「ね、クラウド。あなたアバランチでしょ？」
エアリスは世間話でもするように、何気なく言った。
「‥‥それも女のカンってヤツか？」
「これまでの経緯を考えて、そうじゃないかなって思ったの。初めてクラウドと八番街で出会った時、あなたあの爆発騒ぎにも関わらず、平然としてたよね。周りの人達は完璧にパニックしてるのに、あまりにも冷静だったから変だなって思った。そして、翌日の伍番街の爆発事件。ニュースで言ってたけど、あれも壱番街の時と同じく魔晄炉爆破のテロだったんだってね。その爆発音が聞こえたのと同時に、あなたは教会の上から落ちてきた。爆弾を仕掛けたあなたは何か手違いで、逃げる途中に伍番街プレートから落ちたんじゃないかなと推理したの。どう？当たらずとも遠からずってとこじゃない？」
クラウドは苦笑するしかなかった。
「女探偵さんにはかなわないな。大筋はその通りだ。」
「ふふ。女のカンも大したもんでしょ。そっか。クラウド、星を守るために戦ってるんだね。」
「勘違いされると困るんだが、俺はアバランチに金で雇われた傭兵に過ぎない。神羅を倒すだの、星の命を救うだのといったアバランチの連中の主義思想に、俺はまったく興味はない。」
そっけなく言うクラウドを、エアリスはきょとんとして見た。
「ふーん。クラウドって意外とクールなんだね。でも、それでいいんだよね。人にはそれぞれ生きる道、信じる道があるんだし、クラウドはクラウドの思った通りに行動すればそれでいいと思うよ。」
エアリスは屈託のない笑顔を見せた。クラウドはなんだか変な気分がしていた。てっきり、冷たいと非難されるかと思っていたのだ。
２人の間にしばし沈黙が流れた。やがて、ふと思い出したようにエアリスが言った。
「そう言えば、クラウドもセフィロスに憧れてソルジャーになったんだね。」
「クラウドも、ってどういう意味だ？もしかして、あんたの知り合いのソルジャーもそうなのか？」
「彼もクラウドと同じこと言ってた。セフィロスは俺の憧れだ、ってね。」
「セフィロスはみんなの英雄だったからな。奴に憧れてソルジャーになった者は少なくないはずだ。」
英雄セフィロス。ソルジャーの中のソルジャーと呼ばれ、数々の伝説を作り上げた男。戦場にあって彼の登場は味方に勇気を奮い起こさせ、敵に闘争心を失わせた。
クラウドの脳裏に、炎の中に佇むセフィロスの姿が浮かび上がった。銀色の長い髪が風に揺れる。その手には戦場で数多の敵を斬り倒してきた、愛刀正宗が握られていた。
セフィロスがゆっくりとこちらを向く。笑っている。笑うことなど滅多にないセフィロスが見せた笑い。狂気に満ちた笑い。
クラウドは頭を振って、その映像を消した。
「あんたの知り合いのソルジャーって、恋人なのか？」
「ち、違う違うっ。」
エアリスは真っ赤になって否定した。
「そんなにムキにならなくてもいいと思うが？」
「もうっ、意地悪だなあ〜。ホントに違うんだよ。ただ、ちょっといいなって思ってただけ。いわゆる初恋の君、なのかな。もう五年も前の話なんだけどね。齢２２にもなってまだ初恋の人のことを思ってるなんて、意外とかわいいとこあるでしょ。」
「自分で言うなよ。」
クラウドはくすくすと笑った。
「その初恋のソルジャーは、今どうしてるんだ？」
「分からないの。五年前に仕事で遠いところへ出かけると聞いたきり、見かけなくなっちゃった。他の街に移ったのかもね。あの時は悲しくてずいぶん泣いたな。」
エアリスはその頃の傷心を思いだしてか、少し切ない表情になった。
「そう言えば、セフィロスと組んでの仕事だって言ってとても張り切ってたみたい。憧れの人との仕事でよほど嬉しかったんだろうな。」
「セフィロスと‥‥？」
クラウドは訝しげにつぶやいた。
「何か気になることでもあるの？」
「いや、なんでもない。ところでエアリス、あんたが２２歳ってのは本当なのか？」
「そうだよ。それがどうかした？」
「いや。見かけによらず、歳食ってるんだなと思ってさ。」
「歳食って‥‥。ちょっとクラウド！女性に対してとっっっても失礼な言葉だと思わない！？」
「ご、ごめん。俺より年上だったから、ちょっと意外だったんだ。」
「私が年上？クラウド、いくつなの？」
