『手に負えない』
「はあ〜〜〜〜‥‥」
大統領執務室に広がる重い重いため息の声。
「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜‥‥」
もう何度目か分からないそれに、傍らで職務をこなす秘書官はいい加減うんざりしていた。だが、あからさまにそれを顔に出す訳にもいかない。
「大統領、お茶でも召し上がりませんか？」
「はあ‥‥‥‥」
彼の気分を変えさせようと声をかけたが、当人の耳には入っていないようだ。
自分もため息をつきたいところだ、と秘書官が思い始めたところへノックの音もなく執務室のドアが開いた。
「ヴィナー秘書官、大統領の様子は？」
「見てのとおりですわ。」
ツカツカと遠慮なく部屋に入って来た色黒の人物は、デスクに突っ伏している大統領の脇に立った。
「いい加減にしないか、このホームシック男っ。」
後頭部に拳固を一発お見舞い。
「いだっ！」
大統領が頭を抱えたところに別の人物が入ってきた。
「シーゲル補佐官、暴力はいけませんよ。そんなのでも我が国の大事なリーダーなのですから。」
「ノアシース首席補佐官、こんなのでも大統領として認めてくれるとは、エスタ国民は皆心が広い方々だと感心しますよ。」
自国のトップをそんなのこんなの呼ばわりする部下に対して、大統領からのクレームは一言もなかった。
代わりに出てきた言葉は、
「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜‥‥」
「‥‥」
二人の補佐官は顔を見合わせ、
「はあ‥‥」
と、同じようにため息をついた。
再びドアが開き、がっしりとした体躯の人物が入ってきた。
「‥‥‥‥」
大統領の様子を見るなりその人物も、やれやれと頭を振った。
「休暇後の大統領のホームシックはいつものことですけれど、今回はずいぶんと重症のようですわね。一体何があったのですか？」
ヴィナー秘書官は訊いたが、それに対してシーゲル補佐官も首を振った。
「私にも分からない。今回迎えに行ったのはウォードだ。」
「ザバック補佐官、ウィンヒルで何があったのかを説明して下さい。」
「‥‥」
ノアシース主席補佐官から促されたザバック補佐官の（一部の人にしか絶対に通じない）説明はこうだった。
早朝のウィンヒル。まだ空には太陽もその顔を出してはおらず、外は淡い月明かりがわずかばかり闇を照らしていた。朝は早いウィンヒルの村人達も、まだ眠りについている時間である。
そんな時間にも関わらず、暗闇の中をうごめく人々がいた。とある民家の階段を、明かりもつけずにそろりそろりと降りている。
一段降りるたびに、造りの古い階段が軋む音を立てる。
「そろそろうちも建て替えかなあ。近所じゃ一番古いんじゃねえか？」
「ラグナ、シッ。」
「お父さん、黙って。」
「‥‥はい。」
妻と娘に厳しく注意され、父は素直に口を閉じた。
ようやく階段を降りきった彼らはほっと息をついた。しかし、目的地はまだ先である。
家の外。それが彼らの目指す場所だった。
「明かりくらいつけた方がよくない？」
「ダメよ、エルオーネ。今日のスコールは枕元でピンが落ちたって目が覚めるくらいに敏感になってるはずよ。」
「そうだね。今夜はベッドに入るのもすごく嫌がってたし、こういう時のあの子って妙にカンが冴えてるもんね。」
親子３人は暗闇の中を一歩一歩、玄関に向かって慎重に進んで行った。
「‥‥なあ、レイン。やっぱ最後くらいちゃんとお別れ言っておきたいんだけどダメか？顔も合わせずにこのまま帰るなんてどーもなあ。次に会えるのはずっと先になるだろうし‥‥」
「気持ちは分かるけどラグナ、あの子に泣かれて辛い思いをするのはあなたなのよ。」
「う‥‥むむう。」
ラグナは言葉に詰まったように小さく唸った。
急に足下にほのかな明かりが広がった。玄関の扉が開き、そこから差し込む外の月の光だった。
「‥‥」
扉を開けたのは、ラグナを迎えに来たウォードだった。
「よっ、ウォード。出迎えご苦労‥‥‥‥っ。」
手を振ろうと右手を挙げかけたラグナは、途中で硬直したようにその動きを止めた。
「い‥‥」
「ラグナ？」
「お父さん？」
「‥‥？」
突然、ラグナはばったりと倒れた。
「イテテテテテテテテテテテ〜っ！」
左足を抱えて床の上を転げ回っている。どうやら足が吊ったらしい。
