作戦司令室ではウェポンの迎撃準備がすべて整っていた。
「準備完了です！」
オペレーターがオーケーサインを出した。
「キャノン砲、発射ーーーーーっ！」
ハイデッカーは必要以上に気合いを入れて命令を下した。
数秒の無音の後、大気が暴発したかのような轟音が建物を揺らした。巨大な砲身から放たれたエネルギー弾は、空に炎の筋を描きながら目標の海に着弾した。
海中で大爆発が起こり、５０ｍ近い高さの水柱が上がった。やがてそれは高波となり、ジュノンの海岸に押し寄せた。
波が収まったあとの海は、穏やかな凪だった。
「仕留めたか？」
「おそらく‥‥」
「偵察ヘリから連絡！ウェポンを確認！依然健在の模様！」
オペレーターが立ち上がり、緊迫した声で言った。
「なんだと！？そんなバカな！確かに命中したはずだ！」
ハイデッカーは驚いて叫んだ。
「再度接近を開始！速度５０ノット！まっすぐ向かって来ます！」
「キャノン砲、二発目を急げ。それまでは通常兵器で時間を稼ぐんだ。」
どんな時でも冷静さを失わないルーファウスは、さらりと髪をかき上げながら指示を出した。
「は！全砲門を開け！ありったけの弾を奴に打ち込め！絶対に陸に上げるな！ 」 バズーカ砲、ロケット砲、ミサイル砲、ありとあらゆる兵器を動員し、神羅軍全戦力をもってのウェポン迎撃が始まった。無数の弾道が飛び交い、夕暮れ時の空を明るく染めた。まさしく戦争さながらだが、これが平時なら花火大会かと思うような華々しさもあった。
しかし、神羅軍の猛攻撃も、ウェポンの進行を止めることは出来なかった。
「速度７０ノット！なお接近中！ウェポン、止まりません！あと数秒で激突します！」
「衝撃に備えろ！」
ハイデッカーの言葉の後半は、ウェポンが防護壁にぶつかったすさまじい衝突音でかき消された。
その衝撃により司令室の機器類に異常が起こり、一時混乱状態となった。各現場からの被害報告が一気に寄せられ、パニックに拍車をかける。
ジュノンに到達したウェポンは、キャノン砲の砲台に張り付いていた。
「ウェポンめ‥‥」
ルーファウスは偵察ヘリから送られてくるウェポンの映像を、苦々しげに見つめた。
その少し前、ガス室に入れられたティファは、椅子に座らされ手首を固定されようとしていた。右手を縛られ次は左手を、というところでウェポン襲来の警報が鳴った。
ティファは神羅兵が気を取られた一瞬の隙をついて、フリーの左手でみぞおちに拳打を叩き込んだ。もう一人の神羅兵が慌てて彼女を取り押さえようとしたところに、その股間を膝蹴りで蹴り上げた。それぞれ急所を突かれた神羅兵達は、あっけなく気絶した。
「ザンガン先生の教えのおかげね。でも、急所蹴りはやっぱり禁じ手かな。」
ティファはペロッと舌を出すと、神羅兵のベルトについた鍵束を取り、右手の固定具をはずした。
こんな忌まわしい場所から一刻も早く出ようと、ガス室の出入り口に向かった。が、ドアは閉まっていた。押しても引いてもビクともしない。
「開けてー！」
ティファはドンドンとドアを叩いた。
「あんたいつの間に！？フン、往生際の悪い娘ね。待ってなさいよ、今すぐにあの世に送ってやるわ！」
スカーレットはガス室の操作盤に近付いた。
「公開処刑はお流れになっちゃったけど、あんたがもがき苦しむ様は、私がちゃーんと見ててあげるから安心なさい。」
「ちょっとあなた！この兵士達も巻き添えにする気！？」
「まあ、よかったじゃないの。一人じゃないから寂しくないわよ。」
スカーレットは悪魔めいた笑みを浮かべ、ガス注入のスイッチに手を伸ばした。
「スカーレットさん、刑の執行の前に一言コメントをお願いします！」
帽子を目深にかぶったレポーターが、グイッとマイクを差し出した。
「おや、お前は逃げないでいたの？感心だわ。そうねえ、コメントねえ‥‥」
「あ、やっぱいーらないっと。おばさんには眠っててもらうよ〜。」
レポーターはマテリアのはまった腕輪を目の前でチラつかせた。
「スリプル！」
「なっ‥‥ンガーーーーーッ！」
睡眠状態にする魔法によって、スカーレットは気絶するように一瞬で眠りに落ちた。
