アイシクルロッジより北は大氷河と呼ばれる極寒地帯である。ここは地元の者でも、滅多なことでは立ち入らない場所だった。
針葉樹の森や凍り付いた湖、急斜面の丘、深い洞窟、雪の平原と、様々な地形が複雑に入り乱れ、ホルゾフの案内なしでは確実に遭難していただろう。
「この辺りの山という山は残らず制覇してるからねえ。大氷河は私の庭みたいなもんだよ。」
ホルゾフは登山時の前線基地としている山小屋へ、彼らを連れていった。
「ここから出ると、もう大氷河は終わりだよ。」
「その先には何があるんだ？」
クラウドは訊いた。
「ガイアの絶壁という高く険しい崖が立ちふさがっている。大昔に空から降って来た何かが、地面に激突して盛り上がったものだと言われているが、詳しいことは私も知らないんだ。その岩肌は凍り付き、崖の周辺には絶えず激しい寒風が吹き荒れる難所中の難所だ。私も途中までなら登ったことはあるが、結局制覇出来ずじまいだよ。絶壁の向こう側を見た者は、恐らく誰もいないだろうね。」
自分に出来なかったのだから他の誰にも成し遂げられるはずはない、という自信をちらつかせてホルゾフは言った。
「空から降って来た何か、か。」
「やっぱりジェノバのことかしら。ビデオでエアリスのお母さんが言ってたことと合致するわ。」
ティファは言った。
「何がなんでも越えるしかないな。ガイアの絶壁を。」
クラウドの言葉に仲間達は頷いた。
ホルゾフとはここで別れた。
「これが１０年前なら、絶対に君達と一緒にガイアの絶壁にチャレンジするんだがなあ。まったく、歳は取りたくないもんだよ。」
ホルゾフはしきり残念がっていた。
ホルゾフに見送られ、クラウド達は絶壁の麓を目指して出発した。
「なんや、ますます寒うなった気がしますなあ。」
ケット・シーはデブモーグリの口の中に入り込み、顔だけを出していた。
「何言ってやがる。ロボットのクセに寒いなんて感覚があるのかよ。」
バレットはケット・シーのメガホンを取り上げ、それでコンコンと頭を叩いた。
「あんまり寒いと間接部の具合が悪うなるんですわ。こうなんとな〜くギシギシと‥‥」
「安いオイル使ってんじゃねえっ。」
バレットは再び小突いた。
「やっぱ寒い時はアルコールだよな。」
どこから持ってきたのか、シドは酒の瓶をラッパ飲みしている。
「くは〜っ、あったまるぜ！」
「オヤジオヤジっ、アタシもアタシもっ。」
「あ〜ん？お子様はかき氷でも食ってろ。」
瓶に手を伸ばすユフィの顔に、シドは雪玉を押しつけた。
まるで遠足に来ているような和やかさで、彼らはガイアの絶壁の麓に辿り着いた。これから死の氷壁に挑む緊張感はまるで見あたらない。
しかし、絶壁を見上げた時、文字通り彼らの顔は凍り付いた。
高層ビルほどの高さもある崖が、ほぼ垂直に近い角度でそそり立っていた。ホルゾフの言った通り、岩肌は凍り付き、手や足をかけてもすぐに滑ってしまう。おまけに、周囲に吹く風の強さも半端ではなかった。
「これは一筋縄じゃいかないな。‥‥いや、待てよ。氷はなんとかなるか。それと‥‥」
クラウドはチラリとケット・シーを見た。
「ケット・シー、頼まれてくれないか？」
「何をです？」
ケット・シーはのんびりと聞き返した。
数分後、ケット・シーの体には登山ロープがくくりつけられていた。
「やってくれ、レッドXIII。」
「了解！ファイラ！」
レッドXIIIの放った炎が、壁面の氷の一部を一瞬にして溶かした。
「行くぞ！せーのっ！」
続いてクラウドは、勢いよくケット・シーの体を崖の上に向かって投げた。狙い通り、ケット・シーは途中の岩棚に着地した。
ケット・シーはロープを固定すると、下のクラウド達に向かって手を振った。
「荒っぽいけど、ナイスアイデアよ。クラウド。」
