つけたの。探し出すのに二日もかかっちゃった。」
クリスタルが淡い光を放ち始めた。やがてその光は祭壇を覆い、さらに一本の光の筋となって、上に向かって高く伸びた。
エアリスはティファの手を握った。
「心配しないで、ティファ。何があってもティファとクラウドだけは、無事に帰すから。私の命に代えても、２人は守る。」
エアリスの言葉にティファは眉をひそめた。
「そんな後ろ向きな考え方、エアリスらしくないなあ。帰って来るときは３人一緒。約束よ。」
「分かった。ゴメン。一緒に帰って来ようね。」
エアリスは一本取られたというように苦笑した。
「じゃ、行こう。」
エアリスとティファは双子座の絵記号のように、床に座ったまま手をつないで寄り添い目を閉じた。
無音の世界の中で、ティファは自分の周囲が回り始めているような感覚を覚えた。回転が終わると、今度は上に向かって浮かび上がっているのよう感覚だ。そして、落下。無重力。様々な感覚に振り回され、ティファは気分が悪くなった。
やがて、気分の悪さどころか五感に何も感じなくなったところで、プツリと意識が途切れた。
次に意識が戻った時、水の中をユラユラ漂っているような感覚がした。辺りは真っ暗闇。ティファは一人ぼっちだった。
「‥‥ここはどこ？誰かいないの？‥‥エアリス？クラウド？ねえ、どこにいるの？‥‥誰？何‥‥？い、いや！」
まるですさまじい勢いで人が流れる雑踏の中に、いきなり放り込まれたかのような感覚。しかし、そこを流れているのは人ではない。その意識、無意識、夢、思考。それらが激流となり、ティファの中に流れ込んで来る。
流される――。そう思った時、ふいにティファは何か暖かいものに包まれた。まるで彼女を守る結界が張られたように、周囲に静寂が戻った。
「エアリス？エアリスなのね？見えないわ。どこにいるの？‥‥え？分かった。向こうね。向こうにクラウドがいるのね。行ってみる。」
ティファは暗く長いトンネルを走るような感覚で、先に見えるうっすらとした明かりを目指した。
ティファは明るい場所へ出た。そこは彼女の故郷、ニブルヘイムの村だった。
自分が生まれ育った場所でありながら、ティファはこの風景を前にすると、ひどく居心地が悪く落ち着かない気分になった。
村の広場に人影が見えた。クラウドだ。
ティファは走り寄った。声をかけようとして、また別の人影に気付いた。その人物もクラウドだった。
村の中には複数のクラウドがいた。そのどれもが蜃気楼のように、今にも消え入りそうな儚い存在に見えた。
「どれが本当のクラウドなの？‥‥全員？そうか。ここはクラウドの心の世界なんだよね。クラウドは自分が分からなくなってるんだ。ねえエアリス、どうしたら元のクラウドに戻せる？私は何をしたらいい？‥‥そうね。やっぱり５年前のあの時から始めるべきね。」
ティファは一番最初に見つけたクラウドに近付いた。
「オッス、クラウド。何してるの？」
陽気な声でポンと彼の肩を叩く。
クラウドはゆっくりと振り返った。それはいつものクラウドで、ティファを見ると笑顔を見せた。
「‥‥村を眺めてたんだ。村で一つだけの給水塔。村で一台だけのトラック。宿屋の屋根の動かない風見鶏。ここは俺達のニブルヘイムだなって‥‥」
「そうだね。私達のニブルヘイムだね。‥‥でも、もうこの風景は存在しないよ。５年前になくなってしまったんだから。」
一瞬にして村の景色が変化した。５年前と同じように、すべてが燃えさかる炎に包まれた。
ティファはその光景に、ズキリとした胸の痛みを感じながらも話を続けた。
「５年前のあの日、村に２人のソルジャーがやって来た。英雄セフィロスと陽気な若いソルジャー‥‥」
炎が消え、村は元の平和な姿に戻った。村の入り口の方から話し声が聞こえてきた。ソルジャー達が村に到着したところだった。
セフィロスとクラウド。２人は何か会話を交わしながら、ティファの前を通り過ぎた。
「違うの、クラウド。あの時、セフィロスと一緒にやって来たのは、あなたじゃなかった。‥‥ずっと本当のことが言えなくてごめんなさい。」
セフィロスと並んで歩いていたクラウドが振り返った。悲しそうな顔で微笑んだ。その姿が霧のようにかき消え、代わって黒髪のソルジャーが現れた。
「すっげー田舎だなあ！俺の故郷といい勝負だぜ！」
