『間違えた』
荒れ果てた荒野の中を彷徨い歩く３人の人影。一つは大きく、二つ目はその半分くらい、そして三つ目の影はさらに小さい。
「お父さん‥‥本当にこっちでいいの？」
二つ目の人影、エルオーネが訊いた。
「も、もっちろんだとも、エルっ。こっちの方角で間違いない！もうすぐだからがんばれがんばれっ。」
大きい人影――ラグナは自信満々に言ったが、その声には空元気の響きがあった。
「そんなこと言って、もうずいぶん歩いてる気がするけど‥‥ホントに大丈夫かなあ？」
「‥‥」
一番小さな人影、スコールが息も絶え絶えな様子で弱々しく息をついた。
「スコール、大丈夫か？う〜ん、そんじゃここらで一休みすっか。エルも疲れただろ？」
親子３人はその場に腰を下ろした。
「おっかしいな〜。もういい加減、着いてもいい頃なんだけどなあ。」
ラグナは引っ張り出した地図を覗き込んで頭をかいた。
彼を家長とするレウァール一家は、毎年恒例の家族サービス旅行でここセントラ大陸へとやって来た。目的地は遥か昔からあるという謎のセントラ遺跡である。
「こんな時、お母さんやキロス達が一緒だったら迷子になることもなかったのにね。」
「別に迷子になったワケじゃないぞ。ちょっと到着が予定より遅れてるだけだ。まあ確かに、レイン達が一緒じゃないのはすこーし心もとないんだけどな。でもしょうがねえよな。レインはレインズガーデンに急な花の受注が入っちまったし、キロスとウォードは大統領補佐官としての政務で忙しいみたいだし。って、これは肝心の大統領様がスチャラカなせいか。わははっ。」
ラグナは他人事のように言って脳天気に笑った。
それぞれの仕事で手が離せない彼らを置いて、ラグナは子供２人を連れて一足先にセントラ大陸へと渡った。妻と友人２人はあとから共に追いかけて来ることになっている。
上陸地点で待ち合わせする予定だったのだが、ぼんやり待つことに飽きたラグナは、下見がてら大陸内部に足を伸ばしたのだが、それが失敗のもとだった。
セントラ遺跡を発見出来ないばかりか、元いた上陸地点にさえ戻れなくなっていた。
ラグナは決して迷子になった訳じゃないと言い張っているが、これを迷子と言わずして何と言おう。
エルオーネはラグナの背後から地図を覗き込んだ。そして、信じられないモノを見たというように目を丸くし、それからため息をついた。
「ねえ、お父さん。どうしていつまで経っても目的地に着かないのか、私分かった。」
「ふーん？なんでかなあ？」
「だってその地図、セントラ大陸の地図じゃないからだよ。」
「へ？」
「これ、トラビア大陸の地図だよ。どうしてセントラ大陸にシュミ族の村があるの？」
「ほえ？‥‥‥‥ああーっ！？ホントだ！なんてこったーっ！間違えたーーっ！」
ラグナは頭を抱えて叫んだ。そんな父親の姿を、２人の子供はぽかんとして見つめている。
ひとしきりわめいて頭を掻きむしったあと、ラグナは神妙な顔をして頷いた。
「分かった、認めよう。俺達は迷った。‥‥なーるほどな〜。どーりでいつまで経っても辿り着けないはずだよな。まっさか地図が違っているとはな〜。」
この時、幼いスコールは何も言わなかったが、もう少し成長した彼ならすかさず厳しいツッコミが入っていたことだろう。
「まあ、迷っちまったもんはしょうがねえか。でも、だ〜いじょうぶだって。お前達のお父さんは、逆境にあればあるほど運に恵まれる男なんだぞ。」
ラグナはビシッと親指を立てて見せた。
こうして父親からきっぱり迷子宣言を出された訳だが、エルオーネもスコールも不安な思いは微塵も感じていなかった。
彼らの父、ラグナ・レウァールがこれまで成し遂げた武勇伝(？)とも言える逸話を数多く知っている２人は、父親ならきっとなんとかしてくれると信じていたからだ。
「さてと、そうと決まれば出発出発っ。暗くなる前に人のいる集落を見つけなきゃな〜。今日中に元いた場所に戻るのは無理っぽいから、せめて今夜の宿を確保しないと。もしお前達をテントもなしに野宿させたなんてことがレインに知れたら、ダンボールに詰められてエスタに送り返されかねないからな。」
