４章・消えゆく星
古代種の都を出たクラウド達は、一旦ボーンビレッジに戻った。ここでさらに北を目指すための態勢を整えようとしていた。
町の宿屋に落ち着いたあと、クラウドは仲間達を一部屋に集めた。
「みんな、聞いてくれ。俺はニブルヘイムのクラウド、元ソルジャー・クラス１ＳＴだ。」
「なんだよ。今さら自己紹介か？」
話に茶々を入れるバレットを、ティファが目でたしなめた。
「おかしなことを言っているのは分かってる。でも、俺は確認したいんだ。自分が誰なのかを。何をしたいのかを。俺はセフィロスとの決着をつけるためにここまでやって来た。自分の意志で。‥‥そう思っていた。」
クラウドは少しためらうように、言葉を切った。
「‥‥正直に言う。俺は自分が怖い。俺の中には俺自身でさえ知らない部分がある。俺は黒マテリアをセフィロスに渡してしまった。そして、今度は危うくエアリスを手にかけるところだった。本当にあと少しのところで‥‥。俺の中にはそういう自分がいるんだ。俺ではない、もう一人の自分が。俺はそれがなんなのかを確かめたい。‥‥知るのは怖い。だけど、知らないでいる方がもっと怖いんだ。だから、俺は行く。５年前に俺の故郷を焼き、家族を、友人を殺し、今はこの星を破壊しようとしているセフィロスを、俺は許さない。奴との決着をつけるために、俺は行かなくてはならないんだ。」
「分かってる。クラウドの気持ちはここにいるみんな分かってるよ。」
レッドXIIIはクラウドを安心させるように頷いた。
「それで、みんなに頼みがあるんだ。俺がまたおかしなマネしないように、見張っておいてくれないか。」
「まっかせなよ。クラウド専用正気に戻れハンマーを用意して、待機しとくからさっ。」
ユフィの冗談にみんなが笑ったが、クラウドだけは浮かない顔付きでエアリスを見た。
「エアリス‥‥。本当にすまなかった。俺は、あんたをこの手で‥‥」
「もういいよ。済んだことなんだし。」
「しかし、あんたを殺そうとしたんだぞ。」
「でも、殺さなかった。剣を振り下ろさなかった。大事なのはそこ。ね？」
エアリスは笑った。硬かったクラウドの表情が、少し和んだ。
「ところで、エアリス。今頃こんなこと訊いてなんだけどよ、肝心のホーリーはどうなったんだ？白マテリアはセフィロスに奪われちまったが‥‥」
バレットは訊いた。みんなの視線がエアリスに集まった。
「‥‥ごめん。ダメだったみたい。失敗しちゃった。」
エアリスは申し訳なさそうに俯いた。
「あと少し、っていう感触はあったんだけど‥‥」
あの時、水の祭壇で確かに自分は星と繋がっていた。ほんのわずかな間だったが、星の懐に抱かれているような、優しく、そしてなぜか、とても懐かしい匂いを感じたのだ。
「セフィロスのせいで星との対話が中断されてしまったんだもの。仕方ないわ。エアリスが謝ることなんてない。」
ティファは慰めた。
「そうですよ。エアリスさんは精一杯がんばったんや。何も気に病むことあらしまへん。バレットさんも、いらんこと訊かんでよろしいんや。」
「そ、そうだな。悪かった、エアリス。」
ケット・シーに言われて、バレットはバツが悪そうに謝った。
「でも、黒マテリアは今オイラ達の手の中にあるわけだし、これを持っている限りセフィロスはメテオを呼べないんだ。とりあえずは安心てことだよね。」
レッドXIIIは言った。
「するってえと、あとは北へ行って、銀髪野郎をブッ倒して、姉ちゃんのお袋さんの形見の白マテリアを取り返せばいいってことなんだな。なんでい、話は簡単じゃねえかよ。」
シドはプカ〜っとタバコをふかした。
「シド、あんたが言うと、天地をひっくり返すことでさえ容易なことに聞こえるな。」
ヴィンセントはどこまでものんきなシドを見て言った。
