翌日、クラウド達はニブル山に入った。険しいことで名高いニブル山はバギーカーではとても越えられないため、村に乗り捨て歩いての山越えとなった。
ユフィだけはガタガタ山道でまたバギー酔いにならずにすんだと、ホッとしているようだった。
もう一息で山から出られるというところで、山の下り口付近に二人の男がたむろしているのを見つけた。近付くと、男達の話し声が聞こえてきた。
「――だから俺はそう思ったんだ、と。で、お前の意見を聞きたいぞ、と。」
男の一人が話すのを聞いたクラウドやエアリスは、あっと思った。この妙にクセのあるしゃべり方は‥‥。
「やっぱりタークスのレノだ。それに隣のスキンヘッドはルードだな。」
「なんでこんなところにあの人達がいるの？」
レノとルードはクラウド達がそばまで来ていることに気付いていないらしく、そのまま雑談を続けた。
「受付の子は神羅の看板だけあってなかなかの美人だが、性格がイマイチって感じだぞ、と。その点、秘書室の子はよさそうな感じだが、スタイルがなんだかな、と。ルード、お前はどう思う、と。」
レノが尋ねると、ルードは長い沈黙のあと答えた。
「‥‥‥‥広報課。」
「なるほど、と。そういや広報課のあの子、ティファとかいう娘に似てるな、と。
ルード、お前もしかして、と。」
レノが意味ありげな目で見ると、ルードは頭の先まで真っ赤になった。
「はは〜ん、よっく分かったぞ、と。しかしそうなるとイリーナがかわいそうだな、と。あいつはお前のことを‥‥」
「‥‥いや、あいつはツォンさんだ。」
「ふーむ、それは初耳だぞ、と。でもツォンさんはあの古代種の娘を――」
「あいつら、なんの話をしてるんだ？」
クラウドは首をひねった。
「先輩達っていっつもああなんですよ。誰がいいだの、誰が好きだのなんてことばかり。くだらなさすぎて付き合ってられませんよ。」
いつの間にか、背後にイリーナが立っていた。
「ホント、仕事中だっていうのに緊張感全然ないんだから‥‥あっ、クラウド！？」
イリーナはやっと目の前にいる者達の正体に気付いた。レノとルードの元へ慌てて走って行く。
「先輩先輩！来ました！あの人達ホントに来ました！」
「やっと来たか、と。ルード、あの娘がいても手を抜くなよ、と。」
「‥‥仕事は仕事だ。」
タークスの三人は道を塞ぐように、クラウド達の前に立ちはだかった。
「さて、久しぶりだな、と。七番街の借りを返すぞ、と‥‥しばらく見ないうちに、なんだか観光の団体さんみたいになってるな、と。」
レノはクラウドの後ろに並ぶ個性豊かな仲間達を、不思議そうに眺めた。
「そこをどいてもらおうか。」
クラウドは一歩も引かず、タークスと向かい合った。
「悪いがそれは出来ないな、と。」
「‥‥ここから先へは進ませない。」
「ツォンさんに忠告されたはずよ。私達の邪魔をすれば、命はないってね。ここを通りたいなら、私達を倒してから行くのね！」
レノ達は攻撃の構えを見せた。
「あの人達すっかりやる気みたいですよ〜。どないするんですか、クラウドさん？８対３で人数ならこっちが勝ってますけど。」
ケット・シーは緊張したように苦笑いしている。
「私達タークスにはちょうどいいハンデだわ。さあ、来なさい！」
イリーナは挑発した。
バレットが銃口を上げ、ティファがファイティングポーズを取った時、それまで仲間達の一番後ろに控えていたヴィンセントが、スッと前に進み出た。
「あれになるのは、ずいぶん久しぶりだ‥‥」
ヴィンセントはおもむろに着ていたマントと上着を脱ぎ捨て、上半身裸になった。
「ちょ、ちょっとあなた！何する気よ！？」
イリーナは純情そうに赤くなった。
