二つの材料はコロナを慕う学生２人が見つけてくれることになった。しかし残る最後の材料『星のオタワリ』だけは、骨の城の中まで行かないと取れないらしい。アナグマ達を見つける過程でうまく探し当てられるといいのだが。
骨の城の前に立った私達は、改めてその不気味な外観を眺めた。
「骨の城ってホントに骨で出来てるのね。」
「一体なんの骨なんだ？」
「昔この地を荒らし回った巨大モンスターの遺骸だとか、元はモンスター達の墓場でそのたくさんの骨が長い年月の中で城の形を作り上げたとか、諸説紛々にゃ。」
「そのどれもが当てはまらない。ここはジャジャラが作った奴の居城だ。」
背後からの声に振り返ると、そこに１人の獣人の戦士が立っていた。
「お前もここに来ていたとはな、リーディス。呼びに行く手間が省けた。」
獣人の戦士はニヤッと笑った。
「リーディス、こいつは？」
「ラルクだ。ティアマットのドラグーンでドラゴン退治の全権をまかされている。」
今にも片手剣を抜こうとしていた瑠璃を制して私は前に進み出た。
「ラルクがここにいるということは、この城には知恵のドラゴンがいるのか？」
「ああ。紫紺の竜、ジャジャラだ。なんだ、知っててここに来たんじゃないのか？」
「偶然だ。」
私は肩をすくめた。
「後ろのそいつらはなんなんだ？助っ人の助っ人か？」
私はコロナ達３人を紹介したが、ラルクは彼らに興味はないようだった。
「俺はこのままジャジャラの元へ乗り込もうと思っている。お前はどうする？」
「同行しよう。この城にはいろいろと用事があることだし、もう一つやることが増えても大差はない。」
「クスリの材料探しに奪われた手紙探し。そしてさらにドラゴン退治までが加わっちゃったわね。」
「ハードスケジュールにゃ。」
コロナとニキータはやれやれと言いたげに顔を見合わせていた。
ラルクを加えて５人パーティとなった私達は、骨の城へと足を踏み入れた。
「ほう。なかなかやるな。」
ラルクは得意武器の片手斧でイビルウェポンを斬り払ったあと、コロナ達の方に向き直って言った。
当初は彼らのことを足手まといのお荷物がくっついてきたくらいにしか思っていなかった風なラルクだが、ここまでの戦い振りを見て素直にその力量を認めたようだ。
「この城の主ジャジャラは知恵のドラゴンの中では最年長のドラゴンだ。しかも骨だけの姿になってもなお、この世に在り続けているというしぶとい奴でもある。一筋縄ではいかんだろうと思っていたが、この分ならメガロードの時よりも楽に済みそうだな。」
ラルクの言うメガロードとは、彼と私の２人ですでに倒したドラゴンのことである。最も若い知恵のドラゴンということだったが、それでも十分に手強い相手だった。
ラルクの口振りから察するに、今度のドラゴンもまた歯ごたえがありそうだ。偶然ではあったが、コロナ達が一緒にいてくれたのは幸いのようだ。
「ねえ、ラルクはドラグーンだって聞いたけど、そのドラグーンって一体なんなの？」
コロナは興味津々といった風に質問した。
「そうだな。一言で言えば知恵のドラゴンの騎士と言ったところだが、騎士と言っても知恵のドラゴンを守るだけではない。マナストーンを監視する役目を負ってその場を離れられない知恵のドラゴンに代わり、その手足となって動くのもドラグーンの務めだ。そしてドラグーンは主である知恵のドラゴンが死なぬ限り、自らも老いることも死ぬこともない。」
「へ〜、ドラグーンて不老不死なワケ？すごーいっ。」
コロナは素直に感心したが、ラルクは複雑な表情で口の端をつり上げた。
「あんたの他にもそのドラグーンてのが何人もいるのか？」
次いでの瑠璃の問いに、ラルクは首を振った。
「通常１体の知恵のドラゴンが持つドラグーンは１人だ。メガロードのドラグーンなどは一族すべてがドラグーンだが、そんなケースはごくまれだな。」