「それにしてもさ、エアリス。あの銀髪兄ちゃんの刀をよく紙一重で避けられたもんだね〜。大した反射神経じゃん。ニンジャ顔負けっ。見直しちゃったよ。」
ユフィはひどく感心している。
「あの時、誰かが『飛べ！』って叫んでくれたでしょ。そのおかげだよ。あの声がなかったら、串刺しにされて一巻の終わりだったかもしれない。」
エアリスの言葉に、全員が不思議そうな顔をした。
「誰もそんなこと言ってないよ？セフィロスが飛び降りて来たこと自体、オイラ達全然気付いてなかったんだから。」
レッドXIIIは言った。
「ホントに？それじゃ、あの声は一体‥‥」
エアリスは空耳だったのかと、首を傾げた。いや、そんなはずはない。あれほどはっきりと、鮮明に聞こえたのだから。
「‥‥もしかすると、星の声だったのかもしれないな。」
クラウドはポツリと呟いた。
「星の声‥‥」
「星がエアリスに危険を知らせようとした。エアリスを守ろうとした。ふと、そんな気がしたんだ。」
「星が、私を？‥‥そうだったのかもしれないね。」
エアリスは星の意識に包まれていた、あの一瞬の感覚を思い出していた。
星がいつも共にあること。これほど心強いことはない――そのはずだった。しかし一方でエアリスは、言い様のない寂しさも感じていた。
星の言葉を聞いたり、星の気持ちを感じたりすればするほど、自分が古代種という特別な存在なのだということを思い知らされる。他の人々とは違う自分。この世でたった一人の存在。
「古代種‥‥セトラ‥‥私、一人。」
星と対話をしている時、この上なく幸せな気持ちだった。しかし今のエアリスは、ひどく孤独だった。
「どうしたんだ、エアリス？すごく辛そうな顔してるぞ。」
クラウドはエアリスの様子が急に変わったことに気付いた。
エアリスは小さく笑っただけで、何も答えなかった。
コスタ・デル・ソルの神羅支社。その一角にある医療施設にツォンは入院していた。シド達によって古代種の神殿から近辺の村の診療所にかつぎ込まれたあと、神羅に発見されここに輸送されたのである。
「イリーナです。入ります。」
イリーナは病室のドアをノックし中に入った。その後ろに、レノ、ルードの２人が続く。
「お加減はいかがですか、ツォンさん。」
イリーナはベッドに横たわるツォンを、心配そうにのぞき込んだ。
「お加減がよかったら、ツォンさんこんなとこにいやしないぞ、と。」
レノは言った。
「私が用事を頼んだのはイリーナだけだぞ。いちいち雁首そろえて来なくていい。タークスの仕事はそんなに暇ではないはずだ。」
ツォンは厳しい表情で彼らを見た。
「‥‥いつものツォンさんですね。安心しました。」
「その調子なら、すぐに傷も治りますよ、と。」
ツォンはルードとレノを一睨みし、ムスッと黙り込んだ。
「ツォンさん、これ頼まれていた資料です。」
イリーナはクスクスと笑いながら、ファイルを差し出した。
「タークスの歴代人事ファイルなんか見て、一体どうするんですか、と？」
レノは訊いた。
「ある人物のことで、ちょっと気になることがあるんだ。‥‥やはりな。」
ファイルをめくっていたツォンの目は、ある顔写真で止まった。
イリーナはツォンが注目している人物の写真を、横からのぞき込んだ。
「あれ？この人、私見たことありますよ。つい最近、どこかで会ったような気が‥‥」
「彼には私も会った。クラウド達と一緒にいた男だ。」
「そうですそうです！突然モンスターに変身しちゃった人です！今と髪型とか変わってますけど、間違いなく同じ人ですよ！ほら、レノ先輩見て下さい！」
「ホントだな、と。奴は元タークスだったんですか、と？」
「そうだ。彼の名前はヴィンセント・ヴァレンタイン。初代タークスのリーダーだ。」
レノ、イリーナ、ルードの三人は、ツォンの言葉の意味がすぐには理解出来なかった。
