陳情合戦
最近、速水は朝が多忙だった。毎日のように下りる異動の辞令を処理しなくてはならないからだ。
「今日なんかすごかったんだよ。２番機のパイロットに新井木さんが異動して、そのあとに同じ部署に狩谷君が異動して、さらにまた岩田君が異動になったんだ。」
昼休みの食堂兼調理室、舞の手作り弁当を食べながら速水は言った。
「ほう〜、そりゃ右から左へと大異動だな。」
「しれーのお仕事いそがしいねえ、あっちゃん。」
「でもそれって整備班の人間ばかりじゃない。みんな整備の仕事がイヤなのかしら。」
瀬戸口、ののみ、原も一緒にお昼をとっていた。ちなみに今日の提案者はののみである。
「なんでそんなにパイロットになりたがるのかねえ。死ぬ確率が増えるだけじゃないか。ＨＥＲＯになりたいわけでもないだろうに。」
瀬戸口は理解出来ないという風に頭を振った。
「その点オペレーターは平和でいいよなあ、ののみ。」
「うん！たのしいね、たかちゃん！」
瀬戸口とののみは顔を見合わせて笑った。
「あら、オペレーターだってやられる時はやられるのよ。同じ戦場にいるんだもの。」
原はにこやかに言った。
「は、ははははっ。そりゃごもっとも。」
やり込められて瀬戸口は苦笑いした。
「舞、どうかした？もう食べないの？」
速水は急に弁当箱を片付け始めた舞を見て言った。
「すまんが急用を思い出した。私は先に行く。お前達はゆっくりと昼食を済ませるがいい。」
舞はバタバタと食堂兼調理室をあとにした。
(陳情か、芝村舞。)
「聞くまでもない。一昨日、新井木をパイロットから整備士に戻して、２番機搭乗者を不在にしたばかりだというのにもう後釜が入るとは。」
元々搭乗者のいなかった２番機のポストは、ここ数日特に整備士達に大人気で異動を陳情する者があとを断たなかった。
ちなみに壬生屋が異動して空席となった１番機パイロットは、速水に司令の座を追われた善行が就いていた。
「本当なら１番機も搭乗者不在にしたいところだが、さすがにそこまでは手が回らぬ。だから意地でも２番機パイロットの席は空席にする。」
というのが舞の計画だった。
舞は小隊隊長室に駆け込み、通信機を通じて芝村準竜師に陳情した。
「岩田を１番機整備士へ異動したいのだが。」
「妥当な陳情だな。よかろう。」
(それと狩谷夏樹もだ。彼が異動して３番機整備士は森精華とヨーコ小杉だけになっている。)
「もう一つある。狩谷を３番機整備士に異動だ。」
「相変わらず無茶を言う。いいだろう。すぐに手配する。」
「よろしく頼む、我が従兄殿。」
舞は満足げに通信を切った。
そして翌日、舞の陳情どおり岩田は１番機整備士に、狩谷は３番機整備士にと元のサヤに収まった。が、ここでさらなる問題が起きた。
「なに！？今度は中村が指揮車運転手兼事務官だと！？」
ＨＲ後、ヨーコからその話を聞いた舞は声を荒げた。
「ハイです。本人からそう聞きまシタ。」
指揮車運転手兼事務官の席を空にすることは、２番機パイロットの席に誰も座らせないようにすること以上に舞がこだわっていたことである。まず真っ先に行った異動の陳情もそれだった。
(指揮者運転手がいるとなれば、司令が戦場に出てくることになる。)
「(言われずとも分かっている。何度司令権限の航空支援に獲物を横取りされたことか。あやつらが狙うのはいつもヒトウバンだのゴブリンだのといったザコばかり、スキュラやミノタウロスなどには目もくれぬ。絶対にワザとだ、あれはっ。なにかの陰謀としか思えぬ。)」
(その気持ちはよく分かる、芝村舞。)
「中村め、整備士なら整備士らしく指揮車の整備でもしておればいいものを。」
「あ、デモこの異動は中村サンご自身の陳情ではないみたいデス。多分、上からの命令ですネ。」
「上から‥‥」
(速水厚志だな。司令としては当然の陳情といえる。)
「(お、おのれーっ、速水ーっ！)」
(彼は君のカダヤだろう、芝村舞。)
「(知るかっ！あとでたっぷりウイルスセルを送ってやる！)」
(可愛さ余って、か。)
その後も２番機パイロットと指揮車運転手兼事務官のポストを巡る不毛な陳情合戦は、４月下旬までほぼ毎日のように続いた。