「年上といっても、たった１歳だけどな。俺は２１だよ。」
「そっか。私の方が年上なんだね。でも、姉さん女房っていうのもいいかもね。」
「あ、姉さん女房？」
クラウドは素っ頓狂な声を上げた。エアリスはおかしそうに笑った。
その時、クラウドの目の端に何かが映った。公園前の道を、長い黒髪の女性が走り抜けていく。
「ティファ！？」
クラウドは立ち上がった。エアリスはクラウドの視線の先を追った。
「あの人がティファさん？きれいな人だね。でも、なんだかすごく慌ててるみたい。それに顔色が真っ青。何かあったのかな。」
エアリスはピョンと滑り台から飛び降りた。
「クラウド！早く追いかけよう！」
エアリスはティファが走り込んでいった七番街へと通じるゲートに向かって走り出した。
「エアリス！あんたには関係ない！ここから帰れ！‥‥て言って聞く人じゃないよな。」
クラウドは諦め気味に言うと、エアリスの後を追いかけた。
「ティファさーん！」
ティファは名前を呼ばれて振り返った。見知らぬ女性が追いかけてくる。
「何かあったの？」
「え？あなたどなた？」
ティファは走るスピードを緩めず訊いた。
「私エアリス。クラウドの知り合いなの。」
「クラウドの？あ、クラウド！？」
ティファはエアリスの後ろから走ってくるクラウドの姿を見て、足を止めた。
「クラウド！無事だったのね！よかった‥‥。心配してたのよ。もう生きてないんじゃないかと思って‥‥」
ティファはクラウドの側へ駆け寄り、涙ぐんだ目で見つめた。
「俺は大丈夫だ。エアリスに助けてもらった。」
「エアリスさんに？ありがとうエアリスさん。クラウドの命の恩人だわ。」
「エアリス、でいいよ。それにクラウドの命を救ったのは、お花畑だもの。私は何もしてないよ。」
「はあ、お花畑‥‥」
ティファはキツネにつままれたような顔をしている。
「それよりティファ、何かあったのか？」
「そうだ！大変なのよ、クラウド！時間がないの！話は走りながらよ！」
ティファの後に続いて、クラウドとエアリスは走り出した。
「ミッションが終わった後、店に戻ってみたら怪しい男がまわりをうろついてたの。それで、バレットがそいつを捕まえてキューと締め上げて吐かせたら、コルネオの手下だってことを白状したの。」
「六番街のウォールマーケットのドンだね。名前は聞いたことあるよ。」
エアリスの言葉に、ティファは頷いた。
「バレットはコルネオなんて小悪党だからほっとけって言ったけど、私はどうしても気になったの。それで直接コルネオのところへ乗り込んでいって、手下に何を探らせていたのか訊いたのよ。」
「それで、素直に教えてくれたのか？」
「まさか。でも気絶した手下どもの山を積み上げて、あんたの‥‥をすり潰すわよって脅したら、ペラペラとしゃべってくれたわ。」
事も無げに言うティファに、クラウドとエアリスは顔を見合わせ苦笑いした。
「コルネオの奴、何をしゃべったと思う？奴は神羅のハイデッカーに頼まれて、アバランチのアジトを探していたらしいのよ。」
「ハイデッカーって誰？」
エアリスは訊いた。
「神羅の治安維持部門統括よ。ハイデッカーは、いいえ、神羅カンパニーは私達アバランチを潰すつもりなの。文字通り、七番街プレートを落としてね！」
クラウドとエアリスは絶句した。プレートを落とす？そんなことが出来るのか？
「七番街プレートを支える第七機械塔。奴らはこれを破壊するつもりなのよ！」
ティファはスラムの中心にそびえ立つ、ライトアップされた巨大な柱を指さした。
機械塔の根元にはたくさんの人が集まっていた。彼らは皆不安そうな表情で、機械塔を見上げている。
「ティファちゃん、一体何が起こってるんだい？突然、神羅の兵が機械塔を占拠したと思ったら、バレットさん達が神羅の兵とドンパチをはじめてさ。私ら不安で‥‥」
ティファを見つけて駆け寄って来た中年女性は、ティファと機械塔を交互に見ながら言った。
「バレット達も神羅の企みに気付いたんだわ。みんな、ここは危険よ！すぐに離れて！七番街スラムから離れて！」
ティファはスラムの住民達に叫んで回った。
クラウドは機械塔を見上げた。遠くの頭上から、かすかに銃声のようなものが聞こえる。
