『要注意人物』
昼休み、ガーデンの学生食堂で昼食中のキスティス、セルフィ、アーヴァインのテーブルに、血相を変えたゼルが走り込んで来た。
「どこに行ってたんだい、ゼル〜？来るのが遅いから、もうカツサンド売り切れちゃったよ。」
「あたしが食べてるのが最後のカツサンドだよ〜。」
「コロッケパンならとっておいてあげたわ。食べるでしょ？」
「そ、そ、そ、そ、そ‥‥っ。」
息も絶え絶えなゼルは言葉が続かない。
「ありゃ、ハムエッグパンの方がよかったかい？でもそっちも売り切れだったんだよね〜。」
ゼルはブルブルと首を振ると、アーヴァインの持っていた紙コップを奪い取り、ごくごくと飲み干した。
「ぷはーっ！ちげーよっ。それどころじゃねえんだ！もんのすごい情報掴んできたんだよ！」
テーブルの３人は胡散臭そうに顔を見合わせた。
「またオカルトファンに、未確認飛行物体のことでも載ってたの〜？」
「もしかして、プルルンシリーズの新作が出るとか〜？」
セルフィとアーヴァインは然して興味なさそうに適当なことを言った。
「ゼルがものすごい情報って言うからには、きっとあのことね。栗小豆マフィンが販売中止になるって話なら私も聞いてるわよ。」
「ええっ、キスティ、それホントっ？あれけっこう好きだったのに〜。」
「それはちょっとショックだな〜。栗と小豆の甘味が絶妙だったのに。」
ドンッ！とゼルはテーブルを叩いた。
「栗小豆なんかどうでもいいんだよ！俺はチョコマロンマフィンの方が好きなんだからっ。そうじゃなくて、俺が掴んできた情報はなんとレオ――」
言いかけたゼルは、慌てて自分で自分の口を塞いだ。
「レオ？」
ゼルは周りを見回した。彼の大声はすっかり周囲の注目を集めていた。
「レ、レ‥‥レモンクリームパンが復活するかもしれない‥‥ってさ。」
ゼルは声のトーンを落としてボソボソと言った。
「それ本当かよ、ゼル。」
「もしそうならちょっと嬉しいかも。」
「おいしかったもんね、レモンクリームパン。」
「なんでなくなったのか未だに不思議だもんな。」
「ホントホント。」
周りのガーデン生達はゼルのもたらした情報に、各々のテーブルで花を咲かせた。
「レモンクリームパンか〜。あれって忘れた頃にまた食べたくなる味だったね〜。」
「うんうん。あの甘酸っぱさがたまらなかったな〜。」
セルフィとアーヴァインは懐かしそうに頷き合った。
「‥‥それで、ゼル。あなたが掴んだ情報は本当はなんだったの？」
キスティスの言葉に、パンの味を思い浮かべていた二人はきょとんとして彼女を見た。
テーブルの席についたゼルはニヤリと笑った。
「さすがキスティス。俺の作戦を見抜いたか。」
「苦し紛れのとっさのでまかせにしては、上出来だったかもね。食堂のパンについて熟知しているゼルならでは、と言ったところかしら。」
「なになに、どういうこと〜？レモンクリームパンが復活するんじゃなかったの〜？」
「じゃあ、結局どのパンが復活するんだい？」
「だから、食堂のパンのことは忘れろって。キスティスの言ったとおり、周りの目を欺くためのでまかせだったんだからさ。」
ゼルはテーブルの上にグッと身を乗り出した。他の３人も自然とそれに倣う形になり、４人は額が触れ合いそうなほどに顔を寄せ合った。
「いいか、聞いて驚けよ。‥‥今度の日曜‥‥バラムの街に‥‥レオンハート一家が現れる。」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥？おい、俺の話聞こえたか？」
３人のリアクションが何もないことに、ゼルは不満げな表情で言った。
「レオンハートって‥‥まさか。」
「まさか、あの‥‥」
「Ｌ・Ｌ・レオンハート？」
「おうよ。ティンマニ一のズッコケ記者、Ｌ・Ｌ・レオンハートその人とその家族、妻レニー、長女エリオン、長男スカリー。彼らがバラムに来るってんだぜ。どうだ、すげーだろっ。」
「‥‥」
ゼル以外の３人は顔を見合わせ、そして、
「えええええええええええーっ！！」
「ばっ、バカっ、声がでかいっ！」
