ジュノンは要塞都市の肩書きに相応しく、とてつもなく巨大な砲台を有していた。キャノン砲と呼ばれるその大砲は、海に向かって砲身を構え、その射程は遥か空の彼方星の海まで届きそうなほどである。
 ジュノンの町はそのキャノン砲を挟んで向かって右側がアル・ジュノン、左側がエル・ジュノンと呼び分けられていた。
 ユフィの案内でアル・ジュノンのメインストリートに出たクラウド達は、その途端にすさまじい人込みの中に巻き込まれた。どこを向いても人、人、人でごった返している。
 何事かとクラウドは近くにいた女性をつかまえて尋ねた。
「あら、あなた達知らないの?神羅の新社長に就任したルーファウス様を歓迎するパレードよ。ほら、来たわ!」
 女性は神羅のロゴマークが入った小旗を勢いよく振った。
「ルーファウスだって?」
 クラウドは背伸びして群衆の視線の先を追った。
 軽快なマーチと紙吹雪が乱れ飛ぶ中、パレード用に飾り付けられた白い車に乗ったルーファウスが近付いて来るところだった。ルーファウスはにこやかな笑みを浮かべ、人々に手を振っている。
「あの野郎〜っ、ぬけぬけと手なんか振りやがって!」
 バレットは前に進み出ようとしたが、びっしりと埋まった人垣に遮られ一歩も動くことは出来なかった。
「なぜルーファウスはここに来たんだ?」
「よくは知らないけれど、ここから飛空艇で西の大陸に渡るそうよ。」
 女性はそれだけ言うと、またルーファウスに声援を送った。
「ルーファウスが大陸を渡ろうとしてるってことは、セフィロスはもう海を越えちゃったってことなのかな?」
 エアリスは言った。
「そうかもしれないな。やはり密航することになりそうだ。ユフィ、これからどうすればいいんだ?」
「こっちだよ。ついてきて。」
 ユフィはアル・ジュノンにあるエアポートへと、クラウド達を導いた。
 エアポート内の専用通路を通り、神羅兵の控え室へと忍び込む。ルーファウスの警護で忙しいのか、中には誰もいなかった。
「ロッカーには神羅兵の制服が入ってるから、それぞれ自分に合うサイズを探して着てよ。」
 ユフィは手近なロッカーの中をあさりながら言った。
「神羅兵に変装しろって言うのか?」
「そ。神羅兵に化けて運搬船に乗り込むの。それが一番手っ取り早いんだよ。神羅の軍隊ってのは頭数が多いだけの能なしばっかだから、2、3人兵士の数が増えたって気付きゃしないのさ。」
 ユフィ達女性陣は、控え室の奥で着替えを始めた。
 クラウドはロッカーからネイビーブルーの一般神羅兵の服を取り出した。
「神羅兵の制服か。懐かしいな。これに初めて袖を通した時は、とても誇らしい気分がしたっけ‥‥」
 だけど、いつからだろう。これを着るのが、嫌で嫌でたまらなくなったのは‥‥。
 クラウドはほろ苦い思い出をまとうような気持ちで、神羅兵士の服を身に着けた。
「‥‥なあ。俺ってすごく間抜けな格好してねえか?」
 水兵服を着たバレットは鏡の前で渋い顔をしていた。ここにある制服の中で、一番大きなサイズの制服がそのセーラー服だった。しかし、普通より一まわり以上体格が大きいバレットにはこれでも窮屈過ぎて、今にもボタンが弾け飛びそうだった。
「そんなことないわ。に、似合ってるわよ。」
 赤い隊長服を着たティファは、笑いをかみ殺しながら言った。
「うん。すっごくかわいい。バレット、それパジャマにしちゃいなさい。」
 エアリスが言うと、ティファは押さえていた笑いをプーッと吹き出した。
「あのな〜。」
 バレットはムスッとして腕を組んだ。
「さて、私はどうすればいいんだ?兵士の服を着て二本足で立てと言うなら出来ないこともないが、かなり無理があると思うぞ。」
 レッドXIIIは言った。
「警備用のハウンド犬ということにしよう。多少毛並みは変わってるが、ハーネスを着けて口にガードマスクをはめればなんとかごまかせるさ。」
 クラウドの提案にレッドXIIIは不承不承頷いた。
「仕方ないな。では犬の真似をするとしよう。」
「あんた犬じゃなかったの?でも猫でもないよね。さっきから訊きたかったんだけど、あんた一体なんなの?」
 ユフィはレッドXIIIを見れば、誰もが尋ねないではいられない質問をした。
「私は見ての通り、こういう存在だ。だったよね、レッドXIII。」
 エアリスはレッドXIIIの口真似した。レッドXIIIはニヤリと笑い、ユフィはきょとんとして首を傾げた。
 神羅兵の服に身を包んだクラウド達は、港のあるエル・ジュノンへ向かう為に駐機場を通り抜けた。
 エアリスはその途中で足を止めた。目の前には、一機の飛空艇がとまっていた。
 エアリスはこの時初めて、飛空艇という乗り物を見た。短距離用のヘリとは違い長距離の飛行が可能な、まだ世界に数台しかない空を飛ぶ乗り物。プロペラという翼を持ち、自由に空を駆ける鋼鉄の鳥。
 その巨大で雄壮な銀色の姿態に、エアリスはしばしの間目を奪われた。
「どうしたんだ、エアリス?」
