『目が覚めたら』




 その日のラグナは、いつもと格別変わった様子はなかった。
 午前の政務が終わる頃、大統領執務室に面会者を迎え入れた時も、彼はいたって普段どおりに見えた。
「大統領、こちらが新しくオダイン魔力科学研究所副所長に就任されたニールス博士です。」
 大統領主席補佐官のイーサン・ノアシースは、彼が伴なって来た女性を紹介した。
「はじめまして、レウァール大統領!キーラ・ニールスです。どうぞよろしくお願いしますー!」
 キーラと名乗ったその女性は、博士という肩書きが似つかわしくないほどの若さだった。キーラは物怖じする様子もなく、元気いっぱいの笑顔で挨拶した。
「お前さんがあのニールス博士かあ。話はいろいろ聞いてるぞ。こちらこそよろしくなっ。」
 ラグナはいつもの人懐っこい笑みを浮かべ、片手を差し出した。キーラは嬉しそうにその手を両手で握り、ぶんぶんと上下に振った。
「この方があの名高いニールス博士なのですね。本当に若い方で驚きましたわ。」
 主席秘書官のエイシェル・ヴィナー・シーゲルは、大統領に次いで自己紹介をしたあと、キーラの容姿を感心の面持ちで見つめた。
「えへへ、名高いだなんて照れますねー。15歳でエスタ国立大学を首席卒業後、6つの博士号取得、数々の論文を発表して学会を賑わわせた後、18歳で異例のオダ研副所長就任なんて、私そんなに大したモノですよねー、やっぱり。」
 照れて見せた割にはあっさり自己の評判を認めたキーラは、天真爛漫に笑って見せた。
「うははっ、おもしろいヤツだな〜。気に入ったっ。お前さんならあのオダインの下でも十分やっていけるだろ。」
 ラグナもまたカラカラと愉快そうに笑った。
「はい、おまかせ下さいっ。いずれそのうちオダ研は、ニールス魔力科学研究所と改名しますよー。」
 キーラは自信満々に胸を張って宣言した。
「これはオダイン博士もうかうかしていられませんな。」
 大統領補佐官のキロス・シーゲルは、どこまでも天衣無縫なこの若き博士に、彼が仕える大統領とよく似た空気を感じて苦笑気味に言った。
「あのー、ところで補佐官のミスター・ウォード・ザバックは今日はこちらにいらしてないんですか?」
 キーラはきょろきょろと室内を見回した。
「ええ、ウォードでしたら大統領の名代として、2日前からルナサイドベースに上がっていますが、ニールス博士は彼とお知り合いなのですか?」
「お知り合いも何も、何を隠そうミスター・ザバックは私のヒーローなんです。」
「ヒーロー‥‥ですか?」
 キロスだけでなくその場にいた他の者達も、その言葉の意味するところが掴めず、不思議そうにキーラを見た。
「はい、ヒーローですっ。この間、南エスタ商業区の第3環状パイプロードでプレートリフターの接触事故が起きたでしょう?私、あのプレートリフターに乗り合わせていたんです。」
「あの事故は確か、運輸交通局のメインコンピュータがシステムエラーを起こして、一部のパイプロードのプレートリフターが制御不能になって起きた事故とのことでしたね。セーフモードが働いたおかけで、幸い軽症者が数名出ただけで大事には至らなかったようですが、博士にお怪我はありませんでしたか。交通局長に成り代わって深くお詫び申し上げます。」
 頭を下げたノアシースを見て、キーラは慌しく顔の前で手を振った。
「いえいえっ、全然平気です。ほら、この通りピンピンしてますし。パイプロード内に閉じ込められたのがちょっと怖かったですけど、ミスター・ザバックのおかげで助かりましたしねー。」
「ウォードの、ですか?」
 キロスは首を傾げた。
「はい。事故が起きた時、ちょうど一つ先の停留所でプレートリフターを待っていたミスター・ザバックが、すぐにその場に居合わせた人達を引き連れて、パイプロードを歩いて事故現場まで救助に駆けつけてくれたんです。事故の残骸を片付けて私達が出られるようにしてくれて、おかげでレスキュー隊が来るより早く停留所まで避難することが出来ました。」
「そうだったんですか。いや、まったくの初耳です。ウォードのヤツ、そんなことがあったなんて一言も言いませんでしたから。」
「きっと照れくさかったのですわ。意外とシャイですものね、彼は。」
 エイシェルはウォードらしいとばかりにくすりと笑った。
「素敵ですよねー、ミスター・ザバック。私すっかりファンになっちゃいましたっ。キーラ・ニールスがとてもとても感謝していたと、どうぞよろしくお伝え下さい。」
「素敵‥‥。はあ、承知しました。ウォードには私からよく伝えておきます。」
 キロスは予想外の言葉を聞いたという風に、何度も目を瞬かせながら言った。
「そうですわ、ニールス博士。もしまだ昼食がお済みでなかったら、これから私達とご一緒にいかがですか?ミスター・ザバックについてのお話もお聞かせ出来ると思うのですけれど。」