「ドラゴンのそばには必ずドラグーンがいるってことか。とすると、ここにいるジャジャラというドラゴンにもドラグーンがついてるってワケだな。」
「そうだ。ジャジャラのドラグーンは不死皇帝だ。お前達も名前くらい聞いたことがあるだろう。」
「知ってるにゃ。転生に転生を繰り返して不老不死になったというメチャクチャな皇帝にゃ。」
ニキータの言葉にコロナは頷いた。
「私も授業で習ったわ。でも結局最後は暗殺されて、奈落に落ちちゃったんでしょ？」
「ああ。そして今はジャジャラのドラグーンというワケだ。まあ、奈落から這い上がるにはドラグーンになるのが一番の早道だからな。その点でいえば俺も不死皇帝も考えは同じだったということか。‥‥皮肉なものだな。」
ラルクは自嘲気味に笑った。どうやらラルクと不死皇帝の間には何らかの因縁があるようだが、それ以上は何も語らなかった。
「知恵のドラゴンは全部で４体いるんだったよね。もう１体はなんてドラゴンなの？」
「白妙の竜、ヴァディスだ。知恵のドラゴンの紅一点だな。なるべくならヴァディスとそのドラグーンとは争わずに済ませたいものだが‥‥」
ラルクは突然、足を止めた。瞬時にしてその身に緊張感をまとい、鋭く片手斧を構え直した。
「どうもそうはいかないようだ。」
どこからともなく複数の短剣が飛来し、私達の足元に突き刺さった。私達は一斉に短剣を投げた人物の姿を見上げた。
剥き出しの骨の柱の上に女性の獣人が立っていた。ラルクと似たような戦士の衣装に身を包んだその女性は、再び短剣を投げる構えを取った。。
「そのとおりよ、ラルク。これ以上マナストーンに近付くなら容赦はしない。白妙の竜ヴァディスのドラグーンの名にかけて、お前とティアマットを倒す。今のうちに引きなさい。これは警告よ。」
獣人の女性はそれだけ言うと、一瞬のうちに姿を消した。
「‥‥ビックリしたあ〜。今の誰？」
コロナはつま先のわずか５cm先に突き刺さった短剣から恐る恐る離れた。
彼女とは一度会ったことがある。メガロードの元を目指していた時にも、今のように警告に現れたのだ。
「今のがヴァディスのドラグーン、シエラだ。気にすることはない。ジャジャラのテリトリーで、他のドラゴンのドラグーンが好き勝手なマネはしないだろう。」
ラルクは先頭に立って歩き始めた。
昇降機を使い、上のフロアに上がってしばらく進んだ頃、今度は瑠璃が立ち止まった。シッと唇に人差し指を当てる。
「今、何か聞こえなかったか？」
「オイラ何も聞こえなかったにゃ。」
「え？聞こえなかったけど？」
「いや待て。俺も妙な物音を聞いた。」
私にも聞こえた。それは物音ではない。声だった。
「ぐま、と言っている。」
「ぐま？」
ラルクは首を傾げた。
「アナグマだ！」
コロナと瑠璃は駆け出した。私も遅れずにそのあとに続いた。
「なんの話だ、一体？」
「アナグマがいるにゃ。オイラ達アイツらを探してたにゃ。急ぐにゃ。」
ラルクはワケが分からないままニキータのあとについて走り出した。
廊下の突き当たりの部屋にアナグマ達はいた。私達は身をかがめ、物影からこっそりと彼らの様子を伺った。
５匹のアナグマ達が部屋の中央に集まり、何やら密談でもするように顔を付き合わせている。やがて、「ぐま！」という声を上げて散開した彼らの中の一匹が、白い紙切れを持っているのが見えた。
「ねえ、もしかしてあの紙が奪われた郵便じゃない？」
「しかしあいつら、人の手紙を盗んでわざわざこんなところまでなにをしに来たんだ？」
「取り返してみれば分かるにゃ。行くにゃ。」
コロナと瑠璃とニキータは止める間もなく一斉に飛び出して行った。
「こらーっ！アンタ達！その郵便返しなさーい！」
コロナは驚いて逃げようとしたアナグマ達に向かって、サラマンダー属性の魔法ファイアスクラッチを放った。
「おいっ、そんな魔法使って手紙が燃えたらどうする。」
「あ、そか。失敗失敗。プラチナストリーム！」
