〜 あの空の向こうに 〜
「‥‥勝ったの‥‥か？」
「私達、勝っ‥‥た。」
「ネレイドを倒した。倒したんだ！」
「やりましたね、皆さん！」
「おう！」
「‥‥‥‥」
ネレイドの脅威が去り、バテンカイトスから抜け出たリッド達６人は、同時にその場に座り込んだ。全員が満身創痍、ボロ布同然の姿である。
キールがリザレクションで回復処置を行ったが、全身を鉛で包まれたような疲労感だけは取り除きようがなかった。
「正直な話、僕はネレイドに勝てるなんて思ってませんでした。」
「あれえ、チャットったら戦う前から負けること考えてたの？そんなんじゃ大海賊の血統がすたるよ。」
チャットのかぶっているアイフリードハットのつばを、ファラは指で弾いてはね上げた。
「分かってますよ。だから僕は、ひいおじいさんのおっしゃった言葉をかみしめていたところなんです。」
「アイフリードの言葉？」
「はい。『信じる心を貫けば、成し遂げられないことなどない』」
海賊帽をかぶりなおしたチャットは、ニッと笑った。
「そっか‥‥。本当にそうだよね。」
「ああ〜、腹へった〜！」
大声で言うなり、リッドはその場に大の字に寝っ転がった。
「もう、リッドってば緊張感ないんだからなあ。」
「いいじゃねえかよ〜。今までずっと緊張しっぱなしだったんだから。俺、もう腹へって死にそうだ〜。」
「まったく、ついさっき真の極光術で僕らを死地から救ってくれた人物と同一とはとても思えないな。」
キールは皮肉っぽく言った。
「まあそう言うなって。リッドはなあホラ、アレだ、アレ。アレだからよ。」
フォッグはいつもの代名詞の羅列でフォローしようとしている。その謎の言葉をさらにいつものようにチャットが訳す。
「能ある鷹は爪をかくす、とでも言いたいんですか？」
「そう、それよソレ！」
「それは誉めすぎだ、フォッグ。」
「どーいう意味だよ、キール。」
むっくりと起き上がったリッドを、ファラが首輪をつかんで引き戻した。
「まあまあ。でもさっきのリッドは本当にすごかったよね。最後の技なんて、初めて見るものだったもん。あれも極光術なんでしょ？」
「へ？さ、さあ〜？俺もワケわかんねえうちに使ってたからなあ。アレって極光術だったか、キール？」
「はあ？知るか。」
間の抜けたリッドの問いに、キールは呆れ顔で答えた。他の仲間達は笑い出した。
ふいに、それまでずっと黙り込んでいたメルディが立ち上がった。ふらふらとおぼつかない足取りで、何かに引き寄せられるように歩いて行く。
「どうした、メルディ？」
キールが心配そうに声をかけた。
「あそこ‥‥シゼル！」
メルディは走り出した。リッド達も慌ててあとを追う。
そこに倒れていたのは確かにシゼルだった。しかし、もうピクリとも動かない。
シゼルの傍らにメルディがひざまづく。母の死という現実をあらためて突きつけられた彼女に、誰も言葉をかけることが出来ないでいた。
「ねえ、あれ何だろ？」
ファラが指さしたものは、シゼルから少し離れた場所に浮かんでいる半透明の黒色の球体だった。
「おそらく、セイファートリングの核だろうな。」
キールは推測を述べた。
「セイファートリングはインフェリアとセレスティアの両世界をつなぎ止めている鎖だ。この核はその力の源といえるものなんだろう。」
メルディ以外の全員が球体の周りに集まり、この不思議な物質を眺めた。
その時、空気を揺るがすような振動が伝わって来た。何事かと全員が辺りを見回す。
「皆さん、どうも様子がおかしいですよ。インフェリアとセレスティアの距離がまたさらに縮まっているような気がします。」
チャットが言ったそばから、最初は小刻みだった揺れがしだいに激しいものへと変わっていく。