忘れ物
「ねえ、舞。」
昼休みの教室で、舞は速水に呼び止められた。
「君の家に僕の靴下忘れてなかった？」
「靴下だと？‥‥ああ、そういえば風呂場に脱ぎっぱなしになっていたような気がするな。」
「あ、やっぱり。それ以外に靴下忘れるようなところってないしね。」
速水がそう言った途端、室内は異様なざわめきに包まれた。
「君の家に〜！？」
「僕の靴下を〜！？」
「忘れたやて〜！？」
「しかも風呂場にっ！？」
「不潔です！」
クラスメイト全員が２人に注目していた。彼らの思いもかけない反応に舞と速水はたじろいた。
「な、なにを見ているんだ、お前達っ。」
「どうしたの、みんな？うわっ。」
速水の背後から瀬戸口が抱きついた。
「そうかそうか。お前達が手作り弁当を渡し渡される仲なのは知っていたが、もうそこまで進展していたとはなあ。見直したぞ、バンビちゃん。」
「はあ？なにそれ意味分かんないよ、瀬戸口君。なんでもいいから離してっ。」
抱きすくめられたまま速水はジタバタともがいた。
「今のお聞きになりました、奥様？」
「ええ、しっかりと聞きましたわ、奥様。芝村の末姫様もなかなかおやりになりますことね。」
「おいっ、そこ！気色の悪い会話をするな！」
ニヤニヤと薄笑いを浮かべて自分達を見ている善行と若宮に向かって、舞は人差し指を突きつけた。
「芝村さん‥‥あなたはそういう方ではないと思っていましたのに。」
壬生屋は唇を噛みしめていた。
「一体なにを言っているのだ、壬生屋。」
「わたくし、今後あなたのパートナーを続けていく自信がありません！」
「言っている意味が分からぬ。なぜ突然そうなるのだ。」
「聞く耳持ちません！不潔です！」
壬生屋は両耳を手で塞いで自席に座り込んだ。
「いやいや〜、案外やりますなあ、旦那。あ、旦那は速水君か。そやけど教室でいちゃつくんはやめといた方がええで。若者には目に毒、耳に毒や。」
加藤が近付いて来て、これまたニヤニヤ笑いを浮かべながら言った。
「ええいっ！貴様らさっきからなにを訳の分からんことを！いい加減に――！」
「おい、芝村。」
「なんだ！？」
舞はキッと目をつり上げたまま自分を呼ぶ声に振り向いた。担任の本田節子が教室に入って来たところだった。
「なんだよ、すげえ剣幕だな。お前に水道工事の会社から電話があったぞ。お前んちの風呂場の蛇口の修理終わったってよ。あとで請求書送るそうだ。」
「そうか。了解した。」
「妙に騒がしかったけどなんかあったのか？まあいいや。昼休みはあと５分で終わりだからな。あんまりウロウロするなよ。」
本田はそれだけ言うと教室を出て行った。
「お風呂‥‥場の‥‥蛇口‥‥が壊れ‥‥てた‥‥の‥‥？」
石津が舞に訊いた。
「そうだ。突然水が噴き出して大変な目に遭った。」
「それ‥‥で‥‥速水君‥‥を呼ん‥‥だ‥‥とか‥‥？」
今度は速水の方に目を向けた。
「そうなんだ。パニクった声で電話して来るから何事かと思って行ってみたら、全身ずぶぬれで風呂場の蛇口を押さえてるんだからびっくりしたよ。僕も手伝ったけどどうにもならなくて、水道屋さんを呼んで修理を頼んだんだ。最初からそっちに電話してればいいのにね。」
速水は苦笑した。
「そっ、それは緊急事態でとっさにはお前の番号しか浮かばなかったのだ！仕方なかろう！」
「その時‥‥に‥‥靴下‥‥忘れ‥‥た‥‥のね。」
教室内の雰囲気が再び一変した。なんともいえない落胆めいた空気が流れた。
「なーんや、そういうことやったんかいな。アホくさ〜。」
「あらまあ残念ですわね、奥様。」
「そ、そうだったんですか。安心しました。」
「やっぱりバンビちゃんはバンビちゃんか。」
集まっていたクラスメイト達は、そんな言葉をぼやきながら散開した。
「なっ、なんなんだ！貴様ら！？言いたいことがあるならはっきり言えーっ！」
舞は怒り心頭で怒鳴った。
(これもクラスメイトとの交流の一つだ、芝村舞。)
猫の首輪
舞はテレパス能力で目的の人物の位置を割り出した。
