『中身は何』
「ユフィ！そっちへ行ったよ！気をつけて！」
「りょーかいっ、アタシにまかせろ！」
エアリスがファイガで追い込んだモンスターの集団に、ユフィは手裏剣乱れ投げでトドメを刺した。
「チイっ、一匹もれたっ。」
攻撃を逃れたモンスターが、ユフィの脇をすり抜け逃走していく。だが、その進行方向にはクラウドがいた。
「よっし、袋のネズミっ。クラウド、あと頼んだよ！」
しかし、クラウドは手に持った大剣を下げたまま、ぼんやりと突っ立っているだけだった。
「クラウド！」
「‥‥え？」
エアリスの再度の呼び掛けでようやく気付いたクラウドは、慌てて武器を構えたが、すでにモンスターは逃げ去ったあとだった。
「うも〜っ！何やってんのさ、クラウド！逃げられちゃったじゃん！」
ユフィは悔しげに地団駄を踏んだ。
「あ、ああ、すまない‥‥」
「あいつはギルいっぱい落とすから、見かけたら残らず殲滅ってあれほど言ったのにぃ〜！」
「まあまあ、そんなに怒らないで、ユフィ。誰だってぼんやりしちゃう時もあるよ。」
エアリスは笑ってなだめた。
「悪かった。次からは気を付ける。」
「ホントに頼むよ〜。んじゃ、次いこ次っ。」
３人は場所を変え、新たな標的を探した。
「お、マスタートンベリはっけ〜ん。」
「よーし、経験値経験値っと、あ、ごめん。私、ＭＰがもうないや。」
「俺とユフィの２人でやる。エアリスは後ろに下がって休んでいてくれ。」
クラウドとユフィはそれぞれの武器を構えて駆け出した。
「みんなのうらみが来る前に、リミット技で一気に片付けるぞ。」
「オッケイ！んじゃ先手必勝！グラビガ！」
先んじたユフィは、重力魔法で相手を釘付けにした。
「行っくぞー！ユフィ・キサラギ、リミットブレイク！疾風迅雷っっっ！」
ユフィのリミット技にマスタートンベリが怯んだところでクラウドは一気に間合いを詰め、その懐に斬り込んだ。
「超究武神破斬！」
クラウドは最上級のリミット技を叩き込んだ。
「きゃーきゃーっ、クラウドかっこい〜っ。って、あれ？勝利のファンファーレが聞こえないねえ。なんで？」
ふざけて囃し立てていたユフィは、振り返って目を見開いた。マスタートンベリはまだピンピンしている。
「んぎゃっ、倒せてないじゃん！何やってんのさ、クラウド‥‥って、げっ！？」
再度仰天するユフィ。それもそのはず、クラウドが突然ばったり倒れたのである。
「こらーーーっ！いきなり戦闘不能になってんじゃなーい！エアリスエアリスっ、早く来て〜っ！」
ユフィのパニックじみた悲鳴を聞き、エアリスは飲みかけのエーテルを片手に駆け着けた。
「どうしたの、ユフィ！？って、ああっ、クラウドやられちゃってるっ。」
「エアリス、クラウドにフェニックスの尾を頼むよっ。アタシはこいつにトドメを‥‥げげっ！」
マスタートンベリ、みんなのうらみの構え。
ユフィに９９９９のダメージ。ユフィは倒れた。
「ユフィっ！？それってうらみ買い過ぎ！」
１人残されたエアリスは即断した。
「けむりだま！」
戦闘離脱アイテムを使い、倒れた二人と共にその場から逃走した。
「‥‥という訳で、命からがら逃げて来ました〜‥‥」
「９９９９はいくらなんでもヒキョーだっての。まったくもうっ。」
飛空艇の昇降口まで辿り着いたエアリスとユフィは、へなへなとその場に座り込んだ。
「ＭＰなし、リミット技なしのおまけに１人きりじゃ、いくらエアリスでも勝てっこないわ。けむりだまで逃げて正解よ。」
「ところで、なんでツンツン頭はまだブっ倒れてるんでい？フェニックスの尾も品切れか？」