「どうして？グランドフォールが止まらない？」
ファラは不安を募らせた表情で頭上を仰いだ。
「クソっ、間に合わなかったのか！」
「間に合わなかった？どういうことだよ、キール。ネレイドを倒したのに、なんでグランドフォールが止まらないんだ？」
リッドはキールを問いただした。
「臨界点を超えてしまったんだ。あまりに近付きすぎた両世界は、今度はお互いの重力で引き合っているんだ。こうなったらもう誰にも止めることは出来ない‥‥」
キールは力無くうなだれた。
「本当に？本当にどうしようもないの？私達じゃどうすることも出来ないの？」
「ファラ‥‥残念だが‥‥」
すがりつくような視線を向けるファラに、キールは首を振った。
「そんな‥‥そんなのないですよ。ここまで来て、世界が破滅するのをただ見てることしか出来ないなんて。」
チャットはぺたんと座り込んだ。
全員が黙り込み、振動音だけが激しさを増していく。
そんな中フォッグは突然、愛用の銃メガグランチャーを一発、真上に向けて撃った。驚いた仲間達の視線が集中する。
「おう！おめえら！俺様達はここへ何しに来たんだ？しょげ返るためじゃあねえよな。アレだ、アレ。アレをするために来たんだろ？だったらよう、アレをやり終えるまでは、まだ終われねえんだからな。」
「アレアレって、あなたって人はこの期に及んでまだそれですか。まったくもう、この指示語オヤジは訳分かりませんよ。」
チャットは処置無しとばかりにため息をついた。
「‥‥そうだったな、フォッグ。俺達はアレをするために来たんだったよな。」
しかし、リッドだけは小さく笑うと、すべて分かっているという風に頷いた。
「一体なんの話？」
「ん？ああ、俺達は自分の住む世界とみんなの住む世界を救うっていう、口に出すとちょっとこっぱずかしいことをやりに来たんだって話さ。」
リッドはファラに勢いをつけるように、その背中をポンと叩いた。
「あ‥‥そうだね、そうだよねっ。私達がここにいるのは、ソレをするためなんだもんね！ここでカンタンにあきらめちゃダメなんだ。」
「いけませんね、僕としたことが。目的を見失って途中で投げ出してしまうようでは、大海賊のご先祖様に顔向け出来ません。『信じる心を貫けば、成し遂げられないことなどない。』今こそこの言葉を実践する時です。」
チャットは気を引き締めるように、深く海賊帽をかぶった。
「確かに嘆いてる場合じゃなかったな。フォッグもたまにはいいこと言うな。」
「ぐわっはっはっ！アレだな、たまには、ってのがよけいだが、おめえらがシャキッと目え覚ましてくれてよかったぜ。」
フォッグは力任せにキールの背中をバシバシと叩き、その手加減無しの激励にキールはむせ返った。
「ゲホッ‥‥で、何か解決の具体案はあるか？あきらめる気はないが、万策尽きたという感は否めない。」
「一つだけあるぜ。アレをブッ壊すんだ。」
「何を壊すと言うんだ？‥‥おい、まさか。」
リッドが指さす先を見て、キールの顔色が変わった。その先にあるのは黒色球状のセイファートリングの核だった。
「俺の極光術であの核を破壊する。」
「ちょ、ちょっと待て、リッド。お前その意味が分かって言ってるのか？さっきも言っただろう。セイファートリングはインフェリアとセレスティアをつないでいる鎖なんだ。それがなくなったら‥‥」
「どうなるの？」
ファラは不安を押し殺して訊いた。
「おそらく、二つの世界は互いに干渉されないまったくの無関係な世界になるだろう。つまりこれは、両世界が完全に分断されてしまうことを意味するんだ。でもそれも万事うまくいったとしての話だ。もし失敗すれば、インフェリアもセレスティアも両方消滅する。それも一瞬で、跡形もなくだ。」