突然、ヴィンセントはガクッと膝をついた。ガタガタと震えだし、心臓の発作でも起こしたように、苦しそうに胸を掻きむしった。
「どうしたの、ヴィンセント！？」
エアリスが驚いて駆け寄ろうとした次の瞬間、その場にいた全員が我が目を疑うようなことが起きた。
一瞬にしてヴィンセントの体が、恐ろしいモンスターへと変化した。
長い手足の毛むくじゃらの体、鋭利に尖った牙、それ自体が刃物のような鋭い鉤爪。その姿はどこから見ても、凶悪なモンスター以外の何者でもなかった。
モンスターと化したヴィンセントは赤く光る眼で、レノ達を睨んだ。
「こいつは驚いた、と。なんなんだ、一体、と。」
「‥‥‥‥モンスターだ。」
「せ、先輩！これってどういうことなんですか！？」
さすがのタークスも、この驚くべき出来事に度肝を抜かされた。もちろんそれは、クラウド達も同様だった。
ヴィンセントはカッと開いた口から赤い光を放った。レノ達は寸でのところで、その光から逃れた。赤い光の当たった場所は、一瞬にして何もない黒焦げの空間になった。
「ファイガ！」
ルードが反撃した。ヴィンセントは魔法をまともにくらったが、虫に刺されたほどにも効いていなかった。
続いて間髪入れない絶妙のコンビネーションで、レノが得意武器の電磁棒で仕掛けて来た。しかしそれは、ヴィンセントの鋭い鉤爪によって軽くさばかれた。
「これでも食らえ！クエイラ！‥‥あ、あれ？」
大地のマテリアによる魔法を放とうとしたイリーナだが、肝心の魔法が発動しなかった。
「どうして！？あ‥‥あーっ！マテリアがない！？」
イリーナの腕輪から、マテリアがすべてきれいになくなっていた。
「‥‥こっちもだ。たった今使ったばかりの炎のマテリアがなくなっている。」
ルードはやけに冷静な声で言った。
「ハッハッハッ！見たか！神羅め！」
いつの間にか、ユフィが木の上から見下ろしていた。
「これぞマテリアハンター究極奥義、カミカゼゲットだ！」
ユフィはタークスからスリ取ったマテリアを、高々と掲げて見せた。
「あーっ！こら！ドロボー！返しなさい！」
イリーナはムキになって叫んだ。
「チッ、分が悪いな、と。ここはひとまず退散するぞ、と。」
引き際のいいレノは、戦闘を放棄した。
「だがこれで済んだ訳じゃないぞ、と。次は容赦しないぞ、と。」
「次は本気でやるわよ！首を洗って待ってなさい！」
「‥‥‥‥またの機会だ。」
３人組は捨て台詞を残し、見事な逃げ足で去って行った。
タークスがいなくなると、ヴィンセントは元の人間の姿に戻った。そして、何事もなかったかのように服を身につけた。
「あんたのおかげで奴らを追い払えた。だが、さっきのは一体‥‥」
クラウドは拾い上げたマントをヴィンセントに差し出した。
「見た通りだ。私の体は普通とは違う。宝条が私の体に生体学的改造を施した結果がこれだ。忌まわしい呪われた体‥‥。気に入らないが、私が背負う十字架にはピッタリだろう。」
「あんたはセフィロスを産んだ女性を知っていると言ったな。そのあんたが俺達と大して変わらない年格好をしているのが不思議だったんだが、あんたは歳を取らないんだろう？それも宝条にされた改造のせいなのか？」
「‥‥邪魔者はいなくなった。先へ進もう。」
ヴィンセントは歩き出した。
「ねえ、それよりさ、こんなところでタークスに出くわすなんておかしくない？なんだか待ち伏せされてたような感じだったよ。」
レッドXIIIは言った。
「尾行されたのかな？でもそんな気配なかったよね？」
エアリスは仲間達に確認した。
「神羅のスパイとか？まさかね‥‥」
