俺達は村中を捜し回った。小さな村だ。隠れる場所などないはずだった。
「いたか？」
俺は息を切らしながら走って来た神羅兵に訊いた。神羅兵は首を振った。
「めぼしいところは全部探したよ。もう村を出てるんじゃないのか？」
「それはない。近くにいるはずだ。」
特に根拠はなかったが、それだけは確信があった。
「あんた達が神羅から来たっていう兵隊達か？」
マントをはおった初老の男性が声をかけてきた。年齢の割に随分たくましい体付きをしている。村の人間ではないと一目で分かった。
「あんたは？」
「私はザンガン。旅の途中の格闘家だ。世界中に弟子が１２８人いる。この村ではティファという子が弟子になったよ。」
「格闘家か。どおりでがっしりした体格してると思った‥‥え！？ティファが格闘家に弟子入りしたって！？」
俺は意外なことに耳を疑った。
「ティファはセンスがいいぞ。彼女はきっと強くなる。」
ザンガンは素質のある弟子を発掘出来たことに、大いに満足しているようでニヤリと笑った。
「ティファが格闘家にねえ‥‥。で、それをわざわざ教えに来たのか？」
「いやいや、違うよ。あんた達がお仲間を捜していると聞いてな。もしかすると、私が見かけた人物がそうじゃないかと‥‥」
「長い銀髪の背の高い男か！？」
ザンガンは頷いた。彼はセフィロスらしき男が、この村で一番大きな建物に入って行くのを見たと言った。
「あそこか。」
村のはずれに古びた屋敷が建っており、ザンガンの言う場所はそこだろうとすぐに分かった。その建物があることを、俺はすっかり失念していた。
その屋敷を村の人々は神羅屋敷と呼んでいた。そこは昔、神羅の人間が使っていたものらしいのだが、俺やティファが子供の頃にはすでに空き家だった。
俺と神羅兵はすぐに神羅屋敷に向かった。
屋敷のドアは開いていた。と言うより、蹴破られた感じだった。恐らくセフィロスがやったに違いない。
手分けして屋敷内を捜し回ったが、セフィロスの姿はどこにもなかった。
俺は二階の隅にある小部屋で、奇妙な場所を見つけた。柱と壁の間にわずかな隙間が見えたのだ。
もしかしてと思い柱を押すと、意外なほど軽く動かすことが出来た。柱の後ろには隠し階段があった。俺は下に通じる階段を降りて行った。
三階分ほど降りた先は、薄暗い地下道の中だった。俺はかすかな明かりを頼りに、地下道を進んで行った。途中にはいくつかのドアがあったが、どれも鍵がかかっていて開かなかった。
地下道の最も奥まった部分にまたドアがあった。ドアの隙間から光が漏れている。俺はドアを開けた。
その部屋はたくさんの本棚が並んだ書斎のような部屋だった。さらに部屋の一角には、実験用のビーカーやフラスコ、顕微鏡、などのが備品が所狭しと並び、何かの研究室だったようにも見える。それらはすべて、長い年月の埃に埋もれていた。
セフィロスがいた。本棚と本棚の間に立ち、何かの本を一心不乱に読んでいる。俺が入って来たことにも気付いていなかった。
セフィロスが本の内容を所々声に出して読むのが聞こえた。
「‥‥およそ２千年前の地層から発見された仮死状態の生物‥‥その生物をガスト博士は『ジェノバ』と命名‥‥ジェノバを古代種と確認‥‥ジェノバ・プロジェクト承認‥‥魔晄炉壱号機稼働許可‥‥」
セフィロスは本を閉じ、本棚にもたれかかった。
「俺の母の名はジェノバ‥‥そしてジェノバ・プロジェクト。これは本当に単なる偶然なのか？ガスト博士‥‥なぜ何も教えてくれなかった？なぜ死んでしまった‥‥」
俺はセフィロスに近付き、優しく肩を叩いた。
「心配したぜ。急に消えたりするから。さあ、戻ろう。」
「‥‥１人にしておいてくれ。」
「セフィロス‥‥？」