「くせ者だ！」
周りの神羅兵達がレポーターに向けて一斉に銃を構えた。
「後ろにもご用心！ストップ！」
処刑室に飛び込んで来たレッドXIIIが、時間マテリアのストップの魔法を唱えた。敵の周囲の時間の流れを止め、しばらくの間行動不能にする魔法である。神羅兵達は銅像のように動かなくなった。
「レッドXIII！？なんでここに！？」
驚いたバレットは言った。
「助けに来たよ！間に合ってよかった！」
「間一髪じゃん！」
帽子を脱いだレポーターはユフィだった。
「お前ら、脱走して来たのか！？」
「その通り！アタシにかかれば、あんな牢屋の錠を外すことくらい朝飯前だよ。ちょちょいのちょいってね。」
ユフィはバレットの手錠を外しながら言った。
「だったらなんでもっと早くやらねえんだよ！」
「みんながどこにつかまってるかも分かんないのに、うかつに行動出来ないじゃん。逃げ出すタイミングを計ってたら、バレット達の処刑の話が耳に入ってさ。んで、慌ててとんずらこいて来たってわけ。そうそう、アタシとレッドがはめてるマテリア、見張りの兵士達からいただいてきたヤツなんだっ。いいだろ〜。」
ユフィは自慢げにマテリアを見せびらかした。
「んなことで喜んでる場合か！まあ、とにかく助けに来てくれて助かったぜ。早くティファを助けてこんな場所からとっとおさらば――」
その時、激しい振動で建物が揺れた。ウェポンが激突した衝撃だった。
バレットとユフィはその場に尻もちをついた。レッドXIIIだけは四つ足のおかげで、そんな無様な格好をせずに済んだ。
「なんだ、今のは？」
「分からないけど急いだ方がいいみたいだよ。ウェポンが迫ってるって言うし、まだエアリス達も助けなきゃならない。」
レッドXIIIの言葉に頷き、バレットはガス室のドアに駆け寄ると開閉スイッチを押した。
「‥‥？なんで開かねえんだよ！？」
いくらスイッチを押しても、ドアは無反応だった。
「まさか、さっきの衝撃でどこかおかしくなったんじゃ‥‥」
「バレット！ガスが出てきたわ！」
ガス室のティファが悲鳴に近い声で叫んだ。ガラス窓から中を見ると、天井にある４つのノズルからほの白い気体が噴出されていた。
「なんてこった！」
バレットは操作盤でガスの噴出を止めようと試みたが、これもまるで制御が効かなくなっていた。
「クソッ！どれもこれもイカれてやがる！」
「みんな、助けて！」
ティファは必死にドアを叩いた。
「ティファ！口ふさいで鼻ふさいで！息しちゃダメ！」
ユフィの無茶な助言に従う訳ではないが、ティファは出来るだけ浅く呼吸し、ガスを吸い込まないようにした。
「ティファ！絶対助けてやるから！がんばれよ！」
ドアの前にうずくまったティファは、バレットの言葉に答える代わりにこくこくと頷いた。
みんなを‥‥信じてるからね！
ジュノンに激突したウェポンは、微動だにしなかった。
「さっきの衝突で死んだのでは？」
ハイデッカーは静止を保っているウェポンの映像を見ながら言った。
「そんなヤワな奴なら、我々もこんなに苦労はしない。」
ルーファウスが言い終わらない内に、ウェポンは動いた。
ゆっくりと水面から頭をもたげ、不気味に光る眼でジュノンの町を睨んだ。やがてカッと口を開いたかと思うと、そこから途方もないエネルギー量のレーザー光線を放った。
光の刃は横一線にジュノンの町を焼き切った。町のあちこちで爆発が起こった。
「キャノン砲、準備完了！」
「撃てーっ！」
ウェポンが再度、光線を放とうとするより一瞬早く、キャノン砲の二発目が発射された。至近距離からウェポンの胸のど真ん中に命中した。
ウェポンは悲鳴にも似た叫び声を上げ、ゆっくりと海の中に没していった。
「今度こそやったか！？」
ハイデッカーはグッと握り拳を作った。
「いいえ。ダメージは与えたようですが、生きています。逃げていくようです。」
オペレーターは報告した。
「クソッ。ジュノンの力をもってしても、撃退するのが関の山とは！」
ハイデッカーは腹立たしげに、作った握り拳でパネルを叩いた。
「いつまでもこんな不毛な戦いをしている訳にはいかないな。そろそろ本気で奴を殺すことを考えねば‥‥」