「初代、ですか？でもタークスが、総務部調査課が設立されたのは３０年近く前でしょう？だけどあの人、どう見ても２０代後半か３０そこそこでしたよ。人違いじゃないですか？」
イリーナは言った。
「イリーナ、ツォンさんは人を見間違えたりしないぞ、と。それに俺は、古代種の娘があの男のことをヴィンセントと呼んでいたのを聞いたぞ、と。お前も聞いたはずだ、イリーナ。」
「そういえば確かに‥‥でも‥‥」
レノに指摘され、イリーナはボソボソと口ごもった。
ツォンは初めてヴィンセントの顔を見た時から、知っている顔だと感じていた。昔、タークスの人事ファイルに目を通した時彼の写真を目にし、それが頭の片隅に残っていたのだ。
「でも、やっぱり信じられませんよ。あの男が初代タークスのリーダーと同一人物だなんて。だってそれが本当なら、彼は歳を取っていないことになっちゃいますよ？」
「しかし、考えてもみろ。あいつはモンスターに化けるような奴だぞ、と。それに比べたら、歳を取らないことくらいなんでもないぞ、と。」
「それはそうかもしれませんけど、そもそもなぜ彼はあんな風に、モンスターに変身したりすることが出来るんですか？単なる特異体質では片付けられないことですよね。どうしてなんですか？」
「そんなこと、俺が知る訳ないぞ、と。」
レノとイリーナは答えを求めるように、ツォンを見た。ツォンは無言だった。
「‥‥人体実験かもしれない。」
代わりにルードが言った。
「‥‥彼の体には、なんらかの生物学的改良が施されているのかもしれない。」
「有り得ることだな。」
ツォンはルードの言葉に頷いた。
「人体実験？タークスのリーダーを使ってですか？そんなことが許されるんですか？」
イリーナは目を見開いた。
「ヴァレンタインのその後のことは、なんと書いてあるんですか、と。」
レノは訊いた。
「Ｊ−プロジェクトに保安責任者として参加。任務遂行中に行方不明、となっている。」
ツォンはファイルを閉じた。トントンと指で表紙を叩きながら、何か考え込んでいる。
「気になるんですか？ヴァレンタインのことが、と。」
「詮索するのも我々の仕事だからな。とはいえ、これは仕事とは関係のない単なる個人的興味だ。すまなかったな、イリーナ。つまらない用事を言いつけて。」
イリーナはとんでもないと、慌てて首を振った。
「ツォンさん、なんなら調べてみましょうか、と。」
レノは言った。
「しかし、お前達には他にやるべきことがあるだろう。任務を怠る訳にはいかないぞ。」
「もちろん勤務外にやりますよ、と。」
「あれ？珍しいですね。本当のプロフェッショナルは時間外労働なんてしない、そんなのはただの仕事バカだ、っていつも言ってるレノ先輩なのに。」
イリーナはクスクスと笑った。
「その主義は今も変わってないぞ、と。今回は特別だ。俺も奴の正体は気になるからな、と。」
「それじゃ、私も手伝います！」
イリーナは小学生のように元気に手を挙げた。
「‥‥俺も付き合おう。」
ルードはボソッと呟いた。
「案外物好きだな、お前達も。」
ツォンは少し呆れ気味に苦笑した。
「言い出したのは私だが、くれぐれも忘れるなよ。お前達の最優先任務は、セフィロスを見つけることなのだからな。」
「分かってますよ、と。そんなに俺達の仕事ぶりが気になるなら、早く傷を治して職場復帰して下さいよ、と。」
「レノ先輩の言うとおりですよ。ちゃんと治療に専念して下さいね。では、私達は帰ります。またお見舞いに来ます。」
イリーナ達は病室のドアへ向かった。
「もう来なくていい。そんな暇があるなら仕事に専念しろ。」
「分かりました、と。それじゃ今度来る時は、お見舞いの花と果物を持って来ますよ、と。」
「もう来るな、と言っているんだ。」
「‥‥それではツォンさん‥‥また明日。」
「明日！？お前達、明日も来るつもりか！？一体何を考えて――」