「１人にしてくれ‥‥」
セフィロスはくるりと背を向けると、また別の本を本棚から取り出し読み始めた。
何を言っても聞きそうにないと思った俺は、セフィロスの気の済むようにさせておくことにした。
だが、セフィロスの様子がいつもと違うことが気になる。俺と神羅兵は交代に部屋の外で見張り番をすることにした。
セフィロスはそれから神羅屋敷にこもりきりになった。来る日も来る日も本を読みあさり、部屋の明かりは一日中煌々と灯ったままだった。
まるで何かに取り憑かれているようだ――神羅兵が呟いた言葉がやけに耳に残った。
それから数日後、神羅屋敷の居間のソファで仮眠を取っていた俺を神羅兵が叩き起こした。
「セフィロスさんの様子がおかしいんだ。来てくれ。」
俺と神羅兵は地下の書斎へと急いだ。俺は神羅兵を部屋の外に待たせて中に入った。セフィロスは部屋の奥にあるデスクに座っていた。
「誰だ！」
厳しい誰何の声が飛んだ。
「俺だよ。セフィロス。」
「フッ、裏切り者め‥‥」
俺は戸惑った。セフィロスは突然何を言い出すんだ？
「裏切り者？どういう意味だ？」
「お前達にこの星で生きる資格はない！」
「一体何の話‥‥」
「無知な裏切り者よ。教えてやろう。もともとこの星は、セトラのものだった。セトラは旅をする民族。旅をして、星を開き、そしてまた旅‥‥。辛く厳しい旅路の果てに、約束の地を知り、至上の幸福を見つける。それが彼らの一生‥‥」
セフィロスは椅子から立ち上がり、俺の方へと歩み寄って来た。その尋常ではない様子に、俺は無意識のうちに後ずさりしていた。
「だが、その中から旅を嫌う者達が現れた。その者達は旅をすることをやめ、家を持ち、安楽な生活を選んだ。星とセトラが生み育んだものを奪い、むさぼるだけで何も返そうとしない。それがお前達の祖先だ。」
セフィロスは俺の前を通り過ぎた。その時、彼の髪がひとすじ俺の手に触れた。ビリビリと電流が走るような感覚がして、思わず手を引っ込めた。まるで彼の体から、何か異様なエネルギーが放出されているような感じだった。
「昔、災害がこの星を襲った。お前達の先祖は逃げ回り、隠れたおかげで生き延びた。星の危機は、セトラの我が身を犠牲にした力で回避された。その後でのうのうと数を増やし、のさばってきたのがお前達だ。一方セトラは、こうして本の中に残るだけの種族になってしまった。」
「それとあんたと、どういう関係があるって言うんだ？」
「分からないのか？２千年前の地層から見つかり、ジェノバと名付けられた古代種。そしてジェノバ・プロジェクト。これは古代種、つまりセトラの能力を持った人間を造り出すというものだ。‥‥造り出されたのはこの私だ。」
「なっ‥‥造り出された！？」
俺は心底驚いてセフィロスの顔を見た。セフィロスは自分が口にした言葉の重大さを分かっているのか、まったくの無表情だった。
「そうだ。ジェノバ・プロジェクトの責任者ガスト博士が私を造り出した。」
「そんなことどうやって‥‥」
「私は古代種の血を引きし者。そして、この星を受け継ぐ者。今こそその正当なる権利を我が手に！」
セフィロスは踵を返すと、ズンズンと通路を歩いて行った。
「どこに行くんだ！？セフィロス！」
「邪魔をするな。私は‥‥母に会いに行く。」
追いすがろうとする俺に、セフィロスはブリザラの魔法を放った。冷気マテリアの上級魔法である。凍てつく氷の結晶をまともに食らった俺は、無様に床に倒れた。
「セ、セフィロス‥‥」
信じられない。あのセフィロスが俺に攻撃してくるなんて。
神羅兵が俺の元に駆け寄って来た。
「一体何があったんだ！？セフィロスさんがすごい形相で出て行ったぞ。」
