〜Ｓｏｎｇ ｏｆ Ｍａｎａ〜
懐かしい歌を聴いた
それは遠く遠く
けれど一番心の近い部分で鳴り響いていた
碧く瑞々しく そして力強く私に語りかけてくる歌 生命の歌
第１話【宝石泥棒と恋の人さらい】
目を閉じていても、光を感じる。朝だ。また旅が始まる。旅という名の１日。何かに導かれ、何処かへと辿り着くための旅。
「師匠ーっ！早く起きないとイタイ目みますよーっ！」
耳元でバドの怒鳴り声がした。同時に、魔法発動の気配を感じる。
「そぉれ！ロックチャージっ！」
バドお得意のノーム属性の魔法。
魔法が完成するより速く、バク宙でベッドから飛び出した私はバドの背後を取り、その後頭部に空手チョップをお見舞いした。
「イテーっ！」
「発動までの時間が遅い。まだまだだな。」
「は、はい‥‥修行します。ところで朝ご飯の用意が出来てますよ。早く着替えて降りて来て下さい。」
バドは頭をさすりさすり階段を降りて行った。
手早く身支度をすませる。服を着替え、髪飾りをつけて準備完了。しかしこの髪飾り、周りからは妙ちきりんとかヘンテコな棒とか散々言われているが、私自身は気に入っている。だから今日も、きちんと左右に３本ずつ付けている。
「師匠、おはようございまーす。お客さん来てますよ。」
一階に降りて行くと、コロナが客に飲み物を振る舞っているところだった。
「おはよう、リーディス。」
「モーニン〜。」
「お邪魔してまーす。」
その客とは、エレ、リュミヌー、フラメシュのなかよし３人組だった。
「さっきまでロアの酒場で飲み会しててね、今その帰り。午前様ってヤツ？」
「で、リュミヌーがリーディスのとこのキャットアプリコットジュースが飲みたいって言うから寄ってみたの。早速ごちそうになってまーす。」
「ごめんね。こんな朝早くに押し掛けちゃ迷惑だって言ったんだけど、この２人聞かなくて。」
リュミヌーとフラメシュはコロナが出したお目当てのジュースを満足そうに飲んでいるが、エレだけは申し訳なさそうに上目遣いで私を見ている。
「うちにはいつ来てもかまわないから気にしなくていい。でも君達、一晩中飲んでたのか？」
セイレーンとマーメイドが酒豪だとはついぞ知らなかった。
エレ達と一緒に朝食を取った私は、朝の日課である果樹園の収穫のために家の外へ出た。果樹園の老木トレントは、毎日たくさんの果実を実らせてくれる。家庭菜園は私の趣味の一つだ。
しかし、趣味といえば他にもいろいろと。ペット牧場でヒナの育成。作成小屋で武器防具の作成。魔法楽器の作成。ゴーレムの作成。もっともこれらは趣味というより、自給自足で生きていくための生活の糧だった。生活する上で必要な物は、すべて我が家でまかなうことが出来た。
そういう事情もあって、ある時までの私は外界と接することはほとんどなかった。知人も友人もなく、よその土地へ出向くことも一切なかった。
そう、あの時までは――。
ハートミントとイカレモンを収穫したあと、トレントに種を渡す。これでまた新しい実を実らせてくれるはずだ。
「今日も世界はマナに満ちている。」
そう言ってトレントは小枝を揺らして笑った。
マナ。全ての源。世界を形作る根元的な力。あの時見た不思議な夢はマナと関係があるのだろうか。
夢の中で私は、雲をも突き抜けそうなほどに大きな大樹を見上げていた。トレントより遥かに大きく、より長い年月を重ねた一本の樹。その姿を見ているだけで、懐かしく暖かな気持ちになる不思議な樹。そして、声が聞こえた。
――私を思い出して下さい
――私を求めて下さい
――私は全てを限りなく与えます
――私は『愛』です
――私を見つけ、私へと歩いて下さい
実はもっといろんなことを聞いたような気もするのだが、はっきり覚えているのはこの部分だけだった。夢診断でもしてもらいたいくらいの訳の分からない内容だが、確かなことが一つだけある。
この夢を境に、私の日常は徐々に、だが大きく変わり始めた。
まず最初に、家の前に草人が現れた。その草人は積み木の町をくれた。ついでに、これまた意味不明なメッセージを添えて。
「世界はイメージで出来てるんだって。まっしろなココロの人はどこへでも行けるの。」
私はその積み木を持って家の外へ、これまでほとんどと言っていいほど行ったことのなかった外の世界へと足を踏み出した。
ドミナという町へ行った。そこでいろいろな人々と出会った。行商人ニキータ。珠魅の騎士、瑠璃。町の道具屋一家、マーク、ジェニファー、レイチェル。タマネギ剣士ドゥエル。フルーツ占い師メイメイ。今では我が家の居候兼弟子と化しているバドとコロナの双子の姉弟と出会ったのもドミナだ。
