FF7星の道（５）

　その峡谷の岩肌は、まるで夕陽の色をそのまま吸収してしまったかのような、美しい緋色を呈していた。ゆえにその谷は、昼間でも夕暮れ時のように赤く染まった印象を受けた。　コスモキャニオン――これがこの谷の呼び名である。　この谷のもっとも高い岩山の頂上には、コスモキャニオンの象徴ともいえる天文台があった。天文台の中は天体望遠鏡の他、様々な研究用の機械で溢れかえっていた。　雑然とした室内で、一人の老人が何かに耳を傾けていた。　メガホンに似た形の巨大な機械から、かすかに音が聞こえてくる。老人は何かの泣き声にも似たその音に熱心に、それでいて少し悲しげな表情で聞き入っていた。「‥‥今日も、星が泣いておるのう。」　そして老人は、深いため息をついた。　走行中のバギーから突然、レッドXIIIが飛び降りた。「どうしたんだ、レッドXIII！？」　クラウドは慌てて急ブレーキをかけ、レッドXIIIを振り返った。「この丘を越えたところに、私の故郷がある。私は故郷へ帰る。ここでお別れだ。」「そんな、いきなり‥‥」「最初に言っただろう。故郷に帰るまでなら付き合うと。短い間だが世話になった。元気でな。」　レッドXIIIはあっさり別れを告げると走り出したが、２、３歩行ったところで立ち止まった。「もうすぐ陽も沈むことだし、今夜は私の故郷に泊まっていかないか？君達には宝条の手から救い出してもらった恩がある。一宿一飯の世話くらいさせてくれ。」　クラウド達はレッドXIIIの誘いに応じることにした。レッドXIIIに案内され、彼の故郷であるコスモキャニオンへと向かった。　町に一歩入ると、レッドXIIIはその場の空気を味わうように、すうっと大きく息を吸った。「やっと帰って来た。オイラの故郷‥‥。岩の匂い、風の匂い、コスモキャンドルの燃える匂い‥‥懐かしいや。みんな、ここがオイラ‥‥じゃなかった、私の生まれ育ったコスモキャニオンだ。美しい場所だろう。」「コスモキャニオン？もしかしてここが、星命学の聖地といわれるあのコスモキャニオンなのか！？」　バレットは勢い込んで訊いた。「そうだ。よく知ってるな。」「知ってるも何も、ここへ来るのは俺の夢だったんだぜ。うおおおっ！ここがコスモキャニオンなのか！とうとう来たぜ！」　バレットは目に見えて興奮している。「この岩だらけで埃っぽい村が、そんなにすごいところなわけ？」　ユフィは面白くもなさそうに、辺りを眺めまわした。「お前知らねえのか？コスモキャニオンといえば、星命学発祥の地として有名な場所じゃねえか。ここには世界中から星命学を学ぶために、大勢の人間が集まってくるんだぜ。かくいうアバランチの創設者も、ここで星命学を学んだ一人だったんだ。」「私の一族は代々この美しい谷と、そこに暮らす星を理解する人々を守ってきた。しかし、勇敢な戦士だった母は死に、ふぬけの父は逃げ出し、一族は私一人だけになってしまった。ここを守ることは私の使命。だから私の旅はここで終わりだ。」　その時、通りがかった男がレッドXIIIを見て声をかけてきた。「ナナキ！ナナキじゃないか！久しぶりだな。いつ戻って来たんだ？」「ついさっきだよ。ただいま！」　レッドXIIIは嬉しそうにしっぽを振った。「そうか、ようやく帰ってきたんだな。もうブーゲンハーゲン様には会ったのか？早く会いに行って来い。大喜びされるぞ。」「うん、そうするよ！ほらこっちだよ、みんな早く早く！」　レッドXIIIは岩の階段を駆け上って行った。「レッドXIII、随分はしゃいでるね。それに、いつもと雰囲気が違うみたい。」　エアリスは不思議そうに、レッドXIIIの後ろ姿を見つめた。　