「ねえ、社長‥‥。ここって、なんだかイヤな感じだわ。落ち着かないって言うか‥‥」
スカーレットは洞窟内に張りつめる異様な空気を感じて、そわそわしだした。
「そうだな。一度、飛空艇に戻るとしよう。ここを本格的に調査するための準備も必要だし――」
ルーファウスが言い終わらないうちに、突然、洞窟内にクラウド達が姿を現した。
「な、何よ、あんた達！？どこからわいて出たのよ！」
スカーレットは慌てふためいた。
「んなこと知るか！目の前が白く光ったかと思ったら、いきなりここにいたんでい！‥‥て、ここはどこなんだ？」
シドはキョロキョロと辺りを見回した。
「ここはあんた達の手に負えるところじゃない。俺にまかせてさっさと出て行け。」
クラウドはルーファウス達を追い払うように、軽く手を振った。
「お前にまかせるだと？よく分からないな。どういうことだ？」
ルーファウスはクラウド達の突然の出現に動じた風もなく、銃を構える護衛の兵士達を片手で制しながら訊いた。
「ここはリユニオンの終着点。すべてが終わり‥‥そして、また始まる場所。」
クラウドはゆっくりとエアリスに近付いた。
本能的に危険を感じたエアリスは後ずさったが、一瞬早く、クラウドはその手をつかまえた。エアリスが制止する間もなく、彼女の腕輪から黒マテリアを抜き取った。
「黒マテリアを返してもらうよ。ここからは、俺の仕事だから‥‥」
「クラウド、ダメ！」
エアリスは取り戻そうと手を伸ばしたが、瞬時に剣を抜いたクラウドにその切っ先を突きつけられ、動きを止めた。
「近寄らないで！‥‥近寄らないで下さい。あなたを傷付けたくはないから‥‥」
クラウドの目は悲しそうだった。こんな彼を見たのは初めてだった。
――さあ、黒マテリアを‥‥
待って下さい！もう少しだけ‥‥
「‥‥みんな、今までありがとう。それから‥‥ごめんなさい。‥‥ごめんなさい‥‥すみません‥‥」
クラウドは仲間達に頭を下げた。
「クラウド‥‥？いきなり何を言い出すんだよ？やだなあ、なんで謝るのさ？」
レッドⅩⅢはそれがクラウドの悪ふざけだと思いたかった。彼だけでなく、この時全員がそうであってほしいと願っていた。
しかし、クラウドの独白は終わらなかった。
「‥‥特にティファさん‥‥いろいろよくしてくれたのに、本当にごめんなさい。俺、クラウドにはなりきれませんでした。いつかどこかで、本当のクラウド君に会えるといいですね。」
「もう‥‥やめて。クラウド、お願い‥‥」
ティファは両手で顔を覆って地面に座り込んだ。指の間から涙がこぼれ落ちた。
「クックックッ‥‥。素晴らしい‥‥実に素晴らしい。私の実験がパーフェクトに成功したという訳だ。」
この場にいて愉快そうなのは、宝条だけだった。
「どれどれ。お前、ナンバーはいくつだ？入れ墨はどこだ？」
「宝条博士‥‥俺にナンバーはありません。俺、失敗作だったから、博士がナンバーをくれませんでした。」
クラウドは首を振った。
「なんだと‥‥？まさか失敗作だけがここに辿り着いたというのか‥‥」
宝条は不満げに舌打ちした。
「博士‥‥。ナンバーを‥‥俺にもナンバーを下さい。」
「黙れ、失敗作め。」
宝条にすげなく拒否されたクラウドは、哀れなほどに打ちひしがれていた。
そのクラウドを不思議な光が包み込んだ。ライフストリームの色によく似た光に導かれるようにして、クラウドの体は宙に浮かび上がった。
「あいつは何者なんだ？」
ルーファウスはクラウドを見上げながら訊いた。
「５年前、セフィロスが死んだ直後に私が創ったセフィロス・コピーの一つだ。ジェノバ細胞と魔晄、プラス私の知識と技術と閃きが生み出した科学と神秘の生命体。それがセフィロス・コピー。失敗作というのが気に入らないが、これでジェノバのリユニオンの仮説は証明されたようだ。」
「リユニオンとは？」
「ジェノバは体をバラバラにされても、やがてひとつの場所に集結し再生する、というものだ。私はリユニオンの始まりを待った。５年が過ぎ、コピー達は動き始めた。ミッドガル本社に保管されているジェノバの元に彼らは集まってくるはず‥‥そう予想していた。しかし、そうではなかった。それどころか、神羅ビルのジェノバまで移動を始めた。‥‥私にはすぐに理解できた。そうか、セフィロスだ。彼の意識はライフストリームに還ったあとも、拡散することなく彼であり続けたのだ。そして、その強い意志の力でコピー達を操っていたのだ。しかし、ジェノバは、コピーはどこへ向かっているのだろう‥‥。私には最後まで分からなかった。」