３人を出迎えたティファとシドは、戦闘不能状態のままのクラウドをのぞき込んだ。
「フェニックスの尾も使ったし、レイズもしてみたんだけどさ。全然起きないんだよ、クラウド。」
「倒れたのも、マスタートンベリの攻撃を食らったからじゃないんだよね。その前からちょっと調子悪そうだったし、今も熱があるみたいだし、クラウド病気かも。」
それを聞いたティファとシドは顔を見合わせた。
「あちゃ〜、ツンツン頭もかよ。」
「これで３人目ね。」
「３人？どういうこと？」
エアリスの問いに、ティファは苦笑いで肩をすくめた。
「エアリス達が出かけた後、バレットとレッドXIIIも立て続けに寝込んでしまったの。今も医務室でウンウン唸ってるわ。」
ひとまず、クラウドを医務室へと運び込んだ。ティファの言った通り、先客のバレットとレッドXIIIは高熱を出して唸っていた。
「クラウドの熱もどんどん上がってきてるわ。彼もバレット達と同じ症状みたいね。」
クラウドの額に手を当てたティファは、困った表情でため息をついた。
「氷持って来ましたで〜‥‥」
氷の入った洗面器を抱えたデブモーグリとケット・シーのコンビが入って来た。
「ありがと、ケット・シー。‥‥なんだか元気ないね？もしかしてケット・シーも病気？」
デブモーグリから洗面器を受け取ったエアリスは、ケット・シーの顔をのぞき込んだ。
「ははは、ボクは機械のトイザウルスですよ。故障はしても病気には‥‥」
陽気な笑みを浮かべたまま、ケット・シーはデブモーグリの頭の上でぱたりと倒れた。
「ケット・シー！？だいじょぶっ？」
「‥‥あ〜〜、やっぱりアカンわ。さすがに本体が病気やと、トイザウルスの操作にも支障が出るみたいですわ。」
「本体って、リーブさんも病気になっちゃったの？」
「ハイ、実は今朝から熱が出てフラフラしてましたんや。すんまへんけど、しばらく休ませてもらいます。動きは止めてますけど、会話だけは出来るようにしときますわ。」
デブモーグリはのろのろと部屋の隅に移動し、その頭の上でケット・シーは横になって丸くなった。
「うーん、これで４人目か。一体なんの病気だろ。ただの風邪にしてはタチ悪いよね。」
エアリスは氷嚢に氷を詰めながら、病人達の顔を眺めた。
「ねえねえ、バレット達が寝込む前ってさ、体がだるいとか喉が渇くとか言ってなかった？」
パイプ椅子の背を前にして座ったユフィは、ティファとシドに訊いた。
「そういえば、やたらと疲れた〜って呟いてた気がするわ。」
「二日酔いの朝みたいに、水をガバガバ飲んでやがったな。」
ユフィは両腕を組んで考え込んだ。
「ふーむ、やっぱそうか。」
「ユフィ、何か心当たりがあるの？」
「倦怠感、喉の渇き、突然の高熱。これって多分、ウータイ熱だよ。ウータイ地方で時々流行るんだ。アタシも子供の頃、何度もかかったことあるよ。」
「言われてみれば今寝込んでるのって、この前の自由行動の日にウータイのかめ道楽へ飲みに行ってたメンバーだわ。あの時、私とエアリスとユフィはゴールドソーサーに、シドはロケット村に帰ってたのよね。」
「てことは、そん時そのウータイ熱とやらにかかったってことか。んん？でもよ、ツンツン頭達はともかく、なんで黒猫まで同じ病気にかかってるんでい。おめえ、本体はミッドガルの神羅本社ビルにいるんだろ？」
シドはケット・シーの方を見て首をひねった。
「‥‥ああ、ウータイ関係ならボクにも心当たりありますわ。２、３日前に、ウータイ出張帰りの神羅社員とミーティングしたんです。恐らくその時でしょうな〜。」
ケット・シーは横になったまま、弱々しくしっぽを揺らした。