ティファは苦笑しながら手を叩いた。
壁面が再び凍る前に、彼らはケット・シーのいる岩棚までよじ登った。
「おもしろそうじゃねえか。次は俺様にやらせろい。」
シドはケット・シー投げをしたくてうずうずしているようだった。
「人のこと、ボールかなんかと間違えんといて下さいよ〜。」
ケット・シーはブツブツと文句を言った。
火の魔法、ケット・シー投げ、ロープを登る、という作業を繰り返しながら、彼らは着実に絶壁を登って行った。２、３度投げる狙いがはずれ、ケット・シーが下に落ちそうになったことはあったが。
「なあ‥‥。こういう風景を見てると、自然てヤツはホントにすげえもんだなって思わねえか？」
バレットは眼下に広がる白銀の世界を見下ろしながら、やや感傷的とも聞こえる口調で言った。
「こんなところ、絶対に住みたくない場所だよな。でも、どうしても住むことになったら、いろいろと工夫して居心地がいいようにすると思うんだ。‥‥ミッドガルってのは、そういう人の工夫が行き着いた場所なのかな、なんて考えると、神羅の全部が悪いとは言えねえのかもしれない‥‥」
そう呟いたバレットは、我に返ったようにハッとした。
「うおおっ！俺としたことが何を口走ってんだ！？神羅が悪くないだあ！？冗談じゃねえぜ！」
バレットはシドが放り投げようとしたケット・シーを奪い取ると、力任せにブン投げた。
ケット・シーは目標の岩棚より、さらに上の方まで飛んで行った。ギリギリで岩棚にしがみついたケット・シーは、乱暴な投げ方をされたことに「何すんのやー！」と、拳を振り回して怒っていた。
そして、とうとう彼らは絶壁の頂上まで登りつめた。
一番に頂上に辿り着いていたケット・シーは、絶壁の向こう側をのぞき見ていた。
「何が見えるの？」
二番目に登ってきたエアリスが声をかけたが、ケット・シーは答えない。エアリスはケット・シーが見ているものを、自分の目で確かめた。
続いて、ヴィンセントが頂上へ辿り着いた。エアリスの隣に立った時、彼が息を飲むのが分かった。
「なんてところだ‥‥」
本当にそうだ、とエアリスは思った。
絶壁の向こう側は、火山の噴火口のようなクレーター状のくぼ地だった。ただしその大きさは、町一つがすっぽり入りそうなほど広大である。強風が絶えず渦巻き、周囲が白く霞んで見える。まるで雲海に覆われているようだった。そしてクレーターの中心からは、不思議な淡いグリーンの光が天にも届かんばかりの勢いで吹き出していた。
「‥‥ビックリして言葉も出ませんでしたわ。すっごいところやなあ〜。」
あんぐりと口を開けっぱなしだったケット・シーは、ようやく言った。
初めて目にするようなその光景に３人が見とれている間に、他の仲間達が次々と登ってきた。
「あの淡い緑色の光‥‥。あれは一体なんなんだ？」
クラウドは誰にともなく訊いた。
「多分、この星の精神エネルギー、ライフストリームだと思う。星の傷を癒すために集まってるんじゃないかな。」
エアリスは直感的にそう答えた。
「セフィロスはこの膨大な量のエネルギーを使ってメテオを呼ぼうとしている訳だな。クソッ、させてたまるか。行こう、みんな。きっと奴はあの中心にいる。」
クラウドは先頭に立ってクレーターの急斜面を駆け下りた。
彼らがクレーター内部へと入った頃、一機の飛空艇がその上空に近付きつつあった。飛空艇を所持する組織はこの世でただ一つ、神羅カンパニーのみである。
「ようやく見つけたな。。」
ルーファウスはブリッジの窓からクレーターを見下ろしていた。
「キャハハハ！すごいわ！ホンットにすごいわ！」
兵器開発部門統括のスカーレットが、興奮しきった甲高い声で叫ぶ。
「ガハハハ！これぞまさしく、プレジデントが探し求めた約束の地ですな！」