レッドXIIIは岩山の頂上にある天文台の中に入った。「じっちゃん！ただいま！ナナキ、帰りました！」　レッドXIIIは中に入るなり、大声で言った。「お帰り、ナナキ。元気そうじゃの。」　奥の部屋から、立派な白髭を生やした一人の老人が現れた。レッドXIIIは老人の足下へ飛んで行った。「じっちゃんも元気そうでよかった！みんな、この人がブーゲンハーゲンのじっちゃんだよ。すごく長生きで、なんでも知ってる偉いじっちゃんさ。じっちゃん、この人達はオイラが旅の途中でちょっとだけ世話になった人達だよ。」　レッドXIIIはクラウド達一人一人を、ブーゲンハーゲン老に紹介した。「ナナキがお世話になったようで、私からも礼を言いますぞ。何もないところじゃが、ゆっくりとして行きなされ。」「ナナキって？」　クラウドは訊いた。「ナナキはナナキ。わしの足下にいるこの子のことじゃよ。ナナキはまだ子供ですからな。無事に旅を終えて戻って来るか、ずっと心配しておりました。」「じっちゃん、オイラもう４８歳になったんだよ。子供呼ばわりはやめてよ。」　レッドXIIIは不満そうに顔をしかめた。「お前の一族は長命じゃ。数えは４８歳でも人間の歳に置き換えれば１５、６歳くらい。まだまだ立派な子供じゃよ。」「１５、６歳！あんたアタシと同い年だったの！？絶対ジジイだと思ってたのに！」　ユフィはびっくりして叫んだ。「ホーホーホウ。ナナキは聡明で思慮深い子じゃ。あんた達がこの子のことを、大人だと思い込むのも無理ないかもしれんな。」　ブーゲンハーゲンは白い顎髭をしゃくりながら、楽しげに笑った。「じっちゃん、オイラは早く大人になりたいんだよ。じっちゃんやこの谷に住むみんなを守れるように‥‥」「ナナキ、お前の気持ちは分かるが、背伸びしてはいかん。無理な背伸びはいずれ、自らの身を滅ぼすことになりかねん。東の大陸にある魔晄都市を見てきたか？あれが悪い見本じゃな。天を突き抜けよ、星の海を凌駕せよとばかりに乱立する建造物。上を目指すことばかり考えて、身の程を忘れておる。」　ブーゲンハーゲンは部屋の隅へ行くと、小窓に添え付けられた小型の天体望遠鏡を覗いた。望遠鏡の向こう側には、遥かな星の海が広がっている。「星が死ぬ時になって、彼らは初めて気付くじゃろう。自分達が何も知らないことに。そして、何も出来ないことにな。」「星が‥‥死ぬ？」　クラウドはその言葉を口にした途端、鳥肌が立った。「そうじゃ。明日か１００年後か、とにかくそう遠い未来の事ではない。」「どうしてそんなことが分かるんだ？」「そう言っておるからじゃよ、星自身がな。」　ブーゲンハーゲンは何かの装置を操作した。すると、机の上のスピーカーから音が聞こえた。　風の吹く音にも似た、初めて聞くような音である。「これは天に輝く星々の音、言うなれば星の声じゃ。星達もまた、わしらと同じ生命体のひとつ。こうしている間にも、生まれては死に、死んでは生まれている。」　その音を聞いていると、不思議と心が落ち着いた。クラウド達は魅了されたように星の声に聞き入っていたが、突如その音が変わった。「この音‥‥さっきまでと、全然違う。」　エアリスは目をつむった。胸がつまるほどに、悲痛な音色が心に響く。「この星の悲鳴じゃ。痛い、苦しい、そう星が泣いてるように聞こえんかね？」「じっちゃん、クラウド達は星を救うために旅をしてるんだよ。じっちゃんの自慢のアレを、見せてやったらどうかと思うんだ。」「星を救うじゃと？ホーホーホウ！お前達、いやわしら人間にそんな大それたことが出来るものか。向こう見ずなことじゃな。」「やってもみないうちから、なぜ出来ないと決めつける？出来るか出来ないか、そんなことは誰にも言い切れないはずだ。」　