「グランドフォールとどっちもどっちの結末ということですね。」
「どっちもどっち？とんでもない、こっちの方がグランドフォールよりよっぽどタチが悪いさ。」
チャットの言葉にキールは首を振って見せた。
「でもうまくいけば、二つの世界は助かるんだよね？だったら、私はリッドのすることを信じるよ。」
「おう、俺様もアレだ。リッドに賭けるぜ。危険な賭けだがよ、何もしないでいるよりゃ千倍マシってもんだからな。」
「人生には決断の時があると、ひいおじいさんもおっしゃってましたっけ。僕もリッドさんを支持します。」
「キールはどうする？やっぱり反対か？」
リッドに問われたキールは、言葉に詰まった。だが、今はゆっくり考えをまとめる余裕はなく、彼は即断した。
「大博打に近いが、やってみる価値はあると思う。だがいくら極光術が強力とはいえ、セイファートリングの核を破壊することが果たして可能かどうか‥‥」
「きっと、出来るよ。」
その声に振り返ると、いつの間にかメルディがそこに立っていた。
「極光術、フリンジするよ。リッドが真の極光術とメルディが闇の極光術をフリンジする。そうすれば、ものすごく強い力が生み出せるよ。きっと核を破壊出来る。」
「そうか、極光術のフリンジか。よし、やろうぜ、メルディ！」
「それはダメだ！ダメだダメだダメだダメだダメだ！」
「どうしたんですか、キールさん？」
キールのあまりに頑なな反対振りに、チャットは目を瞬かせた。
「メルディに闇の極光術を使わせるなんて絶対にダメだ！」
「どうしてダメか、キール？」
キールは怖いくらいの眼差しをメルディに向けた。
「そんなことはメルディが一番よく分かってるだろ！シゼルのようになりたいのか！？それに、闇の極光術を一番怖がっていたのはメルディ、お前じゃないか！」
リッド達はようやく、なぜキールが強硬に反対するのかを理解した。だが、当のメルディはそんなことは十分承知の上だった。
「闇の極光術使ったら、メルディもシゼルがみたいに心が壊される。だからキールはダメだ言うんだな。」
「そうだ！絶対に許さないからな！」
「でもな、キール。真と闇の極光術、フリンジしない限り核は壊せない。それはキールにも分かってること。メルディは闇の極光術が怖いモノだってよく知ってる。だから怖がってる。それもホントのこと。だけどな‥‥」
顔を上げたメルディは一点の曇りもない笑顔だった。いつも笑顔を絶やさない彼女だったが、この時の表情は最高に光り輝いていた。
「メルディ、ずっと前から決めてたよ。必要な時来たら、闇の極光術使うって。それが今だな。メルディの力で世界が、大好きな人達が救えるかもしれない。だから今メルディは、自分が闇の極光術使えること嬉しく思うよ。」
メルディが話し終えたあと、しばらく誰も言葉を継げなかった。その場にいた全員が、彼女の言葉の一言一言を心で受け止めていた。
「えへへっ、大丈夫よう。メルディは闇の極光術なんかに負けないよ。ちゃんと使いこなして見せるからな。」
「バカ！」
キールはそう叫ぶと、メルディに背を向けた。
「お前のそういうところが僕は大嫌いだ！なんで、お前は‥‥」
「‥‥キール。」
「‥‥‥‥やろう。極光術をフリンジしよう。」
キールは再び向き直った。
「止めたってメルディはやるに決まってる。だったら僕らに出来ることは、全力でサポートする以外ないさ。」
キールのその言葉を聞いた時のメルディは、本当に嬉しそうだった。
リッドは彼女を見て頷いた。
「メルディ、やってくれるんだな？」
「はいな！メルディにおまかせな！」
「分かった、頼んだぜ。それじゃファラは俺の、キールはメルディのサポートを頼む。」
「うん！まかせといて！」
「分かった。」
