海を移動することにより、ゴールドソーサーへの道のりは飛躍的に短くなった。付近の海岸にタイニーブロンコを置いて、クラウド達はゴールドソーサーのゲートを再びくぐった。
 バトルスクエアへと直行し、ゴールドソーサー園長ディオの秘蔵の品々が展示されているディオズ・コレクションルームへ入った。ここは以前、セフィロスと遭遇した場所である。
「‥‥これだ。」
 クラウドはショーケースのひとつの前で立ち止まった。その中には、大理石のような色をした鈍い光を放つ丸い石が置かれていた。
「『古の神殿の鍵となる聖石』か。そのものズバリみたいね。」
 ティファはショーケースに付けられたカードを読んだ。
「どうする?ケース叩き壊してもらっちゃう?」
 エアリスは手刀を振り下ろす真似をした。
「どうだい、珍しい品ばかりだろう?」
 クラウド達がキーストーンと思しき石をのぞき込んでいると、背後から声がした。ゴールドソーサー園長のディオが近付いて来た。
「おや、誰かと思えば、君はあの時の少年ではないか。また来てくれるとは嬉しいね。」
 ディオはにこやかな笑顔で言った。
「だから少年という呼び方はやめてくれって‥‥まあいい。ところで園長、この石を俺達に譲ってもらえないか?」
 クラウドはストレートに交渉した。
「少年はこの石が気に入ったのかね?しかし、悪いがここにある品々を手放す気はないんだよ。どれもこれも、みんな私の宝物なんだ。」
「そうか‥‥」
「ふーむ‥‥しかし、少年達には殺人犯を追っ払ってもらった借りがある。いいだろう、持って行きなさい。」
「本当か?ありがとう、助かるよ。」
「なあに、少年達には世話になったし、ほんのお礼だよ。」
 ディオはショーケースの鍵を開け、石を取り出すとクラウドに手渡した。
「な?恩を売っといてよかったろ?」
 ユフィはクラウドの脇腹を肘でつついてニヤリと笑った。
「よし!キーストーンは手に入った。あとは古代種の神殿に行くだけだな!」
 バレットはぐずぐずするなとばかりに走り出した。
 ゴールドソーサーから出ようとした時、突然、ケット・シーが乗っていたデブモーグリごとばったり倒れた。
「ケット・シー、だいじょぶ?」
 エアリスはケット・シーを助け起こした。
「あかん、どないしたんやろ。体の動きがおかしいわ。どっか故障してるみたいです。」
 ケット・シーの動き方がいつもと違い、ギクシャクとしたいかにもロボット的な動きになっていた。
「まずいな〜、これじゃ旅は続けられませんわ。すんまへんけど、修理しに行ってもいいですか?ここならそういう設備も整ってますんや。」
「これからって時にしょうがねえ野郎だな。それじゃお前はここに残ってゆっくり修理でもなんでもしてろよ。俺達は先に行くぜ。」
 バレットはおかまいなしに、スタスタと歩いて行く。
「そんなあ、ここまで来ておいてけぼりはなしやで〜。ボクら一緒に旅してきた仲間やないですか。」
 ケット・シーは悲しそうな目で、クラウド達を見上げた。
「心配するな、ケット・シー。誰も置いて行ったりしないよ。今日はここに泊まって、明日お前の修理が済みしだい出発しよう。みんなもそれでいいよな?」
「おおきに、クラウドさん。おおきに。」
 ケット・シーは何度も頭を下げた。
「お前を放り出したりしないよ。友達だろ‥‥?」
 クラウドは自分の言った言葉に既視感を覚えた。前に誰かから同じセリフを聞いたような、そんな気がした。
「どないしたんですか?」
「いや、なんでもない。じゃあ、修理屋に行こうか。」
「いえいえ、一人で行けます。みなさんはホテルで待ってて下さい。」
 ケット・シーとクラウド達はそこで別れた。
 その夜、夕食を済ませた後、ホテルのクラウドの部屋のドアがノックされた。
「えへへ、こんばんは!」
 入って来たのはエアリスだった。
「どうしたんだ?」
「約束を果たしに来ました!」
「約束?なんのことだ?」
「あれ〜、忘れちゃったの?伍番街スラムの教会で約束したでしょ。ボディーガードの報酬はデート一回って。だから今夜、しよ、デート!」
「ああ、あのことか。いいよ、そんなの。」
「そんなのって、ひどいなあ〜。すっごく傷ついたっ。」
 エアリスはぷうっとむくれた。
「あ、いや、別にそういう意味じゃなくて‥‥」
「じゃ、いこ、デート!」
「え?あ、おいっ。」
 エアリスはクラウドの手を取り、半ば強引に連れ出した。
「さてと、どこに行こうか。たくさんアトラクションがあって迷っちゃうなあ。クラウド、どこ行きたい?」
 エアリスはゴールドソーサーの総合案内板を眺めながら言った。
「どこでもいいよ。まかせる。」
 クラウドは苦笑した。しかし、彼はその安易な一言を、あとで後悔するはめになる。
「それじゃ、まずはジェットコースターに乗ろう!」
 遊園地のあるスピードスクエアへ向かい、絶叫マシンに乗りまくるクラウドとエアリス。
「次はチョコボレース!」
 レース場のあるチョコボスクエアにて、飛び入りオーケーのチョコボレースに参加。チョコボに騎乗。
「やっぱりカジノでしょ。」