ルーファウスは何か思案を巡らすように司令室の窓に近寄り、ウェポンによる町の傷跡を見下ろした。
ジュノンに多大な被害をもたらしたウェポンの破壊光線だったが、ティファにとっては救いの手となった。
レーザー光線の一部が、ティファ達のいる処刑室の外壁を破壊した。そのちょうど壊れた部分がガス室の壁だった。部屋に充満していた毒ガスが、壊れた壁から外へと流れ出た。さらに、爆発のショックでガスの噴出も止まった。
破片をかぶったティファだが、毒ガスにやられることを考えれば大したことではなかった。
「ティファ！無事なのか！？」
バレットはガラス窓を叩いた。相変わらず、ガス室のドアは閉まったままだった。
「うん。なんとかね。ガスも止まったみたい。」
ティファは破片を払いのけながら言った。
「そうか。よかったぜ。あとはこのドアを開けるだけだな。」
「バレット！ヤバイよ、オバンが起きた！」
ユフィはあせったように言った。見ると、魔法で眠らされていたスカーレットが、上半身を起こしたところだった。
「誰がオバンだって〜！？」
寝ぼけ眼だったスカーレットはユフィの一言に敏感に反応し、そのせいで一気に目が覚めたようだった。
さらに、神羅兵達を行動不能にしていたストップの魔法もその効力が切れ、何人かが身動きを始めた。
「まずいよ！逃げなきゃ！」
「仕方ねえ。ティファ！そこの空いた壁の穴から逃げろ！外で落ち合おうぜ！」
「分かった、気をつけてね！」
バレット達は神羅兵達の銃撃を寸でのところでかわし、処刑室から逃げ出した。
ティファは自分が気絶させた神羅兵の様態を見た。脈はある。気を失っていたおかげで、あまりガスを吸い込まずにすんだようだ。
「こらー！出て来なさい！ここを開けるのよ！」
スカーレットはガス室のドアを叩いた。
「自分でこんなところに入れておいて、今度は出て来いですって？いい加減にしてよね。」
ティファはスカーレットを無視して、壊れた壁から外に出た。
「！」
部屋の外は、地上からゆうに３０ｍの高さがある場所だった。おまけにすぐ下は海である。
「逃げろって、こんなとこからどうやって逃げろって言うのよ〜っ！海に飛び込めとでも言うの！？」
ティファは海から吹く強風にあおられそうになりながら叫んだ。
ガス室の外から、激しい銃声が響いた。神羅兵達が銃でドアを破ろうとしているようだった。
ぐずぐずしている暇はない。ティファは辺りに目を走らせ、何か使える物はないかと探した。５ｍばかり横に何本かのパイプ管が見えた。それを伝って下に降りられそうだ。
３０ｃｍほどの幅しかない建物の出っ張りを慎重に歩き、パイプ管のあるところまで辿り着いた。意を決して降り始める。
壁の穴からスカーレットが顔を出した。
「ホンットに往生際の悪い娘ね。どこまで手こずらせれば気が済むのかしら。」
「追いますか？」
神羅兵が訊いた。
「その必要はないわ。下に降りられたとしても、どこにも逃げ場はないんだから。だってここはキャノン砲の真上なんだもの。さあ、スキップヘリを用意して！あの娘だけは、何がなんでも私の手でつかまえてやるわ！キャハハハ！」
スカーレットが言った言葉の内容は聞こえなかったが、その耳障りな笑い声だけはティファの耳に届いていた。
処刑室へ向かっていたケット・シーとヴィンセントは、その途中でバレット達と出くわした。
「なんでここに！？」
バレットとケット・シーは異口同音に叫んだ。
ユフィとレッドXIIIが一緒にいるを見たヴィンセントは、すぐに事情を察した。
「どうやらバレット達の救出に向かったのは、彼らの方が先だったようだな。」
「牢屋におらんと思うたらそうやったんか。」
「そゆこと。バレット達を助けたのはアタシ達なんだよ〜。」
ユフィは得意げにＶサインした。
「しかし、まさかお前まで俺達を助けに来てくれるとは思わなかったぜ、ケット・シー。お前は神羅の人間なんだろ？」
バレットは意外そうな表情でケット・シーを見た。