「チャットとフォッグはバンエルティア号をいつでも発進出来るようにしておいてくれ。やるだけやったらとっと逃げ出すぞ。」
「アイアイサー！」
「おう！了解だ！」
リッドは一呼吸おいてから仲間達の顔を見回した。
数々の死線を共にくぐり抜けて来た仲間達。生まれた時から同じ時間を過ごしてきた仲間。違う世界に住みながら奇跡のような確率で出会った仲間。
なくしたくない。彼らも、彼らの住む世界も。
「もう時間がない！あとはとにかくやるだけだ！いいか、みんな！絶対に生き残るん――」
ぐぐぐぐ〜ぅ。
「‥‥‥‥」
「今の音、なにか？」
「腹の虫って知ってるか、メルディ。」
キールは至極真面目な顔で答えた。
「ん〜？メルディ、初めて聞く虫だな。どんな虫か？」
「それはね、こーいう食いしん坊のお腹の中で飼ってる虫のことだよ。」
ファラはリッドの背後から両の頬を引っ張った。
「ひてててっ。し、仕方ねえだろ、メチャクチャ腹へってんだからさ〜。」
「これから最後の大勝負に向けて志気を高めようって時に、雰囲気ブチ壊しですね。」
「ぐわっはっはっ！やっぱアレだな。リッドは大物だな！」
チャットは大げさにため息をつき、フォッグは大笑いしている。
リッドは照れ笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「あははは、わりいわりい。あ、そうだ。ラシュアンに戻ったらさ、腹一杯食いてえなあ。ファラお得意のスペシャルオムレツをさ。」
「いいですねえ。その席にはぜひ僕もお呼ばれさせて下さい。」
「ワイール！メルディもな！ファラのオムレツは最高ようっ。」
「おう！もちろん俺様も呼んでくれるんだろ？」
「オムレツ・パーティーか。楽しそうだな。」
続々の参加希望者に、ファラはドンと胸を叩いて見せた。
「オーケー、まかせといてよ！厳選素材でほっぺたが落っこっちゃうようなオムレツを作って上げるからね！」
そして彼らは、それぞれの役割を果たすために散っていった。
「皆さん、幸運を！」
「おう！船で待ってるからな！遅れずに来るんだぜ！」
チャットとフォッグはバンエルティア号へと戻った。
ファラはメルディを呼んだ。
「メルディ、ちょっと手を出してくれる？」
メルディは言われるままに左手を差し出した。ファラはいつも首に巻いているリボンをほどくと、それをメルディの手首に巻き付けた。
「これはお守りだよ。メルディを守ってくれますように、っていう私の願いを込めたお守り。」
「ファラ‥‥ありがとな。」
「でも、このリボンとっても気に入ってるんだ。だから、今だけメルディに貸しとくね。またあとで‥‥全部が終わったあとで返してね。」
ファラは笑った。メルディはファラの言わんとすることを理解した。
「はいな。またあとできっと返すよ。あ、そだ、代わりにこれ持ってて。」
メルディはパラソルを取り出してファラに渡した。
「いいの？これって大切なモノでしょ？」
「今だけ貸すよ。ファラのお守り。あとで返してな。」
「うん。分かった。あとでちゃんと返すからね。何があっても絶対に、ね。」
ファラはパラソルを胸に抱きしめた。
そして一方でも、ささやかなプレゼント交換が行われていた。
「リッド、お前にこれを預ける。」
キールがリッドに渡したのは、いつも彼が使っているクレーメルケイジだった。
「何かあった時は大晶霊達の力を借りるといい。」
「でも俺、晶霊術士じゃねえんだし、こんなもん持ってたって使えねえよ。」
「大丈夫だ。仮にもお前は真の極光術使いなんだ。なんとかなるさ。大晶霊達にもお前に協力してくれるよう頼んである。」
「お前はどうすんだよ。クレーメルケイジなしじゃ晶霊術を使うのだってままならねえだろ？」