「あれ？そういえばヴィンセントは？確かヴィンセントもクラウド達と一緒のかめ道楽組だったよね。」
エアリスは室内を見回した。
「ヴィンセントならブリッジに詰めてるはずよ。別に体調は悪くなさそうだったけど‥‥」
その時、内線電話の呼び出し音が鳴った。
電話を取ったシドは、一言二言言葉を交わして受話器を置いた。
「ブリッジからの連絡でい。ヴィン公がいきなりばったり倒れやがったそうだ。今からこっちに運んで来るってよ。」
「ヴィンセント、やせ我慢してたみたいだね。」
「なーんだ。結局かめ道楽組は軒並み撃沈じゃん。マイったねこりゃ。」
「これで病人は５人か。元気なのは私達４人だけってことになってしまったわね。」
パーティメンバーの過半数が戦闘不能という事態になり、残された４人はオペレーションルームで緊急会議を開いた。
「んでクソガキ、そのウータイ熱ってのはどのくらいで治るもんなんでい。」
シドはタバコに火を付けながらユフィに訊いた。
「ん〜、個人差はあるけど、大抵は十日も寝てれば自然に治るよ。」
「かーっ、十日もかかんのかよっ。ずいぶんとしつっこい病気だな。」
「やっぱりどこかの町で、お医者様に診せた方がいいのかしら。病気にケアルは効かないし。」
ティファの言葉に、ユフィはふるふると手を振った。
「医者に連れてってもおんなじだと思うよ。タチの悪い風邪みたいなもんだから、薬や注射でスパッと治るもんじゃないしね。多分医者も、安静にして寝てろ、ぐらいしか言わないと思うな。」
「ユフィが子供の時にかかった時も、ただ大人しく寝て自然に治るのを待ってたの？」
エアリスが尋ねると、ユフィは頷いた。
「死ぬような病気じゃないけど、高熱が出るからかなりしんどかったね〜。あ、いや待てよ。そういえば‥‥」
何かを思い出したようで、言葉を切って考え込んだ。
「どうしたの？」
「‥‥すーっかり忘れてたけど、一度だけ二日で完治したことがあったっけな。」
「普通は十日かかるところを二日で治ったの？どうして？」
エアリス達はユフィに注目した。
「確か、あれはアタシが１０歳の時だったかな。ウータイでは毎年、ウータイ武術武闘大会ってのが開かれるんだけど、アタシも毎年ちびっこの部に出場してたんだよね。これでも一応、オヤジはウータイ武術の指南役だし。で、その年、大会直前にウータイ熱にかかっちゃってさ。その年は前の年の大会で決勝で負けて賜杯を逃してたから、今年こそはってすんごい意気込んでたんだよね〜。だから、医者に出場は無理って言われて、熱に浮かされながらワンワン泣いちゃったよ。そしたらオヤジが、なんか薬草を煎じたみたいな飲み物を持って来てくれてさ、それ飲んで一晩寝たら、翌朝には熱がウソみたいに引いて全快してたんだ。」
「ユフィのお父さんが作ってくれた薬で、ウータイ熱が治ったんだね。」
「うん。おかげで大会にも出場出来て、バッチリ優勝したよっ。あの時だけは、ちょび〜っとオヤジにカンシャしたね。」
「ちょび〜っとじゃなくて盛大に感謝してやれよ、クソガキ。」
「でもすごいわ。その薬があれば、クラウド達を治すことが出来るかもしれない。」
するとユフィは、再び考え込んだ。
「ただ、ちょっと気になるのが、オヤジがその薬を煎じてくれたのって、その時の一回だけなんだよねえ。そのあとも何度かウータイ熱にかかったけど、飲ませてくれなかったし。」
「何か希少な薬草でも使ってるのかしら。だから何度も作れなかったとか。」
「かも知れないけど、どーだろ。」
パンっ、とエアリスは手を叩いた。
