プレジデント神羅の前に整列させられた時、クラウドはエアリスがいないことに気付いた。
「エアリスはどこだ!?」
「彼女なら安全な場所にいる。あの娘は貴重な古代種の生き残りだ。何かあっては大変だからな。」
 プレジデント神羅はゆっくりと椅子から立ち上がり、クラウド達の方へ歩み寄って来た。
「自らをセトラと呼び、遥か数千年の昔に生き、今は歴史の中に埋もれてしまった幻の種族‥‥。それが古代種だ。」
「セトラ?あの娘がセトラの生き残り?‥‥なるほどな。」
 レッドXIIIは納得したように呟いた。
「セトラ、すなわち古代種は、『約束の地』へ通じる道を示すと言われている。我々はあの娘に多大なる期待を寄せているのだよ。」
「約束の地‥‥それは言い伝えではないのか?」
 レッドXIIIは言った。
「言い伝えの一言で無視してしまうには、あまりにも魅力的すぎると思わんかね?約束の地はこの上なく豊かな土地だと言う。土地が豊かだと言うことは‥‥」
「魔晄エネルギー、か。」
 クラウドはプレジデント神羅の言わんとすることを察した。
「なにい!?てめえら、また星の命を食い物にする気かよ!」
 バレットは怒り狂って吠えた。
 プレジデント神羅はバレットの憤慨などまるで眼中にないように、悦に入って話を続けた。
「そこでは魔晄エネルギーが、止めどなく溢れてくる。金食い虫の魔晄炉など無用なのだ。我々はそこに新たな都市、ネオ・ミッドガルを建設する。我が神羅カンパニーの栄光第2章の始まりだ。」
 バレットはプレジデント神羅の足元に、ペッと唾を吐き捨てた。
「夢みたいなことぬかしてんじゃねえよ!クソッタレめ!」
「おや、知らないのかね?最近では金と力さえあれば、夢は叶うのだよ。」
 葉巻を取り出し、火を付けた。フーッとバレットの顔に煙を吐き出す。
「我々はさらなる高みを目指す。だが、君達とはここでお別れだ。」
 プレジデント神羅は手を軽く振って、会見終了の合図を出した。
「‥‥さあ、下がれ。」
 ルードはクラウド達を追い立てた。
「待ちやがれ!俺はてめえに言いたいことが山ほどあるんだ!」
 暴れるバレットを2、3人がかりで取り押さえ、部屋の外に引きずり出した。
「次からはきちんとアポを取ってくれたまえ。私は忙しい身なのだ。」
 プレジデント神羅は悠々とデスクの椅子に座り、うまそうに葉巻を吸った。
 プレジデント神羅との会見が終わった後、クラウド達は67階の実験サンプル室隣にある軟禁室にクラウドとティファ、バレットとレッドXIIIの二組に分けて閉じこめられた。
「逃げられそう?」
 ティファは扉の様子を調べているクラウドに訊いた。
「どうかな。こじ開けるのはちょっと無理みたいだ。」
 クラウドはドンと扉を足で蹴った。
「クラウド、そこにいるの?」
 隣の独房からエアリスの声がした。
「エアリス!?無事なのか?」
「うん、私はだいじょぶ。クラウドも無事みたいでよかった。」
 エアリスの声は安堵に満ちていた。
「ありがとね。危険を冒してまで助けに来てくれて。嬉しかった。」
「ボディーガードの依頼はまだ継続中だからな。」
「ふふふ。報酬はデート一回、だったよね。」
「デート一回か。なるほどね。」
 ティファはニヤリと笑った。
「ティファもいるの?やだなあ、先に言ってよ〜。」
「あら、私のことなんか気にしなくていいのよ。そうだ、エアリス。聞きたいことがあるんだけど。」
「なあに?」
「プレジデントが言ってた約束の地って本当にあるの?」
「さあ‥‥でもこういう言葉があるよ。」
 エアリスは歌を歌うように口ずさんだ。
「『セトラの民、星より生まれ、星と語り、星を開く。セトラの民、いずれの日か約束の地へ還る。そこは至上の幸福、星が与えし定めの地』。‥‥私が知ってるのはお母さん、本当のお母さんに教えてもらったこの言葉だけ‥‥」
「どういう意味なの?」
「分からない。お母さんにも尋ねたことあるけど、この言葉の意味は人から教わるんじゃなくて、自分で見つけるものだって言われた。」
「『星と語り』って、星が何か言うのか?エアリスもそれが聞こえるのか?」
 今度はクラウドが訊いた。