「いたぞ。目標は尚敬高廊下を歩いている。」
(テレポートだ、芝村舞。)
舞は超常能力を使ってその場所へ飛んだ。
「にゃー。」
舞が探していた人物は正確には人ではなかった。校内を自由気ままにのし歩く巨大猫ブータである。
舞はブータの手前１ｍほどのところで立ち止まった。
「お前を探していたのだ、猫。」
舞に気付いたブータは、人なつっこい声で鳴きながら近付いて来た。
「にゃー。」
舞は一歩後ろへ下がる。
「じ、実は一つ提案があってな‥‥」
舞はもう一歩後ろへ下がった。
「にゃー？」
舞はさらに３歩後ろへ下がった。
(なぜ遠ざかる、芝村舞。)
「あやつが近付いて来るからだ！」
(それなら頭でもなでてかわいがってやればいい。君は猫好きだろう。)
「好きとさわるのとは違う！あ、こら！足元にすり寄るな！」
舞は慌てて飛び退いた。
(歪んだ猫好きだ、芝村舞。しかしそんな態度では、これから提案を行う相手の心象が悪くなる。それに彼はこう見えても猫神族だ。)
「う‥‥。あ、あー、コホン、聞けブータ。お前に提案なのだが、お前が持つ猫の首輪とこの猫餌マグロ味缶を交換してほしいのだ。」
「にゃー♪」
ブータは喜んで提案を受け入れた。
「そうか、感謝する。」
舞は猫カンとブータの猫の首輪を交換した。
(猫の首輪。所持していると全能力大幅アップする。)
「うむ。これから先の仕事や戦闘での助けとなるだろう。」
ふと舞はその場の雰囲気が変わっていることに気付いた。ピンク色の空気が漂う。
「(ま、まさかこれは‥‥)」
(Ｈな雰囲気。２人目の『運命の絆』誕生だ。おめでとう、芝村舞。)
舞は思わずくらっとめまいを覚えた。
「(ど、どこがめでたいのだっ！？しかも相手は猫でそのうえ神族の類だぞ！？)」
(首輪交換のために、提案やプレゼントでいろいろ交流を深めた結果だろう。不可抗力だ。仕方がない。)
焦った舞はブータにくるりと背を向けると、一目散に廊下を走り出した。
「許せ、ブータ！私は確かに猫好きだが、私のカダヤは厚志一人と決めているのだっ！」
(何もそこまで深く考えなくていいのだが。思い込みの激しい人だ、芝村舞。)
尚敬高ロビーを走り抜け、玄関から表に飛び出した舞は危うく人とぶつかりかけた。その相手は来須銀河だった。
「すっ、すまぬ。ちょっと慌てていたものでな。」
「‥‥お前が慌てるとはめずらしい。」
「気にすることはない。お前はこれから仕事か。」
「‥‥ああ。」
「そうか。励むがいい。私も自分の仕事に戻るとしよう。」
脇を通り過ぎようとした舞の肩を、来須はつかんだ。
「待て‥‥舞。」
「なんだ。私に何か用‥‥ん？今、なんと呼んだ？」
「‥‥」
来須は来須の帽子を投げてよこした。
そしてそのまま何も言わずに、舞と入れ替わりで尚敬高玄関の中へ入って行った。
「なんなんだ、あいつは。これは私にくれるということか。」
(来須の帽子。戦闘時の攻撃力が大幅アップする。)
「役に立つアイテムではあるが、なぜ私にくれるのだ。あやつはスカウトなのだから自分で持っていた方がよかろう。」
(気付かなかったか、芝村舞。来須銀河がこの場を去るまでのわずかな間、ピンク色の空気が流れていたのを。)
「なにーっ！？」
(彼は３番目の運命の絆だ、芝村舞。)
「なっ、なぜ突然そういうことになるのだ。」
(彼から戦闘コマンドをもらうために、いろいろと交流を深めた結果だろう。もっとも、こうなるだろうことはあらかじめ予想していた。驚くことはない。)
「私は驚いたぞっ。さすがに猫の時ほどのインパクトはなかったが、それでも十分だ。一体これからどうする。」
(せっかく築いた友好関係だ。現状維持でいこう。しかし、これからは注意が必要となる。速水厚志と来須銀河の２人が同席する場所へは立ち入るな、芝村舞。)
舞は首を傾げたが、その理由に思い当たった。
「それは噂に聞くアレか。それがどんなものかはまだ見たことはないが。」
(そうだ。争奪戦の恐ろしさを身を持って体験したいなら、今言ったことを実行に移してみるといい。)
「いや、遠慮しておく。」
舞は逃げるようにその場から立ち去った。