「俺にも分かりませんでした‥‥」
宙に浮いたまま、クラウドは他人事のように呟いた。
「ただ一つ、私には確信があった。その場所には、必ずセフィロスがいるだろうということを。」
「俺は‥‥セフィロスを追っていたんじゃなかったんです。彼に呼ばれていたんです。俺の中のセフィロスに対する怒りや憎しみ‥‥それは俺が、セフィロスのことを忘れないようにと彼がくれた記憶の贈り物‥‥。セフィロス‥‥俺、来ましたよ。黒マテリアを持ってきました。姿を‥‥見せて下さい。」
クラウドの呼びかけに応えるように、激しく洞窟が揺れた。その衝撃で天井に大きなひび割れが生じ、そこから巨大なマテリアの固まりが突き出た。
その中に、眠るセフィロスの姿があった。
「セフィロス‥‥やっと‥‥本当のあなたに会えましたね。」
クラウドは吸い寄せられるように、マテリアの中のセフィロスに近付いた。
「いた‥‥セフィロスだ。やはりいたのだ。‥‥なるほど、分かったぞ！ここはジェノバが発見された場所からそう遠くない。ジェノバは戻ったのだ。動物が繁殖の為に、自分の生まれた土地や川へ帰っていくように。だからセフィロスもここにいたのだ！彼もジェノバの申し子だからな！」
宝条の目は、狂人のそれのように爛々と輝いていた。
「クァックァックァッ！素晴らしい！ジェノバのリユニオンとセフィロスの意志の力！その二つの力が合わさり、ここに集結したのだ！」
小躍りせんばかりに喜ぶ宝条を見て、エアリスはカッとなった。ツカツカと歩み寄り、彼の襟首をつかんで締め上げた。
「あなた、なんにも分かってない！クラウドの手には黒マテリアがあるんだよ！それをセフィロスが手にしたら、どうなるか‥‥」
「よさねえか、ツンツン頭！このバカったれー！」
「やめてよ、クラウド！」
シドとレッドⅩⅢの２人が悲鳴に近い叫び声を上げた。その声がなければ、エアリスが宝条に一発お見舞いしたのは確実だった。
天井を仰ぎ見ると、クラウドが黒マテリアを持つ手をマテリアの中のセフィロスに向かって差し出すところだった。
ほんの一瞬、クラウドはためらうようにその手を止めた。振り返って下を見る。
瞬間、クラウドとエアリスの視線が合った。微かに彼の唇が動いた。
クラウドの手は、難なくマテリアを通り抜けた。クラウドが手を離すと、黒マテリアは不気味な黒い閃光を放ちながら、セフィロスの中へ吸い込まれていった。
洞窟がさらに激しく揺れ始めた。マテリアの壁に亀裂が走り、かけらが雨のように降り注ぐ。
「もう何もかも手遅れのようだな。そろそろ引き上げた方が良さそうだ。」
ルーファウスは頭にかかる破片を払いのけ、手ぐしで髪を整えた。
「でも社長、せっかく見つけた約束の地はどうするの？」
スカーレットは言った。
「セフィロスにくれてやるのは少々惜しい気もするが、命あっての物種だからな。さて、君達も私と一緒に来てもらおうか。いろいろ聞きたいこともある。」
エアリス達は神羅兵に取り囲まれていた。選択の余地はなさそうだった。
「ま、しゃーねえな。こっから逃げるにゃ飛空艇にでも乗るしかねえからな。」
シドは腹をくくった。
ティファは相変わらず座り込んだままだった。エアリスが手を貸してやらなければ、立つことも出来ないような有様だった。
彼らは飛空艇へと急いだ。飛空艇は岩の少ない平らな場所を選んで、器用に止まっていた。全員が乗り込むと、直ちに離陸した。
「社長、ご無事ですか！何があったんです？」
ハイデッカーがドスドスと甲板を踏み鳴らし、ルーファウスの元へ走ってきた。
「あとで話す。それより、客人を連れてきた。彼らの部屋を用意してくれ。」
「あ！こいつらは！‥‥なるほど、分かりました。実は私の方も、こいつらの仲間数名を引っ捕らえているのです。岩場に倒れているところを兵士が発見いたしまして‥‥」
「ホントに！？バレット達もこれに乗ってるの！？よかった‥‥」
エアリスははぐれた仲間達の無事を知り、ホッとした。
