降下作戦
舞に降下作戦への参加指令が下った。芝村準竜師より直々の命令である。
(撃破数を稼ぐいい機会だ、芝村舞。)
「(まかせておくがいい。その上この作戦を成功させれば星従軍章を授与される。発言力も一気にアップだ。)」
「支援なし援軍なし補給なしです。かなり辛い戦いになるかもしれませんね。」
降下地点へと向かう軍用輸送ヘリの中、舞の隣で作戦開始を待つ壬生屋は厳しい表情で言った。闘志満々な舞と対照的である。
「案ずるな、壬生屋。私達は強い。機体も元は予備機だったものだが、今や性能は申し分ない。お前から教わった剣技もある。敗北する要素は見あたらない。負ける時があるとすれば、それは己の中の恐怖に屈した時だ。」
「はい！」
出撃時刻が迫り、舞と壬生屋は士魂号３番機に乗り込んだ。
その直後、システムの最終チェックをしていた壬生屋が訝しそうな声を上げた。
「なにか問題か。」
「芝村さん、武器の装備を変更なさいましたか？小隊のハンガーを出たあとにですけど。」
「私はそんなことはしておらぬ。どうしたというのだ。」
「私達がセッティングした装備がすっかり変更されてるんです。超硬度大太刀がＧアサルトになっていたり、多目的ミサイル倉が減らされて機関砲弾帯になっています。」
「なにい？どういうことだ。おい、誰だ！勝手に機体装備を変更したヤツは！」
舞は外部無線に向かって怒鳴った。
「俺だ。」
芝村準竜師からの通信が入った。
「貴様か、我が従兄殿。これはなんのマネだ。こんな銀玉鉄砲を持たせてどういうつもりだ。」
「俺はＧアサルト二丁拳銃の全力射撃攻撃が好きでな。期待しているぞ、我が従兄殿よ。」
「ほう。そんなに二丁拳銃が好きなら箸代わりに使うがいい。あるいはＮ.Ｅ.Ｐ.を二丁持ちさせるぐらいの親心はないのか。」
「あいにく俺はお前の親ではなく従兄だ、我が従兄殿。」
「貴様が親だったら私も困る。百万歩譲って従兄でガマンしているのだからな。」
「作戦開始時刻だ。グッドラック、我が従兄殿よ。」
３番機はヘリから投下された。
「芝村さんのご親戚は変わっていますね。」
「それが芝村というものだ。あのマンネリ原稿セリフ棒読みオヤジめ、覚えているがいいっ。」
(なかなか楽しい悪口だ、芝村舞。)
勝手に用意された装備での戦闘を強いられた降下作戦だったが、どうにか敵を殲滅し、舞と壬生屋は無事帰還した。
翌日行われた星従軍章授与式での芝村準竜師のセリフは、やはりいつもと代わり映えしなかった。
そしてうっかり舞の悪口を思い出してしまった壬生屋は、勲章を授与される間、笑いをこらえる苦労をするハメになった。
ＨＥＲＯ
累積撃破数が１５０体を超えたため、舞は黄金剣翼突撃勲章を獲得した。
勲章授与式のあと、舞は教室へは戻らずハンガーで１人仕事をしていた。
(ここまでくればあと一息だ、芝村舞。)
「なにを言うか。やっと折り返し地点を曲がったところだろう。」
(もうすぐＮ.Ｅ.Ｐ.も手に入る。これまでよりずっと早いペースで撃破数が稼げるはずだ。もう一息だ。)
「あと１５０体。狩って狩って狩りまくるだけだな。」
「これはこれは勇ましいねえ、お姫様。」
ふらりと瀬戸口が現れた。
「お前か。こんなところでなにをしている。さぼりか。」
「まあそんなところだ。芝村は仕事熱心だなあ。まったく頭が下がるよ。」
瀬戸口は恭しく礼をした。
「お前は暇のようだな。ならば仕事を手伝え。」
「仰せのままに、お姫様。」
舞と瀬戸口は一緒に仕事をした。
「そういやまたまた勲章もらったんだってな。今度はアルガナだって？大したもんだ。一体何個目の勲章だ？出世街道まっしぐらって感じだな。」