俺自身もセフィロスの身に何が起こっているのか、皆目分からなかった。だが、一つだけはっきりと分かる。今のセフィロスはとても危険だ。何をするか見当もつかない。
「セフィロスを止めないと‥‥」
俺は体の痛みを忘れて立ち上がった。
何かとても嫌な感じがする。取り返しのつかない何かが起こりそうな、そんな漠然とした不安で胸が一杯になった。
俺達は神羅屋敷から飛び出した。
その時目の前に広がった光景を、俺は一生忘れないだろう。
村が赤く染まっていた。まるで血の海に沈んでしまったかのようだ。
もちろん、その赤は血ではなかった。炎だ。村のすべてが荒れ狂う炎に包まれていた。
「なんてことだ‥‥。セフィロスさんの仕業なのか？」
神羅兵は信じられない、というように首を振った。
村と神羅屋敷の間には少し距離があるのだが、炎の熱気は肌にしみる程感じられた。
「母さん‥‥ティファ‥‥」
俺は駆け出した。
俺と神羅兵は二手に分かれて村人の救助にあたった。だがどの家も激しい炎に遮られ、中に入ることは出来なかった。
道端には村人が幾人も横たわっていた。死んでいる者、虫の息の者ばかりだ。 彼らの傷は火事によるものだけではなかった。明らかに剣で斬られた傷跡の者がいる。
道に転がる人々の中に、ジョニーの姿を見つけた。ジョニーは袈裟斬りにばっさりと斬られ、おびただしい血を流していた。
「あ、ク‥‥クラウド‥‥。写真出来た‥‥んだぜ。」
こんな状況の中で何を言い出すのかと思えば、ニブル山へ行く前に撮った写真のことだった。怪我のせいで、思考が混乱しているのかもしれない。
「ああ、分かった、ジョニー。後で見せてもらうよ。しっかりしろ。今怪我の手当てをするから‥‥」
「きれいに撮れ‥‥てるぜ。俺‥‥名カメラマンかも‥‥」
ジョニーはこと切れた。俺は呆然とジョニーの閉じた瞼を見つめた。
「そうだ、母さんは‥‥？」
俺は我に返り、すぐさま我が家へ向かった。
俺の家も火の中だった。それでも俺は、家の中へ飛び込んだ。
「母さん！母さ‥‥」
母さんは玄関の手前の廊下に倒れていた。外へ逃げようとして、ここで力尽きたようだった。俺は母さんを背負って外へ出た。
「母さん！母さんしっかりしろよ！目を開けろ！」
母さんは息をしていなかった。鼓動も聞こえない。俺は心臓マッサージと人工呼吸を交互に施した。
反応はない。さらに蘇生術を繰り返した。
「おい！あんた！神羅のソルジャー！」
ザンガンが火の粉をかいくぐって近付いて来た。しかし俺は、ザンガンの無事を確かめるどころではなかった。
「ひどいもんだ。あんたの親玉はこの村を焼き払いに来たのか！？一体どういうつもりなんだ！」
「うるさい！黙っててくれ！俺の母親が死にかけているんだ！」
俺はすべての怒りをザンガンにぶつけるように怒鳴った。
「‥‥悪かった。手伝おう。」
ザンガンは俺に代わって心臓マッサージをした。俺は母さんに息を吹き込み続けた。
だが母さんは、とうとう息を吹き返すことはなかった。
母さんが死んでしまったという事実を、俺はすぐには受け入れられなかった。目の奥が熱くなり、胸が締め付けられるように苦しくなった。
「ひどい‥‥。セフィロス、ひどすぎる‥‥」
母さんの手をギュッと握る。まだ暖かい。これが死人の手だなんて嘘のようだ。
「‥‥すまなかったな。あんたもあの男と同じかと思ったのだ。奴をとっつかまえて縛り上げてやろうとしたんだが、この炎の中じゃ自分の身を守ることもままならん。」
「セフィロスを見たのか？奴はどっちへ行った！？」
「ニブル山の方へ向かったようだ。追いかけよう。」
「いや、あんたはここに残って、まだ生きてる村人の救助をしてくれ。セフィロスは‥‥奴は俺が片付ける。」