「聞こえることは聞こえるの。でもはっきりとした言葉じゃない。雑踏の中にいてザワザワしてる感じかな。何を言ってるかはよく分からない。でも、これが聞こえたのは伍番街スラムの教会でだけ。ミッドガルにはもう星の声は届かないってお母さんは言ってた。」
「『いずれの日か約束の地へ還る』‥‥。セトラの民はみんな最後には約束の地へ行くってことなのか?」
「言葉を額面通りに受け取ればそうなるけど、どうかな‥‥」
 エアリスは黙り込んだ。
 ――約束の地を見つけなさい。本当の意味での、あなただけの約束の地を‥‥。
 母の最期の言葉が浮かんだ。エアリスは母の言葉の真意を、未だにつかみかねていた。
「何ゴチャゴチャ言ってんだよ、おめえら。」
 エアリスのいる房とは反対側の房から、バレットの声がした。
「約束の地が本当にあるのかなんて、結局誰にも分かんねえんだろ?でもよ、もしあるとしたらそこは魔晄エネルギーに満ちた土地で、神羅はまたそこでガンガン魔晄を吸い上げるつもりでいやがるんだ。そうなりゃその土地もいずれ枯れ果てちまう。今はっきり言えるのはそれだけはさせちゃならねえってことだ。これ以上、星が病んでいくのを放っておく訳にはいかねえ!」
 バレットは左の拳をバンと壁に打ち込んだ。
「よし!星の救世主アバランチの再結成だ!神羅のふざけた野望なんざ木っ端微塵にぶっ飛ばしてやる!メンバーは俺、ティファ、クラウドと、それにエアリスもだな。よう、おめえどうだ?」
 バレットは背を向けて丸くなって寝そべっているレッドXIIIに言った。
「何を再結成するのも君達の自由だが、ここから出られなくてはお話にならないのではないか?」
 レッドXIIIは目を閉じたまま、振り向きもせずに言った。
「‥‥ケッ、付き合いの悪い野郎だぜ。こっちは志気を高めようとしてんのによ。」
「あせるな、バレット。いずれ逃げ出すチャンスが来る。今はじっと待つんだ。」
 クラウドは壁にもたれるようにして座り、しばしの間目を閉じた。休める時に休んでおこう。すぐに行動の時は来る。
 それから数時間が経過した頃だろうか、エアリスはパッと目が覚めた。
 静かだった。無音の世界のように、何も聞こえない。おかしい。隣にある研究用サンプル室から絶えず聞こえていた研究員達の喧噪さえ聞こえなくなっている。
「クラウド、ね、起きて。」
「‥‥どうした、エアリス?」
 間もなくして、クラウドから返事があった。眠っていたらしい。
「何かおかしいの。静かすぎる。」
「‥‥本当だ。待て、これは‥‥どういうことなんだ?」
「何?どうしたの?」
「扉のロックが開いてるんだ。」
 クラウドはティファを起こし、開いた扉から外の様子を窺った。廊下の突き当たりに、誰かが倒れているのが見えた。
 側に近寄って見ると、それは軟禁室の監視人だった。死んでいた。何か獣にでも襲われたような無惨な傷跡が見られた。
「‥‥どうなってるの?」
 ティファは訳が分からない、という顔をしている。それはクラウドも同じだった。
 クラウドは監視人の側に落ちいてた鍵を拾い、エアリスとバレット達の房の扉を開けた。
「なんだ?どうやって外に出たんだ?」
 バレットは訊いた。
「気が付いたら扉のロックが外されていたんだ。」
「この傷‥‥人間業ではないな。モンスターに襲われたような傷だ。それに、異様な気配が漂っている。」
 レッドXIIIは耳をピンと立て、周囲に気を配った。
「私は先の様子を見てくる。君達も武装の用意をしておいた方がよさそうだぞ。」
 レッドXIIIは駆け出して行った。
 クラウド達は取り上げられていた武器類を取り戻すと、レッドXIIIの後を追った。
 サンプル室の廊下には、研究員達の死体が転がっていた。皆、監視人と同じような殺され方をしている。
「ひどい‥‥何が起こったの?」
 ティファはうめくように言った。
 クラウドは無言でその惨状を見やった。だが彼が一番驚いたのは、あの扉が壊されているのを見つけた時だった。
「ジェノバの部屋が‥‥」
 クラウドは、ジェノバ・サンプルが保管されていた部屋に駆け寄った。扉は外から強引に引きちぎったように破られていた。中にあったサンプルポッドも壊され、ジェノバの姿はなくなっていた。