クラウドは強い口調で言った。「‥‥ふむ、なかなか面白いヤツらじゃな。来なさい、いいものを見せてやろう。」　ブーゲンハーゲンは奥の部屋へと入って行った。「みんな、早くおいでよ。じっちゃんのアレはすごいんだから。」　レッドXIIIは奥の部屋に入るように、仲間達を促した。　クラウドは自分を見ているバレットの視線に気が付いた。「なんだよ？」「いや、お前も変わったなと思ってよ。初めて会った頃は、星の命なんて興味ないね、とか言ってたクセによ。さっきのお前の言葉にはちょっと感動したぜ。」「‥‥」　照れくさいのか、クラウドはフイッと顔をそむけて足早に部屋の中へ入って行った。　ブーゲンハーゲンが一同を招き入れた部屋は、ドーム型の天井をした小さな部屋だった。狭い部屋の中に、見たこともない複雑な機械が所狭しと並んでいる。「そこらへんの機械に触らんようにな。どれもデリケートな精密機器ばかりじゃ。」　ブーゲンハーゲンは手慣れた様子で機械を操作した。　突然、部屋の中は真っ暗闇になった。「なんやなんや？ブレーカーでも落ちたんかいな？」　暗闇の中でケット・シーの声がした。　そして次の瞬間、クラウド達は広大な宇宙の中にいた。　満天に輝く星達の世界。その輝きの美しさは、世界中の宝石を集めてもまだ遠く及ばない。どこまでも続く遥かなる星の大海に、距離感さえ麻痺し、めまいを覚える。　その場にいる全員が、驚きの声を上げることすら忘れていた。「ここはわしの実験室じゃ。わしが開発したこの立体ホログラフィシステムに、宇宙の仕組みすべてをインプットして、こうやって再現しているのじゃよ。どうじゃな、なかなかのもんじゃろ？」「すごい‥‥本当に宇宙にいるみたい。」　エアリスは感嘆の声を上げた。「このアタシを驚かせるなんて、ジイさんやるじゃん！あっ！流れ星！」　ユフィは目の前を通って行く流れ星を、捕まえようと手を伸ばしたが、ホログラムの星は手をすり抜けて行った。「ホーホーホウ。そうじゃろ、すごいじゃろ。これはわしの自慢の装置じゃ。今わしらが見ているのは、宇宙の全体構造じゃ。これをわしらのいる星体系へとズームするぞ。」　ひしめき合うように瞬いていた星々が遠のき、代わりにいくつかの惑星の集団が間近に迫ってきた。「では本題に入ろうかの。人間はいつかは死ぬ。死は自然の摂理じゃ。死した肉体は朽ち、星に還る。これは広く知られていることじゃが、では死後の意識、心、精神はどうなる？実は精神も同じく星に還るのじゃ。この星だけではなく、宇宙に生きる者すべて等しくな。これも自然の、いや宇宙の摂理なのじゃ。星に還った精神は星の中を駆けめぐり、その途中で混ざり合い分かれながら、また別の場所に生命を作り出す。星を駆けめぐる大きなうねり、これが『ライフストリーム』と呼ばれる精神的なエネルギーの道じゃ。精神エネルギー、この言葉は重要じゃ。この星に誕生する新しい生命は、人であれ植物であれ、すべて精神エネルギーの祝福を受けて生まれてくる。そして時が来て死に、また星に還って新たな生命を生み出す‥‥。いつくかの例外はあれども、これがこの世界の仕組みであり、星命学の基礎じゃな。まあ口で言うより、これを見た方が分かりやすいじゃろう。ライフストリームの流れを抽象的に具現化したものじゃ。」　ブーゲンハーゲンは一つの青く輝く星を、優しく両の手の平ですくい上げると、一同の輪の中に持って来た。　星の上に人と木のホログラムが浮かび上がった。それは瞬く間に消え去り、淡い光の筋となって星の中を走り出す。光の筋はいくつもに分かれた後、また一つに溶け合って、別の場所に人の姿になって現れた。