ツォンの小言が飛んでくる前に、ルードはパタンとドアを閉めた。
「‥‥あの元気なら、すぐに退院出来る。」
ルードは真面目くさって言った。
セフィロスの行方を追って、クラウド達はさらに北を目指した。ボーンビレッジの町で北に向かうという貨物トラックを運良く見つけ、それに便乗することが出来た。
トラックの目的地は、この大陸でもっとも北にあるアイシクルロッジという町だった。ここより先には、人の住む町は一つもない。氷と雪の大氷原がただ茫漠と広がるだけである。
「着いたぞ。北の最果て、アイシクルロッジにようこそだ。」
トラックを止め、運転手は言った。
運転手の隣に、エアリス、ティファ、ユフィの３人がひしめき合うように座り、残りは全員後ろの幌付き荷台に、荷物と一緒に乗っていた。
「があああ〜っ！凍え死ぬかと思った！」
荷台から降りたバレットは、ガタガタと身を震わせていた。
「そんなに寒いなら、ファイアかけて上げよっか〜？」
ケラケラと笑うユフィを、バレットは睨んだ。
「うるせー！助手席でぬくぬくとしてたヤツが笑うな！」
「確かにぬくぬくはしてたけど、車酔いで大変だったんだよっ。まだちょっと気持ちワルぅ〜‥‥」
「でも、ホントに寒いね。ボーンビレッジより５度くらい気温が低いような気がするわ。」
ティファは辺り一面、白に包まれたこの小さな雪の村を見渡した。
「こんなところによく人が住んでるもんだと感心するだろ？あんたらも物好きな人達だよ。この村に立ち寄るのは、俺みたいな日用雑貨の運び屋しかいないってのにな。」
運転手は軽く手を振って別れを告げると、村で一軒と思われる万屋に荷物を運び込んで行った。
「とにかくよ、どっかの宿屋に入ろうぜ。こんなところに突っ立ってたんじゃホントに凍死しちまうよ。」
バレットは足踏みをして、少しでも体温を上げようとしている。
「でも、こんな小さな村に宿屋なんてあるのかな？」
「多分、ないだろうな。」
レッドXIIIとヴィンセントはそう言って頷き合った。
「おいおい〜っ。冗談じゃねえぞ。こんな雪の中で野宿なんて！」
「それじゃ、雪洞でも掘るしかないね。」
エアリスは冗談ぽく笑った。
「イファルナさん！？イファルナさんじゃないの！」
「え？」
突然、自分の母の名を呼ばれて、エアリスは振り返った。
万屋からの買い物帰りらしい中年女性が、エアリスの元に駆け寄って来た。
「ずいぶんと久しぶりだねえ！元気にしてたのかい？心配してたんだよ。」
女性はエアリスの手を取り、涙ぐんだ目で言った。
「あ、あの、おばさん誰？」
「やだねえ、イファルナさん。忘れちゃったのかい？お宅の隣に住んでたこのミセス・ホルゾフをさ。ほら、私の旦那はあの有名な登山バカだよ。」
「イファルナは私のお母さんの名前だよ。私は娘のエアリス。」
「エアリス‥‥？」
ミセス・ホルゾフはジーッと、エアリスの顔をのぞき込んだ。
「言われて見れば、少し感じが違うねえ。それに、イファルナさんと最後に会ったのはもう２０年近く前のことだし、こんなに若いはずないよねえ。‥‥あっ、エアリス！そうだよ、イファルナさんの子供の名前は、確かエアリスだったね。それじゃあんたが、あの頃まだ小さな赤ん坊だったエアリスちゃんなのかい！？」
「おばさん、お母さんのこと知ってるの！？」
今度はエアリスが、ミセス・ホルゾフにググッと迫った。
「こんな雪の中で立ち話してたら凍っちまうね。うちにおいで。」
ミセス・ホルゾフはエアリス達を自分の家に招き入れた。
「くう〜、暖かさが冷えた体にしみ込むぜ。」
暖炉の前に座ったバレットは、だらしないほどに幸せそうな顔をしていた。
「これくらいの寒さでまいってたら、このアイシクルロッジじゃ暮らしていけないよ。」
ミセス・ホルゾフは全員に暖かいお茶を出した。凍えた体が芯から温まるようだった。
