ゴールドソーサーの裏口に来た時、何かがおかしいと感じた。裏口には常時警備員が立ち、出入りする者をチェックしているはずなのだが、今は誰もいなかった。妙だなと思いながら、３人は中に入った。
「あ！」
ティファは何気なく目を向けた門の脇に、倒れている人影を見つけた。近付いてみると、それは警備員だった。剣でばっさり斬られ、殺されていた。
バレットは警備員の死体を調べた。
「この傷‥‥運搬船の中で殺されていた神羅兵達も、似たような傷跡してたぜ。」
「まさか、これもセフィロスがやったって言うの？」
ティファは全身がスーッと冷えるような寒気を感じた。
「セフィロスがここにいるの？大変、クラウド達に知らせなきゃ。」
エアリスは警備員詰め所の中にある電話を使い、ホテルにダイヤルした。電話でクラウド達と相談し、二手に分かれてセフィロスの行方を捜すことになった。
このゴールドソーサーは、遊園地のあるスピードスクエア、チョコボレース場のあるチョコボスクエア、闘技場のあるバトルスクエアなど、テーマ毎に８つのエリアに分かれている。さらそれらを大きく二つに分けて、イーストブランチ、ウエストブランチと呼ばれていた。
エアリス達はイーストブランチへと向かい、手始めにワンダースクエアへ入った。ここはカジノやゲームセンターなどが集まったエリアである。
「こんなだだっ広い中で人一人見つけるのは大事だぜ。」
夜中だと言うのに人でごった返すスクエア内を見て、バレットはげんなりしたように言った。
「早々と弱音吐かないでよ、バレット。セフィロスをこのまま放っておいたら、また誰かが殺されてしまうかもしれないのよ。」
ティファはしっかりしてという風に、バレットの背中を叩いた。
「ヘーイ、そこのお三方。なんや暗〜い顔してますな〜。」
聞いたことのない声がした。３人はパッと声の方を見た。
声の主を見た彼らは、一瞬動きが止まった。
「‥‥」
３人とも目をパチクリさせている。
丸々としたデブモーグリの上に、ちょこんと黒猫が乗っているという世にも奇妙な組み合わせのクリーチャーがそこにいた。
「どうも、お初にお目にかかります〜‥‥みなさん、目が点になってますなあ。別に怪しいモンやありませんよ。」
王冠を被り、メガホンを持ち、赤いマントをした道化師のような黒猫が陽気に言った。デブモーグリの巨体の上に乗っているので、視線の高さがエアリス達とちょうど同じになる。
「‥‥そのなりで怪しくないなんて言ったら、この世から怪しいもんなんてなくなるぜ。」
バレットは胡散臭そうな目つきで言った。
「こんなカワイイボクらを怪しいなんて心外やなあ〜。あ、申し遅れました。ボク、ケット・シーいいます。占い屋です〜。」
ケット・シーは恭しく礼をした。
「恋愛の未来、健康の未来、仕事の未来、みなさんの未来をなんでも占いますよ〜。当たるもケット・シー、当たらぬもケット・シー。占いマシーンケット・シーとはボクのことです〜。みなさんがな〜んや悩んだような顔して歩いてたんで、思わず声かけてしまったんですわ〜。な？な？悩み事ありっちゅうの、図星ですやろ？」
ケット・シーは３人の顔を順々に見た。
「俺達は今忙しいんだ。お前なんかに付き合ってる暇はねえんだよ。」
バレットはハエでも追い払うような仕草で手を振った。
「あ、ショックやな〜。みなさん、ボクの占いの力を信用してないみたいですなあ。」
「ね、占い屋さん。占うのは未来だけ？」
エアリスは訊いた。
「んん〜？バカにしたらあきませんよ。失せ物、失せ人、なんでもアリや！」
「私達、今人を捜してるの。」
「おい、エアリス。まさかこいつに、セフィロスの行方を占わせるつもりじゃねえだろうな？」
「こんな大勢の中で人一人捜すのは大事だって、バレット言ってたじゃない。もしかしたら手がかりがつかめるかもしれないよ。」
エアリスは笑って言うと、ケット・シーに向き直った。
「占い屋さん、セフィロスの行方を占って。」
