『在るべきところ』
ブリッジの展望窓の前に立ち、下界を眺めていたクラウドは、不意に声を上げた。
「シド、あそこへ降りてくれないか。」
「んん？なんでい、ゴールドソーサーへ行くんじゃなかったのか？」
くわえタバコで飛空艇の操舵輪を操っていたシドは、のんびりと訊いた。
「ああ。でもその前に、寄りたいところが出来たんだ。頼む。」
「そりゃ別にかまわねえけどよ。今飛んでるとこは大氷河のど真ん中だぜ？んなところに降りて何しようってんでい。公魚釣りでもすんのか？」
シドは現在地の座標を確かめながら言った。
「ワカサギってなんだい？」
「氷の湖にいる魚のことですわ。ボクはまだ食べたことありまへんけど、天麩羅にして食べるとうまいらしいですよ。」
レッドXIIIの問いに、ケット・シーが答えた。
「テンプラって何？」
「‥‥はう、揚げ物料理の一種だよ。天つゆに浸けて食べるとおいしんだ‥‥。でもアタシ、今は油物は遠慮しとくよ‥‥うぷっ。」
ティファの疑問にユフィが答えたが、今度は、テンツユってなんぞ？という話題に発展していった。
「行きたい場所は大氷河じゃなくて、その手前なんだ。シド、飛空艇をアイシクルロッジのそばへ降ろしてくれ。」
「アイシクルロッジ‥‥」
ワカサギのテンプラ談義に混ざっていたエアリスは、その地名に反応して振り返った。
「アイシクルロッジへ行こう。みんな、かまわないよな？」
その土地がエアリスにとって特別な場所であることは、この場にいる全員が理解していた。仲間達はクラウドの提案に同意した。
極寒の北の大地。そこに位置するアイシクルロッジは、人の住む土地としては最北の場所である。一年を通して万年雪に覆われ、大地が陽の下に顔を出すことはほとんどない。
この雪と氷に閉ざされた村が、エアリスの生まれ故郷だった。もっとも、そのことを彼女自身が知ったのは、つい最近のことなのだが。
アイシクルロッジの付近には、飛空艇の着陸に必要な開けた土地がなかったため、やむを得ず森を一つ隔てた場所に降りることになった。
体が埋まりそうなほどの積雪をかき分け、ようやく村まで辿り着いた時には、体は芯から冷え切っていた。
「ぐ、ぐお〜っ、寒い！カチンコチンに凍っちまいそうだぜ！」
歯をガチガチ言わせながら、バレットは防寒着の前をかき合わせた。
「しっかし、ハンパなく寒いとこだな。前に来た時も相当寒かったけどよ、今日はあの時よりさらに気温が低いような気がするぜ。」
シドは雪の湿気でなかなか火が付かないタバコに悪戦苦闘しながら言った。
「めちゃくちゃ寒いね〜。吐く息がそのまま凍って落ちそうだよ。」
「あははっ、それいいっ。落ちた息をそのまま転がして、雪だるまに出来そうじゃん。」
寒い寒いと言いながらも、レッドXIIIとユフィは滅多に見られない豪雪にはしゃいでいるようだった。
「ホント、寒いところだね。でも、この身を切るような冷たさがちょっとだけ懐かしく感じるのは、私の気のせいなのかな‥‥」
目に眩しいほどの白銀色に染まった村を見渡しながら、エアリスは呟いた。
「気のせいじゃないさ。きっと、エアリスの肌がこの土地の気温を覚えているんだ。」
クラウドは、力強い言葉で請け合った。
「そう‥‥だね。うん、そうだよねっ。」
エアリスは嬉しそうに雪の舞う空を見上げ、この地を支配する冷気を全身で感じた。
一足先に村に着いていたティファ、ヴィンセント、ケット・シーの３人が、村の入り口近くにある万屋から出て来た。
「あ、来た来た。待ってましたで〜。」
「お店の人に場所を教えてもらってきたわ。」
「村の中心から北西に向かう道を、道なりに行けば着くらしい。」
「そうか、分かった。ありがとう。」
クラウドはそう答えて頷いたが、エアリスはその道がどこへ続くものなのか分からず、きょとんとして首を傾げた。
「みんなは適当に時間を潰しておいてくれ。行こう、エアリス。」
「行くってどこへ？」
「アイシクルロッジの共同墓所だ。そこに、ガスト博士の墓がある。」