「あ！誰か落ちる！」
エアリスが叫んだ。
機械塔の中程から人が落ちるのが見えた。その人物は、クラウド達のすぐそばに落下した。小太りで丸顔の男だった。
「ウェッジ！」
クラウドとティファが同時に駆け寄った。
「あ‥‥クラウドさん。俺の名前、覚えてくれたんすね‥‥。嬉しいっす‥‥」
「しゃべるな、ウェッジ。傷に障る。」
クラウドはウェッジの怪我の様子を見て、顔をしかめた。相当にひどい。落下の際の傷だけでなく、銃に撃たれた箇所が数多くある。意識があるだけでも奇跡だ。
「へへ‥‥ドジったっすよ。俺って最後まで役立たずで‥‥。上でバレットさんが戦ってるっす。早く行ってあげて‥‥」
ウェッジはすうっと一つ息をすると、そのまま動かなくなった。
「ウェッジ‥‥」
ティファは泣いていた。エアリスはティファの肩を優しく抱いた。
クラウドはウェッジの瞼をそっと閉じてやった。
「行くぞ。ティファ！」
クラウドは立ち上がると、機械塔に取り付けられた螺旋階段に向かって走り出した。
ティファは涙を拭うと、クラウドの後を追いかけた。
「待って！私も行く！」
２人の後に続こうとしたエアリスに、ティファは向き直った。
「お願いがあるの、エアリス。この先にセブンス・ヘブンという酒場があって、そこにマリンていう小さな女の子がいるのよ。お願い、その子を‥‥」
「その子を安全な場所へ、ね。分かった。まかせて。あなた達も気を付けてね。大丈夫、きっと阻止出来るよ。」
エアリスはティファを安心させるように笑うと、踵を返して走っていった。
「いい人ね。エアリスって‥‥」
ティファはエアリスの後ろ姿を見送りながら言った。
「ああ。そうだな。さあ、急ごう。」
クラウドとティファは階段を駆け登った。
「エアリスってかわいい人ね。」
「‥‥なんだよ、こんな時に。」
「だってホントにかわいいじゃない。クラウドと何があったのかな、と思って‥‥」
「今はそんなことを話してる場合じゃないだろう。」
「そ、そうよね。私ったら何言ってるのかしら。」
ティファは自分の頬をパチッと叩いた。
銃声がどんどん近くなってくる。
塔の中程まで来た時、神羅兵と交戦中の２人の人物が見えた。
「ビッグス！ジェシー！」
長身の男性とショートカットの女性。２人はウェッジに負けず劣らずの傷だらけだった。
クラウドは２人を飛び越すと、神羅兵達に斬り込んで行った。あっという間に、兵士達を片付けた。
「さすが元ソルジャーだな。お見事だよ‥‥」
ビックスは力尽きたように、ガクッと膝をついた。
「やっぱりかっこいいね。クラウドは‥‥」
ジェシーも階段の手すりに寄りかかるようにして、座り込んだ。
「しっかりして！ビッグス！ジェシー！」
ティファは悲鳴に似た声を上げた。
「なあ、クラウド‥‥。まだ星の命なんて興味ないか‥‥？」
ビッグスは弱々しい声で言った。
「今はそんなことを言ってる場合じゃ‥‥」
「‥‥後は頼んだぜ。クラウド‥‥」
ビッグスは目を閉じた。
「私もうかつよね‥‥。こんなところで死ぬのか‥‥」
ジェシーは自嘲気味に小さく笑った。
「そんなこと言わないでよ、ジェシー。大丈夫よ、すぐに元気になるから。」
ティファは血だらけのジェシーの手を握った。だがジェシーには、その手を握り返す力さえ残っていたなかった。
「‥‥もういいの。私の作った爆弾で魔晄炉が爆発して、それで大勢の人が死んじゃったんだもの。きっとその報いね‥‥。」
ジェシーは最後の力を振り絞るようにして、もう片方の手をクラウドに差し伸べた。クラウドがその手を握る。
「最後にまた‥‥クラウドに会えてよかった‥‥。私‥‥あなたのこと‥‥」
彼女の言葉の続きを聞くことは出来なかった。ジェシーは微笑んでいた。その微笑みは、幸せそうだった。
「どうして‥‥？どうしてこんなことになるの？」
ティファはあふれる涙を押さえることが出来なかった。
クラウドはジェシーをそっと横たわらせ、胸の上で手を組ませた。
「まだバレットが戦っている。行こう、ティファ。」
クラウドは頂上を睨み据えた。
なんとしてでも、神羅の汚い企みを阻止する！
ミッドガルの中心、零番街。そこに神羅カンパニーの本社があった。