「セフィロスさん、ですな。よっしゃ、まかしとき！」
デブモーグリの中からスイングジャズに似た軽快な音楽が聞こえてきた。それに合わせてケット・シーとデブモーグリは体を揺らす。これがケット・シー流の占い方らしい。
「当たるもケット・シ〜、当たらぬもケット・シ〜。はい、出ましたで！」
デブモーグリの口から小さなカードが出てきた。ケット・シーはそれを取ってエアリスに渡した。
「ありがと。えーと、『中吉。あなたの運勢は非常にアクティブ。自分の部屋を整理整頓すると吉。人に頼らず自分の力で勉強や仕事をこなすと週末にはハッピーな出来事が‥‥』‥‥これ何？」
「あれ？おかしいな。もっぺんやりましょか？」
ケット・シーはもう一度、音楽に合わせて体を揺らした。新たに出てきたカードを差し出す。
「『ボランティア活動に参加すると運気上昇。ラッキーナンバーは１。』‥‥」
「‥‥行こうか、エアリス。」
ティファは苦笑いしながら言った。
「ちょい待って！もっぺん、もっぺんだけやらして〜な！」
ケット・シーは慌てて引き留めた。早回しのように体を揺らし、三枚目のカードを差し出した。
エアリスは困ったような笑みを浮かべて、カードを受け取った。しかしその内容を見て、ゾクッとするような悪寒を感じた。
「‥‥なんなの、これ？」
「今度は『ラッキーカラーは青。』とか書いてあるの？」
ティファはおかしそうに笑いながら、カードをのぞき込んだ。
「『求めれば、必ず会えます。しかし、もっとも大切なものを失います。』‥‥」
ティファはカードの文面を読んで、眉をひそめた。
「なんやええのか悪いのか、分からんですなあ。こんな占い初めてや。気になりますわ。ふ〜む‥‥」
ケット・シーは考え込んでいたが、やがてポンと手を叩いた。
「ほな、行きましょか。」
「行くってどこへ？」
「占い屋ケット・シーとしては、こんな占いめっちゃ不本意なんです。最後まできっちり見届けんことには気が収まらんのですわ。そやから、みなさんと一緒に行かせてもらうことにします。」
「おいおい、何勝手なこと言ってやがんだ。冗談じゃねえぞ。」
バレットはケット・シーの言葉を一蹴した。
「いいや！何と言われても付いて行きまっせ！占い屋としての面子にかけて、この占いの結末を確かめさせてもらいます！止めても無駄ですよ。ボクの意志はコンクリートより固いんやで！」
ケット・シーは断固として言い放った。
とんでもないことになったと、エアリス達は途方に暮れたように顔を見合わせた。
エアリス達がこの妙な占いマシーンに付きまとわれている頃、クラウド達はイーストブランチの反対側、ウエストブランチのバトルスクエアにいた。闘技場がメインのスクエアだけに、腕自慢の猛者達がそこら中を闊歩している。さらに彼らの勝負で賭けをする人々の熱気で、場内は異様なほどの盛り上がりを見せていた。
「この大勢の中で人一人見つけるのは至難の業だな。」
レッドXIIIはバレットと同じようなことを言った。
「だが早く奴を見つけないと、また誰かが死ぬことになるかもしれない。」
クラウドの考えもティファと同じだった。
「クラウド。私はセフィロスがこのゴールドソーサーに現れた、というエアリスの連絡を聞いてから奇妙に感じることがあるのだが‥‥」
「何がだ？」
「なぜセフィロスはここに来たのか、ということをだ。奴の目的は約束の地を捜すことなのだろう？それがなぜ、わざわざこんなところに立ち寄る必要があるのだろうか。」
「‥‥」
「それに、セフィロスは私達より先んじていたはずだ。なぜ今頃、到着したのだろう。」
「確かにな。考えてみればおかしなことばかりだが、奴の行動の不可解さは今に始まったことじゃない。その理由は本人に直接聞いてみるよりない。しかし、ここにセフィロスがいるとなると、奴が西へ向かっていると言った宝条の言葉は正しかったようだな。」
その時クラウドは、さっきまで後ろに付いて来ていたユフィがいないことに気付いた。