 クラウドに声をかけられ、エアリスは我に返った。
「つい見とれちゃった。すごいよね。あれが空を飛ぶんだから。」
「そうだな。」
「いつか、私も乗ってみたいな‥‥」
「乗れるさ。」
「ホントにそう思う?」
「ああ。俺が乗せてやるよ。」
「クラウドが約束してくれるなら、間違いないね。一緒に乗ろうね、クラウド。」
 エアリスは微笑んだ。
 港に着いたクラウド達は、拍子抜けするほどすんなりと出航準備中の運搬船に乗り込むことが出来た。
 やがて、出航の時間が来た。錨が上げられ、運搬船はゆっくりと港を離れた。
 5人と一匹が寄り固まっているとさすがに怪しまれる為、クラウド達は適当に船内に散らばった。
 エアリスとティファの2人は、甲板にある見張り台へと昇った。
「船に乗るっていい気持ちね。なんかワクワクするなあ。」
 エアリスはすうっと潮風を胸一杯に吸い込んだ。
「‥‥」
 ティファはぼうっとした様子で、船が起こす波しぶきを見つめていた。
「ティファ、どうしたの?元気ないね。」
「えっ‥‥」
「カームでクラウドの話を聞いてからずっと元気ないみたい。もしかして今も、5年前のニブルヘイムのことを考えてた?」
「エアリス、私ね‥‥」
 ティファは何事かを言おうか言うまいか、迷っているようだった。
「私‥‥私、記憶がないの。」
「?」
 エアリスはティファの言う意味がすぐには理解出来なかった。
「カームでクラウドが話してくれた5年前の出来事‥‥。その時の事をほとんど覚えてないのよ。」
「どういうこと?」
「頭を打ったショックで一時的な記憶喪失になったんだろうって、お医者さんは言ってたわ。最初は自分の名前すら思い出せなかった。でもそのうち、傷が治るにつれて少しずつ記憶を取り戻していった。名前も、小さい頃の記憶も。だけど、5年前のあの日の事だけは、1カ所だけピースのはまっていないジグソーパズルみたいに、ぽっかりと穴があいてる感じなの。」
 ティファは手すりに寄りかかり、目を閉じた。
「あの日の出来事で鮮明な記憶があるのは、村を包む炎の熱気と、父が斬られた時に飛び散った血の赤と、怪我をした私を心配そうに覗き込んでいるクラウドの顔だけ‥‥」
「そうだったの‥‥。でも、思い出せないのも無理ないと思うよ。すごく辛い出来事だもの。きっと心が、その時の記憶を拒否してるんじゃないかな。」
「クラウドの話を聞けば思い出すかも知れないと思ったんだけど、全然ダメ。逆に違和感を感じたわ。」
 エアリスは深いため息をつくティファの手を取り、ギュッと握りしめた。
「1人で考え込んじゃダメだよ。だいじょぶ。ティファには私やクラウドやバレットが付いてるんだからね。」
「ありがとう、エアリス。でもね、たとえそれが辛い出来事でも、記憶が欠けているというのはとても不安なものなの‥‥」
 ティファは不安という言葉を口にしたが、エアリスはそれは違うのではないかと思った。ティファの横顔には、不安とは別の怯えの色のようなものが感じられた。
 ティファは何を恐れているのだろう。記憶が思い出せないことの他に、まだ何かあるのだろうか。
 その頃、クラウドとバレットとレッドXIIIは船底の貨物室で見張り番を装っていた。
 神羅兵の中に混ざってウロウロしているうちに、ルーファウスがこの船に乗り込んでいるという情報をつかんだ。ルーファウスは当初、飛空艇に乗って海を渡るつもりでいたらしいのだが、肝心の飛空艇が整備不良の為に飛べなくなったのである。
「おいクラウド!こりゃチャンスだぜ!奴がこの船に乗ってるんだ!」
 バレットは興奮気味に言った。
「だが、手出しは出来ない。逃げ場のない船の中で騒ぎを起こせば、すぐに捕まるのは目に見えてるからな。」
「チッ。目と鼻の先に奴がいるのに、指をくわえて見てるだけなんてな。」
 バレットは悔しがった。
「あ〜、まいったまいった。ハイデッカーの野郎めっ。」
 神羅兵の一人が頬をさすりさすりやって来た。
「どうしたんだ?」
 別の神羅兵が訊いた。
「どうもこうも、ハイデッカーと通路ですれ違っただけでいきなり殴りつけられたんだ。俺を殴った後も、2、3人の兵士のケツをぶっ飛ばしていきやがった。何考えてんだ、あの野郎。」
「今のハイデッカーはイライラしてるからな。近づかない方が身のためだぞ。本社の方では科学部門統括の宝条が、突然会社をやめると言い残して失踪したそうだ。ハイデッカーはその捜索もまかされたらしいんだ。」
 さらに別の神羅兵が言った。
「ああ、聞いてる聞いてる。おまけにジュノンではセフィロスらしい黒マントの男の姿が何度も目撃されながら、結局捕まえられなかったらしいからな。」
「それで野郎、カッカきてるのか。だからって俺達に八つ当たりされちゃたまんないぜ。」
 神羅兵達はハイデッカーの悪口に花を咲かせた。クラウド達は神羅兵から離れた。
「宝条が消えただって?どういうことだよ?セフィロスのことと何か関係があるのか?」
 バレットは訊いた。