負けじと大口を開けてハイデッカーが笑う。
「ああ、そうだ。しかし、手に入れるのはこの私。約束の地は私のものだ。親父、悪く思うなよ。」
下界の神秘的な光景に見入る彼らから、少し離れた場所に宝条がいた。
タークスのルードが彼にぴったりと張り付いている。厳重な監視下に置かれていることは一目瞭然だった。
「‥‥クックックッ、あの地は誰のものにもならん。主はすでに決まっているのだからな‥‥」
宝条の呟きは、ルーファウス達の耳には入らなかった。
「ここはリユニオンの終着点、みんな集まれ、か。‥‥いるのか、セフィロス。果たして会えるかな？」
一人意味ありげに、宝条はほくそ笑んでいる。いつもは無表情なルードも、さすがに不気味に感じて眉をひそめた。
岩だらけのゴツゴツとした足場の悪い地面を、クラウド達は歩いていた。体が飛ばされそうなほどのすさまじい強風が吹き荒れ、彼らの前進をさらに困難にする。
しかしその逆に、寒さは和らいでいた。中心に近付くにつれ、暖かくなっているようだった。
「これも、この土地にライフストリームが集まっているせいなのか？」
クラウドは防寒コートの襟元を開けた。他の仲間達もマフラーをはずしたり手袋を脱いだりと、完全防寒の装備を解き始めている。
その時、レッドXIIIが人の気配に気付いた。
「誰かいるよ！」
前方に黒い固まりが見えた。黒いマント姿の男が、岩にもたれかかるようにして座り込んでいた。
「また黒マントか。」
クラウドは男に近付き、フードの中の顔をのぞいた。次いで、手を取り脈を見る。
「だいじょぶ？その人？」
後ろからエアリスが訊いた。
「ダメだ。もう死んでる。しかしこいつら、こんなところまで来てるなんて‥‥」
「おいおい〜っ。あれ見なよ！」
ユフィが前方を指さして言った。大勢の黒マント達が長蛇の列を作り、クレーターの中心に向かって歩いていた。
彼らのほとんどが、衰弱したようにフラフラの状態だった。弱り切った体に鞭を打って歩くその姿は、見ていて痛々しいほどである。力尽きて膝をつく者、バッタリと倒れる者があとを絶たない。
それでも彼らは、同胞達の屍を乗り越え、ひたすら前へと進んで行く。
「一体この先に何があるってんだ‥‥？」
バレットはゴクリと唾を飲み込んだ。彼らをこれほどまでに駆り立てるその何かに、一種の恐怖さえ覚えた。
「その答えはもうすぐ分かる。先を急ごう。」
クラウドは仲間達を促して歩き出した。
黒マント達を追い越し、ライフストリームの吹き出す中心部をまっすぐに目指す。その間にクラウド達は防寒着を脱ぎ捨て、いつもの服装に戻っていた。
「ようやく、セフィロスとの決着をつける時が来たのね。‥‥私も彼のせいで、大事なものをたくさん失くしたわ。」
ティファは静かに呟いた。過去の辛い出来事を思い出しているのか、その表情は苦しげだった。
「セフィロスを倒してすべてを終わらせるんだ。もうすぐだよ、ティファ。」
クラウドは励ますように微笑んだ。ティファは笑みを浮かべようとしたが、ふいにその笑顔が凍り付いた。
クラウドはティファの表情の変化に気付いて、彼女の視線の先を追った。
「セフィロス！」
彼らの前に、セフィロスがその姿を現した。
「出やがったな、こんちくしょうめ！」
バレットは銃を構えて叫んだ。
「よく来た‥‥。さあ、セフィロスが待っている‥‥」
セフィロスは道無き道の先を指さした。
「なんだあ？セフィロスはてめえだろうが。何訳分かんねえこと言ってやがんだ、こいつ？」
頭パーじゃねえか、とばかりにシドは頭の上で手を広げて見せた。
「私の役目はここで‥‥終わ‥‥りだ。セフィロスのも‥‥とへ‥‥」
セフィロスはゆっくりと地面に倒れた。