「誰かが持ち出した?‥‥誰か‥‥まさか‥‥?」
 何かを引きずったような血の跡が、ジェノバ・サンプルの部屋からサンプル室奥の方へと続いていた。その行く先々に、死体が点々としている。
「正体不明の殺戮者の行方は、この血の跡を辿れば判明しそうだな。」
 いつの間にか、クラウドの隣に来ていたレッドXIIIが言った。
 クラウド達は血の跡を追って上の階へと上がった。68階も69階も、その場にいた人々はすべて皆殺しの有様だった。
 そして70階。プレジデント神羅の部屋に飛び込んだ。そこで見た光景は、全員がある程度予測していたものだった。
 プレジデント神羅はデスクに突っ伏すように座っていた。死んでいるのは一目で分かった。その背中には、長い刀剣が深々と突き刺さっていたからである。
「死んだ‥‥あのプレジデント神羅が、死んだ。」
 バレットは自分の目で目撃したことなのに、それでも信じられないという様子だった。
「でも、一体誰が‥‥」
 ティファはその答えを求めるように、クラウドを見た。
「セフィロスだ。この刀を扱えるのは、奴しかいない。」
 クラウドは、プレジデント神羅の体を貫いている刀を抜き取った。人の身長ほどもある長い刀。クラウドの長剣より、さらに1.5倍ほどの長さがある。セフィロスが最も得意とした武器だった。
「セフィロス!?セフィロスはやっぱり生きているのね!」
「セフィロス?誰だよ、そりゃ?‥‥おい、誰かいるぞ!」
 バレットは、柱の影に隠れていた人物を引きずり出した。
「うひょ〜!助けて!殺さないでくれ〜!」
 その人物は、宇宙開発部門統括のパルマーだった。パルマーはバレットとティファに両腕を捕まれ、ジタバタと身をよじった。
「ずっとここにいたのか?プレジデントが殺されるのを見たのか!?」
 クラウドはパルマーの胸ぐらをつかんだ。
「み、見た!セフィロスだ!奴が現れてプレジデントを殺したんだ〜!」
「セフィロスはどこへ行った!?」
「知らない〜!でも何かブツブツ言ってた。『約束の地は渡さない‥‥』とかなんとか。」
「約束の地‥‥」
「なんだ?つまりそのセフィロスって奴は、神羅から約束の地を守るために、プレジデント神羅を殺したってことか?やり方は過激だけどよ、そいつ、いいヤツじゃねえか?」
 バレットの見解は至極単純だった。
「約束の地を守る?いいヤツ?違う!そんな単純なことじゃない!奴の目的は‥‥」
 その時、部屋の真上からヘリの爆音が聞こえた。
「うひょ!副社長!ルーファウス副社長が帰ってきた〜! 」
 パルマーは腕を振りほどき、屋上へと続く階段を昇って行った。
「ルーファウス?プレジデントの息子か!そうか、あいつがいたのか!」
 神羅カンパニーのボスの死を喜んでいたバレットは、舌打ちした。
「長期出張中って聞いてたけど、戻って来たのね。」
 ティファは言った。
「あまりいい噂を聞かない人だよね。プレジデント以上に冷酷で怖い人だとか。」
 エアリスの言葉にティファ、バレットは頷いた。
「バレット‥‥星の危機だ。」
 クラウドは血の付いた刀を見つめながら言った。
「何だって?」
「‥‥本当の星の危機なんだ!」
 クラウドは刀を投げ捨て、屋上への階段を駆け上がった。
「クラウド!そりゃどういう意味だよ!おい!」
 バレット達は訳が分からず、クラウドの後を追いかけた。
 屋上はヘリポートになっており、そこに一機のヘリが着陸していた。エンジンを停止していないため、ヘリの巻き起こす風がクラウド達を直撃する。
 ヘリから降りた男とパルマーが何か話し込んでいた。話が済むと、パルマーはヘリに乗り込んだ。
「ルーファウスだ‥‥」
 バレットは言ったが、実物を見るのは初めてだった。いつもはニュースの映像でしか見ることの出来ない顔だ。
 ブロンドのオールバック風の髪型をした青年だった。年齢はクラウドと同じくらいか、2、3歳年上といったところだろうか。なかなかの美青年だが、その目は冷たく、鋭利な刃物のような輝きを放っていた。
「君達がアバランチの諸君か。初めまして、私は神羅カンパニー代表取締役社長のルーファウス神羅だ。」
 ルーファウスは恭しく礼をした。
「ケッ。親父が死んだ途端に社長様かよ!」