 ワンダースクエアにて、ルーレットやスロット、ダイスに興じる。エアリス、所持金を倍に増やす。
「闘技場で一儲け、なんてどう?」
 バトルスクエアにて、エアリスに無理矢理勝ち抜きバトル戦に参加させられるクラウド。
「素敵な夜景がご覧になれます。これ、いいね!」
 ラウンドスクエアにある園内一周のゴンドラに乗り込んだ時には、さすがのクラウドもぐったりしていた。
「疲れた?ごめんね、引き回しちゃったね。ちょっとはしゃぎすぎたみたい。」
 エアリスはペロッと舌を出した。
 その時、ゴンドラの外の上空に、花火が上がった。毎夜、12時になると打ち上げられる恒例の花火である。
「うわ〜、きれい〜。」
 エアリスは花火で彩られた空を見上げた。落ちてくる火花が、まるで空からこぼれ落ちた星屑のようにきらめいていた。
「‥‥きれいだね。」
 エアリスはクラウドの顔を見て、笑った。
「ね、隣に座ってもいい?」
 クラウドが頷くと、エアリスは向かい側の席からクラウドの横に座った。しばらくの間、2人は無言でゴールドソーサーの夜景と、その上空に咲く花火を眺めた。
「‥‥クラウドを初めて見たときね、息が止まるかと思った。あんまりそっくりで‥‥」
 ふいにエアリスは、ぽつりと呟いた。
「え?」
「全然違う人なのに、どうしてだろうね。クラウドの動作のひとつひとつが彼に似てたから、かな。‥‥でも、やっぱり違った。今はそれが、はっきり分かる。私、一体何を見てたんだろう。ホント、顔に二つ付いてるこれはビー玉か〜っ、て感じだよね。」
 エアリスはクスクスと笑い出した。クラウドは訳が分からないといった表情だった。
「‥‥クラウド!」
 エアリスは真顔に戻ったかと思うと、グッと顔をクラウドに近付けた。互いの体温が感じられるほどの接近に、思わずクラウドは身を引いた。
「な、なんだ?」
「私、あなたを見つけるよ。」
「は‥‥?見つけるも何も、俺はここに‥‥」
 クラウドはエアリスの言葉の意味が分からず、ますます戸惑うばかりだった。
「その通り。でも、そうじゃないの。‥‥私、あなたを見つける。必ず、見つけてみせる。クラウドがどこにいても、必ず、ね。」
 エアリスの目は真剣だった。花火と夜景の光がその目に映り、どうしようもないほど輝いていた。
「約束するね。」
「エアリス‥‥どうしたんだ?」
「あはは、ごめんね。自分でも訳の分からないこと言ってると思う。でも、どうしても伝えておきたかったの。」
 ゴンドラはゆっくりと乗降口に着いた。
「そろそろ戻ろうか。今日はありがとね、付き合ってくれて。」
「これは報酬なんだろ?」
「それはそうだけど、そんなにビジネスライクな言い方しなくてもいいじゃないっ。」
 エアリスはバンッとクラウドの背中を叩いた。
「じょ、冗談だよ。」
「もう〜っ。でもまた、遊びに来ようね。報酬とか関係なく一緒に、ね?」
 再び総合案内板の前に戻って来た時、2人はケット・シーの姿を見かけた。
「ケット・シー、もう故障直ったの?」
 エアリスに声をかけられたケット・シーは、ビクッとして振り返った。こわばったような笑顔で手を振る。その時反対側の手に、何か丸いものを持っているのが見えた。
「‥‥おい、あいつが持ってるのは、キーストーンじゃないか?ケット・シー!キーストーンを持ってどこへ行く気だ!?」
 ケット・シーはあたふたとイーストブランチの方へ走り去って行った。
「待て!ケット・シー!」
 クラウドとエアリスは追いかけた。
 相変わらず真夜中でも人の多い園内だったが、人混みの中でも姿形の一際目立つケット・シーを追うのは容易かった。
 チョコボレース場前の広場で、ケット・シーを追いつめた。
「何をしてるんだ、ケット・シー!」
「まあまあ、すぐに分かりますよって。ほら、来たで。」
 爆音が聞こえ、上空からヘリが降りて来た。
「これや!キーストーンや!持って行き!」
 ケット・シーはヘリに向かってキーストーンを投げた。
 ヘリの中から、タークスのツォンが身を乗り出した。
「ご苦労様です。」
 ツォンがキーストーンを受け取ると、ヘリはすぐさま飛び去った。
「ケット・シー!」
「ちょ、ちょっと待ってや。もう逃げも隠れもしませんから。そうです。ボクは神羅の回しモンです。みなさんのこと、スパイしてました。」
 ケット・シーは降参のしるしに両手を上げた。
「それ、本当!?」
 エアリスはケット・シーに詰め寄った。
「はい。そうです。もうしゃあないですわな。済んでしもうたことは。そやから、な〜んにもなかったことにして、今まで通りにしませんか?」
「ふざけるな!スパイだと知って今まで通りに出来る訳ないだろう!故障したって言うのも、俺達をここに引き留める為の芝居だったんだな!?」
 クラウドはケット・シーの手を払いのけた。
「ほな、どないします?ボクを壊しますか?別にかましまへんよ。どうせこの体、作りもんなんやさかい。本体はミッドガルの本社ビルにおって、そっからこの猫のオモチャ操ってるんですわ。」
「正体は神羅の人なんだね。あなた、誰なの?」