やがてたくさんの光の筋が星を駆けめぐり、星全体が淡い光に包まれた。「生命がこの世に生まれてくるためには‥‥いや、星が星であるためにも精神エネルギーは欠かすことの出来ないものなんじゃ。もし精神エネルギーが失われてしまったら――」　ブーゲンハーゲンは星の上に手をかざした。星をめぐっていた光の筋がその手に吸い寄せられ、見る見るうちに星から消えていく。光が失われた星は、乾いた土のようにボロボロに崩れ去った。「‥‥これが星の末路じゃ。」「精神エネルギーがなくなれば、星は滅びる‥‥」　クラウドは朽ちた星のかけらを見つめた。「ホーホーホウ。精神エネルギーは自然の中にあってこそその役割を果たす。無理矢理吸い上げられ、人工的に加工されたものなど本来の精神エネルギーではない。」「それって魔晄エネルギーのこと？」　エアリスは訊いた。「そうじゃ。魔晄炉によってガンガン吸い上げられ、過度に凝縮されているものこそ精神エネルギーなのじゃ。魔晄などと名付けられ本来とは違った目的に使用され、使い捨てにされているのはすべてこの星の命‥‥。今更言うまでもない。魔晄エネルギーはこの星を滅ぼすのみなのじゃ。」　ブーゲンハーゲンは装置のスイッチを切った。　部屋は元の雑然とした機械部屋に戻った。　クラウド達は夢から突然覚めたように、ボウッとしている。「まあすぐには理解出来んじゃろうから、今日聞いたことは頭の隅にでも置いといてくれればよい。さて、そろそろ夕食の時間じゃな。今晩のメニューはなんじゃろうな。ホーホーホウ。」　ブーゲンハーゲンは子供のようにはしゃいだ足取りで、部屋を出て行った。　夕食の後、クラウド達はレッドXIIIの誘いで村中央の広場にある聖火コスモキャンドルを見に行った。何百年もの昔から、火を絶やしたことがないという聖なる炎である。　コスモキャンドルを眺めていると、コスモキャニオンの長老ハーゴと名乗る老人がエアリスに声をかけて来た。「あんたがナナキと一緒に来たという古代種の生き残りかな？この年寄りの話をちょっと聞いていかんかね。約束の地やセトラについての話なら、少しは語ってやれると思うが。」「ホントに？知りたい！教えて！」　エアリスは老人の誘いに飛びついた。　長老に促されて、エアリス達はコスモキャンドルを囲むようにして座った。「教えて長老さん。約束の地は本当にあるの？」「わしはな、約束の地というものははっきり言って存在しないと考えておる。」「やっぱりないの？」「いやいや、存在はする、そうとも言える。」「どっちなんだよ。」　バレットはイライラしたように言った。「つまり、わしらには存在しないが古代種にとっては存在した、ということじゃ。」「よく分からないんだけど‥‥」「身もフタもな言い方をすればじゃな、約束の地は古代種の死に場所なんじゃ。」「死に場所‥‥」　エアリスの表情がほんの少し硬くなった。「古代種の人生は厳しい旅の連続じゃ。草や木や人、動物、あらゆる生命を育み増やし、星の精神エネルギーを育てる旅じゃ。彼らのつらい旅は、生きている間ずっと続いたという‥‥」「‥‥セトラの民、星より生まれ、星と語り、星を開く。セトラの民、いずれの日か約束の地へ還る。そこは至上の幸福、星が与えし定めの地。」　エアリスの言葉に、ハーゴは頷いた。「セトラ、すなわち古代種の一生を謳ったものじゃな。古代種は星の開拓者であり星の守護者。その役割を終え星に還る場所、つまり死に場所が約束の地なんじゃ。」「それなら至上の幸福っていうのは、どんな意味があるんだ？」　クラウドは訊いた。「古代種にとっては星に還る瞬間、古代種が生まれながらにして背負う運命から解き放たれる瞬間、それが彼らにとっての至上の幸福ではなかったか。