瑠璃に注意されたコロナは、ペロッと舌をのぞかせながらアウラ属性の魔法に切り替えた。
３人は瞬く間にアナグマ達を取り押さえた。私はのびてしまったアナグマの一匹から、奪われた郵便物を取り返した。
「なんの騒ぎなんだ、これは？」
ラルクが呆れたように近付いて来た。
「このアナグマ達が知り合いの郵便ペリカンから手紙を奪ったんだ。取り戻してくれと泣きつかれていた。」
「なるほどな。相変わらず人からの頼まれ事が多いようだ。」
ラルクは皮肉っぽく笑った。
「師匠師匠、その手紙になんて書いてあるの？」
「早く読むにゃ。」
コロナとニキータが好奇心に目を輝かせてせがんだが、私は２人に首を振って見せた。
「これは他人宛ての手紙だ。中身を見るのはどうかと思う。」
「そんな〜、つまんな‥‥じゃなくて、ここはホラ、この手紙が奪われた郵便なのかどうかきっちり確かめといた方がいいと思うのよね。もし間違ってたらアマレットちゃんまた泣いちゃうし。」
「それは一理あるにゃ。確認は大事にゃ。」
コロナの言葉にニキータがもっともらしく頷く。
私は肩をすくめると、封筒から手紙を取り出した。中から出て来たのは、便箋と呼ぶには少し違う一枚の紙切れだった。
「手紙じゃないな。これは‥‥地図？」
やはり中身の気になるらしい瑠璃が、私の後ろからのぞき込みながら言った。
私達は頭を突き合わせるようにして地図に注目した。
「これは骨の城の地図だ。」
「そうみたいね。ここが私達が入って来た入り口よね。」
「こう上がってこう曲がって来たから、今オレ達がいるのはここだ。」
「するとこの赤い×印はなんなんだ？」
ラルクが一際目立つその印を指で示した。
「ふっふっふっ〜、だにゃ。」
突然、ニキータは不気味に笑った。
「オイラのカンが当たったにゃ。奪われた手紙には絶対何かあるとにらんでたにゃ。これはまぎれもなく宝の地図にゃ！」
「宝の、地図‥‥？」
ニキータ以外の全員が不信げにつぶやいた。
「×印が示す場所にはお宝が埋まっていると、昔から相場が決まってるにゃ！」
ニキータは自信満々に宣言した。
「すっごい理屈。でもホントにそうだったらすごいわね。それに手紙の差し出し人は海賊ペンギンで宛先もそのカシラのバーンズだったんだし、となれば俄然可能性は高いってことよね。」
「アナグマ達がペリカンから郵便を奪った理由もこれで頷けるな。」
コロナと瑠璃はすでに納得し始めている。
今度は宝探しをやろうと言い出す気ではないかと考えていた時、周りに異様な気配を感じた。
気絶していたと思っていたアナグマ達が全員意識を取り戻し、私達を取り囲んでいた。身構えるより早く、アナグマ達は地図をひったくると散り散りに破き、紙片をそれぞれにつかんで遁走してまった。
「‥‥‥‥‥‥」
まさしくアッという間の出来事だった。
「や〜ら〜れ〜た〜！アナグマのくせに生意気だわ！」
コロナはキーッ！とわめかんばかりに地団駄を踏んだ。
「野郎共！なにをグズグズしているのである！さっさと穴掘りを始めるのだーっ！」
ダミ声を響かせて、ごつい体つきの大男が怒鳴り込んで来た。アナグマ達の所属する穴掘り団の団長、コンゴだった。二本足で立つ彼の飼い犬プッツィを神と崇める妙な教団である。
「ん？アナグマ達がいないぞ。どこへ行ったのだ？」
コンゴはキョロキョロと辺りを見回し、私に気付いた。
「おおっ、そこにいるのはリーディスではないか！先日のプッツィ様誘拐事件では見事な働きでプッツィ様を探し出してくれたのである！改めて礼を言うぞ！ところでアナグマ達を見かけなかったか？」
私はアナグマ達が地図を破っていずこかへ逃げ去ってしまったことを伝えた。
「なんと！あいつらはなにをやっているのであるか！プッツィ様がお怒りになられるぞ！穴掘り団の名折れである！」
コンゴは怒りまくって走り去って行った。
「オイラ達もこうしてはいられないにゃ！アナグマを探すにゃ！」