「あきまへん。名前は教えられしまへんのや。確かにボクは神羅の社員や。そやけど、完全にみなさんの敵っちゅう訳でもないんですよ。ど〜も気になるんやなあ。みなさんのその生き方っちゅうか?誰かが給料を払てくれる訳でもないし、誰に褒められることもない‥‥。そやのに、命を張って旅を続けとる。そんなん見とるとなあ。自分の今までの人生、考えてしまうんや。なんやこのまま、終わってしまってええのかなあ、なんてな。」
「正体は明かさない。スパイはやめない。そんな奴と一緒にいられる訳ないからな。冗談もほどほどにしてくれ。」
「‥‥そやろな。お話にもならんわな。でも、みなさんに選択の余地はないんですわ。こういうこともあるやろ思うて用意してたんです。聞いて下さい。」
 ケット・シーはデブモーグリの口の中から、PHSを取り出した。一言二言受話器に向かって話すと、それをクラウド達に向けた。
『父ちゃん!ティファ!』
 受話器の向こうから、聞き覚えのある女の子の声が聞こえてきた。
「マリン!?マリンね!」
 エアリスは叫んだ。
『あ、その声はお花のお姉ちゃんだね!お姉ちゃん!お姉‥‥』
「と、いう訳なんです。みなさんはボクの言うとおりにするしかないんですわ。」
 ケット・シーは切り札が自分の手中にあることを分からせるように、PHSを握りしめた。
「‥‥ケット・シー、見損なったよ。」
「‥‥ボクかてこんなことしたない。人質を取るなんてことが、どれだけ卑劣なことか重々承知してます。でも、仕方ないんですわ。‥‥あ、それと、エアリスさんのお母さんも一緒です。お二人に手荒な真似は、一切してまへんから安心して下さい。ちゃんと快適な場所で、大事に預かってますよって。」
「本当ね?信じていいのね?」
「はい。ボクの名誉にかけて本当です。」
 ケット・シーは力強く頷いた。
「ほな、こんな訳ですから、今まで通り仲良うして下さい。明日は予定通り、古代種の神殿に行きましょ。神羅のあとやったら入れると思いますよ。」
 ケット・シーはそれだけ言うと、先にホテルへ帰って行った。
「‥‥仕方ないな。言う通りにするしかない。」
 クラウドはため息まじりに言った。ケット・シーの裏切りのショックは、決して小さいものではなかった。
「マリンのことは心配だけど、お母さんも一緒なら少しは安心かな。でも、ケット・シーが神羅のスパイだったなんてね。以外に真面目なとこあるし、そういうことするようなタイプには見えなかったけどな。」
「どうする、このことをみんなにも話すか?」
「黙っててもいずれ分かっちゃうことだし、早めに話して納得してもらうしかないと思う。でもバレット、荒れるだろうな。」
 翌朝、ホテルのロビーにケット・シー以外の全員が集まったところで、クラウドは昨夜の一件を話した。エアリスの予想通り、話を聞いたバレットの剣幕はすさまじかった。
「許せねえ!俺達を裏切っただけじゃなく、マリンを人質に取りやがるなんて!うおおおー!ブッ壊す!」
 ケット・シーの部屋に殴り込んで行きそうになるバレットを、クラウドとティファとヴィンセントの3人がかりで押さえつけた。
「おはようさんです。みなさんお早いお揃いですなあ。」
 いつものおどけたような笑顔を浮かべて、ケット・シーがやって来た。昨夜のことなど、まったく気にしていない様子である。
「古代種の神殿の正確な場所なら、ボクが知ってますから案内はまかせて下さい。ほな、行きましょか。」
 噛みつかんばかりの形相で睨むバレットを無視して、ケット・シーはのんびりと言った。


 うっそうと茂る森の中。昼間でも日の射さないこの森は、世界から隔絶された空間のように思える。
 その森の中を進んで行くと、唐突に建物に出くわす。石造りの巨大な神殿。それが古代種の神殿である。
 何百年、何千年という時間を経て今もなお、神殿はここに静かに佇ずむ。誰か、待ち人の訪れを待つように。
 クラウド達はその神殿の前に立っていた。
「‥‥ここが古代種の神殿。」
 エアリスはこの巨大な神殿を抱きしめるようにして、石の壁に頬を寄せた。ひんやりとした感触。しかし、そこに無機質ではない、生命の息づきようなものを感じた。
「感じる‥‥漂う古代種の意識。死んで星に還れるのに、意志の力でとどまってる。‥‥未来のため?それとも、私達のため?」
「古代種の意識が語りかけてきてるのか?なんと言ってるんだ?」
 クラウドはエアリスの思考を邪魔しないように、静かな声で訊いた。
「不安がってる‥‥でも、喜んでる?ごめんね、もっとはっきり分かってあげられなくて‥‥」
「ねえ、見て‥‥」
 ティファが指さした。神殿のそばに、黒マントの男が座りこんでいた。
「ニブルヘイムで見た奴と同じだね。」
 レッドXIIIは男に駆け寄った。
「ダメだ。死んでるみたいだよ。こいつも手に入れ墨してる。ナンバー9だ。」
「どうやら衰弱死のようだな。」
 ヴィンセントは男の亡骸を調べた。
「あ!あっちにも!」
 別の黒マントの男を見つけ、ユフィは飛んで行った。
「こっちはまだ生きてる!ナンバー5だ!」
 クラウド達は男の周りに集まった。
「うああ‥‥黒‥‥マテリア‥‥」