「さっきから何騒いでんだ、お前ら。」
突然降って来た声に振り返ると、いつの間にか彼らのテーブルの脇に、サイファーと風神、雷神の３人組が立っていた。
「ここはみんなの食堂だぜ。公共の場で大声で騒がれたんじゃ周りの迷惑だろ。風紀委員長として見過ごせねえな。」
サイファーはテーブルに片手を置き、いつもの皮肉めいた笑みを浮かべて彼らを見下ろした。
「‥‥」
４人は素早く互いの視線を交わし合い、それからサイファーを見上げた。
「‥‥わりいわりい。つい話が弾んじまってさ。」
「ごめんごめん。食堂の平和を乱すつもりはなかったんだよ〜。」
「うるさくしちゃってごめんね〜。」
「以後気をつけるわ。」
４人が謝罪の言葉を口にするのを見て、雷神が不思議そうに首を傾げた。
「今日はやけに素直だもんよ。いつもなら絶対ゼルあたりが、サイファーに食ってかかる流れだもんよ。」
サイファーも同じように感じたらしく、４人を不信そうな目で眺め回した。
「我等、予定有。時間、無。早、移動。」
風神に促され、サイファーはすっきりしない表情でテーブルから離れた。
「じゃあな。お前ら、あんまり騒ぐなよ。」
３人が行ってしまうと、イスから立ち上がったゼルが、彼らが消えた方向に向かってあっかんべーっとばかりに舌を出した。
「あ゛〜っ、もうムカつくヤツだぜっ。なんであんなのが風紀委員長なんだよっ。」
「確かにね。でも彼が目を光らせているおかげで、下級生に横暴な態度をとる上級生の姿はほとんどなくなったらしいわよ。」
キスティスはカップに紅茶注いでゼルの前に置いた。
「その前に、まず本人が横暴なのをなんとかしろってんだっ。」
憤然としてイスに座ったゼルに、セルフィとアーヴァインは顔を見合わせて苦笑した。
「それでゼル、さっきの話は本当なのかい？」
「レオンハートさん達がバラムの街に来るってどういうこと〜？」
４人は再び額を寄せ合った。
「どうやら、今度の日曜にバラムで行われるイベントの取材に来るらしいぜ。」
「バラムでイベント？そんなのあったっけ。」
アーヴァインの問いかけに、キスティスとセルフィも知らないと首を振った。
「なんだよ。みんな地元の情報に疎いんだな。第一回『紺碧の街バラム・魅惑の海洋祭』のことさ。」
「紺碧の街‥‥？」
「魅惑‥‥？」
「なんだかすごそうなお祭りね〜。」
眉をひそめるキスティスとアーヴァインとは対照的に、セルフィは楽しそうに言った。
「まあ、カンタンに言えば港町バラムを広く宣伝しようって主旨の祭りなんだ。だから、多少大げさなタイトルがついてるのは仕方ないんじゃねえかな。」
ゼルはあさっての方を見ながら、やや言い訳がましく言った。
「そういえば、ゼルのお母様は確かバラムの街の自治会長だったわね。もしかして‥‥」
キスティスの含みありげな視線に、ゼルはぶるぶると首を振った。
「ち、違うぜっ。おふくろが付けたのは前半の『紺碧の街』だけだ。ただの港町より響きがいいだろ？『魅惑の海洋祭』のくだりはバラム商店街会長の案らしいぜ。」
「名前はともかく、その海洋祭とやらにレオンハートが現れるのね？」
「ああ。それでみんなに提案なんだけどさ、祭りの警備係の数が足りないらしいんだ。ボランティアなんだけど、やらねえか？祭りの期間中ならバラムの街のどこにでもフリーパスで入れるんだぜ。」
サッと三本の手が上がった。
ゼルはニヤリと笑った。
「ようしっ。決まりだな。」
日曜日。魅惑の海洋祭当日のバラムは大盛況だった。普段は静かな海辺の街が、人人人でごった返している。
海洋祭の名のとおり、海を主題にした祭りだけあって、街頭の飾り付けはもちろんのこと、海洋生物の仮装をした人の姿も多く見える。どうやら地元民有志による祭りを盛り上げるための演出らしい。
「なんというか、ある意味すごいセンスのお祭りね〜。」
「なかなか味わえない独特の雰囲気があるよな〜。魅惑の名前は伊達じゃないね。」
セルフィとアーヴァインは通りの様子を見下ろしながら、微妙な意味合いの感想を述べた。
