第３話【竜を狩る者、宝を掘る者】
「奈落へ行ったにゃ？ウソ言うんじゃないにゃ。オイラその手のホラ話は信じないにゃ。」
ニキータは全く信用していない様子で、売り上げ金の勘定を続けていた。
「死者の国、奈落‥‥」
瑠璃もあからさまにホラ吹き呼ばわりはしないが、にわかには信じられないといった表情で私を見ている。
私はいたって平静に、冷めかけたハートミントティーを口に運んだ。
穏やかな陽気の午後。ドミナの町の商店街ドミナバザールにあるカフェテラスで、ニキータと瑠璃、コロナ、そして私の４人は一つのテーブルに同席していた。別に待ち合わせをしていたワケではなく、たまたまこの場で鉢合わせし、なんとなく集まってしまったのである。
「大体、奈落へ落ちたなら地上に戻って来れるハズがないにゃ。奈落に落ちたってことは、あんたは死んだってことにゃ。死んでる人間がこんな真っ昼間にカフェでのほほんと茶をすすってること自体あり得ないにゃ。だからあんたの話は大ボラにゃ。」
別に信じてもらうおうとは思っていない。最近何かあったのかと聞かれたから、私の身に起きたことをありのまま答えただけである。
「師匠はホラ吹きじゃないわよっ！ホントに奈落に行って、そしてまた帰って来ちゃったんだから！」
私の隣でエレファントマンゴープリンを食べていたコロナが、たまりかねてドンとテーブルを叩いた。
私は奈落へ落ちた。正確に言えば、私の意志とは無関係に引きずり込まれたと言うべきだろう。
奈落の最下層で私は２人の人物と会った。１人は私をその死せる魂の国へと呼び込んだ張本人。その男は自らをティアマットと名乗った。紅き竜帝ティアマット、と。
「竜帝？そいつはドラゴンなのか？」
瑠璃の問いに私は頷いた。本人はそう言っていた。今の姿は仮初めで、その実体は知恵のドラゴンなのだと。
「で、そのティアマットとやらはなんであんたを奈落に引きずり込んだんだ？何か理由があってのことなんだろう？」
「師匠を助っ人に借りたかったんだって。」
「助っ人？」
瑠璃はコロナの言葉に怪訝そうな顔をした。
「ドラゴン退治の助っ人よ。」
「ちょっと待て。ドラゴンがドラゴン退治だと？」
コロナは私の代わりに訳知り顔で説明を始めた。
「ティアマットっていのうは知恵のドラゴンの一体で、その昔、他の知恵のドラゴン達に奈落に封印されちゃったんだって。んで、奈落から甦るには他のドラゴン達が持つマナストーンが必要で、そのために師匠の力を借せってことらしいのよね。」
「封印されなきゃならなかったってことは、そいつがヤバい奴だからってことじゃないのか？そんな奴に手を貸して大丈夫なのか？」
「仕方ないわよ。師匠には選択の余地なんてなかったんだもん。協力しないと奈落から出られなかったんだから。脅迫よ、キョーハク。」
「やっぱりそいつ悪党にゃ。あんたも大変な奴に見込まれたもんにゃ。」
ニキータや瑠璃が同情の目で私を見た。私はなんとも答えようがなく、苦笑して肩をすくめた。
「でもそのおかげで、今や師匠は奈落に出入り自由なのよ。まあ、これを喜んだのはうちのバカバドくらいなもんだけどね。」
「奈落に出入り自由にゃ！？それじゃオイラを連れて行くにゃ！すぐ行くにゃ！早く行くにゃ！」
途端にニキータは目の色を変えた。奈落で商売する気満々の様子で身を乗り出す。
「人の話は最後まで聞きなさいよ、守銭奴猫。バドもそうやって今のあんたみたく師匠にせがんで無理矢理奈落についてったんだけど、奈落の毒気にあてられちゃって、今うちでウンウンうなって寝込んでるんだからね。」
賢人の１人、奈落の主オールボンに会いたい一心で私と共に奈落へ行ったものの、バドはオールボンとの会見を終えた直後、くるりと白目をむいて昏倒した。
「この奈落の空気は常人にはその身をさらすだけで有害だ。大魔法使いを目指す心意気は認めるが、無茶をする子だな。」