「口を動かさず手を動かすがいい。」
「へいへい。」
しばらくの間真面目に仕事は続いたが、ふと舞は自分を見つめる瀬戸口の視線に気付いた。
「なんだ。」
「‥‥お前さん、このままどこへ行こうってんだ？ずっとずっと突っ走って行くつもりか。」
舞は瀬戸口を見返した。
「当分旅行へ出かける予定はない。」
瀬戸口はガクッとコミカルにずっこけて見せた。
「あのなあ、そうじゃなくて。」
「冗談だ。」
「おいおい、芝村が冗談か。」
「相手をからかいたい場合は言ってもよいことになっている。瀬戸口、お前の言わんとしていることは分かるつもりだ。私はいずれ絢爛舞踏へと辿り着く。」
「‥‥」
瀬戸口は舞から視線を外して立ち上がると、ハンガーの柵に寄りかかった。
「死を舞う舞踏、人であって人でなき者、あしきゆめと戦う者、人類決戦存在、ＨＥＲＯ‥‥これがお前さんの目指す場所って訳かい。」
「違うな。」
舞はきっぱりと首を振った。
「違う？なにが違うんだ。」
(違うとも。)
「そんな小難しいことはどうでもいいのだ。周り者達が私をどう呼ぼうと、どう怖れようと構わぬ。目指すのはハッピーエンド。この世界にハッピーエンドが訪れればそれでいい。」
瀬戸口はまじまじと舞の顔を見つめた。冗談か真意か見極めようとしているようだった。
「ハッピーエンド‥‥ねえ。ははっ。」
「おかしいか。」
「芝村の口から聞ける単語とは思ってなかったからな。おっと、別にバカにしてる訳じゃないぜ。」
瀬戸口は慌てて顔の前で手を振った。
「ならば呆れたか。」
「いや、感動した。やっぱりお前さんは大したヤツだよ。忠告をしに来たつもりだったが、そんな必要はなかったみたいだな。」
「忠告だと？」
「ラブを忘れるなってね。どんなに強くなろうと、最後にお前さんを救うのはラブだ。しかし、今の芝村には無用の忠告だったな。」
瀬戸口はぽりぽりと額をかいた。
「その心遣いにとりあえず礼を言おう。」
「はははっ、どういたしまして。」
瀬戸口は再び深くおじぎした。
仕事に戻ろうとした舞は、その場の雰囲気が変わっていることに気付いた。それはとても仕事が出来る雰囲気ではなかった。漂うピンク色の空気。
「(またか‥‥)」
舞はこめかみを押さえた。
(Ｈな雰囲気。おめでとう、芝村舞。)
「(やかましい。いちいち祝いの言葉を述べるのはよせ。)」
その時、瀬戸口が肩に手を回してきた。
「お姫様、君をすみずみまで探検したい‥‥」
舞は瀬戸口を見上げ、芝村らしからぬ魅力的な微笑みを浮かべた。
「瀬戸口‥‥そういうセリフはののみの手作り弁当をもらう輩の言うセリフではない！」
強烈な左アッパーを瀬戸口のあごに打ち込んだあと、舞はのっしのっしと大股にハンガーを出て行った。
(明日は欠席するか、瀬戸口隆之。)
決闘
舞は一瞬、来須の言った言葉を聞き違えたのかと思った。
「今なんと言った？」
「本田は渡さん‥‥」
舞はたっぷり10秒間、来須の顔を凝視した。
「(ヤツはなにを言っているのだ。本田とは担任のことか。)」
(決闘の申し込みのようだ、芝村舞。本田節子を賭けての決闘だ。)
「(なるほど、決闘か。‥‥決闘！？ちょっと待て、ケンカを売られたなら買うまでだが、なぜその相手が来須なのだ。ヤツは仮にも運命の絆の一人だろう。)」
(さあ。彼の深層心理についてまでは分からない。)
「(しかも賭けの対象が本田だと？トチ狂っているとしか思えぬぞ。)」
舞は相手にさとられない程度の小さなため息をついた。
「いいだろう。相手になってやる。」