「バカっ！どうしてこんな時に足吊ったりするのっ。」
「‥‥」
「ウォードが『お約束なヤツだ』って言ってるよ、お父さん。」
「んなこと言ったってクセなんだからしょーがな‥‥イテテテテっ！」
その時、バタンと二階の扉が開く音が聞こえた。次いで、小さな足音が階段を慌ただしく駆け下りて来る。
「あ‥‥やば。」
「あ〜あ。私知ーらないっと。」
「もう観念するしかないわね。」
一階の明かりがパッと点いた。二階から降りて来た小さな人影が点けたようだ。
「‥‥お母さん達、何してるの。」
「お、おはようっ、スコール〜。今日はずいぶん早起きねえ。」
「外はまだ真っ暗だよ、スコール。もう少し寝てていいんだよ？」
レインとエルオーネは無理矢理笑顔を作って言った。
「お父さん、どこ行くの。‥‥帰っちゃうの？」
「ち、ちげーよ。ちょっと外に用事が‥‥そうそう、釣りに行こうとしてたんだっ。今日の昼飯にでっかい魚を食おうと思ってさ。」
足の痛みを堪えて立ち上がったラグナは、これまた懸命に笑顔を見せた。
「‥‥ウソ。じゃあ、どうしてウォードがいるの。お父さんを迎えに来たんだ。」
幼いスコールの瞳にみるみる涙がたまっていく。ラグナはますます慌てた。
「だから、ウォードと一緒に釣りに行くんだってばっ。こいつ釣り名人なんだぞ〜。なっ、ウォード。」
「‥‥」
ウォードはこくこくと頷いたが、かなりぎこちない動きだった。
スコールは目に涙をためたまま、不審の目で彼の家族と巨体の友人を見つめた。
「‥‥はあ。ゴメン、スコール。俺が悪かった。やっぱウソはよくないよな。」
ラグナはスコールの前で膝をつき、目の高さを同じにした。
「お父さんはこれからエスタに帰らなくちゃならない。ホントはずーーーーーっとここにいたいけど、お父さんがいないとあの国の人達が困っちまうんだ。困ってる人達がいたら助けてやれっていつも言ってるだろ？だからお父さんは帰るんだ。分かるか？」
「うん‥‥」
「よしよし、スコールはえらいな。さっすが俺とレインの息子でエルの弟だっ。お父さんは嬉しいぞっ。」
ラグナはスコールの小さな頭をくしゃくしゃとなでた。寝癖のついた髪がますますぼさぼさになる。
「‥‥」
戸口のウォードが心苦しそうに出発を促した。
「じゃあな、スコール。元気でな。ちゃんとお母さんの言うこと聞いて、そんでお母さんとお姉ちゃんのこと守ってくれよな。頼りにしてるぞっ。」
最後にぽんぽんと頭を軽く叩いてラグナは立ち上がり、レインの方を向いた。
「そんじゃな、レイン。エルとスコールのこと頼んだぜ。」
「分かってる。大丈夫よ。」
「‥‥いつもゴメンな。レインにばっかり押しつけて。」
申し訳なさそうな表情をするラグナに、レインは笑って首を振った。
「押しつけられたなんて思ってないわ。私にはエルオーネとスコールがそばにいてくれる。でも、ラグナにはいない。そっちの方がいつも心配よ。エスタに戻ってから泣いてるんじゃないかってね。」
「な、泣いてないってっ。」
「‥‥」
「泣いてないけどため息がうるさいってウォードが。」
「ウォードはよけいなことを言うんじゃないっ。」
ウォードは肩をすくめた。
ラグナはジロリとウォードを睨みながら、次にエルオーネの前に屈み込んだ。
「またな、エル。お母さんのこと手伝ってやってくれよな。あと、スコールの面倒もよろしく頼むな。」
「うん。まかせて。いってらっしゃい、お父さん。」
「ありがとな、エル。頼もしいお姉ちゃんだっ。」
ラグナはスコールの時と同じように、エルオーネの頭をくしゃくしゃした。
立ち上がったラグナは家族に微笑みかけ、家の出口に向かって歩き出した。
「待たせたな、ウォード。んじゃ行くか。」
頷いたウォードは家の外に出た。そのあとにラグナが続こうとしたその時、
「‥‥やっぱり、いやだ！」
突然、叫んだスコールはラグナに向かって駆け出した。
「お願い、お父さん！帰らないで！行っちゃだめーっ！」
ラグナの足にしがみつくスコール。
「お、おい、スコール‥‥」
「行かないで行かないで行かないでー！」
泣きじゃくりながら必死に叫ぶスコールを、ラグナは困り果てた様子で見下ろした。
「ずるいよ、スコール。私だって、ずっと我慢してたのに‥‥」
「エ、エル？」