「どうも事態が見えてこないな。何かが動き始めている、という感じはするのだが。」
 レッドXIIIは言った。
 その通りだ、とクラウドは思った。セフィロスだ。奴に会えばすべてが分かるはずだ。
 その時、船内に警報ベルが響き渡った。
「緊急警報、緊急警報。船内にて不審人物発見。船内にて不審人物発見。警備兵及び任務待機者は直ちに船内を捜索せよ。繰り返す――」
 神羅兵達は放送を聞くや、すぐに貨物室の外へ飛び出して行った。
「俺達のことじゃねえようだな。すると、ティファ達か?行こうぜ、クラウド、レッドXIII!」
 バレットは走り出した。
 甲板へ上がる階段のところで、エアリスとティファに出くわした。
「ティファ!エアリス!無事か!?」
「みんな!いるのね?」
 ティファはほっとしたように息をついた。それはクラウド達も同じだったが、一人メンバーが足りない。
「ユフィはどうした?一緒じゃないのか?」
 クラウドは訊いた。
「あの子なら船酔いがひどいから隠れて休んでるって言ってたけど‥‥。もしかして、不審人物っていうのはユフィのことなの?」
「それは分からない。ユフィは一体どこに隠れてるんだ?」
「バギーカーを収容するための倉庫があるらしいの。そこは陸に着くまで無人になるから、休むのには最適だって言ってたわ。確か機関室の隣とか‥‥」
 クラウド達はバギー庫へと急いだ。倉庫の近くまで来た時、悲鳴が聞こえた。ドアが開いて、傷だらけの神羅兵が這い出て来た。
「どうしたんだ!?何があった!?」
「あ‥‥あれは人間じゃない‥‥。化け‥‥も‥‥の‥‥」
 神羅兵は気絶した。
 クラウド達は部屋の中に飛び込んだ。ドアを開けてすぐのところはギャラリーになっており、そこから階段で下に降りるようになっていた。中は薄暗く、様子がよく分からない。
「ユフィ、いるのか?」
 クラウドは呼びかけた。手すりから身を乗り出して、下の暗がりに目を凝らす。
 ぼんやりとバギーカーらしきものが5台ほど並んでいるのが見えたが、ユフィがいるのかどうかまでは分からなかった。
 ティファが明かりのスイッチを探す間に、クラウド達は階段を降りていった。
「キャッ!」
 下に降りた途端、エアリスは何かにつまづいて膝をついた。よく見ると、それは倒れた神羅兵だった。
「死んでる‥‥」
 エアリスは慌てて立ち上がった。
「一体何があったんだ‥‥」
 クラウドは周りを警戒しながら剣を抜いた。
 ティファがスイッチを見つけ、パッと室内が明るくなった。部屋の様子を見たクラウド達は、慄然とした。
「何これ!」
 上のギャラリーにいるティファから驚きの声が上がった。
 神羅兵が少なくとも10人は床に倒れていた。見ただけでは生死は分からないが、皆ピクリとも動かない。
「クラウド‥‥見て。」
 エアリスは指さした。3台先のバギーカーの上に、どこからともなく湧き出るように人が現れた。銀色の長い髪、2mはあろうかという長刀を携えた人物。
「セフィロス‥‥!」
 幻覚かと思った。だが、目の前にいるのはまぎれもなくセフィロスだった。本当に彼は生きていた。
「こいつがセフィロスなのか!?い、一体どこから現れたんだよ!?」
 バレットは慌てふためいた。
「セフィロス!これもお前の仕業なのか!?どういうつもりなんだ!何をする気だ!」
「‥‥誰だ?」
 セフィロスは抑揚のない声で訊いた。
「俺を忘れたなんて言わせないぞ!クラウドだ!ニブルヘイムのソルジャークラウドだ!」
 クラウドはバギーの上に飛び乗り、同じ目の高さで向かい合った。
「時は‥‥」
 セフィロスは呟いた。
「時は満ちた‥‥」
「何!?」
「待っている‥‥約束の‥‥地。」
 セフィロスとクラウドの目が合った。セフィロスがさらに何か呟いた。それは口の動きだけで、声にはならなかった。
 セフィロスは長い髪をバッとはねのけるようにして背を向けると、現れた時と同じように瞬時にして姿を消した。
「消えやがった‥‥。どうなってんだ?」
 バレットは夢でも見たのではないかと、何度も目を瞬かせた。
「あれがセフィロスなのか。身がすくむほどのすさまじい威圧感だったな‥‥クラウド?」
 レッドXIIIは凍り付いたように立ちつくすクラウドに声をかけた。
 クラウドは弾かれたように振り向いた。どことなく目の焦点が合っていない。
「どうしたんだ?」
「‥‥いや、なんでもない。やはりセフィロスは生きていた。この目で見るまでは半信半疑だったが、本当に奴は生きていたんだ。」
「チラッと見ただけだが、野郎が並の奴じゃねえってことはよく分かったぜ。神羅のクソ野郎共よりヤバイ相手だってこともな。」
 バレットは右腕の銃を見つめ、左手でポリポリと頭を掻いた。攻撃の隙がありながらセフィロスの存在感に圧倒され、まったく身動きが出来なかった。
「『時は満ちた』とか言っていたな。どういう意味だ?」
 レッドXIIIは言った。