 名案だとばかりにぽんと手を合わせたエイシェルを、キロスはギョッとして見た。
「エイシェル、君は何を急に‥‥」
「別に構いませんでしょう、キロス。これも何かのご縁ですわ。」
「わあっ、いいんですか?ありがとうございますー!」
 エイシェルはキロスににっこりと微笑み、一方のキーラはバンザイせんばかりに喜んだ。
「今日のランチタイムは賑やかなことになりそうですね、大統領‥‥?レウァール大統領?」
 ノアシースに声をかけられたラグナは、俯いていた顔をパッと上げた。
「ん?ああ、ごめんごめん。ぼーっとしてた。なんだって、ノア?」
「いえ‥‥大丈夫ですか、大統領?」
「ん?大丈夫って何が?ああ〜、腹へったな〜。そろそろランチタイムにしようぜ、諸君。」
「では、厨房に昼食の用意をするよう連絡いたしますわね。」
 エイシェルは内線電話に手を伸ばし、キロスはキーラを促して執務室のドアへと向かった。
 デスクチェアから立ち上がったラグナがあとに続こうとしたその時、突然その体がぐらりと揺れた。
「大統領!?」
 見守っていたノアシースが倒れかけたラグナをいち早く抱き止め、それを見てすぐさま駆け寄って来たキロスと共に、その体を床に横たえた。
「エイシェル!」
 夫に呼ばれたエイシェルは頷き、内線電話の相手先を切り変えた。
「もしもし、こちらはシーゲル主席秘書官です。レウァール大統領が急病で倒れました。至急、大統領執務室にドクターと医療班を!」
「大統領、しっかりして下さい。私の声が聞こえますか?この指が何本か分かりますか?」
 ラグナの傍らに跪き、熱や脈拍を調べていたキーラは、ラグナの目の前で二本指を立てた。
「‥‥」
 ラグナはそろそろと握り拳を上げた。
「‥‥グー?」
 自分の手とラグナの手を見比べるキーラに、ラグナは弱々しくニヤリと笑んで見せた。
「‥‥誰がジャンケンをしろと言った、ラグナ君。」
 軽く突っ込んだキロスは、同時に盛大な安堵の息を吐き、同じく青冷めた表情で様子を見守っていたノアシースとエイシェルも、緊張に強張った体の力を抜いたのだった。




 その後の主治医によるラグナの診察結果は風邪だった。
「まったく、寿命が10年は縮んだぞ。なんの前触れもなくいきなり倒れるんだからな。」
 すっかり肝を冷やされたキロスは、私室のベッドの上のラグナを軽く睨んだ。
「いや〜、わりいわりい。俺だってビックリしたんだぞ。急に目の前が真っ暗になったと思ったら、気付いた時にはもう床に倒れてたんだもんなあ。あんなの初めてだ。」
 ラグナは苦笑いしたあと、ふうと息を吐いた。
「39℃を越す高熱だったのですものね。倒れるのも当然ですわ。でも、重い病ではなくて本当によかったですこと。」
 エイシェルは優しい微笑みを浮かべ、水分補給のために用意された特製ドリンクをラグナに渡した。
「風邪と聞いて安心したのは確かですが、逆に驚かされたのも事実です。まさか大統領がタダの風邪を引くなんて、レウァール政権始まって以来の事件ですから。」
 真面目くさって言うノアシースに、同じく大真面目な顔付きでキロスは頷いた。
「まったくですな。今日はエスタの歴史に残る一日となりました。」
「なんだか風邪を引いただけで、エスタ史の教科書に載っちゃいそうな勢いですねー。もしかして、大統領が風邪を引かれたのって初めてなんですか?」
「ええ、そのとおりです、ニールス博士。」
 冗談のつもりで尋ねたキーラは、ノアシースから返ってきた答えに目を丸くした。
「私が知る限り、レウァール大統領がなんらかの病にかかられたことは、大統領就任以来一度もありません。軽いケガならしょっちゅうなさっていますが。ドアで指を挟んだとか、ゴミ箱に躓いて転んだとか、机のカドに足の小指をぶつけたとか。」
「それも地味に痛そうですけど、でも病気知らずだなんて、健康優良児でいらっしゃるんですね、大統領。」
 キーラは感心して言った。
「まあなっ。俺は昔から健康にだけは自信があるんだ。だから風邪って聞いて一番ビックリしたのは俺自身だぞ。まさに鬼の錯乱ってヤツだよな〜。」
「言いたいことは分かるし、言葉の雰囲気としてはしっくりくるような気がしないでもないが、それを言うなら鬼の霍乱だ、ラグナ君。」
 キロスはふーっとため息をついた。
「あははっ、ホントに大統領って噂どおりのおもしろい方ですねー。」
「うははっ、よく言われるぞ〜。一緒にいると全然飽きないから、一家に1人欲しいってなっ。」
 妙にウマが合ったラグナとキーラは、ケラケラと笑い合った。
 その時、脇で控えていた主治医のドクター・ソームズがコホンと軽く咳払いした。
「皆さん、お忘れのようですが、大統領の熱はまだ下がっていないのですよ。そろそろ彼を休ませて差し上げるように。」