「よし。とにかくユフィのお父さんに会って、その薬をもう一度作ってもらえないか聞いてみようよ。」
「そうすっか。ツンツン頭達にはさっさと治ってもらわねえとな。さすがに５人も抜けられると、十日の間にこっちがマイっちまわあ。」
「そうね。行くだけ行ってみましょうか。」
ユフィ以外の３人は立ち上がったが、ユフィはあからさまに嫌そうな顔をした。
「うげ〜。オヤジに会いに行くのかよ〜。‥‥あ、でもさ、今ウータイに行くとまずいんじゃない？ウータイ熱が蔓延してる頃だよ。」
「あ〜、そういえばそうか。今、私達までウータイ熱になっちゃう訳にはいかないよね。困ったなあ。」
エアリスは再びすとんと椅子に座り、天井を仰いだ。
「要は病気がうつらないようにすりゃいいんだろ。それなら俺様にいい考えがあるぜ。」
「ホント、シド？」
シドはタバコをくわえたままニヤリと笑った。
「俺様にまかせろい。ウータイへ行く前に、まずはロケット村へ寄るぞ。」
「ゴ、ゴドー様、大変です！下の大道場に怪しい奴らが！」
中道場で組み手稽古の様子を見守っていたゴドー・キサラギのもとに、師範代の１人が慌しく駆け込んで来た。
「怪しい奴らだと？一体何者だ。」
「分かりません。ですが奴ら、道場破りを名乗りゴドー様を出せと言っていますっ。」
「道場破りだと？今時ずいぶん時代遅れな‥‥。ふむ、まあいいだろう。そのお茶目な連中に会ってみるとしよう。」
師範代に伴われてゴドーが大道場へ降りて行くと、そこはすでに大騒ぎの場となっていた。
「うぉおりゃぁぁあ！これで７人抜きっ！さあ次来いやーー！」
「俺が相手だ！兄弟弟子の雪辱を晴らす！」
名乗りを上げたウータイ武術の錬士が、道場破りへと突進していく。
その道場破りの姿を一目見て、さすがのゴドーも目を丸くした。
どでかい銀色のフルフェイスヘルメットを被り、同じく銀色のだぼだぼとした全身スーツに身を包み、さらにはなぜか背中に酸素ボンベのようなものを背負っている。
「ふむ、どうやらお茶目を通り越して奇天烈な奴らだったようだな。」
「ゴドー様！感心する前に早く止めて下さい！」
「まあ待て。あの道場破り、あのような動きにくい服装でうちの錬士達を７人も破ったとは大したものではないか。さて、８人目は‥‥」
ゴドーはゆったりと腕を組み、戦いの様子を静観した。
銀色の道場破りは錬士からの連続攻撃をひらりひらりと避け、いつの間にかその背後を取った。
「大サービスでお見舞いしちゃうよ！リミットブレイク！生者必滅！」
ウータイ錬士は倒された。
「イェイ！８人抜き！」
道場破りは振り返ってＶサインを出した。
「お〜、見事見事。やるじゃねえか、クソガキ。」
「カッコいい〜っ。銀のアサシンって感じだねっ。」
「ああ、また倒しちゃった‥‥」
道場破りの仲間が３人、彼らも同じ銀のいでたちだったが、２人は拍手を送り、１人は頭が痛いと言うようにヘルメットに手を当てた。
「よーし、この調子でバンバンいっちゃうぞ〜。この道場の看板をウータイ土産にもらってくよっ。」
「もう！いい加減にしなさい！私達はここへ道場破りをしに来たんじゃないのよ！エアリスもシドも調子に乗って応援しない！」
「だーってさ〜、最初にアタシらを道場破り扱いしたのは向こうじゃん。だから、ご期待通り相手してあげたんだよ。」
「それは仕方ないわ。こんな格好をした人間がいきなりやって来たら、驚くのが当たり前よ。それなのに誤解を解く前に戦闘始めちゃったりして、ユフィったらまったくもうっ。」
ゴドーは道場破り達の前に進み出た。
「やはりお前か、ユフィ。」