ティファは軽い冗談の気持ちで言ったが、それが冗談になっていないような気がして口を閉ざした。
「スパイがいるなんて、そんなこと考えたくもない。俺はみんなを信じるよ。」
半分は自分に言い聞かせるように、クラウドは言った。
彼らは先に行ってしまったヴィンセントの後を追って歩き出した。
「こらこらこら〜！みんなアタシを無視するなよ〜！タークスを追っ払った功績の半分はアタシなんだからね！」
木から降りたユフィは、慌てて仲間達の後を追いかけた。
ニブル山を出たあと、しばらく歩くと遠くに村が見えてきた。
「村があるぞ。とりあえず行って見よう。古代種の神殿について、何か情報がつかめるかもしれない。」
クラウドは先頭を歩きながら言った。
「それと飯だ、飯！腹へってしょうがねえや。食いもんが欲しい、食いもんが！」
バレットはぐうぐうと腹の虫が鳴く自分の腹をさすった。その数秒後、バレットの願いは叶った。
何かの物体が空高くから落ちて来て、バレットの頭に直撃した。
「ぐおっ！？」
バレットはデーンと大の字にひっくり返った。
「どうした、バレット！？」
「だいじょぶ、バレット！？」
「何かがバレットの頭に当たったわ！」
仲間達は倒れたバレットに駆け寄った。バレットは目を回して気絶している。相当の衝撃だったようだ。
「一体何が降って来たの？」
ティファは空から降って来た物を拾った。それは青いハンカチに包まれた四角い物体だった。ハンカチを広げると、中身は３段重ねの弁当箱だった。
「なんでこんなものが空から？」
「バレットが腹へった〜って、叫んだからじゃないの？」
全員が空を見上げたその時、すぐ目の前を一台のオートジャイロが低空飛行でかすめ飛んで行った。
オートジャイロは旋回してさらに高度を下げ、クラウド達の前に着陸した。
一人の男がオートジャイロから降りた。くわえタバコに無精ひげという、少々むさ苦しい感じの男だった。年齢はバレットと同じ３０代半ばくらいだろうか、ひょっとすると見かけよりもう少し若いのかもしれない。
「よう、変な取り合わせの団体さん。この辺に俺様の弁当箱が落ちて来なかったか？青いハンカチにくるまれたヤツなんだがな。」
男は陽気な声で訊いた。
ティファは弁当箱を男に見せた。
「おう、それそれ！うっかり翼の上に乗せたまま飛んじまってよう。旋回した途端に落っこっちまったんだ。」
男は弁当箱を受け取ると、フタを開けて中身を見た。
「あ〜あ、ぐちゃくちゃになってやがる。まあ、食っちまえば腹の中で一緒になるんだから同じことか。‥‥ん？どうしたい、そこの大男は？なんでこんな野っ原で大の字に寝てやがるんだ？」
「あんたの弁当箱が見事に命中したんだよ。」
クラウドは肩をすくめた。
「なにい？そりゃすまなかったな。よし、それじゃその大男をタイニーブロンコに乗せな。俺様の家に運んで手当てしてやる。」
男とクラウドとヴィンセントの３人がかりで、バレットをオートジャイロの翼の上に乗せた。
「あそこに見えるロケット村に俺様の家があるんでい。ついて来な。」
男は再びオートジャイロに乗り込んだ。
「おっと、まだ名前言ってなかったな。俺様はシド・ハイウインド。村のみんなは艇長って呼ぶけどな。気軽にシドって呼んでくれい。」
シドは人が歩く程度の早さで、オートジャイロを徐行運転させた。
ロケット村に近付くにつれて、なぜその村がその名前で呼ばれるのかが分かった。村の後方には、大きなロケットがそびえ立っていた。
「でもあのロケット、なんか傾いてる。」
エアリスはロケットと同じように、体を斜めに傾けた。
「シド、あのロケットはなんなんだ？」
クラウドは訊いた。