俯いていたエルオーネが顔を上げると、その目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「行かないで、お父さん！ずっとここにいて、お願い！」
駆け寄ったエルオーネは、タックルでもするような勢いでラグナの腰に抱きついた。
「エルまでそんなこと言うなよ〜。俺だってすんごく辛いんだから。なあ、レイン、二人になんとか言って‥‥って、うおっ！？」
レインの方を振り返ったラグナはたじろいだ。
レインはラグナ達からわざと視線をそらすように、あさっての方向を見ていた。しかし、その目は今にも溢れそうなほどに潤み、嗚咽をこらえるように口元に手を当てている。
「レ、レイン‥‥。レインまで泣くなよ、頼むからさ〜。」
ラグナはほとほと弱り果てたように言った。
「泣いて‥‥なんかいないわ。」
「泣いてないって、現に目が‥‥」
「泣いてないっ。早起きしたせいで眠くってあくびが出ただけ！」
怒ったように言いながら背を向けたレインは、ラグナに見えないように指で涙を払った。
父親に取り縋って泣き続ける子供達をやんわりと引き離したレインは、二人をそっと抱きしめた。エルオーネとスコールは、今度はレインに抱きついてさらに激しく泣き出した。
涙を堪えながら子供達を抱きしめる妻と泣きじゃくる子供達。その光景を目の当たりにして、父であり夫である彼は家族にかける言葉さえ浮かばず、自分も涙目になりながらただただ途方に暮れるばかりであった。
「なるほど‥‥」
「そういう訳ですか。」
「‥‥」
説明が終わり、納得した様子のシーゲル補佐官とノアシース首席補佐官を見て、ザバック補佐官は頷いた。
「別れ際にご家族全員に泣かれてしまったのでは、大統領にはさぞかし精神的大ダメージだったことでしょうね。」
ヴィナー秘書官は同情するように言った。
「いや、彼には大ダメージ以上だろうな。」
「これは久しぶりに例の発作が起きそうですね。」
「‥‥」
４人はジッと大統領の様子を伺った。
「‥‥‥‥てやる。」
彼らは素早く視線を交わした。ほら来たぞ、と互いの目は言っていた。
大統領はバンッと両手でデスクを叩いて顔を上げた。
「やめてやる！大統領なんてもう絶対にやめてやる！俺なんかじゃなくてノアが大統領やりゃいいんだよっ！レウァール政権はノアで保ってるようなもんだろっ。」
「いえ、それはご遠慮いたします。私は裏方が性に合っておりますので。」
主席補佐官は即座にきっぱりと断った。
「んじゃ官邸の職員全員でクジ引きだ！ノアさえいりゃ誰だって大統領くらいやれるっ。なんたってこの俺が出来てるくらいだかんな！ヴィナー君、紙持って来てくれ！これからクジ作るぞっ。ハズレ番号を引いたヤツが次のエスタ大統領だー！」
「はい。あの、ですが‥‥」
秘書官は困ったようにちらりと横を見た。ノアシース主席補佐官とシーゲル補佐官は、仕方がないから彼の言うとおりに、という意味合いで頷いて見せた。
紙を渡された大統領は本当にクジを作り始めた。そんな彼を残し、４人は大統領執務室を出た。
「困りましたわね。どうしましょうか。」
「まあ、しばらく放っておきましょう。数百人分のクジを作り終える頃には発作も治まるでしょうし。」
「それしかありませんな。ああなっている間のラグナ君は、手がつけられませんから。」
「‥‥」
４人は執務室のドアを見た。
「やめてやるやめてやるやめてやるー！ぜっっっっっっったいにやめてやるぞ、こんちくしょーーーーーーっ！」
部屋の中から聞こえる大統領のわめき声。その声を聞きながら、側近達は顔を見合わせ小さくため息をついた‥‥。
― END ―
お粗末さまでした〜っ。初のＦＦ８短編です。しかも設定は当サイトにあるＦＦ８長編創作のものを引き継いでいるという離れ技。さらに秘書官と主席補佐官はオリキャラです；
ちなみに、長編の方を読んだことのない方のために補足しておきますと、うちのラグナさんは奥さんのレインさんが息災で、レインさんはスコールと養女のエルオーネと共にウィンヒルで生活、ラグナさんはエスタで単身赴任の大統領、ということになっています。
で、多忙な大統領職のため、彼が我が家に帰れるのは年に一度の長期休暇のみだったりするのですな。
タイトルはそのまんまラグナさんの状態を指していますが、なんというかその、ホント、駄文で申し訳ない；読んで下さった方、ありがとうございます(/ω＼)。