そうわしは考えておるんじゃ。」「‥‥」　なんとなく、全員が押し黙ってしまった。場の沈黙に、薪の弾ける音がやけに大きく聞こえた。「それって、なんだかかわいそうだわ‥‥」　ティファは重苦しい表情で呟き、エアリスの方をチラリと見た。ティファだけでなく、全員の視線がエアリスに集まっていた。「‥‥古代種にとって死ぬことが、何よりの幸せだったってこと？生きてる間はつらいばかりで、死ぬ瞬間にだけ喜びを感じていたっていうの？そんなの‥‥」　エアリスはうつむいた。泣いているのではないかと、全員が心配になった。「娘さんや、これは飽くまでもわしの推測で、今となっては真実のほどは分からんのじゃよ。全くの見当違いかもしれんのじゃ。」　慌ててハーゴは言い添えた。「‥‥長老さんの言ってること、当たってるんじゃないかって私も思う。でも‥‥だけど‥‥あ、そうか。」　エアリスはすくっと勢いよく立ち上がった。「そう、そういうことなんだ。少しだけ、お母さんの言葉の意味が分かったような気がする‥‥」　あなただけの本当の意味での約束の地を探しなさい――母が言いたかったのは、こういうことだったのかもしれない。「急にどうしたんだ、エアリス？」　クラウドは驚いたように、エアリスを見上げた。「長老さんの言う約束の地と、私の約束の地は違うってこと。」　きっと別にある。私だけの約束の地。そう信じる。「でないと、私のこの先の人生、夢も希望もないもんね。」　エアリスは一転して、晴れ晴れとした笑みを浮かべて星空を仰いだ。　クラウド達は訳が分からないといった表情で、ぽかんとエアリスを見つめた。「長老さん、もっと古代種のこと教えて。たくさん知れば、それだけいろいろなことが分かるような気がするの。」「よし、いいじゃろ。私の部屋へ来なさい。古代種に関連した書物がたくさんあるからの。しかし本当なら古代種についてのことは、ガスト博士に教えを請うのが一番なんじゃがな。あの人は古代種研究の第一人者じゃからの。」「でもガスト博士って人はもう亡くなったんでしょ？宝条博士がそう言ってたわ。」「何！？ガスト博士が亡くなったじゃと！？なんと‥‥そうじゃったか‥‥。いい酒飲み相手だったんじゃがなあ。」　長老はガスト博士の冥福を祈るように、コスモキャンドルに向かって両手を組み合わせた。「ガスト博士は神羅に勤める熱心な古代種研究家じゃった。３０年くらい前に、ついに古代種の亡骸を発見したと言ってはしゃいでおったよ。ジェノバとかいう名前を付けて、日々研究に励んでいたはずじゃ。それから数年くらい経った後かのう、ふらりとここへ現れて、酔いつぶれるまで酒を飲んで行ったんじゃ。その時しきりにブツブツと呟いておったよ。なんでもジェノバは古代種ではなかったとか、大変なことをしてしまったとか、そんなことをな。思えばあれが、ガスト博士を見た最後の日となった訳じゃな。その後、行方知れずになり神羅にも戻らなかったと聞いておったが、まさか亡くなっていたとはのう。神羅っぽくない、気さくで人当たりのいい人だったんじゃが、本当に惜しいことを‥‥」「ちょっと待ってくれ。ジェノバが古代種じゃないだって？それは本当なのか？」　クラウドはハーゴの言葉を押し止めた。「わしも詳しいことは知らん。ガスト博士がそう言っていたのを聞いただけじゃ。」「どうなってんだ？ジェノバが古代種じゃねえなら、セフィロスも違うってことだろ？でも奴は、自分は古代種だと言い切ってやがるみたいだし、一体どっちの言うことが正しいんだ？」　バレットは訊いた。「俺にも分からない。セフィロス本人に訊く以外に、その答えを見つける方法はないだろうな。」　クラウドは肩をすくめた。　