成り行きのままに、私達はアナグマ達を追うことになった。
逃げたアナグマは５匹。私達は手分けして行方を追った。
「どうして俺までがアナグマなんぞを追いかけなきゃならんのだ。」
当然のことながらラルクは部外者を決め込もうとしたが、
「そんなこと言ってると、ドラゴン退治手伝ってあげないわよ！」
「ドラゴン退治ならあとでいくらでも出来るにゃ。ボケっとしてるとお宝をアナグマに横取りされてしまうにゃ。」
と、コロナとニキータに詰め寄られ、結局ジャジャラとの対決の時にアナグマ達の邪魔が入ってはかなわないということで、無理矢理手伝わされるハメになった。
仲間達と別れ、私はアナグマの足取りを追ってさらに上の階へと昇った。
入り組んだ迷路のような骨の城を歩き回るうちに、黒い骨の桟橋へと出た。その桟橋の手前にアナグマがいた。
「まっ！」
アナグマは驚きの声を上げたが、それは私に対してではなかった。
「ぐげ！」
アナグマ語は少しだけなら理解出来るが、確かこれはイヤな気持ちの表現だったように思う。
それもそのはずだった。桟橋の上には不気味なモンスターが鎮座していた。いや、これはただのモンスターではない。そこらのザコモンスターとは違う強力な力を感じる。
「不死皇帝か。」
「いかにも。我は死という名の鎧をまといし不死皇帝なり。ここより先は紫紺の竜ジャジャラの聖域。何人も立ち入ることは許さぬ。」
いつ間にか、城の主の部屋の前まで来ていたようだ。
私と不死皇帝の間に挟まれたアナグマは、慌てふためいて逃げ出した。しかしかなりのパニックに陥っているらしく、よりによって不死皇帝のいる方に向かって駆け出した。
まさか気の弱いアナグマが突進してくるとは思っていなかった不死皇帝は、みすみす横を駆け抜けるのを見逃した。
「何人も立ち入ることは許さないんじゃなかったのか？」
「あのような者、我が直接手を下すまでもない。ジャジャラの爪の一振りで事は済む。」
ザコをわざわざ主たるドラゴンに片付けさせようとは、大したドラグーンである。
地図の紙片を持ったアナグマを追うには、この桟橋を通るしかない。それにどのみちジャジャラの元へも行かなくてはならなかった。
私はアルテナ合金製のバトルハンマーを構えた。ここまで来たら、もうあとには退けないということだ。
「何者かは知らぬが、我と戦おうとする勇気は誉めよう。死を怖れぬ戦士よ。死して我が糧となれ！」
不死皇帝は自分の背丈ほどもあろうかという長剣を振り払った。ハイジャンプでそれを避ける。
「デストラクション！」
前方中範囲にダメージを与えるバトルハンマー技で反撃する。まともにヒットはしたものの、まるでダメージを与えることは出来なかった。やはりこの程度の攻撃では通用しないようだ。
「これしきの力か。オーラドライブ！」
今度はアウラ属性の魔法だ。ムーンサルトで避けながら、こちらからも魔法攻撃を仕掛ける。
「セイントフレア！ノヴァドライブ！」
不死皇帝がウィスプ属性とサラマンダー属性の魔法に怯んだところへ連続技を畳み掛ける。
「トールハンマー！タイダルウェイブ！」
「ぐぬっ！おのれ、小賢しい‥‥？どこへ消えた！？」
不死皇帝は突然姿を消した私を探して、周囲に目を走らせた。
やがて私の姿を見つけた不死皇帝はニヤリと笑った。
「かくれんぼのつもりか。受けよ、我が秘剣！次元斬！」
不死皇帝の凄まじい剣技が私を捕らえた。しかしその身を引き裂くはずの技は、私の体を通り抜け、背後の骨の柱を破壊しただけだった。
「なに！？イリュージョンか！」
「そのとおり。」
幻影を作りだし敵の注意をそらせる技である。私は不死皇帝の背後を取った。
「ハイパースラッガー！」
完全に無防備の状態で高威力のバトルハンマー技をくらった不死皇帝は、その場に倒れた。
「くっ‥‥よもや我がこのような小娘に‥‥」
「油断大敵って言葉知らないの？しかも相手が師匠じゃ分が悪すぎたわね。」