「みなさんが処刑されるんを、黙って見てるような冷血漢やありませんよ、ボクは。それに、キャハハやガハハのやり方にはもううんざりしてたんです。これからはスパイ転じて逆スパイとして、みなさんのお役に立ちたい思いますわ。」
「なるほどな。まあ、とりあえずは信用しとくぜ。」
「とりあえず、やなんてひどいな〜。」
「ねえ、ところでエアリスとシドはどうしたの？一緒じゃないの？」
レッドXIIIは訊いた。
「あの２人は今別行動してますんや。とにかく、みなさんが無事でよかったですわ‥‥って、あれ？そっちの方こそティファさんはどないしたんです？」
バレットは今までの事情を説明した。
「そりゃちょっとマズイですよ。処刑室のある場所は８階建てのビル並の高さや。仮にうまいこと下に降りられたとしても、そこはキャノン砲の真上なんです。逃げるとこありませんわ。」
「なにい〜！？それを早く言え〜！」
バレットはケット・シーをつかんで揺さぶった。
「んなことボクに言われても〜っ。」
「処刑室に戻ろうよ！ティファを助けなきゃ！」
レッドXIIIは今来た道を帰ろうと向きを変えた。
「ちょい待って！ティファさんのことや、そう簡単に神羅につかまるようなことはない思います。今は彼女を信じて、ボク達はエアポートに向かいましょ。」
「エアポート？なんでそんなところに行かなきゃならねえんだよ？」
バレットはケット・シーを振り回すのをやめて訊いた。
「ええからええから。エアリスさん達がうまいことやっててくれれば、ティファさんを助けるチャンスはまだあります！行きましょ！」
合流を果たした彼らは、ケット・シーを先頭にエアポートに向かって走り出した。
無我夢中でパイプ管を伝って下まで降りたはいいが、ティファは今自分がどこにいるのかまったく分からなかった。だが、ここがビルなどの建物ではなく、何かとてつもなく大きな機械の上だということは分かった。
とにかく、開けた場所を目指して走り出した。しかし、しばらく行ったところで、自分が間違った方角に来てしまったことに気付いた。それから、ここがどこなのかということも。
「まずった‥‥」
彼女の目の前には、ジュノンの象徴であるキャノン砲の砲身が、海に向かって長く長く伸びていた。
後戻りしようと振り返った時、頭上からヘリが降りて来た。ヘリの後部ドアからスカーレットのニヤニヤ笑う顔が見えた。
ティファは仕方なく砲身の上を走り出した。ヘリはティファの後ろにピッタリとついてくる。追い越すことなど簡単なはずなのにそうしないのは、おそらくスカーレットがティファを追いつめることを楽しんでいるからに他ならなかった。
砲身が途切れるまであと１０ｍほどのところで、ティファの足下に銃弾が打ち込まれた。ティファはその場に止まった。
キャノン砲の砲身は、ヘリが着陸するにも十分な幅があった。ヘリからスカーレットと数名の神羅兵が降りてきた。
「残念だけど、鬼ごっこはここまでよ。ガス室処刑はお流れになっちゃったけど、ここから海に真っ逆様の刑っていうのも素敵かもね。これだけの高さから落ちれば、トマトみたいにビチャッと潰れるわよ。キャハハハ！」
ティファはスカーレットの言葉など聞いてない様子で、つまらなそうにそっぽを向いた。
その態度にムッと来たスカーレットは、ティファに詰め寄った。
「最後まで生意気ね！」
手を振り上げると、ティファの頬を平手打ちした。
しかし、今度はティファも負けていなかった。
「さっきからパンパン痛いのよ、この年増！」
お返しの平手打ちをスカーレットに見舞った。
「なんですって、この小娘！」
ティファを小娘呼ばわりするあたり、自らの年増ぶりを露呈しているようなものだが、本人はそれに気付いていない。スカーレットはさらに手を振り上げたが、その手がティファの頬にヒットする前に、逆に自分が二発目をくらった。
呆然とするスカーレットに、ティファはもう一発平手をお見舞いした。スカーレットは力が抜けたように、ぺたんと座り込んだ。
「ホントは拳固でもよかったんだけどね。」
ティファはポキポキと指を鳴らした。
「キィ〜ッ、悔しい〜っ！覚えてなさいよ！あんたにはガス室以上の苦しい処刑をくれてやるわ！」