その後も私は様々な土地へ行き、出会いを重ねた。エレ達もそんな中で出会った人々だ。
この変化に私は最初戸惑った。以前なら、今日のように朝っぱらから人が訪ねてくるなどということは考えられなかった。しかし今の私は、この日常を楽しんでいる。そして次なる新しい土地、次なる新しい出会いを密かに心待ちにしている。
果実の収穫を終えたあと、作成小屋で新作の魔法楽器を作っていた私のところにエレ達がやって来た。
「リーディス、また何か作ってるの？」
「ああ。今取り組んでるのは風のフルートだ。この間、精霊ジンにコインをもらってから創作意欲が沸いてね。そうだ、これが出来上がったらエレにあげよう。ジン属性の魔法はエレの得意技だっただろう。」
「ホントに？ありがとう、うれしいな。楽しみにしてるわね。あ、そうだ、リーディスにお客さんよ。」
エレ達のあとに続いて作成室に入って来たのは瑠璃だった。
「よう。すまんな、朝早くに。」
「気にするな。君よりもっと早くに押し掛けて来た人達もいることだし。」
エレ達はくすくすと笑っている。
「すまん。力を貸して欲しい。また真珠姫がいなくなった。」
「またか？」
真珠姫は瑠璃のパートナーだ。この姫さまは迷子になるのが得意で、瑠璃と初めて出会った時も、彼は真珠姫を探し歩いている最中だった。
「ちょっと目を離したスキにいなくなったんだ。」
「どこへ行ったか心当たりはあるのか？」
「ないこともない。海のある方角から真珠の煌めきを感じる。微かだが‥‥」
「海？じゃあその人、ポルポタの町にいるのかもね。」
横で話を聞いていたリュミヌーが口を挟んだ。
「でもマドラ海岸かもしれないじゃない。」
リュミヌーに対してフラメシュが言う。
「どっちかまでははっきりと分からないな‥‥」
瑠璃は難しい顔をして視線を落とした。
「それじゃ手分けして探しましょうよ。私達も手伝ってあげる。リーディスのお友達なら私達にとってもお友達だもんね。」
エレの提案にリュミヌーもフラメシュもうんうんと頷いた。
「すまない。」
瑠璃は小さく呟いた。
私と瑠璃とエレは港町ポルポタへ、リュミヌーとフラメシュにはマドラ海岸へ行ってもらうことになった。それにしてもエレ達３人は、徹夜明けだというのに元気なものだ。
「リーディスに珠魅のお友達がいたなんて知らなかったな。やっぱりリーディスって顔が広いのね。」
「あんたにセイレーンやマーメイドの友達がいたなんてな。さすがあちこちでいろんなことに首を突っ込んでるだけのことはあるな。」
エレと瑠璃は妙な風に感心している。
やがてポルポタの町に着いたが、町に入った早々瑠璃は見るからに落胆していた。
「ここに真珠はいない。あいつの煌めきを感じられない。」
珠魅同士はその心臓とも言える胸の核が共鳴することによって、お互いの存在を確認出来る。今の瑠璃の核には、その反応は微塵も現れていなかった。
他の場所を探すべきかと相談しながら歩いていると、わずかだが瑠璃の核に反応が見えた。
「瑠璃さん、胸の核が少しだけど光ってる。」
エレが瑠璃の胸元を見て言った。
「これは‥‥真珠の煌めきじゃない。だけど、間違いない。珠魅のものだ。この近くに珠魅がいる。」
瑠璃と真珠姫は同族の仲間を探して旅を続けていた。近くに仲間がいるというのなら、見過ごすことは出来ないだろう。
「どこだ？見当はつくか？」
「この中だ。」
瑠璃は目の前のホテルを指さした。ポルポタで唯一のホテル、シーサイドホテルだ。
ホテルに入ろうとした時、中から飛び出して来た人物とぶつかりかけた。
「おっと、失礼！チミ、大丈夫かね！‥‥ん？チミは確かリーディス君じゃないかね！おお、そうだそうだ！それに後ろにいるのは瑠璃君か！ガト以来だ、元気にしとったかね、チミ達！」
この頭に響くような大音量ボイスでしゃべるのは、まぎれもなくボイド警部だ。
「しかし、よりにもよってなぜ今日ここにおるのかね、瑠璃君！この町はキケンだ！すぐに離れた方がいいぞ！」
「危険？それはどういう‥‥おい、もしかして。」
「察しがいいね！宝石泥棒サンドラからの予告上が届いておるのだよ！奴は『青い瞳』を狙っておるのだ！チミが狙われているワケではないが、巻き込まれないとも限らんからね！」
「サンドラだって！？それならなおのこと立ち去る訳にはいかない。珠魅殺しを放ってはおけないからな。」
ボイド警部の言うサンドラとは、珠魅の核を専門に狙う宝石泥棒のことだ。核は珠魅の心臓。それを奪われるということは、珠魅にとって死を意味する。珠魅殺しという瑠璃の呼び名はそのものズバリだった。