俺は燃えさかる炎の中を、セフィロスを追って走り出した。
村の出口まで来た時、キャーッという女の悲鳴を聞いて立ち止まった。それはティファの声にそっくりだった。
炎の向こうにティファの姿が見えた。ティファに誰かが近付ていく。セフィロスだ。
「逃げろ、ティファ！」
俺は炎をくぐり抜けて走った。セフィロスが刀を振り上げるのが見えた。
間に合わない！
その時、ティファとセフィロスの間に誰かが割って入った。ティファを切り裂くはずの刃は、その人物に食い込んだ。
「パパ！」
ティファが絶叫する。
ロックハート氏はゆっくりと倒れた。倒れながらもしっかりと自分の体で、ティファをかばっていた。
セフィロスは倒れたロックハート氏と、それに取りすがって泣くティファを見下ろしていた。その目にはまるで感情がなく、無機質なクリスタルのようだった。
セフィロスが俺の方を見た。笑っていた。
俺は背に氷を押し当てられたような悪寒を感じた。これほど恐怖を感じたのは初めてだった。
表情は確かに笑っている。だがそこには、喜怒哀楽のどの感情もない。セフィロスの魔晄の目だけが、別物のように光り輝いていた。
その笑いを見て、俺は思った。――狂っている。
セフィロスはゆっくりと背を向けると、炎の中へ歩き去って行った。
俺はティファの元へ行こうとしたが、その途端、民家が焼け落ちて道を塞いでしまった。
「ティファ！大丈夫か！？」
ティファの姿を見るのが精一杯だった。ティファは父親の腕輪を外し、自分の腕にはめた。炎のマテリアがはめられた腕輪だ、と俺は思った。
「セフィロス‥‥ソルジャー‥‥魔晄炉‥‥神羅‥‥。みんな‥‥」
ティファが振り向いた。涙に濡れた目が炎を反射し、赤く輝いて見えた。激しい怒りの色だ。
「みんな大嫌い！」
ティファはセフィロスが向かった方角へ走り出して行った。ティファが何をしようとしているのか、すぐに分かった。だが追いかけようにも道が塞がれ、通ることが出来ない。俺はやむなくぐるりと回り道をして、ニブル山へと入った。
切れたつり橋は数日前に修復済みで、すでに渡れるようになっていた。
俺は出来る限り急いだが、セフィロスにもティファにも追いつく事が出来なかった。
魔晄炉内へ入り、奥の冷却室を目指す。セフィロスの行き先は分かっている。あのＪＥＮＯＶＡの文字が書かれた扉だ。
俺は冷却室に飛び込んだ。
まずティファの姿が見えた。そしてセフィロス。やはり例の扉の前に立ち、それを開けようとしている。
「母さん‥‥俺だよ。会いに来たよ。この扉を開けておくれ‥‥」
そのセフィロスの声は、いつもとまるで違う子供のような甘えた声だった。
ティファは階段を一段一段踏みしめるようにして昇り、セフィロスの背後に迫りつつあった。
「よくもパパを殺したわね！よくも村のみんなを！許さない！」
ティファはマテリアをかざした。
「ファイア！」
炎が飛び出し、セフィロスに襲いかかった。が、基礎魔法のファイアなどがセフィロスに通用する訳はない。セフィロスはビュンと刀を一振りして、その風圧だけで炎を断ち切った。
それでもティファは、再びファイアを放とうとした。だがティファが２度目の攻撃に転じる前に、セフィロスが反撃した。
「ブリザガ！」
凄まじい冷気の波動が繰り出された。この魔法が直撃すれば、ティファの命はない。俺はティファにタックルするように飛びかかると、そのまま抱きかかえて階段を転げ落ちた。
紙一重でブリザガをかわすことが出来た。だが、ティファを見ると、後頭部から血を流していた。階段を落ちる時に、どこかに頭をぶつけたらしい。
「ティファ？ティファ！しっかりするんだ！」
俺の呼びかけに、うっすらと目を開けた。