 男は最後に呟き、力尽きた。
「こいつら一体なんなんだ?」
 シドは首をひねった。
「分からない。セフィロスと何か関係がありそうなんだが‥‥。とにかく、神殿の中に入ろう。」
 クラウド達は石の階段を昇り、台形の神殿の頂上にある祭壇の間へと入った。
 その中に、誰か人が倒れていた。
「あっ!ツォン!?」
 エアリスは言った。
 ツォンが血まみれの姿で横たわっていた。ひどい怪我を負っている。
「くっ‥‥私としたことが、やられたな。セフィロス‥‥め‥‥」
 ツォンはかろうじてまだ息があった。
「セフィロスにやられたのか?奴は中にいるんだな?」
 クラウドは訊いた。
「それより手当しなくちゃ。いくらタークスでも怪我人を見捨てておけない。」
 エアリスは回復のマテリア最上級魔法ケアルガをかけた。しかし、ツォンの傷は深く、血は一向に止まらなかった。
「エアリス、こっちの方が効くと思うよ。フルケア!」
 レッドXIIIはブーゲンハーゲンからもらったフルケアのマテリアを使った。ようやく出血はおさまった。
「まさか、お前達に助けられるとはな‥‥。元はといえば、エアリスを手放したのが‥‥運の尽き始めだな。社長は判断を‥‥誤った。」
 ツォンは弱々しく拳で床を叩いた。
「神羅は勘違いしてる。約束の地はあなた達が考えているものとは全然違うんだから。それに私、絶っっっ対神羅に協力なんかしないよっ。」
 エアリスはベーッと舌を出した。
「ははは‥‥相変わらず手厳しいな、エアリスは。」
 ツォンは笑った拍子に傷が痛み、顔をゆがめた。
「血は止まったようだけど、まだ危険だよ。ちゃんと医者に連れて行った方がいいな。」
 レッドXIIIはツォンの傷の具合を見て言った。
 クラウドはシドとレッドXIIIに、ツォンを近くの町まで運んでくれるように頼んだ。
「しゃあねえな。俺様しかタイニーブロンコを操縦出来るヤツはいねえしな。」
「分かったよ。オイラ行くよ、クラウド。」
「それとヴィンセント、あんたにも頼みたい。途中で神羅と出くわす可能性もあるし、もう一人ついて行った方がいいと思うんだ。あんたの立場としては複雑なところかもしれないが‥‥」
 ヴィンセントは迷っているようだったが、やがて頷いた。
「いいだろう。私も同行しよう。」
 ヴィンセントとシドは、ツォンを抱え上げた。
 ヴィンセントの顔を見たツォンは、怪訝そうな表情になった。どこかで見たことがある、そう考えているような顔付きだった。
 それからツォンはエアリスを呼んだ。
「‥‥これを。キーストーンだ。祭壇の上に置け。」
 ツォンはエアリスにキーストーンを渡し、神殿から運び出されて行った。
「だいじょぶかな。ツォンはタークスで敵だけど、子供の頃から知ってる。私、そういう人少ないから‥‥。世界中、ほんの少ししかいない、私のこと知ってる人‥‥」
 エアリスは寂しそうな表情で目を伏せた。
「私達のことはもちろん数に入ってるわよね?」
 ティファはポンとエアリスの肩を叩いた。
「あ‥‥そうだね。うん。ありがと、ティファ。」
 エアリスは笑顔を取り戻した。
 ツォンに言われた通り、祭壇の所定の位置にキーストーンを置いた。どこかに秘密の入り口が開くのだろうと待っていたが、そうではなかった。
 祭壇前の床がパアッと光り出し、上に乗っていた彼らを飲み込んだ。
 次の瞬間には、すでに神殿の中にいた。そこは石の階段と通路で出来たさながら立体迷路のような場所だった。
「ひゃ〜!これが神殿の中?むちゃくちゃヘンな作りだよ。どうやって進めばいいのさ?」
 ユフィはぐるりと目を回した。
「だいじょぶ、教えてくれるみたいだから。こっちだよ。」
 エアリスは何かに導かれるようにして歩き出した。
 一度も迷うことなく迷路の道を抜け出し、細い回廊の前に出た。その脇には、小さな泉が湧き出していた。
「この泉は‥‥」
 エアリスは泉の淵に膝をつき、手を浸した。
「わあ‥‥すごい。古代種の知識がいっぱい流れ込んでくる。‥‥ううん、知識なんかじゃない。これは意識。生きている心‥‥」
 エアリスは目を閉じた。
 目をつむっていても、エアリスは見ることが出来た。
 広い広い宇宙空間。周りの星達がものすごい勢いで流れていく。いや、動いているのは星達なのか、それとも自分なのか。
 幾光年を飛び、私は目指す。どこへ?分からない。でも、知っている。
 移動が終わり、光は満ち始める。溢れる光をひとつに束ね、空へと放る。光は高く高く舞い上がり、闇を裂く――
「――リス、エアリス、大丈夫か?」
 遠くからクラウドの呼ぶ声が聞こえ、エアリスは白昼夢から目覚めた。
「ああ、びっくりした。」
「びっくりしたのはこっちだよ。いきなり動かなくなって、呼んでも気付かないから心配したぞ。」
「ちょっとトリップしてたみたい。たくさんのことが頭や心の中に直接入ってきて、なんだかもう飽和状態。くらくらしちゃった。」
 エアリスは自分の額をペンと叩いて笑った。
「はあ?なんのことだ?」
「いいのいいの。気にしないで。私にもよく分からないんだから。あ、ちょっと待って。何か見える‥‥何か言いたがってる。」