地上７０階の超高層ビル。神羅カンパニーを束ねるプレジデント神羅の居城である。
その最上階７０階。このフロアすべてがプレジデント神羅の部屋である。ここには神羅カンパニーの最上級幹部達しか、入室を許可されない。
「‥‥本当に実行なさるおつもりですか、プレジデント。」
重苦しい沈黙を破って、スーツ姿の男が口を開いた。誠実で温厚そうな、いかにも真面目なサラリーマン風の男である。
「計画に変更はない。」
プレジデント神羅は、ダブルベッドほどの大きさの自分のデスクの向こう側から、抑揚のない声で言った。
ロマンスグレーの恰幅のいい男性。世間では紳士的な、一企業のリーダーを気取っているが、その実神羅の利益を損ねるものに対しては、冷酷で残忍な態度でこれを抹殺する。生かすも殺すも彼の言葉一つ。世界の実権は今、この人物が握っている。
「私は承服出来かねます。たかが少人数の裏組織を潰すために、こんな非人道的なことを‥‥」
「ガハハハッ！何を生ぬるいことを言っているんだ、リーブ！」
部屋中に響くような笑い声と共に、男が入ってきた。長い髭を生やした剛健剛毅な容姿の大男である。
「ハイデッカー‥‥」
リーブと呼ばれた男は吐き捨てるようにつぶやいた。
「プレジデント。準備は着々と進行中です。その任にはタークスがあたっていますからな。失敗のしようがありませんよ。ガハハハッ！」
ハイデッカーは大口を開けて笑った。
「結構だ。ご苦労、ハイデッカー君。」
プレジデント神羅は頷いた。
「プレジデント神羅！もう一度ご再考をお願いします！私は都市開発部門統括として、ミッドガルの設計建造に携わってきました。この都市の例え一部でも破壊されることなど耐えられません！」
リーブは食い下がった。その肩をハイデッカーがぽんと叩く。
「ガハハハッ！リーブ、そんな甘い感傷は朝のうちにトイレに流しちまうんだな。」
リーブはその手を払いのけた。
「だが、市長もこの件に関しては反対している訳であり‥‥」
「市長？このビルの片隅で、ぼそぼそと飯を食っている奴のことか？あいつをまだ市長と呼ぶのか？ガハハハッ！ガハッゲホゲホッ。」
ハイデッカーはさらに笑った。笑いすぎて咳き込む有様だった。
リーブは軽蔑の眼差しでハイデッカーを見た。
「‥‥ゲホッ。ゴホン、では私はまだやることがありますので、これで失礼します。リーブ、街を作るのがお前の仕事なら、壊れた街を再建するのもお前の仕事だろう。これから忙しくなるな。プレジデントに感謝することだ。」
ハイデッカーは高笑いを響かせて退出した。
リーブはその後ろ姿をキッと睨んだ。
「リーブ君。君は疲れているんだよ。少し休暇を取ってはどうかね。ハイデッカーの言うように、君の仕事はこれからますます忙しくなる。君にはがんばってもらわねばならんからな。」
「ですが、プレジデント‥‥」
「話は終わりだ。下がりたまえ。」
リーブは唇を噛みしめた。
「はい。では失礼します。」
リーブは一礼すると、部屋から出ていった。
リーブ達が部屋から去ると、プレジデント神羅はシガレットケースに手を伸ばした。高級葉巻に火を付け、煙をくゆらせた。
「七番街プレートを落とす。アバランチの仕業としてこれを報道する。神羅による救助活動‥‥。完璧なシナリオだ。」
プレジデント神羅の低い笑い声が、葉巻の煙とともに部屋の中に広がった。
七番街スラムの中心街にある、セブンス・ヘブンという名の酒場。エアリスはスイングドアに体当たりするようにして、その中へ飛び込んだ。
「マリン！マリンちゃんはいる！？」
カウンターの中から幼い女の子が、驚いた瞳でエアリスを見た。
「お姉ちゃん、誰？」
「あなたがマリンちゃんね。私エアリス。ティファに頼まれてきたの。ここは危険だよ。一緒に安全な場所へ行こう。」
「‥‥でも知らない人について行っちゃダメだって、父ちゃんが‥‥」
エアリスは苦笑した。見かけによらずしっかりした子である。
「その通りだね。でも今は時間がないの。お願い、私を信じて！」
エアリスはまっすぐにマリンを見つめた。マリンは気後れすることなくその目を見返してくる。すべてを見抜く力を持つ正直な目だ、とエアリスは思った。
「‥‥分かった。お姉ちゃんを信じる。」