「分からない。だが、奴が約束の地を探していることがこれではっきりした。」
「野郎、最後になんか呟いてたよな。ありゃなんて言ってたんだ?」
「リユニオン‥‥」
 バレットの問いにエアリスが答えた。
「なんだそりゃ?」
「知らない。でもあの人確かにそう言ってた。『リユニオン』って。」
 しばしの間、場に沈黙が流れた。
「‥‥ねえ、そういえばユフィはどこ?」
 ティファが言った。
「まさかセフィロスに‥‥」
 突然、ドアがバンッと開いた。
「はう‥‥気持ちワル‥‥。あれ?みんな何おっかない顔して武器構えてんの?‥‥うぷっ。あ、ダメだ‥‥」
 ユフィはくるりと向きを変えると、洗面所のある方向へ走り去って行った。
 それから5分後、運搬船はコスタ・デル・ソルの港へ入港した。船が港に接岸するやいなやバギーカー搬入用の扉が開き、一台のバギーが飛び出した。
「おい!まだバギーの揚陸許可は出ていないぞ!」
 作業員の制止を振り切って、バギーカーはコスタ・デル・ソルの町中へと消えていった。
 運搬船から降りたルーファウスは、ハイデッカーと共に港に隣接するヘリポートへと移動した。
「船にセフィロスが乗っていたらしいな。」
 ルーファウスは葉巻に火を付け、一息吸った。
「はい。そのような報告を受けております。」
「クラウド達も乗っていたそうだな。おまけにバギーカーを盗まれたとか。」
「ガハハハハッ‥‥まったくとんでもない奴らで‥‥」
「大口開けて笑っていられる状況かな、ハイデッカー。これは大変な失態だぞ。」
「‥‥はい。申し訳ありません。」
 ハイデッカーはしゅんとうなだれた。
「もう親父の時のようにはいかないということを、ここではっきり言っておく。能力のない者は神羅にはいらない。そんな輩は私はいつでも切り捨てる。」
 ルーファウスは吸ったばかりの葉巻を、指で弾いて海に捨てた。ハイデッカーはその葉巻に自分の姿を重ねたのか、実に情けない目でその行方を追った。
 ルーファウスは待機していたヘリに乗り込んだ。
「君のこれからの仕事ぶりに期待しているよ。」
 ルーファウスを乗せたヘリは、空へと舞い上がって行った。
 ヘリを見送ったハイデッカーは、とぼとぼと歩き出した。が、そばにいた神羅兵に近付くと、いきなり顔面にパンチをくらわせた。殴られた神羅兵は大の字にのびてしまった。さらにその隣にいた兵士の襟首をひっ掴み、力任せに海に放り込んだ。
 それで気が晴れたのか、ハイデッカーはさっきまでとはうって変わった軽い足取りで歩き去って行った。


 コスタ・デル・ソル。世界随一のリゾート地として有名な場所である。照りつける太陽、白くきらめく砂浜、肌をくすぐる潮風。他の土地では味わうことの出来ない解放感がここにはあった。
 また、ジュノンが要塞都市と貿易都市の二つの顔を持つように、このコスタ・デル・ソルも西の大陸の玄関口として、重要な役割を担う港町の一面を持っていた。
 運搬船からバギーを失敬し、まんまと脱出したクラウド達だったが、すぐに町を出た訳ではなかった。彼らはこの町で一番安い宿屋に潜り込んでいた。
 それというのもユフィの船酔いが回復せず、このまま放り出す訳にはいかなかったからである。
「うっぷ。船から降りたはいいけど、まだ揺れてる気分だよ。もうゲーロゲロのリバースリバースで大変‥‥うぷっ。」
 ユフィは青い顔をしてトイレに駆け込んだ。
「ったく、とんでもないヤツをしょいこんじまったな。こんなに船に弱いヤツを初めて見たぜ。」
 バレットは呆れ気味にユフィの姿を見送った。。
「そういえば、俺の知ってる神羅兵にもものすごく乗り物に弱いヤツがいたよ。車に5分乗っただけで真っ青になったりしてたな。」
 クラウドは懐かしそうに言った。
 トイレから出たユフィは、ティファに支えられてベッドに戻った。
「ユフィ、俺達はこんなところでのんびりしてる時間はないんだ。明日にはここを出発する。宿代は俺達が出すから、お前は船酔いが治るまでここで休んでろよ。」
「はう‥‥待ってよ。アタシもあんた達と行くよ。」
 クラウドは目を丸くした。
「なんだって?どうして?」
「どうしてって、そりゃ‥‥う〜ん、あんた達には話してもいいか。アタシ、実はマテリアハンターなんだ。未だかつて、誰も見たことがないっていう究極のマテリアを捜して旅してるんだよ。」
「究極のマテリア?なんだ、それは?」
「誰も見たことがないって、今言ったろ〜。んなもの見つけてみなけりゃ、どんな代物か分かんないよ。とにかく、アタシのマテリアハンターとしてのカンが、あんた達について行けば究極のマテリアに辿り着くことが出来るって言ってるんだ。」
「俺達は物見遊山で旅をしてるんじゃない。神羅を敵に回しているだけでなく、他にもセフィロスみたいな手強い奴を相手にしてるんだ。」
「あんた達の事情はよく知らないけどさ、アタシだってお遊びで究極のマテリアを捜してるわけじゃないよ。それに、アタシんちはニンジャの家系だからね。一緒に連れて行けばこれほど強力な助っ人はいないよ!」