オールボンは愉快そうな笑みを浮かべて、倒れたバドに不思議な術を施した。どうやら癒しの術の類のようだった。
なぜ私は平気なのかと尋ねると、オールボンはさらに笑って、
「それは君が君だからだ。この奈落は特殊な場所だが、世界の一部であることに変わりはない。そして世界は君の一部であり、君の中に世界があるのだ。」
またしても難解な賢人の答えが返って来た。それ以上質問を重ねてもとても理解出来そうにないので、何も聞かずにおくことにした。
奈落には行けるが無事では済まないことを知ったニキータは、あっさりと奈落行きをあきらめた。
「商売は健康が第一にゃ。寝込むなんて大損にゃ。」
いかにもニキータらしい。危ない橋は渡らないということだ。
オールボンに癒しの術を施してもらい症状は軽くなってはいたが、バドは相変わらず寝込んでいる。今日私とコロナがドミナにやって来たのは、そんなバドのために『良く効く毒消しの薬』を探しに来たのだ。
しかし、薬に関する知識はまるで持ち合わせていない。私達はフルーツ占い師のメイメイに頼んで薬の調合法を占ってもらうことにした。
「ビタミン、カロチン、ファイバー、ポリフェノ〜〜〜ル！」
相変わらずキテレツなパフォーマンスのフルーツ占いで彼女が出した結果はこうだった。
「『妖精のりんぷん』、『まだら銀きのこ』、『星のオタワリ』。この三つの材料を『オアシスの水』に煎じて飲めば体の毒は抜けるでしょう。‥‥なんだろね、この材料は。ずいぶんアヤシゲだこと。」
自分が占った結果だというのに、メイメイは胡散臭そうに言った。
だが確かに聞いたこともない品ばかりである。『オアシスの水』はデュマ砂漠のオアシスで汲めばいいのだろうが、他の３品は一体どこに行けば手に入るのか見当もつかない。
追加料金を払ってまたメイメイに占ってもらわなればならないなと考えていると、コロナがパチンと指を鳴らした。
「師匠、その名前の材料が採れる場所に、私心当たりあるわ。」
コロナの言う心当たりの場所とは、骨の城の近くの集落のことだった。コロナとバドがジオの魔法学園に在籍中、何度かそこで合成実験の材料集めの課外授業があったらしい。
ちなみに、コロナもバドも今は魔法学園を中退していた。詳しい事情は知らないが、どうやらバドの素行に問題があったとかなかったとか。
それはともかく、とりあえず材料が取れる場所の目星がついたこともあって、私達は一休みするためにこのカフェに入り、そこで瑠璃とニキータに会ったという訳だった。
「そういえば瑠璃さん、今日は真珠さんと一緒じゃないのね。」
コロナは訊いた。それは私も気になっていた。しかし瑠璃の様子から見るに、また真珠姫が迷子になってはぐれた、ということではなさそうだ。
「真珠姫はガトのダナエのところにいる。あの２人すっかり仲良くなって、今日は女同士で１日おしゃべりするんだそうだ。オレは邪魔者扱いさ。」
「そうか。しかしダナエに預けておけば心配ないだろう。」
「まあな。」
そう言った瑠璃はどことなく寂しそうに見えた。
「あ、やっぱり真珠さんがいないと寂しいんだ〜。瑠璃さんは真珠さんにラブラブだもんね〜。」
「あんまりしつこい男は嫌われるにゃ。愛情表現はほどほどにするにゃ。」
「な、何言ってやがる！それじゃまるでオレが真珠を溺愛してるみたいじゃないか！」
コロナとニキータに冷やかされた瑠璃は真っ赤になって怒鳴ったが、よくもまあそんな風に力いっぱい否定出来るものだ。
「コロナ、そろそろ行こう。バドが待ちくたびれているに違いない。」
「はーい。でもそんなに慌てなくてもいいって、師匠。少しくらい待たせてやりましょ。バドにはいいクスリ‥‥」
「た、たいへんなのよ〜〜！」
その時、私達の間を何か白い物体がビュン！とものすごい勢いで通り過ぎていった。その白い物体はくるりとＵターンすると、私達のテーブルに派手に突っ込んだ。カップやグラスが音を立てて散乱した。