「‥‥ピンチの時は‥‥助けに来てくれるって言ったのに‥‥」
ティファは再び目を閉じた。
俺はまさかと、祈るような気持ちで胸に耳をあてた。鼓動はあった。気を失っただけのようだ。
俺はティファを床に横たわらせた。
階段の上を見上げると、どうやって扉を開けたのか、セフィロスはすでに中に入った後だった。
俺は奴の後を追った。ティファの身は心配だったが、セフィロスをこのままにしておくわけにはいかなかった。
扉の向こうはまた別の部屋だった。たくさんの機械やコード、パイプラインで埋め尽くされている。だが一番に目を惹かれたは、部屋の中央に備え付けられた鋼鉄製の人の上半身のオブジェだった。
スチールコードが放射線状に取り付けられ、さながら銀色の翼を広げた天使のようだった。下半身の部分は人の胴体程もある太いチューブが繋がり、様々な器機に連結していた。これが単なるオブジェではなく、何かの重要な装置であることが分かった。
セフィロスはその前に立ち、抱き上げて欲しいとでも言うように両の腕を伸ばした。
「母さん、俺と一緒にこの星を取り戻そうよ。母さんの為ならなんでもするよ。俺、いいこと考えたんだ。約束の地へ行こう。２人で約束の地へ‥‥」
母さんだって？あの鋼鉄の固まりが？セフィロスはどうかしている。いや、奴がどうかしていることなど、初めから分かっていたことだ。
「セフィロス‥‥セフィロス！よくもやってくれたな！俺の家族を、俺の友達を、俺の故郷を返せ！」
セフィロスの肩が小刻みに震えている。笑っている。
「クックックッ‥‥母さん、奴らが来たよ。また奴らが邪魔しに来たんだ。母さんはその優れた知識と能力とそして魔法で、この星の支配者になるはずだった。なのに奴らが、何の取り柄もないちっぽけなあいつらが、母さんからこの星を奪ったんだ‥‥」
セフィロスはオブジェの両肩をつかみ、力任せにもぎ取った。断ち切れたコードがスパークし、オブジェからはオイルが吹き出た。目から流れ出たオイルは、まるで黒い涙のようだった。
オブジェが取り外されると、その後ろにガラスポッドが見えた。中には化学溶液に浸された女性の体が入っていた。
形は人間なのだが、青ざめた肌の色や、体中にチューブを繋がれたその姿は、人間とは違う生命体のように感じられた。頭には鋼鉄のヘッドギアのようなものがかぶせられ、顔は半分しか見えない。それにはＪＥＮＯＶＡとあった。これこそがセフィロスの言う「母」に違いなかった。
「だけど母さん。もう悲しむ必要はないんだよ。俺がいるからね。」
セフィロスは愛おしそうに「母」を見上げた。
「悲しみだと！？それなら俺の悲しみはどうなる！？家族や友達を奪われた俺の悲しみは！？あんたの悲しみと同じだ！」
「‥‥悲しみ？私が何を悲しむというのだ。私は星の支配者として選ばれし存在。お前達愚か者共から、この星をセトラの手に取り戻すために生を受けた。私はいずれこの星の支配者となるのだ。一体何を悲しむ必要がある？」
俺は俯いた。悲しみ、怒り、悔しさ、憎しみ。それらが混じり合い大きな奔流となって俺の体の中を駆け抜けていった。
「セフィロス‥‥信頼していたのに。尊敬していたのに‥‥。いや、お前はもう俺の知っているセフィロスじゃない！」
俺は背の長剣を抜いた。たとえ刺し違えても、お前を殺す！
セフィロスはゆっくりと振り返り、俺に刀の切っ先を突きつけた。
俺は剣を構え、足を一歩踏み込んだ――。
「――で？」
バレットは身を乗り出した。
「この話はそこで終わりだ。」
「はあ？」
「その先は覚えていない。」
「なにい〜！？ふざけるな！覚えていないで済むかよ！」
「ふざけるも何も、覚えてないものはしょうがないだろう。」
クラウドは肩をすくめて見せた。