安心するのも束の間、飛空艇がまだ地面からさほど離れないうちに、周囲のいたるところからすさまじい勢いでライフストリームが吹き出した。同時に渦巻くような強風が起こり、飛空艇はバランスを崩して激しく揺れた。
甲板にいたエアリス達は、そのあおりをまともに受け危うく船外に投げ出されそうになった。
「ブリッジ！急いで大空洞上空から離れろ！急速離脱だ！」
ルーファウスが無線に向かって叫んだ。
体に重力がかかり、飛空艇がグンと加速したのが分かった。
しかし、ライフストリームの吹き上げは水の波紋のようにどんどん広がり、今にも飛空艇を飲み込まんとしていた。
さらに、事態はこれだけでは収まらなかった。
「な、ななな、なんだあ！？ありゃ！」
シドは大きく目を見開いた。
クレーターを覆う光の渦から、巨大な黒い塊が飛び出した。それは、ドラゴンが突然変異したような、見たこともない種類のモンスターだった。
しかも、その巨大さたるや半端なものではなかった。軽く飛空艇の３倍以上の大きさがある。
モンスターは飛空艇と同じ高度まで上昇し、横に並んだ。赤く光る眼が、ジロリとこちらを睨んだ。甲板にいる全員が、身がすくむような思いでその眼を見返した。
「社長‥‥あ、あれって、洞窟の壁の中にいた奴じゃないの？」
スカーレットは震える声で言った。
巨大モンスターは背中の翼を大きく広げた。そして一呼吸つくかのように間を置くと、一瞬のうちに最大値まで加速し、南に向かって飛び去って行った。
モンスターが移動する時に生じた衝撃波が、飛空艇を木の葉のように翻弄した。これで失速しなかったのは奇跡に近い。
だが、甲板上にいた者達は激しい揺れに立っていられず、床に叩きつけられたり、何人かは手すりを乗り越え船外へ放り出された。
ようやく、飛空艇は態勢を立て直し、安全空域へと離脱した。
「怪我はねえか？姉ちゃん？」
必死の思いで手すりにしがみついていたエアリスは、シドの言葉に頷いた。
「うん、平気。みんなは？‥‥ティファ！？」
エアリスは床に倒れたまま起き上がらないティファを見て、慌てて駆け寄った。
「ティファ！だいじょぶ！？」
エアリスはティファを抱き起こした。
「ごめんね‥‥クラウド。」
ティファのうわごとだった。
「ごめん‥‥ごめんね。あの時、私に‥‥勇気があれば‥‥。クラウド‥‥ごめんね‥‥」
ティファは意識朦朧としたまま、ポロポロと涙をこぼした。エアリスはどうしていいのか分からず、ティファをギュッと抱きしめた。
「これから、どうなるんだろう‥‥」
彼女の隣でレッドⅩⅢが、遠ざかるクレーターを見ながら呆然とした様子で呟いた。
ライフストリームが激しい渦を巻き、光が乱舞する。光は膨張するように外へ外へと広がり、すっぽりとクレーターを覆うドーム状のバリアへと変化した。
星の終焉。これはその序曲だ。彼らはなすすべもなく、ただそれを見守っていた。
同時に、エアリスの全身を悲鳴が貫いた。星の悲鳴だった。そのあまりの悲痛さに、一瞬気が遠くなりかけた。
「クラウド‥‥」
苦しい息とともに、エアリスは微かな声で呟いた。
母の優しい笑顔が目の前にあった。どんな時でも明るさを失わない強い人。
「それは買いかぶりすぎ。私はそんなに強い人間じゃないわ。」
母はクスクスと笑った。
「でも、私が強く見えるとしたら、それはあなたのおかげよ。あなたがいるから、私は強くなれる。どんなに辛い時でも、希望を見い出せる。守るものがあると人は弱くなる、なんてどっかのバカな科学者が言ってたけれど、そんなのは大嘘。ましてあなたは、私よりずっとずっと強い心を持っている。‥‥自分を信じなさい、エアリス。そして、あなたの守りたいものを、あなたを守ってくれるものを信じなさい‥‥」
エアリスは目を開けた。
「よう、姉ちゃん。お目覚めか？」
エアリスは起きあがり、ぼんやりとした顔でシドを見た。
「あれ‥‥シド？ここ、どこ‥‥？」
「あん？何寝ぼけてやがる。ここがホテルのスイートルームに見えるってのか？」
エアリスは自分が硬いマットレスの簡易ベッドに横になっていることに気付いた。
そうか。私達は神羅につかまったんだ。
寒々とした石の壁と頑丈そうな鉄格子で囲まれた部屋。ここは牢屋以外の何ものでもなかった。