 バレットはふざけるな、と言いたげに怒鳴った。
「なんならここで、社長就任の挨拶でもしてやろうか?」
 ルーファウスは後ろに手を組み合わせ、クラウド達の前を行きつ戻りつ、ゆっくり歩いた。
「前社長、すなわち私の父は金の力でこの世界を支配していた。マスコミを利用し、民衆共に適度に金をバラ撒き‥‥。確かにそれは、水槽の中の熱帯魚を飼うようにうまくいっていたらしい。民衆共は神羅カンパニーに厚い信頼を寄せ、神羅によって守られているという錯覚まで起こしていたのだからな。しかし‥‥」
 ルーファウスはピタッと足を止めた。
「父のやり方では金がかかりすぎる。私はそんなまどろっこしい、無駄ばかり多い方法は取らない。私は恐怖によってこの世界を支配する。ほんのわずかな恐怖を与えるだけで、人はどうにでも扱える。私の代で、神羅カンパニーはさらなる飛躍を遂げるだろう。」
 ルーファウスは風で乱れた前髪をかき上げ、フッと笑った。
「人の話を聞いて、こんなに胸がムカムカしたのは初めてだぜ。」
 バレットは早くも攻撃の構えを取っていた。
「演説好きなところは、お父さんにそっくりね。」
 ティファはむしろ、怒ることを通り越して呆れていた。
「お前もやはり、約束の地を探すつもりなのか?」
 クラウドは訊いた。
「ああ。約束の地のおとぎ話を丸々信じている訳ではないが、親父があんなに執着していた話だからな。せめてその願いを代わりに叶えてやるのが、子の努めだろう。」
「心にもないことを‥‥。お前達神羅は、セフィロスを追うつもりなんだな?」
 クラウドはさらに訊いた。
「そうだ。あのセフィロスが生きていたとなれば、奴を追いかけることが、約束の地を探すには一番手っ取り早‥‥ん?お前、セフィロスが古代種だと知っているのか?」
 ルーファウスは少し驚いたように言ったが、彼以上に驚いたのは、バレット達の方だった。
「そりゃどういうことだ?エアリス以外に古代種がいるってのか?」
「詳しいことは後で話す。今はこいつを倒すことが先決だ!」
 クラウドは長剣を抜いた。
「初対面でいきなり倒すとは、穏やかではないな。」
 ルーファウスは慌てた素振りもなく、のんびりと言った。
「だがあいにく、君達と遊んでいられるほど私は暇な身分ではないんた。これで失敬するよ。」
 ルーファウスは離陸寸前のヘリに飛び乗り、そのまま遥か上空へ飛び去って行った。
「お前達に約束の地は渡さない!もちろんセフィロスにもだ!」
 クラウドは、消えていくヘリの機影に向かって叫んだ。
「クラウド‥‥」
 ティファは不安そうな表情で、その背中に呼びかけた。
「‥‥一刻も早く、このビルから出よう。神羅の兵が続々と集まっているようだ。」
 クラウドはティファの呼びかけには答えず、その脇を通り過ぎた。
「ティファ?」
 エアリスはじっと立ちつくすティファの腕に、そっと手を触れた。
「‥‥なんでもないの。ゴメン。大丈夫よ。」
 ティファはぎこちなく笑い、下に降りる階段を駆け下りて行った。
 クラウド達はプレジデント神羅専用のエレベーターを使い、一気に一階ロビーまで降りた。
 ビルの周りは神羅の軍によって、完全に包囲されていた。
「アリの這い出る隙間もないってのは、こういうことを言うんだな。」
 バレットは外の様子を窺い、顔をしかめた。
「まだ手はある。こっちだ!」
 クラウドはロビー奥の、展示場スペースへと走った。そこには神羅カンパニー製の最新モデルのモーターサイクルが、10台ほど展示してあった。
「乗るんだ!」
 クラウドは仲間達に、2人乗りの荷台付き三輪自動車に乗るように指示し、自らは大型のバイクにまたがった。
 自動車の運転席にティファ、助手席にエアリスが座り、後部の荷台にバレットとレッドXIIIが乗った。 
 バイクに乗ったクラウドは、勢いよくロビーを突っ走った。
 そのまま表に飛び出すのかと思いきや、バイクをくるりとターンさせ、三階までの吹き抜けになっているロビーの階段を上がり始めた。
 ティファはクラウドの行動に驚いたが、仕方なくその後に続いた。
「揺れるわよ!みんな、つかまって!」
「無茶するなよ、ティハッ。いてっ、舌噛んだっ。」
「クラウドに言ってよ!」