「本当に何も覚えてないの？セフィロスはどうなったの？」
エアリスは訊いた。
「分からない。だが実力的に見て、俺が奴を倒せたとは思えない。」
「公式記録ではセフィロスは死んだことになってるわ。新聞にそんなことが書いてあったもの。」
ティファの言葉に、エアリスは首を振った。
「マスコミには神羅の息がかかってるんだよ。そんなの信用出来ない。」
「俺はあの時、何があったのかを確かめたいんだ。セフィロスに戦いを挑んだ俺はこうして生きている。奴は何故俺を殺さなかったのか‥‥」
「そして、私も生きてるわ。」
ティファは後頭部に手をやり、古傷に触れた。
「いろいろ変なことばかりだね。それにジェノバは？神羅ビルにいたのはジェノバなんだよね？ニブルヘイムから神羅が運んだのかな。」
エアリスは腕を組み合わせて考え込んだ。
「そう考えて間違いないだろうな。だが今度は、神羅ビルからも消えていた‥‥」
「セフィロスの仕業‥‥なのかな。やっぱり。」
「‥‥」
皆、一様に黙り込んだ。
「私‥‥」
エアリスが呟いた。全員が一斉にエアリスに視線を向けた。
「私、古代種。セフィロス、古代種。ジェノバ、古代種。まるで古代種の大安売りだね。」
「‥‥」
奇妙な間があり、次の瞬間、エアリス以外の全員が笑い出した。
「な、なんだよそれ？」
「エアリスったら、何を言い出すのかと思えば‥‥！」
「まるで野菜じゃねえかっ。」
「だって、今までツォン達から古代種はお前だけなんだって散々言われてきたんだよ。それが急に数が増えちゃって‥‥何でみんな笑ってるの？」
エアリスのおかしな一言で、部屋に充満していた重苦しさはいっぺんに解消された。エアリス１人だけがキョトンとしている。
「いろいろ考えたり笑ったりしたら、腹減ってきたな。なんか食いに行こうぜ。そんでもって、明日の朝イチでセフィロスの足取りを追って出発だ！」
バレットの提案に全員が頷いた。
「‥‥実に興味深い話だな。」
それまで床の上で丸くなり、黙って話を聞いていたレッドXIIIは、パタパタとしっぽを動かした。
翌早朝、クラウド達は宿屋の前に集まっていた。どこから調達してきたのか、バレットが古びたチョコボ車に乗ってやって来た。
チョコボとは、ひよことダチョウを掛け合わせたような黄色い羽の飛べない鳥のことである。人が１人乗れるくらいの大きな鳥だ。
そのチョコボに荷車を引かせたチョコボ車は一昔前まではポピュラーな乗り物だったのだが、車の登場により今ではあまり姿を見かけなくなっていた。
「酒場の親父にタダで譲ってもらったぜ。これからずっと徒歩で旅って訳にはいかねえからな。」
タダで？全員が不審そうにバレットを見た。
「なんだよ、その全然信用してねえ目は。同じ年頃の娘を持つ親同士、昨日一晩飲み明かしてるうちにお互い気心が知れるようになってよ、俺が旅の足を探してるって言ったら、ポンとこいつをくれたんだ。気前のいい親父だぜ。」
「単に酔っぱらって、気が大きくなってただけじゃないの？あとで返せって言われるかもよ。」
ティファはさもあり得る、とばかりに言った。
全員が乗り込みいざ出発という時、チョコボ車の行く手にスキンヘッドの男が立ちふさがった。
「お前は確かタークスの‥‥」
見覚えがある、とクラウドは思った。
「‥‥ルードだ。」
スキンヘッドの男は名乗った。
「神羅ビルで会った奴だな！さてはてめえ、エアリスを奪い返しに来やがったのか！」
バレットはチョコボ車から飛び降り、右腕の銃を突きつけた。
「いや、そうではない‥‥」
「じゃあ、何しに来やがった！」
「‥‥我々の任務は今、違う局面を迎えている‥‥。それは‥‥」