「１人でなにを突っ走ってるんだ。抜け駆けはやめてくれよな。」
振り返ると、コロナと瑠璃が立っていた。
「もうカタがついてるにゃ。つまらんにゃ。」
その後ろからニキータがのんびりとやって来た。さらにその後ろにはラルクが続いている。
「無様だな、不死皇帝。」
「お前はラルク‥‥ティアマットのドラグーン。」
自分を見下ろすラルクを、不死皇帝は見上げた。
「自らの仇でも取りに来たか。砦落としのラルクよ。」
「そんなカビの生えた話は忘れたな。それに俺の仇はシエラが取った。お前もいい加減奈落へ行け。」
「フッ‥‥ドラグーンたる者がなにをたわけたことを。ドラグーンは死なぬ。ドラゴンが健在である限りドラグーンもまた不死だ。我は不死皇帝！それはこれからも変わらぬ！」
「竜の威を借る狐が。お前の主をこれから殺す。不死を名乗っていられるのもあとわずかだな。」
力尽きた不死皇帝に侮蔑の一目をくれ、ラルクは桟橋を渡った。
私達はジャジャラの部屋を目指した。ここに来るまでに、コロナ達はそれぞれアナグマから地図の紙片を取り返していた。これで残るはこの奥に逃げ込んだアナグマの持つ紙片だけである。
「ねえ、さっき仇がどうとか言ってたけど、あれってどういう意味？」
コロナに訊かれたラルクは、その質問をあまり快く思わなかったようだが、やがて仕方なさそうに説明した。
「ずっと昔、俺の故郷は不死皇帝の治める国に侵攻された。その戦いの最中、俺は不死皇帝の息のかかった裏切り者の手によって命を落とした。しかしその不死皇帝も、シエラによって暗殺された。俺の敵討ちはとうの昔に済んでいるというワケだ。」
「シエラってさっき会った人でしょ？へえ〜、単なる敵同士かと思ったら意外な繋がりだわ。」
「無駄口はここまでにしろ。もうすぐジャジャラのいる玉座の間だ。」
緊張した声でラルクは言った。
私達の前に、紫紺の竜ジャジャラがその姿を現した。
ラルクが言っていたとおり、ジャジャラは骨だけの姿となったドラゴンだった。
その異様な外見にはさすがに圧倒される。
「ティアマットのドラグーン‥‥とうとうここまで来おったな。メガロードとそのドラグーンである風読み士達を倒し、我がドラグーンまでも地に這わせたか。ティアマットめ、過去の罪を悔いるどころか今なお悪しき欲望のためにマナを欲するとは、どこまでも邪気にまみれし真紅の竜よ！」
「マナストーンさえ渡せばお前の命などに興味はない。こちらとしては手間を省かせてもらえると大助かりなんだがな。」
「笑止！マナストーンを守るは知恵のドラゴンの永久なる使命！ドラグーンがそのような愚問を発するとは、さすがはティアマットの犬というべきか！」
問答はここまでだった。すぐさまジャジャラとの戦いが始まった。
ジャジャラはその外見の迫力に劣らず強いドラゴンだった。繰り出す攻撃の威力は凄まじく、まともに受ければ即死は間違いない。そして骨だけの体は非常に強靱だった。
だが、こちらも負けてはいない。なんといってもやたらと戦闘に長けたメンバーが５人なのだ。
蝶のように蜂のようにのごとく片手剣を閃かせる瑠璃。体に似合わぬ軽いフットワークでジャジャラの攻撃を避けながら拳や蹴りで急所を突いていくニキータ。片手斧を振りかざし鬼神のような勢いで確実にダメージを与えていくラルク。ジャジャラに反撃のスキを与えないよう絶妙のタイミングで魔法を発動させるコロナ。
時間はかかったが、最終的に私達はジャジャラを倒すことに成功した。
倒れたジャジャラを前にして、ラルクは片手斧を腰の革袋にしまった。
「‥‥なぜトドメを刺さん。お前はわしを殺しに来たのだろう？」
「さっきも言ったが、俺が興味があるのはマナストーンだけだ。もらっていくぞ。」
ジャジャラの前を通り過ぎ、ラルクは玉座の間の奥にある部屋へと入って行った。残された私達もなんとなく彼のあとについてその部屋へ入った。