クラウド達は何が起こったのか分からず、戸惑ったように顔を見合わせた。
用心しながらセフィロスのそばに近付いた。そして、その顔を見た彼らは仰天した。
「セフィロスじゃない‥‥！？」
彼らの目の前に倒れているのは、セフィロスとはまったくの別人だった。
「そんなバカな！確かにセフィロスだったわ！みんなも見たわよね！？間違いなくセフィロスだったのに‥‥」
ティファは混乱したが、それは他の者達も同様だった。
男の脈を見ようと手を取ったヴィンセントは、すでに彼が死んでいることの他に、もう一つ別の発見をした。
「見ろ。こいつも手の甲に入れ墨をしている。」
ヴィンセントは仲間達に見えるように、男の手を持ち上げた。ナンバー１０の入れ墨が彫られていた。
「てことは、こいつも他の黒マント達と同類なのかよ。か〜！一体どうなってんだ？」
バレットは地面にドスンと座り込んだ。
「セフィロスじゃないなんて‥‥。もしかして、今まで私達が追いかけていたセフィロスはみんな偽物だったってこと？」
「もうアタシ、頭こんがらがりそうだよ〜。」
ユフィは自分の額をピシピシと叩いた。
ああだこうだと言い合う仲間達の横で、クラウドは男が指さした方角見つめたまま立ち尽くしていた。
――我らの役目は‥‥
「‥‥我ら？」
――主人のもとへ黒マテリアを運ぶこと。
「‥‥」
――ジェノバ細胞を持つ者達‥‥
「主人は‥‥」
――もちろん、セフィロス。‥‥クックックッ。
「クラウド！」
エアリスはクラウドの腕をつかんだ。クラウドが何かを聞いていたような気がしたのだが、もう何も聞こえなかった。
「どうしたんだ、エアリス？」
「‥‥ううん、なんでもない。ただ、クラウドぼんやりしてたから‥‥」
「俺は大丈夫だよ。」
クラウドはやんわりとエアリスの手をはずした。
「ジェノバ細胞‥‥。ジェノバはリユニオンする‥‥。そういうことか。」
「何か分かったのかよ、クラウド？」
バレットは訊いた。
「今は説明してる暇はない。セフィロスを倒すことが何より先決だ。」
「でもクラウド、セフィロスは‥‥」
「セフィロスはいる。」
言いかけたティファを制して、クラウドは確信を持って言った。
「本当のセフィロスはこの奥にいる。邪悪で残忍で慈悲のかけらもない魂と、そして計り知れない強い意志の力を持つ者。この星の傷の奥底に、その存在を感じるんだ。」
クラウドはエアリスの方を見た。
「エアリス、黒マテリアは持っているか？」
「え？うん、ちゃんと持ってるよ。」
エアリスは黒マテリアのはまった腕輪を見せた。
これが白マテリアならいつものように髪の結び目に隠すところだが、母の形見を入れておく場所と同じところに黒マテリアを置きたくはなかった。
お気に入りのピンクのリボンは、セフィロスの刃で絶ち切られてしまったため、今はユフィにもらったハチマキで代わりに髪を結んでいた。
「よし。行こう、セフィロスのもとへ。すべてを終わりにするために。」
クラウドは再び歩き始めた。
その途端、今までにない強風が吹き荒れた。それは風というより竜巻だった。
「ぐぬぬぬ〜っ！吹き飛ばされる！」
バレットは必死に踏ん張った。かなり体重のあるバレットでさえ、風にさらわれそうなくらいの激しい竜巻だった。
「岩につかまるんだ！」
叫んだクラウドの声も、風の叫び声にかき消された。
たっぷり数分間、風はクラウド達を翻弄した後、ようやくおさまった。
「‥‥みんな、大丈夫か？」
風から逃れるために地面に伏せていたクラウドは、体を起こすと辺りを見回した。
「あたたたっ。飛んできた小石が雨アラレとぶつかって痛えのなんの‥‥」
シドが頭をさすりながら岩影から出てきた。他の仲間達も順々に姿を現す。
「ねえ、他のみんながいないよ。」