「でも、あのエアリスちゃんがねえ、こんなにきれいな娘さんになって‥‥。まるでイファルナさんの生き写しだよ。そっくりだねえ。イファルナさんはどうしてるんだい？元気にしてるのかい？」
「お母さんはもう死んじゃったよ。ずっと昔、私が子供の時に。」
「まあ‥‥そうなのかい。明るくて優しいいい人だったのにねえ。」
ミセス・ホルゾフは心からイファルナの死を悼んでいた。
「ところで、エアリスちゃん。今になってこのアイシクルロッジに何しに来たんだい？」
「ここに来たのはほんの偶然なの。お母さんがこの村に住んでたなんて、全然知らなかった。おばさん、教えて。お母さんと私はここでどんな風に暮らしてたの？」
「幸せそうな家族だったよ。イファルナさんとオーギュストさんとエアリスちゃんの３人で、仲睦まじく暮らしてたねえ。」
「その頃はお父さんも一緒だったんだ‥‥」
「そうだよ。でも、あんなことになっちゃってねえ‥‥」
「あんなことって？」
「お母さんから聞いてないのかい？‥‥無理もないかねえ。つらい話だから、エアリスちゃんには黙ってたんだろうね。」
ミセス・ホルゾフは話すことをためらっているようだったが、エアリスにせがまれて仕方なく話し始めた。
「ある日の朝のことだよ。屋根の雪下ろしをしてたら、隣のイファルナさんのうちへ、神羅の兵隊と白衣の男が入っていくのが見えてね、こんなところに神羅が来るなんて滅多にないことだから、気になって旦那と一緒に様子を見に行ったんだ。窓からのぞくと、オーギュストさんが怒鳴っている声が聞こえたよ。あの温厚なオーギュストさんが、あんなに怒っている姿は初めて見たねえ。『君達にイファルナとエアリスは渡さない！』そんなことを言ってたね。相手をしているのは、白衣を着た痩せぎすの不気味な男だったよ。『無駄な抵抗はやめて、おとなしく一緒に来て下さい。あなた方を傷つけたくはないんですよ。』白衣の男はそう言って、無理矢理イファルナさんを連れて行こうとしたんだ。オーギュストさんはそれを必死で止めようとした。すると、白衣の男は兵士に命令してオーギュストさんを‥‥」
ミセス・ホルゾフは辛そうに頭を振った。
「結局、イファルナさんとエアリスちゃんは、連れて行かれてしまったんだよ。私達はどうすることも出来ずに、それを見てるしかなかった。オーギュストさんは手当てをする間もなく亡くなった。最後に一言、２人の名前を呼んでね‥‥」
「‥‥」
エアリスは無言でミセス・ホルゾフの話を聞いていた。膝に置いた手が、グッと握り拳を作る。
「ごめんね、エアリスちゃん。私達に力がないばっかりに、あんた達親子を助けてやれなくて‥‥。ずっと後悔してたんだよ。いつかイファルナさんに会うことがあったら、あの日のことを謝りたいと思ってたんだ。本当にごめんね。ごめんなさいね‥‥」
「‥‥ううん。おばさんが謝る必要なんかない。ありがとう、話してくれて。」
エアリスは涙をこぼすミセス・ホルゾフに、ハンカチを差し出した。
「白衣を着た痩せぎすの男か‥‥。宝条、だな。」
クラウドはミセス・ホルゾフの話からそう推測した。
「恐らくそうだろう。あの男のことだ。目的のためなら手段は選ばない。赤ん坊の父親だろうと、容赦なく殺すだろう。」
ヴィンセントは苦々しい口調で言った。
「エアリスの家族をめちゃくちゃにしたのは、宝条だったのね。許せない。ひどすぎるわ。」
ティファは心の底から怒りを感じていた。
「ね、おばさん。私、お父さんのこと何も覚えてないの。どんな人だったか、教えてくれる？」
「ああ、いいとも。オーギュストさんは真面目で温厚な人だったよ。お酒が入ると明るくなる人でねえ、よくうちの旦那と朝まで飲んでたりしたよ。偉い博士さんだったらしいんだけど、そんなそんな堅苦しさは全然なかったね。」