スカーレットはビンタ合戦を戸惑いの目で見守っていた神羅兵達に、ティファを連行するように指示した。
「‥‥ィファー！」
「え？」
名前を呼ばれたような気がして、ティファは辺りを見回した。
「走って！先端に向かって走って！」
声の主は見えない。だがティファは、弾かれたように走り出していた。
「小娘！まだ抵抗する気！？早くあいつを捕まえるのよ！」
神羅兵達がティファを追いかけた。ティファは全速力で砲身の先端を目指した。
どうなるのか分からなかったが、スカーレットに捕まるくらいならここから飛び降りてもいいとさえ思っていた。
突然、なんの前触れもなく、ティファの目の前にそれが現れた。巨大すぎて、ティファは一瞬それがなんなのか分からなかった。
「飛空艇！？なんでこんなところにいるのよ！？」
後ろからスカーレットの叫ぶ声が聞こえた。そうだ。飛空艇だ。これは北のクレーターから脱出する時に乗ったものと同じ物だ。
砲身の下から、徐々に飛空艇がその全貌を現した。甲板が見え、そこにいる人達の顔を見た途端、ティファの顔がほころんだ。
「エアリス！バレット！」
「ティファ！これにつかまれ！」
バレットは縄ばしごを投げ下ろした。
ティファは砲身の先端から思い切ってジャンプした。だが、縄ばしごに向かって伸ばした手は空を切り、ティファはそのまま真っ逆様に落ち――
「ティファ！」
エアリスは心臓が止まる思いで、手すりから身を乗り出した。
ティファは片手一本で、かろうじて縄ばしごの一番下の段をつかんでいた。
「小娘！逃がさないわよ！撃てーっ！撃って撃って撃ちまくるのよーっ！」
スカーレットの怒号を合図に、神羅兵達が銃を乱射した。縄ばしごにぶら下がったティファは、格好の的だった。
「ティファに手を出さないで！ファイガ！」
エアリスは神羅兵達に向かって炎の最上級魔法を放った。狙いははずれたものの、彼らをひるませるには十分だった。
「待ちなさい！こら待てーっ！あんた達絶対に許さな‥‥」
地団駄を踏みながら叫ぶスカーレットの姿が、見る見る内に小さくなった。
飛空艇は高く上昇し、急速にジュノンの空から離脱した。
縄ばしごを昇り、甲板に辿り着いたティファはぐったりと座り込んだ。
「だいじょぶ？ティファ？」
エアリスは傍らに跪き、心配そうにのぞき込んだ。
「うん。心臓ドキドキいってるけど平気よ。あと、ちょっぴりほっぺた痛いかな。それより‥‥」
ティファは自分の周りにいる人々、エアリス、バレット、ケット・シー、そして飛空艇を見回した。
「一体、何がどうなってるの？」
「まあ、詳しいことはあとで追々説明します。とにかくティファさんが無事でよかったですわ〜。」
ケット・シーはホッとしたように言った。
飛空艇のブリッジに入ると、操縦席にいたシドが振り向いた。
「よう、来たか嬢ちゃん。俺様の飛空艇ハイウインドへようこそだ！」
ブリッジにはシドだけでなく、レッドXIII、ヴィンセント、ユフィら他の仲間達もいた。
「ティファ、危機一髪だったね！」
「無事で何よりだ。」
「‥‥はう。助かってよかった‥‥ね。うぷっ。アタシ、海でも空でも船はダメ‥‥なんだよ。」
ティファは仲間達との再会を喜んだ。
「飛空艇なんて、本当にどうやって手に入れたの？これって神羅の船なんでしょう？おまけにクルーの人達もいるみたいだし‥‥」
飛空艇にはそのクルー達がそのまま乗り込んでいた。神羅の人間がなぜ？ティファは不思議でたまらなかった。
「そりゃ、モップと雨傘のおかげでい。」
「それに、シドの知名度もね。」
エアリスとシドは、意味ありげにパチッとウインクを交わした。
ますます不思議そうな顔をするティファに、エアリスは事情を説明した。
モップと雨傘で見張りの神羅兵を倒したエアリスとシドは、飛空艇に乗り込みブリッジを占拠した。
「お前らクルーにゃ恨みはねえ。しかし、俺様達はこの船がどうしても必要なんでい。手荒なマネはしたくねえから、おとなしくこいつから降りてくれ。」
モップを構えて凄むシドを見たクルー達は、一斉に色めき立った。突然現れたハイジャッカーに驚いているのかと思ったが、そうではなかった。