「僕のことなら気にするな。それより自分の身の心配をしてろ。リッドは危なっかしいからな。肝心な時にお前に倒れられちゃ、すべてが御破算だ。」
「へいへい。危なっかしくて悪うございましたね。子供の時は何かにつけてビービー泣いてたキールさんに心配されるなんてなあ。」
「うるさいな。人の好意は黙って受け取っておけばいいんだ。」
キールはクレーメルケイジを強引にリッドの手の中に押し込んだ。
「分かったよ。サンキュ、キール。そんじゃ俺からもこれを渡しとくぜ。」
今度はリッドからキールへ剣が渡された。セレスティア７大秘宝の一つ、幻の名剣Ｓ・Ｄである。
「お前に剣技なんて期待しねえけど、この剣は別だ。持っているだけで強力な召喚魔法が使える。これほどキール向きの剣はねえよな。」
「いいのか？本当に。」
「人の好意は黙って受け取っとくもんだぜ。そうだろ？」
リッドはニヤリと笑い、キールは一本取られたという風に苦笑した。
そして、決行の時が来た。リッドとファラ、メルディとキールの二手に別れ、彼らはそれぞれ核を挟んだ向かい側に立った。
「キール、今までありがとな。いろいろ、いっぱいありがとな。」
キールと向かい合ったメルディは、ぴょこんと頭を下げた。
「な、何言ってるんだよ。礼を言うのはこっちだろ。メルディがいなかったら、僕達はグランドフォールのこともネレイドのことも知らず、ただ死ぬのを待つだけだったんだからな。」
「えへへ、そうか。でもやっぱりありがと言うよ。メルディ、今とってもしあわせだから。こんな気分になれたのは、みんなとそしてキールのおかげ。だから、ありがと‥‥あれ？」
メルディの瞳から大粒の涙がぽたぽたとこぼれ落ちた。
「あれ？あれ？おかしいな。とってもしあわせな気分なのに、なんで涙が出るのかな。えへへ、おかしいな。‥‥ごめんな。」
キールはメルディを引き寄せると、思い切り両腕で抱きしめた。
「礼なんて言わなくていい。謝らなくていい。一緒に生きるんだ。これが終わったあとも、その先もずっと、いつまでも一緒に生きよう。」
「‥‥はいな。」
「クイッククイッククイッキー！」
抱き合った２人の肩や頭の上を、クイッキーがピョンピョンと跳ね回った。
「もちろん、クイッキーも一緒さ。」
「そだな。クイッキーもキールも、リッドもファラも、チャットもフォッグもみんなみ〜んな一緒にな！」
メルディはクイッキーを抱きしめると、もう一度キールの腕の中に飛び込んだ。
核の反対側では、リッドが何度も深呼吸をしていた。さすがの彼も緊張の色を隠せない。
「俺自身が出す極光術の力に吹き飛ばされるかもしれない。ファラ、俺が踏みとどまれるよう後ろから支えててくれ。」
「オーケー、力には自信があるから安心してまかせといて。リッドは思いっきり自分の力を出していいからね。大丈夫、リッドなら出来るって。ファイトだよ！」
ファラはガッツポーズをして見せた。彼女の普段と変わらない元気にあふれた笑顔に、リッドは心が安らぐ思いがした。
「なあ、ファラ。ファラは前に言ったよな。自分がここまで来れたのは、俺がそばにいてくれたからだって。でも、それは俺にも言えることなんだよな。ファラがそばにいてくれたから、俺は俺になれたんだ。ここまで来れたのだって、ファラがいなけりゃ絶対に無理だった。それに‥‥」
「それに？」
「口ではいろいろ文句も言ってたけど、俺、ファラが起こす騒動に巻き込まれんの、けっこう楽しんでたのかもしれないな。」
「ええ？」
意外な言葉に目を丸くするファラに向かって、リッドは手を差し出した。
「ということだからさ、これからもよろしくな！嵐を呼ぶトラブルメーカー、ファラ・エルステッド！」