決闘の舞台は校舎裏。噂を聞いたクラスメイトや女子校の生徒達まで集まっていた。その中で加藤はここぞとばかりに、勝敗の行方を賭けにした商売を始めた。
「スカウト来須か３番機パイロット芝村か！果たして勝利はどちらの手に！？さあはったはった！大一番勝負やで〜！」
大勢のギャラリーが見守る中での舞ｖｓ来須の一戦。
「かかって来るがいい。」
「‥‥行くぞ。」
勝負は３ターンで決まった。舞の高速左ストレートが豪快に来須を吹っ飛ばした。
周りから歓声が上がる。
「あーん！そんな〜っ、来須先パーイ！」
「さすがだぜ、芝村！てめえの左は世界一だ！」
新井木は悔しがり、田代はガッツポーズを取った。
興奮冷めやらぬ決闘場を舞はあとにした。
「それにしても、なんで来須さんと決闘なの？」
舞を追って速水がやって来た。
「知らぬ。向こうからケンカを吹っかけて来た。私はそれを買っただけだ。」
「ふーん。」
「なんだ、その『ふーん』とは。」
「ちょっと、というかかなり意外だったんだよ。君と来須さんがケンカなんてさ。２人はけっこう仲よかったみたいだから。」
舞は一瞬ギクッとしたが、それをうまく押し隠した。
「本当に仲がいいならケンカなどするまい。」
「うーん、そうでもないんじゃないかなあ。」
「どういう意味だ。」
「ケンカするほど仲がいいっていうし、相手の気を引きたくて突っかかっちゃう時もあるだろうし、嫉妬で怒る時もあるだろうし。」
舞は立ち止まって考え込んだ。
「ふむ、なるほどな。」
「え！？じゃあ今のケンカもやっぱりそういうことなわけ！？」
思わず納得してしまった舞の反応を見て、速水は叫ぶように言った。
「え！？ちっ、違う！あれは来須が一方的に本田を賭けて決闘を申し込んで来たのだ！私の意志とはきっぱり無関係だ！」
速水に向き直った舞は、両手で拳を作って力いっぱい否定した。
「本田‥‥先生を賭けて決闘？それもなんだかすごいシチュエーションだけど、そうなんだ、うん、少し安心した。」
舞と速水は再び並んで歩き出したが、しばらくの間無言だった。
「厚志。」
先に沈黙を破って舞は言った。
「お前は私に決闘を申し込んだりはしないのか。」
速水は危うくスッ転びそうになった。
「な、なんでいきなりそうなるのさっ。」
「仲がいいほどケンカするものなのだろう。考えてみれば、お前とはケンカをしたことがないと思ってな。」
「あ、あのね、仲がいいからって無理にケンカする必要はないんだからね。お願いだから僕に決闘申し込んだりしないでくれよ。それと君の周りの友達にもだよっ。」
速水はあらぬ勘違いをしそうな舞を必死でなだめた。
(君には苦労をかける、速水厚志。)
介入者２
仕事を終えた舞は、プログラム作成のために整備員詰め所に入った。
足を一歩踏み入れた途端、鋭い声がした。
「貴様、ＯＶＥＲＳだな。私の生徒に取りついてなにをやっている。」
２組の担任教師、坂上久臣だった。
坂上は銃を抜き、舞の眉間に狙いを定めた。
「(こやつ、昨日まで教師面をしておきながら突然なんのつもりだ。どうする、片付けるか。教員なら戦死者数には含まれまい。)」
(ダメ。あとあとまずい影響が出る。相手が相手だ。バレているなら取り繕っても仕方がない。)
舞は坂上と真正面から向かい合い、銃口をまっすぐに見つめ返した。
「私達は竜を倒すためにここにいる。」
(そして、ループを解くために。)
坂上の殺気が薄れた。
「私達？‥‥どうやら普通のＯＶＥＲＳとは違うな。敵ではない、か。」
「お前が私達の邪魔をせぬ限り敵になることはない。どうするのだ。その引き金を引くつもりか。」