 エアリスは意識を集中させた。
「‥‥危険。邪悪な‥‥影、心。‥‥え?見せてくれるの?みんな、泉の中を見て。」
 全員が泉の周りに集まった。
 風もないというのに、水面が波立った。それがおさまると、泉の中に映像が現れた。
 ツォンとイリーナの姿が見えた。2人は大きな壁画の前に立っていた。
「ここが約束の地?いや、そういう感じではないな。この壁画‥‥何を意味しているんだ?」
 ツォンは顎に手を当て、壁画を見上げた。
「ツォンさん、ではあとをお願いします。私は報告に戻ります。」
 イリーナは敬礼した。
「分かった、ご苦労。そうだ、イリーナ。これが終わったら、一緒にメシでもどうだ?」
 イリーナの顔が嬉しそうにほころんだ。
「はい!では、またあとで。」
 イリーナが出て行くと、ツォンは再び興味深げに壁画を見つめた。
 その背後に、セフィロスが現れた。
「お前が扉を開いたのか。ご苦労だった‥‥」
「セフィロス!?いつの間にここへ‥‥」
 ツォンは警戒するように、2、3歩飛びすさった。
「ここがどんなところか、お前達は知っているか?ここにあるのは失われた知の宝庫。古代種の知恵‥‥。私は星とひとつになるのだ。」
「星とひとつに?どういう意味だ?」
「愚かなお前達には分かるまい。この星のすべての精神エネルギー。この星のすべての知識‥‥。私はそのすべてと同化する。私がすべて、すべては私となる‥‥」
「何をバカげたことを‥‥」
「それはどうかな。その方法がここにある。そして、お前達には死あるのみ!」
 セフィロスはツォンに斬りかかった。あまりの速さに、ツォンはよけることも出来なかった。
 セフィロスは冷酷なまでに無表情に、倒れたツォンを見下ろした。
「しかし、悲しむことはない。死によって新たに産まれる精神エネルギー。それらはやがて、私の一部として生きる続けることになる‥‥」
 再び、水面が波立った。映像が消えた。
「セフィロスが来ている‥‥。奴がいた壁画の部屋はどこだ?」
 クラウドは訊いた。
「この先。もうすぐだよ。」
 エアリスは回廊の先を指さした。
「あいつが何を考えようと、ここでおしまいだ。俺が倒す。」
「俺達だっているぜ!」
 バレットは右腕の銃をちらつかせた。
 回廊を出ると、大きな扉が現れた。クラウドとエアリスはそれを押し開けた。
 その部屋は高い天井で、ぐるりと壁画に囲まれていた。奥に小さな祭壇がある以外、何もない部屋だった。
 クラウドはズンズンと中に入って行った。
「セフィロス!どこだ!隠れてないで出て来い!」
 クラウドの声が石の壁にこだました。
「‥‥私はいつもお前の側にいる。捜す必要などない。」
 クラウド達の前にセフィロスが姿を現した。
「素晴らしい‥‥。ここは知の宝庫。古代種の知識が渦巻いている。古代種の知が、私と星をひとつにする‥‥。もうすぐ、もうすぐひとつになれる。」
「何を考えているのか知らないが、これ以上好き勝手にはさせない!」
 クラウドは長剣を構えた。
「あなたの言ってることはよく分からない。星とひとつになるってどういうこと?」
 エアリスは訊いた。
「簡単なことだ。星は自身に傷が出来ると、治療のために傷口に精神エネルギーを集める。傷の大きさに比例して、集まる精神エネルギーの量も増える‥‥。では、星が破壊されるほどの傷が出来たらどうなる?どれほどの莫大なエネルギーが集まるのか、想像出来るか?‥‥その中心にいるのが私だ。そこに集まる精神エネルギーは、すべて私のものだ。」
 セフィロスは星をつかむように延ばした手を、グッと握った。
「星のすべてのエネルギーを、私は手にする。星と交わり、新たなる生命、新たなる存在へと生まれ変わる。‥‥私は、今は失われ、かつて人の心を支配した存在、すなわち神となるのだ。」
「へ〜、神ねえ。言うに事欠いて神ときたか!こりゃおかしいぜ。お前の頭の中には花でも咲いてんのか?」
 バレットはせせら笑ったが、エアリスはセフィロスの言葉を笑い飛ばすことは出来なかった。
「星を傷付ける?星を破壊する?一体、どうやって?」
 エアリスがさらに問うと、セフィロスは壁画の方へと歩いて行った。
「見るがいい。これが究極の破壊魔法‥‥メテオ。」
 壁画には地上で祈りを捧げる人々の上に、巨大な何かが降ってくる絵が描かれていた。
「これはなんの絵なの?何かが落ちてくる?」
 ティファはその絵の意味するところが分からなかった。
「魔法、みたい。宇宙を漂う小さな星を呼び寄せ、衝突させる‥‥。星を完全に、壊す魔法‥‥」
 エアリスは足がすくむ思いだった。これは想像を絶する魔法だ。こんなものが存在すること自体、信じられなかった。
「ねえっ。銀髪の兄ちゃん、いなくなったよ!煙みたいに消えちゃった!」
 ユフィが叫んだ。
 壁画に気を取られている間に、セフィロスの姿は消えて失せていた。
「ちくしょー、また逃げられたのかよ。」
 バレットは舌打ちした。
 クラウドは依然として、壁画を見上げていた。落ちてくる星の絵から目が離せない。
――目を覚ませ!