「おっ、よく聞いてくれたな。前の長くてくっだらねえ戦争の最中に、神羅がいろんな技術の開発に取り組んでたのは知ってっか？今は魔晄屋だが、あそこは昔は武器開発の専門会社だったんでい。そんな中で、偶然にロケットエンジンが出来ちまったのさ。こりゃ宇宙へ行けるってんで大騒ぎよ。宇宙だぜ、宇宙。大空のさらにその先へ行けるんだぜ！」
シドは少年のような瞳で雲一つない空を見上げた。その彼方向こうにある星の世界に、思いを馳せているようだった。
「人が宇宙に？それってすごい！」
話を聞いただけで、エアリスは胸がドキドキしてきた。
「おう、姉ちゃんよく分かってんな。その通りよ！夢はどんどん膨らんだぜ。予算もバカスカつぎ込んで、試作、試作、また試作。そんで出来上がったのがあの神羅２６号だ。そのパイロットには神羅一、いや世界一の腕を持つ俺様が選ばれた。自分でいうのもなんだが、まあ当然でい。」
シドはニヤリと笑った。
「いよいよ迎えた打ち上げの日。何もかもバッチリ事は進んでた。ところがのろまのシエラのせいで、打ち上げはパーになっちまった。それがケチの付き始めよう。神羅は宇宙開発を捨てやがった。あんだけこれからは宇宙だ、なんて言って期待させといてよう！魔晄エネルギーが金になると分かった途端、チョンだ。宇宙計画なんて誰も見向きもしねえ。金がどうしたい！俺様の夢をソロバン勘定だけで片付けるなってんだ！‥‥見やがれ、あの錆び付いたロケットを。あいつで俺様は、初めて宇宙へ飛び出す男になるはずだったんだ。それが今じゃ、毎日ちょこっとずつ傾いてらあ。このままじゃあいつが倒れるのが先か、俺様がくたばるのが先か、どっちかってなもんだ。」
シドは深い深いため息をついた。
「宇宙へ行く夢、もうあきらめちゃったの？」
「‥‥へっ、俺様はあきらめが悪いことで有名なんだぜ。今でも毎日、ロケットの整備は欠かしてねえよ。」
シドは不敵そうな笑みを見せたが、それは虚勢に見えなくもなかった。
ロケット村に着くと、シドは自宅の裏庭にオートジャイロを乗り入れた。
「シエラーッ！出て来やがれ！客が来たぞー！」
家の裏口から女性が出て来た。眼鏡をかけたおとなしい感じの女性だった。
「艇長、早かったですね。もうテスト飛行は終わったんですか？」
「シエラ！てめえだろ、タイニーブロンコの翼の上に弁当箱を置きっぱなしにしてたのは。そのせいで人様に怪我させちまったんだぞ。謝りやがれ！」
シエラの顔を見るなり、シドは怒鳴りつけた。
「え？お弁当箱ですか？ここに置いておきますねって、ちゃんと艇長に言いましたよ？そしたら艇長、分かった分かったって‥‥」
「うるせい！俺様は聞いてねえぞ！ボサッとしてねえで詫び入れろい！」
「は、はい。みなさん、すみませんでした。私のせいでご迷惑おかけしました。」
シエラは頭を下げた。
「怪我人がいるんだ。モタモタしてねえで、ベッドの用意しろってんだ！」
「は、はい！」
シエラは慌てて家の中へ戻って行った。
「シドさん、今の言い方、あんまりキツすぎとちゃいますか？あれじゃ奥さんかわいそうやで。」
ケット・シーは取りなすように言った。
「奥さんだあ？笑わせるない、シエラが女房だなんて鳥肌が立つぜ。あいつはロケット開発チームのメカニックの一人だ。この村はあいつみたいな当時のメカニック連中がそのまま住み着いてんだ。」
クラウド達はシドの家にバレットを運び込んだ。ベッドに寝かせると、バレットは目を覚ました。
「‥‥何があったんだ？ヤケに頭がズキズキするぞ？」
バレットは頭をさすった。原因を聞いて、顔をしかめる。
「弁当箱に当たって気絶したなんて、いい物笑いのタネだぜ。」