「むむっ、出たな、おかっぱヒゲオヤジっ。」
銀色の道場破り――ユフィはささっと身構えた。
「あ、こんにちはっ、ユフィのお父さん。お久しぶりでーす。」
「ほ〜、あんたがクソガ‥‥ユフィの親父さんか。」
「ご無沙汰しています、キサラギさん。あの、お騒がせして本当にすみません！」
「その声は、いつぞや来られたユフィのお仲間の方々だな。ようこそウータイへ、と言いたいところだが、一体全体これはなんの騒ぎかな。しかもしばらくお目にかからぬうちに、ずいぶんと奇抜な服装になっておいでだ。」
エアリス達は自身の格好を見下ろした。奇抜の一言では済まない気もするが、敢えて言及は避けた。
「実は、これにはふかーい訳が‥‥」
「あるのは一目瞭然のようだ。とりあえず場所を変えるとしよう。ここで立ち話は、錬士達の修練の妨げになるのでな。」
ゴドーは４人を奥の座敷へと案内した。
「なるほど、その格好はウータイ熱対策という訳か。その背中の酸素ボンベで息をしておられるのだな。」
姿勢正しく正座で座ったゴドーは、座卓を挟んで思い思いに座る４人の姿を改めて見回した。
「本当はこれ、宇宙で作業する時に着る宇宙服なんだそうです。でも、道場の方々をすっかり驚かせてしまったみたいで‥‥」
ティファは申し訳なさそうに言った。
「確かにそのような服装は、ウータイではついぞ見かけぬものだ。錬士達が驚くのも無理はないな。さすがの私も呆気に取られた。」
ゴドーは愉快そうに笑った。
「まさに完全防備で来られたようだが、そこまで神経質にならずとも、ウータイ熱ならすでに沈静化している。ウータイ熱は潜伏期間が長くてな。発症する頃には感染力はほとんどなくなっているのだ。」
「ええ？だってユフィ、今頃ウータイではウータイ熱が蔓延してる頃だって‥‥」
ティファがユフィの方を見ると、当の本人はあさってを向いて口笛を吹いている。
「どうやらこの不良娘に一杯食わされたようだな。よほど実家へ戻って来たくなかったと見える。」
ゴドーが自分を見ていることに気付いたユフィは、べーっと舌を出して見せた。
「つまり、あなた方が訪ねて来られた用件とは、昔私がそこの不良娘に与えたウータイ熱を治す薬を、今一度作ってくれないかとそういうことなのだな。」
ヘルメットと宇宙服を脱ぎ、普段の格好に戻った４人の客に向かってゴドーは言った。
「そうです。なんとかお願い出来ないでしょうか。」
「足りない材料があるなら、私達が集めて来るよ。」
「文字通り世界中を飛び回ってなっ。」
ゴドーは腕を組んで考え込んだ。
「あの薬は我がキサラギ家に代々伝わる秘薬。あれを用いれば、お仲間のウータイ熱はすぐにも治るだろう。だが、あの薬を使用することは禁じられている。」
「なんでさ〜っ。ケチくさいこと言うなよ、ヒゲオヤジ！」
ユフィは座卓をバンっと叩いた。
「毒ならともかく、仮にも薬なんだよね？なのに、どうして使ったらダメなの？」
エアリスは首を傾げて訊いた。
「なぜなら、ウータイ熱は治してはならない病だからだ。」
ゴドーの信じられない言葉に、エアリス達はまじまじとその顔を見つめた。
「はあ？治しちゃならねえ病気だあ？そんな素っ頓狂な話聞いたことねえぞ。」
シドは呆れたように目を剥いた。
「十日も高熱が続く病気なんでしょう？早く治してあげるべきじゃないんですか？」
ティファは理解に苦しむという戸惑いを見せて言った。
「十日寝込むのは本当だが、高熱はせいぜい２、３日でおさまる。その後は一週間ほど安静にしていればよい。」
「聞けば聞くほど変わった病気だね。ウータイ熱って。」
エアリスはさらに首をひねった。