 ドクターストップをかけられ、側近達は仕方なく寝室のドアへと向かった。
「大統領が回復されるまで、政務は我々官邸職員一同でフォローいたしますので、どうぞゆっくり静養なさって下さい。」
 部屋の外に出る間際、振り返ってノアシースは言った。
「おう、そのへんは全然心配してないぞ。俺なんかがいなくても、この国は安泰安泰っ。」
 ベッドの中からラグナはいたってお気楽に返事をしたが、それを聞いたノアシースの表情がスッと変わった。
「‥‥今の言葉は高熱によるうわ言だと受け取っておきます。この国の国民がどれだけあなたを必要としているか、お気付きでないはずがありませんから。」
 まるで捨て台詞のように言い置いて踵を返したノアシースは、一礼もせずに出て行った。
「おーい、ノア?」
 いつもの彼らしからぬ態度に、ラグナは目をぱちくりさせて主席補佐官の姿が消えたドアを見つめた。
「やはり、病は体だけでなく人の気も弱らせるらしいな。」
 キロスはやれやれと肩をすくめた。
「へ?」
「まあ、ゆっくり休め。早く元の君に戻ってもらわないと困るのは、我々も同じだからな。」
「お大事になさって下さいね、大統領。また明日様子を伺いに参りますわ。」
「それじゃあ失礼します、大統領。早く元気になって下さいねっ。」
 全員が部屋から出て行き、一人だけになったラグナは、しばらく閉じられたドアを見つめていた。
 ぽりぽりと頭を掻いた彼は、やがてふとんに潜り込んで目を閉じた。
 ラグナの私室を出た後、ノアシース以外の3人は大統領官邸内にある職員食堂へとやって来た。
「それにしても、さっきのノアシース主席補佐官にはちょっとビックリしちゃいました。すこーし、いやかなり怖かったかもです。あんな主席補佐官初めて見ました。」
 テラス側のテーブルの席につくなり、キーラは大きくほうっと息を吐いた。
「普段は冷静沈着で切れ者の大統領の懐刀として知られている彼ですが、ああ見えてカッと頭に血が昇りやすいところがあるのですよ。昔ほどではありませんが。」
「アデル政権下でのレジスタンス時代は、かなりの過激派で通っていましたものね。」
 キロスとエイシェルは当時を思い出してか、視線を合わせて小さく笑った。
「へ〜、そうなんですか。あのノアシース主席補佐官が。」
 キーラはますます意外そうに目を見開いた。
「シーゲル補佐官!シーゲル主席秘書官!」
 バタバタと荒い足音に振り返ると、食堂内をものすごい勢いでこちらに向かって駆けて来る人物が見えた。
「ラグナおじさ‥‥いえ、大統領が倒れたというのは本当ですか!?容態は!無事なんですか!」
 駆け寄って来た青年は、つかみかからんばかりの勢いでキロスに尋ねた。
「落ち着け、ジュゼ。大統領なら大丈夫だ。そんなに慌てふためくことはない。ただの風邪だよ。」
 キロスはどうどうと、動揺しきりのジュゼという名の青年をなだめた。
「か、風邪‥‥そうですか。よかっ‥‥いいえ、風邪は万病の元というではありませんかっ。何か悪い病気の前触れかもしれない!大統領の身にもしものことがあったら‥‥!」
「心配しなくても大丈夫ですわ。ちゃんと精密検査も受けてあります。その上でエスタ一の名医、ドクター・ソームズのお墨付きを頂いてあるのですからね。大統領は大丈夫ですわ。」
 エイシェルの優しい声に幾分落ち着きを取り戻したジュゼは、ようやくキロスから離れ、今にも座り込みそうなほどに脱力した。
「そ、そうですか‥‥よかった。本当によかったです。」
 解放されたキロスは乱れた襟元を正すと、厳しい表情でジュゼに向き直った。
「君が大統領の身を案じる気持ちは十分に理解出来るし、無理もないことだとは思うが、こういう時だからこそもう少し考えて行動したまえ。大統領の急病に動揺したのは君だけではない。こんな風に必要以上に騒いでは、みんなの不安を煽るだけだ。」
 ジュゼはハッとしたようにキロスを見た。
「‥‥確かにそうでした。大統領が倒れたと聞いて気が動転してしまって‥‥。完全に私の不徳の致すところでありましたっ。申し訳ありません!」
 ジュゼはガバッと大きく頭を下げた。
「もういいではありませんか、キロス。大統領が倒れるなんて初めてのことですもの。みんながみんな、理性的に行動出来る訳ではありませんわ。」
 エイシェルはやんわりと青年をかばった。
「ジュゼもあまり気にしなくていいのですよ。さあ、顔を上げて。ニールス博士にあなたのことを紹介させて下さい。」
「ニールス博士?もしかして、今度オダ研の副所長に就任されたキーラ・ニールス博士ですか?」
 顔を上げたジュゼは、エイシェルの隣に座っているキーラを見た。キーラはぴらぴらと手を振っている。
「どうもー、初めてましてっ。キーラ・ニールスです。私のことをご存知なんですか?」