 クラウドは両手で頭を抱えた。
「クラウド?どうしたの、クラウド?」
 ティファはクラウドの肩に手を置いたが、もれ聞こえる低い笑い声にその手を引いた。
「‥‥クックックッ‥‥黒マテリア。クックックッ‥‥メテオ‥‥呼ぶ。」
 クラウドは虚ろな目で笑っていた。
「クラウド‥‥しっかりして‥‥」
 ティファは泣きそうな声で言った。
「‥‥ん?どうしたんだ、ティファ?俺がどうかしたか?」
 クラウドは何事もなかったように振り向いた。
「‥‥ううん。‥‥なんでもない。」
 ティファは俯いたまま首を振った。
「見て見て。ヘンなものがあるよ。」
 ユフィは部屋の中央の台座の上に、不思議な物体があるのを見つけた。
 エアリスはユフィの指さす物体をまじまじと見つめた。
「どこかで見たことのある形だね‥‥。あっ、なんだ、これってこの神殿の模型だよ。」
「なんだってそんなものが恭しく飾ってあるんだ?」
 クラウドはエアリスの隣に立ち、模型を眺めた。
「分からないけど、何か意味があるのかな。ちょっと訊いてみる。」
 エアリスは意識をクリアにして、心で聞き取る言葉に耳を澄ました。
「‥‥え、これが!?‥‥へえ、そうなんだ〜。‥‥すごいなあ。」
「何がどうすごいんだよ。教えろよ、エアリス。」
 バレットは一人納得顔で頷くエアリスに催促した。
「メテオを使うためには、特別なマテリアが必要なの。そのマテリアは、黒マテリアと呼ばれるもので‥‥」
「黒マテリア?例の黒マント達がしきりにつぶやいてた言葉だな。」
 クラウドは言った。
「うん。彼らが言ってたのは、このマテリアのことだったの。そして、肝心の黒マテリアなんだけど、この神殿がそうなんだって。」
「よく分からないな。」
「だから、この建物自体が黒マテリアなんだよ。」
 エアリスは両手を広げて、神殿を示した。
「このでっかい神殿が黒マテリア?うっそだあ〜。こんな大きいもの、どうやって使うのさ?」
 ユフィはケラケラと笑った。
「そこが他のマテリアと違うところなの。ここにある神殿の模型。これはパズルになっていて、それ解いていくと模型は段々と小さくなるんだって。この模型には仕掛けがあって、模型が小さくなると神殿自体も小さくなる。パズルを解いていくに従ってどんどん小さくなって、最後に神殿は手のひらサイズになるらしいよ。」
「そうすることで、初めて本来の黒マテリアの姿になるという訳だな。」
「そういうこと。でもね、パズルを解くのはここでしか出来ないらしいの。だから、パズルを解いた人はこの神殿、いえ、黒マテリア自体に押し潰されることになるんだよ。」
「危険な魔法を簡単には持ち出させないようにするための、古代種の知恵というところか。」
「どうせ持ち出せないのなら、このままにしておいていいんじゃないかしら?」
 ティファは言った。
「そうだな‥‥。いや、ダメだ。黒マント達はセフィロスのために、黒マテリアを捜している。あいつら、命を捨てて黒マテリアを、手に入れるくらいのことやりかねない。このまま放っておけば、いずれ黒マテリアはセフィロスの手に落ちてしまう。なんとか持ち出す方法を考えよう。」
「と言ったって、他にどんな手があるっていうのさ?」
 ユフィの言葉に対して、全員が無言になった。
「はいはい。手ならありまっせ。一つだけなあ。」
 仲間達の輪から、少し離れたところに佇んでいたケット・シーが手を挙げた。
 ゴールドソーサーを出てからというもの、普段はおしゃべりなケット・シーが、いるのかいないのか分からないほど無口になっていた。神羅のスパイであることが発覚して以来、彼とクラウド達の間には目に見えない壁が出来ていた。
「話はよう分かりました。模型のパズルを解く役目、ボクがやらしてもらいます。どうせこの体は作りモンや。潰れてしもうても、全然かまへんですから。」
「セフィロスに黒マテリアは渡せない。それは神羅も同じことだ。」
 クラウドはケット・シーの申し出に首を振った。
「そやけどな、クラウドさん。他に方法ないんとちゃいますか?今さらこんなこと言うのも気が引けるけど、ボクを信用してほしいんや。」
「‥‥」
 クラウドは逡巡した。結論を口にするまで、やや時間がかかった。
「分かった。頼む。でも‥‥本当にいいのか?あんた、壊れてしまうんだぞ?」
 ケット・シーの表情にほんの一瞬かげりが見えたが、すぐにいつもの太平楽な笑顔に戻った。