再び歩き出した３人だったが、行けども行けども集落どころか人家一つ見あたらない。
それもそのはずで、１００年以上前に起こった月からのモンスター降下現象、月の涙により国家としてのセントラは滅亡しており、今では定住者もまばらな荒れた大地と化していた。
大陸と呼ばれてはいるが、実際には大小無数の島々に分断され、その地形も複雑に入り組んでいる。地図もなしにこの地を歩こうなど、私達は迷いに来ました、と言っているようなものだった。
「スコール、疲れた？お姉ちゃんがおんぶしてあげようか？」
足取りが重くなり、遅れ出したスコールを振り返ってエルオーネは言った。
「おいおい、待った待った。そんなことエルにさせられるかっての。おんぶならお父さんがしてやる。ほら来い、スコール。」
ラグナは疲れと眠気で朦朧としている息子を背中に背負った。背負われたスコールは瞬く間に眠ってしまった。
「だいぶ歩かせたからなあ。無理もないか。エルもいい加減くたびれただろ。一緒におんぶしてやるからおいで。」
「ええ？私はいいよ。２人もおんぶしたら、お父さんの方がくたびれちゃうでしょ。」
「子供の１人や２人おんぶ出来なくて父親が務まるかってんだ。ほーら、よ、よ、よよよよっこい‥‥しょっとっ。」
ラグナは無理矢理エルオーネを背負った。子供を２人背負ってかなり無茶な姿勢である。案の定、背負ったはいいが一歩も歩けないでいる。
「‥‥ちょっと会わないうちに、２人とも重くなったなあ。なんかこう、しみじみ嬉しいよ。」
しかしラグナは全く動けない。
「しみじみ重さをかみしめなくてもいいから、もう降ろして。これじゃいつまで経っても先に進め‥‥お、お父さん‥‥」
「なんのこれしきっ。ち〜っと待ってろよ。今、踏み出す勢いをためてるとこだから。」
「違う！前見て、前！」
エルオーネは父親の長い後ろ髪をぐいっと引っ張って顔を上げさせた。
３人の前には、どこからともなく現れた一体のモンスターが立ち塞がっていた。
「なんだ、こいつ？４つ手のクマ？図体はデカイけど大したこたないな。安心しろ、エル。こんなザコ、お父さんの得意武器でハチの巣に‥‥って、ああ！」
「お父さん？」
「し、しまったあ！両手がふさがってて銃が持てねえーっ！」
「‥‥」
相手が攻撃してこないと分かると、熊型モンスターはジリジリと間合いを詰めてきた。
「うぐっ、こうなりゃ逃げるが勝ち逃げ！しっかりつかまってろ、エル、スコール！」
それまで一歩も歩けなかったはずのラグナだが、火事場の馬鹿力か文字通り脱兎の勢いで駆け出した。
「お父さん、今の言葉なんか変だよ。」
キロスがいない代わりに背中のエルオーネがツッコミを入れたが、今のラグナに言い返す余裕はない。
モンスターは当然のようにあとを追いかけて来る。相手の足は遅いが、こちらも子供２人を背負っているため振り切ることは至難の業だ。
モンスターとの距離が開いていれば、子供達を降ろして反撃に移れるのだが、この間合いでは身構えている間にあの鋭いカギ爪で引き裂かれてしまうだろう。
「おじさん、こっちこっち〜！早く！」
突然、子供の呼び声が聞こえた。右手前方にある岩影から、１人の子供が手を振っていた。ラグナは考える余裕もなく、子供が呼ぶ方へ方向転換した。
「そこで思いっきりジャーンプ！」
さらに子供からの指示が飛ぶ。ラグナはほとんど反射的に大きく走り幅跳びしていた。
着地したラグナが数歩も行かないうちに、背後で何か重い物が落ちるものすごい音がした。振り返って見ると、彼らを追いかけていたモンスターが大きな落とし穴にすっぽりとはまっていた。
「な、なななな何が起こったんだあ？」
「えへへっ、見て分かんない？モンスターを見事ワナにはめたんだよ〜。」
ラグナを呼んだのは、スコールと同い年くらい女の子だった。
「すごいや、大成功だね！」
もう１人、同じ年頃の子供が現れてはしゃぎ回った。
「浮かれてんじゃねえよ、バーカ。まだ仕上げが残ってんだろ。」
その後ろからさらに別の男の子が出てきて、前の男の子を小突いた。
「そうそう、仕上げ仕上げ〜っと。」
今度は反対側の岩影から、また別の男の子が現れた。
「じゃあいくわよ。それっ、眠り粉！」