バレットは大げさに手当てされるのを嫌がって、早々にベッドから起き出した。
「おい、シエラ！客が来たってのに、茶も出さねえ気かよ。ホンットにウスノロだな、てめえは！」
シドは必要以上に大きな声で叫んだ。
「ご、ごめんなさい。」
シエラはあたふたとキッチンへ駆け込んで行った。
「俺達にそんな気を使う必要はない。」
クラウドの言葉に、シドはブンブンと首を振った。
「いいから客は客らしく椅子に座ってろい。あ〜、なんかイライラして来た。シエラ！俺様は裏庭を片付けてくるからな！ちゃんと客をもてなしとけよ！このノロマ女！」
何を怒っているのか、わめき散らすと大股で裏庭へ出て行った。
「な〜んか感じ悪いよ、あのオヤジ。」
ユフィはシドの態度が気に入らないようだった。
「俺達のせいで迷惑かけたな。」
クラウドは言った。
「いえ、とんでもありません。いいんです、いつものことですから。」
シエラはカップを用意しながら、弱々しく微笑した。
「でも、あれじゃシエラさんかわいそうだわ。お弁当箱が落ちたのは、彼が翼の上にお弁当箱があることを忘れていたせいなんでしょう？あなたはちっとも悪くないのに。」
ティファは同情した。
「そうだよ。アタシなら手裏剣とドロップキックのダブル攻撃でも食らわせてやってるよ！」
ユフィはシュシュシュッと、手裏剣投げの真似をした。
「‥‥いえ、私がドジだから仕方ないんです。私のせいで、あの人の夢を壊してしまったんですから‥‥」
「シドから少しだけ話を聞いたんだが、ロケットの打ち上げに失敗したとか‥‥」
シエラは小さく頷いた。
「打ち上げの当日、私はエンジン部の最終チェックをしていました。でも酸素ボンベのテストで納得の行く結果が得られなくて、打ち上げのギリギリまでロケット内に残ってチェックを続けていました。でも私は手際が悪くて‥‥。チェックが終わりきらないうちに、発射のカウントダウンが始まってしまったんです。あの人は私を助けるために、緊急停止用のスイッチを入れたんです。一度中断された打ち上げが、再開出来るまでには６ヶ月かかりました。でもその間に、宇宙計画の縮小が決まり、とうとうロケットの発射自体も中止になってしまったんです。‥‥私のせいで、あの人の夢が逃げて行ったんです。もうあとほんの少しで、叶うはずだった夢が‥‥」
シエラは少し涙ぐんでいるようだった。
「だから‥‥艇長になんと言われようと、私は一向にかまいません。私はあの人に償わなくてはならないんです。」
最後には無理に笑みを浮かべて見せた。
「シーエラッ！てめえ、まだ茶を出してねえな！」
裏庭からシドが戻って来た。
「ご、ごめんなさい。すぐ煎れますから。」
「ったく、どんくせえ女だな。早くしろい！」
シドはどっかとソファに座り込み、タバコに火を付けた。
その時、玄関のドアがノックされ男が入って来た。
「うひょ！シドちゃん久しぶり！元気してた？」
まるまると太ったその人物は、神羅カンパニー宇宙開発部門統括のパルマーだった。
「おめえはふとっちょパルマーじゃねえか！なんでここにいやがるんだ！？」
シドは驚いてソファから立ち上がった。
「うひょひょ！ルーファウス社長のお供で来たんだよ。社長はシドちゃんに用があるんだって。」
「なにい！？神羅の若社長が俺様に会いに来ただって？一体なんの用なんだ？ひょっとして、宇宙計画の再開が決まったのか！？」
「さあ、わし知らないな〜。表にいるから直接訊いてみれば？」
「ったく、相変わらず役立たずなふとっちょだな。」
シドはくわえていたタバコを投げ捨てると、家の外に飛び出して行った。
シエラは火の付いたタバコを拾い上げ、灰皿に捨てた。