エアリスは古代種についてさらに学ぶために、ハーゴについて行った。エアリス以外の者は、そのままコスモキャンドルの周りに残った。「エアリスってやっぱり変わってるぜ。落ち込んだかと思ったら、急に笑顔になるしよ。古代種ってヤツは、みんなああなのか？」　バレットは不思議そうにエアリスとハーゴの後ろ姿を見送った。「エアリスは強い人だと思うわ。私も‥‥強くなりたい。」　ティファの思い詰めた目で、揺れる炎を見つめていた。「どうかしたのか、ティファ？」　クラウドはティファの肩に手を置いた。「クラウド‥‥私ね‥‥。ううん、なんでもない。クラウド、どこにも行かないでね。」「俺が一体どこへ行くって言うんだ？」「クラウドはクラウドだよね？どこへも行ったりしないよね？」　ティファは肩に置かれたクラウドの手に、自分の手を重ねた。「俺はどこにも行かないよ。ホントにどうしたんだ、ティファ？」「ゴメンね、おかしなこと言ってるよね。このコスモキャンドルを眺めてたら、いろんな感情が沸き上がってきちゃって‥‥」「確かに炎っちゅうのはジーッと見てると、なんやいろんなことが頭の中を駆けめぐりますわ。不思議なもんや。」　ケット・シーは珍しくしんみりした声で言った。「そう？アタシはなんだか眠くなってきたよ‥‥ふわぁぁ。」　ユフィは大あくびをして寝っ転がった。「‥‥オイラが本当の子供だった頃、ずっと昔のあの時もこんな風にみんなでコスモキャンドルを囲んで座ってたっけ。今日みたいに星がきれいな晩で‥‥って、やっぱり話すのやめたっ。」　レッドXIIIは炎を背にして、丸くなって寝そべった。「どうしてだ？」　クラウドは訊いた。「オイラの両親の話だからさ。母さんのことを話す時、オイラの胸は誇らしさで一杯になる。けど父親のことを思い出すと、心の中は怒りで煮えたぎるよ。」「そう言えば、父親のことを逃げ出したふぬけとか言ってたな。」「ああ。父親は見下げ果てたふぬけ野郎だよ。」　レッドXIIIは吐き捨てるように言った。「やはり父のことが許せないか、ナナキ‥‥」　ブーゲンハーゲンが近付いて来た。「じっちゃん‥‥。当たり前だよ。あいつはギ族が攻めて来た時、母さんとこの谷を見捨てて逃げ出したんだよ。みんなを守るために、命懸けで戦った母さんを見殺しにして‥‥。そんな奴を許せるはずがないじゃないか。」「‥‥ナナキ、お前に見せたいものがある。一緒に来なさい。」　ブーゲンハーゲンは歩き出した。「この際じゃ。お前達も来るかね？」　クラウド達も興味半分で、ブーゲンハーゲンについて行くことにした。　ブーゲンハーゲンは村から少し離れた場所にある、岩山をくり抜いて作った小さな洞穴へと入って行った。その奥の頑丈そうな鉄製の扉の前で立ち止まった。「これは無用の扉と呼ばれるもの。長年、わしが封印してきたものじゃ。」「この扉のところに来ちゃダメだって、じっちゃんいつも言ってたよね。ここに何があるの？」　ブーゲンハーゲンは扉に掛けられた複雑な仕掛けの錠をはずした。ギィーという錆び付いた音とともに、ひとりでに扉が開いた。　扉の奥から冷たい空気が流れ込んで来て、クラウド達の頬を撫でていった。「この扉の先は、コスモキャニオンの裏へと続く洞窟じゃ。足下が悪いから気を付けるのじゃぞ。」　ブーゲンハーゲンは扉の横に置いてあったカンテラに火を灯し、中へ入って行った。薄暗い洞窟の中を、カンテラの明かりだけを頼りに進んでいく。「気味の悪い洞窟ですなあ。なんや出そうな感じやわ‥‥」　ケット・シーは言った。「ホーホーホウ。ここにはある戦士に倒されたギ族の亡霊がさまよっておる。何か出てもおかしくないかもしれんのう。」「じーさん、そういう話すんのやめてよ～。