「ありがとう。さ、急いで。」
「ちょっと待って。一つだけ持っていきたいものがあるの。」
マリンはカウンターのすみに置いてある、小さな花瓶を持った。その花瓶にさしてある花に、エアリスは見覚えがあった。
「その花は‥‥」
「これ、クラウドがくれたの。きれいでしょ。ちゃんとお世話するって約束したの。」
「そう。クラウドが‥‥」
エアリスはぽっと心が温まる気がした。自分が売った花を、クラウドがこの小さい女の子に渡したなんて‥‥。
エアリスはマリンと手と手をつないで店を出た。安全な場所へと言われれば、行き先は伍番街スラムの自分の家しかなかった。
「そのお花はね、私が育てたお花なんだよ。」
伍番街へと続く六番街の廃墟を走りながら、エアリスは言った。
「お姉ちゃんが？ホントに？すごいな。」
「そのお花をクラウドが買ってくれたの。」
「クラウドがお花を買ったの？そういうことしそうなタイプに見えないけどな。きっとお姉ちゃんが美人だから買ったんだよ。」
おませなマリンの頭を、エアリスはなでた。
六番街と伍番街をつなぐ壁の穴までやって来た。エアリスの家まであと少しである。
「もう一息で私の家だよ。がんばってね。」
壁の穴をくぐり抜けたところで、エアリスは立ち止まった。
目の前にレノが立っていた。
「お姉ちゃん、また会ったな、と。」
エアリスはマリンを自分の体でかばった。
「懲りずにまた来たんだ。」
「昨日は樽のお土産をありがとうだぞ、と。楽しい贈り物だったぞ、と。」
「そう。気に入ってくれてうれしいな。」
エアリスは皮肉を切り返しながら、なんとか逃げ出すチャンスを伺っていた。
「相変わらずだな。エアリス。」
レノの後ろからもう１人の男が現れた。肩まである長い黒髪の男だった。
「ツォン……。久しぶり。」
エアリスの言葉には嫌な奴に会った、という思いがありありと表れていた。ツォンが相手では、一筋縄ではいなかいだろう。
ツォンはタークスのリーダーである。タークスは本来、治安維持部門統括のハイデッカーの指揮下にあるが、実際に現場で指揮を執っているのは彼だった。
「今日は連れがいるようだな。」
ツォンは、エアリスの背後で見え隠れしているマリンを指した。
「この子は私の知り合いの子よ。乱暴なマネをしたらタダじゃおかないから！」
「そんなつもりは毛頭ない。お前が私達に従えば、の話だがな。」
ツォンとエアリスは睨み合った。
マリンがエアリスの服の背中を引っ張った。
「あいつら、お姉ちゃんを狙ってるの？」
「そうだよ。私、こう見えてももてるんだから。」
エアリスはマリンを不安がらせないために、わざと明るく言った。
マリンはエアリスとツォンの間に割って入った。
「こら！お姉ちゃんをいじめると承知しないから！」
「マ、マリンっ。あなたは下がってて。」
エアリスはマリンを引き戻した。
「気が強い子だ。エアリスの小さい頃によく似てるな。」
ツォンは懐かしげな目でマリンを見た。
「お姉ちゃんの小さい頃って、そんな昔から追い回してるの？あなたロリコンなの？」
マリンの言葉に、レノはプーっと吹き出した。ツォンは目が点になっている。エアリスはこの機を逃さなかった。
「走って！」
マリンの手を引き、ツォン達の脇を駆け抜けた。
「あ、逃げたぞ、と。」
追いかけようとするレノを、ツォンは引き留めた。
「エアリスのことはもういい。お前にはまだやることがあるだろう。私もすぐに行く。彼女を連れてな。」
「分かりました、と。では、後で。」
レノはヘリが止めてある広場の方へと走っていった。
ツォンはゆっくりとした足取りで、エアリスの家に向かって歩いていった。
クラウドとティファは、ようやく機械塔の頂上へたどり着いた。塔の頂上では、１人の男が神羅兵相手に奮戦中だった。
色黒で右腕が銃の男。それがアバランチのリーダー、バレットである。
「バレット！大丈夫！？」
ティファはバレットの元へ駆け寄った。
「ティファ！やっと来てくれたか！それに‥‥クラウド！？」
クラウドはバレットの横を通り過ぎ、神羅兵に向かって突っ込んでいった。ものの数秒とかからず、兵士達を斬り伏せた。
「バレット、無事か？」