北の大空洞から脱出した飛空艇は、要塞都市ジュノンに帰港した。そしてエアリス達は、そのままこの牢屋に放り込まれたのである。
牢屋の中にはシドの他にヴィンセントが一緒だった。飛空艇でハイデッカーがルーファウスに報告していたとおり、一時はぐれていた彼らもまた、神羅の手に落ちていた。
ティファやバレットなどの他の仲間達の姿はなかった。しかし、ジュノンの別に場所に囚われているのは間違いない。
エアリスはベッドから立ち上がると、格子のはまった小さな窓に近付いた。唯一外界がのぞける場所である。しかし、ここから見えるものは、ジュノンの汚れた海だけだった。
いや、もう一つ嫌でも目に入るものがある。空にぽっかりと浮かぶもの。メテオ。
エアリス達がここに来てから一日と経たないうちに、それは現れた。最初は昼間でも光る明星のようだった。しかし、日に日にその姿は大きくなり、７日経った今では夜空の月を上回るほどに巨大化していた。それだけこの星に近付いているということだ。
メテオの周囲には、まるで生き物のようにうねる紅炎状の帯がまとわりついていた。深紅色のプロミネンスを羽衣のようにまとった星の破壊者は、その役割を果たすため、確実にこの星に迫りつつあった。
メテオを呼んだ張本人であるセフィロスは、光のバリアに包まれた大空洞の奥底で、星の支配者となるその日を待ちながら静かに眠り続けていた。
だが、星にとっての驚異はメテオだけではなかった。
大空洞から飛び出したあの巨大モンスター。宝条達がウェポンと呼んだ古代の巨獣。何千年の時を経て甦ったそれが、世界のあちこちで都市や町を襲い始めたのだ。
そして意外なことに、ルーファウスの指揮する神羅軍がウェポンとの攻防を繰り広げていた。彼らの力によって、どの都市も壊滅から免れていた。だが、飽くまでもかろうじて、である。ウェポンを倒す決定打は未だなく、神羅軍は守りに徹するだけで精一杯だった。
これが、今のエアリス達が置かれている状況だった。これくらいの情報は、牢屋の中にいても知ることが出来た。しかし、エアリスが今一番知りたいと思うことは、こんなことではなかった。
クラウド。彼の行方は誰にも分からなかった。その生死さえも。
クラウドと目が合ったあの瞬間。彼は囁いた。耳では聞き取れなかったはずのその声が、エアリスの心の中ではっきりと響いた。
さようなら。
飛空艇で感じた星の悲鳴より、彼のその一言がエアリスは悲しかった。
どこにいるの、クラウド？生きてるの？
エアリスはポケットから一枚のカードを取り出した。ゴールドソーサーでケット・シーと初めて会った時、占い屋を自称する彼がくれた占い結果のカードである。それにはこう書かれている。
――求めれば、必ず会えます。しかし、もっとも大切なものを失います。
エアリスが頼んだ占いはセフィロスの行方。そして、これがその答えだった。
「こういうことだったの‥‥？」
エアリスは窓の鉄格子に額を押しつけた。ひんやりと冷たい感触がした。
「大丈夫か？顔色がよくない。」
ヴィンセントはそんなエアリスを気遣って言った。エアリスはそれに答える気力もなかった。それくらい疲れていた。
‥‥自分を信じなさい。あなたの守りたいものを、あなたを守ってくれるものを信じなさい――
夢の中の母の言葉。生前の母とこんな会話を交わした記憶はない。もしかすると母は、落ち込んだ自分を励ましに来てくれたのだろうか。
そうだね。こんなの私らしくないよね。クラウドが死んだなんて決まった訳じゃないし、大体あのクラウドがこんな簡単に死ぬ訳ない。それにほら、わずかだけど私の心が感じてる。彼の存在を。この星のどこかで、彼が生きているということを。
「‥‥だいじょぶだよ、ヴィンセント。私は元気。元気だけが取り柄ってね。」
「そうか‥‥。だが、私にはそれが空元気のように見える。」
「空元気でも元気って言葉もあるんだよ。落ち込んでても元気なフリをしてれば、本当の元気が出てくるものなんだから。」
エアリスは曇りのない笑顔で言った。再び窓の外のメテオを見上げる。目にするのも嫌だったこの破滅の使者だが、考えようによってはこれを見ることが出来るということは、まだ星が無事な証拠なのだ。