「な、なんなの！？」
「何事にゃっ。」
「モンスターか！？」
「待て、みんな。郵便ペリカンだ。」
倒れたテーブルの影から出てきたのは、デリバリーサービスで各地を飛び回る郵便ペリカンだった。
「どうしたのよ、アマレットちゃん？急ぎすぎて道間違えちゃった？」
コロナはかがみ込んで尋ねた。
「ミーが道を間違えるワケないのよ！あ、リーディス〜！聞いてなのよ、大変なのよ〜！」
郵便ペリカンことアマレット――ちなみにメスである――は、私の顔を見るなり取りすがってきた。何やらひどく興奮している。よほどのことがあったらしい。
なだめすかして落ち着かせ、郵便ペリカンから事情を聞き出した。
「ミーの大事な大事なユービンを、ゴロツキ共に奪われちゃったのよーっ！」
早い話がそういうことらしい。瑠璃とコロナとニキータは代わる代わる質問をぶつけた。
「ゴロツキ共とは誰のことなんだ？」
「穴掘り団のアナグマ達よー！」
「奪われた郵便物ってなんだったの？」
「お手紙よー！海賊ペンギンから海賊船バルドのバーンズに宛てたお手紙よー！」
「その手紙に何かものすごい価値でもあるワケにゃ？」
「そんなことミーは知らないのよー！リーディス、ミーの大事な大事なユービンを取り返してなのよー！このままじゃミーのデリバリ人生にキズがつくのよー！」
しまいには郵便ペリカンは泣き出してしまった。
「なんだかかわいそう。助けてあげようよ、師匠。」
コロナは郵便ペリカンに同情しているが、私としてもこの仕事熱心な友人をこのまま放っておくことは出来ない。たとえ彼女が、切手さえ貼ってあれば人だろうがなんだろうが見境なく配達してしまうデリバリー狂でも。
「分かった。奪われた郵便物を取り返そう。」
郵便ペリカンの顔がパアッと輝いた。
「ありがとうなのよ！ミーがユービンを奪われたのはすぐそこの噴水広場なのよ。ちょっと休憩に降りたところを襲われたのよ。ついさっきのことだから、何か犯人の手掛かりが残ってるかもしれないのよ。」
「そうか。行ってみよう。」
「絶対取り返してなのよ。お願いなのよっ。じゃあ、ミーは他のデリバリがあるから先急ぐのよ。よろしく頼むのよ〜。」
さっき泣いたペリカンはたちまち立ち直り、さっさと飛び去って行った。
「あんた本当にお人好しだな。」
「一種のビョーキにゃ。」
という瑠璃とニキータの感想は聞き流すことにする。
私とコロナはドミナバザール近くの噴水公園へと向かった。なぜか瑠璃とニキータまでついて来た。瑠璃はヒマを持て余しての野次馬ようだが、ニキータの方は奪われた手紙に何かしらの価値があると思っているらしい。金儲けの匂いでもするのだろうか。
噴水広場には犯人とされるアナグマ達の姿はなかった。代わりにいたのはカペラとディドルの大道芸コンビだ。
「なんだ、リーディスじゃんかよ。久しぶりっ。オイラ達の芸見に来たのか？」
陽気なジャグラー、カペラは十八番のジャグリングをしながらやって来た。その後ろからは相棒のディドルが、手回しオルガンを回しながらついて来る。
「今日はそうじゃない。アナグマ達を探している。見かけなかったか？」
「ああ、見たぜ。なあ、ディドル。」
「うん〜、見たよ〜。」
早くも目撃者発見である。
「ほんの少し前に、そこで郵便ペリカンとなんかもめてたぜ。」
「アナグマ達はすぐに行っちゃって〜、郵便ペリカンは地面に寝てた〜。でも郵便ペリカンも〜、すぐにどっかに飛んでったよ〜。」
「アナグマ達がどこへ行ったか分からないか？」
カペラとディドルは顔を見合わせた。
「そういえばあいつらなんか言ってたな。アナグマの言葉っていやあ『ぐま！』しか聞いたことないけど、あん時一言だけ普通の言葉話してたぞ。なんて言ってたっけな〜？」