「あ、あなた、シド・ハイウインドさんじゃないですか？」
クルーの一人が震える声で訊いた。
「おうよ。俺様は生まれた時からその名前を名乗ってらあ。ん〜？おめえ、俺様の知り合いだっけか？」
「やっぱりそうなんですね！すごいぞ、みんな！あの伝説の名パイロット、シド・ハイウインドだ！」
シドの周りにドッとクルー達が集まった。スターに群がるファンさながらである。
「シドってそんなに有名人なの？」
エアリスはクルーの一人に訊いた。
「有名も有名、僕達空で働く者にとっての憧れの存在ですよ。この飛空艇の名前であるハイウインドは、彼のファミリーネームを取って名付けられたくらいなんですからね。」
「ふ〜ん、そうなんだ。じゃあ、シドのお願いならみんな聞いてくれるかな？」
エアリスの思ったとおり、シドがクルー達に頼むと彼らは一も二もなく飛空艇を明け渡してくれた。さらには自分達も、シドの下で働きたいとまで言い出した。
彼らハイウインドのクルー達は、長い間彼らの指揮官であるハイデッカーの理不尽な暴力に泣かされてきた。ハイデッカーはルーファウスに叱られたり嫌なことがあったりすると、彼らに八つ当たりをして鬱憤を晴らすのである。
しかしクルー達はどんなに殴られ蹴られても、空で働きたいという一心でそれに耐えてきた。
そこへ、彼らの尊敬するシドの登場である。クルー達が神羅に背いてシドの下へ走るのは、当然の流れかもしれない。
「ま、そんな訳でこの飛空艇ハイウインドは俺様達のもんだ。これでどこへでもひとっ飛びだぜ！」
シドは親指を突き立て、ニヤッと笑った。
「そうだったの。すごいね、飛空艇が私達のものだなんて。それに、みんなとも無事に再会出来て本当によかった‥‥」
ティファは安堵したように微笑みかけたが、ふいにそれが曇った。
みんなじゃない。ここにいるのは、みんなじゃないんだ‥‥。
「‥‥メンバー、一人足りない‥‥よね。」
ティファの言葉に場が静まり返った。全員が同じ一人の人物のことを思った。
「あいつのことは誰にも分からねえ‥‥。生きてるのか、死んでるのかさえな。」
バレットは言った。大空洞での出来事の現場に居合わせなかったバレット達も、ジュノンの牢屋にいる間にそれぞれ同房だった仲間からその時の事情を聞いて知っていた。
「クラウドさん‥‥ホンマ、どないなったんやろ。無事でいるんやろか‥‥」
ケット・シーはいつもの陽気な調子とは打って変わって、沈んだ声でポツリと言った。
「これからどうすればいいの？クラウドはいない、空からはメテオが迫り、地上ではウェポンが暴れている。こんな時に、何をしたらいいの？‥‥分からない。」
ティファは力無く頭を振った。
「そんな頼りないこと言っててどうすんだよ、ティファ！お前はそんな弱い人間じゃねえはずだろ？それによ、俺達の乗っちまった列車は途中下車出来ねえんだぜ。しっかりしろよ‥‥」
バレットは励ましたが、そう言う彼自身もこれから先のことを不安に思わずにはいられなかった。
「クラウドは絶対に生きてる。」
その場を支配する重苦しい空気をはねのけるような、エアリスの凛とした声が響いた。
「現実から目をそらしてる訳じゃないよ。希望的観測でもない。私の心がそう言ってるの。理屈じゃない。そう感じるの。クラウドは生きてる。絶対に、ね。」
その目は揺るぎない確信に満ちていた。
「でもエアリス、あのクラウドは‥‥オイラ達がクラウドだと思ってたのは本当は‥‥」
レッドXIIIは言いづらそうに言葉を切った。
「‥‥クラウドは‥‥あのクラウドは‥‥」
言いかけたティファは、途中で口を閉ざした。
エアリスは優しく彼女の腕に触れた。
「ね、ティファ。ティファは五年前のニブルヘイムのことで、何か知ってることが、思い出したことがあるんじゃない？」
問いかけに対して、わずかばかりティファの体が強ばるのが触れた腕から感じられた。
「北の大空洞から飛空艇で脱出する時、ティファは甲板の床に投げ出されて気を失ったよね。ティファは覚えてないかもしれないけど、その時うわごとでずっとクラウドに謝ってた。『ごめんね、クラウド。あの時、私に勇気があれば‥‥』私、その言葉がずっと気になってたの。」