「ええ、もちろんです。第二のオダイン博士と称されるほどの天才で、おまけに私の先輩にあたる方ですから。自分もエスタ大出身で、ニールス博士の後輩になります。あ、申し遅れました。私、ジュゼ・ローゼットです。マドリンゼン自然科学研究所で植物生態部室長をしています。」
「マド研の方でしたかー。それじゃうちのライバルですね。オダイン博士がいつも目の敵にしてますよ。」
「はは、マドリンゼン博士とオダイン博士はエスタ大時代からの犬猿の仲ですからね。学生食堂の乱は、いまだにエスタ大の語り草ですよ。」
「ともかく座ったらどうだ、ジュゼ。ちょうどこれから、大統領の急病騒ぎで摂り損ねた昼食を摂るところなんだ。君も付き合え。ニールス博士とゆっくり大学時代の思い出話でもするといい。」
「しかし、自分はこれから大統領のお見舞いに伺おうと‥‥」
「大統領はまだ面会謝絶ですわ。大丈夫、そんな顔しなくても、明日になればまた会えます。心配しないで。」
 エイシェルはジュゼの手を優しく取り、自分達とともに座るよう促した。
「そうですか‥‥分かりました。どのみち今日は慌てて研究所から駆けつけて来たので、お見舞いの品も持って来ていませんしね‥‥」
 ジュゼは後ろ髪を引かれる思いで、キロス達に促されるまま席についた。
「君なら素で果物カゴでも抱えて来そうで怖いな。お見舞いの品なんて持って来なくていいんだぞ。」
 キロスは笑いながら、ぽんぽんとジュゼの背を叩いた。
「病気で食欲がない時には果物が一番かと思ったんですが、そうですか、果物カゴはダメですか‥‥」
 ジュゼはますますしょんぼりした。
「ローゼットさんておもしろい方ですねー。天然なんですかね。」
「根が素直で真面目な子なのですわ。」
 ため息をつくジュゼを、キーラとエイシェルは微笑ましそうに見つめた。
「‥‥あ!そうだ、果物がダメならやっぱりアレしかありませんね!すみません、自分はこれで失礼します!ニールス博士、お会いできて光栄でした!それでは皆さんまた!」
 椅子を倒しそうなほどの勢いで立ち上がったジュゼは、一礼すると来た時と同じように慌しく駆け去って行った。
「賑やかな方ですねー。」
 キーラはジュゼが消え去った方向を見ながら行った。
「普段は物静かで、とても落ち着きのある青年なのですよ。ただ、ごくたまにですけれど、ちょっとした弾みでタガが外れてしまうようなところがあるのです。今日の場合は、大統領の急病がその原因ですわね。」
「やはりあれは、身近にいる人間の影響が大だな。」
 キロスとエイシェルは困ったものだという風に、顔を見合わせて苦笑した。
「ひょっとして、お二人とローゼットさんはご親戚なんですか?ずいぶん親しい間柄のように見えましたけど。」
「親戚という訳ではないのですが、ジュゼの父親はレジスタンス時代にともに戦った仲間の1人なのですよ。魔女戦争終結後、父親はすぐに他界してしまい、身寄りもなく一人残されたジュゼを、私達とウォード、そして大統領と共に面倒を見てきたのです。」
「今では、私達の本当の息子も同然ですわね。大統領も、離れて暮らしている彼のお子さん達と同じくらい、ジュゼのことを可愛がっていらっしゃいますわ。」
「そうか、初めてローゼットさんを見た時、彼の雰囲気というか醸し出す空気が誰かに似てると思ったら、大統領に似ていたんですねー。なるほどっ。」
 納得して頷くキーラに、補佐官と秘書官の夫婦は再度苦笑した。
「それにしても、ジュゼは慌ててどこへ行ったのでしょうね。」
「さあな。思い込んだら鉄砲玉なのは、どこかの誰かにそっくりだな。」




 その夜、高熱で寝込んでいたラグナは突然目を覚ました。
 ベッドサイドの灯りを点けて起き上がったラグナは、着ているパジャマが汗でびっしょり濡れていることに気付いた。
 濡れたパジャマを脱ぎ捨て、枕元に用意してあった着替えのパジャマを身に着けた。
「‥‥しっかし、この俺が熱出して寝込むなんてな。最後に寝込んだのはいつのことだろ。レイン達が聞いたら驚くだろうなあ。」
 物憂げに再び横になったラグナだが、高い熱とそれからくる倦怠感のせいで、なかなか寝付けそうになかった。
 ‥‥レイン達、今頃どうしてっかな。まあ、こんな時間だから当然寝てるだろうけど、元気にしてるかなあ。俺みたいに風邪なんか引いたりしてないよなあ。
 キロスの言ったとおり、病は人の体だけでなく気も弱らせるものである。今、ラグナは無性にウィンヒルにいる家族の顔が見たかった。
「くう〜‥‥、帰りたい‥‥」
 言っても詮無いことなのだが、口に出してしまったことでますます憂鬱な気分になり、ラグナは長いため息をついた。
 そうだ、思い出した。まだウィンヒルにいた頃、一度だけ熱を出して寝込んだことがあったっけ。
 それは病気というより、ラグナの自業自得の出来事だった。