無職
登校した舞はＨＲが始まる前の教室の内部を、窓ガラスからそっと伺った。
「いないな。テレパス能力で確かめたから間違いはないと思うが。」
「誰がいないって？」
「！」
驚いた舞は、押しつけていた手で危うく窓ガラスを突き破りそうになった。
「バカ者！いきなり人の背後に立つな！」
振り返った舞は、声をかけてきた滝川陽平を怒鳴りつけた。
「芝村が挙動不審なことやってるからだろ。なにやってんだよ。誰か探してんのか？」
「そういうわけではないが厚志と来‥‥いや、なんでもない。気にするな。」
「ふーん。まあいいけどさ。‥‥あっ！来須先輩、おはようございます！」
滝川は階段を昇って来た来須に元気よく挨拶した。
「‥‥」
来須は声に出しては応えず、軽く視線を返しただけだった。しかし舞に気付くと近付いて来た。
「‥‥行くか。」
「いいだろう。ではな、滝川。」
来須と一緒に１組教室へ入って行く舞を、滝川は少しうらやましそうに見送っていた。
「(いずれは滝川も職に就かせてやりたいものだが。)」
現在無職の滝川は２組に席を置いている。
(滝川陽平はパイロット志望だ。しかし肝心の戦車技能を持っていない。)
「(天才技能でも持っていれば話は早いのだがな。私と一緒に仕事をすれば、そのうち技能を移せるのではないか。)」
(可能性は高い。が、それにはオマケも付いてくる。)
「(なんだそれは。)」
(もれなく４人目の運命の絆の誕生だ、芝村舞。)
「この計画は却下だな。」
舞は即断した。
「‥‥却下？」
隣の来須が不思議そうに舞を見た。
「独り言だ。気にするな。」
介入者
岩田裕は変人で有名だった。舞は岩田との初対面時、その変人ぶりに敬意を表して徹底的にボコッておいたほどである。
その岩田がまともな口調で話しかけて来た時、舞は岩田の新手のギャグかと思った。
「違いますよ。僕は岩田君じゃありません。アリアンといいます。あなたと同じ介入者ですよ。」
「あなたと同じ、とはＯＶＥＲＳのことだな。つまりこやつはお前と同類なのか。」
(そうだ、芝村舞。彼も異世界の人間だ。)
岩田の姿を借りたアリアンは、不思議そうに目を細めた。
「これは驚いた。介入者と被介入者がコミュニケートしてるんなんて。新バージョンのＯＶＥＲＳなのかな。まあいいや。あなたも竜を倒しに来たんでしょう？この世界のループを解くために。」
(そのとおりだ。)
「だったらこれからは協力関係を結びませんか。僕は介入者というより傍観者の立場ですけど、情報収集ならお手の物だし何かと役に立てると思いますよ。」
舞とＯＶＥＲＳはしばし考え込んだ。
「どうする。」
(おそらく彼は第６世界の住人だろう。信用しても問題はないと思う。)
「お前がそういうのなら私に異存はない。」
「話は決まったようですね。」
岩田−アリアンはにっこり笑った。
「僕はいつもこのキャラを使っています。何か分かったことがあったら知らせますよ。それじゃ今は移動中なんでまた！」
アリアンが去って岩田が元に戻った。
「ハッ！私はァァァッ！今までなァ〜にをしていたのでしょう！素晴らしいトリップをしていたような気がしますゥゥゥ！」
舞は岩田の顔面に左ストレートを叩き込んだ。
「グハァッ！キクゥゥゥ！」
岩田は派手に鼻血を吹きながら倒れた。
「しばらくそうしていろ。その間世界は静かになる。」
舞はピクリとも動かなくなった岩田を残してその場を立ち去った。
「(さきほどのアリアンとやらだが、わざわざ岩田を選んで来るあたりそれだけで十分変わったヤツだと思うぞ。)」
(どのキャラを選ぼうとそれは各々の好みの問題だ。心配することはない。)
舞は足を止めた。
「(お前はなぜ私を選んだのだ。まだ理由を聞いていなかったな。)」
(君のことを気に入ったから君を選んだ。それが理由だ、芝村舞。)
「(それだけか？)」
(他にもいろいろ。芝村舞は万能の天才で、芝村で、風変わりで、世間知らずで、かわいらしくて、純情で――)
「わ、わかったもういい！」
舞は赤くなって叫んだ。
(そして君は必ずやり遂げる人だからだ、芝村舞。)