街の中心にあるホテルの大通りに面した一室に、ゼル達４人は集まっていた。この部屋は警備班の街頭出張所として、ホテルから無償で借り受けている場所である。
「でも正直、ここまで賑わうとは思わなかったわ。ガルバディアやトラビアから来ている観光客もいるそうね。」
キスティスは感心したように言った。
「観光協会の会長が祭りの宣伝に走り回ってたって話だからな。腰痛と戦いながらよくやったよ、あのハゲオヤジ。」
ゼルは祭り用に作られたロゴ入りの団扇をパタパタと扇いだ。
「でもさ〜、こんなに人が多いと‥‥あ。」
言いかけたアーヴァインは、他の３人をバルコニーの隅に呼び寄せた。
「こんな人ごみの中で、どうやってレオンハート一家を見つけるんだい〜？」
他の警備係のボランティア達に聞かれないよう、声をひそめた。
「おまけにあたし達、レオンハートさん達の姿形も知らないのよ〜。」
「姿形なら知ってるじゃねえかよ、ほら。」
ゼルはティンバーマニアックスを取り出した。Ｌ・Ｌ・レオンハートの記事が載っているバックナンバーである。
「こんな遠くからの、しかもぼかしの入った写真じゃ参考にはならないと思うわよ。」
キスティスが冷めた口調で指摘すると、セルフィとアーヴァインもうんうんと頷いた。
「今さらこんなこと言うのもなんだけどさ、本当に彼らはここに来るのかい？はじめに話を聞いた時は、舞い上がっちゃってすんなり信じたけど、考えれば考えるほど有り得ない話に思えてきたよ〜。」
「レオンハートさんて、常に未知の冒険を求めてる人でしょ〜。それなのに、次の冒険の舞台がこんなのどかな港町なんてね〜。やっぱりヘンよね〜。」
「ゼル、今回の情報のソースは一体どこなの？レオンハートに関する情報は国家機密並の極秘扱いで、その素性も所在も一切外部に漏らされることはないと聞いてるわ。その彼の取材場所を知り得るなんて、やっぱり有り得ないんじゃないかしら。」
３人はゼルに注目した。ゼルはさらに忙しなく団扇を扇いだ。
「うっ‥‥、そんな狼少年を見るような目で見るなよ。まあ、確かに俺もヘンだなとは思ったんだ。あのレオンハートが、わざわざこんな妙ちきりんな祭りを見に来る訳ないよなってさ。あのメール、差出人もちょっと怪しかったし。」
「メール‥‥って、まさかゼル。」
「あれ？なんだ、君達も来てたのか。」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにいたのは同じバラムガーデン生のニーダだった。
「君達も警備係のボランティアかい？」
「君達も、ってことはニーダもなの〜？」
セルフィが尋ねると、ニーダは頷いた。
「そうだよ。といっても、ほとんどあのメールに釣られて参加したようなものなんだけどね。」
「あのメール‥‥？」
「君達のところにも怪メールが回って来なかった？この魅惑の海洋祭に、Ｌ・Ｌ・レオンハート一家が現れるってやつさ。」
「‥‥」
「９９％ガセネタだとは思うけど、万が一ってこともあるしね。どうせ暇だったし、面白半分で参加してみたんだよ。」
「ふ、ふ〜ん。そうなんだ〜。」
「念のためにティンマニも持参して来たんだぜ。記事の写真はぼかしが効いててはっきりしないけど、こうやって目を細めて見ればなんとな〜く輪郭くらいは分かりそうな感じするだろ？」
「そ、そうだね〜‥‥」
「おっと、そろそろ持ち場に行かないと。それじゃみんな、もしレオンハートらしき人物を発見したらすぐに教えてくれよなっ。」
ニーダは手を振ると、ティンマニを小脇に抱えて部屋を出て行った。
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥え〜〜と、まあ、情報のソースは今ニーダが言ったとおり、かな。」
３人から目を逸らしたゼルは、ぽりぽりと頭を掻いた。
「ゼ〜〜ル〜〜っ！？」
「わあっ、ごめん！胡散臭いとは思ったけどもしかしたらとも思ってさっ。」
怖い顔をしたセルフィとアーヴァインに詰め寄られ、ゼルは降参とばかりに両手を上げた。
「なるほどね。それでこの魅惑の海洋祭の人出にも納得がいくわ。」