「うん！こちらこそ末永くよろしく！自称不運のトラブルシューター、リッド・ハーシェル！」
２人は約束の固い握手を交わし、笑い合った。
「リッドーっ、そろそろいいかー？」
反対側にいるメルディが呼びかけて来た。
「ああ、準備万端だぜ、メルディ！よっしゃあ、一丁やるか！」
「はいな！」
「よーし、イケるイケる！」
「みんなを信じてるからな！」
リッドとメルディは同時に、セイファートリングの核に向けて極光術を放った。
「クッ‥‥！」
「キャッ‥‥！」
その身にかかる予想以上の衝撃に、リッドもメルディも苦しげな声を上げた。
「リッド、大丈夫！？」
「大丈夫か、メルディ！？」
それぞれのサポート役であるファラとキールが心配そうに声をかける。
「平気だ、こんくらいっ。これからが勝負だろ！」
「メルディは平気だよう。まだまだだからな！」
核を挟んだ両側で、同じ様な会話が交わされていた。
引き続き真と闇、二つの極光術の放出は続いたが、核にはなんの変化も見られなかった。
始めは拮抗していたリッドとメルディの極光術も、時間が経つにつれメルディの力が弱まり、リッドの真の極光術に押される形になっていった。
リッドは極光術の交わりを通じて、メルディの苦痛のうめき声を聞いた。
――メルディ？この声はメルディなのか？
――リッド、リッドが声聞こえるよ‥‥うっ、ああっ！
――メルディ、大丈夫か！？辛いんだろ？もうこれ以上は無理なんじゃないのか？もうやめるか？
――ダメ！ここでやめたらダメだよう！
――だけどメルディの体が‥‥
――ここでやめたら全部がムダになる！みんな、ここまで一生懸命頑張った。それがみんなムダになる！
メルディの闇の極光術が、リッドの真の極光術を押し返すほどに強まった。だがそれは、メルディが限界を越えて振り絞った最後の力だった。
――くうっ、うああああっ！！
――メルディーッ！！
リッドの呼びかけに、メルディは答えなかった。
「メルディ！」
メルディの異変に気付いたキールは叫んだ。メルディは意識を失いかけていた。だがそれでもなお、力の放出をやめようとはしなかった。
核へと吸い込まれて行きそうなメルディに駆け寄ろうとしたキールは、背後に人の気配を感じて振り返った。
「！」
そこには、彼らが倒したはずのシゼル−ネレイドが立っていた。
「ネレイド！？クソっ、こんな時に！」
キールはメルディの身を庇うように両手を広げて立ち塞がった。しかしすぐに、彼女の様子が先程とはまるで違うことに気付いた。
その目から禍々しい邪悪の光は消え、今は凪の海のように澄んだ静けさだけが見てとれた。
「‥‥シゼル、なのか？」
シゼルは何も言わず、キールの横を通り過ぎてメルディの傍らに立った。
「バイバ！？シ‥‥シゼル？」
意識朦朧としていたメルディも、突然のシゼルの出現に気付いて目を見張った。
「メルディ‥‥」
シゼルはそっとメルディの手に自分の手を重ねた。そして、一緒に闇の極光術の力を注ぎ込み始めた。
シゼルは徐々に極光術の力を強めていく一方で、メルディの力を押さえさせ、彼女をその場から退かせていった。
シゼルは軽くメルディの背中を押して、キールの方へと押しやった。ほとんどの力を使い果たしていたメルディは、倒れ込むようにしてキールに抱きかかえられた。
メルディからシゼルへと闇の極光術の使い手が交代したことは、リッドにも伝わっていた。先の戦いで瀕死の重傷を負っているにも関わらず、シゼルの力は凄まじくリッドは危うく吹き飛ばされそうになった。後ろのファラがその彼を懸命に支えていた。
シゼルの声が聞こえた。
――メルディ、怖れるな。
この時の彼女の言葉を、メルディはその後決して忘れることはなかった。
別れは、終わりではない