「異国の方々がそう思われるのも無理はないが、これにはれっきとした謂れがある。ウータイ熱は遥か昔に、ウータイの守護神ダチャオ神がもたらした病と言われている。ダチャオ神は朝から晩まで寝食を忘れてウータイ武術の修練に打ち込む錬士達に、時には体を労わり休息を取ることも必要だと説いた。しかし錬士達は聞き入れず、修練をやめることはなかった。ダチャオ神は頑なな錬士達に己が身を休ませる手段として、ウータイ熱を流行らせたと伝えられている。」
「あ〜、その話、子供の頃にどっかで聞いた記憶あるな。ただのおとぎ話だと思ってたよ。てゆーか、そんな言い伝えを信じてウータイ熱を治しちゃダメとか言ってんのっ。信じらんない！」
ユフィは再度座卓をバンバンと叩いた。
「あの、キサラギさん。お話は理解しましたし、ダチャオ神の錬士達を思いやる気持ちもよく分かりましたが、クラウド達は‥‥いえ、私達は今休んでいる時間はないんです。なんとか助けて頂けないでしょうか。お願いします。」
ティファはウータイの慣習にならって頭を下げた。
「お願い、ゴドーさん。全部終わったら、私達もみんなまとめてウータイ熱になってたっぷり寝込むからっ。」
「緊急特別非常措置ってことでなんとか頼まれてくれねえか、ユフィの親父さんよ。」
エアリスとシドも懸命に頼み込んだ。
「みんながこんなに頼んでるんだから、ケチケチ言わないで作れってのオヤジ〜っ。それとも、この期に及んでダチャオ神がどーのこーの言う気なら、アタシ達本気で道場破りしちゃってここの看板いただいてちゃって、そんでもってそれ薪代わりにして町の広場でキャンプファイヤーしちゃうよ！」
勢い良く立ち上がるや、ユフィは得物の円月輪を構えて見せた。
「ユフィっ、お父さんを脅してどうするのっ。」
ティファは慌ててユフィの腕を引っ張って座らせた。
「そうだな。この場合は仕方がないかもしれんな。」
「え？」
あっさり言うゴドーに、ティファは驚いて彼を見た。
「確かに、悠長に寝ていられない場合もある。キサラギの祖先達はそういった非常の場合に備えて、あの薬を作り出したと言えるのだからな。」
「それじゃキサラギさん‥‥」
「よろしい。緊急特別非常措置として作って差し上げよう。」
ゴドーは頷いて言った。
「やった！ありがとう、ゴドーさん！」
「話の分かる親父さんで助かったぜっ。ありがとうよ！」
「本当にありがとうございます、キサラギさん！」
ユフィ以外の３人は口々に感謝の言葉を述べた。
「おっどろいた〜。頑固オヤジがこんなにあっさり折れるなんてさ。しばらく会わないうちに、ちっとはマシなオヤジになったじゃん。いやはやビックリ。」
ユフィは心底驚いたようで、目を瞬かせた。
「まったく、お前というヤツはなぜ素直にありがとうと言えんのだ。」
「あははっ、だーってホントにビックリしたんだもん。ま、とりあえずサンキューっ、オヤジ！」
ユフィはケラケラと笑った。
「やれやれ。では、早速頼まれてもらえるかな。」
ユフィ達はきょとんとしてゴドーを見返した。
「へ？アタシ達に頼むって何さ、オヤジ。頼まれんのはそっちだろ〜。」
「先程、お前のお仲間が申されたではないか。足りない材料があれば集めてくると。」
ゴドーはエアリスとシドを目線で指した。
「あー、そういえば言ったかも。」
「言ったな。」
エアリスとシドは頷いた。
「むむむ〜。んじゃ、足りない材料があるから集めて来いってワケ？」
「そういうことだ。何しろ滅多に作る機会のない薬だからな。常に材料の蓄えがあるとは限らん。」