「無事か、じゃねえ！お前の方こそ無事だったのかよ。伍番街プレートから落っこちた時は、もうダメだと思ったけどな。」
「簡単に殺すな。だけど今は、お互いの無事を喜び合っている暇はない。機械塔の破壊を止めるのが先だ。」
クラウド達はコントロールパネルの前へ集まった。
「おい。なんだか分からないボタンがごちゃごちゃしてるぜ。一体どうすりゃいいんだよ。」
「クラウド、扱い方を知ってる？」
「いくらソルジャーでも、こんな機械の使い方は知らない。きっと神羅でも上層部の人間にしか扱えない代物だ。」
その時、バリバリという爆音がして、頭上にヘリが現れた。そのヘリから男が飛び降りた。
「レノ！」
クラウドは叫んだ。
レノは彼の武器である電磁棒を振り回してクラウド達を遠ざけると、コントロールパネルを手慣れた手つきで操作した。
「はい。これでおしまいっと。」
「てめえ！何しやがった！？」
バレットはレノに向かって右腕の銃を向けた。
「緊急用プレート解放システムを作動させたぞ、と。これで機械塔は木っ端微塵だぞ、と。」
「なんだと！早く止めろ！さもねえと、俺の相棒が火を吹くぜ！」
「それは無理だ、と。システムの作動・停止ともに、神羅の重役会の決定がなければ出来ないぞ、と。残念だったな、と。」
「うおおおーっ！この野郎ー！」
バレットは怒りにまかせて銃を撃ちまくった。しかし、レノはなんの造作もなく、それをかわした。
「あんたらと遊んでいる暇はないぞ、と。もう会うこともないだろうな、と。あんたらはプレートの下敷きだ、と。」
レノはひらひらと手を振って、手すりに向かった。
「レノー！」
クラウドはレノに向かって斬りかかった。レノは電磁棒でそれを防いだ。が、クラウドの剣は電磁棒を叩き斬った。レノは素早く身をかわしたが、肩口に傷を負ってしまった。
「くっ。さすがはソルジャーだな、と。このレノ様に傷を負わせるとは大したもんだぞ、と。」
レノはバッと飛びすさり、手すりの上にジャンプした。。
「この勝負はおあずけだ、と。もっとも、再戦の条件はあんたらがここから生きて脱出することだがな、と。」
レノは傷を負った肩を押さえ、現れたヘリに飛び移った。ヘリはレノを乗せて飛び去っていった。
続いて二機目のヘリが現れた。そのヘリにはツォンが乗っていた。
「君達がアバランチの諸君か。最後に会えて光栄だよ。」
「なんだてめえは！？お前も神羅か！」
バレットが叫んだ。
「私はタークスのツォン。任務の完了を見届けに来たのだ。」
「てめえら、許せねえ！！」
バレットは銃を乱射した。
「おっと、やめてくれないか。今日はゲストが乗っているんでね。」
「ゲストだと？」
クラウドはいやな予感がした。
「クラウド！ティファ！」
ツォンの隣にエアリスの姿が見えた。
「エアリス！？」
ティファは驚きの声を上げた。
「おい、あんた！エアリスをどうするつもりだ！」
「おや、知り合いなのか。どちらにしろ、君達には関係のないことだ。我々タークスは古代種の生き残りを捕まえろとの、プレジデントの命令を遂行したにすぎない。ずいぶんと長い時間がかかったがな。」
そのツォンを押しのけるようにして、エアリスが身を乗り出した。
「ティファ！だいじょぶだから！あの子だいじょぶだから！心配しないで！」
勢い余ってエアリスは、危うくヘリから落ちそうになった。間一髪のところでツォンがその身を支えた。
「バカ！落ちたらどうするんだ！死ぬ気か！」
ツォンはエアリスの頬をピシャリと叩いて、ヘリの中に押し込んだ。
「もういい。行け！」
ツォンはパイロットに指示し、その場から飛び去っていった。
その直後、機械塔の爆発が始まった。激しい揺れに立っているだけでもやっとだった。
「やべえぜっ。とうとうおっ始まりやがった！」
「どうしよう、クラウド！」
「何か手があるはずだ。何か‥‥」
クラウドは辺りに素早く目を走らせた。その時、手すりに引っかけられている、フック付きのワイヤーに目が止まった。作業用のクレーンワイヤーである。
「これにつかまれ！」
３人は一本のワイヤーにしがみついた。
「うまくいけば、振り子の要領で脱出できるかもしれない！ 」
「イチかバチかだな！」