常しえに思うことこそ‥‥‥
共にあるということなのだから
「シゼル‥‥」
シゼルは振り返り、メルディと目と目で見つめ合った。
そして、微笑んだ。
メルディはこれまでずっと、呼びたいと思い続けた名で彼女を呼んだ。
「お母さん――！」
その時、核は粉々に砕け散り、セイファートリングは真っ二つに割れた。
その後何が起きたのか、その場にいて覚えている者は誰もいなかった。
――‥‥ッド‥‥リッド・ハーシェル。
誰だ‥‥？あんたは‥‥セイファートの使者？俺‥‥死んだのか？
――いいや。君は死んではいない。君の仲間達もだ。
そうか。よかった‥‥。でも、セイファートは怒ってんじゃねえのか？俺がやったこと‥‥セイファートから授かった真の極光術で、セイファートが創ったリングをブッ壊しちまったんだから。
――前にも言ったはずだ。君は君の信じる道を進め。例えそれが、セイファートの教えと相反する道でも。そして君はやり遂げた。‥‥大切な人々をよく守り抜いたな、リッド。私は君のことを誇りに思う。
‥‥なあ、あんたもしかして‥‥。
――さあ、戻れ。君達の新しい世界へ。私はいつでも見守っているから。
ああ、見ててくれ。俺達のことを。
「ホントに何もありませんねえ。」
「おう。アレだな。影も形もありゃしねえな。」
「どこまでも空が突き抜けて広がっているだけですね。このアイフリード・テレスコープを使っても何も見えませんよ。」
「どこ行っちまったんだかなあ。」
チャットとフォッグは空を見上げていた。彼らがいる場所は、リッドのお気に入りの場所でもあるラシュアン村のはずれの見晴らし台だった。
「おーい、チャットーっ！フォッグーっ！」
２人を呼ぶ声がした。見ると、下でファラが手を振っていた。隣にはリッドもいる。
「リッドさん！目を覚ましたんですね！」
「おう、リッド！元気か！」
「ああ、おかげさんでなっ。」
リッドとファラは見晴らし台に昇ってきた。
「もう平気なんですか？リッドさん。」
「ん〜、それが体中あちこち痛くってさ。」
「それは一週間ずっと眠ってたせいだよ。体の方はどこもケガなんてしてなかったんだしね。」
「一週間もベッドに横になってりゃ、そりゃ体が痛くなるのは当たり前だなっ。ぐわっはっはっ！」
「あ、なるほど。言われてみりゃそうだ。」
リッドは肩をコキコキいわせながら笑った。
一週間前、リッドとファラはこの見晴らし台のすぐそばの草地に倒れているところを発見された。ファラはすぐに意識を取り戻したが、リッドだけは目を覚まさず今日まで昏々と眠り続けていた。
バンエルティア号も、中に乗っていたチャットとフォッグが意識を失っていたにも関わらず、無傷のままミンツ港沖を漂泊していた。船の中で意識を取り戻した２人は飛行艇を駆り、離ればなれになった仲間達を探してラシュアン村を訪れ、リッドとファラを見つけた。
「でも無理ないですよね。リッドさんは極光術を使ってものすごく力を消耗したんでしょう。大した人ですよ、あなたは。」
「うんっ。リッド、よくがんばったがんばった！」
「不死身のフォッグ様も頭が下がるぜ！」
リッドは照れかくしのように頭を振った。
「よ、よせってば、俺１人の力じゃねえだろ。みんなのおかげだ。ファラにチャットにフォッグにメルディにキールに、そして最後はあのシゼルまでが助けてくれたんだ。」
「シゼルが‥‥そうなんだ。やっぱりあの人は、メルディのお母さんだったんだね。」
ファラはさっきまでチャット達が眺めていた青空を仰いだ。日差しが眩しく顔を照らす。
「セレスティアがなくなると、空ってこんなに高かったんだね。」
あの日以来、セイファートリングはもちろんのこと、その向こうにあったセレスティアの大地も消えていた。