最後に現れた女の子が、瓶に入った粉状のものを穴の中のモンスターにふりかけた。穴から這い上がろうともがいていたモンスターは、瞬く間に眠ってしまった。
ラグナは自分でも気付かないうちに地面に座り込み、唖然としてその様子を見つめていた。どうやら自分達親子は、この５人の子供達によって助けられたようだ。
「おじさん達、大丈夫〜？危機一髪だったね〜。」
「ギリギリだったよね〜。僕見ててドキドキしたよ〜。」
「ホントね。モンスターが伸ばしたカギ爪がもう少しで届くところだったもの。」
「ぼ、僕、怖くて目を開けてられなかったよ‥‥」
「ちっ、情けねえなあ、よわむしめ。」
子供達はワイワイと今の出来事を興奮気味に話し合っている。
「何がなんだかさっぱり分かんねえけど、とにかくありがとな。おかげで助かったぜ。」
ラグナは額の汗を拭った。今頃になってドッと汗が吹き出してきた。
エルオーネもスコールも彼の背中からすでに降りていたが、スコールと言えばモンスターに追いかけられたことにも気付いていなかったらしく、たった今目が覚めたように寝ぼけ眼で辺りを見回していた。
「本当にありがとう。でも、こんなところで君達みたいな小さい子ばかりで一体何をしてたの？」
エルオーネが訊くと、リーダー格らしい男の子がずいっと前に出てきた。
「今やって見せただろ？モンスター退治だよ。」
武勇をひけらかすように胸を張ってみせるところが、いかにも子供らしかった。
「へ〜、セントラの子供ってのはずいぶんとデンジャラスな遊びしてんだなあ。これも土地柄ってやつかな。」
「おじさん達こそこんなとこで何やってんだよ？見かけねえ顔だよな。」
「おじさん達は旅行者なんだ。今日このセントラ大陸にやって来たばかりなんだけど‥‥あ、名前をまだ言ってなかったっけな。俺はラ‥‥じゃねえ、レオンハート。こっちは娘の‥‥」
「エリオンよ。よろしくね。」
ラグナとエルオーネはそれぞれいつも旅行用で使う偽名を名乗った。彼ら一家は家族サービス旅行中、旅先で出会う人々には必ずそう名乗ることにしていた。
「んで、この寝ぼけてるのがスカリーだ。ほらスカリー、挨拶しろって。」
ラグナに促され、スコールはぴょこんと頭を下げたが、まだ状況を把握しきれていない様子である。
今度は子供達が自己紹介する番だった。
「オレはサイファー。こいつらのリーダーだぜ。」
「サイファーってば何言ってんの〜。あっ、あたしはセフィだよ〜。」
「僕はアービン。こんにちは〜。」
「初めまして、レオンハートさん、エリオンさん、スカリー君。私はキスティです。」
「ぼくはゼルっていいます。はじめまして。」
「違うだろ。お前はよわむしゼル、だろ。」
自らリーダーを名乗ったサイファーが、ゼルをからかった。
「ぼ、ぼくよわむしじゃないよ！」
「ふーん。それじゃあ、なきむしゼルて決まりだな。」
「なきむしじゃないったら！サイファーのバカーっ！」
「なんだとぉ！オレとやるってのかよ、なきむしゼ〜ル！」
「ストップストップ。ケンカなんかしたってつまらねえぞ。友達とは仲良くしなきゃな。」
ラグナは２人の頭をぽんぽんと優しくなでた。サイファーもゼルもすぐに大人しくなった。
「みんなこの近くに住んでるの？」
エルオーネの問いに対して、キスティが頷いた。
「そうです。私達、この先の岬にあるイデアの孤児院に住んで――」
「お父さん！！」
スコールが緊張した声を上げた。
落とし穴にはまっていたモンスターが、いつの間にか穴から這い出していた。仁王立ちで怒りもあらわに一同を見下ろしている。
「ウソ！？眠り粉で眠らせたはずなのに！」
「粉の量が少なかったんじゃねえのか、キスティ！？」
「うわーん！だからぼくモンスター退治ごっこはヤダって言ったのにーっ！」
「今さら言ったってしょうがないよ、ゼル〜！」
「みんな早く逃げなきゃ〜！」
子供達はたちまちパニックに陥った。
「みんな、伏せて！」
エルオーネは子供達に覆い被さるようにして、地面に伏せさせた。
「あれよこせ！」
ラグナが言うと同時に、スコールはリュックサックの中のマシンガンを投げ渡し、頭を抱えて地面に這いつくばった。受け取ったラグナはすぐさまマシンガンを乱射した。