「博士‥‥？」
「そうだ！忘れてたよ！あれがあるんだった！」
ミセス・ホルゾフはパンと手を叩いて、奥の部屋へと走り込んでいった。クローゼットをかき回しているような音が聞こえた。そして、目的のものを探し出して戻って来た。
「２人が連れ去られたあと、神羅の連中はエアリスちゃんの家から本や書類の束なんかを一切合切持ち出したようなんだよ。オーギュストさんは博士だったって言うから、その研究資料じゃないかねえ。私達が家に入った時には、すごい荒らされようだったよ。それで、私と旦那で家の中を片付けている時に、これを見つけたのさ。」
ミセス・ホルゾフが取り出したものは、ビデオテープだった。そのテープを居間のデッキにセットする。
ビデオが再生され、テレビに画像が現れた。
いきなり、人の顔が大写しになった。あまりに近すぎて画面がぼやけ、どんな人物なのかよく分からない。
「よし、カメラのセットはオーケーだ。」
テレビの中の人物が言った。その顔が退き、ようやくはっきりとした映像になった。
「ガスト博士‥‥！」
その人物を見て、ヴィンセントは驚いたように言った。
「ガスト博士といえば、宝条やコスモキャニオンの長老が言っていた古代種研究家のあのガスト博士のことか？彼がそうなのか？」
クラウドは驚いてヴィンセントを見た。
「ああ。私はガスト博士のことをよく知っている。間違いない。彼だ。」
「どういうこと？どうしてここに、ガスト博士が映ってるの？」
エアリスは不思議そうに言った。
「エアリスちゃん、この人があんたのお父さんなんだよ。」
実の父の姿を見ても分からないエアリスに、ミセス・ホルゾフは少し悲しげな表情で言った。
「お父さん？私のお父さん？でも、この人はガスト博士なんでしょ？私のお父さんの名前はオーギュストで‥‥」
「‥‥そうか、思い出した。ガスト博士の本名はオーギュスト・ファレミスだ。ガストはオーギュストの通称なんだ。」
ヴィンセントは納得したように頷いた。
「じゃあ、本当に？この人が、ガスト博士が私のお父さんなの？」
エアリスは信じられないという表情で、ビデオの映像に見入った。
ガストは口髭を生やした４０代半ばくらいの人のよさそうな人物だった。
カメラに向かって無意味に手を振っている。ちゃんと映っているかどうか、これで確かめているつもりなのだろう。
ガスト博士はテーブルの椅子に座った。その向かい側には、エアリスによく似た雰囲気の若い女性が座っている。
「お母さんだ‥‥」
エアリスはグッと胸が詰まるような気がした。今は思い出の中でしか会うことの出来ない母の姿が、そこにあった。
ビデオの中の母はエアリスが知っている思い出の中の母より、心なしかふっくらとして若々しく見えた。
ガスト博士はイファルナにインタビュー形式で質問をしていた。質問の内容はセトラに関することだった。イファルナは淡々とした口調でそれに答えた。
およそ２千年前、このアイシクルロッジ周辺はノルズポルと呼ばれる土地だった。そこに住むセトラ達が星の悲鳴を聞き、初めて星に大きな傷が出来ていることを発見した。
セトラ達は星と対話し、その傷の原因を尋ねた。星は、空から降ってきた何かが衝突し傷付いたと語った。
「何千人ものセトラが力を合わせ、星の傷を癒そうとしました。しかし、傷はあまりに深く、星自身が長い年月をかけて、自ら癒すしかなかったのです。」
「イファルナさん、セトラは星を癒すという特別な力を持っているんですか？」
「いえ、そうではありません。星の上にあるすべての生命力が、エネルギーとなるのです。セトラはそれらのエネルギーを絶やさぬよう、土地やそこに宿る命を育てようとしたのです。しかし、傷の大きさに比例してその治癒に費やされるエネルギーも大きくなり、セトラの力が間に合わないほど土地は急速に枯れていきました。」