坂上は銃を下ろした。
「いえ、その必要はないでしょう。私が少し早合点したようです。これから訓練ですか、芝村さん。」
「電子妖精プログラムの作成だ。他に用がなければ作業に取りかからせてもらうぞ。」
坂上は舞に道を譲り、部屋の外へと向かった。
「ひとついいですか。」
戸口のところで坂上は振り返った。
「あなた達にならループが解けますか？」
(もちろんだ。)
「見ているがいい。」
サングラスの隠れて表情は分からなかったが、なんとなく坂上が微笑んだように舞は見えた。
「期待しています、芝村舞さん。そしてその介入者。」
坂上は出て行った。
それと入れ替わるようにして、岩田が入って来た。岩田独自の妙なステップを踏んでいないことから、今の中身がアリアンだと分かった。
「やれやれ、中には過激な人もいるようですね。僕も撃たれないように注意しないと。この世界から岩田君がいなくなったら寂しいですからね。」
「静かになっていいと思う者もいるだろう。」
「はははっ。でもいろんな人がいるからこの世界は楽しいんですよ。外からもいろいろ来てますしね。僕はこの世界とそこに生きる人達が好きです。あなたもそうでしょう？」
(君の意見に同調する、アリアン。)
岩田−アリアンは笑った。
「それを聞いて安心しました。僕らは同志だ。がんばりましょう。」
(同志としてひとつ頼みがある。)
「なんですか？」
(岩田が日課の如く２番機パイロットへの異動を陳情しているが、これをやめさせてほしい。元の部署に戻すために新たに陳情する芝村舞の負担がバカにならない。)
「あ〜、そのことですか。迷惑かけてすみません。パイロット志望が彼のマイブームらしくて。」
「そんな理由でパイロットに志願しているのか、あやつは。」
「なにせ岩田君ですからねえ。でも分かりました。出来るだけ整備士の仕事に専念させるようにしますよ。ただ僕も四六時中ついてるわけにはいかないから、効果のほどはあまり期待出来ないかもしれませんが。」
岩田−アリアンは詰め所から出て行った。
静かになったところで、舞はプログラム作成に取りかかった。
順調にキーボードを叩いていた手がふいに止まった。
「お前はこの世界が好きか？」
(さきほどアリアンに言ったとおりだ。)
「そうか。」
(どうした、芝村舞。)
「いや、なんでもない。」
舞はどことなく機嫌良さそうにプログラム作成作業を続けた。
別れてくれ
「‥‥ハア。」
「なんだか元気ないですね。どうしたんですか？」
昼休み、田辺は箸のすすまない舞を見て言った。
「‥‥ハア。」
舞は何度目かの大きなため息をついた。一緒にお昼を取っていた原、森らも舞のため息のおかずでいい加減お腹いっぱいである。
「なにか悩み事？私達で良ければ聞くわよ？」
「話してみたらどうですか？言えばすっきりするかもしれませんよ。」
(本当にどうしたというのだ、芝村舞。まるでいつもの君らしくない。)
「‥‥うむ。」
舞は迷った末、切り出した。
「別に悩みを抱えているわけではないのだ。ただ‥‥昨夜夢を見てな。」
(夢？)
「夢、ですか。」
田辺達は顔を見合わせた。
「夢の中で私は厚志を校舎裏に呼び出し、別れ話を持ち出したのだ。」
「えっ！芝村さんてば速水君と別れるの！？」
「だから夢の話ですよ、先輩。」
森は色めき立った原をなだめた。
「あ、そうだったわね。で、夢の中の速水君はなんて？」
「厚志は私の提案を断固として拒否してきた。」
「やっぱりそうですよね。速水さんと舞さんは小隊一のカップルですもんね。」