「ユフィはどこだ？」
「さあ。またバギー酔いがぶり返して、どこかでへたっているんじゃないのか？」
クラウドとレッドXIIIはユフィの姿を捜したが、どこにも見えなかった。
しかしその代わり、彼を見つけた。
「セフィロスだ‥‥！」
クラウドは人混みの中に、セフィロスの横顔と彼の銀色の髪が揺れるのを垣間見た。
クラウドとレッドXIIIは人混みをかき分け、セフィロスがいた場所に出た。すでに彼の姿はなかった。
「いない。どこへ消えた？」
「待て‥‥かすかだが、血の匂いがする。」
レッドXIIIは鼻をヒクつかせた。
匂いの元を辿り、大きな扉の前まで来た。扉の上には電光掲示板が取り付けられ、『ディオズ・コレクションルーム 開館時間9:00〜22:00 ゴールドソーサー園長ディオ自慢のコレクション。数々の名品、珍品はここでしか見られないものばかり！ぜひ一度ご覧下さい。』という文字が流れていた。
クラウドはドアを押した。開いている。
中に入ると通路があり、それを抜けたところが展示場だった。外の電光掲示板にはここでしか見られない名品・珍品ばかり、という宣伝文句が踊っていたが、確かにその通りだった。
月の滴を受ける杯、未来へ逆行する時計、伝説の巨獣ベヒーモスの毛皮、予言する苗木、古の神殿の鍵となる聖石、等々インチキ臭い品々が恭しく陳列されていた。
そして、展示場の一番目立つ場所に園長ディオの肖像画が掲げられていた。ボディービルダーのような筋肉ムキムキのマッチョマンで、とても経営に携わる人物には見えない。
「ここの園長はどういう趣味をしてるんだ？」
クラウドは呆れ顔で館内を見回した。
「シッ。誰かいる。」
レッドXIIIは耳をそばだてた。
「‥‥し、し、しししし」
奥からフラフラとユフィが現れた。血の気の失せた顔をしている。
「こんなところにいたのか、ユフィ。‥‥どうしたんだ、真っ青だぞ。まだバギー酔いが治らないのか？」
「あ、ク、クラウド‥‥し、し、死んでるよ！奥で、人がたくさん！」
ユフィは震える指で奥を指した。彼女の言葉通りそこには、５、６人の警備員らしき人間が、折り重なるように倒れていた。彼らが絶命していることは、床に流れたおびただしい血の量で一目瞭然だった。
「変わったマテリアでも置いてないかな〜と思って入ってみたら、この有様でさ‥‥。アタシ、血みどろのスプラッタは苦手なんだよ〜。」
ユフィはクラウドの背後に隠れて、惨劇の現場を覗き見ている。
「鋭い刀傷‥‥。やはりセフィロスが‥‥」
「クラウド！見ろ！」
レッドXIIIの緊張に満ちた声を聞いて、クラウドは顔を上げた。
後ろを振り返ると、そこにセフィロスの姿があった。
「セフィロス！これもお前の仕業なのか！？なぜこんな殺戮を繰り返す！？」
クラウドの問いにセフィロスは答えず、反対に質問を投げかけてきた。
「‥‥黒マテリアはどこにある？」
「なんのことだ！？何を言っている！？」
「黒マテリアを‥‥」
そう言った次の瞬間には、セフィロスの姿は幻のように消え失せていた。
「き、消えちゃったよ。なんなのさ、アイツ？」
セフィロスを初めて見たユフィは、きょとんとしている。
「セフィロスはなんの話をしていたのだ？黒マテリアとか言っていたが、なんことだ。」
レッドXIIIは答えを求めるようにクラウドを見た。クラウドは首を振った。
「知らない。聞いたこともないな。マテリアコレクターのユフィなら何か知ってるんじゃないのか？」
「おいっ。アタシのことはマテリアコレクターじゃなくてマテリアハンターって呼べよっ。」
ユフィは妙なところにこだわった。
「黒マテリアねえ。アタシも聞いたことないよ、そんなマテリア。ん〜？アタシが探してる究極のマテリアとは、関係ないよねえ？」
「セフィロス‥‥何を考えている？」
クラウドは独り言のように呟いた。
その後、降ってわいたような無差別殺人事件にゴールドソーサーは一時騒然としたが、夜が明ける頃には娯楽の殿堂として平常通りに運営されていた。