エアリスは目を見開いた。
「お父さんの、お墓‥‥」
半ばぼうっとしているエアリスに近付いたティファは、ついさっき万屋で買い求めたばかりの品を手渡した。
「はい、エアリス。お父様のお墓に供えて上げてね。」
それは、繊細なガラス細工製の一輪の花だった。
「本当なら生花をお供えして上げたかったのだけど、この季節にアイシクルロッジで咲く花はないらしいの。ゴメンね、まがい物のお花で。」
ティファは申し訳なさそうに言ったが、エアリスはとんでもないと大きく首を振った。
「ううん、ありがとう、ティファ！それにみんなも、本当にありがとう！わざわざこんな寄り道をしてくれて。」
エアリスは感激した面持ちで、ガラス製の花をそっと胸に抱いた。
仲間達は、優しい笑顔でエアリスの感謝の言葉に応えた。
「そやそや、そこの万屋さん、奥に喫茶コーナーもありましたで。あったかい飲みもんや、ちょっとしたおやつ程度のもんならつまめそうでしたわ。行く人いますか？」
ケット・シーの提案に、真っ先にバレットの手が上がった。
「え〜。せっかく雪国に来たのに、雪遊びもしないで家の中にこもるなんてもったいな〜。レッド、でっかい雪だるま作るから手伝ってよ。」
「オイラは別にいいけどさ。でも、この歳で雪だるま遊びなんてちょっと子供っぽいなあ。」
「それなら、スノーボードに挑戦してきてはどうだ。村の近くに、上級者用のコースがあるらしい。」
ヴィンセントの提案に、ユフィとレッドXIIIは目を輝かせた。
「それいいね！やろうやろう！」
「よっし、おもしろくなってきた〜！行くよ、ヴィンセント！」
「え。いや、私は‥‥」
「「レッツ・ゴー！」」
問答無用で、ヴィンセントはユフィとレッドXIIIに連れて行かれてしまった。
その様子を笑って見送った残りの仲間達は、寒さを逃れて万屋の中へと入って行った。
戸外には、クラウドとエアリスだけが残った。
「それじゃ、行こうか、エアリス。」
「うんっ。」
村外れにある墓所へ続く雪道を、二人は並んで歩いて行った。
深く積もった慣れない雪道に難儀しながらも、やがて見通しのよい開けた場所に出た。しかしそこは、ただただ辺り一面の雪野原だった。
「ここ、なのか？」
「雪しか見えないね。もしかしなくても、この下にお墓が埋もれてるってことなのかな。」
しばし呆然と、クラウドとエアリスは雪に覆われた墓所であろう土地を見渡した。
「う〜ん、どうしよ。スコップ借りてきて、雪を掘り返してみる？」
「そうだな‥‥。しかし、墓荒らしと間違われそうだ。」
「じゃあ、ファイガの魔法で一気に雪を溶かしちゃおうか。」
「いや、さすがにそれはもっとまずい。」
どうしたものかと途方に暮れる二人に、背後から声がかけられた。
「おんや〜？あんたら、見かけない人達だなや。」
振り返ると、スキー板を履いたアイシクルロッジの住民と思われる中年男性が立っていた。
なるほど、ああやって地元民達は深く積もった雪の上を行くのだな、とクラウドは妙なところで感心していた。
「どうしたね、若い男女がぼさ〜っと突っ立って。こんな辺鄙なところに観光って訳でもなかろうに、ひょっとして道にでも迷ったのかいね。」
「いや‥‥教えてくれ。俺達は村の共同墓所を探してやって来たんだが、ここで間違いないのか？」
「なんと、墓参りかいね。こりゃますます珍しいわ。うんむ、ここで間違いないさね。しかしまあ、これこの通り雪にすっぽり覆われて、参るどころじゃないけんどなあ。」
「‥‥」
クラウドとエアリスは顔を見合わせた。
「それじゃ、アイシクルロッジの人達はどうやってお墓参りをしてるの？」
「アイシクルロッジの墓参りは、春と決まっとるんだわ。春になればすこーしだけ雪が薄くなるんで、その時分に村中総出で雪かきをして墓参りするんよ。」
「春‥‥」
「ちなみに、アイシクルロッジの春と言ったら、２月の約一月の短い間のことさね。ここの春は世界で一番早くやって来て、世界で一番早く去って行くんだわ。その時になったらまたおいでな。」
