ホテル内を一通り見て回った私達は、ロビーに戻って来た。
「見つからなかったね。それらしい人。」
「相変わらず核の反応はあるんだがな。」
エレと瑠璃が私の顔を見る。さて、どうしたものか。
これからの行動を決めかねていると、後ろから声がした。
「そんなところに突っ立ってられると邪魔ナノねん。そこをどくノねん。」
振り返ると、そこにいたのはザルに入った魚だった。いやそれともザルをはいた魚と言うべきか。
「これはこれはザル魚様。お待ちしておりました。」
フロントからターバン頭の支配人が飛んできた。支配人のやたらと腰の低い対応から見ても、そのザル魚とやらはかなりのＶＩＰのようだ。
「今日もいつも通りに貸し切り、約束ナノねん。ルヴァーンシュちゃんはいるノねん。」
「はい、もちろんでございます。ステージ袖で準備しております。ささ、ラウンジの方へどうぞ。」
支配人に案内されて、ザル魚は悠々とラウンジに入って行った。
「あの人がルヴァーンシュの言ってたザル魚さんなのね。いつも通り貸し切りって、すごいお金持ちなんだ。」
「なんでも友人から莫大な遺産を相続したらしいですよ。いわゆる成金ってやつですね。」
意外そうに言うエレに、支配人と同じ様なターバンを巻いたフロント係がそう教えてくれた。
「へえ。あんな箸にも棒にもかからないような魚に遺産をくれてやるだなんて、奇特なヤツもいたもん‥‥何？」
瑠璃の核が煌めきを放っていた。
「さっきの魚が？まさか！？」
瑠璃はザル魚を追ってラウンジの方へ走り出した。私とエレもそのあとを追う。
ラウンジに入るなり、当のザル魚の声が聞こえてきた。何やら怒ったような声である。
「お前一体なんナノねん！ルヴァーンシュちゃんに馴れ馴れしくしないでほしいノねん！」
ザル魚の怒りの理由はすぐに分かった。あのギルバートがルヴァーンシュにちょっかいをかけていたからだ。
「ああ〜、ステキだよ君の情熱のダンス。踊る君の周りでボクの愛の炎も踊っているさ〜。」
「もう〜、ウルサイ！あっち行っててよ！」
「そんなツレないところもまた魅力的だよ〜。」
「コラ！ルヴァーンシュちゃんから離れるノねん！今日は僕の貸し切りナノねん。ビンボー人は出て行くノねん！」
「あっ、エレ〜！助けてよ、こいつらどうにかして！」
「ど、どうにかって言われても‥‥」
ルヴァーンシュに助けを求められたエレは困り果てている。
「おや、君はさっき会った美しいセイレーンだね。２人は友達だったのか。ようし、それじゃあ３人で愛の航海へと旅立とう〜。」
言うや否や、ギルバートはエレとルヴァーンシュを軽々と両脇に抱え、そのままラウンジのテラスから外へと飛び出してしまった。
‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥。
「エレ！」
「ルヴァーンシュちゃん！」
「なんだアイツは！」
「う、うちの踊り子が〜！」
私達が我に返った時には、３人の姿は影も形もなくなっていた。
「ここにザル魚君はいるかね！ん？何事かね、この騒ぎは！？」
入れ違いでボイド警部が駆け込んで来た。たった今起きた出来事を話すと、ボイド警部はやかんが沸騰した時のような蒸気を上げてカンカンに怒った。
「なんということかね！宝石泥棒の次は誘拐事件か！まったく次から次へと！」
「宝石泥棒？なんのことナノねん。」
「ん！ひょっとしてチミがザル魚君かね！町の人から聞いたのだがチミ、『青い瞳』と呼ばれるサファイアを持っておるだろう！」
「なんナノねん、ヤブから棒に。サフォーからもらったサファイアの核のことを言ってるノねん。それならこれナノねん。」
ザル魚はザルの中から碧く煌めくサファイアを取り出した。同時に瑠璃の核が強い煌めきを放つ。
「それは珠魅の核！なんてことだ。やっと見つけたと思った仲間がこんな姿に‥‥！」