事件を聞いて駆けつけた園長ディオは、よくぞ犯人を撃退してくれたとクラウド達に感謝した。別に感謝されるようなことは何もしていないと、誤解を解こうとしたクラウドだが、ディオは、
「謙遜するな、少年よ。」
と、まるで人の話を聞かない。
「いいじゃん。ここで恩を売っとけば、あとでゴールドソーサー遊び放題のゴールドチケットでもくれるかもしれないよ。あ、それよりマテリアの方がいいなあ。ここの園長ってヘンなアイテムのコレクターみたいだから、変わったマテリアの一つや二つ持ってそうだしね。」
ユフィは好き勝手なことを言っている。
「さて、これからどうするのだ、クラウド？」
レッドXIIIは訊いた。
「他のみんなと合流してすぐに出発しよう。」
「行き先は？」
「西だ。今はひたすら西を目指すしかない。」
この不毛な鬼ごっこを早く終わらせなければ――。
クラウドの心は、すでにセフィロスを追い始めていた。
「‥‥ボクの占いによるとですなあ、西はあまりええ方角やないと出てるんですわ〜。ホンマ、大当たりや。」
ケット・シーの口調はどことなく自慢げだった。
「なに威張ってやがる。こうなったのも、元はと言えばてめえのせいじゃねえかっ。」
バレットはケット・シーをギロッと睨んだ。
ゴールドソーサーを出発したクラウド達は、しばらく進んだところでバギーカーがトラブルを起こし、立ち往生していた。
「ただでさえ定員オーバーなところにお前みたいなデカ物が乗り込んだせいで、バギーの調子が悪くなったんじゃねえかよ。ロボットなら走ってついて来やがれ！」
「そんなことしたら、ボクの方がオーバーヒートしてしまいますわ。無体なこと言う人やなあ。それにロボットなんて無味乾燥な呼び方して欲しゅうないですわ。ボクはトイザウルスという型なんです。」
「知るか、んなもの！」
「二人とも、ここで言い合っても仕方ないでしょ。」
ティファは二人の間に割って入った。
「とにかく修理することを考えないと。この近くに町か村はないの？」
「確かこの近くに、ゴンガガっちゅう小さな村があったはずですわ。そこに行ってみたらどうです？」
ケット・シーの提案で、ゴンガガ村に立ち寄ることになった。動かないバギーを押して行くのは大変な作業だったが、なんとか村の手前まで辿り着いた。
ゴンガガ村はひっそりと静まり返り、誰も住んでいない村のようだった。村の入り口付近に墓地があり、その中の墓の一つの前で初老の男性が頭を垂れて祈っていた。
「あの、すみません。この村でバギーの修理をしてくれるようなところはありませんか？」
ティファは尋ねた。
「‥‥なんだね、あんた達は？」
ティファは事情を説明した。
「あいにくだが、ここには修理屋はないよ。しかし、私の家に行けば工具箱があるからよかったら使わせてあげよう。」
初老の男性の後について、クラウド達は村へ入った。
ゴンガガは廃墟の村と呼んでもおかしくないほどに荒れ果てていた。壊れかかって傾いた家々、枯れた花壇、倒れたレンガの壁。そしてなぜか、金属片や鋼鉄の柱があちらこちらに散乱していた。
「まるで竜巻でも通ったあとみたいじゃん。」
ユフィは道に転がる鉄クズを蹴っ飛ばした。
「竜巻か。そんな自然現象が原因なら諦めもつくというものだがね。ほら、あれが原因だよ。」
男は村の向こう側を指さした。見ると、村から少し離れた場所に、建物が半分吹き飛んだ魔晄炉があった。
「あのゴンガガ魔晄炉がメルトダウンとかいうやつを起こして大爆発したんだ。もう数年前の話だが、未だに村はこの有様だよ。」
初老の男性の家に着いた。男が物置から取り出してきた工具箱を、バレットが受け取った。家の前で早速修理に取りかかる。
「‥‥ここも北コレルと同じだぜ。神羅に利用され、見捨てられた村の一つだ。」
バレットはバギーの修理をしながら、怒りに顔をゆがめた。