カペラは相変わらずジャグリングを続けながら必死に記憶の糸を辿った。
「ん〜、ダメだ！思い出せない！」
「『骨の城』って言ってた〜。」
「そうそう、それだ！骨の城！ディドル、お前よく覚えてんなあ。」
「えへへ〜。」
ディドルは照れくさそうに手回しオルガンを回した。
今度は私達が顔を見合わせる番だった。
「骨の城か。今日はどうやらその場所に縁があるらしい。」
「好都合よね。どのみち行かなきゃならなかったワケだし。」
私達は当初の目的通り、骨の城へと向かった。
骨の城近くの集落まで来てみると、青や緑や茶色のローブを来た子供達を多く見かけるようになった。みな魔法学園の学生達だった。
「ちょうど今日が魔法学園の課外授業だったみたいね。あ、あそこにいるのってタイムだわ。」
コロナは茶色のローブの学生に向かって手を振った。コロナに気付いた茶色のローブの学生は、コケそうになりながら駆け寄って来た。
「や、やあ。コ、コロナじゃないか。久しぶりだね、げ、元気してたかい？」
「まあね。そっちはどう？ちゃんと授業についていってる？ヌヌザック先生の授業で居眠りしたりしてない？」
「だ、大丈夫さ、真面目にやってるよ。でもコロナも元気そうだね。よかった、心配してたんだよ。いや、僕が心配しても意味ないんだけど‥‥」
どうもこのタイムという学生は、コロナを前にして緊張しているように見える。かなりコロナを意識しているようだ。
「あ！コロナだ！よう、元気！？」
今度は青いローブの学生がコロナを見つけて走って来た。
「セージ、元気してた？相変わらず『ジジイごっこ』してるの？」
「ジジイごっこを広めるために日夜努力してるよ。バドはどうしてんの？ちょっとは魔法上達した？」
「ぼちぼちってとこじゃない？大魔法使いになりたい病は相変わらずだけどね。」
「はははっ、アイツらしいや。」
「ねえ、コロナ。今日は何しにここに来たの？課外授業に飛び入り参加ってワケじゃないんだろ？」
のけ者にされてはたまらないといった勢いで、タイムは２人の会話に割り込んだ。
「そうそう、２人に聞きたいことがあるのよ。このへんでアナグマ達見かけなかった？」
「さあ？僕は見てないな。タイム、お前は？」
「僕も見なかったよ。コロナ、それってすごく大事なことなのかい？」
「うん。ワケがあって今そいつらを追ってるとこなの。」
「そうか。よし、分かった。他のヤツらにも聞いてみるよ。」
タイムとセージはそれぞれの方向へと走って行った。２人は５分と経たないうちに戻って来た。
「パプリカが見たって。アナグマの集団が骨の城に入って行くところをさ。」
「クミンも同じこと言ってたよ。ぐまぐま言いながら入って行ったって。」
コロナは後ろでそのやりとりを聞いていた私達を振り返った。
「師匠、アナグマ達が骨の城に入ったのは間違いないみたいよ。さ、行きましょ。」
コロナは２人の同級生にカンタンに別れを言うと、私達と共に歩き出した。しかし、ふと思いついたように立ち止まり、くるりと回れ右して２人の元へと戻った。
彼らとの会話を済ませたコロナは、軽くスキップをしながら私達のところへ戻って来た。
「何を話してたんだ？」
瑠璃が訊くと、コロナはニッと意味ありげな笑みを浮かべて見せた。
「ちょっと頼み事してきたの。バドのクスリを作るのに必要な『妖精のりんぷん』と『まだら銀きのこ』はタイムとセージの２人が見つけてくれるって。手間が省けて大助かりよね。」
「そりゃそうだが、でもあいつらは授業でここに来てたんじゃないのか？」
「いいのいいの。本人達がやってくれるって言ってるんだから気にしない気にしない。ここだけの話、あの２人私のことが好きなのよ。私の頼みならなんだってやってくれるわ。」
コロナはウインクすると、さっさと歩き始めた。
「小悪魔にゃ。将来が恐ろしいにゃ。」
ニキータの感想に対して私は苦笑するしかない。