男性は笑って言うと、スキーを優雅に操って村の中へと入って行った。
「春まで待てとは悠長なことを言ってくれる。少し待っていてくれ、エアリス。バレット達を呼んで、みんなで雪かきをしてガスト博士の墓を探そう。」
踵を返しかけたクラウドを、エアリスは止めた。
「待って、クラウド。いいよ、雪かきは。」
「どうしてだ？言っておくが、ファイガはナシだぞ。墓石まで溶かしてしまうかもしれないからな。」
「あははっ。違う違う、何もしないよ。雪かきもファイガもしない。今日はこのまま帰ろ。」
「しかし‥‥いいのか？親父さんの墓が目の前にあるのに。」
「うん、いいの。」
エアリスは、雪に覆い隠された墓所に向き直った。この地に父が眠っている、そう思うだけで、この凍り付くような寒さが少しだけ和らぐ気がした。
「私、ここで育った訳じゃないけど、ここで生まれたアイシクルロッジの子だもの。だから、この土地の慣習に倣いたいの。春になったらまたここへ来て、その時ゆっくりお父さんに会うよ。」
「そうか‥‥。エアリスがそれでいいなら、そうしよう。」
クラウドは、エアリスの横顔を見ながら頷いた。
「それにね、私、もう一人ここへ連れて来て上げたい人がいるんだ。」
「誰のことだ？」
不思議そうに訊き返すクラウドに、エアリスは笑いかけた。
「私のお母さん。今はミッドガルのスラム街に眠っているけど、きっとお母さんも、お父さんのそばに居たいだろうと思うから。」
「‥‥分かった。すべてを終らせて、必ずまたここに戻って来よう。その時は、エアリスの母さんも一緒だ。」
笑顔で頷いたエアリスは、ティファにもらったガラス細工の花一厘を、墓所入り口の雪の上に挿した。そしてもう一度、白銀の墓所を見渡した。
「また来るよ、お父さん。２月になったら、必ずお母さんを連れて会いに来るから。それまで、もう少しだけ待っていてね。」
静かに降り積もる雪の中で、エアリスはそう固く約束した。
そして、２月──
再び訪れたアイシクルロッジは、あの時とはまるで別の土地のようだった。
星に巣食っていたジェノバの影響が消えたこの土地は、相変わらず極寒の地であることに変わりはないものの、それまでのように一年中無慈悲な冬将軍に支配されることはなく、２月になれば本来の自然の理どおり、春の女神の微笑みが降り注ぐようになった。
雪解け水が小川を作り、時折雪の間からのぞく大地の下からは、新たな緑の命が芽吹いていた。
２月のアイシクルロッジは今、本当の春を謳歌していた。
以前は村中総出でたっぷり一日かけて行っていた墓所の雪かきも、形ばかりの数時間程度で済んでいた。
実際、雪かきをするほどでもなかったのだが、村人達はこれをやらないと春が来た気がしないと、笑って言った。
その村人達の手伝いもあって、エアリスの母イファルナの新しい墓もすぐに出来上がった。もちろん、夫であるオーギュスト・ファレミスの隣に。
雪かきと墓参りが終わり、誰もいなくなった墓所に、再びエアリスはやって来た。
途中、墓所の入り口を示す門柱を見たエアリスは、小さな笑みを浮かべた。そこには、ガラス細工の花一厘が括り付けられていた。
あの時、エアリスが雪の上に挿したガラス細工の花を、あとで村人の誰かが拾って取り付けてくれたのだろう。
エアリスは両親の墓の前に立った。これでようやく、親子三人が揃うことが出来た。
エアリスにとって幼くして死に別れた母の思い出は、おぼろげなものでしかない。父にいたっては、その姿を見たのは古い記録映像の中だけだった。
それでも、例え顔も声もはっきりとは覚えていなくても、今、エアリスの心の中は両親への愛おしさで満ち溢れていた。
自分に命を与え、名前を与え、今日という記念日をくれた両親に、言葉では言い尽くせないほど感謝していた。
「お父さん、お母さん。私、今日で２３歳になったよ。ここで生まれて、もう２３年が経ったんだよ。」
エアリスは一歩下がると、両手を広げてくるりと回って見せた。