レッドXIIIの言うとおり、その場にいるのは、クラウド、エアリス、ティファ、シド、そして彼の５人だけだった。
「まさか、さっきの竜巻にさらわれちゃったの？」
エアリスは心配になった。
「そんなヤワなヤツらじゃねえだろ。どっかその辺に‥‥ありゃ？」
一服しようとタバコに火を付けかけたシドは、その手を止めた。目の前の光景を見て、ぽかんとしている。
彼らは小さな村の入り口に立っていた。そこは、彼らのよく知る村だった。
「ニブルヘイム‥‥」
ティファはやっと聞き取れるくらいのかすかな声で呟いた。
「ほ〜、ここが噂のニブルヘイム‥‥っておい！どうなってんだあ！？なんでいきなり村が現れるんでい！」
シドは火の付いていないタバコを投げ捨てた。
「オイラ達、魔晄に酔っちゃったのかな？」
レッドXIIIは夢でも見ているのではないかと、猫のように前足で顔を洗う仕草をした。
「みんな落ち着け。近くにセフィロスがいるんだ。何が起こっても不思議じゃないさ。きっとこれも、セフィロスが創り出した幻覚に違いない。偽のセフィロスを俺達の前に出現させていたようにな。」
クラウドは仲間達をなだめた。
「奴は俺達を混乱させようとしているだけだ。幻覚と分かっていれば、何も怖れることはない。このまま通り過ぎよう。」
「そうね‥‥あっ！」
ティファの叫び声で振り返ると、当のセフィロスが近付いてくるところだった。
クラウド達は寄り固まって戦闘の構えをとったが、セフィロスは彼らに目もくれず前を通り過ぎた。
「どんな感じだ？」
セフィロスは振り向いて言った。クラウド達にかけられた言葉ではなかった。
「久しぶりの故郷なんだろう？どんな気分がするものなんだ？」
セフィロスのあとに続いて、神羅兵２人と、背中に長剣を背負ったソルジャーがやって来た。
クラウドが前に仲間達に話した５年前のニブルヘイム事件の始まりと、そっくり同じシーンだった。
しかし、現れたソルジャーは、長い黒髪の青年だった。
「なんだい、この人？ソルジャーみたいだけど、クラウドじゃないよ？」
レッドXIIIは青年の足下に近付き、その顔を見上げた。
エアリスはその青年の顔に、目が釘付けになった。彼の名前を呼ぼうとして、一瞬躊躇した。
「くだらない‥‥」
エアリスがためらっている間に、クラウドは興味なさそうに呟きあさっての方を向いた。
「‥‥これは幻覚よ。クラウド、気にしないで‥‥。気にしちゃダメよ。」
ティファは言った。しかしその言葉は、彼女自身に向けらているもののようだった。
一瞬、周りが白く光ったかと思うと、風景が変わった。クラウド達は５年前のあの日のように、燃えさかるニブルヘイムの真っ直中にいた。
「もう、やめて‥‥」
ティファは手で顔を覆った。
「ひでえな‥‥。火の海ってのはこのことを言うんだな。」
シドは燃える炎の眩さに目を細めた。
レッドXIIIは倒れている村人に駆け寄った。
「しっかりして！‥‥って、そうか。これは幻なんだっけ。」
「火が熱くない。本当に幻覚の世界なんだね。」
エアリスは火に包まれた家の壁に、手を近付けてみた。
「だけど、これは５年前に現実に起こった光景だ。しかし‥‥炎をかいくぐってここに飛び込んで来るのは、きっと俺じゃない。またくだらない幻覚を見せるつもりなんだ。‥‥ほらな。」
クラウドが予想したとおり、火の壁を飛び越えて来たのはさきほどの黒髪のソルジャーだった。
「ひどいもんだ‥‥」
ソルジャーの青年は辺りの惨状を見回して首を振った。
今にも燃え落ちそうな家の中から、ザンガンが出てきた。
「おい！あんた！神羅のソルジャー！」
ザンガンは青年に駆け寄ると、その胸ぐらをつかんだ。
「見ろ！この有様を！あんたらの親玉はこの村を焼き払いに来たのか！？一体どういうつもりなんだ！」