田辺は頷いた。
「私はしつこく別れてくれの提案を繰り返した。だが何度提案しても厚志の答えはＮＯだった。」
「はいはい。お熱いことですね。」
話を聞くのがアホらしくなってきたらしい森は、あっさての方を見ながら弁当のおかずを口に運んだ。
「正面からぶつかっても拒否されると分かった私は、作戦を変更することにした。日曜日、厚志とのデートの約束をすっぽかしてやった。」
「ええ？それで？」
原は俄然興味をそそられている。
「翌日、気まずい雰囲気の中で再度別れ話を切り出したが、またしても断られた。業を煮やした私は厚志に決闘を申し込み、コテンパンにのしてやった。」
「な、殴っちゃったんですか、速水さんを？」
田辺は目を丸くして口元を手で押さえた。
「ああ。それも一度ならず三度に渡って決闘を繰り返した。」
「うわっ、徹底的ですね。それでどうなりました？」
「最後には厚志も私の提案を受け入れた。その時の私達の関係は運命の敵状態だったようだ。あやつは私の顔を見ようとさえしなかった。」
「壮絶ね。昼メロばりのドロドロの愛憎劇だわ。」
「男女関係ってもつれると恐いってホントなんですねえ。」
原と田辺はすっかり話にハマり込んでいる。
「もう、みんないい加減にして下さいよ。その話って結局夢なんでしょう？たかが夢を見たくらいでいちいち騒いでどうするんですか。」
森だけが冷めた口調で言った。
「芝村さんがそんな夢のことで落ち込んでるって方が私は驚きですよ。」
森に言われて舞は自嘲気味に薄く笑った。
「‥‥確かにな。こんなことは私らしからぬ。いや、そもそも我ら芝村は夢など気にしない。だが、やはり不思議でならないのだ。私がこんな夢を見るとは。もしかすると、私の心の奥底にそういう願望が眠っているのではないかとな。‥‥そう考えると自分が信じられなくなった。」
舞は肩をがっくり落として再び大きなため息をついた。
「考えすぎです。」
それに対して森はきっぱりと言った。
「第一、夢に見たことのすべてが願望だとは限りませんよ。芝村さんの怖れていることが裏返しとなって夢に表れたのかもしれません。」
「裏返し‥‥」
「あ、そうかもしれないですね。舞さんは速水さんに離れられるのが怖いんですよ。だから自分から別れ話を持ち出して、速水さんがどう出るのか確かめたかったんじゃないでしょうか。」
「そうね。事実夢の中の速水君はデートをすっぽかされて、さらに三度も決闘を重ねてようやく別れてくれたんだもの。それくらいひどい仕打ちをされない限り彼が別れることはないって、確認をしたかったんじゃないかしら。」
舞は顔を上げた。森、田辺、原の顔を見る。
「そうなのだろうか。この夢の意味は。」
「きっとそうですよ。」
「そうだと思います。」
「そうそう。間違いないわよ。」
友人達の確信に満ちた返事を聞いて、舞はひどくホッとした表情になった。
「でもこれでよ〜く分かったわね。芝村さんがどれだけ速水君のことを好きかってことがね。」
「うっ！」
原にからかわれて舞は顔を赤くした。
「私達とお昼なんか食べてないで、速水君を誘ったらどう？」
「厚志とは今日は会っていない。午前中は授業に出ないでハンガーでずっと仕事をしていた。あやつと顔を合わせたくなかったからな。」
「どうしてですか？」
森は訊いた。
「夢のことが頭を離れない。もし夢の中と同じように、厚志の私を見る目が南極のブリザードのような冷気を帯びているのではないかと考えると‥‥」
顔を見合わせた森、田辺、原は、半分呆れたような笑みを浮かべて立ち上がった。
「やれやれ、困った人ですね、あなたは。」