 ラグナとレインが結婚して間もない頃、それまで得体の知れない余所者として村人達から敬遠されていたラグナは、レインと一緒になったことでようやく彼らに受け入れてもらえるようになった。
 ある日、村での寄り合いに呼ばれたラグナは、村の一員として認めてもらえた嬉しさに、寄り合いの席で限度を忘れて酒を飲み、ぐでんぐでんに泥酔した挙句、家に帰る途中の道端で眠り込んでしまった。
 途中から雨が降り出しても目を覚まさず、心配して探しに来たレインに、ずぶぬれになって眠り込んでいるところを発見された。そして見事に風邪を引き、高熱と二日酔いで寝込んだのだった。
「雨に打たれても目を覚まさないなんて、どういうお酒の飲み方してるのよっ。もう少し発見が遅れていたら、肺炎を起こしていても不思議じゃなかったってドクター・ヒースがカンカンだったわ。もちろん私もね!」
「‥‥ゔ〜、悪かった、ごめん。反省してます‥‥。だから耳元で怒鳴るのはやめてくれ‥‥。脳天からノミを打ち込まれてるみたいだ‥‥」
「そんなの自業自得でしょっ。バカラグナ!」
 レインは濡れタオルを乱暴にラグナの額に押し付けると、ぷいっと顔をそむけて寝室から出て行ってしまった。
「すっごい怒ってたね、レイ‥‥お母さん。」
 傍らで見守っていたエルオーネは、レインの剣幕に目を白黒させていた。
「確かに悪いのは俺だけど、一応病人なんだからもうちっといたわってくれてもいいのになあ‥‥」
 ラグナはため息をついて、額の上の濡れタオルを置き直した。
「でも、お母さんが怒るのはしょうがないよ。それだけお父さんの事を心配したってことだもん。私だってそうだよ。」
「う‥‥。そうか、そうだよな‥‥。俺には大事な家族がいるっていうのに、後先考えない行動だったよな‥‥」
 ラグナはベッドの中に沈み込むようにうなだれた。
「そうだよ。ラグナおじさんはもう私の大事なお父さんで、レインの大切な旦那さんなんだからね。お父さんに何かあったら、私とお母さんはすっごく泣いちゃうんだから。」
「‥‥分かってる。ごめんな、エル。心配かけて。」
 ラグナはエルオーネの頭に手を伸ばし、髪の毛をくしゃくしゃにかき回した。
「風邪が治ったら、もう一度お母さんに謝ってあげてね。本当に心配してたんだよ。」
「ああ、分かった。」
 ラグナが約束すると、エルオーネは嬉しそうに笑った。
 翌朝、射し込む陽の光で目を覚ましたラグナは、同時に部屋中に溢れる心地よい花の香りに気付いた。
 そしてベッドの傍らには、昨夜怒って部屋を出て行ってしまったはずのレインが戻っていた。椅子に腰掛けたレインは、ラグナの手を握ったまま眠っていた。
 繋がれた手にじんとするものを感じ、ラグナはその手をぎゅっと握りしめた。
 それに気付いたレインが目を覚ました。
「あ‥‥悪い、起こしちまったか、レイン。」
「ううん、いいのよ。気分はどう?」
「少し楽になったみたいだ。まだ頭ガンガンするけどな。」
「まあ、それは二日酔いだから仕方ないわね。」
 レインはすっかりぬるくなったタオルを取り換えた。
「レイン、本当にごめんな‥‥」
「エルオーネに諭されて、ずいぶん反省したみたいね。」
「なんだ、聞いてたのか。うん、セントラ海溝より深く反省したっ。」
「ふふ、それなら今回はエルオーネに免じて許してあげるわ。」
 笑って言ったレインは、ラグナの額に濡れタオルを置き、ぽんっと軽く叩いた。
「ところで、さっきからすごくいい香りがしてるんだけど、なんの匂いだこれ?」
「この花の香りよ。」
 レインはラグナの目の前に、一輪の薄黄色の花を差し出した。
「ウィンヒル・ヴィルーナと言ってね、ウィンヒル・リノアルシェと同じでこの地方にしか咲かない花なの。」
「へ〜、こんな花があったのか。初めて見たよ。」
「そうでしょうね。群生しているリノアルシェと違って、ヴィルーナは生息数が少ないから、あまり人の目に触れることがない花なの。」
「そうなのか。でもかわいい花だな。それにすっごくいい匂いだ。気分がスーッとして、雨上がりの晴れの日みたいな爽やかな気分がするよ。」
「病気をした時って、心まで萎えた気分になってしまうわよね。でもこの花の香りには、そんな沈んだ気持ちを取り払ってくれる効果があると言われているの。だからウィンヒルでは、病人のお見舞いにこの花を持っていくことが多いのよ。」
 ラグナが改めて部屋の中を見回すと、部屋中のいたるところに、ヴィルーナの花が飾られていた。
「どう?少しは効果あったかな?」
 レインはラグナの顔を覗き込んで、にっこり笑った。
「おうっ、ものっっっすごくあった。ありがとなっ、レイン。」
「お礼ならあとで村の人達にも言ってね。これだけのヴィルーナが集まったのは、みんなが持ち寄って来てくれたおかげなんだから。」