「どういうことだい、キスティ？」
ヘッドロックでゼルを締め上げていたアーヴァインは、バルコニーの手すりにもたれて通りを見下ろすキスティスに言った。
「人通りをよく見てみると、ティンマニを持った人が何人もいるのよ。中にはさっきのニーダみたいに、細めた目で雑誌を凝視してる人もいるわ。」
取り上げた団扇でゼルの頭をペンペン叩いていたセルフィは、キスティスの隣に並んで下を覗き込んだ。
「ホントだ〜。それじゃつまり、この中にはレオンハートさん目当てで来てる人達が混ざってるってこと〜？」
「それも少なからず、ね。」
「で、でもよ。それだけの人が信じてるってことは、やっぱこの情報には信憑性があるってことに‥‥ならねえ‥‥か。ハハハ、やっぱりな。」
３人の冷ややかな視線に出会い、ゼルは苦笑いしてごまかした。
「とにかく、引き受けた以上ボランティアの仕事はきっちりやりましょう。ＳｅｅＤとして無責任な真似は出来ないわ。」
「そうだね〜。ちょっと変わってるけど楽しそうなお祭りだし、成功させてあげたいよね〜。」
「地元バラムの発展に貢献出来るいい機会と考えれば、悪い仕事じゃないしね〜。」
「お前ら‥‥ホントいいヤツらだな。地元民代表として心から感謝するぜ！」
キスティス、アーヴァイン、セルフィの３人は、感動するゼルににっこりと笑いかけた。
「今日のお昼はゼルのおごりね。このホテルのランチバイキングでオーケーよ。」
「３時のおやつはガトーバラムのエンゼルスイーツセットでいいよ〜。」
「夕食はこの間オープンしたシーフードレストランのディナーコースでよろしくね〜。」
「‥‥‥‥了解。」
ゼルは投げ遣り気味にＳｅｅＤ式敬礼をして見せた。
「ちょ〜っとゼルにはかわいそうなことしちゃったかな。」
「イジメすぎちゃったかな〜。夜食のバラム海鮮ヌードルはカンベンしてあげよっか〜。」
「‥‥意外と情け無用なんだね〜、セフィ。」
アーヴァインとセルフィは二人一組の街頭警備を行っていた。腕章を付け、通りを巡回しながらトラブルはないか目を配るのが主な仕事である。
しかし今のところ、道を尋ねられる以外特に何事もなく過ぎていた。
「さてと〜、要注意のポイントだけでも押さえておこうよ、アービン。」
「要注意のポイント？なんのことだい？」
「もちろん、レオンハートさん一家の外見のことよ〜。怪メールを丸々信じる訳じゃないけど、やっぱり万が一ってこともあるし、火のないところにケムリは立たないとも言うしね〜。」
「う〜ん、そうだねえ〜。って、しっかりティンマニ持って来たんだね、セフィ。」
道の脇に身を寄せた二人は、目を細めて雑誌の写真を食い入るように見つめ、一家の分析を始めた。
散々雑誌を眺め抜いたあと、セルフィはティンマニをパタンと閉じた。
「さて、穴が開きそうなほどに写真を見てみたけど、アービンどんな感じ〜？」
「そうだな〜。まず間違いなく、この人ごみの中で彼らとすれ違っても９９％気付かない自信があるよ。」
「だよね〜。この写真を元に探し出すなんてやっぱり無謀かな〜。そもそも、ここに来てない確率の方が高いんだしね〜。」
「でもまあ、人探しゲームのつもりで探してみるのもおもしろいんじゃないかな。もしかしたら会えるかも、って思うだけでも楽しいしさ〜。」
「それもそうだね〜。ようしっ、それじゃはりきってパトロールを続けよう〜っ。」
「了解っ、セフィ〜。」
再び巡回に戻ろうとした時、彼らを呼び止める声があった。
「あの、すみません。お祭りの関係者の方ですか？」
「はーい、そうですよ〜。何かお困りですか？」
振り返ると、女性が１人立っていた。栗色の長い髪をした30代後半くらいのきれいな女性である。
「よかった。実は迷子を見つけたんですけど、この人ごみでは親御さんを探すこともままならなくて、どうしたものかと困っていたんです。」
「迷子さんですか〜。それなら僕達におまかせ下さい。こちらでお預かりして、本部の迷子連絡所に連れて行きますよ。」
「ありがとうございます。ただ、もう一つ問題が起きてしまって‥‥」
女性は苦笑を浮かべた。