突然の反撃に驚いたモンスターが後ずさる機を逃さず、体当たりして元の穴に突き落とした。そして、その上からさらにとどめの銃弾を撃ち込んだ。
ラグナはモンスターを倒した。
「‥‥あ〜、びっくらこいた。みんな、ケガはねえか？」
ラグナはマシンガンを肩に担いで、子供達を振り返った。
「大丈夫。みんな無事よ。」
「平気。お父さんは大丈夫？」
「あれっくらい軽い軽い。俺の敵じゃねえって。」
ラグナはニヤッと笑ってＶサインをして見せた。
他の５人の子供達は、全員が耳をふさいだ格好のまま起き上がった。たった今起きたことが、すぐには理解出来ないようである。
「す‥‥すっげー！カッコイイーっ！このおじさん、モンスターを倒したぞ！」
ようやく口を開いたサイファーが、興奮気味に叫んだ。
「今の見た！？見た〜！？銃でバババババーン！って！モンスターやっつけちゃったよ〜！」
「おじさん、つよ〜い！びっくり〜！」
「すごいわ！アッという間だったわね！」
「う、うえええ〜ん！こ、こわかったよう〜！」
ゼル以外の子供達は、目の前で起きた出来事にすっかり興奮し、その場で大はしゃぎとなった。
その様子を黙って見ていたラグナは、マシンガンを脇に置くと膝をついて子供達と目線の高さを同じにした。
ラグナの怖いくらいの真面目な表情に気付き、はしゃいでいた子供達は自然と静まった。
「いいか、お前達。もう二度とモンスター退治ごっこなんて遊びはするな。モンスターを甘く見てると、いつか必ずイタイ目を見るんだかんな。」
ラグナはゆっくりと諭すように言った。
「それに、もしお前達に何かあったら悲しむ人がいるだろ？俺だって悲しいぞ。だから、もう二度と絶対こんな遊びはするんじゃない。いいな？」
「はい。おじさん。」
「声が小さーいっ。きちんと約束出来るヤツは手を上げて大きく返事！」
「はーい！！」
５本の手が勢いよく上がった。
しかし、その素直な返事の舌の根も乾かぬうちにサイファーは、
「ようし。眠り粉は失敗だったから、次からはシビレ粉にしようぜ。」
「だーかーらー、するなと言ってるだろうがっ。そういう子はピヨピヨ口の刑だぞ、サイフ君。」
「誰がサイフだよ。オレはサイファーだ‥‥わっ、何すんだよっ。」
ラグナはすかさずサイファーの頬を両手で挟み込んで、ぐりぐりとなでた。
それを見たセフィが、「サイファー、ヘンな顔〜。」と指さして笑い、他の子供達も一緒になって大笑いした。
「そうだ。ねえ、君達センテルの入り江って知ってる？私達、そこに戻ろうとして迷っちゃってるんだ。」
エルオーネは子供達に尋ねたが、それに対してラグナは苦笑した。
「こいつらに聞いても分かるはずねえだろ〜。俺達、あの場所からもう４、５時間近く歩いて来てるん――」
「うん、知ってるよ〜。」
あっさりとアービンは言った。
「へ？」
「センテルの入り江なら、ここから歩いて１５分くらいの場所です。」
やけに冷静な口調でキスティは答えた。
「な、なにーっ！？」
「おじさん達、うろうろ歩き回ってるうちに同じところに戻って来ちゃったんじゃねえの？」
サイファーはおもしろそうにニヤニヤ笑っている。
「‥‥」
「すごいね〜、おじさん。計り知れない方向音痴だね〜。」
セフィは無邪気に笑った。
「ううう‥‥」
「泣かないで、おじさんっ。ぼくらが送ってあげるよ。」
ゼルは落ち込むラグナの手を取った。
「あ、ありがとな‥‥」
荒野で出会った５人の子供達に案内され、ラグナ親子はようやくキャンプ地付近まで戻って来ることが出来た。
「よかったあ〜。帰って来れた‥‥」
ラグナは大きく肩で息をついた。これでなんとか、レインによるエスタ強制送還の刑は免れそうである。
「ここまで来れば、入り江はすぐそこです。」
「これでもう迷子にならなくてすむよ、おじさん。」
「それじゃおじさん、あたし達の孤児院この岬の反対側だから、ここでお別れだね〜。」
「日が暮れる前に帰らないと、ママ先生に叱られちゃうもんね〜。」
「夕飯抜きはもうカンベンだもんな。」
ラグナは子供達に向き直った。