「村の、みんなが‥‥」
「みんな、ラグナのことをすごく心配していたわ。ちゃんと家まで送り届ければよかった、申し訳ないって。」
 ラグナは驚いたように軽く目を見開いたが、すぐに小さく苦笑した。
「いや‥‥調子に乗って飲みすぎた俺が悪いんだし、自業自得だ、うん。」
「確かにね。でも、私はとても嬉しかったな。村のみんなが、ラグナのことを本気で心配してくれているのが分かって。みんなようやく、あなたという人間の本質を見てくれるようになったのね。偏見と先入観さえなくなれば、きっとみんなはあなたのことが好きになるはずだもの。」
 レインの優しい眼差しを受け、ラグナは照れたように顔の前で手を振った。
「う、うはははっ、買いかぶり過ぎだって、レイン。そりゃ、みんなに認めてもらえたことは素直に嬉しいけどな。あ、そうだ‥‥もしかして。」
「なあに?」
 ラグナはレインの手からヴィルーナの花を受け取った。
「この香りで元気が出るのは、この花が人の思いを香りに移して運んで来てくれるからじゃないのかなって思ったんだ。人をいたわる心、相手を思いやる心を運ぶ花‥‥なーんて、センチメンタルすぎるかな。」
 そう言ったラグナは照れくさそうに笑ったが、レインは優しく首を振った。
「そんなことないわ。そうね、私もそんな気がする。」
 二人は一緒になって、ヴィルーナの花の暖かな色合いの花びらを見つめた。
「さあ、もう少し眠って、ラグナ。そして次に目が覚めたら、その時はもっとよくなっているはずよ。だってこんなにたくさんのヴィルーナが、あなたの周りには集まっているんだから。」
 レインはそっとラグナの額にキスを落とした。
 目を閉じたラグナは、ヴィルーナの花の香りに包み込まれるような気分で眠りについた。
 そして次に目を開けた時、ラグナはまだ夢の中にいるのだと思った。
 なぜなら、あのヴィルーナの花の香りをはっきりと感じたからである。
「おはようございます、大統領。ご気分はいかがですか?」
 目覚めたラグナを覗き込んできたのは、主治医のドクター・ソームズだった。ではここは間違いなく、エスタの大統領官邸内にある自分の私室だ。
 一通りの診察を終えたドクター・ソームズは、ほっとしたように微笑んだ。
「熱の方はもう微熱程度といったところですね。顔色もずいぶんとよくなられました。」
「体もだいぶ楽になったよ。ありがとう、ドクター。面倒かけたちまったな。」
「いいえ、とんでもない。それにこんなに早く回復なさったのは、やはりこの花が効いたのかもしれませんね。」
「花‥‥?」
 そろそろと身を起こしたラグナは、室内の様子を見て軽く言葉を失った。
 部屋の中には、いたるところにヴィルーナの花が飾られていた。
「これならもう面会を許可しても大丈夫でしょう。外でお待ちになっている皆さんをお通ししてくれたまえ。」
 ドクター・ソームズは助手の看護師に告げた。
「ラグナ君、具合はどうだ?」
「大統領、お加減はいかがですか?」
「おはようございます、大統領。熱は下がられましたか?」
 看護師に案内され、キロスとエイシェル、そしてジュゼが入って来た。
「確かに、昨日に比べたら顔色はよくなっているように見えるが‥‥」
「心ここにあらず、という感じですわね。まだ熱でぼーっとしていらっしゃるのでしょうか。」
 キロスとエイシェルは不安げに顔を見合わせた。
「どうかなさいましたか、大統領?鳩が水鉄砲食らったような顔をしていますよ?」
 ジュゼも心配そうにラグナの顔を覗き込んだ。
「それを言うなら豆鉄砲だ、ジュゼ。妙なところでラグナ君の真似をしなくていい。」
 キロスはため息まじりに突っ込みを入れた。
「この‥‥花は?」
 ようやく言葉が出たラグナは、ヴィルーナの花を指差した。
「あっ、すみません。ドクターの許可を頂いて、夜の間にこっそり飾らせて頂きました。ウィンヒル・ヴィルーナという花なんですが、ご存知ありませんか?」
「いや、そりゃもちろん知ってるけど‥‥なんでこの花がエスタにあるんだ?こいつはウィンヒル特産の花のはずだぞ?」
「ええ、その通りです。と言ってもはるばるウィンヒルから摘んできた訳ではなく、マド研で育てた花なんです。」
「マド研で育てた?ホントか。すごいな‥‥」
 すっかり驚いた様子で、ラグナはヴィルーナの花を見つめた。そんな彼の様子を見て、ジュゼはなぜだか照れくさそうに頭を掻いた。
「ご存知のようにマド研では、エスタのみならず世界各地の植物の研究を行っています。中でも自分が特に関心を寄せているのが、ガルバディア大陸北西部、つまりウィンヒル地方の植物なんです。あの地域の植物には、他の地域の植物にはない不思議な力と生命力に溢れているような、そんな気がして。」
「その気持ち、なんとなく分かるような気がするな。それじゃ、この花はお前が育てた花なのか?」