「ルーファウス社長がここへ来るなんてどうしたんでしょう。宇宙計画の再開話ならいいんですけど‥‥」
シド以上に、シエラはそれを切望していた。
「うひょ！これからティータイムかな？わしにもちょうだい！砂糖とハチミツ、ラードもたっぷり入れてね。」
パルマーは目の前にいるクラウド達が誰なのか、まったく気付いていないらしくのんきに注文した。
「ラード入りのお茶‥‥オエッ。」
ユフィはゲーッと吐く真似をした。
クラウドはそっと窓から様子を伺った。シドとルーファウスの話し声が聞こえてくる。
「な、なんでい！なんの用で来たかと思えば、タイニーブロンコを返せだと！？宇宙計画の再開が決まったんじゃねえのかよ！」
「我々はセフィロスを追っている。だがどうやらこれまで、見当違いの方向を捜していたようなんだ。今は大体の行方がつかめてきた。我々はまた海を越えなくてはならないのだが、乗っていたヘリの調子が悪くなってしまってな。それで、お前のところのオートジャイロに乗り換えようというのだ。」
「ケッ！最初は飛空艇、次はロケット、そして今度はタイニーブロンコか！神羅は俺様から宇宙を奪っただけでは飽きたらず、空まで奪う気だな！ふざけるない！」
シドはルーファウスの足下に唾を吐き捨てた。
「おやおや。今まで君が空を飛べたのは神羅のおかげだ。それを忘れてもらっては困るな。」
ルーファウスは皮肉っぽく笑った。
「なんだと！‥‥ああ、確かにそうだな。俺様は神羅のパイロットだった。ついさっきまではな！今この瞬間から、てめえらとは縁切りだ！あばよ！」
シドはルーファウスに背を向けると、家の中へ駆け戻った。そして、そのまま中を走り抜け、裏庭に飛び出した。
クラウド達はシドが何をする気なのかとあとを追った。
シドはタイニーブロンコに乗り込むと、エンジンをかけた。
「こいつは退職金代わりに俺様がもらうぜ！」
タイニーブロンコは裏庭を出て走り始めた。
「待て！シド！‥‥！？クラウド！？」
シドを追いかけて来たルーファウスとクラウド達は鉢合わせした。
ルーファウスの警護をしている神羅兵達が、バッと集まって来た。
「撃て！クラウド達を‥‥いや、シドだ！まず奴を止めろ！」
ルーファウスは神羅兵達に、タイニーブロンコに乗って逃げたシドを追うよう命じた。
タイニーブロンコは加速すると、一気に空に舞い上がった。しかし、神羅兵の撃った弾の一部が、尾翼部分に命中し白い煙を上げ始めた。タイニーブロンコはフラフラと蛇行しながら飛んで行った。
「ダメだわ。あれじゃ墜落する！」
シエラはすぐさま、裏庭の隅にとめてあった小型のトラックに乗った。
「待ってくれ！俺達も行く！」
クラウドは走り出したトラックの助手席に飛び乗った。他の仲間達も次々とトラックの荷台に飛び乗る。
クラウド達を乗せたトラックは、タイニーブロンコを追ってロケット村を脱出した。
「追いますか、社長？」
神羅兵はルーファウスに訊いた。
「いや、必要ない。タイニーブロンコは墜落するだろう。もう使い物にならない。故障した我々のヘリはこの村のメカニックに修理させるとしよう。」
「ではクラウド達の方はいかがいたします？」
神羅兵の言葉を聞いて、パルマーはポンと手を打った。
「そうか！本社ビル！さっきのの奴ら、プレジデントが殺された時に会った奴らだ！うひょ〜！大変だ、社長〜！」
パルマーは今頃になってようやくそのことに気付いた。彼の間抜けさ加減に、ルーファウスは怒る気も失せていた。
「‥‥とにかく、クラウド達はまだしばらくの間遊ばせておいてもかまわん。あいつらもいずれ何かの役に立つだろう。」
ルーファウスは風で乱れた髪を直すと、歩き出した。