天才技能
「この眼鏡を差し上げます。」
ハンガーに向かう途中だった舞は裏庭で狩谷夏樹に呼び止められ、彼から眼鏡を渡された。
「ふむ、いいだろう。」
一旦は眼鏡を受け取った舞。狩谷と別れ、彼がハンガーの中に入って行くのを見届けたあと、ダッシュでそのあとを追いかけた。
「待て、狩谷。話がある。」
「なんでしょう？」
「眼鏡だ。お前にやる。」
舞は眼鏡を狩谷にプレゼントした。狩谷は喜んでそれを受け取った。
そのあと狩谷の方から一緒に仕事の提案をしてきたため、舞はそれを受け入れた。
「あやつはなぜ自分が必要なものまで私にくれようとするのだ。眼鏡がなければ自分が不便だろう。」
仕事が終わって狩谷が去ったあと、舞は手すりにもたれて裏やきそばパンを食べていた。
「いちいち受け取っていちいち返すのは面倒で仕方がない。」
(受け取るのが面倒なら拒否すればいい。)
「それが出来るならとうにやっている。」
長らく八方美人で通してきた舞は、愛想を振りまくことに慣れすぎて来るものが拒めない体質になっていた。そしてつい最近、その狩谷が４人目の運命の絆となったばかりだった。
「狩谷も３番機整備士の１人だからと仕事を手伝わせたり、仕事の指図をしたり、工具箱をプレゼントしたりしたのがまずかったのか。」
(今さら言っても遅い。しかし狩谷夏樹は頻繁に２番機パイロットへの異動を陳情しているようだ。)
そして狩谷が異動するたびに、舞は彼を３番機整備士に戻す陳情を行っていた。
(いっそ狩谷夏樹を３番機整備士から外して、田辺真紀か田代香織あたりを持ってきてはどうだ、芝村舞。彼を元の部署に戻す分の発言力が節約出来る。)
「それも考えたが、ここまで来ると私も意地だ。３番機整備士は森、ヨーコ、そして狩谷のメンバーで固定、これを最後まで貫くぞ。」
(妙なところにこだわりを持つ人だ、芝村舞。)
「この３人にはすでに天才技能まで移している。こだわりたくもなろうというものだ。」
「技能がどうかしましたか？」
壬生屋がやって来た。
(彼女も君から天才技能をもらった１人だ。そして速水厚志も。)
「(これだけ天才がうようよしている部隊もそうはあるまい。)」
「あの、よろしかったら一緒に仕事をしませんか？」
「分かった、まかせるがいい。」
舞は壬生屋の提案を受け入れた。
争奪戦知らず
舞はプレハブ校舎の階段を下りて行った。
(待て、芝村舞。校舎前には彼らがいる。)
「彼ら？」
しかし舞はすでに階段を下りきっていた。
プレハブ校舎前には速水、茜、森、来須らがたむろしていた。
「(――！速水に来須！しまった！)」
油断していた舞は、テレパスでの要注意人物の位置確認を怠った。
とうとう争奪戦勃発かと、逃げ出す構えをとる舞。
「‥‥‥‥？」
だが何事も起こらなかった。速水は茜と会話中、来須は帽子を被りなおしている。
「‥‥なんの変化もないようだが。」
(そのようだ。これも密会技能のおかげだ、芝村舞。)
「(石津にもらった技能だな。これほど効くものだとは思わなかったぞ。)」
(密会技能プラス天才技能の合わせ技一本といったところか。)
「しかし今ので一気に汗をかいた。なんとも心臓に悪いものだ。」
舞は近くにいた森に一緒に仕事の提案をして、早々にその場を立ち去った。
その後も舞は幾度となくニアミスに遭遇した。しかし、一向に争奪戦はそれが起きるような気配すら見せなかった。
「本当に争奪戦などという現象が存在するのか。」
嘘くさく思えてきた舞は、愛の伝道師を自称する瀬戸口隆之に訊いた。
「もちろんあるとも。すべては愛のエゴの成せる技さ。」
「具体的にはどういうものなのだ。」
「そうだなあ。よくあるパターンとしては、自分に対する愛情度の高い人間２人が居合わせた場所にうっかり立ち入ってしまったとする。そうするとその２人が途端に険悪な雰囲気になって、ツカツカと自分に詰め寄って来るんだ。そしてものすご〜く恐い顔をして『どっち！？』と訊いてくるわけだ。どうだ、なかなかに冷や汗もののイベントだろう。」
それを体験したことのあるらしい瀬戸口は、ブルッと身を震わせた。