「さっきも言うたやないですか。所詮は作りモンなんやからかましまへんて。‥‥ほな、あとはボクにまかせて、みなさんは避難して下さい。」
 ケット・シーは模型の前に陣取った。
「ケット・シー‥‥。ね、久しぶりに占い、やってくれる?」
 エアリスは別れの言葉をかける代わりに言った。
「そやな。久しぶりにいっちょやりますか。何占いましょ?」
「そうだな〜、私とクラウドの相性、なんてどう?」
 エアリスは目を丸くするクラウドと、腕を組んだ。
「あはは、ほな気合い入れて占わなあかんな。よっしゃ、まかしとき!当たるもケット・シ〜、当たらぬもケット・シ〜。」
 ケット・シーの顔は最高に楽しそうだった。
「はい、出ましたで!‥‥あ、こりゃまずいわ。とても言えまへん。」
 ケット・シーはデブモーグリの口から取り出したカードを見ると、ささっと背後に隠した。
「どうして?教えてよ〜。どんな結果でも驚かないから。」
「ん〜、分かりました。ほな、エアリスさんだけにこそっと教えますわ。」
 ケット・シーはエアリスを手招きし、耳打ちした。
「お二人の相性、とーってもええ感じですよ。ぴったりですわ。エアリスさんの星と、クラウドさんの星の重なり方に素敵な未来を感じさせます。あ、これティファさんに悪いから、言わんといて下さいよ。」
 ケット・シーはそっと占い結果のカードを手渡した。
「ありがとね、ケット・シー。」
「占いはなんと出たんだ?」
 クラウドは訊いた。
「あ、クラウド、気になる?でも、内緒!」
 エアリスとケット・シーはクスッと笑い合った。
 部屋の奥には小さな扉があった。ここからキーストーンを使った祭壇の間に帰れるらしい。
「ほな、みなさん‥‥さいなら!」
 ケット・シーはデブモーグリと一緒に大きく手を振った。
「がんばって、ケット・シー!」
 エアリスが言うと同時に、扉は閉まった。
 彼らは祭壇の間に戻った。扉を振り返ると、そこはただの壁になっていた。
「一方通行の扉か。」
 クラウドは残してきたケット・シーのことを思い、胸の奥がチクリと痛んだ。他の者達も同じ気持ちだった。
 クラウド達が神殿の外に出た頃合いを見計らって、ケット・シーは模型のパズルを解く作業にかかった。
「がんばって、かあ。なんや嬉しいな。このボクでも、星を救うために役に立てるんやなあ。」
 ケット・シーは模型をカチャカチャといじった。パズルを解くたびに、神殿が大きく揺れる。
「しかし、古代種さん達もこんな仕掛けよう考えはったわ。大したもんや‥‥。‥‥もう少し‥‥もう少し、やな。」
 ふと周りを見回した時には、部屋は4メートル四方ほどの広さしかなかった。
「あとちょっとでこの体ともお別れや。‥‥半身を切り取られるみたいで、やっぱりツライなあ。他にも同じようなボディはたくさんおるけど、お前のことは忘れへん。お前は‥‥もうボクなんやから。‥‥さいなら、ケット・シー。」
 最後のパズルが解かれた。
 ケット・シーが最後に見たものは、手の中で黒く光る物体だった。
 クラウド達は神殿から少し離れた場所で、成り行きを見守っていた。神殿は黒い霧のようなものに覆われていた。はっきりとは見えなかったが、その姿が徐々に小さくなっていくのが分かった。
 やがて、一筋の閃光を放つと、黒い霧は消えた。
 クラウド達は神殿のあった場所に走った。神殿は跡形もなく消え、ぽっかりと大きな穴があいていた。
 その底に、黒く光るものが見えた。
「あれだ!」
 クラウド達は穴の斜面を滑り降りた。
「これが、黒マテリア‥‥」
 クラウドは黒い光を放つマテリアを拾った。色が黒い以外、見かけは普通のマテリアと変わらない。しかし、このマテリアからは、異様なエネルギーのほとばしりが感じられた。
「俺達がこれを持っている限り、セフィロスはメテオを使えねえって訳だな。」
 バレットはクラウドの手の中の黒マテリアを、恐る恐る覗き込んだ。
「俺達がこれを使うことは出来るのか?」
 クラウドはエアリスを見た。
「それは無理だと思う。ものすごく大きな精神エネルギーが必要みたいだから。一人の人間が持ってるようなものじゃ、全然足りない。星のエネルギーがたくさん集まっている、どこか特別な場所じゃないと‥‥あっ、そうか。」
 エアリスは理解した。
「それが、セフィロスの求める約束の地なんだ。」