ソルジャーの青年は屈託のない様子でカラカラと笑った。
ふと横を見ると、ティファの隣にいたクラウドの姿が消えていた。ティファは慌てて別のクラウドの元へ駆け寄った。
「でもね、クラウド。だからってすべてを否定しないで。私はあなたを信じてる。私だけじゃない、エアリスもみんなも信じてる。まだ、すべては終わってないわ。思い出して、クラウド。星空の給水塔のことを。２人でおしゃべりしたあの夜のことを。」
ティファの眼前に満天の星々が広がった。ティファは目が眩みそうになった。同時に、泣きたくなるような感動を覚えた。
「セフィロスが言ってたよね。クラウドは私の記憶に合わせて、いろいろな記憶を作り出したんだって。でもこれは‥‥この星空は私の記憶以上よ。私も今思い出したもの。あの夜に見た星空が、どんなに美しいものだったかってことを。だから、この星空の記憶はあなた自身のものなんだわ。私の記憶を元に作り上げた偽りの記憶では、こんなに綺麗な光景を生み出せはしない。‥‥クラウド、信じて。あなたがあなた自身のことを、もっと。」
再びクラウドの姿が消えた。ティファはまた別のクラウドを見つけて走った。
「まだ信じられない？‥‥どうしたらいいの？これ以上何をすればいいのか‥‥え？あ、そうか。そうだねっ。エアリス頭いい！」
ティファはクラウドの正面に回り込んだ。
「こうしよう、クラウド。私が忘れてる過去の思い出のことで、あなたが何かキーワードを言ってそれで私が同じことを思い出したら、あなたは宝条に創り出されたセフィロスのコピーなんかじゃないってことになる。だってそうよね。私自身が忘れてしまっている記憶を創り出すことなんて出来ないもの。なんでもいいわ。私に関係したことで、何か思い出に残ってることってない？」
クラウドはティファを見つめ返した。だが、彼女の顔を見ているようでいて、実はもっと遠くを見つめているようなぼんやりとした目だった。
「‥‥初めて俺が、ティファの部屋に行った日のこと覚えてる？」
「クラウドが初めて私の部屋に来た日？ううん、覚えてないわ。その時のことを聞かせて。」
「俺はあの日、初めてティファの部屋に入った。いつもは外から眺めてるだけだったけど、あの日のティファの家は人の出入りが激しくて、紛れ込むのは簡単だった。」
場面が変わり、ティファは自分の部屋の中にいた。お気に入りの化粧台、いつも弾いていたピアノ、星が見えるように天窓の下に置かれたベッド。ここは彼女の大事な世界だった。
「‥‥そういえば、クラウドが私の部屋にいる風景って記憶にないわ。一緒に遊んだ記憶も‥‥。家は近所なのに、私とクラウドってほとんど一緒にいたことなかったね。ずっと昔からの仲良しだと思ってたけど‥‥」
「あの頃の俺とティファは、単にお互いの名前と顔を知ってるだけの同じ村の子供同士でしかなかったよ。友達でも遊び相手でもなかった。」
「どうして？」
「どうしてって何が？」
クラウドはティファの問いかけの意味が分からないようで、キョトンとして聞き返した。
「どうして私とクラウドは友達じゃなかったのかしら。こんな小さな村よ。住んでる子供だって多くない。それなのにどうしてかなって。」
「それは‥‥俺自身のせいだよ。あの頃の俺は、みんながやってるように子供っぽい遊びで騒いだり、大声で笑ってはしゃいだりすることをバカにしてたんだ。でもその実、心の奥底では仲間に入りたくてみんなの周りをうろついたりして‥‥」
「つまり、素直じゃないひねくれっ子君だったんだね。」
ティファの指摘にクラウドは苦笑した。
二階に上がって来た少年のクラウドは、そっとティファの部屋のドアを開けた。顔だけをのぞかせて中の様子を伺う。
ティファはベッドの上にうつぶせに横になっていた。泣いているらしく肩が小刻みに震えている。そのそばには３人の少年達が、心配そうな顔で彼女を見守っていた。
「あ、クラウドだ。」
その中の一人が彼に気付いて言った。
胡散臭そうに自分を見る３人組を横目で気にしながら、クラウドはベッドのティファに近付いた。
ティファはほんの少し顔を上げてクラウドの方を見たが、すぐにまた枕に顔を埋めた。
「‥‥会いたいよ‥‥ママ‥‥」
クラウドはなんと声をかけていいのか分からず、戸惑った様子で立ちつくしていた。
ふいにティファはベッドから起き上がり、そのまま部屋の外に飛び出して行った。３人の少年達は慌ててそのあとに続いた。