瑠璃はザル魚に掴みかからんばかりの勢いで身を乗り出した。
「おい、貴様！その核をどうした！どこで手に入れた！まさか珠魅から奪い取ったんじゃないだろうな！」
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでほしいノねん。これはサフォーからもらったノねん。サフォーはボクの友達ナノねん。宝石泥棒に奪われるくらいならって、サフォーが自分で核をはずしてボクにくれたノねん。」
「な‥‥なんだと！お前、それを止めなかったのか！友達のクセに！」
「落ち着きたまえ、瑠璃君！今さらザル魚君を責めてもどうしようもないからね！それより今は宝石泥棒サンドラから『青い瞳』を守ることが先決だ！」
ザル魚を三枚に下ろしかねない瑠璃を、ボイド警部が押し止めた。
「それ本当ナノねん？宝石泥棒がボクのサファイアを狙ってるノねん。そんなの冗談じゃないノねん。」
ザル魚は慌ててサファイアの核『青い瞳』をザルの中にしまい込んだ。
ボイド警部の話によれば、ザル魚は『青い瞳』を担保にあちこちで金を借りまくっているらしい。彼が大金持ちになったのは、すべて『青い瞳』のおかげだった。
「宝石泥棒もコワイけど、それよりルヴァーンシュちゃんナノねん。歌うヘンな馬にさらわれちゃったノねん。」
「おお、そうだった！誘拐事件の方もなんとかせねば！それで犯人はどこへ行ったのかね！」
ボイド警部の質問に答えられる者はここにはいない。なんと言ってもアッという間の出来事だったのだ。手並みの鮮やかさで言えば、宝石泥棒サンドラも顔負けだろう。
「うむむ〜！とにかく町へ出て聞き込みだ！誰か見てるかもしれんからね！それとザル魚君！チミも一緒に来たまえ！今１人にする訳にはいかんからね！」
私と瑠璃、ボイド警部、ザル魚の４人はエレ達の行方を追ってホテルの外へ出た。見送る支配人が、「どうかルヴァーンシュを連れ戻して下さい。うちの看板踊り子なんです〜。」と必死の表情で懇願していた。
エレとルヴァーンシュをさらったギルバートの行方は、思いの外すぐにつかめた。ポルポタ沖に停泊している海賊船バルドに乗り込んでいたのだ。ホテル所有の船を借りた私達は、その海賊船に乗船した。
「なんだなんだ、ぞろぞろと。俺様の船になんか用か？」
海賊船バルドの頭、セイウチのバーンズが甲板にその巨体を現した。彼の周りには手下の海賊ペンギン達が集まっている。
「我々は人を捜している！チミ達、セイレーンと踊り子とケンタウロスを見かけなかったかね！」
「なんだそりゃ？見ての通り、この船にゃペンギンと俺様しか乗ってねえぜ。」
バーンズは言ったが、どう見てもすっとぼけてるとしか思えない。
「オカシラ！どうしやしょう！もう警察が乗り込んできたでやんす！」
「あのセイレーンと踊り子とケンタウロスを売り飛ばして一儲けしようって計画が水の泡になっちまうでやんす！」
「‥‥水の泡にしてるのはてめえらだ、アホウどもが！ペラペラよけいなことをしゃべるんじゃねえ！それに『やんす』はやめろと言ってるだろ！」
バーンズは海賊ペンギン達の頭を続けざまに殴った。
「ナニ！売り飛ばすだと！人身売買は海賊のやることだぞ！けしからーん！」
「アホか！俺たちゃその海賊だ！こうなったら海の藻屑と消えてもらうぜ！行け！野郎ども！」
バーンズは海賊ペンギン達をけしかけた。素直にエレ達を返す気はないらしい。
私はよく手入れされた愛用の竜鱗の槍を構え、向かってくる海賊ペンギン達の前に立ちはだかった。
「スターダストスロー！」
前方中範囲に広がる槍技攻撃で、海賊ペンギン達をなぎ払う。初歩の槍技だが、海賊ペンギン相手ならこの程度の攻撃で十分だった。
「オ、オカシラ‥‥やられたでやんす。」
「‥‥てめえらにゃハナから期待してねえよ。それより誰かと思えばリーディスじゃねえか。いつから警察の犬になったんだあ？」