シドの乗ったタイニーブロンコはしぶとく根性で飛び続け、浅瀬の海に軟着陸した。
「や〜れやれ、なんとか助かったぜ。さすがは俺様。並のパイロットにゃここまで飛ばすこたあ出来ねえだろうな。」
シドは胸ポケットからタバコを取り出し、満足そうに一服した。
「艇長ーっ！」
シエラとクラウド達の乗ったトラックが浜辺に止まった。
「無事ですか、艇長！」
「当ったりめえだ。俺様を誰だと思ってやがる。世界一のパイロット、シド・ハイウインドだぜ。‥‥しかし、こいつはもう飛べねえな。ん〜、プロペラは動くのか。移動は出来るみたいだな。」
シドはタイニーブロンコを浜辺につけた。
「まるでボートだね。」
エアリスは水の上を器用に移動するタイニーブロンコを見て、楽しそうに言った。
「ケッ。大空を自由に駆け回ってたこいつが、今じゃ海の上をはい回るだけのアメンボみたいな代物になっちまった。欲しけりゃおめえらにくれてやるよ。」
シドはふてくされたように、砂浜の上にあぐらをかいて座り込んだ。
「‥‥これなら全員乗れるな。」
クラウドはタイニーブロンコの翼の広さを見て頷いた。
「おいおい、本気でこいつを使う気かよ。あきれたヤツらだな。で、おめえらこれに乗ってどこへ行こうってんだ？」
「俺達もセフィロスを追っているんだ。神羅のルーファウスもいずれは倒さなくちゃならない。だが今は、古代種の神殿を探しているところだ。」
「ふ〜ん、なんだか分からねえが、おもしろそうじゃねえか。俺様も仲間に入れろい！」
シドはピョンと立ち上がった。
「はあ？」
「神羅とは切れちまったし、村でくすぶってるのにも飽き飽きしてところだ。そこへ神羅とやり合おうなんていうバカ野郎のクソッタレ共が現れた。こいつは付き合わない手はねえぜ。」
「おい、あのな‥‥」
「てなわけだ、よろしくな。クソッタレさん達よ！」
シドはバンッとクラウド背中を叩いた。
「艇長‥‥本当に行ってしまうんですか？」
シエラの表情は暗かった。
「おう、ちょっくら行ってくるぜ。‥‥なんでい、シケたツラしやがって。よせやい、今生の別れじゃあるまいし。シャキッとしろよ。」
「はい‥‥。艇長もお元気で‥‥」
「だから！そういう辛気くさい言葉はやめろっつってんだよ。またな、あばよ！の一言でいいんだよ。」
「ご、ごめんなさい。‥‥艇長、じゃあ、また。」
「お、おう。またな。」
シドは照れくさそうに背を向けた。そんな彼の姿を見て、シエラは涙まじりに笑っていた。
シエラに見送られて、クラウド達の乗ったタイニーブロンコは沖へ出た。
「また海‥‥最悪。」
乗り物に弱いユフィは、早々と顔色が青くなった。
「こいつの操縦は俺様にまかせとけ。で、これからどっちへ行くんだ？」
シドは操縦桿を握りながら訊いた。
「分からない。」
クラウドは肩をすくめた。
「おいおい、いきなり分からねえだと？古代種の神殿とやらに行くんじゃなかったのかよ。」
「目的地はそうだが、どこにあるかまでは知らないんだ。シド、あんたはその名前に聞き覚えはないか？」
「俺様も初耳だぜ、そんな場所はよ。しかしおめえらも、けっこう行き当たりばったりなヤツらだな。こりゃますます俺様のスタイルにピッタリだぜ。」
シドはやけに楽しそうだった。
「ね、コスモキャニオンのブーゲンハーゲンさんや長老さんに聞けば何か分かるんじゃないかな。」
エアリスは言った。
「じっちゃん達なら何か知ってるかもしれないけど、ここからコスモキャニオンへ戻るとなると、かなり時間がかかっちゃうよ？」
レッドXIIIはコスモキャニオンのある方角を見やった。
「そうだな。それにあまりぐずぐずしてると、セフィロスに追いつけなくなる。」