「おっさん、落ち着けよ。俺は正気だ。奴とは違う。」
青年は両手を上げて見せた。ザンガンは手を離した。
「そ、そうか。すまん、つい興奮してな。」
「いいってことさ。それより、おっさんはまだ生きてる人達の救助を頼む。俺は奴を追いかける！」
青年は再び炎の中へ消えていった。
「セフィロス！聞いてるんだろ！？お前が何を言いたいのか分かってる！５年前のニブルヘイムに、俺はいなかった。お前が言いたいのはそれなんだろう！？」
クラウドは苛ついたように叫んだ。
「やっと理解してもらえたようだな。」
セフィロスが彼らの背後に現れた。
「ああ、理解出来たとも。お前は俺を混乱させたいんだ。だが、こんなものを見せられても、俺はなんとも思わない。なぜなら、俺ははっきりと覚えているからだ。この炎の熱さを、体の痛みを、それ以上の心の痛みを！」
クラウドは拳を握りしめ、それを胸に押し当てた。
「さて、それはどうだろうな。お前は人形だ。心などない。痛みなど感じることもない。そんなお前の記憶に、どれほどの価値があるものか‥‥。クックックッ‥‥」
セフィロスは冷たい微笑を浮かべ、炎の踊る村の広場を歩いた。
「よく見ろ、クラウド。これが真実の過去だ。幻想の過去を創り出したのは、お前の方なのだ。」
セフィロスと視線をぶつけ合っていたクラウドは、ふいにフッと笑うと肩をすくめた。
「あんたと話してるのが、段々バカバカしくなってきたよ。ただ、一つ訊きたいね。どうしてこんな猿芝居を俺に見せるんだ？」
「お前に早く本来の自分を取り戻してほしいからだよ。そして、自分の務めを果たせ。‥‥それにしても皮肉なものだ。失敗作と思われていたお前が、一番役に立つとはな。宝条が知ったらさぞ悔しがることだろう。」
「宝条？どうしてここに宝条が出てくるんだ？」
「‥‥やれやれ。生みの親のことも忘れてしまっているとはな。」
セフィロスは嘆かわしげに首を振った。
「クラウド、お前は５年前、ニブルヘイムが炎に焼かれたそのあとで宝条の手によって創り出されたのだ。ジェノバ細胞の驚異の生命力とその力、それに魔晄のエッセンスを加えて創り出された人形。セフィロス・コピー・インコンプリート。ナンバリングなし。‥‥それがお前の真実の姿だ。」
セフィロスは皮肉めいた笑みを残し、炎が吹き消されるように姿を消した。
残されたクラウド達は、無言のまま佇んでいた。
「‥‥なあ、俺様には話がよく見えねえんだが、銀髪野郎は何をほざいてやがったんだ？ツンツン頭が創られたヤツだとかぬかしてなかったか？」
ようやく口を開いたシドが、フォローを求めるように他の仲間達を見た。レッドXIIIがそれに頷くと、シドはぐるりと目玉を回した。
「クラウド！セフィロスの言うことなんか相手にしちゃダメよ！あんなたわ言信じないで！」
ティファはクラウドの前に立って、彼の両肩をつかんだ。
「どうしたんだよ、ティファ？そんなに血相変えなくても、俺は奴の言うことなんか全然気にしちゃいないさ。それにバカらしくて、半分くらいは上の空で聞いてたからな。」
クラウドはティファをなだめるように、その手に触れた。
「宝条に創り出されたですって？そんなの嘘に決まってるじゃない。だって、私達にはあの思い出があるんだから。子供の頃、星がとても輝いていたあの夜‥‥」
エアリスはティファの言う思い出とは、六番街の公園でクラウドが話してくれた星空の給水塔ことだろうと思った。
しかし、ティファはそんな言葉とは裏腹に、ひどく怯えているように見えた。
「クックックッ‥‥。だがティファよ、そう言いつつも、お前は何を怯えているのだ？なんなら今のお前の心を、ここに映し出して見せようか？」
今度はティファのすぐ隣に、セフィロスは現れた。彼もティファの心を見透かしていた。