「お前、海賊にも知り合いがいるのか？」
「不良ナノねん。」
瑠璃とザル魚はそれぞれに言った。
確かに私は海賊船バルドの連中とは顔なじみだ。それというのも、彼ら海賊団とそのライバルである穴掘り団との抗争、というか子供のケンカのような小競り合いに何度か巻き込まれたことがあるからだ。
「バーンズ、ここにいるセイレーンと踊り子は私の友人なんだ。返してくれないか。あと、まあこれは別にどうでもいいんだが、ついでにケンタウロスも。」
「お前さんの友達だと？ふ〜む‥‥そういうことならしょうがねえな。あんたにゃいろいろと恩義もあることだし、いいぜ。ヤツらを連れて帰んな。」
「ありがとう、バーンズ。」
「よせやい、礼なんざ言われる覚えはねえぜ。それと言っとくが、アイツらは俺達がさらったんじゃなくて、自分達で勝手にこの船に乗り込んで来やがったんだからな。と言うより、あのヘンな馬野郎が無理矢理連れて来たみたいな感じだったが。」
「それを売り飛ばそうとした訳か。」
「あったりめえだ。飛んで火にいる夏の虫を料理しねえなんざ、海賊がすたるってもんよ。なあ、野郎ども！」
「そのとおりでやんす！」
「やんすはやめろと言ってるだろーがっ！」
バーンズは再度ペンギン達を張り倒した。
「こんなおバカ達のカシラやっててよく疲れないノねん。」
「やかましい！ヒラキにして食っちまうぞ！」
バーンズに怒鳴られたザル魚は、慌ててボイド警部の背後に隠れた。
やがて海賊ペンギンに連れられて、エレとルヴァーンシュが甲板に上がって来た。
「エレ、大丈夫か？」
「リーディス！助けに来てくれたのね、ありがとう。でもよかったわ。解放されるのがもう少し遅かったら、歌っちゃおうかと思ってたの。」
エレはいたずらっ子のようにペロッと舌を出した。
「オカシラ！セイレーンが歌うと船が沈むでやんすよ！放して正解でやんす！」
「アホウ！この海賊船バルドは俺様の気力で浮いてんだ！歌なんぞで沈むかってんだ！」
バーンズはふんぞり返って言い切った。
「ルヴァーンシュちゃ〜ん、無事でよかったノねん。心配したノねん。」
ザル魚はルヴァーンシュに駆け寄った。
「私のこと心配してくれてたの？」
「もちろんナノねん。ルヴァーンシュちゃんは大事な人ナノねん。ルヴァーンシュちゃんがいなくなったら僕は死んでしまうノねん。」
「でも、あなたが持ってる『青い瞳』よりは大事じゃないんでしょ？」
「何を言ってるノねん。ルヴァーンシュちゃんを宝石なんかと比べられないノねん。」
「そう‥‥。ありがとう、ザル魚君。」
ルヴァーンシュはザル魚の頬にキスをした。あれだけ嫌っていたのに、どういう風の吹き回しだろう。
「ルヴァーンシュとは比べられない、か。泣かせるわね。」
ルヴァーンシュはいつの間にか、その手に『青い瞳』を握っていた。
「あっ！僕の大事な宝石、いつの間に取ったノねん！ルヴァーンシュちゃん！」
「君はルヴァーンシュさえいれば何もいらないんでしょ？だったらこの『青い瞳』は私がもらってもいいってことよね、ザル魚君！」
軽くステップバックしたルヴァーンシュは、そのままバク宙で船の手すりの上に着地した。
「待てい！チミはあの踊り子ではないな！」
ボイド警部は怒鳴った。
ルヴァーンシュは一瞬にしてその変装を解いた。その仮面の下から現れた顔は――。
「サンドラ！」
瑠璃が叫ぶ。そう、目の前の彼女こそ希代の宝石泥棒、そして今は珠魅殺しとして悪名高いサンドラだった。
「フフフ、『青い瞳』は確かに頂いたわ。そうそう、ザル魚君の大事なルヴァーンシュちゃんはホテルの楽屋でお昼寝中よ。では皆様、お先に失礼。」
サンドラはウインクすると、手すりから力強くジャンプした。海に落ちるものと思いきや、サンドラはロープをつかみ空へと昇って行った。ロープの先にいるのは大カンクン鳥だった。