「どうかな。私、お父さんとお母さんが望んだような娘に、少しはなれたかな。」
エアリスの問いかけに、返事はない。だが、それを寂しいとは思わなかった。
代わりに、星の囁き声を聞いた。その声に、エアリスはそっと微笑んだ。
「エアリス。」
名を呼ばれて振り向くと、墓所の雪道を歩いて来るクラウドがいた。
「やっぱりここだったんだな。」
「あ、もしかして探しに来てくれたの？ごめんね、誕生会の主役が抜け出しちゃって。」
「別にいいさ。みんな、勝手にどんちゃん騒ぎしてるしな。」
肩をすくめて見せたクラウドは、エアリスの隣に並んだ。目を閉じ、彼女の両親へ黙祷を捧げる。
その様子を、エアリスは嬉しそうに見つめていた。
「よかったな、エアリス。ずっと離れ離れだった両親を、また一緒にすることが出来て。」
「うん。みんなのおかげ。ホントにありがとうね。」
「これくらい、礼を言われるようなことじゃない。」
クラウドの言葉に、エアリスはますます嬉しそうに笑った。
「でもやっぱり、ありがとうって言わせてもらうよ。お母さんを、在るべきところへ連れて来てくれてありがとう。」
面と向かって礼を言われることが照れ臭くなったのか、クラウドはついと顔を逸らして雪の景色に目を向けた。
エアリスはくすりと笑い、両親の墓石に視線を戻した。
しばらくの間、無言の時が続いた。ひらひらと舞い降りる雪の積もる音が、聞こえそうなほどの静けさだった。
「約束の地‥‥」
ふと、クラウドは呟いた。
「えっ？」
「ここが、エアリスの母さんの約束の地だったのかもな。」
「‥‥ビックリした。」
「え？」
きょとんとしてクラウドが聞き返すと、エアリスは目を瞬かせていた。
「私も今、同じこと考えてたの。お母さんが目指していた約束の地は、ここだったのかなって。だからビックリ。」
そう言ってエアリスは、くすくすと笑った。つられてクラウドも笑う。
今となってはもう、それを母に訊くことは出来ないが、そうであればいいとエアリスは心から思った。
「おっ、いたいた。おーい、クラウドー！エアリスー！」
振り返ると、いつの間にか墓所の入り口にバレットが立っていた。さらにその後ろから、次々と仲間達がやって来る。
「ダメじゃん、エアリスっ。主役が抜け出しちゃさ〜。お次はロケット村のサテライト・ラウンジで、オヤジのおごりで法事と誕生会の二次会するよ！」
「誕生会はともかく、法事の二次会なんて聞いたことありまへんで。」
「ホージってのはなんでい。って言うか、いつ俺様のおごりに決まったんでい！」
「シドが、あの店なら顔でいくらでもツケがきく、などと言ったからではないのか。」
「ふふ、あとでシエラさんに怒られたら、私達も一緒に謝ってあげるわ。」
「ちなみに法事っていうのは、先祖を敬い供養する儀式のことだよ。よそではその習慣ないのかな？」
シドのおごりは確定事項としてさらりと流され、仲間達はホージ談義に花を咲かせ始めた。
「二人とも、何ぼさっと突っ立ってんだよ。とっとと来ないと置いてくぜ！」
「クラウド！エアリス！早く来ないと飲みっぱぐれ食いっぱぐれても知らないわよ！」
バレットとティファが、大きな身振りで手招きをした。
「むむっ！誕生会の主役を差し置いてそれは許さないぞー！行こう、クラウド！」
「ああ、シドが目を回すくらい飲みまくって食いまくってやらないとな！」
二人は雪の上を駆け出した。自分達が、在るべき場所へと向かって。
―END―
最後まで読んでいただいてありがとうございます！
いわゆる一つのエアリス誕生日創作として書いたのですが、いかがだったでしょうか。
エア誕物もこれで３本目。だんだんとネタがなくなってきｔ‥‥げふんげふん。
誕生日物にしては変則的な内容ですみません。あ、いつものことか(´・ω・｀)
後半は一応、本編ＥＤ後の設定となります。ＥＤ後も元気でやっている彼らを少しでも書けて嬉しかったです〜っ。
ちなみにあの世界に、ワカサギ釣りや法事の習慣があるのかは知りませんっ。