残されたクラウドは少し迷っていたが、すぐに彼らのあとを追いかけた。
「そういえば、この日は何があったの？何か特別な日？」
ティファは訊いた。
「この日はティファの母さんが‥‥」
言いかけたクラウドの言葉に、ティファはハッとした。
「私のママが‥‥死んじゃった日。そうか‥‥思い出したわ。このあと私はニブル山へ向かったのよね。村の人達はニブル山のことを、生きては越えられぬ山と呼んでいた。だから私は、死んだ人達は山を越えて行ってしまうのだと思った。ニブル山を越えればママに会える。あの時の私はそう考えたんだわ‥‥」
再び場面が切り変わった。ティファとクラウドは少し離れた視点からニブル山を見ていた。
険しい山道を歩いて行く４人の人影が見えた。先頭はティファ。その後ろに３人組の少年達が続く。しかし、少年達は吊り橋の手前まで来たところで、先に進むのが怖くなったらしく逃げ帰って行った。
ティファは少年達が引き返したことを気にする様子もなく、ズンズンと先へ進んだ。
一人になったティファから少し離れて、クラウドがそのあとを追いかけていた。彼は引き返さなかった。
「ニブル山の奥深くに入って行った私は、そのあとどうしたんだっけ？」
「途中で足を踏み外して崖から落ちたんだ。急いで駆けつけたけど、間に合わなくて俺も一緒になって落ちた。そんなに高い崖じゃなかったから、俺はひざを擦りむいただけですんだけど、ティファは頭を打って意識不明だった。俺はティファを背負って村まで帰った。ティファの親父さんにこっぴどく叱られたっけな。なんで娘をあんな危険な場所に連れ出したりしたんだってね。」
「ホントに？もう、パパったら事情もよく知らないで、クラウドのこと責めたりしてしょうがないんだから。」
「ロックハートさんは悪くない。ティファを助けられなかった俺が悪いんだ。だけど‥‥」
「何？」
「あの時は本当に悔しかったな。自分が情けなかった。ティファを助けられなかったことを、俺はずっと後悔していた。ティファが元気になったあとも、顔をまともに見れなかったよ。あのことでティファが俺を責めているような気がしてさ。」
それを聞いたティファはすぐさま首を振った。
「私がクラウドを責めるなんて、そんなはずないじゃない。」
「分かってる。ティファにそんな気持ちは全然なかったんだろう。俺が勝手にそう思い込んでいただけなんだ。でもそれからの俺は、もっと強くなりたい、そればかり考えるようになった。俺がもっと強ければティファを守れた、ロックハートさんや村の人達にも認めてもらえたはずだってね。」
「そんな‥‥クラウドは十分私を助けてくれたわ。クラウドがいなかったら、私は山の中でずっと一人倒れていたはずなんだから。」
「あの頃の俺が、それに気付いていればよかったんだけどな‥‥。そんな時だったんだ。新聞でセフィロスのことを知ったのは。英雄セフィロス、彼のようになればきっと‥‥。これが俺がソルジャーになろうと思った最初なんだ。」
「そうだったの。私のことが原因でなんて思ってもみなかった。なのにそのことを今まで忘れていたなんて、本当にごめんね。」
申し訳なさそうに謝るティファに対して、今度はクラウドが首を振る番だった。
「無理もないよ。あの時ティファは、母さんを亡くして大変な時期だったんだから。あ、そうだ‥‥」
「どうしたの？」
「あの頃は意識してなかったけど‥‥今にして思えば、ティファは俺にとっての初恋の人だったよ。」
「えっ‥‥」
突然の言葉に、ティファは顔がカーッと熱くなった。
「俺はティファのために強くなりたいって思ったんだ。ティファがいたから、今の俺があるんだと思う。」
「は、初恋‥‥？私が‥‥」
鼓動の音が増幅されたのではないかと思うほど、ティファの心臓はドキドキ鳴っていた。息苦しくなり慌てて深呼吸する。
「あ、そ、そうだ。クラウド、見つけたわ！あなたがあなたである証拠を！その出来事は私達が８歳の時のことよね。これではっきりしたわ。あなたは５年前に創られたセフィロスのコピーなんかじゃない。この記憶が何よりの証拠よ！」
クラウドは笑った。その目に力が甦っていく。だがティファがホッとしたのも束の間、クラウドの姿がまたしても消えた。
ティファは最後に一人残ったクラウドの元へと駆け寄った。