「でもやっぱり舞さんは純粋な人です。」
「ホントにかわいい子。お姉さんもかなわないわ。」
３人はぽかんとしている舞を残して調理場兼食堂から出て行った。
そして数分後に戻って来た時には速水を連れていた。
速水の姿を見た途端、舞は弾かれたように椅子から立ち上がり、今にも逃げ出す態勢を取った。
「あれ、舞。学校に来てたんだ。お昼食べるなら誘ってくれたらよかったのに。」
舞の杞憂はまるで的外れだった。速水はいつもどおりの陽気な笑顔を見せた。
「それじゃあとはごゆっくり。私達は退散するわね。」
原達は広げた弁当箱を片づけると、そそくさと出て行った。
舞はジーッと速水の顔を見つめた。
「どうかした？」
「べ、別に。なんでもない。」
舞は視線をそらしたあとも、横目でチラチラ速水を見ながら椅子に座り直した。
「？なんか変だなあ。まあ君が変なのは今に始まったことじゃないか。あ〜、お腹空いた。」
速水は舞の手作り弁当をおいしそうに食べ始めた。
舞は速水に気付かれないようにそっと安堵の息をついた。
(本当に見ていて飽きない人だ、芝村舞。)
「(な、なんだそれはっ。誉め言葉か、けなしているのか。)」
(彼女達と同意見とだけ言っておこう。)
デート
舞は陳情を行っていた。
「そろそろ芝村を上級万翼長に昇進させたいのだが。」
「妥当な陳情だな。いいだろう。」
(それとチケットの手配を頼む。プールチケットだ。)
「それとチケットの手配をしてくれ。プールの――え？」
「プールチケットだな。相変わらず無茶を言う。分かった、すぐに手配する。」
「ちょ、ちょっと待て！我が従兄殿！今のは――」
すでに芝村準竜師との通信は切れたあとだった。
「おいっ、なんのつもりだ。プールチケットとはなんなんだっ。」
(市民プールの無料券だ、芝村舞。)
「それくらい知っている。そのような物を頼んでどうするのかと訊いているのだ。ムダに発言力を消費させるな。」
(プールチケットを使う目的はただ一つ。デートのために決まっている。)
「で、でぇと‥‥」
その単語は舞のカタい頭にコーンッと跳ね返った。
(次の日曜日、速水厚志とデートだ、芝村舞。)
「なっ、なぬをっ！？」
(速水厚志をつかまえてデートに誘え。)
「だっ、誰がするか！そ、そそそそんなこと！」
(イヤなのか、芝村舞。)
「イヤなどと言っていない！あ、だからつまりその、イヤとかイヤじゃないとかそういう問題では‥‥っ。大体どうしてデートなどせねばならぬ！」
(考えてみれば、今まで君は絢爛舞踏を目指して仕事仕事の毎日だった。日曜だからといって休んだこともない。ここらで息抜きも必要だ。)
「息抜きなら家で昼寝でもしておればよかろう。わざわざデートになど出かけなくともっ。」
(やはりイヤか。)
「別にイヤでは‥‥っ。う、うむむ‥‥お前がどうしても行けというならそれに従わないでもない‥‥という風に考えてやってもいい。」
(では決定だ。次の日曜日、速水厚志とデートだ、芝村舞。)
「まだ決まった訳ではないぞ。肝心の厚志が承諾するとは限らぬ。」
(大丈夫。彼は喜んで承知する。)
予言どおり、速水は舞からのデートしない？の提案を一も二もなく受け入れた。
そしてやって来た日曜日、舞は約束した時刻の１時間も前から待ち合わせ場所の尚敬高正門にいた。
(なぜこんなに早く来たのだ、芝村舞。)
「私の心の準備をする時間が必要だ。これから生まれて初めてのデートが始まるのだからな。」
「オー、舞サンはこれからデートなのデスか。」
「そうだ、厚志と‥‥ん？」