クラウドは手すりからフックをはずした。木から木へ飛び移るターザンのように、機械塔から飛び出した。
クラウド達が離れるのと数秒違えず、機械塔の完全な崩壊が始まった。初めて耳にするようなすさまじい轟音が、背後から追いかけてくる。
続いてプレートの落下が始まった。魔晄炉爆破とは比較にならないほどの破壊の音が辺りに響く。
落ちてくるプレートを見上げ、なすすべもなく立ちつくす人々。逃げることの無意味さを悟った時が、彼らの死の瞬間である。
ワイヤーの振り子が振り切れた直後に、クラウド達は飛び降りた。激しく地面に投げ出される。
息が止まりそうな苦痛に、しばらく身動きがとれなかった。クラウドは意識を失った。
エアリスは七番街プレートが落下していく様を、上空から見ていた。目を覆いたくなるほどの悲惨な状況だった。
しかし、エアリスは目をそらさなかった。その有様を目に焼き付けるかのように、じっと見つめていた。
「プレート解放システムは完璧に作動したようだな。よし。本社へ引き上げるぞ。」
ツォンは身じろぎひとつせず下界を見下ろしているエアリスの横顔をちらりと見た。
エアリスがこちらを向き、２人の視線が合った。
「‥‥何か言いたそうな顔だな。」
「言いたいことはたくさんあるよ。でも、それはあなたにじゃない。あなたはただの実行部隊にすぎないんでしょ。言ってもムダだもの。」
「‥‥そうか。」
エアリスは不思議な感じがした。ツォンのその短い一言は、エアリスの罵声を期待していたように聞こえたのである。
ツォンは自分に罵ってもらいたかったのだろうか。この非人道的な所業に手を貸した自身を、責めて欲しかったのだろうか。
「これから、私どうなるの？」
「神羅の科学部門統括に引き渡す。そこまでが私の仕事だ。」
「科学部門統括‥‥宝条博士のことだね。私、あの人嫌い。」
「私もだ。」
エアリスはきょとんとしてツォンを見た。
「‥‥さっきは殴ったりしてすまなかったな。」
「気にしなくていいよ。いずれ倍にして返すから。」
ツォンは小さく笑った。
クラウドは過去の声を聞いた。
『裏切り者め‥‥』
「裏切り者？どういう意味だ？」
『お前達にこの星で生きる資格はない！』
「一体何の話‥‥」
『私は古代種の血を引きし者。そして、この星を受け継ぐ者。今こそその正当なる権利を我が手に！』
魅入られるほどに美しく、身も凍るほどに恐ろしい瞳が、クラウドを見つめていた――。
「クラウド！」
ティファの声でクラウドは目を覚ました。
「大丈夫？」
心配そうなティファの顔がのぞき込む。
「ああ‥‥。俺は気を失っていたのか？」
「ほんの一分くらいだけどね。怪我はない？」
「大丈夫だ。そっちは？」
「擦り傷に打ち身。あちこち痛いけど、大したことないわ。生きてただけでも奇跡だもの。」
クラウドは立ち上がった。
クラウド達がいる場所は、七番街ゲート前の公園だった。ついさっきまで、エアリスと話をしていた場所である。２人が座った滑り台は、七番街プレートの落下の際に飛んで来た建物の破片などが刺さり、さながら針山のようだった。エアリスが見たらさぞ悲しむだろう、とクラウドは思った。
無論、壊れたのは滑り台だけではなかった。いたるところに瓦礫が散乱し、まるで竜巻でも通った後のようである。
七番街スラムとの境界に面した、六番街スラムでさえこの状況である。破壊の中心となった七番街スラムの方はどんな被害状況だろうか。
だが、その様子を伺い知ることは出来なかった。七番街スラムへと通じるゲートは、瓦礫の山で完全に塞がれていた。破壊されたコンクリートや金属片に、びっしりと埋め尽くされている。七番街スラムは完全にプレートの下に埋没していた。
バレットがクラウドとティファの間をすり抜け、ふらふらとゲートの方へ歩いていく。
「う‥‥うおおおおおー！マリーン！」
バレットは力の限りに自分の娘の名前を呼んだ。
「マリン！ビッグス！ウェッジ！ジェシー！うおおおおおー！」
バレットは瓦礫をつかみ、持ち上げようとする。もちろんビクともしなかった。例えブルドーザーを持ってきたとしても、動かすことなど出来ないだろう。
それでもバレットは瓦礫の山に挑み続けた。
「もうやめて、バレット！お願い！」