「うも〜っ。いざって時のための薬なら、ちゃんと用意くらいしてろっての。しょ〜がないなあ。で、何さ、足りない材料って。」
ユフィに尋ねられ、口を開きかけたゴドーは急に黙り込んだ。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「コラ、オヤジ！なんでいきなりダンマリなんだよっ。」
考え込むように目を閉じていたゴドーは、軽く頭を振った。
「‥‥いや、世の中には知らない方がいいこともあるのでな。この先、お前とお仲間達があの薬を口にする機会がないことを願うとしよう。」
「‥‥‥‥」
今度はユフィ達が押し黙る番だった。
「‥‥な、なにそれ。どーいう意味さ〜。」
「要するに、知ってはならないほどの材料を使ってるってことじゃないのかな。」
「知ってはならねえって、一体どんなトンデモ材料使ってやがんでい。」
「聞くのが怖いわね‥‥」
すでに軽く引き気味の４人だったが、ここでは聞かない訳にはいかない。
「薬の調合には３３種の材料を使うのだが、今足りない品は１０種。では、材料を言うぞ。」
まるで、心の準備はいいかと確認するように、ゴドーはユフィ達を見回した。
「コウモリの翼、霊芝、トカゲのしっぽ、ロイヤルゼリー。」
「な、なんだ。思ったより普通じゃん。」
「コウモリの翼やトカゲのしっぽが普通‥‥かなあ？」
ほっとするユフィの横で、エアリスは首を傾げて呟いた。
「モルボルのつる、クアールの髭、三眼魚。」
「おいおい、三眼魚って言やあ猛毒のある魚じゃねえか。」
「毒をもって毒を制すとは言うけれど‥‥って言うか、モルボル‥‥」
シドはあからさまに顔をしかめ、ティファはなんとも言えない表情で眉間に深いシワを寄せた。
「残るは、反魂樹の根、龍の血、そして‥‥○○○○の×××。」
「え゛。」
「○○○○の×××。」
ゴドーは無表情に繰り返した。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
漂う沈黙。
「以上の品が揃えば、ウータイ熱を治す秘薬、師走仙極茶を作ることが出来る。」
「シソウセンゴクチャ‥‥」
「師走仙極茶。文字通り、師も走って逃げ出すほどの薬という意味らしい。」
ゴドーは真面目くさって説明した。
「‥‥中身もすごいけど名前もすごいね。」
「気のせいか、オイ。俺様、なんだか胃の奥がもやもやしやがるんだがな。」
「多分、気のせいじゃないと思うわ。私も少し、と言うかかなり‥‥」
「‥‥ちょーっと待て、オヤジ。」
ユフィはのろのろと立ち上がった。
「その材料って、まさか昔アタシが飲んだヤツにも、同じモノが入ってたワケじゃあ‥‥」
「無論、材料は同じだ。そうでなければ効果はない。」
ユフィはくらっと目眩でも起こしたようによろけた。倒れそうになるところを踏み止まる。
「こ‥‥この、このクソオヤジィィィイイイ！よくも無断で勝手にンなトンデモ薬飲ませやがったなぁぁぁああ！‥‥‥うっ。」
途端に顔色を青くしたユフィは、振り上げた手で口元を覆い、座敷から飛び出して行った。
「名前の通り、ユフィも走って行っちゃった。」
「まあ、普通はああいう反応するだろな。」
「どう考えても薬とは思えない中身よね‥‥」
「だから、知らない方がいいこともある、と言ったのだ。」
ゴドーはすました顔で言った。
「しかし、中身はアレだが、味はそれほど悪くはない。」
「キサラギさんは飲んだことあるんですか？師走仙極茶。」
「もちろん、ない。」
「‥‥」
「例えこの先、どんなにひどいウータイ熱にかかろうと、決して飲むことはないだろう。」