「どうかなさったんですか？」
「実は、迷子の子供を主人に預けていたんですが、その主人が見当たらなくなってしまったんです。係の人を探してくるから動かないでって言ったのに。」
「あれれ、二次迷子者が出ちゃったんですね〜。」
「いやいやセフィ、この人のご主人なんだから迷子じゃないよ〜。」
「いえ、多分本気で迷子になってるんだと思います。あの人、計り知れない方向音痴ですから。」
女性はきっぱりと言った。
「は、はあ、そうなんですか。」
「方向音痴なクセに好奇心旺盛なものだから、すぐにフラフラ出歩いて元の場所に帰れなくなってしまうんです。ホント困った人だわ。」
女性は通りの人の流れに目をやりながら、やれやれといった風に小さくため息をついた。
「それで、大変申し訳ないのですけれど、主人を探すのを手伝ってもらえませんか？」
「はい、もちろんかまいませんよ〜。ご主人の背格好や特徴など教えていただけますか？」
「特徴は、ええと、確か今はバラムフィッシュです。」
「は？」
「バラムフィッシュです。」
女性はにっこりと微笑んだ。
その頃、ゼルとキスティスは街の反対側の路地裏で追跡を行っていた。スリ被害の届けが４件あり、その犯人を追っている最中である。
被害者の証言によると、犯人の特徴はいずれもバラムフィッシュの仮装をした人物で一致していた。
「バラムフィッシュの仮装でスリだなんてふざけてやがって。あの魚はバラムの特産品なんだぜ。イメージダウンだっつーのっ。」
地元民ゼルは怒り心頭である。
「早くつかまえないと、さらに被害が広がるかもしれないわ。それに仮装を解かれてしまったら、手がかりもなくなってしまう。」
「ああ、絶対とっつかまえてぶっ飛ばす！」
「ぶっ飛ばす時はほどほどにね、ゼル。」
２人は路地から表通りへと飛び出した。
「くそ、ダメだ。人が多すぎて探しようがねえ。」
「近くにいる警備係にも応援を頼むわ。」
キスティスは無線を取り出して本部と連絡を取った。
キスティスが無線で話す間、人通りに目を凝らしていたゼルは探していた青い物を見つけた。
「いたぜ、キスティス！バラムフィッシュだ！」
慌しく無線を切ったキスティスと共に、追跡を再開した。
バラムフィッシュの後方５ｍに付けた２人は、ターゲットの様子を伺った。
きょときょと周りを見回しながら歩く姿は一見ユーモラスだが、スリの対象を探しているのだと思えば納得がいく。
「現行犯でつかまえるわ。いつでも飛び出せるようにしておいて。」
「了解っ。」
２人はバラムフィッシュの動向を伺いながら、気付かれない程度に間を詰めた。
すると、早速バラムフィッシュが怪しげな行動に出た。人の流れに逆らうようにして、若いカップルの背後へと近付いていく。
ゼルとキスティスは無言で視線を交わした。バラムフィッシュとの距離をさらに詰める。
バラムフィッシュがカップルの背後に付けた。そして――
「え？」
バラムフィッシュが宙を舞った。
まるでトビウオのように空を飛び、歩道脇のゴミ箱の上に落下する。
突然起こった出来事に、周囲の人の流れがピタッと止まった。
「そいつはスリだ。騒がせてすまない。」
やけに冷静な口調で言ったのは、バラムフィッシュが狙っていたカップルの男性の方だった。
呆気に取られていたゼルとキスティスも我に返り、倒れたバラムフィッシュのもとへ駆け寄った。
「私達は警備班の者です！お騒がせして申し訳ありません！混雑しますのでどうぞ立ち止まらずにお進み下さい！」
キスティスは声を張り上げ、往来の流れを回復させた。
ゼルはバラムフィッシュの様子を確かめた。したたか地面に叩きつけられ気を失ったようだが、その手にはしっかりと淡い水色の財布が握られていた。
「あっ、私の財布っ。」
先ほどのカップルもやって来て、女性の方が指差した。
「あなたの財布に間違いないですか？」
ゼルが訊くと、薄手のショールを羽織った女性は勢いよく頷いた。
「そうですそうです。間違いありません。びっくりしたなあ。いつの間にスられたんだろう。よく分かったね。」