クラウドは他にいい方法はないか考えた。
「なあに、こうやって海岸づたいを行けば、コスモキャニオンなんてあっと言う間でい。だがそれより、もっと手っ取り早い方法があるぜ。」
シドは操縦席の下をガサガサとあさり、手の平サイズの機械を取り出した。
「こいつはＰＨＳだ。持ち運び便利な無線電話ってとこだな。これでコスモキャニオンと連絡が取れるぜ。」
「そっか。電話って手があったんだ。えーと、確かじっちゃんとこのナンバーは‥‥」
レッドXIIIは必死に番号を思い出し、クラウドがその番号にかけた。
「私が眠っている間に、世の中便利になったものだな。」
ヴィンセントは一人感慨深げに言った。隣にいたユフィが、年寄りくさ〜、と言いたげな顔をしていた。
１０回ほどのコールのあと、ブーゲンハーゲンが出た。クラウドは挨拶をすっ飛ばし本題に入った。
『古代種の神殿の場所なら、お前さん達が今いるところから、海岸沿いに東へ行った小さな島の森の中じゃよ。』
ブーゲンハーゲンは拍子抜けするほどあっさりと、問題を解決してくれた。
「さっすが、じっちゃん。なんでも知ってるんだね！」
レッドXIIIは誇らしげだった。
『ホーホーホウ。神殿のありかなら誰でも知っとるよ。ただみんな、それが古代種の神殿だと知らないだけなんじゃ。東の孤島の遺跡といえば、お前さん達の中にも知っとる者がおるんじゃないか？』
シドはパチンと指を鳴らした。
「あ〜、なんでい、あそこのことかよ。それなら俺様も聞いたことあるぜ。小島の森の中に変わった遺跡があるって話は有名だ。」
「変わってるって、何がだ？」
クラウドは訊いた。
『中に入れないんじゃよ。神殿の外観からいっても、中に何かあるのは間違いなさそうなんじゃが、祭壇の間らしきものがあるだけで、入り口がどこにもないんじゃ。そんな訳で、今まで人々から無視されておった場所なのじゃよ。』
「つまり、神殿へ行っても、中には入れないってことなのか。」
『ハーゴ長老の話によれば、神殿には秘密の入り口があって、その扉を開くためには鍵となる特別な何かが必要らしいそうじゃ。』
「特別な何かとは？」
『キーストーンと呼ばれる聖石だそうじゃ。もっとも、伝説の中に出てくる代物で、本当にそんなものが存在するのかは分からんのじゃがな。』
「キーストーン‥‥。神殿の鍵となる聖石か。」
「そんな漠然としたものをどうやって探せばいいんだよ。せっかく神殿の場所が分かっても、これじゃお手上げだぜ。」
バレットはイラついたように、左の拳でタイニーブロンコの翼を叩いた。
「‥‥ねえクラウド、オイラそれっぽいものを、どこかで見たような気がするよ。」
レッドXIIIはふと呟いた。
「はう‥‥そういえば、アタシもそんな気がするよ。確かにどっかで見たっていう記憶があるんだけどなあ‥‥ウップ。」
ユフィは船酔いと戦いながら言った。
「ホントか！？どこだ、どこで見たんだ！？」
バレットは２人に詰め寄った。
「むさ苦しい顔で迫んな、オヤジ〜。思い出せるものも思い出せなくなっちゃうだろ。えっと〜、確か‥‥」
ユフィとレッドXIIIが懸命に記憶の糸をたぐっていると、クラウドはふいに思い出した。
「そうだ、ディオズ・コレクションルーム！」
「そうだよ、あそこだよ、クラウド！」
「そうそう、それそれ‥‥はう。」
３人の記憶は一致した。
「ディオズ・コレクションルームだって？なんだよ、そりゃ？」
バレットは初めて聞くその名前に首をひねった。
「行けば分かる。シド、ゴールドソーサーへ向かってくれ。」
「ゴールドソーサーか。了解だぜ！」
シドはタイニーブロンコを発進させた。