「くっそー！また逃げられた！ガトの時とおんなじだ！」
ボイド警部は地団駄を踏みながらわめき散らした。またしてもサンドラにしてやられたのだから無理もない。
「今のがサンドラなの？じゃあ、捕まってる間一緒にいたのもルヴァーンシュじゃなくて‥‥」
「変装したサンドラという訳だ。」
エレの言葉に瑠璃は苦々しげに言った。
「ぼ、僕の宝石が〜！誰か取り返してナノねん〜！」
「おい！セイウチのカシラ！早くこの船を動かせ！サンドラを追えーっ！」
「無茶言うな。鳥につかまって飛んでった奴に追いつける訳ねえだろ。」
ボイド警部とザル魚とバーンズがもめている。
「やれやれ、大変な目に遭ったよハニ〜。この人達ってば、いきなりボクらをロープでぐるぐる巻きにして船倉に閉じ込めたんだよ。ゲストに対して失礼だと思わないかい？」
そこへのんびりとギルバートが現れた。一斉に非難の視線が集中する。
「元はと言えば、チミが２人をさらっていったりするからややこしくなったのだぞ！」
「俺様の船をゴタゴタに巻き込みやがって！どういう了見してやがんだ、てめえ！」
「僕の宝石どうしてくれるノねん！ビンボー人になるのは嫌ナノねん〜！」
甲板の上は何が何やらの騒ぎとなった。サンドラの大カンクン鳥は、すでに空の彼方に消え去っていた。
ホテルに戻った私達は、サンドラが言った通り舞台裏の楽屋で眠らされていたルヴァーンシュを見つけた。ルヴァーンシュは何も覚えていなかったが、サンドラに『青い瞳』が盗まれたことを聞くと、
「でもザル魚はいい気味よ。これであいつも大人しくなるんじゃない？あいつの嫌いなビンボー人の仲間入りだもんね。」
と、手厳しいことを言った。
私達はホテルをあとにした。
「そうだ！真珠姫！」
表に出た途端、瑠璃は思い出したように叫んだ。そういえば私達は真珠姫を探してポルポタに来ていたのだった。
「瑠璃さん、見て。また核が光ってるわ。」
エレに言われて、瑠璃は自分の核の煌めきに気付いた。
「この煌めきは‥‥真珠！あいつがこの近くにいる！」
瑠璃は走り出した。その瑠璃を追いかけて飛び込んだ先は、ショッピングマリーナだった。
「あ、瑠璃くん。それにお姉さまも。」
ショッピングマリーナのコーヒーショップに真珠姫はいた。リュミヌーとフラメシュが一緒だった。
「どこに行ってたんだ、真珠！探したんだぞ！」
「ご、ごめんなさい、瑠璃くん‥‥」
真珠姫はしゅんとうなだれた。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない。真珠姫も好きで迷子になった訳じゃないんだから。ねえ？」
「そうそう。真珠姫だって１人で心細かったんだからね。彼女の騎士ならもっとちゃんと見てなきゃ。」
リュミヌーとフラメシュが真珠姫を弁護した。
「あんた達が真珠を見つけてくれたのか。礼を言う。」
リュミヌーとフラメシュの話によると、真珠姫はマドラ海岸の浜辺をふらふら歩いていたところを彼女達に発見されたらしい。
とにもかくにも、真珠姫は無事に保護された。瑠璃と真珠姫とはそこで別れた。
「あんたにはいつも世話になってばかりだな。」
「ありがとう、お姉さま。」
「今回はリュミヌー達のおかげだ。私は何もしていない。」
「それじゃ、あんたの人脈のおかげということにしとくさ。」
「さようなら、お姉さま。またね。」
瑠璃達が去り、私となかよし３人組が残った。
「さてとそれじゃ、リーディスの家に行ってねぎらってもらおうかな。」
「今度はサンタリンゴのコンポートが食べた〜い。」
「あ、私も。さあ行こっ。リーディス！」
私は肩をすくめた。やれやれと思う気持ちと、どこか嬉しいような気持ちを抱いて我が家へと帰る。
明日はどんな出会いが、どんな旅が待っているのかを心待ちにして。