女性は傍らの青年を見上げた。
「たった今だ。だからブン投げた。」
どことなくぶっきらぼうな口調で言った青年は、ゼル達と同い年くらいに見えた。
「腕をねじり上げるくらいでカンベンしてあげればいいのに、容赦ないんだからなあ。」
青年よりやや年上に見える女性は、そう言って苦笑した。
「え〜っと、とにかくスリを捕まえるのに協力して下さってありがとうございます。おかげで助かりました。」
「いいえ、とんでもない。こちらこそお騒がせしました。」
ゼルが礼を言うと、女性は笑って顔の前で手を振った。
「スリの被害届けを出されますか？」
キスティスの言葉に、女性だけでなく傍らの青年までが慌てたように首を振った。
「いや、いい。被害は出てない訳だし。」
「うんうん、結局は未遂だったんだしね。ごめんなさい、あまり大事にしたくないの。他に連れがいるので、私達もう行かないと。」
「分かりました。では、あとはこちらで処理しておきますが、名前と住所だけ教えて頂いてもよろしいでしょうか。書類を作る際に必要になるもので。」
「ええ！？」
ビックリしたように声を上げた女性に、キスティスとゼルもまた目を見開いて驚いた。
「あ、いえ、ごめんなさい。えーと、名前と住所、かあ‥‥」
再び隣の青年を見上げた女性の表情は、明らかに『困ったな』と言っていた。
青年も眉間にシワを寄せて考え込んでいる。
やがて、ため息をついた青年は、
「‥‥名前は俺だけでいいか？」
「ええ、それでかまいませんが‥‥」
「キロス・シーゲル。ガルバディア国セントラル区ＡサイドＦブロック２―４。」
キロス・シーゲルと名乗った青年は、早口に言った。
「これでいいな。俺達はもう行く。あとは頼む。」
青年は女性の腕を取って歩き出した。
「えっと、ホントお騒がせしちゃってごめんね。それじゃっ。」
引っ張られるようにして歩き出した女性は振り向き様に手を振ったが、すぐに青年と一緒に人ごみに紛れて見えなくなった。
バラムフィッシュとともにその場に残されたゼルとキスティスは、ややぽかんとしてそれを見送った。
「なんだかミョーなカップルだったな。」
「本当にね。何か訳ありなのか、それとも‥‥」
「ん？」
「‥‥まさか、ね。」
キスティスは呟いて苦笑した。
「まあ、揉め事に巻き込まれるのを嫌がる人は多いわよ。」
「そりゃそうだな。んじゃとりあえず、本部に戻ってこいつを水槽に放り込むとしようぜ。」
「あ〜、サイファー、こんなところにいたんだもんよ。」
声が聞こえて振り返ったサイファーは、埠頭の上を歩いて来る風神と雷神、そしてその後ろからついて来る見慣れない男を見た。
「ボランティアの仕事さぼって釣りしてたんだもんよ、サイファー。」
雷神は後ろの風神を振り返った。風神は何も言わなかったが、少しだけ肩をすくめて見せた。
「街頭パトロールなんて地味な仕事、俺の性に合わねえんだよ。お前らこそ、こんなところまで俺を探しに来てないでちゃんと仕事してろよ。」
サイファーは垂らした釣り糸の先の水面に視線を戻した。
「ちゃんと仕事してるもんよ。今もこの人が見つけた迷子を、本部に送り届けて来たばかりだもんよ。」
サイファーは興味なさそうに、もう一度ちらりと男に目を向けた。
４０代くらいの中年男性で、長めの髪を無造作に一くくりにしたその頭には、バラムブルーテールの帽子を被っている。
バラムブルーテールは、バラムフィッシュと同じくバラム近海に生息する青い尾が特徴の魚である。
「で、今度はそのバラムブルーテールを海に放しに来たのか？」
サイファーの皮肉に気を悪くした風もなく、ブルーテールの男は大口を開けて陽気に笑った。
「うははっ。なかなかいいだろ〜、この帽子。さっきまでバラムフィッシュの仮装してたんだけど、さすがに暑くなって脱いだところで今度はこいつが目に止まってさ。このギョロ目加減がなんとも言えず味があるんだよな〜。」
男は帽子を取って眺め、１人悦にいっている。
「おもしろいおじさんだもんよ。おじさん、釣りがしたいって言うからここへ連れて来たんだもんよ。サイファー、案内してやってほしいだもんよ。」