「見慣れてみれば、あのメテオって結構きれいかも。」
エアリスの思考はいささか楽天的すぎるほどに和らいでいた。ヴィンセントとシドは、呆気にとられたようにエアリスを見た。
「姉ちゃんの元気は回復したみてえだが、俺様はそれどころじゃねえや。」
シドは力無くため息をついた。彼の元気のなさは、空に浮かぶメテオでも、暴れ回るウェポンのせいでもなかった。
彼はここ一週間、一本のタバコも吸っていなかった。大空洞から逃げ出す時にどこかでタバコの箱を落としたらしく、牢屋に入れられてから初めてそれに気付いた。シドは看守にタバコの差し入れを要求したが、当然のごとく却下された。
よって否応なしの禁煙状態となり、度が過ぎるほどの愛煙家である彼にとって、辛く厳しい日々が続いていた。もっとも、エアリスやヴィンセントはあまり彼に同情的ではなかったのだが。
「いい機会じゃない、シド。この際、永久禁煙しちゃったら？」
「バッカ野郎！んなことするくらいなら断食する方がマシでい！」
シドはふてくされたように背を向けて、ゴロンと横になった。
「だあ～っ、クソ！ここから出られればタバコなんざ吸い放題なのによ！なんとか脱走出来ねえもんかあ！？」
シドは駄々っ子のように大声でわめいた。牢屋の外の見張りの兵士がジロッと睨んだ。
ここに来てからというもの、エアリス達は何度も脱走計画を話し合っていた。しかし、たとえここから出られたとしても、他の仲間達がどこに囚われているのかが分からない。彼らを置いて逃げることなど出来るはずもなく、計画を実行に移せないまま、むなしく時だけが過ぎ今日に至っていた。
「やはりバレット達との連絡がつかなければ無理だな。実行するなら、彼らとうまくタイミングを合わせてやるべきだ。」
「どこにいるかも分からねえんじゃ、そんなこと到底出来っこねえよ。イチかバチか抜け出して、それからヤツらを探したらどうだ？」
「それこそ絶対無理だよ。ここは神羅軍の総本山だもの。兵士があちこちウロウロしてるのに、そんなこと出来る訳ない。あっと言う間につかまっちゃうよ。」
「んじゃ、どうすんだあ？このまま俺様に禁煙してろってのか！？冗談言うない！」
「シド‥‥あんたの考えはどこかズレてないか？」
「タバコを吸いたいがために、脱走を企てるなんてシドらしい～。」
神羅兵が銃で鉄格子をガンガンと叩いた。
「うるさいぞ、お前ら！聞こえるように脱走計画なんか話し合うな！」
「いいじゃない。話するくらい。ねえ？」
「他にすることもないしな。」
「退屈しのぎにゃちょうどいいや。」
あっけらかんと言う彼らを見て、神羅兵は呆れ果てた。
「お、お前らなあ‥‥あっ、社長！」
神羅兵はビシッと敬礼した。牢屋の外の廊下に、ルーファウスが現れた。
「心配するな。君達の退屈もあと少しの辛抱だ。」
「どういう意味でい、そりゃ？」
シドはキョトンとして訊いた。
「私が説明してやる。心して聞け。」
続いてハイデッカーがその巨体を見せた。
「お前達はこの事態を引き起こした張本人として、処刑されることが決定した。」
「しょ、処刑だと～！？ふざけるない！なんで俺様達が！？」
「それ本気なの！？」
「‥‥神羅の考えそうなことだな。」
「安心しろ。お前達の処刑は一番最後にしてある。大トリだぞ、喜べ。ガハハハッ！」
「トリだろうが犬だろうが同じこったろうが！ちくしょ～！ウェポンと戦ってるって聞いた時は、案外見所のあるぼんぼんだと思ったもんだが、たった今そんな考えはドブに捨てたぜ！」
シドはステンレス製のマグカップを、鉄格子に向かって投げつけた。カーンというけたたましい音がして床に落ちた。
「わめくのはいっこうに構わないが、備品を壊すのはやめてもらいたいな。君達を助けるために、クラウドが現れるのではないかと思っていたのだが、とんだ見込み違いだったようだ。宝条も残念がっていたよ。彼もクラウドを調べたがっていたようだからな。」
ルーファウスはいつものクセで、乱れてもいない髪をなで上げた。
「セフィロスの分身、か。メテオが現れた今、彼は用済みになったようだな。という訳で、君達も彼と運命共同体だ。せいぜい死に花を咲かせてくれ。だが‥‥」
ルーファウスはエアリスに目を向けた。