心の内を隠すように、ティファは背を向けた。
エアリスはセフィロスからかばうように、ティファの肩を抱いた。彼女の肩が小刻みに震えている。その震えが伝わってきて、エアリスはどうしようもなく不安な気分になった。
クラウドもティファのそんな雰囲気を察したようだった。
「ティファ、一体どうしたんだ？俺のことなら心配ない。セフィロスの作り話なんかに、俺は惑わされたりしないよ。確かに俺は、時々自分自身が分からなくなることがある。記憶も曖昧な部分がたくさんある。でも、ティファは言ってくれたよな。ミッドガルで偶然出会った時に、『クラウド、久しぶりね』って。」
「うん‥‥クラウドも、すぐに私だって分かってくれたよね。」
「ティファのあの言葉があるから、俺はどんなに自分を見失っても信じられるんだ。俺はニブルヘイムのクラウドなんだってことを。」
「そうよ。あなたは私の幼なじみのクラウドよ。そんなこと、当たり前じゃない‥‥」
ティファは笑顔で応えようとしたが、それは泣き顔にしか見えなかった。
「だったら、なぜそんなに怯えているんだ？ティファ‥‥奴が正しいのか？セフィロスの言うことが真実なのか？」
ティファは首を振った。しかし、言葉ではっきり否定するということを、彼女はしなかった。ティファの無言が、クラウドの不安に拍車をかける。
「ティファ‥‥」
「彼女に答えを求めても無駄だ、クラウド。真実が知りたいのなら、私が教えてやろう。ジェノバは他人の記憶に合わせて自分の姿形、声、言動を変化させることが出来る。お前の中のジェノバ細胞が、ティファの記憶に合わせてお前という人格を創り出したのだ。彼女の記憶の中に登場する少年達の中には、本当にクラウドという少年がいたのかもしれないな。しかし、それはお前ではない。」
セフィロスはさも愉快そうに笑っていた。真実を突きつけ、クラウドの心を弄ぶことを楽しむかのように。
「違う！絶対に違う！」
思わずエアリスは叫んでいた。
「何が違うと言うのだ、セトラよ。その場にいなかったお前に何が分かる？」
「分からないけど分かるの！あなたの言うことが、本当の真実じゃないってことが！」
「ほう。どういう根拠だ？」
「根拠？それは‥‥女のカンがそう言ってるの！」
言い放ったあとエアリスは、我ながらなんて説得力のない言葉だと思った。セトラのカンとでも言った方がマシだったかな。
案の定セフィロスは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
エアリスはもどかしくてたまらなかった。何かが違う、真実は別にあると感じるのに、それを説明出来ない、証明することが出来ない。何より、セフィロスの言葉に打ちのめされたように立ち尽くすクラウドを、支えてやることが出来ないことが一番辛かった。
このままじゃ、このままじゃクラウドが‥‥
「すごーい！」
クラウド達がセフィロスと対峙している頃、クレーターの中心部にはすでにルーファウス達が到着していた。
「すごーい！すごいわ！この壁みーんなマテリアよ！キャハハハ！」
つんざくようなスカーレットの笑い声が洞窟にこだました。
「確かにすごいな。外は豊富な魔晄にあふれ、中は天然マテリアの宝庫。これこそまさしく約束の地だ。」
あとに続いてやって来たルーファウスが、驚嘆の声を上げる。
ビルがすっぽりと入りそうなほどに高い天井の洞窟。その壁は一面マテリアで出来ていた。そのマテリアが淡い光を放ち、陽もささないのに洞窟内部は目を細めるくらい明るさだった。
「約束の地などただの伝説‥‥言い伝えだ。バカバカしい‥‥」
同行の宝条はおもしろくもなさそうに呟いた。