「はあ？なんで俺が‥‥」
「おじさん、このサイファーはこのあたりでよく釣りしてるから、いいポイントたくさん知ってるだもんよ。教えてもらうといいだもんよ。」
「おっ、そうなのか〜。そりゃありがたい。」
「それじゃサイファー、あとはよろしく頼むだもんよ。俺達仕事に戻るだもんよ。」
「おいこら、お前ら勝手に決めんなっ。」
「そうそう、レオンハートの目撃情報は今のところまだないもんよ。何か動きがあったらすぐ知らせるだもんよ。」
サイファーの抗議をよそに、風神と雷神はその場に男を置いてさっさと街へ戻って行った。
押し付けられた形になったサイファーは、釣り竿をかついだ男を見上げた。男はにこにこと笑っている。
「‥‥しょうがねえな。とりあえずそこで釣ってろよ。そこそこいい具合にかかってるからよ。」
「ありがとなっ。んじゃ、お邪魔させてもらうとすっかな。」
男は嬉々としてサイファーの隣に座り、釣り糸を垂らした。
「サイフ君は釣りが好きなのかな？」
人懐っこい笑みを浮かべて話し掛けてくる。
「誰がサイフだ。俺はサイファーだ。別に釣り好きって訳じゃねえ。他にすることもないからやってるだけだ。」
「ふ〜ん、そうなのか。俺はけっこう釣りは好きだな。いい息抜きになるし、それにこの潮風がなんともいえず心地いいじゃねえか。特にこんな天気のいい日にお日様に当たってると、身も心も洗い立て干し立ての洗濯物みたいな爽やかな気分になれるしな〜。あ、そういやさっきの２人組はバラムガーデン生だとかって聞いたんだが、サイフ君も同じなのかな。」
「ああ。ＳｅｅＤ候補生だ。」
「へ〜。そりゃたいしたもんだ。うちのス‥‥息子もＳｅｅＤになりたかったらしいんだけど、家庭の事情ってヤツで諦めちまったんだよな。今にして思えば、ちょっとかわいそうなことしたよなあ。見た感じサイフ君はうちの息子と同い年くらいだけど、ご両親はさぞかし鼻が高いだろうな。なんてったって自分の息子が未来のＳｅｅＤなんだもんな。」
「俺は孤児だ。それに例え両親が生きていても、万年ＳｅｅＤ候補生の俺を自慢に思うはずはねえよ。」
「そっか〜。サイフ君も孤児なのか。実は俺もちっさい時に両親亡くしててさ。引き取ってくれた叔父さん夫婦がよく面倒みてくれたけど、やっぱり両親がいないってのは寂しかったなあ。そういえば、俺も軍にいた頃は万年二等兵だったっけな。なんか俺達似てるよな。わははっ。」
「‥‥おっさん、よくしゃべるな。そんなんじゃせっかく寄ってきた魚も逃げちまうだろ。」
「あ〜、わりいわりい。よく言われるんだ〜。寝てる時と食べてる時以外は、まるでスイッチの切れなくなったラジオだって。でも寝てる時だって寝言言ってるかもだし、食べてる時もけっこうしゃべってる気がするんだよなあ。だから２４時間営業のラジオ放送局ってのが、一番的を得たあだ名じゃねえかと思うんだけど。まあ、これでも昔に比べたら、ずいぶんと物静かになった方なんだぜ〜。やっぱ歳を取ると落ち着きってのが出てくるんだな。うんうん。」
「どこが落ち着いてるんだよ‥‥」
サイファーはぼそっと突っ込んだが、男の耳には入っていない。男の際限のないおしゃべりに辟易したサイファーは、そっとため息をついた。
だが自分でも意外なことに、不快な気分はしなかった。その見知らぬおしゃべりな男には、どこか憎めないところがあった。人を惹きつける不思議な魅力があると言ってもいい。
実際いつものサイファーなら、釣りの最中に横でこんな風にのべつ幕なししゃべり続けられたら、即座にその人物を海へ蹴り落としていても不思議ではなかった。
ふと気が付くと、男のおしゃべりが途切れていた。
見ると、男はごろんと仰向けに寝転がり、空を見上げている。
「‥‥ホント、いい天気だな〜。いつものてんやわんやの休暇も楽しいけど、たまにはこういうのん気な休暇もいいもんだなあ。それに、こんなのんびりとした平和な一日を肌で感じると、このみんなの平和を守るために、また明日からがんばろうって思えるよな。」