アタシ、ユーレイと船は何より嫌いなんだからっ。」　ユフィは耳を塞いだ。「ギ族とは一体何者なんだ？」　クラウドは訊いた。「ここよりさらに奥深い山奥に住む辺境の蛮族のことじゃ。奴らは昔からこのコスモキャニオンを狙っておった。何度となく襲って来たが、その度にナナキの一族がわしらを守ってくれた。４０数年前のあの日もな。ギ族はわしらより体も大きく、凶暴で何より残忍じゃ。もし、ここから攻め入られていたら、ひとたまりもなかったじゃろう。」　ブーゲンハーゲンはカンテラの明かりで道を確かめながら、先へ進んだ。「あの日、ある戦士がここを駆け抜けて行った。たった一人で、次々と襲いかかってくるギ族をなぎ倒しながらな。」「ある戦士‥‥。じっちゃん、それって‥‥」　レッドXIIIは戸惑いの視線を、ブーゲンハーゲンに投げかけた。「あと少しじゃよ。」　しばらく進むと、突然のように洞窟が終わり、星空が見えた。「その戦士はここでギ族と戦った。ギ族がただの一人も村に入り込めないように、わしらのことを守るために。見なさい、ナナキ。お前の父、戦士セトの姿を。」　ブーゲンハーゲンは崖の上を指さした。　そこにはレッドXIIIと同じ姿の石の獣がいた。槍や弓矢が体中に突き刺さり、痛々しい姿をさらけ出しながらも威厳に満ちた姿勢で遠くを見据え、そのまま動かなくなった石の獣。「セト‥‥あれが、オイラの父さん‥‥？」　レッドXIIIの鼓動が速まった。「セトはあそこでギ族と戦い続けた。どんなに傷ついても、毒矢で体を石にされても、ギ族がすべて逃げ出してしまった後も、セトはここを守り続けた。そして‥‥今もこうして守り続けている。」「今も‥‥」「逃げ出した卑怯者と思われようが、軟弱な臆病者と蔑まれようが、たった一人、命を懸けてコスモキャニオンを守った戦士、それがナナキ、お前の父親なんじゃ。」「母さんはこのことを‥‥？」「知っておったとも。あの時、２人がわしに頼んだのじゃ。この洞窟は封印してくれと。わし一人で封印し、そのことは誰にも話すな。こんな洞窟のことは、忘れてしまった方がよいからと言ってな。」「‥‥父さん、母さん。」　レッドXIIIはうつむいた。必死に歯を食いしばり、涙をこらえているように見えた。「すまんがお前達、しばらくナナキと２人だけにしてもらえんかの。」　ブーゲンハーゲンはクラウド達に向かって言った。　クラウド達は一足先に、村へと戻って行った。「レッド、あんたのオヤジってすごいじゃん。アタシのぐーたらオヤジに、あんたのオヤジの毛の一本でも煎じて飲ませたいくらいだよ。」　ユフィはレッドXIIIの背中をポンと叩くと、クラウド達の後を追って走って行った。「ナナキよ、クラウド達と一緒に旅を続けるのじゃ。」　レッドXIIIは驚いたように、顔を上げた。「何言ってるのさ、じっちゃん！」「わしの話を聞け、ナナキ。クラウド達は星の命を救うなどと言っておるが、正直わしはそんなことが出来るとはとても思えん。この星にあるすべての魔晄炉を止めたとしても、ほんの少し星の寿命が延びるだけ、セフィロスとやらを倒しても、それは同じことじゃ。形あるもの必ず滅す。これは誰にも変えられぬ理‥‥」　ブーゲンハーゲンは星を見上げた。満天の星達が静かに見下ろしている。「だがな、ナナキよ。わしは最近考えるようになった。こんなにも星が苦しんでいるというのに、星の一員、いや、星の一部であるわしらに出来ることは本当に何もないのか。わしは運命を甘受しすぎるのではないか、とな。クラウドが言っておったな。やってもみないうちから、なぜ出来ないと決めつけるのか。出来るか出来ないか、誰にも言い切れないはずだ‥‥。