「エアリス、君はこの世でただ一人の古代種だ。このまま処刑するにはあまりに惜しい。」
「何が言いたいの？」
「君が我々神羅に服従し、その利益のために貢献すると約束するなら、君だけは助けてやってもいいが、どうする？」
「絶対、イヤ。」
エアリスの答えは間髪入れなかった。それに対するルーファウスの反応も、またあっさりしたものだった。
「分かった。約束の地がセフィロスの手に落ちてしまった以上、古代種の利用価値もなくなった。あえて君を説得する必要はないな。では失礼するよ。間もなく一回目の刑が執行される。」
「ちょっと待って！誰を最初に処刑するつもりなの！？」
エアリスの問いに、ハイデッカーが代わって答えた。
「アバランチのメンバー、バレット・ウォーレスとティファ・ロックハートだ。トップバッターとしてはうってつけだろう。ガハハハ！」
ルーファウスとハイデッカーが立ち去ったあと、エアリス達は焦りの浮かんだ表情でお互いの顔を見た。彼らの目には、同じ決意が表れていた。
「やろう！」
「当然でい！」
「事態は一刻を争う。」
その数分後、見張りの兵士は目の前で起こった光景に腰を抜かしそうになる。
凶暴なモンスターが突如として牢屋の中に現れ、口から放った赤い光線で一瞬のうちに鉄格子を溶かした。
「ん～？おめえ、今にも気絶しそうな顔してんな？手伝ってやるぜ。なあに遠慮すんない。」
シドはあんぐりと口を開けて立ちすくむ兵士を、パイプ椅子で殴りつけた。兵士は素直に昏倒した。
「さて、これからどうする？」
モンスターから元の姿に戻ったヴィンセントは、服を身につけながら言った。
「とにかく、ティファ達を探して助けなきゃ‥‥」
「あれえ？みなさん、もう脱走しはったんですか～？」
間延びした声が聞こえた。ケット・シーである。
「な～んや。せっかく助けに来たのに、つまらんなあ。」
「ケット・シー！来てくれたんだ！」
エアリスはデブモーグリごとケット・シーに抱きついた。
「遅くなってすんまへん。これでも皆さんを助けよう思うて、チャンスを伺ってたんです。でも、そんな悠長なことしてられんようになって‥‥って、シドさん。何をいきなり追い剥ぎまがいのことしてるんです？」
ケット・シーは倒れた神羅兵の懐を探っているシドを見て、呆れたように言った。
「確かこいつ、持ってたはずなんだが‥‥お！あったあった！」
シドは神羅兵の胸ポケットからタバコの箱を取り出し、満足そうににんまりと笑った。早速火を付け、一服する。
「くう～っ！生き返るぜい！」
「ったく、この一大事に何をしてるんですか～。ティファさんとバレットさんが大変なんですよ！」
「知ってる。ルーファウス達から聞いたよ。２人を処刑するって。そして、いずれは私達もね。」
「なんや、もう知ってたんですか。そうです。そやからこうして助けに来たっちゅう訳です。そや、見て下さい。今回の処刑はただの処刑とちゃうんですよ。テレビによる公開処刑なんです。」
ケット・シーはデブモーグリの口の中から、小型テレビを取り出しスイッチをつけた。
テレビに映ったのは、神羅軍が使用する処刑室の映像だった。その部屋の演壇に立ち、たくさんのマスコミ関係者からインタビューを受けるスカーレットの姿が見えた。
彼女の背後には大きなガラス窓があり、その向こうには椅子が一つだけ置かれた小部屋があった。
「ご覧あれ。これは私が特別設計して作らせたガス室よ。じっくり時間をかけて苦しみながら死ねるわ。キャハハハ！」
スカーレットは自慢げにガラス窓の奥のガス室を指さした。
「スカーレット女史、なぜ今回はこのような公開処刑になさったんですか？」
レポーターの一人が質問した。
「メテオやウェポンのせいで、世界は混乱を極めているわ。動揺しパニックに陥った民衆を治めるには、悪者を派手にやっつけたところを見せつけるのが一番効果的なのよね。さあ皆さん、いよいよお待ちかね！世界に危機をもたらした張本人達の登場よ！」
スカーレットの合図で、入り口のドアから手錠をかけられたバレットとティファが処刑室の中へ引きずり出された。２人にカメラがズームインし、一斉にフラッシュが焚かれる。
「なんなんだ、こいつらは！？」
バレットはフラッシュの眩しさに目を瞬かせた。