４ｍ四方の小さな部屋の中央に、瑠璃色に光り輝く大きなクリスタルが浮かんでいた。
「これがマナストーンだ。ジャジャラが紫紺の竜と呼ばれるのは、守るマナストーンの色に由来する。」
コロナ達が説明を求めるまでもなくラルクは言った。
メガロードの守るマナストーンも鮮やかな青色を呈していた。だからかのドラゴンは群青の竜と呼ばれていたのだ。
ラルクは右手を軽くマナストーンに触れた。たったそれだけの行為で、マナストーンは氷が熱に蒸発するように一瞬で消え去った。
「これでマナストーンはティアマットの元へ送られた。もうここに用はない。戻るぞ。」
「まだ用はあるにゃ！アナグマはどこにゃ！？」
「そうよ！ここに逃げ込んだんでしょ、師匠！？」
コロナとニキータが騒ぎ立てた。そういえばすっかり忘れていた。
玉座の間へと戻り、辺りを見回す。アナグマは‥‥いた。
部屋のすみっこで丸くなっている。すぐそばで骨のドラゴンとの派手な戦闘を目の当たりにしたのだから無理もない。
と、てっきりアナグマは恐怖におののいて縮こまっているものと思いきや、とんでもなかった。アナグマはぐーすかといびきをかいて寝ているだけだった。
「どんな状況でもマイペースなのがアナグマにゃ。」
「ある意味大物よね。あ、地図の切れ端発見。」
コロナはちょっとやそっとでは起きそうにないアナグマから、地図の紙片を取り返した。
早速その場で集めた紙片をつなぎ合わせてみる。
「私達が別れた場所ってここよね。えっと、私はこう行ってこの辺りでアナグマを見つけたんだわ。」
「オレはここでアナグマをつかまえて、それからこの階段で上がって来た。」
「オイラはこのすぐ下の階でアナグマをとっつかまえたにゃ。それから昇降機で上に上がったにゃ。」
「俺は昇降機に乗ろうとしていたアナグマをつかまえた。昇降機はここだ。そしてこれはさっき渡った桟橋だな。」
「すると‥‥」
私は地図から顔を上げ、結論を口にした。
「赤い×印が示しているのはこの部屋ということになる。」
「でもどう見てもなーんにもないただのだだっ広い広間だわ。」
「宝が隠されているような場所には見えないな。」
「床に埋められているとも考えにくいにゃ。」
「そもそもその地図は信用出来るシロモノなのか？ジャジャラの足元に宝を隠すなんてこと自体、無理な話だと思うがな。」
「‥‥宝？お前達、あの宝箱を探しておるのか？」
私達の会話が聞こえたらしいジャジャラが、倒れたままの姿勢で言った。
「何か知っているのか？」
私の問いかけに対して、ジャジャラは答えるべきか迷っているようだったが、やがて自分は敗者であると観念したらしく話し始めた。
「数日前、ここへ海賊ペンギンが迷い込んで来おった。重要なモノが入れられた宝箱を隠す場所を探しているということだった。わしはそのペンギンに、宝箱はここに隠して行くがいいと言ったのだ。ちょっとした戯れというヤツよ。」
「そうか。しかし不死皇帝の目を盗んでよく海賊ペンギンがここまで来れたな。」
「フッ、事実アナグマもそこにおるだろうが。不死皇帝、あやつは完全にわしに服従してはおらんからな。たまにわざとザコを送ってよこすのだ。」
なるほど。しかし仮にも皇帝を名乗っていた者が、ずいぶんと幼稚な反抗をするものだ。
「それで宝箱はどこにある？」
ジャジャラは壁の一部を視線で示した。
「赤い骨が一本あるだろう。それを引け。」
私は言われたとおりに骨を引いた。
骨が抜けると骨の壁が一部崩れ、その中からメノス銅製の宝箱が出てきた。
「この中にお宝があるにゃ！開けるにゃ！」
「師匠、早く早く！」
ニキータとコロナは目の色を変えている。
当然宝箱には鍵がかかっていたが、バトルハンマーの柄の部分で２、３度突つくとあっさり壊れた。
私達は息を呑み、せーので宝箱を開いた。
宝箱の中に入っていたのは、ルクでも銀でも宝石でもなかった。ただ一冊の本が入っていただけだった。