 ユフィはシュシュシュッと手裏剣を投げるフリをしたが、あまり強力そうな攻撃には見えない。
 どうする?とクラウドは仲間達を振り返った。他の仲間達も当惑げにそれぞれ顔を見合わせた。
「あんた達がなんと言おうと、アタシはついて行くからね!絶対ぜーったいだからね!うぷっ。」
 ユフィはそれだけ宣言すると、枕に突っ伏した。
 クラウドはやれやれと肩をすくめ、ユフィのための薬を買いに町へ出ることにした。エアリスが一緒に行くと言って、彼について出て行った。
「ティファ、お前は行かなくていいのか?」
 クラウドとエアリスが出て行くのを見届けたあと、バレットは言った。
「どうして?二人いれば十分じゃない。」
「二人きりになっちまうってことさ。」
 バレットはニヤニヤと笑った。
「何を訳の分からないこと言ってるのよ。ほら、タオルを濡らす水を換えて来てよっ。」
 ティファはむくれたように水の入った洗面器を突き出した。
 床の上で丸くなっていたレッドXIIIが立ち上がり、ドアの方へと歩いて行った。
「どこに行くの、レッドXIII?」
「私もクラウド達に付き合おうと思ってな。二人きりより、二人と一匹の方が安心だろう?」
「安心って何がよ!?もうっ!」
 ティファはそっぽを向いた。
 クラウド達はビーチのそばにあるドラッグストアで薬を買った。店からはビーチを一望することが出来た。砂浜の輝く白と、海の深い青の絶妙なコントラストが目に美しかった。
「海、気持ちよさそうだね。私も陽に焼こうかな。私の肌って白すぎるでしょ?」
 エアリスは細い腕を太陽にかざした。
「俺はどっちかと言うと、肌は白い方が好きだけど‥‥あっ、いや、飽くまで俺の好みだ。気にしないでくれ。」
 クラウドは慌てたように言った。
「ふ〜ん、そうなんだ。参考にしとくねっ。」
 エアリスはどことなく嬉しそうだった。
「私には肌を焼くなんてことはまず無理だな。デリケートな赤鼻が乾ききってしまう。」
 レッドXIIIはビーチで思い思いに体を焼く人々を眺めた。その中の一人に目がとまった。
「宝条がいる‥‥」
「何だって!?」
「どこ!?」
 クラウドとエアリスはビーチに視線をさまよわせた。
「こっちだ!」
 レッドXIIIは砂浜に飛び出して行った。
 宝条は赤と白のカラフルなビーチパラソルの下で寝そべっていた。サングラスをかけ派手なウインドブレーカーを来た姿は、研究室にいた時とは別人のようだった。
「宝条!」
 宝条はサングラスを持ち上げ、眩しそうにクラウド達を見上げた。
「おや君は‥‥クラウドとかいう元ソルジャーだな。それに実験サンプルと古代種の娘か。久しぶりだな。」
「こんなところで何をしている!?」
「見てのとおりの日光浴だよ。たまにはこうして研究室の外に出て、陽の光を浴びるのもいいものだな。」
「ふざけるな!真面目に答えろ!お前の目的はなんなんだ!?」
「私の目的は君達のそれと同じだと思うが。」
「セフィロス、か?」
「君達は逢えたのかね? セフィロスに?」
 クラウドは運搬船の中で、セフィロスと出くわしたことを話した。宝条は興味深げに話に聞き入っていた。
「なるほど。おもしろいな。ん?‥‥そうか。」
「何だ?」
「今、一つの仮説を思いついたのだが‥‥。クラウド、君は時々何かに呼ばれている、と感じることはないかね?あるいは、どうしてもある場所に行かねばならないという気になる、とか‥‥」
「俺はセフィロスが行く場所ならどこへでも行くさ。」
「なるほど、ソルジャーか。クックックッ‥‥おもしろい。どうだ君、私の実験サンプルにならんか?」
「‥‥今のは質の悪い冗談だと思って聞き流しておく。行こう、こんなイカレ科学者と話しても時間の無駄だ。」
 クラウドは宝条に軽蔑を込めた一瞥をくれて、歩き出した。
「待って、クラウド。宝条博士に訊きたいことがあるの。」
 エアリスはクラウドの腕を取って引き留め、宝条のそばに屈み込んだ。
「何だね?古代種の娘。」
「私、エアリス。いい加減に名前くらい覚えてよね。ね、博士、ジェノバが古代種だっていうのはホントなの?セフィロスも古代種なの?私と同じ血が流れているの?」
「古代種のことについてならガスト博士に訊くがいい。彼はその道の権威だ。」
「そのガスト博士はどこにいるの?」
「‥‥君はガスト博士のことを知らないのか?ふむ‥‥。彼ならもう死んだよ。」
「死んだ人に訊くことなんて出来ないじゃない!からかってるの!?」
 エアリスは怒って立ち上がった。
「言っただろう。こいつと話しても無駄だよ。」
 クラウドはエアリスを促して歩き出した。
「待ちたまえ。代わりにいいことを教えてやろう。ここから西へ向かえ。セフィロスは西へ向かっているはずだ。」
「なぜそんなことがあんたに分かるんだ?また俺達をだますつもりか?」
「論理的推論に基づいた結果だよ。科学者としての直感的要素も多大に含まれてはいるがね。信じる信じないは君達の自由だ。」