「あなた達の無様な死に様をテレビで放送するのよ。全世界へ向けてね。お二人とも一躍有名人よ。」
「死刑の生放送って訳ね。悪趣味だわ。」
ティファは軽蔑の口調で言った。
「それは違うわね。みんな口には出さないけど、ホントはこういうことが好きなのよ。見たくて見たくてたまらないの。キャハハハ！」
「そう思ってるのはあなただけよ。笑い方だけじゃなく、頭の中までイカれてるみたいね。」
「な、なんですって！？おだまり！」
スカーレットはパンッとティファの頬を叩いた。ティファはよろけそうになるのを、グッと踏みとどまった。挑むような目つきでスカーレットを見返す。
「生意気な娘ね。いいわ。記念すべき最初の死刑囚はあんたよ！」
スカーレットはティファを、ガス室のドアに向かって突き飛ばした。
「やめろ！やるならまず俺からにしろ！」
神羅兵達に取り押さえられたまま、バレットは身をよじって叫んだ。
「いいわ～、ナイスよ。こういうお涙ちょうだいのシーンは最高に受けるのよね。ほらほらカメラさん、しっかり撮るのよ！」
カメラは暴れるバレットと、ガス室へ引き立てられていくティファを交互に撮った。
「大変！ティファが！早く助けなきゃ！ケット・シー、この部屋どこにあるの！？」
エアリスはケット・シーをガクガクと揺さぶった。
「エ、エアリスさん、落ち着いて下さい。ティファさんならもうしばらくは無事なはずですわ。あの女のことや。すぐには刑を執行せずに、ガス室の椅子に座る恐怖をたっぷり味わわせて、ネチネチいたぶるつもりやと思います。とことん陰険変質な女ですから。」
ケット・シーの口振りから、彼がスカーレットを快く思っていないようだとの察しがついた。
「まずは、別の場所に閉じこめられているレッドⅩⅢとユフィを助けて合流しましょ。それから一気に処刑室に殴り込みや。」
「しかし、そのあとはどうするつもりだ？処刑室を出た途端、神羅兵達に包囲されて牢屋に逆戻りということもあり得る。たとえそれを突破出来たとしても、追っ手を振り切ってここから逃げ出すのは至難の業だ。」
ヴィンセントの先を読んだ見解に、ケット・シーはう～んと唸った。
「そこまでは考えてませんでしたな～。どないやってジュノンから逃げましょか？」
「悩むこたねえ！俺様にまかせろい！」
シドは自信満々に胸を叩いた。
「要は脱出用の足がありゃいいんだろ？だったらここには持ってこいのがあるじゃねえか。空飛ぶアレがな。」
「空飛ぶアレ？シドさん、まさか飛空艇を乗っ取ろうなんて考えてるんや‥‥」
「それいいね！私、あれに一度乗って見たかったの！よし、もらっちゃお！飛空艇！」
驚き呆れるケット・シーを尻目に、エアリスは諸手を上げて賛成した。
「おっし！そんじゃ二手に分かれるぜ！猫野郎とヴィン公はクソガキと犬っころを助けて、そいつらと一緒に処刑室の嬢ちゃんと大男の救出に向かってくれい。俺様はひとっ走りして、飛空艇を神羅のクソッタレ共の手から奪い取ってくるぜ！姉ちゃん、手伝ってくれるか？」
「もっちろん！」
「よっしゃ！行動開始だ！」
「ケット・シー、ヴィンセント！ティファ達のことお願いね！飛空艇、ちゃんとブン取ってくるから！」
エアリスとシドは２人だけで合点を合わせ、瞬く間に走り去っていった。ケット・シーとヴィンセントは、呆然とそれを見送った。
「なんや気性のよく似た人達やなあ。あんなんで大丈夫やろか？」
「あの２人なら、なんとかするだろう。」
「でもあの人ら、素手で飛空艇ジャックに行ったみたいですよ。せっかく神羅から、皆さんの武器やマテリアを取り返してきたっちゅうのに。」
「‥‥あの２人なら、なんとかなるだろう。」
あとに残されたケット・シーとヴィンセントが、不安げに顔を見合わせたその時だった。
けたたましいサイレンが鳴り響いた。廊下の赤い警報灯が、激しく点滅を始める。
「気付かれたか！？」
「緊急警報！緊急警報！ウェポン襲来！ウェポン襲来！総員戦闘配備！繰り返す‥‥」
緊迫したアナウンスがスピーカーから流れた。
「もっとまずいわ！ウェポンや！」
ケット・シーは今度は無線機をデブモーグリの口から取り出し、神羅軍の通信を傍受した。
「ジュノン沖約３０kmの地点にウェポンが現れたそうです。まっすぐこっちに向かってるらしいですわ。まったく、よりによってこんな時に～。人の都合を考えんやっちゃ。」