「なるほど。北の大空洞に近いこの土地に、雪解けの時期が来ないのはそのせいなのですね。」
「星はセトラにこの土地から離れるようにすすめたそうです。最初、セトラ達は拒みましたが、星に説得され、ついに住み慣れた土地から離れる日が来ました。そして‥‥その時、それが現れたのです。」
セトラ達の前に現れたそれは、彼らがよく知っている者達の姿をしていた。死に別れた両親、古い友人、さらには幼い日の自分の姿。それは、彼らの過去の幻影を見せる者だった。
それが星を傷つけた張本人だった。セトラ達はそれを、のちに『空から来た厄災』と呼んだ。
「幻影に惑わされたセトラ達は、隙を付かれ、その者に何かを植え付けられました。それが何かは分かりません。しかし、その何かに侵されたセトラは、心を失い、やがてモンスターへと化していきました。それと同じことが、ノルズポル以外の別のセトラの部族でも次々と起こり、セトラの数は瞬く間に激減したのです。」
「イファルナさん、その空から来た厄災とは‥‥」
「はい。博士が古代種と誤解し、ジェノバと名付けた者こそが、空から来た厄災だったのです。」
セトラの危機、そして自分自身の危機を察した星は、ジェノバを滅ぼすことを決意する。
「星はそのための兵器を生み出しました。ウェポンと呼ばれる者がそれです。しかし、結局ウェポンが使われることはありませんでした。生き残ったわずかな数のセトラ達が、最後の力を振り絞り、ついにはジェノバを封印することに成功したのです。」
「その後、ウェポンはどうなったのです？消滅してしまったのですか？」
「いいえ。ウェポンはこの星のどこかに存在しています。ただ眠っているに過ぎないのです。ジェノバは封印されました。しかし、またいつ甦らないとも限りません。星の傷は二千年経った今でも、完全には治っていないのです。星は今も常に、ジェノバを警戒――」
突然、映像が切れた。画面に砂嵐のようなノイズが流れる。
数秒後、映像が戻った。
「――ん〜、イマイチ調子が悪いな〜。」
今度もガストのアップから始まった。
「博士‥‥じゃなくて、あなた。何をしているの？」
画面の外から、イファルナの声が聞こえた。
「いえね、ビデオを撮ろうと思ったんですけど、なんか調子が悪くてですね。だいじょぶかな、これで？」
「また撮るんですか？他に話していないことが、まだあったかしら？‥‥ああ、もしかして、この子を撮るつもりなのね？」
「そうですよ。かわい〜い我が子を撮るんです。」
赤ん坊を抱いたイファルナが、ガストの後ろに現れた。
「でもあなた、そのテープはジェノバのことを話したテープじゃなかったかしら？」
「あ！しまった、重ね撮りしちゃいました！‥‥まあ、いいか。もうこんな研究は私には無意味なものだし、それより我が子の成長記録の方がずっとずーっと重要ですよ。」
「ビデオもいいけどそれより先に、私の名前を決めてって言ってますよ、この子。」
「あはは、そうでした。お待たせしちゃいましたね。決めましたよ、君の名前を。」
ガストはイファルナから赤ん坊を受け取り、愛おしそうにそっと抱きしめた。
「お嬢さん、君の名前はエアリスだよ。」
「エアリス‥‥。とてもかわいい名前だわ。何か意味があるの？」
「はい。古い言葉で大地という意味なんです。果てしなく広がる大地のように、大きく強い心を持ち、生命を育む大地のように、優しく暖かい心を持つ。そんな子に育って欲しいと思って名付けました。」
「本当に素敵な名前ね‥‥。ありがとう、あなた。それから、こんにちは、エアリス。」
イファルナはガストの腕の中のエアリスに、優しくキスをした。
再度映像が途切れ、また違うシーンが始まった。
「ほら！がんばれ、エアリス！もう少し！」
ガストはカーペットの上で、ジタバタしている赤ん坊のエアリスに呼びかけた。