「サンドラ逮捕に協力してくれるのかね！うむ！ガトの一件でもチミ達の力は大いに役に立った！その申し出、ありがたく受け取らせてもらおう！」
こうして私達は、ボイド警部の捜査に協力することになった。
「さっきも言ったが、サンドラが今回狙うのは『青い瞳』だ！チミ達、青い瞳の人物を探して保護してくれたまえ！」
ボイド警部はホテル周辺の聞き込みをしてくると言い残し、バタバタと走り去って行った。私と瑠璃、エレの３人はホテルの中へと入った。
しかし、手掛かりが青い瞳だけではどこをどう探していいのやら。瞳が青いというのなら、瑠璃だって紫がかった紺色をしているし、エレも淡く澄んだ水色だ。青系統の瞳の色の人物など、その辺にゴロゴロいる。
「瞳の色なんて関係ない。近くに珠魅がいれば、オレの核が教えてくれる。」
瑠璃は言った。それもそうだ。
ホテルのロビーを抜け、ラウンジへと入る。まだ陽が高いせいか客の姿はなく、ステージの上に踊り子らしき女性が１人いるだけだった。
「ルヴァーンシュじゃない。久しぶりね。」
エレは踊り子に声をかけた。彼女の知り合いらしいその踊り子は、エレの顔を見ると笑顔でステージから降りてきた。
「エレ！元気そうね！帝国兵につかまったって聞いたから心配してたのよ。」
「心配してくれてありがとう、ルヴァーンシュ。でももう大丈夫よ。リーディスのおかげで今は正真正銘自由の身なの。」
「そうだったの。あなたがリーディス？ありがとう、エレを助けてくれて。エレの歌が聴けなくなるのは寂しすぎるもんね。そうだ、お礼に私の踊りを見せてあげるわ。ただ、今は都合が悪いからまた今度にね。」
「こんな早い時間からステージがあるの？」
エレの問いに、ルヴァーンシュは大仰なため息をついて見せた。
「ザル魚の貸し切りなのよ。あいつ、金に物を言わせて自分一人のためにあたしに踊れですって。それもここんとこ毎日よ。踊りを気に入ってもらえるのは嬉しいけど、相手があのザル魚じゃねえ。ま、これも仕事だもんね。今じゃ割り切って踊ってるわ。」
「そ、そうなの。ルヴァーンシュも大変なのね。」
「大変と言えばまだあるのよ。ザル魚に付きまとわれるだけでもうざったいのに、最近またヘンなのが現れてね。あ、エレもあいつに目を付けられないよう気を付けた方がいいわよ。リーディスもね。あいつ、女と見れば見境なく口説いてるみたいだから。」
ルヴァーンシュの話す人物像に、私は一つ心当たりがあった。
「その人物というのはもしかして、ケンタウロスの詩人ギルバートじゃないか？」
「そうそう、ギルバートよ、ってアレ？知り合い？」
「多少。」
「リュミヌーがここにいなくて残念ね。それとも、いなくて正解かな？」
エレは苦笑した。恋する詩人、ギルバートはリュミヌーの元カレである。
ステージの準備で忙しいルヴァーンシュと別れた私達は、次に水上レストランへと入った。しかし、ここにもそれらしき人物はいない。
他を当たろうと出口へ引き返しかけた時、頭痛を招きそうな歌の調べが聞こえてきた。
「ああ、すばらしきこの胸のときめき〜。このときめきのために〜ボクは生まれたに違いないさ〜。」
振り返ると、ついさっき話題にのぼったギルバート本人がそこにいた。
「久しぶりだねえ、リーディス。ボクだよ、愛を歌う詩人ギルバートさ。ハニ〜、こんなところで会えるなんて、やっぱりボクらは運命の２人なんだ〜。」
はいはい。同じ様なセリフを、この間はレイチェルにも言ってなかったか？
「この人がギルバートさん？」
「こいつがギルバートか？」
リュミヌーから話は聞かされていたものの、エレはギルバートとは初対面。瑠璃にいたっては、今日初めてこの軟派な自称詩人の存在を知ったに違いない。２人とも呆気に取られたようにギルバートを眺めている。
相変わらずめまいのしそうな歌を歌い続けているギルバートは、私と瑠璃の後ろに隠れるようにして立っているエレに気付いた。
「そこの彼女〜。なんてステキなんだ、恥ずかしげにボクを見るその瞳。そんなに照れなくてもいいから、さあ、前に出て来てボクと一緒に愛のハーモニーを奏でようよ〜。」
「ねえリーディス、ここにはもう用はないんでしょ？出ようよ。」
私の背後にすっかり逃げ込んでしまったエレが、そっと服の袖を引っ張った。
独りよがりな愛の歌を口ずさみながら追いかけてくるギルバートを振り切って、私達はレストランから逃げ出した。
「今度ヤツがオレの目の前で訳の分からん歌を歌い出したら、問答無用で斬るからな。止めるなよ、リーディス。」
血の気の多い瑠璃が物騒なことを言い出したが、その時が来たら私も見て見ぬフリをするとしよう。