「本〜！？なんで本がお宝なの！？」
「詐欺にゃ！ペテンにゃ！」
宝箱に必ずしも金銀財宝が入っているワケではないのだが、今のコロナ達にそれを言ってもムダだろう。
しかし私はその本の表紙に見覚えがあった。これと同じものをどこかで見た気がする。
「なんだ、これは？」
落胆しているコロナ達をよそに、本を手に取ってパラパラとめくっていた瑠璃が言った。
私は横から本の中身をのぞき込んだ。
「あ。」
出だしの１行を読むなり、私はこの本がどういう内容のモノで誰の物であるかを思い出した。
「ねえ、お星さま、遠くのお空で輝くあなた、あなたのお顔はどんなかしら‥‥なんだ、これは？」
反対側からのぞき込んでいたラルクは文章を声に出して読み、瑠璃とまったく同じ感想をもらした。
聞いてのとおり、それは詩集だった。それもかなり乙女チックなポエムである。
「笑顔なの？それとも泣いているの？ふるえているのは風のせい‥‥？」
続きを瑠璃が読んだが、その声も震えている。どうやら笑いをこらえているらしい。
「なんなんだにゃ。新手の冗談のつもりかにゃ。」
「驚きの連続よね。宝箱の中には本が一冊だけ、しかもポエムしかもメルヘンっ。一体誰が書いた詩集なのよ？」
「コンゴだ。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
私の答えに４人はたっぷり１０秒間は固まった。
コンゴ率いる穴掘り団と、セイウチのバーンズ率いる海賊団。この二団はことあるごとに火花を散らすライバル同士である。おそらくこの詩集もコンゴの足を引っ張るために、海賊ペンギン達が盗み出したのだろう。
そして宝箱に収めて骨の城に隠し、その在処を示した地図をカシラのバーンズに送ろうとした。それを知った穴掘り団が詩集を取り返すために、地図を郵便ペリカンから奪った。今回の一連の騒ぎをまとめるとそんなところだろう。
「アホらしいにゃ。オイラもう帰るにゃ。」
「なんだかくたびれちゃった。師匠、家に帰ってイカレモンソーダでも飲みましょ。」
「そろそろ真珠を迎えに行かないとな。」
「奈落へ戻ってティアマットに事の報告せねばならん。」
彼らはゾロゾロと来た道を戻って行った。
私はその場に残された詩集を手に取り、彼らのあとを追った。
骨の城の出口で、私達は詩集の著者コンゴとアナグマ達に再び出くわした。
「地図を奪われただとーっ！？あの地図には盗まれたワシの２番目に大事なモノの隠し場所が示してあるのだぞ！ちなみに一番はもちろんプッツィ様である！いやそんなことより、ぐまぐま言ってないで早く取り返してこーい！」
アナグマ達はコンゴの怒鳴り声に追い立てられるようにして散らばって行った。
「盗まれた２番目に大事なモノとはこれだろう。」
私はコンゴに詩集を差し出した。
「おおっ！？これはまさしくワシの自作詩集その名も『星と月とわたし』！お主が取り戻してくれたであるか！」
詩集を受け取ったコンゴは小躍りせんばかりに喜んだ。
「さすがはプッツィ様を探し出しただけのことはある！感謝するぞ！礼をしたいところだが、あいにく今はなにも持ち合わせがないのだ。」
「気にするな。」
「いや、そうもいかん。おお、そうだ、こんなものでよかったら受け取ってくれ。」
コンゴはいつもかぶっているフワフワ毛皮の帽子を脱ぎ、その中からキラキラと光るものを取り出した。
「城の中を走り回っている時、これを見つけたのだ。星のオタワリといって薬などの調合に使われるモノである。そこそこレアなモノであるから取っておいてソンはないと思うぞ。」
「あーっ！星のオタワリ！すっかり忘れてた！」
コロナは声を上げた。宝探しに夢中になって、当初の目的を完璧に失念していた。バドが聞いたらさぞかし嘆くかふてくされることだろう。
「おーい、アナグマ共！ワシの詩集が無事に戻ってきたぞーっ！早く集まるのである！プッツィ様のおられるウルカン鉱山のアジトへ帰るぞ！」