 宝条はサングラスをかけ、再び横になった。
 クラウド達はビーチを出た。
「宝条の話をどう思う?」
 クラウドはエアリスとレッドXIIIに訊いた。。   
「信じるのか?あんなマッドサイエンティストの言うことを。」
 レッドXIIIはナンセンスだ、と言わんばかりに首を振った。
「でも、私達をはめるつもりにしてはあまりに見え透いてるよね。意外と本心からそう思って言ってるんじゃないのかな。それが正しいかは、別にしてね。」
「そうだな。どのみちなんの手がかりもないことだし、騙されたと思って行ってみるか。」
 クラウドが言うと、エアリスとレッドXIIIは頷いた。
「西、か。一体何があるのかな‥‥」
 エアリスは、太陽がこれから帰っていく方角を遠く見つめた。
 翌日、クラウド達はコスタ・デル・ソルを発った。コスタ・デル・ソルから西へ向かうと、コレル山に行き当たる。クラウド達を乗せたバギーカーは、でこぼこの山道を進んで行った。
 ガタゴトと揺れるバギーが、何かに乗り上げたようにさらに大きく揺れた。見ると、線路を横切ったところだった。
「こんな山の中に線路?」
 エアリスは不思議そうに言った。
「石炭を運び出す炭坑列車の線路だ。今はもう使われてねえけどな。」
 バレットが答えた。
「ここに炭坑があるの?」
「コレル山は石炭が豊富な山で、この山の裾野にある北コレルの町は炭坑の町として有名だったんだ。だけど、時代のエネルギーが魔晄に移行して以来、町は見る間にさびれちまった。北コレルは炭坑でもってた町だったからな。石炭を取っちまったら何も残らねえ‥‥」
「へえ、そうなんだ。でもバレット、コレルのことに詳しいんだね。」
「‥‥」
 バレットは何も言わず、黙って前方を向いた。
 くねくねとした山道から、突然開けた場所に出た。目の前に大きくそびえ立つ魔晄炉が現れた。コレルの炭坑が衰退した後、新たに建設されたコレル魔晄炉である。
 エアリスは何気なくバレットの様子を伺った。バレットはあさってを向いている。チラリとも魔晄炉の方を見ようとしない。
「はう‥‥。き、気持ちワルイ‥‥」
 ユフィがうめいた。ようやく船酔いから立ち直ったユフィだが、くねくねの山道を揺られているうちに、今度はバギー酔いになったらしい。
 見かねたティファが北コレルの町で休憩しようと提案すると、バレットはものすごい剣幕で反対した。
「北コレルに行くなんてよせ!」
「どうしてよ、バレット?」
「どうしてってそりゃ‥‥あんなゴーストタウンに行っても仕方ねえってことさ。あの町には宿屋どころか、薬屋だってありゃしねえぞ。それより、ゴールドソーサーへ行った方がいいぜ。あそこにはちゃんとした宿泊施設も病院もあるからな。そうしようぜ、なっ?」
 結局、バレットに押し切られた形でゴールドソーサーへ向かうことになった。
「バレットの様子、なんか変だよね。」
 エアリスはティファの耳元で囁いた。
「私もそう思うわ。北コレルに何かあるのかしら。」
 エアリスとティファは訝しげにバレットの背中を見つめた。
 コレル山を越えると、コレル砂漠に出る。そのコレル砂漠の真ん中にゴールドソーサーはあった。
 ゴールドソーサーは遊園地、レース場、闘技場、カジノ、劇場などの娯楽施設がそろった一大アミューズメントパークである。
 にぎやかな音楽と、目も眩むばかりの照明に彩られた不夜城ゴールドソーサー。ここでは一日中、人々の歓声と叫喚が絶えることはない。娯楽の殿堂の売り文句を見事に体現した場所である。
 ホテルや医療施設、飲食店街、ショッピングモールなども完備され、ゴールドソーサーそれ自体が一つの町と言える。
「すごいな〜。こんな場所があったなんて。」
 エアリスは園内に入ってからというもの、ぽかんと口を開けっぱなしだった。
 一行はホテルに部屋を取り、乗り物酔いでよろよろになったユフィを休ませた。
「くそ〜。せっかくゴールドソーサーに来てるってのに、バギー酔いで動けないなんて〜っ。」
 ユフィはしきりに悔しがっていたが、他の面々もガタガタ山道を長時間バギーに揺られた疲れが出たのか、遊園地やカジノへ繰り出すなどということはせず、すぐにそれぞれの部屋へ引きこもった。
 全員が寝静まったと思われる夜半過ぎ、バレットが自室から出てきた。誰かに見つかることを恐れるように、辺りを伺いながらそっとホテルを抜け出す。
 ホテルでは眠りについている人がいても、ゴールドソーサーは眠らない。園内はまるで昼間のような明るさだった。
 バレットはバギーに乗り込むと、ゴールドソーサーの裏口から外の闇へ走り出て行った。
 夜の砂漠を走り抜け、北コレルの町へと向かう。しかし、バレットの目的地は町ではなく、そのはずれにある墓地だった。人目を避けるように町の外側を迂回し、墓地へと入る。
 バギーから降りると、無数の墓標が立ち並ぶ中を歩いて行った。やがて、一つの墓の前で立ち止まった。