ティファは黙ったまま床をジッと見つめていたが、やがて迷いながらも言葉を切り出した。
「‥‥私がクラウドとミッドガルで再会したのは、七番街ステーションの前だったの。初めはクラウドだなんて分からなかった。駅の階段に具合が悪そうな呻き声をあげて座り込んでいる人がいたから、心配になって声をかけてみただけで‥‥。『大丈夫ですか？気分が悪いんですか？』そう私が声をかけると、その人はのろのろと顔を上げた。その人と目が合った瞬間、私はゾッとした。彼の目には生気のようなものが全然なくて、目を開けてはいるけれど何も見ていないような感じだった。私が戸惑っていると、ふいにその人は私の名前を呟いた。ぼんやりと、うわごとみたいに。それと同時に、見る見るうちにその人の目に光が戻った。そしてもう一度、今度ははっきりと私の名前を呼んだ。『ティファ！』その時、私は初めて彼がクラウドだってことに気付いたの。」
ティファがひどく疲れているように見えたので、エアリスは彼女を空いているクルーの座席に座らせた。
「クラウドは何事もなかったみたいに元気に立ち上がると、私との再会を喜んだ。村を出てからのこと、ソルジャーになる夢が叶ったこと、セフィロスの事件をきっかけにやめてしまったこと、今はなんでも屋をやっていること。たくさんいろいろなことを話してくれた。でも私は、クラウドの話を聞きながら、ずっと痛いくらいに心臓がドキドキ鳴っていた。なぜならクラウドの言ってることが、事実じゃないって分かったから。‥‥前にエアリスに話したよね。私には５年前のニブルヘイムの事件の記憶がほとんどないって。少なくとも、クラウドと再会するまではそうだった。でも、クラウドと話しているうちに、私は思い出したの。あの日、セフィロスと一緒に村にやって来たソルジャーは、クラウドじゃなかった‥‥」
「ほ、本当かよ、ティファ！？」
バレットは驚いた。
ティファは暗い表情で微かに頷いた。
「なぜその時、そのことをクラウドに言わなかったのだ？」
ヴィンセントは訊いた。
「言えなかった。だってもし私が本当のことを言ってしまったら、クラウドの言葉を否定してしまったら‥‥クラウド、壊れてしまうような気がしたの。どこか遠くへ行ってしまって、二度と戻って来ないような気がしたのよ。怖くてとても言えなかった。‥‥だから、私は嘘をついた。クラウドに。ううん、自分自身に。私にはあの日の記憶がない。あの時のことを覚えていない。だから、クラウドが言っていることの方が正しいんだ。そう思い込もうとしたの。でも‥‥」
ティファはうつむいた。膝の上に置いた握り拳に、涙が一粒落ちた。
「それは間違いだった。あの時、クラウドに本当のことを言っていれば、私にもっと勇気があればこんなことにはならなかったかもしれない。クラウドを追いつめたのは、この私なのよ。」
仲間達は困惑したように、お互いの顔を見合った。
「やっぱり、セフィロスや宝条の言ったことは正しかったのかよ？クラウドはセフィロスの‥‥」
バレットは言い淀んだ。
「分からない。私にも分からないのよ。そんなはずないって思うけど、５年前のニブルヘイムに、クラウドがいなかったのは確か‥‥」
エアリスは椅子に座っているティファの前に膝をつき、少し見上げるような角度で向かい合った。
「ね、ティファ。ティファは運搬船で私に言ったよね。５年前の事件のことはほとんど覚えてない、だけど、あの時の炎の熱気と、飛び散った血の赤と、そして心配そうな顔で自分をのぞき込んでるクラウドの顔だけは、はっきり覚えてるって。それも嘘なの？」
ティファは激しく首を振った。
「違う。あの時、私のことを心配げに見つめていたクラウドを確かに見たわ。でも‥‥もう分からなくなった。もしかするとその記憶も、そう思い込もうとした私が作りだした幻なのかもしれない。」
ティファは何度も首を振った。彼女自身も、何を信じたらいいのか分からなくなっていた。
「私、ティファの記憶を信じるよ。だから、ティファも自分が信じたいことを信じてみようよ。」