「栽培計画の立案を行ったのは自分ですが、もちろん私1人の力だけで育て上げた訳ではありません。マドリンゼン博士や研究室のスタッフ達の協力があって、本来ウィンヒル地方でしか見られないはずのこの花を、ここエスタでも咲かせることに成功したんです。」
「へええ‥‥。こんなに綺麗に咲いて、見事なもんだな。ジュゼもマド研の連中も大したしたもんだっ。」
 ラグナの賛辞を受けて、ジュゼはますます照れたように笑った。
「ありがとうございます!でも、栽培に成功したのは実はまだこのヴィルーナだけなんです。いずれウィンヒルブロックの栽培ルームがウィンヒルの花でいっぱいになったら、大統領をご案内するつもりでいたのですが、今回大統領が急病で倒れられたと聞いてお見舞いの品は何がいいかと考えた時、これしかないと思ったんです。」
「ああ、それであの時、慌てて帰って行ったのですわね。」
 エイシェルは納得して頷いた。
「果物カゴの次は花カゴという訳か。ジュゼらしいというかなんというか。」
 キロスは苦笑した。
「わざわざ俺の見舞いのために摘んできてくれたのか。大事な研究の成果だろうに、こんなにたくさん持って来ちまって大丈夫なのか?」
「全然平気です。また次の花を咲かせる楽しみが出来ましたし、それにマドリンゼン博士も研究員のみんなも、この花を見て大統領が少しでも元気になってくれたらいいと言っていました。マド研職員一同、心より大統領の回復を願っておりますとのことです。」
「そっか。本当にありがとうな。マドリンゼンやマド研の連中にもよくお礼を言っといてくれ。」
「はい!」
 ジュゼは嬉しそうに笑った。
 その時、勢いよくドアが開いてけたたましい声が飛び込んで来た。
「風邪で倒れたボンクラ大統領はまだ生きてるでおじゃるかー!」
「もう、博士ったら、それって病人をお見舞いする態度じゃありませんよー。」
 直後、バシーンっという何かを叩いたような音が聞こえた。
「失礼しまーす。キーラ・ニールス、大統領のお見舞いに参りました。ついでにオダイン博士も一緒です。ほら博士、なに座り込んでらっしゃるんですか。」
 室内に入ったキーラは振り返ると、扉のところで頭を抱えてしゃがみ込んでいるオダインを手招きした。
「むむむ、オダインの頭をはたいた挙句ついで呼ばわりとは‥‥。こりゃラグナ!とんでもない副所長を押し付けてくれたでおじゃるな!」
 顔を真っ赤にして入って来たオダインは、八つ当たり気味にわめいた。
「すっかりお忘れのようですがオダイン博士。ニールス博士を副所長に迎えたいと希望されたのは博士ご自身ですよ。大統領に苦情を言われても困りますな。」
 キロスはオダインをなだめるようにやんわりと言った。
「うむむ‥‥。まさかあのニールス博士が、こんな小生意気な小娘だとは思わなかったでおじゃる。オダイン、一生の不覚でおじゃるよ。」
 オダインははあ〜っとため息ついて肩を落とした。
「わははっ、仲良くやってるみたいだな〜。個性爆発なオダインについて行けなくて、これまでころっころと副所長が変わってたけど、どうやらようやくいい人材が見つかったみたいだな。」
 キーラにいいようにあしらわれているオダインを見て、ラグナは愉快そうに笑った。
「お褒め頂いてありがとうございますー。大統領の方はすっかりお加減いいみたいですね。安心しました。」
「おかげ様でな。キーラもオダインもわざわざ来てくれてありがとな。」
「来期のオダ研予算増額案が可決するまでは、ラグナにくたばってもらっては困るでおじゃるからな。ほれ、オダイン特製の栄養アンプルをやるでおじゃる。これを飲めば風邪などたちどころに吹っ飛ぶでおじゃる。ソームズのヤブ医者が処方した薬より、よほど効くでおじゃるよ。」
「オダイン博士。私の患者を実験体代わりにしないで頂きたいものですな。」
 怪しげな薬を渡そうとするオダインを、ドクター・ソームズはジロリと睨んだ
「はいはい、没収ですー。これは博士ご自身が風邪を引かれた時のためにとっておきますね。」
 キーラはオダインの手からアンプルを奪い取ると、ポケットにしまい込んだ。
 次にドアがノックされ、入って来たのは主席補佐官だった。
「失礼します。大統領、まだ体調が優れないところを大変申し訳ありませんが、書類にサインを頂いてもよろしいでしょうか。」
「おーう、全然かまわねえぞ。お安い御用だ。」
 一礼したノアシースは、ベッドサイドへとやって来た。ラグナがサインをする間、何も言わずに立っていた。
「ほい、出来た。ごくろーさん。」
「ありがとうございます。それと、誠に申し訳ありませんでした。」
「んん?」
 頭を下げるノアシースを、ラグナは不思議そうに見上げた。
「昨日の私の態度は、主席補佐官という立場をわきまえない不遜極まりないものでした。心よりお詫び申し上げます。」