「想像通りものがここにあるのだ。それでいいのではないか？その頭のカタさが二流科学者の限界だな。」
ルーファウスの皮肉に、宝条はついと背を向けた。
その時、突然地面が揺れた。
「どうした！？」
「壁よ、社長！壁の中に何か入ってる！動いてるわ！」
マテリアの壁の奥で、巨大なものがうごめくのが見えた。とてつもなく大きな目が、一瞬開いて閉じた。
「ウェポン‥‥」
「これが何か知っているのか、宝条博士？」
「星が生み出すモンスター‥‥。本当にいたとはな。信じてはいなかった。」
「なんだというのだ？」
「星の危機に現れて、すべてを無に帰す。ガスト博士のレポートにはそう記されていたよ。」
「そんな内容のレポートは見たことがない。どこにあるんだ？」
「‥‥ここだよ。君の言うカタい頭の中に入っている。」
宝条は自分の額をコツコツと指で叩いた。
「そうやってすぐに隠し事を作る癖は直した方がいいな。君のためにならない。」
冗談めかしていたが、ルーファウスの目は笑っていなかった。
クラウド達は依然として、幻覚の世界に閉じこめられていた。
「まだ納得出来ないようだな。それなら‥‥そうだ。村からニブル山の魔晄炉へ出発する時に、３人で写真を撮っただろう。ティファは覚えているな？クラウドは‥‥知るはずもないか。お前は『クラウド』ではない。名無しの人形なのだから。」
「黙れ‥‥」
「あの写真を写したのは、確か彼だったな。」
セフィロスは広場の端の方に横たわる青年の死体に近付いた。
「ジョニー‥‥」
ティファは幼なじみの変わり果てた姿を直視出来ず、目をそらした。
「これだな。見ろ。なかなかよく撮れているぞ。彼は名カメラマンだな。」
セフィロスはジョニーの胸ポケットから取り出した写真を、クラウドに差し出した。
「クラウド‥‥やめて。ダメ‥‥」
ティファは受け取ろうとするクラウドの手を押さえた。
「俺は写っているはずだ。もし、写真の中に俺の姿がなかったとしても驚きはしない。ここはセフィロスの生み出した幻想の世界だ。」
クラウドは写真を見た。
そこに写っていたのは、セフィロスとティファと、そして例の黒髪のソルジャーの３人だった。
「‥‥やっぱりな。こんな写真は偽物だ。真実は俺の記憶の中にある。５年前、１６歳の俺は故郷のニブルヘイムへ帰ったんだ。村も、村の人達も全然変わっていなかった。久しぶりに母さんやティファに会った。懐かしかった‥‥」
クラウドは燃えるニブルヘイムの風景の中に、元の村の姿を見い出そうとするように目を彷徨わせた。
「ニブルヘイムの村へ来たのは、魔晄炉調査の任務のためだった。俺達は翌日、ニブル山へ向かった。俺はとてもはりきっていた。なぜなら、それは俺がソルジャー・クラス１ＳＴになってからの初めての任務で‥‥」
言いかけたクラウドはハッとした。何か重要な事実に気付いたように。
「ソルジャー‥‥クラス１ＳＴ？俺は、いつソルジャーになったんだ？ソルジャーって‥‥ソルジャーってどうやってなるものなんだ？どうしてそんなことも知らないんだ、俺は‥‥俺‥‥」
苦しそうに頭を抱え、膝を付いた。イヤイヤする子供のように、何度も頭を振る。
いつもなら心配したティファが一番に駆け寄るところだが、今度だけは彼に近付くことさえ出来ず、立ちすくんだままだった。
「クラウド、しっかりし‥‥」
エアリスがクラウドのそばに屈み込もうとした時、クラウドはすくっと立ち上がった。彼の表情から苦しみは消えていた。
そのあまりの変わり身の早さに、エアリスは不吉なものを感じた。
「そうか‥‥。最初から悩む必要などなかったな。なぜなら、俺は‥‥」
俺は？俺はなんなの！？
そう尋ねようとしたエアリスは、目の前で急にカメラのフラッシュを焚かれたように白く何も見えなくなり、そして何も分からなくなった。