エアリスはティファの手に自分の手を重ねた。
「‥‥私達の知ってるクラウドは、クラウドじゃなかったのかもしれない。でもそれは、宝条博士の手で創り出されたとか、セフィロスのコピーだとかそう意味じゃない。クラウドは本当のクラウドじゃないけれど、やっぱり彼が本当のクラウドなんだと思うの。‥‥うまく言えなくてごめん。でも、私は信じてる。クラウドはクラウド以外の誰でもないって。」
エアリスは思っていることを一気に言うと、一呼吸ついた。
そして、笑った。
「だからね、みんなにも信じてほしい。クラウドのこと。だって、私達が信じてあげなかったら、一体誰が彼を信じるの？」
エアリスは周りにいる仲間達の顔を見回した。仲間達はいろいろな感情の入り交じった表情で、彼女の話を聞いていた。そして、エアリスの言葉の一言一言が、彼らの心を覆っていた曇りを取り払っていった。
「‥‥過去に何があったかは分かんねえけどよ、俺様は信じるぜ！ツンツン頭のことをよ！」
「ボクも信じますわ。クラウドさんはクラウドさんなんや。」
「オイラも信じるよ！クラウドのこと！」
「アタシも‥‥うぷっ。」
「私も彼を信じる。」
「‥‥そうだな。あいつは大事な俺達の仲間だ。俺達が信じてやらなくてどうするってんだよな。おう！俺はあいつを信じるぜ！」
彼らは口々に言った。その思いは一つになった。
エアリスはほっとしたように息をつくと、もう一度ティファに向き直った。彼女を見るティファの目には、まだ迷いの色があった。
エアリスは両手でティファの顔を挟み込むように、軽くパチッと叩いた。
「らしくないよ、ティファ！信じることを怖がらないで。だいじょぶ！」
そして雲間から光が射すように、徐々にティファの顔に笑顔が戻った。
「私は‥‥信じる‥‥。信じるわ。‥‥ありがとう、エアリス。」
エアリスは頷いた。彼女もまた微笑んでいた。
エアリスは立ち上がると、ポケットから白いカードを取り出した。
「エアリスさん、なんです、それ？」
ケット・シーは訊いた。
「これ、覚えてる？ケット・シーがゴールドソーサーで占いをやってくれた時の占い結果のカード。」
「ああ、アレですか。まだ持ってたんですか？」
「うん。こうするためにね！ファイア！」
エアリスはカードをひょいと放り投げた。小さな炎が一瞬にしてカードを灰にした。
「悪いけど、ケット・シーの占いはハズレにさせてもらうね！」
ケット・シーは目を丸くしたが、すぐにいつもの陽気な笑みを浮かべた。
「ええんですよ、それで。占いなんてそんなもん気にするより、自分の信じたい未来を信じるべきですわ。」
「そうだよね。あ、でもこっちの占いは信じさせてもらうね。」
エアリスはもう一枚のカードを取り出した。古代種の神殿で占った方のものだった。
「あははっ、エアリスさんには負けますわ〜。」
ケット・シーはますます愉快そうに笑った。
「さ〜て、姉ちゃん。これからどこに行くんだ？このハイウインドならあっと言う間で世界中のあちこちへ行けるぜ！行き先を言ってくれい！」
シドは再び舵を握った。
「ありがと、シド！でも行き先なんて分からない！」
「やっぱそう来たか！」
予想通りのエアリスの答えに、シドは大笑いした。
「どこに行ったらいいのか分からないけど、でも、私達がクラウドのこと信じてる限り、絶対会える。絶対に！」
エアリスは展望窓に近付き、真下に広がる海と遠くに霞む陸地を見つめた。
この星のどこかに、クラウドはいる。必ず、見つける。そう約束したから。
「そういえばクラウド、約束思いっきり破ってくれたっけ。今度会ったらとっちめてやらなきゃ。」
「約束って？」
隣に来たティファが不思議そうに訊いた。
「飛空艇には俺が乗せてやる、な〜んて言ってたクセにこれだもんね。もう自力で乗っちゃったよ。」
エアリスは大袈裟に頬をふくらませた。
待っててよ、クラウド。この埋め合わせは絶対にしてもらうからね！
エアリスは目を閉じ、すうっと深呼吸した。彼女はハイウインドが受ける風を、そのまま心の翼に受けて飛んでいた。
クラウドがいる場所を目指して。