 ティファの操る三輪自動車は、なんとか三階ロビーまで昇りきった。
「これからどうする気なの?」
 ティファは運転席の窓を開けて訊いた。
「ハイウェイを使って逃げる。」
「どうやってハイウェイまで行くつもり‥‥。ねえ、まさか‥‥」
 ティファはクラウドの視線の先を見て、サーッと血の気が失せた。
「俺のあとに続け!」
 クラウドは目一杯アクセルを吹かすと、正面の大きなガラス窓に向かって突っ込んで行った。
 バリーンッと盛大にガラスが砕け散り、破片とともにクラウドは宙に飛び出した。
 普通ならそのまま地面に激突、ということになるはずだが、クラウドの乗ったバイクは神羅ビルに隣接するハイウェイに見事着地した。
「ビルからハイウェイに飛び移るなんて、野郎やっぱ並みじゃねえ。」
 バレットは今さらながら呆れたように首を振った。
「やるね、クラウド!さ、次はティファの番だよっ。」
 エアリスはポンとティファの肩を叩いた。
「無理よ!出来る訳ないじゃない!」
「だいじょぶ。ティファなら出来るよ。でもどうしてもイヤだって言うんなら、私が代わりにやってあげてもいいよ。ただし、運転の経験はないけどね。」
 エアリスはペロッと舌を出し、いたずらっ子のように笑った。
「もう、エアリスったら。分かった。やるしかないわね。」
 ティファは腹を決め、アクセルを思いっきり踏み込んだ。
 窓から飛び出した瞬間、ティファは目をつぶった。一瞬、無重力状態を感じたと思ったその次には、着地の激しい衝撃を感じた。
 目を開けると、ハイウェイのガードレールが目の前だった。慌ててハンドルを切り、態勢を立て直す。
「ヒュー!やるじゃねえか、ティファ!」
 荷台のバレットがバンバンと車の屋根を叩いた。
 エアリスはニッと笑ってVサインを出した。ティファは照れくさそうに、小さく肩をすくめた。
「喜ぶのはまだ早いようだぞ。お客さんだ。」
 レッドXIIIは後方を見据えながら言った。たくさんのバイクが追いかけて来る。神羅の追撃部隊である。
「追っ手は俺が始末する!ティファ達はとにかく全速力で突っ走れ!」
 クラウドは片方の手に長剣を持ち、スピードを落として追撃部隊の中に紛れ込んで行った。
 金属が擦れ合う音や火花が飛び散り、一台一台と追っ手のバイクが転倒していく。そしてさらに、倒れたバイクに後続の者達が次々と引っかかり、ハイウェイを塞いでしまった。
「これでもう追ってこれねえぜ!あばよ!神羅のクソッタレ共!ハイウェイの後片づけはきちんとやれよ!」
 バレットは中指を突き立てた。
「‥‥いや、まだだ。」
 レッドXIIIは鋭い聴覚で、何か大きい物が追いかけて来るのを聞き取っていた。
 ハイウェイを塞いでいたバイクの山が、その何かによって突破された。黒い鉄の塊のような物がどんどん近付いて来る。
「なんだ、あのバカでかい奴は?」
「大型装甲車だな。あれにはクラウドの剣もお前の銃も通用しないぞ。」
「クソッタレめ!ティファ!もっとスピード上げろ!」
 装甲車に追突されれば、この三輪自動車などひとたまりもなかった。
「これで精一杯よ!無理言わないで!」
 真夜中のハイウェイに車の姿はほとんどなかったが、それでも最高時速を出している車を運転するのは至難の技だった。ハンドルを取られないように、ティファは必死にしがみついていた。
 クラウドは装甲車の鼻先で、右に左にバイクを動かしスピードを落とさせようとするが効果はなかった。装甲車との距離は縮まる一方だった。
「クラウド!お前はマテリアを装備していたのではなかったか?なぜ使わないんだ?」
 レッドXIIIは、クラウドの長剣にマテリアがはめ込まれていたことを思い出して叫んだ。
 クラウドは首を振った。
「俺のは『回復』マテリアなんだ。攻撃用は持っていない。」
 クラウドとレッドXIIIのやり取りを聞いたエアリスは、あっと声を上げた。
「そうだ、忘れてた!」
 エアリスは布の袋を取り出し、その中をあさった。
「何をしてるの、エアリス?」
「まあ、見てて。」
 エアリスはウインクをして、窓から身を乗り出した。
 激しい風に髪をかき乱されながらすうっと一呼吸し、迫り来る装甲車を睨んだ。