エアリスとティファ以外の者も、ここへ来るまでの道のりの中で、バレット本人から彼の過去にまつわる話を聞いていた。
「用がなくなれば切り捨てる。それが奴らのやり方だ。」
クラウドは原型をとどめないほどに壊れた魔晄炉を見つめた。
「村の入り口にあったたくさんのお墓‥‥。あれは魔晄炉の爆発事故で死んだ人達のお墓なのね。」
ティファは胸の奥がキュッと痛む気がした。
「さあ、あんた達。長旅で疲れてるだろう。お茶でもどうだい。」
家の中から男性の妻らしい女性が、ティーカップとポットの乗ったトレーを持って出てきた。
カップにお茶を注ぎ一人一人に手渡していた女性は、クラウドの顔を見てその手を止めた。
「あんた‥‥その目の輝きはソルジャーさんだね？」
「何？ソルジャーだって？」
妻の言葉を聞いて、男性は自分の額をぶつけんばかりにクラウドの顔をのぞき込んだ。
「本当だ。なあ、あんた。ソルジャーならわしの息子を知らんかね？ザックスというんだが。」
「ザックス‥‥？」
「確かソルジャー・クラス１ＳＴだったはずだ。」
「さあ、聞いたことのない名前だな。クラス１ＳＴなんてそうたくさんはいないはずだが、俺は知らない。」
クラウドは首を振った。
「そうか‥‥。１０年も前に、こんな田舎じゃ暮らせない、都会に出てソルジャーになる、と言って家を飛び出したままなんだ。」
「本当に親不孝な息子だよ。年に一度、手紙をよこすだけなんだから。だけどその手紙も、５、６年くらい前からパッタリと来なくなってねえ。一体今頃、どこでどうしているのやら‥‥」
妻は寂しげにため息をついた。
「ザックス‥‥。知らなかった。ここがザックスの生まれ故郷だったなんて‥‥」
エアリスは呟いた。
「うちの息子のことを知ってるのかい？」
エアリスの言葉を聞いて、妻の顔がパッと輝いた。
「あ、でも知ってると言ってもほんの顔見知り程度で‥‥」
「７年前くらいに来た手紙の中で、ガールフレンドが出来たみたいなことが書いてあったけど、あんたのことじゃないのかい？」
「え！？まさか、そんな親しい間柄じゃないよ。」
エアリスは真っ赤な顔をして否定した。
「でもエアリス、顔赤いよ〜？そのザックスってヤツと、なんかあるんじゃないの？」
ユフィはニヤニヤしながら訊いた。
「もうっ、ヘンな勘ぐりしないで、ユフィ！」
エアリスは照れ隠しに、バシンッとユフィの背中を叩いた。ユフィは痛さのあまり辺りをピョンピョンと跳ね回った。
「んん〜？な〜んかワケありなそうな雰囲気ですなあ。」
ケット・シーも興味津々といった感じでエアリスを見た。
しかし、ザックスという名前に平常心を失ったのは、エアリスだけではなかった。
「どうした、ティファ？」
クラウドは体が強ばったように立ちつくすティファに声をかけた。。
「え？な、なんでもないわ。気にしないで。」
「だけど、顔色が悪いぞ。」
「大丈夫よ。本当になんでもないの。旅の疲れが出たのかもね。ありがとう、クラウド。心配してくれて。」
ティファは無理矢理笑顔を作った。
バギーの修理が終わる頃には陽はすっかり暮れていた。クラウド達は男性の厚意で、彼の家に一晩泊めてもらうことになった。
食事が済み、みんなが眠りについた頃、エアリスは家の外へ出た。月夜の晩で、表はとても明るかった。
エアリスは村の広場に向かい、壊れて水の出ない噴水のへりに腰掛けた。夜空を見上げ、月の眩しさに目を細める。
「何してるんだ？」
振り返ると、クラウドが近付いて来るところだった。
「月光浴してるの。なんとなく眠れなくてね。クラウドこそ、何してるの？」
「俺も似たようなもんだよ。なんだか寝付かれなくて窓から外を眺めていたら、エアリスが出て行くのが見えて追いかけて来たんだ。」
クラウドはエアリスの隣に腰を下ろした。
「それにエアリス、昼間様子が変だったし気になってさ。」
「様子がヘン？あ、ザックスのことか。あれはね、前にクラウドに話したことあったでしょ、私の初恋のソルジャーの話。それがザックスなの。まさかあの家がザックスの家だなんて思わないから、ビックリしちゃって。」