コンゴは星のオタワリを私に手渡すと、散り散りになったアナグマ達を追いかけて城の中へと戻って行った。
骨の城を出た私達は、魔法学園の学生達が行き交う集落へと再び戻って来た。
「コ、コロナ〜。み、見つけたよ、妖精のりんぷんっ。」
「ほら、コロナ！ちゃんと見つけたぜ、まだら銀きのこ！」
タイムとセージが先を争うようにコロナの元へ駆け寄って来た。それぞれの戦利品を得意げに掲げたが、２人ともかなり疲れているように見えた。ローブは泥だらけで袖や裾はすり切れ、その姿からは必死になって探したという苦労がうかがえた。
「ありがと、タイム。ありがと、セージ。」
コロナはとびっきりの笑顔を見せて、目的の品を受け取った。
「い、いやあ、コロナのためならこれくらいなんてことないよ。」
「軽い軽い。大したことじゃないさ。」
「ホント、感謝してるわ。それじゃ私達先を急ぐから、またねっ。」
コロナは軽く手を振り、まだ話し足りなそうな２人を置いてさっさと集落の出口へ向かった。
途中振り返ると、魔法学園の教師らしい獣人女性から叱られている２人の姿が見えた。与えられた課題が終わっていなかったことが原因のようである。
「かわいそうに。」
「あわれにゃ。」
「平気平気。これくらいで落第なんかしないわよ。」
２人の学生に同情する瑠璃とニキータに、コロナはあっさりと言った。
集落の出口で、私達は別れた。
「世話になったな。ワケのわからん宝探しにも付き合わされたが、なかなか楽しい見物だったぜ。」
立ち去ろうとしたラルクは、私の物問いたげな顔を見て足を止めた。
「なにか訊きたそうな顔をしているが？」
「なぜジャジャラにトドメを刺さなかったのか、少し不思議に思ったんだ。あのドラゴンが生きている限り、不死皇帝も不死のドラグーンであり続けるんじゃないのか？」
「そのことか。言っただろう、もう俺は不死皇帝を恨んでも憎んでもいない。奴にジャジャラを殺すと言ったのは、少しばかり脅かしてやっただけのことだ。」
ラルクはニヤリと笑った。恨んではいないと言いながら、なかなかに意地の悪いことをするものだ。
「ティアマットは他のすべてのドラゴンを殺したがっているが、俺に課せられた使命は飽くまでマナストーンの奪取だ。よけいな仕事までする気はない。」
前にノルン山脈で戦ったメガロードにも、ラルクはトドメを刺さなかった。不死皇帝と同じく、ラルクもまた主たるドラゴンに絶対的な臣従はしていないようである。
「それじゃまたな、リーディス。」
「もっとおいしい儲け話があったらまた誘うにゃ。」
瑠璃とニキータも去り、私とコロナだけが残った。
「ところで師匠、その宝の地図はどうするの？」
コロナは私の手の中にあるバラバラになった地図に目をやった。
「貼り合わせてから封筒に入れて、郵便ペリカンに渡そう。彼女が最初の予定どおり郵便をバーンズの元に届ければ、それで面目は保たれる。」
「でも地図に示された宝箱の中身は、穴掘り団の団長に上げちゃったじゃない。」
「もともとあの詩集はコンゴのものだ。盗んだ海賊団からしてみれば、詩集が持ち主の元へ戻ったのはアテ外れかもしれないが、それも仕方がない。」
「そうね。でもまあこれで元のサヤにおさまったってことよね。」
コロナはどことなく楽しそうに言った。
その時私は、視線を感じてとっさに振り向いた。視線の主を探す。
私を見ていたのは、骨の城でラルクに警告を発した人物。残る最後のドラゴンのドラグーン、シエラだった。
シエラと私はしばし見つめ合った。
やがてシエラは、なにも言わずにその場から立ち去った。
「どうしたの、師匠？」
「いや、なんでもない。さあ行こう。」
バドが首を長くして待っている我が家へと帰るべく、私達は歩き始めた。
ドラグーンシエラ。彼女と再び会う日は近いだろうか。その時はやはり、私と彼女は敵同士なのだろうか。そんなことを考えながら。