「まだエアリスにハイハイは無理よ、オーギュスト。」
イファルナは苦笑しながら、ガストの隣に腰を下ろした。
「何言ってるんです。エアリスなら出来ますよ。だいじょぶ！がんばれがんばれ！あ、ほら！今ちょっと前に進みましたよ！」
「そうかしら？私には前につんのめっただけに見えましたけど。」
「いーえ！ほんのちょっとだけど、ハイハイしました！間違いないです！」
「ふふ。あなたの親バカ振りにも困ったものね。」
イファルナは楽しそうに笑い、一緒になってエアリスを応援し始めた。
そこで、映像は終わった。
ビデオが終了したあと、しばらく誰も口をきかなかった。
「‥‥このビデオテープはね、エアリスちゃんのおもちゃ箱の中に入ってたんだよ。だから、神羅も見逃したんだろうね。」
ミセス・ホルゾフは言った。
「テープ、捨てないでとっておいてくれたんだね。ありがとう、おばさん。」
エアリスは感謝するように、彼女の手に自分の手を重ねた。
「捨てられるもんかね。ビデオの最初の部分は私達には訳の分からない内容だったけど、あとの方は本当に素敵な光景だよ。本当にいい家族で‥‥」
ミセス・ホルゾフは声を詰まらせ、再びハンカチで目頭を押さえた。
しばらくして、彼女の夫ホルゾフ氏が帰宅した。ホルゾフはエアリスの突然の来訪を喜び、そして、夫人と同じようにあの時彼女ら親子を助けられなかったことをしきりに詫びた。
エアリス達が北を目指している事を知ったホルゾフ夫妻は怪訝そうな顔をしたが、その理由を敢えて尋ねることはしなかった。
「アイシクルロッジより北のことなら私にまかせたまえ。君達を案内して上げよう。」
「でも、ここから先って危険な場所なんでしょ？関係のないおじさんを私達の都合で巻き添えには出来ないよ。」
「な〜に、これでも冒険登山家として鳴らした男だからね。大氷河のことなら私以上に詳しい者はいないよ。」
ホルゾフは山男らしく豪快に笑った。
「あんたの登山バカなところが初めて役に立つわねえ。」
ミセス・ホルゾフは笑いながら皮肉を言った。
翌日、彼らは装備を整え、ホルゾフと共に北を目指してアイシクルロッジを出発した。
エアリスは途中の坂道で村を振り返った。
「名残惜しいんじゃないのか、エアリス？生まれ故郷なんだし、もう少しゆっくりしてもよかったのに。」
そんなエアリスに気付いてクラウドは言った。
「ううん、いいの。今は先に進むことが先決。ゆっくりしてられないもの。」
「そうだな。それに、やっぱりあの村でのことはエアリスには辛すぎる思い出だよな。‥‥エアリス、泣きたかったら我慢なんかしないで、泣いてもいいんだぞ。」
エアリスは少し驚いたように、クラウドを見た。
「‥‥私、泣きそうな顔してた？‥‥そうだよね。家族３人幸せに暮らしてたのに、お父さんは殺されて、お母さんと私は神羅に連れて行かれた。このことを知って、悲しまない方がおかしいよね。でもね、それ以上に私、嬉しかったの。」
「嬉しい？」
「うん。お父さんの顔を見れたこと。お父さんとお母さんの仲がとっても良さそうだったこと。私の名前をお父さんがつけてくれたこと。私を愛してくれていたこと‥‥。泣きたいほど、嬉しかった。」
エアリスはほんの少し涙ぐんだ目で、もう一度故郷の村を見た。
「‥‥強いな、エアリスは。」
「ふふ、そうだよ。エアリスっていう名前は、強く逞しい大地の意味なんだからねっ。そうそう、忘れてた。今度宝条博士に会ったらお父さんの仇を討ってやらなきゃ。あのマッドサイエンティストめ、星の彼方まで蹴り飛ばしてやるっ！」
「ガスト博士、あなたの娘は名前通りのつよ〜い娘に育ってるよ。ホントに。」
「お褒めの言葉、ありがとっ。」
２人は顔を見合わせて笑った。先を歩いている仲間達が、何事かと不思議そうに振り向いた。