「ああ〜。あれっくらいのこと気にすんなって。俺もちょっと風邪引いて寝込んだくらいで気弱になって、卑屈になっちまってたと思うし。それに、ノアが不遜なのは今に始まったことじゃねえしな〜。」
 ラグナが笑って言うと、ノアシースは口の端にほんの少し笑みを浮かべたあと、すぐにすまし顔に戻った。
「それもそうですね。では、今の謝罪の言葉はなかったことにして下さい。」
「うははっ、それでこそノアだよなっ。」
 ラグナは楽しそうにバンバンと、ノアシースの二の腕を叩いた。
「ノアシース主席補佐官も、大統領の急病に内心では動揺していらしたのでしょう。それが普段の主席補佐官らしからぬ言動に繋がったのではないでしょうか。」
 キロスの言葉にノアシースは少し考えたあと、ややあって微かに苦笑した。
「そうかもしれません。私もまだまだ修行が足りないといったところですね。」
「それだけ大統領の周囲に与える影響は大きいということでしょう。あのオダイン博士ですら、普通の人並みにお見舞いに来るくらいですからな。」
「それはどういう意味でおじゃるかキロス。」
「それにしても、部屋の中がきれいなお花でいっぱいですねー。私、この花初めて見ました。」
 突っかかっていこうとするオダインを、襟首を引っ張って引き戻しながらキーラは言った。
「ウィンヒル・ヴィルーナという花なのだそうです。本来、ガルバディアのウィンヒル地方でしか咲かない花だそうですから、エスタ人の私やニールス博士にはとても珍しい花ですわね。」
 エイシェルはそばの花カゴの中のヴィルーナをそっとなでた。
「ウィンヒルでも割と希少な花だったように思うな。私も目にしたことは一度か二度くらいだ。」
 エイシェルの隣に立ったキロスは、一緒になって花カゴを覗き込みながら言った。
「もしかして、ここにあるヴィルーナはマド研で育てた花なんですか?ほら見て下さい、オダイン博士。博士がそんなキテレツな服着てるから、マド研に遅れを取っちゃうんですよー。」
「オダインの服は関係ないでおじゃるっ。それに、オダインもちゃんとお見舞いに特製アンプルを持って来たのに没収されたでおじゃる。」
 オダインはふくれっ面になった。
 ラグナの回復に安堵したのか、側近達はいつにも増して賑やかだった。そんな彼らの様子を、ラグナは暖かな陽だまりの中にいるような心地で眺めていた。
 ウィンヒルに帰りたいという思いは、始終胸の中にある。ついさっき見ていた昔の夢の中の自分は、とても幸せだった。
 そして夢から覚めれば、自分はここにいる。家族から遠く離れたこの場所に。
 それでも、今の自分は幸せだ。
 ウィンヒルの家族が自分にとってかけがえのない宝であるように、このエスタの人々も唯一無二の大切な仲間達なのだから。 
「笑っているな、ラグナ君。いつもの君らしい表情に戻っている。」
 キロス自身もまた笑顔を浮かべていた。
「うん。たまには風邪で寝込むのも悪くないもんだなと思ってさ。」
「まったく、人の気も知らないで。喉元過ぎればの典型的なタイプだな、君は。」
 それが性分のキロスは、皮肉っぽく言って笑った。
 ――目が覚めたら、その時はもっとよくなっているはずよ。だってこんなにたくさんのヴィルーナが、あなたの周りには集まっているんだから。
 本当だな。レインの言ったとおりになった。夢の中でも夢から覚めても、俺はとっても幸せ者だ。
 いつか自分は、この国を去り家族の下へと帰るだろう。だけどそれまでは、この陽気でどこか一風変わった人々と、ともに過ごす時間を大切にしていきたい。
 それが、ヴィルーナの花が運んで来てくれた、彼らの思いに応える唯一の道だと思うから。




                     ―END―




最後まで読んでいただいてありがとうございます!
そして、致し方ないことなのではありますが、オリキャラだらけですみません〜っ。

エスタでのお話を書こうとすると、どうしてもこうならざるを得ないのですよね;
元々ゲーム中でもエスタサイドの登場人物が少なく、固有名詞があったのはオダイン博士とルナサイドベースのピエットさんくらい。あとはエスタ高官とかそんなもんでしたし。
側近がキロスとウォードだけではあまりにも寂しすぎるので、いろいろと付け足してこうなったしだいであります。

キロスを職場結婚させたり好き勝手やっていたりもしますが、長年エスタに住んでいるのだから、エスタ女性と結婚していてもおかしくはないかな〜と。
ちなみにニールス博士は後のウォードの奥さんです(*'-')

次はスコールやSeed組の話が書きたいですね〜。


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