「なんだ、それだけのことなのか。何も怖れることはあるまい。そこで自分が好きだと思う方を選べばいいのだろう。」
瀬戸口はやれやれといった風に肩をすくめた。
「芝村のお姫様は根が純粋でいらっしゃる。まあ争奪戦がどんなものか訊いてくるんだから当然か。いいか、これだけはよく覚えておけよ。争奪戦てのはそんな生やさしいものじゃないんだぜ。どっちと訊かれてどっちかを選べるなんてそんなスキは一切ない。あの空気がそれを許してくれないのさ。出来ることといったらせいぜい『あっち！』とかダジャレでごまかして逃げることくらいだな。」
「情けないことだ。」
「それが争奪戦さ。あ、でも中には決して争奪戦を起こさないっていう『争奪戦知らず』ってのもいるらしいぜ。何人と親密になろうが、１００％といっていいほどの高確率で争奪戦を回避するそうだ。密会技能を持ってたって争奪戦は起きるんだからうらやましい話だよな。」
「それだっ。」
「ん？なにが？」
「なんでもない。おもしろい話だった。礼を言う。」
舞は瀬戸口から離れた。
(君はそれなのかもしれない、芝村舞。)
「(争奪戦知らずか。いいのか悪いのか分からない称号だな。)」
(いいことだとも。争奪戦は起こさないに越したことはない。)
「まだ私が争奪戦知らずと決まったわけではないぞ。そうやって油断していると突然起きる可能性もある。」
(その時はその時だ、芝村舞。)
しかし舞の心配はムダに終わり、その後も彼女をめぐる争奪戦は一度として起こることはなかった。
舞の『争奪戦知らず』の称号は揺るぎないものとなった。
(君は真の天才だ、芝村舞。)
幸運の女神
グラウンド横を歩いていた舞は、前方からやって来る田辺に気付いた。
その田辺の頭上にキラリと光る物を見た次の瞬間、舞はダッシュした。
「伏せろ、田辺！」
叫んだ舞は、田辺の頭に直撃する寸前の金タライをジャンプキックで蹴り飛ばした。
「きゃあ！」
驚いた田辺は尻もちをついた。
「大丈夫か。」
舞は手を貸して田辺を立ち上がらせた。
「あ、はいっ。あの、ありがとうございますっ。」
田辺はずり落ちかけた眼鏡を元に戻しながら、ぴょこんと頭を下げた。
「いつも助けていただいてすみませんっ。私がドジなせいで舞さんには迷惑かけてしまって‥‥本当に本当にごめんなさいっ。」
「気にすることはない。これも運動力訓練の一環だと思っている。」
そう言いながら舞は、続いて落下してきたヤカンの取っ手をパシッとつかんだ。
田辺の青い髪の上には小神族が乗っていた。その小神族は舞に向かって深々とおじぎをした。
「礼には及ばない。お前の主は私の親友だ。」
「え？主？」
舞は金ダライを拾い上げ、ヤカンと一緒に田辺に渡した。
「これはいつものように裏マーケットで売るといい。金ダライは少しへこんでしまったがな。」
「あ、はいっ。ありがとうございますっ。」
毎回なぜか田辺の頭上に落ちてくるいろいろなアイテム。これらを売って換金するというアイデアは舞が勧めたものだった。今では田辺の重要な収入源となっている。
田辺はもう一度頭を下げ、金ダライとヤカンを両手に持って歩き出した。
田辺と別れ、舞が２、３歩歩くか歩かないかのうちに、後ろでコーン！というけたたましい音がした。
「田辺！？」
舞が振り返ると、田辺は頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「だっ、大丈夫です。小さめの洗面器だったからそんなに痛くなかったですから。ごめんなさいっ。」
田辺は金ダライとヤカンと洗面器を抱えて、小走りに校舎の影に消えて行った。
「田辺についているのが本当に幸運の女神なのか、私は非常に疑問に思うのだがな。」
(間違いなく幸運の女神だ。あの小神族がつかなければ、田辺真紀はもっと盛大な不幸に見舞われている。)
「そういう見方も出来る訳だな。確かに毎日降ってくるものがタライではなく、電柱だったり１ｔトラックだったりしたらさすがの私も受け止めきれぬ。」
(確かにそれは盛大な不幸といえる。)