クラウド達はルードの次の言葉を待った。だが、彼はそのまま沈黙してしまった。一生懸命次の言葉を考えているようにも見える。
「ルード先輩、無理しないで下さい。タダでさえしゃべるの苦手なんですから。」
脇道からヒョイという感じで、女性が現れた。ルードと同じタークスの制服を着ている。すっきりとしたショートヘアでかわいい顔立ちをしているが、どことなく負けん気の強そうな感じのする女性だ。
「私はタークスのイリーナ。負傷したレノ先輩の穴を補うべく新たに任命されたの。半分はあなた達のおかげかな。レノ先輩が怪我をしなければ、私がタークスに加えられることはなかっただろうし。あ、レノ先輩からの伝言よ。このお礼はいずれキッチリ返す、だそうよ。」
イリーナはにっこりと笑った。
「ま、それはともかく、私達タークスの次なる任務はセフィロスの行方を追うこと。そして、あなた達の妨害をすること。‥‥あれ？ちょっと違うな。私達の妨害をしてるのは、あなた達の方だもんね。」
「イリーナ、しゃべりすぎだぞ。」
今度はツォンが姿を現した。
「彼らに我々の任務を教えてやる必要はない。」
「すみません、ツォンさん‥‥」
イリーナはうなだれた。
「お前達、こんなところで油を売っている暇はないだろう。速やかに与えられた任務の遂行に移れ。」
「はい！では私とルード先輩はジュノンへ向かったと思われるセフィロスの行方を追います！」
「‥‥イリーナ。私はさっき何と言った？」
イリーナはしまったと、手で口を押さえた。
「も、申し訳ありません！」
「もういい。行け。セフィロスを逃がすな。」
「はっ！」
ルードとイリーナは、右手を胸に当てパッと斜めに振り下ろし背中で両手を組み合わせる、というタークス式の敬礼をして走り去って行った。
ツォンは部下達の姿を見送ると、クラウド達の方を向いた。
「さて‥‥。エアリス、元気そうだな。」
「あなたの顔を見るまでは気分爽快だったんだけどね。」
エアリスの憎まれ口に、ツォンは苦笑した。
「とりあえず今のところ、君は神羅から追われることのない自由の身だ。神羅はセフィロス捜索に全力を注いでいるからな。」
「セフィロスに感謝しろ、とでも言いたいの？」
「そうではないが‥‥。では諸君、この先我々の邪魔をすることがないよう願いたいものだな。でなければ、命の保証はない。」
ツォンはルード達が向かった方へ歩き出した。数歩歩いて、振り向いた。
「エアリス、しばらくは会うこともないだろう。元気でな。」
そのまま、朝靄に飲み込まれるようにして消えた。しばらくして、ツォンが乗ったと思われるヘリの爆音が聞こえた。
「ツォンがあんなこと言うなんてね。一体どうしちゃったのかな？」
エアリスは不思議そうに首を傾げた。
「とにかく、イリーナとかいう女が口をすべらせたおかげでセフィロスの足取りがつかめた。ジュノンへ行くぞ。」
クラウド達はチョコボ車を出発させた。
軍事港ジュノン。ミッドガルからミスリルマイン山地を挟んで南西に位置する巨大な要塞都市。
もともとジュノンは、世界で有数の豊かな漁港だった。しかし、そこに地の利ありとみた神羅カンパニーが要塞都市を建設し、今日では神羅の重要な軍事拠点と、そして東の大陸の海の玄関口としての貿易港の役割も担う、ミッドガルと肩を並べる程の非常に大きな都市に成長していた。
だがその一方では海は汚れ魚は減り、ジュノンの漁業は衰退してしまった。もとからあったジュノンの町はアンダージュノンと呼ばれるようになり、ミッドガルのスラムのような陽の当たらない裏さびれた町になり果てていた。
そのアンダージュノンで挙動不審な人物が、神羅兵によって拘束された。
その人物は両腕を神羅兵２人にがっちりと押さえられ、足だけをバタつかせていた。