「そ、そうですか。」
きっぱりと断言するゴドーに、ティファは苦笑いするしかなかった。
ゴドーは立ち上がった。
「では、今挙げた材料の調達をお願いする。私は家に戻り、残りの材料を揃えて準備しておくとしよう。」
「はい、お願いします‥‥」
残る２３種の中身が気になる彼らだったが、敢えて尋ねる勇気のある者は誰もいなかった。
それから一日後。
師走仙極茶を手に入れた一行は薬瓶を携え、病人達が眠る医務室へと戻って来た。
ドス茶色の秘薬をなみなみとコップ一杯注いで飲ませ、さらに半日後。
ブリッジにクラウドが現れた。
「クラウドっ、もう起きてだいじょぶなの？」
エアリス達はクラウドに駆け寄った。
「ああ。すっかり熱も引いて、ウソみたいに体が軽くなったよ。バレット達も時期に起きて来ると思う。」
「そっか。よかったね。」
「そういえば、今そこでユフィに会ったんだが、何かあったのか？俺の顔を見るなり『ぐぎゃっ！』とか叫んで、回れ右して走って行ったんだが。」
エアリスは思わずティファとシドの顔を見た。２人とも、微かにひきつったような笑いを浮かべている。
「え‥‥えーと、別になんでもないと思うよ。」
「多分、乗り物酔いでもしてたんじゃないかしら。」
「クソガキのことなら気にすんない。アイツはいつもヘンなんだからよ。」
「そうか？ならいいけど。それにしても、エアリス達が持ってきてくれた薬の効き目はすごいな。半日前までは指一本動かすのだって辛かったのに、この短時間でほとんど全快してしまったんだから。」
気分爽快といった様子で笑うクラウドとは対照的に、３人は複雑な表情で曖昧な笑みを浮かべた。
「あ〜‥‥、うん。そうだね。すごい薬だよね。」
「なんと言っても、ウータイに古くから伝わる秘薬だものね。」
「ま、あれほどの中身で効き目がなかったらシャレになら‥‥ぐぇっ。ごほんごほん。」
クラウドには見えない位置からティファの肘鉄を食らったシドは、咳払いしてごまかした。
「ウータイの秘薬か。本当にすごい薬だな。でも、見た目の割にそれほどひどい味でもなかったな。初めて味わう味ではあったけど。あの薬の中身、一体何だったんだ？」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
漂う沈黙。
「‥‥あ〜っと、私アイテム整理の途中だったんだ。ちょっと片付けて来るね。」
「もうこんな時間。今日の炊事当番私だから、そろそろ支度するわね。」
「おっと、機関室から呼び出しかかってやがったぜ。行ってくらあ。」
３人はクラウドの視線から逃れるようにして、足早にブリッジを出て行った。
呆気に取られた様子で彼らの後ろ姿を見送っていたクラウドは、物陰からジトっとした視線で自分を見ているユフィに気付いた。
「おい、ユフィ。一体どうしたん――」
「‥‥世の中にはね、クラウド。知らない方が幸せなことがあるんだよ‥‥」
「は？」
「‥‥‥‥この幸せモノぉーーーっ！うわーーーーん！」
泣きながら走り去って行くユフィを、クラウドはぽかんとした表情で見送った。
―END―
最後まで読んで下さってありがとうございます！
や〜っとＦＦ７の短編が書けてとても満足でありますっ。(出来はともかく；)
全部のキャラを出せなかったのが残念ですが、それはまた次回の短編ででも〜。
ちなみに師走仙極茶の材料の出典は、ＦＦ１１の錬金術合成材料からであります。
コウモリの翼やトカゲのしっぽからはエーテル類、モルボルのつるからはポーション類が作れるのですよっ。決してゲテモノ食いではないハズ。