「セレスティアはなくなったワケじゃねえよ。見えないだけだ。あの空の向こうに必ずセレスティアはある。キールもメルディもきっとセレスティアにいるさ。」
「ホントにそう思う？」
「ああ。みんな無事に生きてるって教えてもらったからな。」
「教えてもらった？誰にですか？」
チャットはきょとんとして聞いた。
「ある人からなっ。」
リッドはファラに目配せした。一瞬、ファラは意味をつかみかねて怪訝そうな表情になったが、直後にパッとそれが輝いた。
「私、セイファートリングが壊れてから、この見晴らし台のそばで村の人に見つけられるまでの間のことはまるで記憶にないんだけど、二つだけ覚えてることがあるんだ。このまま私は死んじゃうんだってすごく怖い気持ちになった時、急にふわっと暖かな空気に包まれたの。おだやかで優しくてとっても暖かだった。そして‥‥香りがした。」
「ドエニスの花の香り、だろ？」
「うんっ。」
ファラは嬉しそうに笑った。
「ドエニスが何かは知りませんが、確かに僕も感じましたよ。暖かな空気と、ほのかに甘くて清々しい香りを。」
「おう。俺様も感じたぜ。なんかこうアレだな、何もかも大丈夫だから安心しろって言われてるような気がしたな。」
ファラが感じた不思議な感覚を、他の仲間達も同様に感じ取っていた。
「みんなもそうなんだ。だったら絶対、メルディとキールも無事でいるよねっ。」
「ああ、絶対になっ。」
「それじゃ、早く会いに行こ！」
「は？」
リッドは間抜けな顔で聞き返した。
「私、メルディのパラソル借りたままだし、お気に入りのリボン貸したままだし、なによりメルディやキールやセレスティアの人達に会いたいもん。だから、行こ！」
「行こってカンタンに言うけどな〜。セレスティアは目で見えないくらいに遠くにあんだぜ。一体どうやって‥‥」
「大丈夫っ、イケるイケる！ねっ、チャット！」
「ええ。それにはまず、バンエルティア号を新たに改造しなくてはなりませんね。今のように海上を走るだけでは埒があきませんから。」
「おう。アレが出来るようにしねえと話にならねえよな。アレだ、飛べるようにな。出来るか、坊主？」
「誰に向かって言ってるんです？大海賊アイフリードの血を引くこの僕に出来ないことなどありません。それに幸い、リッドさんがキールさんのクレーメルケイジを預かっているそうですから、大晶霊達の力を借りればまず問題ありませんよ。」
フォッグに問われたチャットは、自信たっぷりな笑みを口元に浮かべた。
「まさかキールのヤツ、こういうことを見越して俺にクレーメルケイジ渡したってのかあ？」
「さっすがキール！」
ファラは青空に向かって両手を広げ、すうっと深呼吸した。
「さあて、また忙しくなるぞーっ。急いで準備をしなくちゃね！」
その隣でリッドは、はあ〜っと大仰にため息をついた。
「ったく、またドタバタの日々が始まんのかよ。せっかくラシュアンに戻って来たっていうのに。」
「リッドは嫌なの？やっぱり、ここでのんびり空を眺めて暮らしたい？」
ファラは少し心配そうな表情で尋ねた。
「そうだなあ。ちょっと前までなら迷わずそれを選んだろうけど、今は‥‥」
リッドは、ファラ、チャット、フォッグの顔を順に見回した。
「空はただ眺めてるより、行ってみた方がおもしろいってことに気付いちまったな。」
リッドはニヤッと笑った。それにつられるようにしてファラ達も笑顔になる。
「そうこなくちゃ！よーし、イケるイケる！」
「アイアイサー！」
「おう！」
４人は空を見上げた。自分達の力で手に入れた新しい空。この空を越える冒険へと、彼らは再び足を踏み出した。
「さあ、行こうぜ！あの空の向こうに！」
- END -