「そうだったのか。ソルジャー・クラス１ＳＴのザックス、か。悪いけど、やっぱり覚えがないな。」
「いいのいいの。ただ行方不明みたいだから、ちょっと心配なだけ。５年くらい前に仕事で出かけるって聞いて、それっきりミッドガルでは見かけなくなってたんだけど、実家にも連絡がないなんてどうしちゃったのかな。」
「心配だな。」
「ん〜、でも彼のことだからなあ。ザックスってね、女の子なら誰にでも優しい、はっきり言って女好きな人だったの。だからきっと、どこかのかわいい女の子と仲良くなって、同棲生活でもしてるんじゃないかな。うん、それってあり得そう。」
エアリスは一人納得したように頷いた。
「でも、なんだか不思議な感じ。自分が今いるところが、ザックスの生まれ故郷だなんて。ザックス、ここで育ったんだ‥‥。どんな子供だったのかなあ。」
エアリスはゴーストタウンのような村を見渡した。初恋の人の故郷にいることが、少なからず嬉しいようである。
「‥‥」
クラウドはそんなエアリスの横顔を見つめていたが、エアリスがこちらを向き、視線が合った途端に顔をそらした。
「どうしたの、クラウド？あれ？もしかしてヤキモチ、焼いてませんか？んん？そこのところ、どうなのかな？な〜んて、冗談冗談っ。」
エアリスはペロッと舌を出して見せた。
クラウドは言葉に詰まって空を見上げた。
「月がきれいだなあ。」
わざとらしく言うクラウドを見て、エアリスはクスクスと笑った。
しばらく月の光を浴びた後、二人は家に戻った。
中に入ると、ティファがダイニングルームの椅子に座っていた。明かりも付けず、暗いままである。
「ザックス‥‥ソルジャー‥‥」
ティファはテーブルの上に顔を突っ伏した。
「ティファ？」
エアリスに呼びかけられ、ティファはハッとしたように顔を上げた。
「ああ、驚いた。クラウド、エアリス、何してるの？」
「ちょっと月光浴して来たの。ね、ティファ。もしかしてザックスのこと、知ってるんじゃない？」
「し、知らないわ。どうしてそう思うの？」
「だって、いかにも知ってるって顔してるよ？」
「知らないって言ってるでしょ！」
ティファの剣幕に、エアリスは目をパチクリさせた。
ティファは思いもよらず荒い言い方をした自分自身に驚き、手で口を押さえた。
「ご、ごめんなさい‥‥。どうしたのかな、私。イライラしちゃって、疲れてるのかしら。」
「平気、気にしてないよ。でも、だいじょぶ、ティファ？」
「ええ。そういえばザックスっていう人、ソルジャーになるって言って村を飛び出すなんてクラウドと同じね。」
「あの頃はそういうヤツが、たくさんいたんだろうからな。」
クラウドは肩をすくめた。
「そんなたくさんの中で、望み通りソルジャーなったクラウドってやっぱりすごいと思うわ。じゃ、私もう寝るね。おやすみ‥‥」
ティファは足早に二階へ上がって行った。
「ティファ、やっぱりヘン。だいじょぶかな。」
エアリスはティファの様子が気になった。
翌朝、ゴンガガを出発するクラウド達を、夫婦は村の外まで見送ってくれた。別れ際、妻はクラウドの手を取って握りしめた。
「まるで息子が戻って来たような気がして、嬉しかったよ。さあ、これを持ってお行きなさい。」
妻は箱の中からマテリアを一つ取り出した。防御魔法『シールド』のマテリアである。
「あの子が帰って来たら、ソルジャーになったお祝いに渡そうと思っていたものなんだけどね。あんたに上げるよ。」
「そんな、もらえないよ。」
「いいんだよ。あの子はいつ帰って来るか分かりゃしないんだからね。」
妻はクラウドの手にマテリアを握らせた。
「あんたもたまには両親の元へ帰ってやるんだよ。きっと心配してるだろうからね。」
「‥‥ああ、そうするよ。ありがとう。」
クラウドはなんとかうまく微笑むことが出来た。
夫婦に見送られ、一行はゴンガガを後にした。