「いや。私達にとっては逆に好都合かもしれない。これで人々の注意はウェポンに集まる。それに、こんな騒ぎになっては公開処刑どころではないだろう。」
ヴィンセントの言うとおり、テレビ中継中の処刑室は大混乱になっていた。マスコミ関係者達は取材を放り出し、我先にと部屋の外へ逃げて行く。
中継のカメラマンも逃げてしまったらしく、カメラは一方方向を向いたまま動かなくなった。画面外からスカーレットが、「ちくしょ～！これからって時に～！」と、悔しがる声が聞こえた。
「今をおいて行動の時はない。」
「ホンマや。ほな、急ぎましょ！」
ケット・シーとヴィンセントは、赤い点滅ライトが降り注ぐ廊下を走りだした。
ルーファウスは足早に作戦司令室へと入った。モニターやコンソールパネルがズラリと並び、大勢のオペレーター達が忙しなく動き回っている。ここは神羅ジュノン方面軍の中枢となる場所である。
ルーファウスが来たことに気付いたハイデッカーは、急いで駆け寄った。
「社長、すでにお聞きと思いますが、ウェポンが現れました。これが偵察ヘリから送られてきた映像です。」
ハイデッカーはモニターの一つを指した。海の中を巨大な黒い物体が、まっすぐジュノン目指して突き進んでくる。
「つい先日、グラスランド沖に現れたばかりだというのに、もうここまでやって来たのか。」
「しかし、この鉄壁の要塞ジュノンに攻撃を仕掛けてくるとはまったくバカな奴です。攻撃の許可は？」
「聞くまでもない。」
「了解。自慢の大砲で返り討ちにしてくれます。キャノン砲、エネルギー充填開始！方位修正、目標ウェポン！ジュノン都市の迎撃形態への移行開始！」
ハイデッカーは無線マイクに向かって、大声で怒鳴った。
彼の指示で、ジュノンの町はその姿を大きく変えた。地下からは巡航ミサイルをも跳ね返す強固な防護壁が、町の盾となるべく次々とせり上がった。海岸に面した道路は横へスライドし、その下からいくつものミサイルの発射台が現れた。
神羅軍の力の象徴であるキャノン砲はゆっくりと向きを変え、迫り来るウェポンに照準を合わせた。
同じ頃、エアリスとシドの２人は神羅兵の目をうまくかいくぐり、アル・ジュノンのエアポートに辿り着いていた。途中、ウェポン襲来の放送を聞いたが、そんなことで立ち止まる彼らではなかった。
駐機場で待機している飛空艇のそばへと近付き、貨物コンテナの影からそっと様子を伺う。飛空艇のタラップ前に、警備の神羅兵が一人立っているのが見えた。
「見張りは一人か。しめたぜ。ウェポン騒ぎで警備が手薄になってやがる。」
シドはパチンと指を鳴らした。
「チャンス、ね。で、どうする？正面からどーんと行ってみる？」
「おう。回りくどいことは嫌いでい。行くぜ！」
「でも、ちょっと待って。いくら相手は一人っていっても銃持ってるんだし、こっちも何か武器がないとね。」
エアリスは辺りを見回すと、何か発見したように倉庫横にあるゴミ捨て場に走って行った。そしてすぐに戻ってきて、そこから拾ってきた物をシドに渡した。
「なんでい、こりゃ。モップじゃねえか。」
「これでも一応武器になるよね。私はこれ。」
エアリスは破れた雨傘をブンと降った。
「ま、ないよりマシってヤツだな。よーし、いっちょやるか！」
シドはモップを肩に担ぐと、飛空艇に向かって走り出した。
モップと雨傘を持って走ってくる彼らを見た神羅兵は、警戒するよりもむしろ呆気にとられたようだった。
「な、なんだお前らは？」
「あー！ウェポンが踊ってる！」
「ええ！？」
指さしたエアリスにつられて後ろを向いた神羅兵の後頭部に、シドがモップを叩き込んだ。しかし、かぶっていたヘルメットのおかげで神羅兵は気絶にはいたらず、すぐに態勢を立て直すと銃を向けた。
が、その前に、野球のバッターよろしくエアリスが振り回した雨傘が、神羅兵の銃を叩き落とした。そしてシドの二撃目が神羅兵の顔面にジャストミートし、今度こそノックアウトした。
「お！モップや傘ってのもなかなか破壊力あるじゃねえか。」
「ホント。捨てておくの、もったいないよね。」
エアリスとシドはニヤリと笑うと、勢いのままに飛空艇の中へ飛び込んで行った。