「セフィロスが約束の地を捜しているのは、そのためなのか。しかし、約束の地はその存在すらも怪しい場所だ。それに、奴は古代種でもない。見つけられるはずはないな。」
「‥‥だが、私は見つけたのだ。」
 セフィロスの声だった。彼は空中に浮かび、クラウド達を見下ろしていた。
「私はライフストリームの旅人となり、世界中を巡った。その中で、古代種の知恵と知識を手に入れ、さらには古代種の滅びし後の時代の知も手に入れた。今や私は、古代種以上の存在となったのだ。そして、私は未来を創り出す。」
「誰がそんなことさせるかよ!勝手なことぬかしてんじゃねえ!」
 バレットは銃を乱射した。しかし、セフィロスの張った防御魔法のシールドにあっさりと弾き返された。
「‥‥今はもう、お前達の相手をしてるい暇はない。」
 セフィロスは何かの魔法を唱えた。その途端、バレットは金縛りにあったように動けなくなった。だがそれは、バレットだけのことではなかった。
「くそ〜っ‥‥これって、重力‥‥マテリア、グラ‥‥ビガ。」
 ユフィは全身にのしかかるすさまじい圧力に負けて、座り込んだ。
「みんな!大丈夫か!?」
 クラウドは仲間達を見回した。自分以外の全員が座り込んだり膝をついたりと、グラビガの魔法によって身動きが取れなくなっていた。
「クックックッ‥‥さあ、目を覚ませ。」
 セフィロスはクラウドの前に降り立った。
「だ、黙れ‥‥!」
「いい子だ。クラウド‥‥」
「うる‥‥さい、やめろ‥‥。う、うああ‥‥」
 クラウドは耐え難い頭痛に襲われた。意識が遠のいていく。
 クラウドはセフィロスに向かって、一歩一歩、足を踏み出した。黒マテリアを持つ手を、セフィロスに差し伸べる。
「クラ‥‥ウド!何をする気だ!よ‥‥せ‥‥!」
 バレットはそう叫ぶだけで、精一杯だった。
「ダメ!‥‥クラウド!」
 エアリスは渾身の力を振り絞り、押さえ付ける重力に逆らって通り過ぎるクラウドの腕を掴んだ。
――ダメだ!怖がるな!
 エアリスは声を聞いた。正確には、心で聞いた声だった。
 伍番街の教会でも、こんなことがあった。教会の屋根を突き破って落ちてきたクラウドを、介抱しようとその手に触れた時に声が聞こえた。それと同じだった。
――やめろ!負けるな!
「そうだよ、負けちゃダメ!クラウド!」
 エアリスは必死に腕に取りすがったが、クラウドは軽くそれを振り払った。
 クラウドは黒マテリアをセフィロスに手渡した。
「ご苦労。お前はいい子だ。」
 セフィロスはクラウドの頬を軽くなでると、再び宙に舞い上がり、姿を消した。
 セフィロスが去ると、エアリス達を押さえ付けていた魔法の力も消えた。
「クラウド‥‥」
 エアリスは意識を失ったように立ちすくむクラウドに近付いた。エアリスが腕に触れると、クラウドはのろのろと振り向いた。
「‥‥あ‥‥俺は、一体‥‥。俺は、今何をした?セフィロスに、黒マテリアを渡した‥‥?」
「クラウド、あのね‥‥」
「う‥‥うへへへ‥‥。俺は何をしたんだ‥‥。教えてくれ、エアリス‥‥!」
「だいじょぶ、クラウド。あなたのせいじゃないよ。だから‥‥」
「俺は‥‥俺はーっ!」
 クラウドは半狂乱になったように、めちゃくちゃに腕を振り回した。エアリスは顔を殴られ、地面に倒れた。
「クラウド!しっかりしろ!」
 バレットは暴れるクラウドを羽交い締めにした。
「正気に戻れってば、クラウド!」
 ユフィはクラウドに平手打ちを食らわせた。
 クラウドの動きが止まった。
「‥‥真っ白だ‥‥」
 クラウドはそのまま気を失った。
「エアリス、大丈夫?」
 ティファはエアリスを助け起こした。
「うん、平気。目の前チカチカするけどね。」
 エアリスは血の味を感じた。口の中を切ったらしい。
「こいつ、一体なんだってあんなマネを‥‥」
 バレットは糸の切れたマリオネットのようなクラウドを、地面に横たえた。
「とにかく、どこか町に移動しましょう。クラウドをちゃんと休ませた方がいいわ。」
 ティファはクラウドのそばに屈み込み、前髪のかかる額をなでた。
「ねえ、黒マテリア、セフィロスが持っていっちゃったんだよ?一体どうするの?」
 ユフィは言った。彼女の問いに、誰も答えなかった。




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