「使い方がよく分からないんだけど、お願い!動けマテリア!」
 一瞬の間。
 次の瞬間、眩い閃光と共に一条の稲妻が装甲車を直撃した。その威力は凄まじく、装甲車もろともハイウェイまで吹き飛ばした。
 爆風に煽られた三輪自動車は、バランスを失い激しくスピンした。ティファは暴れるハンドルと格闘し、なんとか横転することなく車を止めることが出来た。
 クラウドのバイクも転倒を免れ、その横にすべるようにして止まった。
「す、すげえ。今のが魔法ってヤツだよな。とんでもねえぜ。」
 荷台から降りたバレットは、吹き飛んだハイウェイをのぞき込んだ。
「エアリス、すごい‥‥」
 ティファはそれだけ言うのがやっとだった。
「何なの、今の?」
 魔法を放った当の本人であるエアリスは、まるで他人事のように言った。
「『雷』マテリアの最上級魔法サンダガだ。知らないのか?」
 レッドXIIIは言った。
「うん。マテリア使ったの、これが初めてだもの。」
「どうりでおかしな使い方をすると思った。しかし、初心者なのにいきなりサンダガを放つとは、さすがはセトラと言うべきか。」
 レッドXIII半ば呆れ半ば感心していた。
「大抵の魔法マテリアは威力に応じた三種類の魔法を使うことが出来る。雷のマテリアなら、基礎魔法のサンダー、上級魔法のサンダラ、そして最上級魔法のサンダガだ。普通はある程度マテリアを使いこなしてからでないと、最上級魔法は撃てないはずなのだ。」
「へえ、そうなんだ。」
 エアリスは腕輪のマテリアホールにはめ込んだマテリアを見て、改めて感心していた。
 その姿を見て、クラウドはおかしそうに笑った。いかにもエアリスらしかった。
「でもエアリス、そのマテリアは一体どうしたの?」
 ティファは訊いた。
「サンプル室で見つけたの。せっかくだから、あるだけもらって来ちゃった。いわゆる戦利品だね。」
 エアリスは袋の中身を荷台の上にあけた。10個ほどのマテリアがころころと転がり出た。
「やるじゃねえか、エアリス。クラウド、俺にもマテリアの使い方を教えてくれよ。」
 バレットはマテリアを手に取り、珍しそうに眺めた。
「あとでゆっくり教えてやるよ。今は先を急ごう。地上の追撃はこれで完全に振り切れたが、いずれ空からもやってくるに違いない。」
 クラウドの言葉に全員が頷き、すぐに出発することにした。
 手近なランプから一般道路に降りたクラウド達は、裏道を通って六番街と七番街の境目にやって来た。スラム街からプレート街に上がった時と同じように、垂れ下がった無数のワイヤーを使って、再びスラム街へと降りた。
 スラム街の周囲に張り巡らされた鉄柵を乗り越え、ミッドガルの外に出た。
「クラウド、これからどうするんだ?」
 バレットは訊いた。
「‥‥セフィロスは生きていた。奴は約束の地を探している。俺は奴を追う。あの時の決着をつけなくてはならないんだ。」
「それが星を救うことに繋がるのか?」
「多分な。」
「よし!俺も行くぜ!星を救う戦いはまだ終わらねえ!」
 バレットは気合いを入れるかのように、ウォーッと叫んだ。
「私も連れてって。知りたいこと、確かめたいことあるから。」
 エアリスの目には、固い決意が表れていた。
「古代種のことか?」
「それもあるけど、他にもいろいろ‥‥」
 エアリスは曖昧に微笑んで見せた。
「私は故郷に帰るつもりだ。それまでは付き合ってやる。」
 レッドXIIIは飽くまでも第三者の立場を崩さず、そっけない声で言った。
「さらばミッドガル、ね。」
 ティファはそう言った自分の声が、思いもかけず沈んでいることに気付いて苦笑した。住んでいる時は大して好きでもなかった街なのに、いざ離れるとなると、どこか寂しさを感じるのだった。
「見て、朝日が昇るよ。きれいだね‥‥」
 エアリスは山の稜線から昇る太陽を見て、目を細めた。
 彼らはそれぞれの思いを胸に、優しく包み込むような朝日を浴びて、ミッドガルの荒野に立っていた。


                                   −星の囁き・END−



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