ティファはバレットの腕に取りすがった。バレットはティファを振り払い、今度は右腕の銃を瓦礫に向かって撃ち始めた。
「クソー！こんちくしょー！バカ野郎ー！」
メチャクチャに乱射する。弾が尽き果てるまで。
「‥‥もうやめろ。やめるんだ、バレット。」
静かな声でクラウドは言った。バレットはハアハアと大きく肩で息をしていた。そして、いきなり力を無くしたように座り込んだ。
「くううう‥‥マリン‥‥」
ティファはバレットの傍らにひざをついた。
「ねえ、バレット。マリンは‥‥マリンは大丈夫だと思うわ。」
「なんでそんなことが言えるんだよ‥‥？」
「エアリスが言ってたもの。『あの子は大丈夫だから』。それって、きっとマリンのことよ。」
「ホントか？」
バレットの顔がパッと輝いた。しかし、すぐにまた暗鬱な表情になる。
「だけどよう‥‥ビッグスやウェッジやジェシーは塔の中にいたんだぜ。あいつら逃げられたのかな‥‥」
ティファはクラウドの方をチラリと見た。クラウドは頷いた。
「バレット。あの３人はプレートが落ちてくる前に、もう死んでいたんだ。」
クラウドは彼ら３人の最期を看取ったことを告げた。プレートに押し潰されての死。その前の戦いの中での死。どちらにしても、バレットにはつらい事実だった。
「そうか‥‥。そうかよ‥‥俺の仲間は死んじまったのか‥‥」
バレットはかすかにつぶやいて、何度も何度も地面を殴りつけた。ティファは涙をこらえながら、バレットの背中をさすった。
「‥‥ひでえもんだぜ。俺達アバランチを潰すために、街を丸ごと一個ブッ壊すなんてよう。一体どれだけの人間が死んだんだ‥‥」
「私達のせい？私達アバランチがいたから、関係のない人達まで巻き込んでこんなことに‥‥」
「それは違うぜ、ティファ！」
バレットは語気を強めて言った。
「悪いのは神羅だ！あいつらは自分達の欲と権力のために、星の命、人の命をむさぼる奴らなんだぜ。神羅を倒さねえ限り、こんな悲惨なことが何度でも起こるんだ！俺は‥‥奴らを許さねえ！」
バレットはもう一度激しく地面を叩いた。
「分からない‥‥」
ティファはうつむいて首を振った。
「俺の言うことが分からないってのかよ、ティファ！」
「ううん。分からないのは私自身の気持ちなの‥‥。いろんなことがありすぎて‥‥クラウド？」
ティファは、歩いていくクラウドの背中に向かって呼びかけた。
「どこへ行く気だ、クラウド？」
バレットは立ち上がりながら訊いた。
「伍番街スラムだ。エアリスの家へ行く。」
クラウドは振り返りもせずに言い、公園から出ていった。
「エアリス？ヘリに乗ってたあの姉ちゃんのことか。誰なんだ？」
「私もよく知らないの。でも、彼女にマリンのことを頼んだから、もしかしたら、マリンはエアリスの家にいるかもしれないわ。」
「何！？おい待て、クラウド！俺も行くぜ！」
バレットはクラウドを追いかけた。ティファもその後に続いた。
「エアリスを助けに行くつもりなのね？」
ティファはクラウドの横に並びながら言った。
「ああ。それと、確かめたいことがあるんだ。‥‥古代種‥‥」
突然、クラウドはキーンという耳鳴りとともに、激しい頭痛を感じた。こめかみを押さえる。
「‥‥セフィロス？」
「え？」
「え？‥‥いや、なんでもない。」
クラウドは歩を早めた。ティファはクラウドの後ろ姿を見ながら歩いた。彼女の表情はどこか不安そうだった。
伍番街スラムのエアリスの家に着くと、ダイニングルームにエルミナが１人で座っていた。
「エルミナ‥‥」
クラウドは、呆けたように椅子に座っているエルミナに声をかけた。
「‥‥おや、クラウドかい。どうしたんだいあんた達、泥だらけじゃないか。」
「エルミナ、エアリスが神羅にさらわれたんだ。」
「‥‥知ってるよ。ここから連れて行かれたんだからね。」
エルミナは大きなため息をついた。
「なぜ神羅はエアリスを狙うんだ？」
「あの子は‥‥この世で唯１人の古代種の生き残りなんだとさ‥‥」
「おいおい。あんた母親なんだろう？『なんだとさ』なんて変な言い方するじゃねえか。」
バレットは不思議そうに言った。
「私はあの子の本当の母親じゃないのさ。‥‥もう十数年も前の話になるかね‥‥」