「おかげで助かったぜ。ありがとうなっ。お前らほんっっっと〜にいい子達だ！」
一人一人の頭を、くしゃくしゃとなでていった。
子供達とはそこで別れた。
「気をつけて帰れよー！それと、おじさんとの約束忘れるんじゃねえぞっ。」
「みんな、ありがとうね〜！」
手を振りながら遠ざかっていく子供達に、ラグナとエルオーネは大きく手を振り返した。
二人の横で遠慮がちに手を振っていたスコールは、ふと気配を感じて後ろを振り返った。
「あっ、お母さん！」
「え？」
駆け出したスコールの先に、レインが歩いて来るのが見えた。その後ろにはさらに二人の人物、キロスとウォードの姿が見える。
「お待たせ、スコールっ。」
走り込んできたスコールを、レインは膝をついた姿勢で抱きとめた。
エルオーネも顔を綻ばせて駆け寄った。
「どうしたの、お母さん？来るのは明日になるって言ってたのに。」
「二人と離れてるのが寂しくて、仕事を早めに切り上げて来ちゃった。」
レインは微笑みながらエルオーネの頬に触れた。
「エルオーネとスコールのことが心配‥‥というより、ラグナ君のことが心配でね。」
キロスはウォードのジェスチャーを見て言い変えた。
ウォードはさらに身振りを加えた。
「フラフラ無用心に内陸へ入り込んで迷子になってるんじゃないか、とウォードは心配していたようだが、まさかそんなことはなかっただろうな、ラグナ君。」
「ま、まっさか〜。んなことある訳ねえっての。ちょっとそこらを散歩してただけだって。なあ、エルっ。」
ラグナは無理矢理笑顔を作ってエルオーネに目配せした。
「うん。今も偶然出会った近くの孤児院の子供達から、セントラのことをいろいろ聞いてたところだよ。」
「ふーん、そうなの。」
レインは意味ありげな目つきで、引きつった笑いを浮かべているラグナを見上げた。
「ラグナ。」
「な、何かな、レイン。」
「私達が予定を早めて追いかけて来たのには、ちゃんと理由があるの。」
「へ、へえ〜。どんな理由なのかなあ。」
立ち上がったレインは、バッグの中から折りたたまれた紙を取り出してラグナに渡した。
「これな〜んだ。」
「これな〜んだろうって、これはセントラの地図‥‥だねえ。」
「あなた、思いっきり持ってくる地図間違えたでしょ。おまけにラグナのことだから、地図が違うことにも気付かないでそのまま使っちゃってるかもれしない、と思って急いで追いかけて来たのよ。」
「は、はははは。いくら俺でもんなマヌケなことしないって〜。」
うつろな笑い声を上げたラグナの目は、明らかに泳いでいる。
そんなラグナをジッと見つめていたレインは、やがてぷっと吹き出した。堪えきれなくなったようにくすくすと笑う。
「ホント、あなたってウソのつけない人よね。」
「はははははは‥‥。ごめんなさい。」
ラグナはしゅんとうなだれた。
「まあ、遭難しなかったんだからよしとするわ。さあ、キャンプ地に戻ろ。エルオーネとスコールもお腹すいてるよね。」
「うんっ。」
「私お腹ぺこぺこっ。」
「ようし、それじゃすぐに夕飯作ろう。二人とも手伝ってね。」
レインはエルオーネとスコールの手を繋いで歩き出した。
歩いて行く妻と子供達の後ろ姿を見ながら、ラグナはぽりぽりと頭をかいた。やがてその顔に、小さな笑みが浮かんだ。
「どうしたんだ。なんだか嬉しそうじゃないか、ラグナ君。」
そんな彼の様子に気付いてキロスは言った。
「え？ああ、うん。そうだな〜。地図を間違えたせいで危うく遭難しかけたけど、でもそのおかげでレインと一日早く合流出来た訳だから、まあ結果オーライだったなと思ってさ。」
「やれやれ。めげない男だな、君は。」
キロスは半ば呆れたように笑った。その隣でウォードもにこにこと笑っている。
先を歩いていたレインが振り返り、ラグナを見て微笑んだ。
その笑顔に誘われるようにして、ラグナは３人のあとを追いかけて駆け出した。
― END ―
最後まで読んで下さってありがとうございます！
ラグナ達とゼル達孤児院組が、その昔ひょっこり出会っていたらおもしろいなあ、という思いつきで書いたものです。
でもゼル達は、きっとＧ.Ｆ.の記憶障害で忘れちゃってるんだろうなあ。