「離せよー！アタシが何したってんだよー！」
神羅兵に取り押さえられているのは、ボーイッシュなショートカットの１５、６歳くらいの女の子だった。
「やかましい！貨物用エレベーターの入り口を、爆弾で吹っ飛ばそうとしておいて何をしたもあるか！」
「だってこのドア開かないじゃん。しょうがないから強行手段に出たんだよ。」
「このエレベーターは一般人の使用は禁止なんだ。開かなくて当然だ！」
「じゃ、どーやってジュノンに入れってのさ〜。」
「この上にちゃんと正面ゲートがあるだろうが。何のためにあると思っているんだ。」
「正面ゲートはパスがないと通れないじゃん。アタシ密航者だからそんなもん持ってな‥‥あ、やべっ。」
「お前、やはり密航者か！来い！本部に連行してみっちり絞ってやる！」
「バカヤロー！離せ〜っ！」
女の子はさらに暴れるが、まったくの無駄な抵抗だった。
その時、彼らの目の前に突然小さな炎の固まりが現れた。さらに次の瞬間、神羅兵の１人の頭上に稲妻が落ち、もう１人は凍てつく冷気でぶっ飛ばされた。
２人の神羅兵はそのままのびてしまった。
「くそー。はずれたぜ。」
「だいぶ、コツが分かってきたみたい。」
「こんな感じでいいの？クラウド？」
背後から声が聞こえ、女の子は振り返った。
「あ、あんた達、誰？」
「気にするな。ただの通りすがりだ。」
クラウドは女の子の前を通り過ぎ、エレベーターの扉に近付いた。
「だいじょぶ？怪我はない？」
エアリスはやや呆然としている女の子に訊いた。
「え？ああ、平気平気。なんてことないよ。あんな奴ら、アタシが本気出せばちょちょいのちょいっ、で片付けられたんだけどね。でも、なんなのさ、あんた達？今の魔法、だよね？」
「そうだよ。まだ練習してる最中なんだけどね。」
エアリスはクスッと笑った。エアリスの後ろではバレットとティファが、レッドXIIIからマテリアの使い方を教わっていた。
「こんなチンケな爆弾でこの分厚い扉を破るつもりだったのか？これじゃトイレのドアだって壊すのは無理だな。」
クラウドはがらくたの寄せ集めのような爆弾を、ポイッと投げ捨てた。
「あ〜！アタシのお手製なのに〜！」
女の子は口を尖らせた。
クラウドは仲間達を扉から遠ざけ、魔法を放った。
「ファイラ！」
炎のマテリア上級魔法ファイラによって、扉に大きな穴があいた。
「ああやるんだよ。」
レッドXIIIが言うと、バレットはふんと鼻をならした。
「行くぞ。他の神羅兵が集まって来ないうちにジュノンに潜り込もう。」
クラウドは魔法によってあいた穴から、エレベーター室に入って行った。
貨物用のエレベーターは全部で六機あった。それぞれ違う場所へと通じているようである。どれに乗り込むべきか迷っていると、さっきの女の子が追いかけて来た。
「何ボケッと突っ立ってんのさ。ジュノンの町に入るにはこれに乗るんだよ！」
女の子はＮＯ.３のエレベーターに彼らを押し込め、自分も飛び乗った。
「前にも通ったことがあるから、ここのことはアタシ結構詳しいんだ。あんた達も密航する気なんだろ？ま、アタシにまかせなよ。ちゃーんと船に乗せてやるからさ。」
女の子はポンと行き先階のボタンを押した。
「俺達は人を捜してるだけだ。まだ密航すると決めた訳じゃない。それに、どうして見ず知らずの俺達に手を貸してくれるんだ？」
クラウドは訊いた。
「あんた達だって、見ず知らずのアタシを助けてくれたじゃん。それにあんた達、マテリアいっぱい持ってるみたいだしさ。ま、ホンのお礼代わりだよ。アタシ、ユフィっていうんだ。ひとつよろしく！」
ユフィはニカッと笑ってＶサインした。
クラウド達は困惑げに、この奇妙な少女を見つめた。