「‥‥来たぜ。何年ぶりかな。俺がこの町を逃げ出して以来だから、4年ぶりか‥‥」
 バレットは雨ざらしになってボロボロに朽ちた墓石をなでた。その拍子に、ポロッと一部が欠けた。
「本当は俺なんかがここへ来れた義理じゃねえよな。それはよく分かってるんだ‥‥」
 バレットは欠けた墓石のかけらをギュッと握り締めた。
 その時、背後に人の気配がした。バレットは銃を構えて振り返った。
「私達だよ、バレット。」
 エアリスとティファの二人が立っていた。
「エアリス!ティファ!何してんだ、こんなところで!?」
 バレットは驚いて銃口を下ろした。
「バレットがホテルを抜け出したのを見つけて、こっそり後を尾けて来たのよ。昼間様子がおかしかったから、心配になって。」
 ティファは言った。
「お墓参りに来たの?これは誰のお墓?」
 エアリスは月明かりを頼りに墓碑銘読んだ。
「ダイン‥‥とその妻エレノア。」
「‥‥俺の親友とその女房の墓だ。二人は‥‥いや、この墓地に眠るほとんどの人達は、俺のせいで死んだんだ。」
「それ、どういうこと?」
 バレットはしばらくの間、墓石を見つめて黙り込んでいたが、やがてポツリポツリと話し始めた。
「‥‥この北コレルは俺の生まれ故郷なんだ。俺はコレル炭坑の炭坑夫だった。北コレルは炭坑が盛んとはいえ町自体は貧しく、俺達の日々の生活も決して楽じゃなかった。特に魔晄エネルギーが発見されて石炭の需要が激減してからは、食うにも困る日があった。そんな時期に、神羅からコレル魔晄炉の建設話が持ち込まれたんだ。俺達は豊かな生活を夢に描いて、一も二もなく賛成した。俺は魔晄炉建設推進派の筆頭だった。だけどダインは、最後まで反対していた。何代もの長い年月受け継がれてきたコレルの炭坑を、ダインは捨て切れなかったんだ。俺はそんなダインや反対派の連中を、半ば無理矢理説得した。そして、魔晄炉建設にゴーサインが出された。貧しい生活とはこれでおさらば、女房のミーナにもやっと楽をさせてやれる、そう期待していた。だが‥‥」
 バレットはどすんと地面に座り込んだ。
「魔晄炉が出来上がってしばらく経った頃、北コレルの町は神羅の軍隊によって焼き払われちまったんだ。」
「どういうことなの?なぜ神羅はそんなことを‥‥」
 ティファは驚いて聞き返した。
「あとで聞いた話だが、魔晄炉で爆発事故があったらしい。神羅はそれを北コレルのせいにしやがったんだ。反対派の爆破テロだと言ってな。町の焼いたのはその制裁だったんだ。」
「何それ!ひどすぎる!」
 エアリスは憤慨した。
「俺が町の外に出ていたほんのわずかな間の出来事だった。異変に気付いて町に戻ると、すでに町中一面の火の海だった。炎から逃れたわずかな人間も、神羅兵の手にかかって殺されていた。俺も銃弾を浴びた。この右腕はその時にやられたものだ。俺はそれでも、なんとか自分の家に戻った。だが、ミーナはすでに死んでいた。俺もこのまま死ぬ。そう思った時、声が聞こえた。赤ん坊の泣き声だった。俺は泣き声に呼ばれるようにして家の表に出た。すると、ダインが家の前に倒れていた。ダインはもう虫の息だったが、その腕の中には赤ん坊が抱かれていた。ヤツの一人娘‥‥マリンだ。」
「マリン?それじゃ、もしかして‥‥」
 ティファは口元を手で押さえた。
「ああ。マリンの本当の父親はダインだ。死に際、ダインは俺の顔をジッと見つめた。何かを言おうとするみたいに口を開いたが、結局そのまま何も言わずに死んじまった。俺はマリンを抱いて、村から逃げ出した。火が消えて神羅の軍隊が引き上げたあと、一旦は町に戻った。町は惨憺たる有様だった。瓦礫の町、そうとしか呼びようがねえほどに変わり果てていた。生き残った者達でミーナやダインやエレノアや、他の犠牲になった町の住民達の墓を作った。だけど、それ以上は町にはいられなかった。これはすべて俺のせいだった。俺が魔晄炉建設に賛成しなければ、ダインの言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかったんだ。そう思うととてもじゃねえが、いたたまれなかった。俺はマリンを連れて、今度こそ本当に町を出た‥‥」
 バレットはその時のことを思い出してか、苦しそうに肩で息をした。
「知らなかった‥‥。そんなことがあったなんて。」
 ティファは初めて耳にするバレットの過去に、驚きを隠せなかった。
「北コレルを出たあと、俺は悩んだ挙げ句、使いものにならなくなった右腕を捨て、銃を取り付ける手術を受けた。こいつは俺から女房や友達や故郷を奪った神羅に復讐するための右腕。そして、そんな事態を招いた俺自身への罪の刻印なんだ。」
「罪だなんて‥‥。あの頃はみんな、神羅の甘い言葉に騙されていたのよ。バレット一人の責任じゃないわ。」
「北コレルの仲間の中には、そう言ってなぐさめてくれるヤツもいたよ。けど俺は、神羅の口車にまんまと乗せられた自分に腹が立ってしょうがねえんだ。俺って奴は、ホントにどうしようもないバカ野郎だよな、ダイン‥‥」