振り向くとヨーコ小杉がにっこり微笑んで立っていた。
「な！なぜお前がここにいる！？」
「ハイです。ワタシ仕事しに来まシタ。そしたら舞サンここにいましたネ。これから速水サンとデートですカ。ステキですネ。」
舞の顔は瞬間湯沸かし器のように一瞬で沸騰した。
「そうだ、デートが成功スルようにおまじないしてあげマス。」
ヨーコは恥ずかしさのあまり口も利けない舞の手を取ると、そこに見えない模様を描いた。
「ハイ、これでＯＫです。コノ模様は幸運の印。万物の精霊はこの模様を巡って踊るデス。きっと御利益アリますネ。」
ヨーコは笑顔で手を振ると校内へ入って行った。
(意外な時に意外なものが手に入った。これは精霊手だ、芝村舞。)
しかし、デートの待ち合わせ現場を目撃されたことがショックの舞は聞いていない。
「隠れるぞ！」
金縛り状態が解けた舞は叫んだ。
(いきなりどうした。)
「なぜもっと早く気付かなかったのだ、私は！こんな人目のあるところで待ち合わせするなど言語道断、世間にこれからデートする旨を公表しているようなものではないか！」
(なにもコソコソ隠れる必要はない、芝村舞‥‥って聞いてないようだな。)
舞は正門脇の植え込みに飛び込んだ。
９時１０分前、正門にやって来た速水はキョロキョロと辺りを見回した。
「まだ来てないか。」
「遅い！」
「うわっ！？」
どこからともなく現れた舞に驚く速水。
「どこをフラついていたのだ、お前は！遅い！」
「え？でも待ち合わせは９時だったはずじゃ‥‥」
「話はあとだ！即刻この場を立ち去るぞ！」
「なんで頭に葉っぱつけてるの？」
「いいから来い！」
舞は速水の腕をつかむと、引きずるようにして正門前から逃げ出した。
舞と速水はプールチケットを使って市民プールへ入った。
水着に着替えてプールサイドへ出た速水は舞の姿を探した。
「あ、舞――」
一足先にプールサイドに出ていた舞は、速水に声をかけられた途端、ザブンッ！とプールに飛び込んだ。
「見るな！たわけが！」
「は？」
舞はバッシャバッシャと激しい水しぶきを上げて、速水の視線から逃げるようにクロールで泳ぎ始めた。
それから舞は、一度も水から上がることなく延々２５ｍプールを往復し続けた。
案の定、市民プールから出た時には泳ぎ疲れてヨロヨロだった。
「あんなにムキになって泳ぐからだよ。」
「うるさいっ。久しぶりに泳いだからちょっと疲れただけだ。」
肩を貸そうとする速水を突っぱねて舞は歩いた。
疲れた体は重かったが、心はもっと沈んでいた。
「(‥‥とてもデートなどと呼べる代物ではなかったな。私はいつもこうだ。厚志もきっと呆れている。)」
(そんなことはない、芝村舞。)
「今度は疲れないところに行った方がよさそうだね。映画なんかどう？今おもしろそうなのやってるんだよ。」
舞は自分の耳を疑った。驚いて速水を見る。
「それは‥‥デートの提案なのか？」
「そうだけど、イヤ？」
「‥‥う、うむ。お前がどうしてもと言うのなら、付き合ってやらぬこともない。」
「よかった。それじゃ次の日曜日。今度は僕がチケット用意しておくよ。」
「了解した。」
返事はそっけなかったが、舞の表情はこれ以上ないほど幸せそうだった。ＯＶＥＲＳでさえ見たことのない輝くような笑顔である。
舞は思い切って言った。
「‥‥す、すまぬが少しの間だけ腕を貸してほしい。足元がおぼつかないのだ。迷惑ならば断っていいのだぞっ。」
速水は笑って腕を差し出した。舞はおそるおそる自分の腕を絡めた。
(これでどこから見てもデート帰りのカップルだ、芝村舞。)
「(や、やかましい！)」