しかし、何かをするにはわしは歳を取りすぎた。ホーホーホウ、なんといっても今年で１３０歳じゃからのう。‥‥だから行け、ナナキよ。わしの代わりに、星で起こるすべての事を見届けるのじゃ。」「じっちゃん‥‥」「お前が行ってしまう前に、どうしても父親の真実の姿を見せておきたかったのじゃ。わしが生きている間に、お前が帰ってきてくれてよかったわい。」　レッドXIIIは首を振った。「そんな寂しいこと言うなよ、じっちゃん‥‥。じっちゃんがいなくなるなんて、考えただけでオイラ‥‥」「ホーホーホウ。わしは十分に生きた。これだけ生きれば満足じゃよ。」「ダメだよ、じっちゃん！生きててくれなくちゃ、絶対ダメだ！オイラは見届けるよ。星がどうなるのか最後まで見届けて、そして必ず戻って来る！じっちゃんにオイラが見たことすべてを教えるために！」「ナナキ‥‥お前はいい子じゃな。」　熱いものがこみ上げて来て、ブーゲンハーゲンの声はつまりそうになった。「オイラはコスモキャニオンのナナキ！戦士セトの息子！その名に恥じない戦士になって帰ってくるよ！だからじっちゃん、その時まで――」　レッドXIIIは、頭に何か小さなものが当たったのを感じた。石のかけらがポツポツと落ちてくる。　ブーゲンハーゲンは石のかけらを拾い上げた。「セト‥‥おお‥‥これはセトの‥‥」　見上げると、石と化し生気を失ったセトの瞳から、いくつのもの石の涙がこぼれ落ちていた。「父さん‥‥」　レッドXIIIは岩の上に駆け上がると、吠えた。その魂の遠吠えは、星で埋めつくされた夜空に響き渡った。　翌日、レッドXIIIはクラウドとともにコスモキャニオンを出発した。旅立つレッドXIIIに、ブーゲンハーゲンはマテリアを贈った。「これは『フルケア』というコスモキャニオンに伝わる希少なマテリアじゃ。回復マテリアの中では最高のものじゃよ。きっと役に立つじゃろう。持って行きなさい。」「こんな大事なものを‥‥ありがとう、じっちゃん。じっちゃんも元気でね。体に気を付けてね。」　レッドXIIIは別れが辛くなる前に、ブーゲンハーゲンら見送りの人達から離れ、バギーカーに飛び乗った。「本当に残らなくていいのか、レッドXIII？」　クラウドは改めて訊いた。「うん。もう決めたんだ。オイラもクラウド達の旅に最後まで付き合うってね。さあ、行こうよ。」「レッドXIII‥‥いや、ナナキと呼んだ方がいいか？」「どっちでもいいよ。オイラはオイラだもん。戦士セトの息子であることに変わりないからね。」　その時レッドXIIIは、父に対する誇らしさがやがて自分自身に対しても持てるようになればいいと、強く思った。　コスモキャニオンを出てから何日か走り続けた後、クラウド達の行く手に、いびつな形をした山々が現れた。クラウドはこの山の姿を忘れようもなかった。「ニブル山だ‥‥」「あれがクラウドの故郷のあるニブル山？」　エアリスは言った。「西へ向かうならあの山を越えて行かなきゃならないが、どうする？迂回するか？」　バレットはクラウドの心情を察して言った。焼け落ちた故郷を見たくないという気持ちは、バレットには痛いほど理解出来た。「いや。それだと時間がかかりすぎる。このままニブルヘイムを目指そう。ティファもそれでいいよな？」　ティファは黙って頷いた。　ニブルヘイムの村はもう影も形も残っていないはずだった。しかし、村の近くまで来た時、クラウドは信じられない光景を目にした。「そんなバカな‥‥！」　バギーから飛び降りて走った。そのあとをティファが追いかける。「嘘！こんなことって！」　ティファは叫んだ。　クラウドとティファの故郷ニブルヘイムが、５年前と変わらぬ姿でそこにあった。