 ティファはバレットにかけるべき言葉が見つからなかった。背中を丸めて地面に座り込むバレットの姿が、やけに小さく見えた。
「俺はずっと考えていた。ダインは最期に何を言おうとしていたのかを。‥‥きっと、言葉で表現出来る限りのありったけの怒りと憎しみの言葉だったに違いねえ。‥‥なんで俺は生き残ったのかな。俺が死んで、ダインやエレノアが生き残るべきだったのによ‥‥」
 バレットは自嘲するように小さく笑った。
 エアリスはバレットに近付いた。そして握り拳を作ったかと思うと、いきなりゴンッとバレットの頭を力一杯叩いた。
「痛てーっ!何しやがるんだ、エアリス!?」
「エ、エアリス!?突然何を‥‥」
 ティファとバレットは、エアリスの突飛な行動に目を丸くした。
「痛かった?バレット?今の痛み、分かる?」
 殴った当の本人であるエアリスは、まるで他人事のように訊いた。
「分かるも何も、目から火花が飛び散ったぜ。」
 バレットは頭をさすった。
「バレットの心が過去の幻に囚われてたみたいだから、現実の世界に引き戻して上げたの。ね、バレット、過去は終わってしまったから過去、そして、まだ終わっていないのが今の現実。終わった過去とまだ終わらない現実。どっちを大切にするべきだと思う?」
 エアリスはバレットの傍らに膝をつき、顔をのぞき込むようにして尋ねた。
「確かにもう済んじまったことだ。でもよ、だからって忘れることなんて出来ねえよ。」
「忘れる必要なんかない。だけど、囚われる必要もない。」
 エアリスはバレットの手を取り、両手で優しく包み込んだ。
「私、そうやって過去を悔いることが、死んでしまった人への償いになるとは思わない。ここで座り込んでいても、何一つ変わらないよ。立って、バレット。まだ終わってないよ。星を救うんでしょ?そのために戦ってるんでしょ?」
 バレットは首を振った。
「今の話を聞いて分かっただろ、エアリス。俺が神羅と戦うのは星を救うのが目的じゃねえ。俺は単に神羅に復讐したいだけなんだ。星を守る戦いだなんてかっこいいこと言ってるが、結局は個人的な復讐にすぎねえんだよ。」
「それは私も同じよ。私も神羅に故郷や家族を奪われたわ。復讐の気持ちがないなんて方が嘘よ。」
 ティファは言った。バレットの心の内を聞いて、まるで鏡に映ったもう一人の自分の姿を見ているようだと思った。
「私ね、バレットの思う通りに行動することが、一番いいと思うよ。神羅をやっつけたいのならそうすればいい。やるだけのことをやって、それでもまだ自分が許せないって言うのなら、またここに来て座り込んでいればいい。座り込むことなら、いつでも出来るんだから。」
 エアリスは握っていたバレットの手を一旦離し、自分だけ立ち上がると、再び手を差し伸べた。
「行こ、バレット。」
 バレットはエアリスの笑顔を見上げた。ためらいがちにエアリスの手を握る。
「座り込むことはいつでも出来る‥‥、か。そうだよな。」
 バレットは立ち上がった。そして、ダインの墓に向き直る。
「眠りの邪魔して悪かったな、ダイン。また‥‥来るぜ。座り込むための墓参りになるかどうかは、次に来た時分かる。俺はやるだけのことをやってみる‥‥。星を救うためか、復讐のためか、そんなことは周りの奴らが勝手に決めりゃいいことだ。」
 バレットはかすかに笑っていた。
「ねえ、バレット。バレットはどう思うか分からないけど、ここに眠る人達の墓前に添える一番の花は、あなたが笑うことだと思うわ。」
 ティファは少し涙ぐんだ目で言った。
「よし、帰ろ。私達3人がいっぺんにいなくなっちゃって、今頃みんな大騒ぎしてるかもしれないよ。」
 エアリスはバレットとティファの手をつかんで歩き出した。
「なあ。そういえば、おめえらどうやって俺を尾けてきたんだ?俺はバギーでここまで来たんだぜ?まさか走って来た訳じゃねえよな?」
「あ、それはね、チョコボに乗って来たの。」
 エアリスは答えた。
「チョコボ?」
「チョコボレース用のチョコボを借りて来たの。」
「違うでしょ、エアリス。借りたんじゃなくて、チョコボ舎の前につないであったチョコボに勝手に乗って、有無を言わせず走り出したんじゃないの。それも飼育係の人が見てる目の前で。」
 ティファは事の真相を訂正した。
「ちゃんと後で返すんだから、借りたのと同じだよ。でもさすがレース用のチョコボだね。すっごいスピード。本気出せば、バギーなんてあっと言う間に抜き去っちゃうよね。あ、今度はバレットも乗ってみる?」
 しゃあしゃあと言うエアリスに、たまらずバレットは笑い出した。北コレルへ向かう時の悲壮感は、もうなくなっていた。
 3人はホッとしたのと同時に、急に疲れと眠気を感じた。彼らは再びゴールドソーサーへと戻った。
 あとはぐっすり眠るだけ。そう思っていた3人だが、長い夜はまだ終わっていなかった。




BACK INDEX NEXT