男のその似合わない台詞に、サイファーは思わず吹き出した。
「みんなの平和を守るって、あんたどっかの国のお偉いさんかよ。」
「うははっ、俺みたいなのが国のエライ人だったら、その国はとんでもないことになってるだろな。」
陽気に笑った男は、大きく伸びをして起き上がった。
「そういえば、さっきレオンハートがどうとかって言ってたけど、なんのことなんだ？まさかとは思うが、ティンマニのＬ・Ｌ・レオンハートのことじゃあないよなー？」
「そのレオンハートさ。Ｌ・Ｌ・レオンハートがバラムに現れるっていう噂で、今は街は持ち切りなんだぜ。でなけりゃ、こんな妙ちきりんな訳の分からない祭りに、これだけの人が集まるはずねえだろ。」
「ぶっ、マジかっ。な、なんでそんな噂が流れてんだ？」
「さあな。俺も詳しいことは知らねえが、雷神‥‥あんたを連れて来た男の方な、あいつのところに怪メールが回ってきて、それにそう書いてあったらしいぜ。」
「ほえ〜‥‥。て言うか、そんなアヤシゲなメール、みんなよく信じるよなあ。」
「本気で信じてるヤツはほとんどいないと思うぜ。もしかしたらって、心の底でちょっぴり思ってるヤツは多いかもしれないけどな。みんなそれこそ、お祭り騒ぎしたいだけなんだろうよ。」
「なーるほどな〜。いやはやびっくりだ。」
男は苦笑いしてぽりぽりと頭を掻いた。
「お父さーーん。」
若い女性の声がした。見ると、薄手のショールを羽織った女性が、港の岸壁の上からこちらに向かって手を振っている。
「お、来た来た。」
立ち上がった男は、女性に手を振り返した。
「実は俺も家族とはぐれちまっててさ。さすがに迷子預かり所で世話になる訳にもいかねえし、釣りでもして待ってたら向こうから探しに来るんじゃねーかな〜って思ってたんだ。」
「子供に探しに来てもらう親があるかよ。ホント、変わった人だな、あんた。」
呆れ気味に言うサイファーに、男は楽しげに笑った。
「わははっ、それもよく言われるな。そんじゃサイフ君、俺もう行かねえと。縁があったらまた会おうなっ。」
慌しく釣り竿をかついで走り出した男は、すぐにくるりと向きを変えて戻って来た。
「これやるよ。俺よりきっと、サイフ君の方が似合うと思うぜっ。そんじゃなっ。」
男は被っていたバラムブルーテールの帽子をサイファーの手の中に押し込めると、陽気に手を振って走り去って行った。
「‥‥ったく、あのおっさん最後まで人の名前間違えていきやがった。」
言葉とは裏腹に、サイファーの表情は微かに笑っていた。
なんとなく男の後ろ姿を見送っていると、娘らしい女性と合流した男は、彼女から何やら小言を言われているようだった。そこへ妻らしい女性と息子らしい青年も加わり、今度は３人がかりで説教されていた。
「娘１人と息子１人の４人家族、か‥‥」
ぼんやりとその光景を眺めていたサイファーは、
「‥‥あっ。」
と、声を上げた。
思わず立ち上がり、男の姿を凝視する。
男とその家族が去って行く。しかし、男だけはサイファーの視線に気付いたかのように立ち止まり、振り向いた。
目が合うと、男はやはり明るい笑顔を見せた。大きく手を振り、そして、街中へと消えて行った。
呆然としたようにそれを見送っていたサイファーは、やがてすとんと再び座り込んだ。
「まさか、な‥‥」
なんの確証もない。４人家族の観光客なんてざらにいる。敢えて追いかけて確かめようとは思わなかった。
だが、もし彼があの人だとしたら、素直に信じられる気がした。
サイファーは男からもらったバラムブルーテールの帽子を見つめた。
「‥‥ま、それなりにいい祭り、なのかもな。」
サイファーは帽子を被った。
海に向かい、釣り糸を垂らす。
揺れる波間を見つめるその顔に、小さな笑みが浮かんだ。
― END ―
最後まで読んで下さってありがとうございました〜っ。
ＦＦ８長編創作設定のパラレル物でした。
ゼル達の話が書きたいな〜と思って書き始めたものですが、最後に一番得をしたのはサイファーだったようです。
ちなみに怪メールを流したのは、人寄せ効果を狙ったバラム観光協会会長だと踏んでいます。